説明

セルロース−高分子イオン液体ハイブリッドの製造方法

【課題】セルロースをハイブリッド化し、新たな性質を有する材料を提供する。
【解決手段】 セルロース、非重合性イオン液体及び重合性イオン液体を含む溶液に、重合開始剤を加えて前記重合性イオン液体を重合させ、セルロースと高分子イオン液体とのハイブリッドを形成させることを特徴とするセルロース−高分子イオン液体ハイブリッドの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロース及び重合性イオン液体から新しい材料を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロースなどの多糖類は自然界に最も豊富に存在する有機資源であり、有効な利用が望まれている。しかし、セルロースは強い水素結合により強固な結晶構造をとるため溶解性や加工性が悪く、新しい材料としての利用法を開拓するのは容易ではない。このような観点から、セルロースの機能化や材料化を目指して、他の合成高分子等とのハイブリッド化も様々に行われている。
【0003】
近年、イオンでありながら室温で液体であり、蒸気圧がほとんどない(不揮発性)という特徴を有するイオン液体が、セルロースを良好に溶解することが見出され、例えば、次式(1):
【0004】
【化1】

で示されるイオン液体(塩化1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム)がセルロースを良好に溶解することが報告されている(非特許文献1、特許文献l)。
【0005】
また、重合性イオン液体として種々のものが知られ、例えば各種1−アリル−3−アルキルイミダゾリウム塩型イオン液体が関東化学株式会社から市販されている。
【0006】
非特許文献2には、高分子イオン液体とカーボンナノチューブとのハイブリッド化が報告されている。
【0007】
しかしながら、セルロースと高分子イオン液体とのハイブリッド化についての報告はない。
【特許文献1】特表2005−506401号公報
【非特許文献1】P. Richard et al., J. Am. Chem. Soc.; 2002; 124(18), p.4974.
【非特許文献2】T. Fukushima et al., Science; 2003; 300, p.2072.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、セルロースをハイブリッド化し、新たな性質を有する材料を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の要旨は以下のとおりである。
(1)セルロース、非重合性イオン液体及び重合性イオン液体を含む溶液に、重合開始剤を加えて前記重合性イオン液体を重合させ、セルロースと高分子イオン液体とのハイブリッドを形成させることを特徴とするセルロース−高分子イオン液体ハイブリッドの製造方法。
(2)重合性イオン液体が次式(I):
【0010】
【化2】

[式中、Rは炭素数1〜6のアルキル基を表し、Rは次式:
−(CH−A−CH=CH
(式中、nは1〜6の整数を表し、Aは直接結合、フェニレン基又は−O−CO−を表す。)
で示される基を表し、Xはアニオンを表す。]
で示されるイミダゾリウム塩型イオン液体である前記(1)に記載の方法。
(3)前記(1)又は(2)に記載の方法により製造されるセルロース−高分子イオン液体ハイブリッド。
(4)次式(Ia):
【0011】
【化3】

(式中、Xはアニオンを表す。)
で示されるイミダゾリウム塩型イオン液体。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、セルロースにはない性質を有するセルロースハイブリッドを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明に用いるセルロースは、実質的に液体により湿潤するいかなる形態でもよい。ここで有用な例示的なセルロースの形態は、繊維セルロース、木材パルプ、リンター、木綿玉、及び紙のようなセルロースを含む。
【0014】
本発明に用いる非重合性イオン液体とは、ビニル基等の重合性の基を有さず、セルロースを溶解しうるイオン液体であれば特に制限はなく、例えば、次式(IIa):
【0015】
【化4】

(式中、Rは炭素数1〜6のアルキル基を表し、Xはアニオンを表す。)
で示されるイミダゾリウム塩型イオン液体、次式(IIb):
【0016】
【化5】

(式中、Rは炭素数1〜6のアルキル基を表し、R’及びR”は同一でも異なってもよく、水素原子又は炭素数1〜6のアルキル基を表し、Xはアニオンを表す。)
で示されるピリジニウム塩型イオン液体、次式(IIc):
【0017】
【化6】

(式中、Rはメチル基を表し、R’は炭素数2〜6のアルキル基を表し、Xはアニオンを表す。)
で示されるアンモニウム塩型イオン液体、次式(IId):
【0018】
【化7】

(式中、Rはメチル基を表し、R’は炭素数2〜6のアルキル基を表し、Xはアニオンを表す。)
で示されるホスホニウム塩型イオン液体が挙げられ、特にセルロースに対する溶解力の点、前記式(IIa)で示されるイミダゾリウム塩型イオン液体が好ましい。
【0019】
本明細書において、炭素数1〜6のアルキル基としては、例えばメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、イソペンチル基、ヘキシル基、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基が挙げられ、炭素数2〜6のアルキル基としては、例えばエチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、イソペンチル基、ヘキシル基、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基が挙げられる。
【0020】
本発明に用いる非重合性イオン液体及び重合性イオン液体を構成するアニオンとしては、例えばCl、Br、BF、BPh、PF、NO、[(CFSON]、ジシアノアミド[(CN)N]、好ましくはCl、Brが挙げられる。
【0021】
前記式(I)中の置換基RにおいてAで表されるフェニレン基は、o−フェニレン基、m−フェニレン基及びp−フェニレン基のいずれでもよい。
【0022】
本発明に用いる重合性イオン液体とは、ビニル基等の重合性の基を有するイオン液体をいい、例えば前記式(I)で示されるイミダゾリウム塩型イオン液体、好ましくは前記式(I)において、Rが次式:
−(CH−C−CH=CH
(式中、Cはフェニレン基、nは1〜6の整数を表す。)
で示される基、次式:
−(CH−O−CO−CH=CH
(式中、nは1〜6の整数を表す。)
で示される基、又はアリル基であるイミダゾリウム塩型イオン液体が挙げられる。
【0023】
前記式(I)で示されるイミダゾリウム塩型イオン液体のうち、Rが次式:
−(CH−C−CH=CH
(式中、Cはフェニレン基、nは1〜6の整数を表す。)
で示される基であるイミダゾリウム塩型イオン液体は、重合によりポリスチレン型となり、材料化の点で好ましく、これらのうち、前記式(Ia)で示されるイミダゾリウム塩型イオン液体は新規物質である。
【0024】
前記式(I)で示されるイミダゾリウム塩型イオン液体のうち、Rが次式:
−(CH−C−CH=CH
(式中、Cはフェニレン基、nは1〜6の整数を表す。)
で示される基であるイミダゾリウム塩型イオン液体は、例えば、次にようにして製造することができる。
【0025】
【化8】

(式中、R、n及びXは前記式(I)中の定義と同義である。)
【0026】
前記反応において、反応溶媒としては例えばアセトニトリル、ジメチルホルムアミドが用いられ、反応温度は通常70〜80℃、反応時間は通常12〜24時間である。
【0027】
本発明のセルロース−高分子イオン液体ハイブリッドの製造方法は、セルロース、非重合性イオン液体及び重合性イオン液体を含む溶液に、重合開始剤を加えて前記重合性イオン液体を重合させ、セルロースと高分子イオン液体とのハイブリッドを形成させることを特徴とする。
【0028】
セルロースと非重合性イオン液体との重量比は、通常0.01〜0.2:1、好ましくは0.05〜0.1:1である。重合性イオン液体の使用量は、セルロースのグルコースユニット1モルに対し、通常0.5〜2.0モル、好ましくは0.8〜1.0モルである。
【0029】
重合開始剤としては、好ましくはラジカル重合開始剤、例えば2,2’−アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)、過酸化ベンゾイルが挙げられる。
【0030】
本発明方法の好ましい実施態様の一例を以下に示す。
非重合性イオン液体にセルロースを加え、通常100〜110℃で16〜24時間加熱してセルロースを非重合性イオン液体に完全に溶解させる。次いで、室温まで冷却した後、セルロースのグルコースユニットと当モル量の重合性イオン液体、及び重合性イオン液体に対して通常1〜10mol%のAIBNを加え、通常70〜90℃で1〜5時間加熱して重合を行う。反応終了後、反応液にアセトンを加え還流し、非重合性イオン液体をアセトン可溶部として除去した後、更に不溶物をメタノールによるソックスレー抽出挽作で洗浄し、生成物を単離する。
【0031】
以上のようにして、セルロースと合成高分子との効率的ハイブリッド化が実現でき、可塑性などセルロースに新しい性質を付与できる。
【実施例】
【0032】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0033】
(実施例1)塩化1−メチル−3−(4−ビニルベンジル)イミダゾリウムの製造
【0034】
【化9】

【0035】
ナス型フラスコに1−メチルイミダゾール0.52mL、4−クロロメチルスチレン1.00g及びアセトニトリル10mLを入れ、70℃で24時間反応させた。反応液をジエチルエーテル100mLに投入し、生成物を沈殿物として得た。これをデカンテーションにより単離し、減圧下で乾燥して表記化合物1.50g(収率97.6%)を得た。
物性:粘性がかなり高い
NMR(CDCl):4.05(N−CH,3H),5.30,5.73,6.66(CH=CH−,3H),5.55(N−CH,2H),7.19,7.25(N−CH=CH−N,2H),7.40(芳香族,4H),11.0(N−CH−N,1H)
【0036】
(実施例2)
試験管に塩化1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム0.8gを入れ、セルロース0.08g(塩化1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムに対して10wt%)を加え、100℃で一晩加熱することで、セルロースを塩化1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムに完全に溶解させた。室温まで冷却した後、セルロースのグルコースユニットと当モル量の塩化1−メチル−3−(4−ビニルベンジル)イミダゾリウム(0.116g)、及び塩化1−メチル−3−(4−ビニルベンジル)イミダゾリウムに対して5mol%のAIBN(0.0041g)を加え、80℃で4時間加熱することで重合を行った。溶媒として用いた塩化1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムを除去するために、アセトンを加え還流し、ほとんどの塩化1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムをアセトン可溶部として除去した後、更に不溶物をメタノールでソックスレー抽出し、生成物0.1679gを単離した。
【0037】
この生成物について引張試験機にて応力−ひずみ曲線を求めたところ、セルロースには見られないひずみ現象が確認され(図1)、セルロースに対して新しい性質が付与できたことが分かった。
【0038】
生成物の元素分析値は以下のとおりであった。
C:H:N=43.15%:6.32%:5.57%
また、元素分析値から、生成物のセルロースと高分子イオン液体とのユニット比を求めたところ、セルロース:高分子イオン液体=1:0.60であった。
【0039】
(実施例3)
試験管に塩化1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム0.28gを入れ、セルロース0.028g(塩化1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムに対して10wt%)を加え、100℃で一晩加熱することで、セルロースを塩化1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムに完全に溶解させた。室温まで冷却した後、セルロースのグルコースユニットと当モル量の臭化1−(4−アクリロイルオキシブチル)−3−メチルイミダゾリウム(0.050g)、及び臭化1−(4−アクリロイルオキシブチル)−3−メチルイミダゾリウムに対して5mol%のAIBN(0.0014g)を加え、80℃で4時間加熱することで重合を行った。溶媒として用いた塩化1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムを除去するために、アセトンを加え還流し、ほとんどの塩化1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムをアセトン可溶部として除去した後、更に不溶物をメタノールでソックスレー抽出し、生成物0.0503gを単離した。
【0040】
生成物のIR測定より、セルロースと高分子イオン液体(臭化1−(4−アクリロイルオキシブチル)−3−メチルイミダゾリウムの重合体)の両方に由来する吸収が観測されたことから、生成物は両者から構成されていることが分かった。また、別途に合成した単独の高分子イオン液体(臭化1−(4−アクリロイルオキシブチル)−3−メチルイミダゾリウムの重合体)がメタノールに溶解するにもかかわらず、メタノールによるソックスレー抽出操作で洗浄した生成物中に高分子イオン液体(臭化1−(4−アクリロイルオキシブチル)−3−メチルイミダゾリウムの重合体)が存在していることから、セルロースと高分子イオン液体(臭化1−(4−アクリロイルオキシブチル)−3−メチルイミダゾリウムの重合体)の間に何らかの相互作用が働いていることが推定された。また粉末X線回折(XRD)測定から、セルロースの結晶構造に由来する回折ピークが生成物では観測されなかったことから、生成物中ではセルロースの結晶構造が保たれていないことも分かった。以上のことから、生成物はセルロースと高分子イオン液体が高度にハイブリッド化したものであると考えられる。
【0041】
生成物の元素分析値は以下のとおりであった。
C:H:N=44.75%:6.77%:5.11%
また、元素分析値から、生成物のセルロースと高分子イオン液体とのユニット比を求めたところ、セルロース:高分子イオン液体=1:0.63であった。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明のセルロース−高分子イオン液体ハイブリッドは、セルロースにはない柔軟性等の性質を有し、化学工業、特にプラスチック工業の分野で利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】生成物の応力−ひずみ曲線を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロース、非重合性イオン液体及び重合性イオン液体を含む溶液に、重合開始剤を加えて前記重合性イオン液体を重合させ、セルロースと高分子イオン液体とのハイブリッドを形成させることを特徴とするセルロース−高分子イオン液体ハイブリッドの製造方法。
【請求項2】
重合性イオン液体が次式(I):
【化1】

[式中、Rは炭素数1〜6のアルキル基を表し、Rは次式:
−(CH−A−CH=CH
(式中、nは1〜6の整数を表し、Aは直接結合、フェニレン基又は−O−CO−を表す。)
で示される基を表し、Xはアニオンを表す。]
で示されるイミダゾリウム塩型イオン液体である請求項1記載の方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載の方法により製造されるセルロース−高分子イオン液体ハイブリッド。
【請求項4】
次式(Ia):
【化2】

(式中、Xはアニオンを表す。)
で示されるイミダゾリウム塩型イオン液体。

【図1】
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【公開番号】特開2007−308616(P2007−308616A)
【公開日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−139874(P2006−139874)
【出願日】平成18年5月19日(2006.5.19)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 1. 日本化学会第86春季年会(2006)にて発表 主催者名:社団法人 日本化学会 開催日:平成18年3月27日〜平成18年3月30日 発表日:平成18年3月28日 発表番号:2PB−031 講演要旨集発行日:平成18年3月13日 2. 刊行物名:高分子学会予稿集 巻数:55巻1号 研究集会名:第55回(2006年)高分子学会年次大会 発行所:社団法人 高分子学会 発行日:平成18年5月10日
【出願人】(504258527)国立大学法人 鹿児島大学 (284)
【Fターム(参考)】