説明

センタレス研削用把持具およびそれを用いた樹脂製シールリングの製造方法並びにその方法により製造された樹脂製シールリング

【課題】製造における工数を増大させることなく、シール性に優れた高精度な寸法を有する樹脂製シールリングを提供することを目的とする。
【解決手段】複数個の円環状の無端樹脂製シールリング(3’)を円筒状把持具(30)に挿入し、センタレス研削機(40)に設置し、シールリング(3’)の外周面(3b)を研磨することによって、高精度な寸法を有する有端樹脂性シールリング(3)を製造することができ、削り出しによる加工の手間を省き、加工コストの低減を図る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹脂製シールリングに関するもので、特にセンタレス研削用把持具を用いたセンタレス研削により製造される樹脂製シールリングに関するものである。
【背景技術】
【0002】
流体シール装置は、例えばAT車やCVT車等の自動変速機のトルクコンバータ、オイルポンプ、油圧式クラッチ、オイルディストリビュータ等における固定部品と回転部品の相対回転部にシールリングを装着して形成され、作動油の漏れを制御するもので、その一例について図5を参照して次に示す。図5において(1)はハウジング、(2)は回転軸、(3)はシールリングである。回転軸(2)は側周面及び内部にそれぞれ断面矩形の環状周溝(2a)及び油圧経路(2b)が形成された回転部品で、ハウジング(1)内に隙間(S)(例えば約0.1〜1mm程度)を開けて同軸に収納される。また、近年AT車の軽量化の要求に伴ってハウジング(1)または回転軸(2)のいずれか一方にADC(ダイカスト用アルミニウム合金)等の軟質材が多用される。
【0003】
シールリング(3)は、一般的に図6(ハ)に示すように、例えば合い口部(分離部)(Q)を有する有端で拡張可能の断面矩形リングで、回転軸(2)及びハウジング(1)間で周溝(2a)内に回転可能に装着され、且つ、摺接する。従って、シールリング(3)は摺接する回転軸(2)及びハウジング(1)を傷付けないこと、十分なシール性を持つこと、燃費向上のため、摺動回転トルクを小さくすること等が要求される。
【0004】
上記構成において周溝(2a)にシールリング(3)を装着し、シールリング(3)又はハウジング(1)を同軸に相対回転させる。そこで、隙間(S)に作動油を導入すると、図5に示すように、隙間(S)の高圧側に加わる流体正圧(P)がシールリング(3)の非押圧側面(3a)及び内周面(3b)に加わり、シールリング(3)の合口部が拡張して押圧側面(3c)と外周面(3d)とで周溝内壁(2b)とハウジング内周面(1a)を押圧して回転軸(2)とハウジング(1)との隙間(S)をシールする。
【0005】
シールリング(3)の代表的な材料としては、例えば、摺動性に優れると共に適度な柔軟性を有するPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)等の合成樹脂材が用いられる。
【0006】
シールリング(3)は様々な大きさがあるが、一般に肉厚の薄い製品である。シールリング(3)を製造する場合には、まず、PTFE等の合成樹脂材を圧縮成形し、焼成することによって得られる中空筒状の加工品(21)をつくり、これを図6(イ)に示すように突っ切り加工により突っ切り刃具(22)を送って径方向に削り出し加工することによって、図6(ロ)のような円環状の無端シールリング(3’)を作成する。
【0007】
そして、削り出し加工された円環状のシールリング本体の一部を軸方向両端面(3a),(3b)と垂直に切断することによって、合口を有する分離部(Q)を形成する。このようにして、図6(ハ)のような円周方向に対して有端の樹脂製シールリング(3)を製造する方法が一般的に知られている(特許文献1参照)。また、最近では加工コスト低減のため圧縮成形や射出成形による金型を用い、所望の形状を直接製造する合成樹脂製シールリングの製造方法も一般的に知れている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001−165313号公報
【特許文献2】特開2007−203742号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前述したように、シールリングを中空筒状の加工品から削り出し加工により製造するものでは、製造に手間が掛かるばかりで無く、コストが上昇するものとなる。特に、シールリングは流体の制御系に対して多数用いられることから、シールリングのコストの上昇は製品の価格を左右するものとなり改善が必要である。
【0010】
自動車部品など低コストで大量に使用される場合は、前述のように圧縮成形ならびに射出成形などで直接所望の形状を製作する場合があるが、直接形状を製作する製法では切削加工に比べて、寸法精度が劣ってしまう。図5に示すように、シールリング(3)は軸(2)の非押圧側面(2a)とシールリングの押圧側面(3a)、ハウジング(1)の内周面(1a)とシールリング(3)の外周面(3b)とでシールすることが多く、高度な寸法精度(真円度)が必要である。
【0011】
圧縮成形および射出成形において、シールリング(3)の外周面(3b)は押圧側面(3a)に比べて寸法が大きいため、寸法上のバラツキが大きくなり、真円度が悪くなる。シールリング(3)の真円度が悪くなると、ハウジング内周面(1a)とシールリング外周面(3b)との間に空隙ができ、密封している流体が漏れ出してしまう。そこで、外周面の寸法精度を良くするための対策として旋盤で加工することもあるが、シールリング(3)を1個ずつ旋盤で加工することは非常に工数も掛かり、大量生産には不向きで現実的ではない。
【0012】
本発明は、上記のような問題に鑑みてなされたもので、その目的は、製造における工数を増大させることなく、一度に大量に製造でき、且つ、寸法精度が高い樹脂製シールリングを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明のセンタレス研削用把持具は、円筒材、嵌合部材および固定部材から成り、前記円筒部材は軸方向に3以上に分割され、両端内周部に勾配が設けられ、相補的に嵌合するように前記嵌合部材の外周部に勾配が設けられていることを特徴とする。また、前記円筒部材の両端内周部および/または前記嵌合部材の外周部に設けられた勾配の角度が、15〜45°であることを特徴とする。
【0014】
また、本発明の樹脂性シールリングの製造方法は、前記把持具に複数個の樹脂製シールリングを挿入し、前記シールリングの外周面をセンタレス研削による表面加工を施すことを特徴とする。
【0015】
また、本発明の樹脂性シールリングは、前記製造方法により製造されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明のセンタレス研削用把持具により、センタレス研削加工時の被加工物の長手方向のずれを無くすことができる。また、本発明の樹脂製シールリングの製造方法では、シールリングの外周面をセンタレス研削することによって、シールリングの寸法精度も大幅に向上する。また、円筒状の把持具に複数個のシールリングを挿入し研削することによって、一度に大量のシールリングが製造でき、従来と比べて大幅な加工コストの削減が可能となり、製品としてのシールリングの大幅なコストダウンが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明に係る樹脂製シールリングの製造方法の一実施形態を示すもので、センタレス研削工程を示す概略的な説明斜視図である。
【図2】本発明に係るセンタレス研削用把持具の一実施形態を示すもので、複数個のシールリングをワーク化したものである。
【図3】本発明に係るセンタレス研削用把持具の一実施形態を示すもので、複数個のシールリングをワーク化したものの実施形態の断面図である。
【図4】実施例と比較例におけるオイルリーク量を示すグラフである。
【図5】従来の流体シール装置の要部拡大縦断面図。
【図6】従来の樹脂製シールリングの製造方法の一実施形態を示すもので、(イ)は突切り工程を示す概略的な説明図、(ロ)は円環状の無端のシールリングの斜視図であり、(ハ)は分離部を有する有端のシールリングの斜視図である。
【図7】本発明に係る樹脂製シールリングの断面形状のその他の例
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下に図面を参照して、この発明を実施するための最良の形態を、実施例に基づいて例示的に詳しく説明する。ただし、この実施例に記載されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対配置などは、特に特定的な記載がない限りは、この発明の範囲をそれらのみに限定する趣旨のものではない。
【0019】
図1は本発明に係るセンタレス研削による樹脂製シールリングの製造方法の一実施形態を概略的に示すもので、図2は本発明に係わるセンタレス研削装置に設置されるワーク(44)の拡大図である。
【0020】
本発明に係わる樹脂性シールリングの製造過程を順に説明する。まず、図2および図3に示すように、円筒状の把持具(30)は円筒部材(31)、嵌合部材(32)および固定部材(33)から成り、円筒部材(31)の片端内周部(31a)に嵌合部材(32)を挿入し、次に固定部材(33)の内周部(33a)を片端外周部(31b)に固定し、事前に用意した円環状の無端樹脂性シールリング(3’)を他端より挿入し、次に他端に嵌合部材(32)を挿入し、さらに他端に固定部材(33)を固定して、ワーク(44)を作製する。ここで、円筒部材(31)の外径(δ)は、シールリング(3’)の内径(d)よりも0.05〜0.1mm程度小さく、シールリング(3’)の挿入直後は間隙(G)が存在する。
【0021】
また、円筒部材(31)は軸方向に3分割されており、円筒部材(31)の両端の内周部(31a)および嵌合部材(32)の外周部(32a)が相補的に嵌合するように勾配が設けられており、図3に示すように嵌合部材(32)を挿入することにより、円筒部材(31)の外径(δ)が大きくなり、シールリング(3’)は、円筒部材(31)から外側に押力(F)を受け、間隙(G)が無くなり、円筒部材(31)に密着固定され、センタレス切削時に把持具(30)からシールリング(3’)が長手方向にずれたりする恐れが無くなる。ここで、円筒部材(31)は3以上分割されていればよく、上記勾配の角度(θ)は、15〜45°であり、より好ましいのは20〜30°である。勾配の角度(θ)が15°より小さい場合は、嵌合部材(32)が円筒部材(31)より抜け易くなり、45°より大きい場合は、嵌合部材(32)を円筒部材(31)へ挿入しにくい。また、円筒部材(31)の両端の内周部(31a)と嵌合部材(32)の外周部(32a)に設けられた勾配の角度は、それぞれ同じであっても良いし、異なっていても良い。
【0022】
また、図2および図3において、固定部材(32)とシールリング(3’)の間が空いているが、その間を埋めるようにシールリング(3’)を挿入し、固定部材(32)がセンタレス切削時に把持具(30)からシールリング(3’)が長手方向にずれたりする恐れが無くなるようにストッパーの役目を果たすことも可能である(図示せず)。
【0023】
ここで、円筒部材(31)の材料としては金属製であっても、一般的なプラスチック樹脂製またはゴム製であってもよいが、シールリング(3’)を傷つけないような樹脂製またはゴム製が好適である。また、嵌合部材(32)は比較的硬い材料であれば良く、金属等でも構わない。また、固定部材(32)は、形状・材質は特に限定しないが、取り付け・取り外しが容易で、しっかり固定できる点においてゴムバンドが好ましい。
【0024】
ワーク(44)をセンタレス研削装置(40)に設置して、シールリング(3’)の外周面(3b)を研磨する。ここで、図1について説明すると、複数個のシールリング(3’)を円筒形状にワーク化することによって、調整砥石(42)とブレード(43)で全長に亘って支持しながら研削砥石(41)により研磨するため、シールリングの変形を最小にすることができ、高精度な研削が可能である。さらに、円筒状の把持具に複数個のシールリングを挿入し研削することによって、一度に大量のシールリングが製造でき、従来と比べて大幅な加工コストの削減が可能となり、製品としてのシールリングの大幅なコストダウンが可能となる。
【0025】
前記センタレス研削により研磨された無端樹脂製シールリング(3’)の一部を軸方向両端面(3a),(3b)と垂直に切断することによって、図6(ハ)に示すような合口を有する分離部(Q)を形成する有端樹脂製シールリング(3)が得られる。
【0026】
本発明に係る樹脂製シールリング(3’、3)の材料としては、耐摩耗性や耐熱性に優れた材料であれば特に限定はされないが、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、フッ素樹脂などの熱可塑性樹脂などが挙げられ、好適な例として、摩擦係数が著しく低いPTFE材料(テトラフルオロエチレン単体、又はテトラフルオロエチレンとヘキサフルオロプロピレン、パーフルオロプロピルビニルエーテル等との共重合体)および、280℃以上の融点を有する熱可塑性樹脂であるポリシアノアリールエーテル系樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂等の芳香族ポリエーテルケトン系樹脂、芳香族系熱可塑性ポリイミド樹脂、ポリアミド46系樹脂、ポリフェニレンスルフィド系樹脂等を挙げることができ、射出成形が比較的困難な材料が好適である。
【0027】
本発明に係わる樹脂製シールリング(3’、3)の形状および寸法の一例としては、円周方向において断面が矩形状であり、具体的には、外径Dが10〜100mmで、厚さt(mm)が1〜5mmであり、シールリングの幅寸法をw(mm)とすると、寸法比(アスペクト比)w/tが1以下であり、好ましくは0.95以下で0.5より大きく、更に好ましくは0.6や0.7程度の値が好ましいと考えられる。(ここで、w=(D−d)/2、d(mm):シールリング内径)
また、シールリングの断面形状のその他の例としては、図7に示すように、台形状(x)、T状(y)、L状(z)などが挙げられる。
【0028】
また、本発明の実施形態では、図6(ハ)に示すようにシールリング(3)の円周方向一箇所に形成される切断部分が、軸方向両端面(3a),(3b)に対して垂直で、かつ径方向に延びる平面をなしているが、その切断形状は図示のものに特に限定されるものではなく、すなわち切断形状とは無関係に上記効果を得ることができる。
【実施例】
【0029】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0030】
[真円度測定]
<実施例>
PTFE材料を用いて、圧縮成形により内径dが57.0mm、外径Dが60.5mm、厚さtが1.5mmの円環状の無端の樹脂製シールリングを100個製作し、これらシールリングをプラスチック樹脂の円筒状把持具(δ=56.9mm、θ=30°)に挿入し、センタレス研削にて、外径Dが60.0mmになるように表面を研磨した後に、全ての真円度を測定した。ここでいう「真円度」とは、JIS B 0621(1984)「幾何偏差の定義及び表示」より、「円形形体を2つの同心の幾何学的円で挟んだとき、同心円の間隔が最小となる場合の、2円の半径の差」(ここで、円形形体とは、円形の形状や回転運度の軌跡のような機能上円であるような線である。)のことである。そこで、前記規定に基づき、各々のシールリングを2つの同心の幾何学的円で挟んだとき、同心円の間隔が最小となる場合の、2円の半径の差を測定した。その結果を表1に示す。
【0031】
<比較例>
PTFE材料を用いて、圧縮成形により直接内径dが57.0mm、外径Dが60.0mm、厚さtが1.5mmの円環状の無端の樹脂製シールリングを100個製作し、実施例と同様に真円度を測定した。その結果を表1に示す。
【0032】
【表1】

【0033】
表1より、この発明にかかる実施例の樹脂製シールリングでは、比較例よりも高い真円度を有した。
【0034】
[オイルリーク試験]
上記実施例および比較例の円環状の無端の樹脂製シールリングを用いて、得られた環状体の円周方向一部を、軸方向両端面に対して垂直に切断することによって有端リング形状とした。
【0035】
このようにして得られた有端樹脂製シールリングを、自動車用オートマチックトランスミッションオイル(昭和シェル石油(株)製:ゲルコATF)を使用し、材質がS45Cであるシリンダーと軸との間に装着し、油圧0.5MPaでオイルシールした。この軸を4000rpmで回転させた際のオイルリーク量(漏れ量)を20℃から100℃に亘ってメスシリンダーにより測定した。その結果を図4のグラフに示す。
【0036】
図4より、この発明にかかる実施例の樹脂製シールリングでは、オイルリーク量の温度変化による変動は小さく、安定していた。一方、比較例の樹脂製シールリングでは、オイルリーク量の温度変化による変動が大きく、温度に対してのオイルリーク量は実施例の約1.5〜2倍であった。
【産業上の利用可能性】
【0037】
以上説明したように、本発明のセンタレス研削用把持具を用いた樹脂製シールリングの製造方法は、圧縮成形および射出成形の一次成形にとらわれず、高精度な樹脂製シールリングを製造できるので、圧縮機などの油圧機器またはギアポンプやゴム押出機等のような加圧装置の高圧の流体を密封するシールを製造する場合にも好適である。
【符号の説明】
【0038】
1 ハウジング
2 軸
3 有端シールリング
3’ 無端シールリング
3a 押圧側面
3b 外周面
21 中空筒状の加工品
22 突っ切り刃具
30 円筒状把持具
31 円筒部材
32 嵌合部材
33 固定部材
40 センタレス研削機の要部
41 研削砥石
42 調整砥石
43 ブレード
44 ワーク


【特許請求の範囲】
【請求項1】
円筒部材、嵌合部材および固定部材から成るセンタレス研削用把持具であり、前記円筒部材は軸方向に3以上に分割され、両端内周部に勾配が設けられ、相補的に嵌合するように前記嵌合部材の外周部に勾配が設けられていることを特徴とするセンタレス研削用把持具。
【請求項2】
前記円筒部材の両端内周部および/または前記嵌合部材の外周部に設けられた勾配の角度が、15〜45°であることを特徴とする請求項1に記載のセンタレス研削用把持具。
【請求項3】
請求項1または2に記載の把持具に複数個の樹脂製シールリングを挿入し、前記シールリングの外周面をセンタレス研削による表面加工を施すことを特徴とした樹脂製シールリングの製造方法。
【請求項4】
請求項3に記載された製造方法により製造された樹脂製シールリング。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−224718(P2011−224718A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−96633(P2010−96633)
【出願日】平成22年4月20日(2010.4.20)
【出願人】(000003263)三菱電線工業株式会社 (734)
【Fターム(参考)】