説明

ダイカスト用スリーブ

【課題】 ダイカスト用スリーブの曲がりを防止するとともに、内筒とプランジャチップとの間の摩擦抵抗を小さく抑えることができるダイカスト用スリーブを提供する。
【解決手段】 金属材料からなる外筒の内面に、常温における熱伝導率が50W/(m・K)以上の窒化ケイ素を主成分とするセラミックス焼結体からなる内筒を焼嵌めて構成したことを特徴とする。前記セラミックス焼結体が実質的に窒化ケイ素粒子とその周囲の粒界相とで構成され、溶融金属と接触する面において窒化ケイ素粒子が面積率で70〜99.9%を占めることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コールドチャンバー型またはホットチャンバー型ダイカストマシンにおける溶湯射出装置に装着されて用いられるダイカスト用スリーブに関する。
【背景技術】
【0002】
ダイカスト鋳造法は、アルミニウム、マグネシウム、亜鉛などからなる金属製品を高速、高精度に鋳造する方法であり、自動車製品、家電製品などの各種構成部材の製造に広く利用されている。そして、ダイカストマシンにおいては、中空円筒状のダイカスト用スリーブ内に溶湯を供給し、スリーブ内を摺動するプランジャチップによって、スリーブと連通する金型キャビティ内に溶湯を射出して、溶湯を冷却固化させて製品を作るものである。
【0003】
このため、スリーブの内面が溶湯により溶損したり、プランジャチップの摺動により摩耗しやすい。スリーブの内面が溶損や摩耗によって損傷すれば、スリーブとプランジャチップとの間に溶湯が侵入してスリーブの摩擦抵抗が増大し、射出速度および射出圧力が安定しないため、射出圧力が金型の末端まで十分に伝わらなくなり、製品に欠陥を生じやすくなる問題がある。また、潤滑油量を増やし摩擦抵抗を低減する方法があるが、潤滑油がガス化して気孔などの鋳造欠陥が発生したり、潤滑油が炭化して介在物になるなど問題を引き起こすことが多く適切ではなかった。
【0004】
従来のダイカスト用スリーブとして、溶融金属と接触する内筒を耐溶損性、耐摩耗性に優れるセラミックス材料で形成し、この内筒を金属製の外筒の内面に焼嵌めて一体化した複合構造のダイカスト用スリーブが数多く提案されている。
【0005】
特許文献1には、外筒を高強度で、かつ20℃から300℃までの平均熱膨張係数が1〜5×10-6/℃、20℃から600℃までの平均熱膨張係数が5×10-6/℃以上の低熱膨張特性を有する金属材料により形成し、内筒を窒化ケイ素またはサイアロンなどの窒化ケイ素系セラミックス焼結体で形成したダイカスト用スリーブが記載されている。
【0006】
このダイカスト用スリーブは、内筒を形成する窒化ケイ素系セラミックス材料の20℃から600℃までの熱膨張係数が約3×10-6/℃であるため、550〜600℃の加熱を要する外筒と内筒の焼嵌めの際、外筒と内筒の熱膨張係数の差が大きいので焼嵌め作業が容易にできるという利点を有する。また、ダイカスト用スリーブ内に溶湯を注入して使用した場合には、外筒の温度が通常上昇する300℃程度までは、外筒の20℃から300℃までの平均熱膨張係数が1〜5×10-6/℃と小さく、外筒と内筒の熱膨張係数の差が小さいので、外筒や内筒がその軸方向および円周方向にずれることを抑え、焼嵌め効果を十分に確保できるものである。
【0007】
また、特許文献2には、金属製外筒と、窒化ケイ素系セラミックス焼結体で形成した内筒との境界部に複数個の空孔部を設け、空孔部が外筒の内面または内筒の外面に設けられた条溝からなり、条溝の幅aと間隔bとの比a/bが1:1〜6:1の範囲内にあり、金属製外筒内に冷却水路を有するダイカスト用スリーブが記載されている。
【0008】
このダイカスト用スリーブは、外筒と内筒の境界部に設けた空孔部により優れた断熱保温性を有するために、溶湯の注入によっても外筒の温度上昇を低く抑えることができ、もって溶湯が接触するスリーブ下部と接触しないスリーブ上部との間の熱膨張差を低減し、スリーブの反りによる内筒の破損を防止できる。また、外筒に設けた冷却水路によっても外筒の温度上昇を抑える。さらに、断熱保温効果により、薄肉部を有する鋳造製品でも湯廻り不良の発生を防止できるものである。
【0009】
また、特許文献3には、ニッケル−クロム系金属などの溶湯射出用シリンダの内部に、窒化ケイ素などのセラミックスで形成された複数個の分割スリーブを組合せて設けてなる二層構造の溶湯射出成形用スリーブが記載されている。
【0010】
このダイカスト用スリーブは、シリンダ内部に設ける分割スリーブをセラミックスで形成して高い耐熱衝撃性をもたせ、溶湯の熱衝撃による分割スリーブの損傷を防止してシリンダを保護し、高融点材料溶湯のダイカスト鋳造を可能とするものである。
【0011】
【特許文献1】特開平7−246449号公報
【特許文献2】特公平7−115147号公報
【特許文献3】特開昭53−70034号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
従来の窒化ケイ素系セラミックス製の内筒を金属製の外筒に焼嵌めた構造のダイカスト用スリーブは、耐摩耗性は良好であるが、ホットチャンバー型ダイカストマシン用として使用する場合、内筒に供給された溶融金属の熱および内筒内面の摺動面で発生する摩擦熱が内筒を伝達しにくく、内筒の温度分布が著しく不均一となり、ダイカスト用スリーブが長手軸方向に曲がりやすかった。このため、射出速度および射出圧力が安定しないため、射出圧力が金型の末端まで十分に伝わらなくなり、製品に欠陥を生じやすくなる問題があった。
【0013】
また、従来の窒化ケイ素系セラミックス製の内筒は、内筒とプランジャチップとの間の摩擦抵抗が大きく、プランジャチップがかじりやすくなり、射出速度および射出圧力が安定しない問題があった。
【0014】
したがって、本発明は前記課題に対処して、ダイカスト用スリーブの曲がりを防止するとともに、内筒とプランジャチップとの間の摩擦抵抗を小さく抑えることができるダイカスト用スリーブを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明のダイカスト用スリーブは、金属材料からなる外筒の内面に、常温における熱伝導率が50W/(m・K)以上の窒化ケイ素を主成分とするセラミックス焼結体からなる内筒を焼嵌めて構成したことを特徴とする。
【0016】
また本発明において、前記セラミックス焼結体が実質的に窒化ケイ素粒子とその周囲の粒界相とで構成され、溶融金属と接触する面において窒化ケイ素粒子が面積率で70〜99.9%を占めることが望ましい。また、内筒を形成する窒化ケイ素を主成分とするセラミックス焼結体は、相対密度が98%以上であり、常温における4点曲げ強度が600MPa以上であることが望ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明のダイカスト用スリーブは、溶融金属と接触する内筒を構成する窒化ケイ素セラミックス焼結体自体の熱伝導率を高めることにより、内筒に供給された溶融金属の熱および内筒内面の摺動面で発生する摩擦熱が、迅速に内筒の表面および内部に放散される。このため、内筒の温度分布が均一となり、ダイカスト用スリーブが長手軸方向に曲がることを防止できる。
【0018】
溶融金属と接触する内筒を構成する窒化ケイ素セラミックス焼結体自体の熱伝導率を高めることにより、内筒内面の摺動面で発生する摩擦熱が速く放散するので、内筒とプランジャチップとの間の摩擦抵抗が小さくなり、プランジャチップのかじりを抑えることができる。
【0019】
従来の窒化ケイ素セラミックス焼結体は、常温における熱伝導率が高々15W/(m・K)程度であるが、本発明の窒化ケイ素系セラミックス焼結体は、焼結体中に不純物として存在するアルミニウムおよび酸素の含有量を低減することにより、好ましくは焼結体中のアルミニウムの含有量を0.2重量%以下、酸素の含有量を5.0重量%以下に抑えることにより、常温における熱伝導率が50W/(m・K)以上にすることができる。
【0020】
窒化ケイ素系セラミックス焼結体中に不純物として存在する異種イオン、特にアルミニウム、酸素はフォノン散乱源となり熱伝導率を低減させる。窒化ケイ素系焼結体は、窒化ケイ素粒子相とその周囲の粒界相とから構成され、アルミニウムおよび酸素はこれら二相にそれぞれ含有される。アルミニウムは、窒化ケイ素の構成元素であるケイ素のイオン半径に近いため窒化ケイ素粒子内に容易に固溶する。アルミニウムの固溶により窒化ケイ素粒子自身の熱伝導率が低下し、結果として焼結体の熱伝導率が著しく低下する。
【0021】
また、焼結助剤として主に酸化物を添加するため、酸素の多くは粒界相成分として存在する。焼結体の高熱伝導化を達成するには、主相の窒化ケイ素粒子に比べて熱伝導率が低い粒界相の量を低減することが重要である。この目的ならびに耐摩耗性を十分確保する意味で、内筒の摺動面において、窒化ケイ素系セラミックス焼結体を構成する窒化ケイ素粒子と粒界相の合計の面積率を100%としたとき、窒化ケイ素粒子が面積率で70〜99.9%を占有することが望ましい。
【0022】
さらに、高速、高面圧など摺動・摩擦条件の厳しい用途での機械的応力および衝撃に十分に耐えられるように、窒化ケイ素系セラミックス焼結体は、相対密度が98%以上であり、常温における4点曲げ強度が600MPa以上であることが望ましい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明に係るダイカスト用スリーブを図面に基づいて説明する。
【0024】
図1は、本発明の実施例に係るダイカスト用スリーブの縦断面図を示す。図1において、ダイカスト用スリーブ1は、金属材料からなる外筒2の内面に、本発明の窒化ケイ素セラミックス焼結体からなる内筒3を焼嵌めて固定して構成される。4は溶融金属の注入口、5は溶融金属が充填される中空部、6は内筒3内を前後に摺動するプランジャチップである。
【0025】
外筒2は、高強度でかつ低熱膨張性の特性を有する金属材料により形成した。本実施例に係る金属材料は、質量%でNi:32.6%、Co:14.9%、Al:0.8%、Ti:2.3%、C:0.03%、Si:0.07%、Mn:0.09%、Cr:0.02%、Cu:0.06%、P:0.003%、S:0.002%、残部Feおよび不可避的不純物からなる。
【0026】
内筒3は、窒化ケイ素セラミックスにより形成した。すなわち、平均粒径0.5μmの窒化ケイ素粉末に、焼結助剤として、平均粒径0.2μmの酸化マグネシウム粉末を3.0質量%、平均粒径2.0μmの酸化イットリウム粉末を3.0質量%添加し、適量の分散剤を加えエタノール中で粉砕、混合した。ついで、噴霧乾燥後、篩を通して造粒した後、ゴム型に充填し、静水圧により冷間静水圧プレス(CIP)を行い、所定形状の中空状の内筒となる成形体を作製した。この成形体を1750℃、9気圧の窒素ガス雰囲気中で5時間焼成し、本発明の窒化ケイ素を主成分とする焼結体を得た。
【0027】
得られた窒化ケイ素セラミックスから、直径10mm×厚さ3mmの熱伝導率および密度測定用の試験片、縦3mm×横4mm×長さ40mmの4点曲げ試験片を採取した。密度はJIS R2205に基づいてアルキメデス法から求めた。相対密度はJIS R2205に準拠したアルキメデス法により実測密度を求めこれを計算により算出した理論密度で除した値とした。熱伝導率はレーザーフラッシュ法JIS R1611に準拠して常温での比熱および熱拡散率を測定し熱伝導率を算出した。4点曲げ強度は常温にてJIS R1601に準拠して測定を行った。
【0028】
また、窒化ケイ素粒子の面積%は、焼結体をフッ化水素酸にて粒界ガラス相を溶出することにより、窒化ケイ素粒子を個々に取り出しSEM観察して求めた。窒化ケイ素系焼結体中のアルミニウム含有量は誘導プラズマ発光分析法(略称ICP法)により、酸素含有量は赤外線吸収法により測定した。
【0029】
この本発明の窒化ケイ素を主成分とする焼結体は、相対密度が99.2%、常温における熱伝導率が62W/(m・K)、常温における4点曲げ強度が710MPaであった。また、窒化ケイ素セラミックス焼結体を構成する窒化ケイ素粒子と粒界相の合計の面積率を100%としたとき、窒化ケイ素粒子が面積率で95%であった。さらに、窒化ケイ素セラミックス中のアルミニウム含有量が0.01重量%、酸素含有量が0.01重量%であった。
【0030】
上記構成によるダイカスト用スリーブをホットチャンバー型ダイカストマシンの溶湯射出装置に装着して、スリーブ内を摺動するプランジャチップとして耐摩耗性、潤滑性に優れたSKD61からなるプランジャチップを使用し、アルミニウム合金のダイカストに使用した結果、ダイカスト用スリーブの曲がりや、プランジャチップのかじりは全く見られず、約150000〜200000ショットの安定した射出を行なうことができた。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明のダイカスト用スリーブは、ダイカスト用スリーブの曲がりを防止するとともに、内筒とプランジャチップとの間の摩擦抵抗を小さく抑え、プランジャチップのかじりを防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の実施例に係るダイカスト用スリーブの縦断面図を示す。
【符号の説明】
【0033】
1 ダイカスト用スリーブ、 2 外筒、 3 内筒、
4 溶融金属の注入口、 5 中空部、 6 プランジャチップ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属材料からなる外筒の内面に、常温における熱伝導率が50W/(m・K)以上の窒化ケイ素を主成分とするセラミックス焼結体からなる内筒を焼嵌めて構成したことを特徴とするダイカスト用スリーブ。
【請求項2】
前記セラミックス焼結体が実質的に窒化ケイ素粒子とその周囲の粒界相とで構成され、溶融金属と接触する面において窒化ケイ素粒子が面積率で70〜99.9%を占めることを特徴とする請求項1に記載のダイカスト用スリーブ。
【請求項3】
前記セラミックス焼結体は、相対密度が98%以上であり、常温における4点曲げ強度が600MPa以上であることを特徴とする請求項1または2に記載のダイカスト用スリーブ。

【図1】
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【公開番号】特開2006−272360(P2006−272360A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−91598(P2005−91598)
【出願日】平成17年3月28日(2005.3.28)
【出願人】(000005083)日立金属株式会社 (2,051)
【Fターム(参考)】