説明

ダイゼイン代謝物産生菌含有組成物及びダイゼイン代謝物の製造方法

【課題】生体内で高い生理機能を有するエクオール等のダイゼイン代謝物を効率的に産生できるダイゼイン代謝物産生菌含有組成物及びダイゼイン代謝物の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明のダイゼイン代謝物産生菌含有組成物は、エクオール産生菌と、エスケリッチア属、ラオウルテラ、ラクトバチルス属、パントエア属、サッカロマイセス属及びセラチア属に属する微生物から選択される少なくとも1種のエクオール非産生菌と、を含む。本発明のダイゼイン代謝物の製造方法は、ダイゼイン類を含む培地中で、エクオール産生菌と、エスケリッチア属、ラオウルテラ属、ラクトバチルス属、パントエア属、サッカロマイセス属及びセラチア属に属する微生物から選択される少なくとも1種のエクオール非産生菌と、を含む混合微生物を培養する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体内で高い生理機能を有するエクオール等のダイゼイン代謝物を効率的に産生できるダイゼイン代謝物産生菌含有組成物及び微生物によりダイゼイン代謝物を効率的に産生できるダイゼイン代謝物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イソフラボンはフラボノイドの1種であり、種々の植物に含まれている。例えば、大豆イソフラボンとして、ゲニスチン、ダイジン及びグリシチンが知られている。ダイジンは生体内において、β−グルコシダーゼによりダイゼインに代謝され、次いで、腸内細菌の作用により、中間代謝物であるジヒドロダイゼインを経てエクオールに代謝される。
【0003】
イソフラボンは、生体内で種々の生理機能を発揮することが知られている。例えば、大豆イソフラボンには、乳ガン、前立腺ガン、高コレステロール血症、心疾患、更年期障害、及び骨粗しょう症の予防作用があることが知られている。一方、大豆イソフラボンのかかる生理機能の発現には個人差があることが認められている。近年の研究では、大豆イソフラボンの生理機能について、大豆イソフラボンよりも、その代謝物であるエクオールがより有効であることが明らかにされている。また、大豆イソフラボンの生理機能の個人差は、エクオールを産生する腸内細菌叢の個人差に起因することが明らかにされている。よって、エクオールを直接摂取することにより、更に優れた上記生理機能を発揮できると期待され、エクオールに注目が集まっている。
【0004】
これまでに、ダイゼイン類を基質としてエクオールを産生する微生物が種々単離されている。例えば、エクオールを産生する微生物として、Lactococcus garvieae(特許文献1)、Slackia属(特許文献2及び非特許文献1)、及びAdlercreutzia equolifaciens(非特許文献2)がヒト腸内より単離されている。また、Asaccharobacter celatus(do03株)(特許文献3)がラット腸内より単離されている。
【0005】
エクオールは、複素環の二重結合の欠如によりキラル中心を持つ。よって、エクオールには鏡像異性体(R−エクオール及びS−エクオール)が存在する。このエクオールの鏡像異性に着目し、特定の鏡像異性体を選択的に産生する方法が検討されている。例えば、Enterococcus faecalis、Lactobacillus plantarum、Listeria welshimeri、Bacteroides fragilis、Bifidobacterium lactis、Eubacterium limosum、Lactobacillus casei、Lactobacillus acidophilus、Lactobacillus delbruekii、Lactobacillus paracasei、Listeria monocytogenes、Micrococcus luteus、Propionibacterium Freudenreichii、Saccharomyces boulardii、Kactococcus lactis、Enterococcus faecium、及びLactobacillus salivariusにより、S−エクオールを製造する方法が報告されている(特許文献4)。また、本願発明の発明者も、S−エクオールを産生する菌として、Eggerthella属に属する新種の菌(Eggerthella sp.YY7918)を単離している(非特許文献3)。
【0006】
一方、ダイゼインを直接の基質とせず、その中間代謝物であるジヒドロダイゼインよりS−エクオールを産生する微生物も単離されている。かかる微生物として、例えば、Adlercreutzia属又はAsaccharobacter属近縁種のJulong732株が単離されている。そして、該株とダイゼインからジヒドロダイゼインへの代謝能を有する乳酸菌(Lactobacillus sp.Niu−O16)との混合培養により、S−エクオールを生産する試みが報告されている(非特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−296434号公報
【特許文献2】特開2006−204296号公報
【特許文献3】特開2008−61584号公報
【特許文献4】特表2006−504409号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】J..S.Jin, et al., (2008)Biol. Pharm. Bull., 31, 1621−1625
【非特許文献2】T.Marco, et al., (2008)Int−J. Syst. Evol.Microbiol., 58, 1221−1227
【非特許文献3】S,Yokoyama, et al., (2008)Biosci. Biotechnol. Biochem., 72, 2660−2666
【非特許文献4】X. −L. Wang,et al., (2005)Appl. Environ. Microbiol., 71 214−219 : X. −L. Wang, et al., (2007)Arch. Microbiol., 187, 155−160
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
エクオールは機能性食品、化粧品、及び医薬品素材として、大量の供給が望まれている。しかし、これまでの微生物によるエクオールの製造方法では、生産効率が十分高いとは言えず、製造コストが高くなる問題がある。そこで、従来の方法よりエクオールを更に効率的に産生することができる方法が求められている。
【0010】
本発明は、生体内で高い生理機能を有するエクオール等のダイゼイン代謝物を効率的に産生できるダイゼイン代謝物産生菌含有組成物及び微生物によりダイゼイン代謝物を効率的に産生できるダイゼイン代謝物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明のダイゼイン代謝物産生菌含有組成物は、エクオール産生菌と、エスケリッチア(Escherichia)属、ラオウルテラ(Raoultella)属、ラクトバチルス(Lactobacillus)属、パントエア(Pantoea)属、サッカロマイセス(Saccharomyces)属、エンテロコッカス(Enterococcus)属、及びセラチア(Serratia)属に属する微生物から選択される少なくとも1種のエクオール非産生菌と、を含む。
【0012】
本発明のダイゼイン代謝物の製造方法は、ダイゼイン類を含む培地中で、エクオール産生菌と、エスケリッチア属、ラオウルテラ属、ラクトバチルス属、パントエア属、サッカロマイセス属、エンテロコッカス属、及びセラチア属に属する微生物から選択される少なくとも1種のエクオール非産生菌と、を含む混合微生物を培養する工程を備える。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、従来の微生物による製造方法と比べて、効率的にエクオール等のダイゼイン代謝物を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】ダイゼイン代謝物の産生試験(I)の結果を示すグラフである。
【図2】ダイゼイン代謝物の産生試験(II)の結果を示すTLCを表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
(1)ダイゼイン代謝物産生菌含有組成物
上記エクオール産生菌は、ダイゼイン類を基質として、エクオールを産生する能力を有する菌である限り、その具体的種類には特に限定はない。上記ダイゼイン類は、ダイゼイン、ダイゼイン配糖体(ダイジン等)及びジヒドロダイゼインが含まれる。上記ダイゼイン配糖体に含まれる糖の構造には特に限定はない。上記エクオール産生菌は、天然由来の菌でもよく、人為的な変異手段により菌学的性質を変異させた変異株でもよい。更に、上記エクオール産生菌は1種単独でもよく、2種以上を併用してもよい。
【0016】
上記エクオール産生菌として具体的には、例えば、ラクトコッカス(Lactococcus)属、スラッキア(Slackia)属、アドレクレウチア(Adlercreutzia)属、アサッカロバクター(Asaccharobacter)属、及びエッゲルセラ(Eggerthella)属に属する微生物が挙げられる。より具体的には、例えば、Lactococcus garvieae、Adlercreutzia equolifaciens、Asaccharobacter celatus、及びEggerthella sp.YY7918(以下、単に「YY7918株」という。)が挙げられる。上記エクオール産生菌として、エッゲルセラ属に属する微生物を用いると、エクオールを効率的に産生することができるので好ましい。該エッゲルセラ属に属する微生物として特に好ましくは、YY7918株である。YY7918株の性質についての詳細は、上記非特許文献3に記載されている。また、YY7918株は、公的機関である岐阜県生物工学研究所にて管理されており、ここから入手することができる。
【0017】
上記エクオール非産生菌は、エスケリッチア属、ラオウルテラ属、ラクトバチルス属、パントエア属、サッカロマイセス属、エンテロコッカス属、及びセラチア属に属する微生物から選択される1種又は2種以上である。上記エクオール非産生菌は、天然由来の菌でもよく、人為的な変異手段により菌学的性質を変異させた変異株でもよい。
【0018】
尚、上記「エクオール非産生菌」は、エクオールを全く産生しない菌には限られず、微量のエクオールを産生する菌でもよい。例えば、上記「エクオール非産生菌」としては、TLCで検出できない程度の微量のエクオールを産生する菌が挙げられる。また、上記「エクオール非産生菌」としては、例えば、培養して得られるエクオールの量が1ng/ml以下の菌でもよい。
【0019】
上記エクオール非産生菌として具体的には、例えば、ラオウルテラ・プラチコラ(Raoultella planticola)、セラチア・リケファシエンス(Serratia liquefacience)、パントエア・アグロメランス(Pantoea agglomerans)、エスケリッチア・コリ(Escherichia coli)、及びエンテロコッカス・アビウム(Enterococcus avium(NBRC100477))が挙げられる。上記エクオール非産生菌として、これらの1種又は2種以上を用いることができる。
【0020】
上記エクオール非産生菌として、エスケリッチア属に属する微生物及びラオウルテラ属に属する微生物から選択される少なくとも1種を用いると、エクオール等のダイゼイン代謝物を効率的に産生することができるので好ましい。特に、上記エクオール非産生菌として、エスケリッチア・コリ(Escherichia coli)及びラオウルテラ・プラチコラ(Raoultella planticola)を用いると、エクオールを更に効率的に産生することができるので好ましい。また、上記エクオール非産生菌として、エンテロコッカス・アビウム(Enterococcus avium)を用いると、ジヒドロダイゼインの生産性が向上するので好ましい。
【0021】
上記ダイゼイン代謝物は、上記ダイゼイン類を資化して得られる物質を意味する。上記ダイゼイン代謝物として具体的には、例えば、エクオール及びジヒドロダイゼインが挙げられる。上記のように、エクオールには鏡像異性体(R−エクオール及びS−エクオール)が存在する。よって、上記エクオールはS−エクオール及びR−エクオールの一方又はラセミ体も含む。
【0022】
上記エクオール産生菌及び/又は上記エクオール非産生菌として、配糖体から糖を除去する機能を有する菌(例えば、グルコシダーゼを産生する菌)を用いることができる。エクオール等のダイゼイン代謝物は通常、ダイゼイン(イソフラボンのアグリコン)から生成する。よって、上記ダイゼイン類としてダイゼイン配糖体又はこれを含む原料を用いる場合には、糖を除去することが好ましい。上記機能を有する菌を用いると、ダイゼイン配糖体又はこれを含む原料から効率的にエクオール等のダイゼイン代謝物を得ることができるので好ましい。上記機能を有する菌は天然由来の菌でもよく、人為的な変異手段により菌学的性質を変異させた変異株でもよい。上記機能を有する菌は、例えば、上記エクオール産生菌及び/又は上記エクオール非産生菌に、グルコシダーゼをコードする遺伝子を公知の遺伝子導入法で導入し、形質転換することにより得ることができる。
【0023】
本発明の組成物は、上記エクオール産生菌及び上記エクオール非産生菌以外の他の微生物及び成分を含んでいてもよい。上記のように、上記ダイゼイン類としてダイゼイン配糖体又はこれを含む原料を用いる場合には、糖を除去することが好ましい。本発明の組成物が、配糖体から糖を除去する機能を有する微生物(例えば、グルコシダーゼを産生する微生物)又は配糖体から糖を除去する機能を有する成分(例えば、グルコシダーゼ)を含んでいると、ダイゼイン配糖体又はこれを含む原料を用いて、エクオールを効率的に産生できるので好ましい。
【0024】
本発明の組成物の形態には特に限定はない。本発明の組成物は液状物でもよく、固形物でもよい。本発明の組成物としては、例えば、上記エクオール産生菌及び上記エクオール非産生菌の培養に適した培地中に、上記エクオール産生菌及び上記エクオール非産生菌が分散含有されている組成物及びこれを凍結乾燥等により固形状にした組成物が挙げられる。更に、本発明の組成物は、上記エクオール産生菌及び上記エクオール非産生菌(更に、必要に応じて他の微生物及び成分)を適当な担体に保持した形態でもよい。
【0025】
本発明の組成物は、ダイゼイン代謝物、特にエクオールの生産性に優れている。よって、本発明の組成物は、上記ダイゼイン類を基質としてエクオール等のダイゼイン代謝物を製造するために使用することができる。特に、本発明の組成物は、S−エクオールの生産性に優れている。よって、本発明の組成物は、S−エクオールを製造するために使用することができる。更に、本発明の組成物は、生体(人間及び家畜等の人間以外の動物)内でのダイゼイン代謝物の産生のために使用することができる。例えば、本発明の組成物を生体内に投与後、上記ダイゼイン類を含有する食品を摂取することにより、生体内でのダイゼイン代謝物の生産性を高めることができる。
【0026】
(2)ダイゼイン代謝物の製造方法
上記ダイゼイン類は、ダイゼイン、ダイゼイン配糖体及びジヒドロダイゼインが含まれる。上記ダイゼイン配糖体に含まれる糖の構造には特に限定はない。上記ダイゼイン配糖体として具体的には、例えば、ダイジンが挙げられる。本発明において、上記ダイゼイン類は、1種単独でもよく、2種以上を用いてもよい。
【0027】
上記ダイゼイン類は、通常、大豆イソフラボンとして大豆中に含まれている。しかし、本発明の上記ダイゼイン類の由来には特に限定はない。よって、上記ダイゼイン類として、大豆由来のダイゼイン類の他、葛、葛根、レッドクローブ、及びアルファルファ等の植物由来のダイゼイン類を用いることができる。また、本発明では、上記ダイゼイン類として、上記ダイゼイン類を含有する原料を用いてもよい。上記ダイゼイン類を含有する原料としては、例えば、大豆、葛、葛根、レッドグローブ及びアルファルファ等の植物自体及びこれらの加工品(抽出物・発酵物等)を用いてもよい。
【0028】
上記ダイゼイン類を上記培地に添加する方法には特に限定はない。上記ダイゼイン類又は上記ダイゼイン類を分散又は溶解させた液を培地に添加してもよく、上記ダイゼイン類を含有する原料を培地に添加してもよい。
【0029】
また、一般に上記ダイゼイン類の水に対する溶解性は低い。よって、上記培地が水系の液体培地の場合、上記培地中の上記ダイゼイン類の濃度が低くなることがある。本発明の製造方法では、上記培地に可溶化剤を含有させることにより、上記ダイゼイン類を可溶化することが好ましい。上記ダイゼイン類を培地に可溶化することにより、培地中の上記ダイゼイン類の濃度を高め、上記ダイゼイン代謝物の生産性を高めることができる。
【0030】
上記可溶化の方法には特に限定はない。例えば、上記ダイゼイン類を含む溶媒に可溶化剤を添加し、これを上記培地に添加してもよい。また、上記培地に可溶化剤を添加し、次いで上記ダイゼイン類を上記培地に添加してもよい。上記可溶化剤は、上記ダイゼイン類を可溶化することができる限り、その種類に特に限定はない。上記可溶化剤としては、例えば、(1)シクロデキストリン(β−シクロデキストリン等)、又は(2)ポリエチレングリコール鎖を有し、水及びエタノールに溶解可能であり、HLB値が11以上の界面活性剤(Tween−80等)が挙げられる。
【0031】
上記培地は、上記混合微生物を培養することができる限り、その種類及び組成には特に限定はない。上記培地は、通常、液体培地であるが、固体培地であってもよい。また、上記培地のpH(特に発酵時)は、通常5.5〜8.5、好ましくは6.0〜8.0、更に好ましくは6.5〜7.5である。また、上記培地には、pH及び栄養条件等を好ましい範囲に調整するため、グルコース等の糖類、プロテアーゼ等の酵素、精製水等の水等を添加することができる。上記のように、上記ダイゼイン類としてダイゼイン配糖体又はこれを含む原料を用いる場合には、糖を除去するのが好ましい。よって、本発明では、上記培地にグルコシダーゼ又はグルコシダーゼを産生する微生物を別途添加することができる。
【0032】
上記培地として具体的には、微生物の培養のための栄養培地、例えばBHI、EG、BL及びGAM培地が挙げられる。
【0033】
本発明の製造方法は、エクオール産生菌と、エクオール非産生菌と、を含む混合微生物を培養する。上記エクオール産生菌及び上記エクオール非産生菌の内容は、上記説明が妥当する。「エクオール産生菌と、エクオール非産生菌と、を含む混合微生物を培養する」とは、上記培地中に上記エクオール産生菌及び上記エクオール非産生菌が存在する状態で培養が行われることを意味する。よって、本発明の製造方法では、本発明のエクオール産生菌含有組成物を培養してもよく、上記エクオール産生菌及び上記エクオール非産生菌を別々に上記培地に添加して培養してもよい。
【0034】
更に、「エクオール産生菌と、エクオール非産生菌と、を含む混合微生物を培養する」には、上記エクオール産生菌及び上記エクオール非産生菌が保持された担体を用いて、又は上記エクオール産生菌が保持された担体及び上記エクオール非産生菌が保持された担体を併用して培養することも含む。菌が保持された担体を用いれば、培地から菌体を除くことが容易であることから好ましい。
【0035】
上記混合微生物の培養温度及び培養時間は、上記ダイゼイン類を資化してダイゼイン類代謝物を産生することができる限り特に制限はない。該培養温度は、通常15〜50℃、好ましくは20〜45℃、更に好ましくは30〜45℃、より好ましくは35〜43℃である。上記混合微生物の培養は通常、通気攪拌することにより行われる。培養時間は通常、1日〜10日、好ましくは2日〜5日である。
【0036】
上記ダイゼイン代謝物の内容は、上記の説明の通りである。本発明の製造方法は、ダイゼイン代謝物、特にエクオールの産生に優れている。上記のように、エクオールには鏡像異性体(R−エクオール及びS−エクオール)が存在する。本発明により得られるエクオールは、ラセミ体でもよく、鏡像異性体の一方のみ又は鏡像異性体の一方を多く含むものでもよい。本発明では、上記エクオールとして、S−エクオール又はS−エクオールを多く含むものでもよい。本発明の製造方法は、特にS−エクオールの産生に優れている。この場合、鏡像異性体の一方を選択的に製造でき、鏡像異性体の一方を分離する工程(光学分割等)を省略することができるので好ましい。
【0037】
得られた上記ダイゼイン代謝物を回収する方法には特に限定はない。上記ダイゼイン代謝物は、例えば、培養後の上記培地を適切な有機溶媒により分画することにより、上記ダイゼイン代謝物を回収することができる。その後、必要に応じて溶媒を除去し、公知の方法で精製することにより、上記ダイゼイン代謝物を得ることができる。
【0038】
本発明の製造方法は、更に他の工程を備えていてもよい。該他の工程としては、例えば、菌体の除去工程並びに生成物の濃縮、精製、及び単離等の物理的操作工程が挙げられる。培養後の上記培地を圧搾し、ろ過することにより精製することができる。また、発酵液を圧搾し、ろ過し、次いで、活性炭等による脱臭、脱色処理、及び/又は沈殿物の除去処理をし、その後、再度ろ過することにより精製することもできる。例えば、上記エクオール産生菌及び上記エクオール非産生菌を培地から除く工程が挙げられる。例えば、培養後、培地を遠心分離することにより菌体を沈着させ、培地から除去することができる。
【実施例】
【0039】
以下、本発明について、実施例を挙げて具体的に説明する。尚、本発明は、これらの実施例に何ら制約されない。
【0040】
(1)ダイゼインの可溶化
β−シクロデキストリン1gを0.1NのNaOH水溶液10mLに溶解し、更にダイゼイン50mgを加えて完全に溶解し、可溶化ダイゼインを得た。これをポアサイズ0.4μmの滅菌フィルターにて濾過した。市販のGAM粉末5.9gを90mLの蒸留水で溶解し、オートクレーブすることによりGAM培地を調製した。次いで、上記の方法によって可溶化したダイゼインを上記GAM培地に添加して、ダイゼイン可溶化GAM培地を調製した。該ダイゼイン可溶化GAM培地を2日間室温にて放置し、沈殿形成の有無を調べた。その結果、少なくとも2日間は沈殿を生じなかった。
【0041】
また、ダイゼイン50mgを70%エタノール溶液(0.1NのNaOH)8mLに溶解し、更にTween−80を4mL加えた。GAM粉末5.9gを88mLの蒸留水にて溶解し、オートクレーブすることによりGAM培地を調製した。次いで、上記の方法によって可溶化したダイゼイン溶液を上記GAM培地に添加して、ダイゼイン可溶化GAM培地を調製した。該ダイゼイン可溶化GAM培地を2日間室温にて放置し、沈殿形成の有無を調べた。その結果、少なくとも2日間は沈殿を生じなかった。
【0042】
(2)ダイゼイン代謝物の産生試験(I)
エクオール産生菌として、YY7918株を用いた。エクオール非産生菌として、独立行政法入製品評価技術基盤機構(NITE)バイオテクノロジー本部生物遺伝資源部門(NBRC)の保存株である以下の菌株を購入して使用した。
(a)Bacillus coagulans(NBRC12583)
(b)Bifidobacterium bifidum(NBRC100015)
(c)Corynebacterium glutamicum(NBRC12168)
(d)Escherichia coli(NBRC3301)
(e)Raoultella planticola(NBRC14939)
(f)Lactobacillus casei(NBRC15883)
(g)Pantoea agglomerans(NBRC102470)
(h)Propionibacterium freudenreichii(NBRC12424)
(i)Saccharomyces cereviciae(NBRC12583)
(j)Serratia liguefaeiens(NBRC12979)。
【0043】
YY7918株をGAM液体培地1mL中で嫌気的条件下、37℃で培養した。次いで、OD600=0.1となるように、上記液体培地を同培地にて更に希釈し、YY7918株の希釈液を調製した。同様の方法により、上記各エクオール非産生菌の希釈液を調製した。
【0044】
β−シクロデキストリンにより可溶化したダイゼインをGAM培地1mLに添加した(ダイゼイン濃度50mg/100mL)。次いで、該培地に上記YY7918株希釈液及び上記エクオール非産生菌希釈液各10μLを添加・混合し、嫌気的条件下にて37℃で4日間培養した。培養終了後、培地を遠心分離及び濾過して上清を得た。該上清中のエクオール及びジヒドロダイゼイン(DHD)をHPLCで測定した。エクオール産生能(活性)を求めた結果を図1に示す。
【0045】
図1より、上記エクオール非生産菌として、上記(d)〜(g)、(i)及び(j)を用いた場合には、YY7198株のみの培養時と比べて、いずれもエクオール産生量が多かった。具体的には、上記(f)の菌株(L.casei)で173±8μg/mL、上記(g)の菌株(P.agglomerans)で120±7μg/mL、上記(j)の菌株(S.liquefacilens)で160±9μg/mLであった。これらのエクオール産生量はそれぞれ、YY7198株のみの培養時と比べて約2.0倍、約1.4倍及び約1.9倍である。
【0046】
図1より、特に、上記エクオール非生産菌として、上記(d)及び(e)の菌株(E.coli及びR.planticola)を用いた場合、エクオールの産生量が450±12μg/mL及び440±6μg/mLであった。これらのエクオール産生量はそれぞれ、YY7198株のみの培養時と比べて約5.2倍及び約5.1倍である。
【0047】
更に、図1より、特に、上記エクオール非生産菌として、上記(g)、(i)及び(j)の菌株(P.agglomerans、S.cereviciae,及びS.liguefaeiens)を用いた場合、ジヒドロダイゼインの産生量が、YY7198株のみの培養時と比べて約1.5倍以上であった。
【0048】
一方、図1より、上記エクオール非生産菌として、上記(b)の菌株を用いた場合には、YY7198株のみの培養時と比べて、エクオール生産量がほぼ同値(90±30μg/mL)であった。また、上記(a)、(c)及び(h)の菌株を用いた場合には、YY7198株のみの培養時と比べてエクオール生産量が低下した。
【0049】
(3)ダイゼイン代謝物の産生試験(II)
エクオール産生菌として、YY7918株を用いた。エクオール非産生菌として、上記(d)(E.coli)、(f)(L.casei)及び(i)(S.cereviciae)並びにヒト腸内より単離したEnterococcus aviumを用いた。
【0050】
YY7918株をGAM液体培地1mL中で嫌気的条件下、37℃で培養した。次いで、OD600=0.1となるように、上記液体培地を同培地にて更に希釈し、YY7918株の希釈液を調製した。同様の方法により、上記各エクオール非産生菌の希釈液を調製した。
【0051】
Tween−80により可溶化したダイゼインをGAM培地1mLに添加した(ダイゼイン濃度50mg/100mL)。次いで、該培地に上記YY7918株希釈液及び上記エクオール非産生菌希釈液各10μLを添加・混合し、嫌気的条件下にて37℃で4日間培養した。培養終了後、培地を遠心分離及び濾過して上清を得た。特許文献7(特開2006.242602号公報)に記載の方法に基づいて、該培養上清0.5mL中のダイゼイン、ジヒドロダイゼイン(中間体)及びエクオールを薄層クロマトグラフ(TLC)にて検出した。その結果を図2に示す。
【0052】
図2より、YY7198株単独(レーン1)と比べて、E.coli(レーン2)、E.avium(レーン3)、L.casei(レーン4)、及びS.cereviciae(レーン5)のいずれも、ダイゼイン代謝物(エクオール及びジヒドロダイゼイン)の生産量が高かった。特にE.coli(レーン2)との混合培養では、ダイゼインの全量がエクオールに変換されていた。一方、E.avium(レーン3)との混合培養では、YY7198株単独(レーン1)と比べて、ジヒドロダイゼインの生産量が高かった。
【0053】
以上の結果から、エクオール産生菌と、特定のエクオール非産生菌との混合培養により、ダイゼイン代謝物の生産性が向上することが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エクオール産生菌と、エスケリッチア(Escherichia)属、ラオウルテラ(Raoultella)属、ラクトバチルス(Lactobacillus)属、パントエア(Pantoea)属、サッカロマイセス(Saccharomyces)属、エンテロコッカス(Enterococcus)属、及びセラチア(Serratia)属に属する微生物から選択される少なくとも1種のエクオール非産生菌と、を含むダイゼイン代謝物産生菌含有組成物。
【請求項2】
上記エクオール産生菌は、エッゲルセラ(Eggerthella)属に属する微生物である請求項1記載のダイゼイン代謝物産生菌含有組成物。
【請求項3】
上記エクオール産生菌は、Eggerthella sp.YY7918である請求項1記載のダイゼイン代謝物産生菌含有組成物。
【請求項4】
上記エクオール非産生菌は、エスケリッチア(Escherichia)属に属する微生物及びラオウルテラ(Raoultella)属に属する微生物から選択される少なくとも1種である請求項1乃至3のいずれかに記載のダイゼイン代謝物産生菌含有組成物。
【請求項5】
上記ダイゼイン代謝物がエクオールである請求項1乃至4のいずれかに記載のダイゼイン代謝物産生菌含有組成物。
【請求項6】
上記エクオールがS−エクオールである請求項5記載のダイゼイン代謝物産生菌含有組成物。
【請求項7】
ダイゼイン類を含む培地中で、エクオール産生菌と、エスケリッチア(Escherichia)属、ラオウルテラ(Raoultella)属、ラクトバチルス(Lactobacillus)属、パントエア(Pantoea)属、サッカロマイセス(Saccharomyces)属、エンテロコッカス(Enterococcus)属、及びセラチア(Serratia)属に属する微生物から選択される少なくとも1種のエクオール非産生菌と、を含む混合微生物を培養するダイゼイン代謝物の製造方法。
【請求項8】
上記ダイゼイン代謝物がエクオールである請求項7記載のダイゼイン代謝物の製造方法。
【請求項9】
上記エクオールがS−エクオールである請求項8記載のダイゼイン代謝物の製造方法。
【請求項10】
上記培地は、可溶化剤を含有する請求項7乃至9のいずれかに記載のダイゼイン代謝物の製造方法。
【請求項11】
上記可溶化剤は、(1)シクロデキストリン又は(2)ポリエチレングリコール鎖を有し、水及びエタノールに溶解可能であり、HLB値が11以上の界面活性剤である請求項8記載のダイゼイン代謝物の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−187647(P2010−187647A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−38550(P2009−38550)
【出願日】平成21年2月20日(2009.2.20)
【出願人】(591155884)株式会社東洋発酵 (21)
【出願人】(391016842)岐阜県 (70)
【Fターム(参考)】