説明

ディスクブレーキ装置

【課題】小型軽量化が可能であり、ピストンを適正に戻してパッドの引き摺り現象の発生を抑制するディスクブレーキ装置を提供すること。
【解決手段】ディスクブレーキ装置のキャリパ12に形成されたシリンダ部13は円筒状のピストン16を進退可能に支持している。そして、ピストン16の内周側には、リトラクト機構20が設けられている。リトラクト機構20は、キャリパ12のシリンダ部13に一体的に固定されたセンターシャフト17の外周面上をピストン16に追従する可動子21を備えている。可動子21は、ピストン16に設けられた第2シール部材16c2との摩擦力によってピストン16と同一方向に追従する。そして、可動子21は、ピストン16に追従することにより、センターシャフト17に設けられた第1弾性部材22を圧縮し、部材22によって付与される復元力によって、前進したピストン16を所定量だけ戻す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車輪と一体的に回転するディスクロータをキャリパに設けた摩擦パッドにより挟持することで、その摩擦抵抗によりディスクロータを介して車輪に制動力を作用させるディスクブレーキ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的なキャリパ浮動型のディスクブレーキ装置は、ディスクロータを跨ぐように配置されるキャリパがマウンティングブラケットに支持される。そして、キャリパには一対のスライドピンが設けられ、マウンティングブラケットには一対のスライドピンを摺動自在に嵌合する嵌合孔が設けられる。これにより、スライドピンが嵌合孔に対して摺動することによって、キャリパが車輪の回転軸線方向に移動できるようになっている。また、キャリパには、一方側にインナパッド(摩擦パッド)が移動自在に支持され、他方側にアウタパッド(摩擦パッド)が固定されている。さらに、キャリパには、一方側にインナパッドをディスクロータに対して押圧(圧着)させるために、ピストンとシリンダとが設けられている。
【0003】
このようなキャリパ浮動型のディスクブレーキ装置においては、運転者がブレーキペダルを踏み込み操作すると、その踏力に応じてシリンダに支持されたピストンが前進し、インナパッドをディスクロータに押圧(圧着)させるとともに、ピストンが前進する反力によってキャリパが車輪の回転軸線方向に移動してアウタパッドをディスクロータに押圧(圧着)させる。これにより、インナパッドとアウタパッドがディスクロータを挟持することができ、車輪と一体的に回転するディスクロータを介して車輪に制動力を作用させることができる。
【0004】
ところで、キャリパに設けられるピストンは、キャリパに形成されるシリンダに移動自在に支持されるとともにピストンシールにより液密に保持されており、制動時にシリンダに形成された液圧室に作動液(ブレーキ液)が供給されると、ピストンがピストンシールを変形させながら前進し、液圧室からの液圧解除時(除圧時)には変形したピストンシールの復元力によってピストンが液圧室側に後退するように構成されている。しかしながら、例えば、運転者によるブレーキペダルの踏力が過大であるときには、液圧室内の液圧増加に伴ってピストンがディスクロータ側へ所定以上に押し込まれ、ピストンとピストンシールとの間に相対移動が生じ、ピストンシールの復元力によりピストンを十分に後退させることができない場合がある。この場合、インナパッドまたはアウタパッドがディスクロータに接触し続ける現象、所謂、引き摺り現象が発生する可能性がある。また、このように引き摺り現象が発生している場合には、インナパッドまたはアウタパッドが回転するディスクロータによって弾かれてピストンを押し返す、所謂、ノックバックが発生する可能性もある。
【0005】
そこで、このような問題に対して、従来から、例えば、下記特許文献1に示されたディスクブレーキ装置や下記特許文献2に示されたディスクブレーキキャリパが知られている。
【0006】
下記特許文献1に示されたディスクブレーキ装置は、シリンダの内孔に環状のリング取付溝を形成するとともにこのリング取付溝のパッド側の開口縁にパッド側に面取り部を形成し、このリング溝にピストンとシリンダ間をシールするとともに制動後の除圧時にピストンを戻すリトラクションリングを組み付けるようになっている。また、リング取付溝のパッド側端壁にはこのパッド側端壁に向けて開口する環状凹所が形成されており、この環状凹所内にはリング取付溝内に組み付けられたリトラクションリングの環状凹所内への進入変形を許容する圧縮性材料からなる変形許容リングが組み付けられるようになっている。これにより、液圧の上昇に応じて増大するパッドおよびシリンダの撓み量がリトラクションリングによるピストンのリトラクト量より大きくなる液圧を高い値に設定することができるため、従来に比して高い液圧となる使用環境まで引き摺りを低減することができる。
【0007】
また、下記特許文献2に示されたディスクブレーキキャリパは、キャリパ本体に形成された大径孔部に、リテーナによりピストンの外周面に摩擦係合するピストンシールを設けるとともに、リテーナをピストンの後退方向に付勢する皿バネを設けるようになっている。これにより、ブレーキ液圧が低い場合には、皿バネの予荷重によってリテーナの前進が阻止され、ピストンの前進によりピストンシールが面取り部内に弾性変形し、除圧時にピストンシールの復元力によってピストンを確実にリトラクトさせて引き摺り現象の発生を防止することができる。一方、ブレーキ液圧が高い場合には、リテーナおよびピストンシールが皿バネの予荷重に打ち勝って前進するため、ピストンとピストンシール間で滑り(相対移動)が生じず、除圧時にピストンを確実にリトラクトさせて引き摺り現象の発生を防止することができる。また、ブレーキパッド摩耗時には、ピストンシールが許容限度まで弾性変形した後に、ピストンとピストンシール間の滑り(相対移動)によってピストンの前進が許容されて、ブレーキパッドとディスクロータとの間のクリアランスを補正することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平7−253128号公報
【特許文献2】特開平5−65929号公報
【発明の概要】
【0009】
ところで、上記従来のディスクブレーキ装置においては、ピストンと摩擦パッド(ディスクロータ)間のクリアランスが圧力履歴や、ノックバック、パッドの摩耗などによって変動する場合があり、この状態でブレーキをかけると、リトラクションリングの位置が安定せず、安定してピストンをリトラクトさせることができない可能性がある。このため、引き摺り現象が発生してもこれを解除することが困難であり、また、ピストンとパッド(ディスクロータ)間に規定値以上のクリアランスがあるときにもこれを規定値に修正することが困難となる可能性がある。
【0010】
また、上記従来のディスクブレーキキャリパにおいては、ブレーキパッドが摩耗し、ブレーキ液圧が高い場合には、ピストンとリトラクションリングとの間に相対移動が生じてピストンが皿バネの圧縮量以上に前進する可能性があり、ピストンを適正にリトラクトできず、パッドの引き摺り現象が発生する可能性がある。
【0011】
すなわち、上記従来のディスクブレーキ装置およびディスクブレーキキャリパにおいては、ピストンシールによってピストンを戻すようになっている。しかしながら、ピストンシールの復元力だけではピストンを十分に戻すことができない可能性があり、その結果、パッドの引き摺り現象が発生する場合がある。
【0012】
また、特に、上記従来のディスクブレーキ装置およびディスクブレーキキャリパにおいては、ピストンの外周側にリトラクト機構を設けるため、キャリパの外形寸法が大きくなる可能性がある。この場合、車両への良好な搭載性や燃費向上の観点から、キャリパ本体を小型化および軽量化することが望ましい。
【0013】
本発明は、上記した問題に対処するためになされたものであり、その目的は、小型軽量化が可能であり、ピストンを適正に戻してパッドの引き摺り現象の発生を抑制するディスクブレーキ装置を提供することにある。
【0014】
上記目的を達成するために、本発明の特徴は、回転軸心回りに車輪と一体的に回転するディスクロータと、このディスクロータの摩擦面に対向する摩擦パッドをブレーキ液圧の増加に伴って前記摩擦面に向けて押圧するピストンと同ピストンを液密的に進退可能に支持するシリンダとを有するキャリパと、このキャリパに収容されて前記摩擦パッドを押圧するために前進した前記ピストンを前記ブレーキ液圧の減少に伴って後退させるリトラクト機構とを備えたディスクブレーキ装置において、前記リトラクト機構を、円筒状に形成されたピストンの内周側に配置し、前記ピストンの進退方向と同一方向に移動する可動子と、前記ピストンの内周面と前記可動子の外周面との間に弾装されて前記可動子を前記ピストンに追従させるとともに、前記ブレーキ液圧の増加に伴って前記ピストンと前記可動子とに予め設定された所定荷重が作用したときに前記可動子と前記ピストンとの相対移動を許容する追従手段と、前記シリンダに設けられていて前記可動子の移動によって圧縮され、前記ブレーキ液圧の減少に伴って前記圧縮に対する復元力を前記可動子に付与する復元力付与手段とから構成したことにある。この場合、前記予め設定された所定荷重は、例えば、前記追従手段の内周面と前記可動子の外周面との間の摩擦力の大きさによって予め設定されるとよい。
【0015】
また、前記シリンダが、前記ピストンの内周側にて同ピストンの進退方向に延出するセンターシャフトを備えており、前記可動子は、前記センターシャフトの外周面上を前記ピストンの進退方向と同一方向に移動するものであり、前記復元力付与手段を、前記センターシャフトの基端側に設けられる弾性部材と、前記センターシャフトの先端側に形成したストッパと前記ピストンの前進に追従して移動する前記可動子とによって圧縮される高弾性部材とで構成するとよい。そして、この場合には、前記ピストンは、例えば、有底円筒状に形成されるものであって、前記センターシャフトおよび前記可動子は、前記ピストンの底面に形成された貫通孔を貫通しており、前記追従手段を、前記ピストンの底面に形成された貫通孔の内周面と前記貫通孔を貫通する前記可動子の外周面との間に弾装するとよい。さらに、前記センターシャフトを、例えば、前記シリンダに対して一体的に組み付けるとよい。
【0016】
また、前記追従手段は、例えば、前記ブレーキ液圧の増加に伴って前記可動子が前記ピストンの前進に追従して一体的に前進しているとき、前記ピストンおよび前記可動子のうちの一方の前進が阻害されると、前記ピストンおよび前記可動子のうちの他方の前進を許容し、前記ブレーキ液圧の減少に伴って、前記復元力付与手段によって前記可動子に付与される前記復元力により、前記ピストンおよび前記可動子とを一体的に後退させるとよい。さらに具体的には、前記追従手段は、例えば、前記ブレーキ液圧の増加に伴って前記可動子が前記ピストンの前進に追従して一体的に前進しているとき、前記ピストンが前記摩擦パッドを押圧して前記摩擦パッドが前記ディスクロータの前記摩擦面に圧着し、前記ピストンの前進が阻害されると、前記可動子の前進を許容するとよい。
【0017】
これらによれば、リトラクト機構を円筒状に形成されたピストンの内周側に設けて、前進したピストンを確実に戻すことができる。すなわち、ピストンの内周側に設けられたリトラクト機構においては、ピストンの前進に対して、追従手段によって、可動子が追従することができる。そして、可動子は、例えば、センターシャフトの外周面上を復元力付与手段(具体的には、高弾性部材)を圧縮して前進することができる。
【0018】
また、ブレーキ液圧が増加しているときにピストンまたは可動子の移動が阻害される状況において、所定荷重、具体的には、追従手段の内周面と可動子の外周面との間の摩擦力よりも大きな荷重が作用する場合には、追従手段が移動の阻害されていないピストンまたは可動子の相対移動を許容することができる。そして、このように相対移動する場合であっても、可動子は復元力付与手段を圧縮することができる。
【0019】
これにより、圧縮された復元力付与手段が可動子に対して復元力を付与することができるため、除圧時において、可動子は、この復元力によって摩擦パッドを押圧するために前進したピストンを追従手段を介して一体的に適正量だけ戻すことができる。したがって、ピストンと摩擦パッド(ディスクロータ)との間の距離(クリアランス)を適切に確保することができ、その結果、摩擦パッドの引き摺り現象の発生を抑制し、安定したブレーキフィーリングを得ることができる。
【0020】
また、リトラクト機構をピストンの内周側に設けることができるため、キャリパの外形寸法、より具体的には、シリンダの内径寸法を小さくすることができて、軽量化することもできる。さらには、リトラクト機構の可動子をピストンの内周側に配置してシリンダの内径寸法を小さくすることができるため、ピストンの受圧部に対して優先的にかつ効率よくブレーキ液圧を作用させることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の一実施形態に係るディスクブレーキ装置の概略図である。
【図2】図1のリトラクト機構を説明するために拡大して示す概略図である。
【図3】図2のピストンと可動子とが相対移動なく前進する場合を説明するための図である。
【図4】図2のピストンが可動子に対して相対移動して前進する場合を説明するための図である。
【図5】ブレーキ液圧に対するピストンのストローク量の関係を説明するためのグラフである。
【図6】図2の可動子がピストンに対して相対移動して前進する場合を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態について図面を用いて詳細に説明する。図1は、本発明の一実施形態に係るキャリパ浮動式のディスクブレーキ装置を概略的に示している。
【0023】
このディスクブレーキ装置は、図示を省略する車輪と一体的に車軸の回転軸心回りに回転するディスクロータ11と、車体側に固定された図示しないマウンティングブラケットによってディスクロータ11の回転軸線方向に沿って移動自在に支持されたキャリパ12とを備えている。
【0024】
キャリパ12は、ディスクロータ11を跨ぐように断面略U字形状を成しており、運転者によるブレーキ操作に応じてブレーキ液が供給されるシリンダ部13と、このシリンダ部13とディスクロータ11を介して対向する位置に配置される爪部14と、シリンダ部13と爪部14とを連結する連結部15とから構成されている。シリンダ部13は、ピストン16を進退可能に支持している。ピストン16は、有底円筒状に形成されており、その外周面には環状のシール溝16aが形成されている。そして、このシール溝16a内にはシリンダ部13の内周面との間でブレーキ液の漏出を防止するとともに摺動抵抗(摩擦抵抗)の小さな第1シール部材(例えば、リップパッキン)16a1が収容されている。
【0025】
また、ピストン16の底面である受圧面16bには、その略中心部分に貫通孔16cが形成されている。そして、この貫通孔16cには、シリンダ部13の底面13aに対して基端部が一体的に固着されてピストン16の進退方向に延出するセンターシャフト17と、このセンターシャフト17の外周面上に組み付けられたリトラクト機能を発揮するリトラクト機構20とが液密的に貫通している。このため、貫通孔16cの内周面には環状のシール溝16c1が形成されており、このシール溝16c1内には後述するリトラクト機構20の可動子21の外周面との間でブレーキ液の漏出を防止するとともに、本発明の追従手段としての第2シール部材(例えば、Oリング)16c2が収容されている。ここで、第1シール部材16bおよび第2シール部材16c2は、シリンダ部13内にて、圧力調整されたブレーキ液が満たされる液圧室13bを区画する。なお、第2シール部材16c2とリトラクト機構20の外周面との間の摩擦力は、第1シール部材16a1とシリンダ部13の内周面との間の摩擦力よりも大きくなるように、設定されている。
【0026】
また、キャリパ12には、ディスクロータ11の両側の摩擦面にそれぞれ対向する一対の摩擦パッド18,19が組み付けられている。摩擦パッド18,19は、それぞれ、キャリパ12のシリンダ部13側と爪部14側とに配置されている。なお、以下の説明においては、キャリパ12のシリンダ部13側に配置されてピストン16によって押圧される摩擦パッド18をインナパッド18といい、爪部14側に配置される摩擦パッド19をアウタパッド19という。なお、詳細な説明は省略するが、インナパッド18およびアウタパッド19は、摩擦材18a,19aの基端部が裏金18b,19bに固定されて構成されている。
【0027】
リトラクト機構20は、図2に拡大して示すように、センターシャフト17の外周面上にて、シリンダ部13の底面13aとセンターシャフト17の先端部に形成されたストッパ17aとの間に組み付けられている。そして、リトラクト機構20は、追従手段としての第2シール部材16c2による摩擦力によってピストン16と同一方向に追従して進退可能な可動子21と、可動子21とストッパ17a(センターシャフト17の先端側)との間に配置されたリング状の第1弾性部材22と、可動子21と底面13a(センターシャフト17の基端側)との間に配置されたリング状の第2弾性部材とを備えている。
【0028】
可動子21は、円筒状(スリーブ状)に形成されている。そして、可動子21は、センターシャフト17の軸線方向すなわちピストン16の前後軸方向にて、自在に進退可能とされている。
【0029】
第1弾性部材22は、高弾性材料(例えば、ゴム材料)から成形されて可動子21の先端側に形成された環状の収容段部21aに収容されている。そして、第1弾性部材22は、可動子21の収容段部21aの内周面とストッパ17aとによって圧縮されて弾性変形されると、この弾性変形に応じた弾性力(復元力)を可動子21に対して付与する。なお、第1弾性部材22としては、断面が略O形状であるOリングや図示を省略する断面が略D形状のDリングを採用することができる。
【0030】
第2弾性部材23は、弾性材料(例えば、ゴム材料)から成形されて、可動子21の基端側端面とシリンダ部13の底面13aとによって圧縮されて弾性変形されると、この弾性変形に応じた弾性力(復元力)を可動子21に対して付与する。なお、第2弾性部材23としては、断面が略O形状であるOリングや図示を省略する断面が略D形状のDリングを採用することができる。
【0031】
このように構成されるリトラクト機構20においては、ピストン16のシール溝16c1内に収容される第2シール部材16c2の摩擦力によって、可動子21がピストン16に追従してセンターシャフト17の外周面上をスライドする。また、可動子21は、センターシャフト17の外周面上にて、弾性を有する第1弾性部材22と第2弾性部材23との間に配置される。すなわち、図2に示すように、第1弾性部材22は可動子21の先端側(より詳しくは、先端側に形成された収容段部21a)とセンターシャフト17のストッパ17aとに接触するように配置され、第2弾性部材23は可動子21の基端側とシリンダ部13の底面13aとに接触するように配置される。なお、以下の説明においては、図2に示すように、第1弾性部材22および第2弾性部材23が可動子21、ストッパ17a、底面13aと接触する状態にあるときの可動子21のスライド位置を原位置という。
【0032】
このため、インナパッド18を押圧する方向へのピストン16の前進に追従して可動子21が原位置から前方にスライドすると、第1弾性部材22が可動子21とストッパ17aとの間で圧縮されて弾性変形する。これにより、第1弾性部材22は、可動子21のスライド量、言い換えれば、圧縮量に応じた弾性力(復元力)を可動子21に対して付与することができる。ここで、ピストン16の前進に追従して可動子21がスライドするとき、可動子21の原位置からのスライド量は、第1弾性部材22の最大弾性変形量(または収容段部21aの先端とストッパ17aとの当接)によって規制される。すなわち、第1弾性部材22の最大弾性変形量によって規制される可動子21のスライド量は、ピストン16を戻す戻し量(リトラクト量)に相当する。そして、第1弾性部材22から可動子21に付与された復元力は、大きな摩擦力によって接触している第2シール部材16c2を介してピストン16に伝達されるため、インナパッド18から離間する方向にピストン16を後退させる戻し力として作用する。
【0033】
一方、この戻し力が付与されると、可動子21は後方(すなわち、原位置方向)にスライドする。また、車両の旋回時におけるディスクロータ11の回転軸方向への変位(傾き)に起因してインナパッド18を介してピストン16に入力される外力によっても、可動子21が原位置方向すなわち第2弾性部材23方向に向けてスライドする場合がある。
【0034】
ここで、第2弾性部材23は、弾性材料から成形されるため、可動子21と底面13aとの間で圧縮されて弾性変形すると、可動子21に対して弾性力(復元力)を付与することができる。したがって、可動子21は、第1弾性部材22から付与される弾性力(復元力)と第2弾性部材23から付与される弾性力(復元力)とによって原位置に戻される。
【0035】
次に、上記のように構成された第1実施形態に係るディスクブレーキ装置の作動について説明する。ディスクブレーキ装置においては、キャリパ12のシリンダ部13にブレーキ液が供給されて、シリンダ部13の液圧室13b内の圧力が上昇する加圧時には、ピストン16がディスクロータ11方向に前進し、ピストン16がインナパッド18を押圧してディスクロータ11の摩擦面に対して圧着させる。このとき、キャリパ12は、ピストン16の前進に伴う反動によってピストン16とは逆方向に移動し、爪部14に組み付けられたアウタパッド19をディスクロータ11の摩擦面に対して圧着させる。これにより、インナパッド18およびアウタパッド19と、回転するディスクロータ11との間で摩擦抵抗力が発生し、ディスクロータ11すなわち車輪に制動力を付与することができる。
【0036】
一方、キャリパ12のシリンダ部13からブレーキ液が排出されて、シリンダ部13の液圧室13b内の圧力が減少する除圧時には、ピストン16がディスクロータ11から離間する方向に後退し、インナパッド18をディスクロータ11の摩擦面から離間させる。このとき、キャリパ12は、ピストン16の後退に伴う反動によってピストン16とは逆方向に移動し、爪部14に組み付けられたアウタパッド19をディスクロータ11の摩擦面から離間させる。
【0037】
ところで、このようなピストン16の前進および後退に対して、キャリパ12のリトラクト機構20は、液圧室13b内の圧力の大きさと、インナパッド18(およびアウタパッド19)の摩耗状態とに対応してピストン16に追従しまたピストン16を戻す。以下、このリトラクト機構20の動作を詳細に説明する。
【0038】
まず、加圧時における液圧室13b内の圧力が低圧である場合から説明する。この場合には、図3に示すように、液圧室13b内の圧力の増加に応じてピストン16が前進すると、可動子21が第2シール部材16c2による摩擦力によってピストン16の前進に対して相対移動を生じることなく追従する。これにより、可動子21は、センターシャフト17の外周面上を第1弾性部材22方向に向けてスライドする。そして、可動子21は、ストッパ17aとによって第1弾性部材22を圧縮する。このとき、液圧室13b内の圧力が低圧であるため、第1弾性部材22は、最大弾性変形量未満となる弾性変形量まで弾性変形し、この弾性変形量に応じた復元力を可動子21に付与する。この状態において、液圧室13b内の圧力が除圧されると、第1弾性部材22による復元力によって可動子21が原位置に復帰するとともに第2シール部材16c2がピストン16に対して復元力を伝達する。これにより、ピストン16は、第1弾性部材22の弾性変形量に相当するリトラクト量だけ戻される。
【0039】
次に、加圧時における液圧室13b内の圧力が高圧である場合には、図3に示したように、ピストン16の前進に対して可動子21が相対移動を生じることなく追従し、第1弾性部材22を最大弾性変形量となるまで弾性変形させる。この状態において、液圧室13b内の圧力が除圧されると、第1弾性部材22による復元力によって可動子21が原位置に復帰するとともに第2シール部材16c2がピストン16に対して復元力を伝達する。これにより、ピストン16は、第1弾性部材22の最大弾性変形量に相当するリトラクト量だけ戻される。
【0040】
さらに、加圧時における液圧室13b内の圧力が過大である場合には、例えば、インナパッド18を形成する裏金18bやピストン16の端部と裏金18bとの間に設けられるスペーサ(シム板)の撓みあるいはシリンダ部13の撓みなどによって、ピストン16の前進量が所定以上に増大する。この場合、第1弾性部材22が最大弾性変形量まで弾性変形している状況(または可動子21の収容段部21aとストッパ17aとが当接している状況)では、ピストン16の前進に追従して可動子21がセンターシャフト17の外周面上をスライドすることができない。したがって、この場合には、図4に示すように、ブレーキ液圧によってピストン16を前進させるための前進力(荷重)が第2シール部材16c2と可動子21の外周面との間の摩擦力(すなわち、所定荷重)よりも大きくなると、前進するピストン16と可動子21とが相対移動するようになる。しかしながら、この状態において、液圧室13b内の圧力が除圧されると、第1弾性部材22による復元力によって可動子21が原位置に復帰するとともに第2シール部材16c2がピストン16に対して復元力を伝達する。これにより、ピストン16は、第1弾性部材22の最大弾性変形量に相当するリトラクト量だけ戻される。
【0041】
このように、リトラクト機構20は、液圧室13b内の圧力に応じて、ピストン16を所定のリトラクト量だけ戻すことができる。ここで、シリンダ部13の液圧室13b内の圧力、すなわち、ブレーキ液圧に対するピストン16の前進量について、図5を用いて説明しておく。図5にて実線により示すように、ブレーキ液圧の増加に伴ってピストンの前進量が増加するとき、リトラクト機構20を備えていない従来のディスクブレーキ装置においては、図5にて一点鎖線により示すように、シールリトラクトによるピストンのリトラクト量(戻し量)が初期時に増加してピストンの前進量を上回る。しかしながら、ピストンシールとピストンとの相対移動が早期に発生するため、その後のリトラクト量(戻し量)は増加することがなく、ピストンの前進量を下回る。
【0042】
これに対して、リトラクト機構20を備えた本実施形態のディスクブレーキ装置においては、第1弾性部材22が最大弾性変形量に弾性変形するまで(または可動子21の収容段部21aとストッパ17とが当接するまで)、可動子21がピストン16の前進量に追従してスライドすることができる(所謂、ストローク吸収機能)。このため、図5にて破線により示すように、リトラクト機構20によるピストン16のリトラクト量(戻し量)は、初期時から継続して増加し、全領域でピストン16の前進量を上回るものとなる。したがって、ピストン16は、液圧領域の全域に渡り、圧力に依存した所定のリトラクト量だけ戻されるため、インナパッド18およびアウタパッド19の引き摺り現象の発生を抑制することができるとともに、安定したブレーキフィーリングを得ることができる。
【0043】
次に、リトラクト機構20がインナパッド18(およびアウタパッド19)の摩耗状態に対応してピストン16に追従しまたピストン16を戻す動作を説明する。まず、インナパッド18の摩耗が大きい場合から説明する。インナパッド18の摩耗(より具体的には、摩擦材18aの摩耗)が大きい場合には、インナパッド18およびアウタパッド19とディスクロータ11との間の距離(クリアランス)が大きくなる。この場合、インナパッド18をディスクロータ11の摩擦面に圧着させるために、シリンダ部13の液圧室13b内の圧力に応じて前進するピストン16の前進量は増大する。
【0044】
このため、リトラクト機構20においては、液圧室13b内の圧力増加に応じてピストン16が前進すると、上述したように、可動子21は、このピストン16の前進に対して相対移動を生じることなく追従し、センターシャフト17の外周面上を第1弾性部材22方向に向けてスライドする。そして、可動子21は、ストッパ17aとによって第1弾性部材22を、例えば、最大弾性変形量となるまで弾性変形させる。この状態において、未だピストン16がインナパッド18を押圧していなければ、ピストン16はさらに前進するため、可動子21はピストン16の前進に追従してスライドすることができない。すなわち、この場合には、図4に示したように、ブレーキ液圧によってピストン16を前進させるための前進力(荷重)が第2シール部材16c2と可動子21の外周面との間の摩擦力(すなわち、所定荷重)よりも大きくなると、ピストン16と可動子21とが相対移動するようになり、ピストン16はこの相対移動を伴う前進によってインナパッド18を押圧してディスクロータ11の摩擦面との間で摩擦抵抗を発生させる。
【0045】
そして、液圧室13b内の圧力が除圧されると、最大弾性変形量まで弾性変形した第1弾性部材22の弾性力(復元力)によって、可動子21と相対移動したピストン16とが一体的に最大弾性変形量に相当するリトラクト量だけ後退する。これにより、インナパッド18(およびアウタパッド19)がディスクロータ11との間で所定のクリアランスを有する位置まで戻されるため、インナパッド18およびアウタパッド19の引き摺り現象の発生を抑制することができるとともに、安定したブレーキフィーリングを得ることができる。
【0046】
一方で、このように摩耗したインナパッド18(およびアウタパッド19)を、例えば、新品のインナパッド18(およびアウタパッド19)に交換した場合には、インナパッド18とディスクロータ11との間の距離(クリアランス)が小さくなる。この場合、インナパッド18をディスクロータ11の摩擦面に圧着させるために、シリンダ部13の液圧室13b内の圧力に応じて前進するピストン16の前進量は減少する。
【0047】
このため、リトラクト機構20においては、液圧室13b内の圧力増加に応じてピストン16が前進すると、上述したように、可動子21は、このピストン16の前進に対して相対移動を生じることなく追従してセンターシャフト17の外周面上を第1弾性部材22方向に向けてスライドする。そして、可動子21のスライドによって第1弾性部材22が最大弾性変形量まで弾性変形する前に、ピストン16がインナパッド18を押圧してディスクロータ11に圧着させると、ピストン16は停止する。ところが、ピストン16が前進を停止した状態においても、液圧室13b内の圧力が高圧に維持されると、可動子21は、第2シール部材16c2による摩擦力に抗して、ブレーキ液圧によって第1弾性部材22方向にさらに前進して第1弾性部材22を押圧する。すなわち、この状態においては、図6に示すように、ブレーキ液圧によって可動子21に作用する前進力(荷重)が第2シール部材16c2と可動子21の外周面との間の摩擦力(すなわち、所定荷重)よりも大きくなると、可動子21がピストン16に対して相対移動し、第1弾性部材22を、例えば、最大弾性変形量までさらに弾性変形させる。
【0048】
そして、液圧室13b内の圧力が除圧されると、弾性変形した第1弾性部材22の弾性力(復元力)によって、相対移動した可動子21とピストン16とが一体的に最大弾性変形量に相当するリトラクト量だけ後退する。これにより、インナパッド18およびアウタパッド19がディスクロータ11との間で所定のクリアランスを有する位置まで戻されるため、インナパッド18およびアウタパッド19の引き摺り現象の発生を抑制することができるとともに、安定したブレーキフィーリングを得ることができる。
【0049】
以上の説明からも理解できるように、この実施形態のディスクブレーキ装置によれば、リトラクト機構20をピストン16の内周側に設け、前進したピストン16を確実に戻すことができる。すなわち、ピストン16の内周側に設けられたリトラクト機構20においては、ピストン16の前進に対して、追従手段としての第2シール部材16c2と可動子21との間の摩擦力によって、可動子21が追従することができる。そして、可動子21は、センターシャフト17の外周面上を復元力付与手段としての第1弾性部材22を圧縮して前進することができる。
【0050】
また、液圧室13b内の圧力が増加しているときにピストン16または可動子21の移動が阻害される状況において、第2シール部材16c2と可動子21との間の摩擦力よりも大きな荷重が作用する場合には、移動可能なピストン16または可動子21が相対移動を伴って前進することができる。そして、このように相対移動する場合であっても、可動子21は第1弾性部材22を圧縮することができる。
【0051】
これにより、圧縮された第1弾性部材22が可動子21に対して復元力を付与することができるため、可動子21は、この復元力によってインナパッド18を押圧するために前進したピストン16を第2シール部材16c2を介して一体的に適正量だけ戻すことができる。したがって、インナパッド18およびアウタパッド19とディスクロータ11との間の距離(クリアランス)を適切に確保することができ、その結果、摩擦パッドの引き摺り現象の発生を抑制し、安定したブレーキフィーリングを得ることができる。
【0052】
また、リトラクト機構20をピストン16の内周側に設けることができるため、キャリパ12の外形寸法、より具体的には、シリンダ部13の内径寸法を小さくすることができて、軽量化することもできる。さらには、リトラクト機構20の可動子21をピストン16の内周側に配置してシリンダ部13の内径寸法を小さくすることができるため、ピストン16の受圧部16bに対して優先的にかつ効率よくブレーキ液圧を作用させることもできる。
【0053】
本発明の実施にあたっては、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を逸脱しない限りにおいて、種々の変更が可能である。
【0054】
例えば、上記実施形態においては、インナパッド18のみをピストン16によって押圧するキャリパ浮動式のディスクブレーキ装置にリトラクト機構20を適用した。この場合、インナパッドおよびアウタパッドを個別に押圧するピストンを備えたキャリパ固定式のディスクブレーキ装置を採用して実施することも可能である。この場合には、インナパッドおよびアウタパッドを押圧するピストンのそれぞれに対して、上記実施形態と同様に構成されたリトラクト機構を設けることにより、上記実施形態と同様の効果が得られる。
【符号の説明】
【0055】
11…ディスクロータ、12…キャリパ、13…シリンダ部、13a…キャリパシール溝、13b…液圧室、16…ピストン、16c2…第2シール部材、17…インナパッド、18…アウタパッド、20…リトラクト機構、21…可動子、22…第1弾性部材、23…第2弾性部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転軸心回りに車輪と一体的に回転するディスクロータと、このディスクロータの摩擦面に対向する摩擦パッドをブレーキ液圧の増加に伴って前記摩擦面に向けて押圧するピストンと同ピストンを液密的に進退可能に支持するシリンダとを有するキャリパと、このキャリパに収容されて前記摩擦パッドを押圧するために前進した前記ピストンを前記ブレーキ液圧の減少に伴って後退させるリトラクト機構とを備えたディスクブレーキ装置において、
前記リトラクト機構を、円筒状に形成されたピストンの内周側に配置し、
前記ピストンの進退方向と同一方向に移動する可動子と、
前記ピストンの内周面と前記可動子の外周面との間に弾装されて前記可動子を前記ピストンに追従させるとともに、前記ブレーキ液圧の増加に伴って前記ピストンと前記可動子とに予め設定された所定荷重が作用したときに前記可動子と前記ピストンとの相対移動を許容する追従手段と、
前記シリンダに設けられていて前記可動子の移動によって圧縮され、前記ブレーキ液圧の減少に伴って前記圧縮に対する復元力を前記可動子に付与する復元力付与手段とから構成したことを特徴とするディスクブレーキ装置。
【請求項2】
請求項1に記載したディスクブレーキ装置において、
前記シリンダが、前記ピストンの内周側にて同ピストンの進退方向に延出するセンターシャフトを備えており、
前記可動子は、前記センターシャフトの外周面上を前記ピストンの進退方向と同一方向に移動するものであり、
前記復元力付与手段を、前記センターシャフトの基端側に設けられる弾性部材と、前記センターシャフトの先端側に形成したストッパと前記ピストンの前進に追従して移動する前記可動子とによって圧縮される高弾性部材とで構成したことを特徴とするディスクブレーキ装置。
【請求項3】
請求項1に記載したディスクブレーキ装置において、
前記追従手段は、
前記ブレーキ液圧の増加に伴って前記可動子が前記ピストンの前進に追従して一体的に前進しているとき、前記ピストンおよび前記可動子のうちの一方の前進が阻害されると、前記ピストンおよび前記可動子のうちの他方の前進を許容し、
前記ブレーキ液圧の減少に伴って、前記復元力付与手段によって前記可動子に付与される前記復元力により、前記ピストンおよび前記可動子とを一体的に後退させることを特徴とするディスクブレーキ装置。
【請求項4】
請求項3に記載したディスクブレーキ装置において、
前記追従手段は、
前記ブレーキ液圧の増加に伴って前記可動子が前記ピストンの前進に追従して一体的に前進しているとき、前記ピストンが前記摩擦パッドを押圧して前記摩擦パッドが前記ディスクロータの前記摩擦面に圧着し、前記ピストンの前進が阻害されると、前記可動子の前進を許容することを特徴とするディスクブレーキ装置。
【請求項5】
請求項1に記載したディスクブレーキ装置において、
前記予め設定された所定荷重は、
前記追従手段の内周面と前記可動子の外周面との間の摩擦力の大きさによって予め設定されることを特徴とするディスクブレーキ装置。
【請求項6】
請求項2に記載したディスクブレーキ装置において、
前記ピストンは、有底円筒状に形成されるものであって、
前記センターシャフトおよび前記可動子は、前記ピストンの底面に形成された貫通孔を貫通しており、
前記追従手段を、前記ピストンの底面に形成された貫通孔の内周面と前記貫通孔を貫通する前記可動子の外周面との間に弾装したことを特徴とするディスクブレーキ装置。
【請求項7】
請求項2に記載したディスクブレーキ装置において、
前記センターシャフトを前記シリンダに対して一体的に組み付けたことを特徴とするディスクブレーキ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−196493(P2011−196493A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−65521(P2010−65521)
【出願日】平成22年3月23日(2010.3.23)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】