説明

ディーゼルエンジンのシリンダボア腐食防止システム

【課題】シリンダボアの表面温度を適切に制御してシリンダボアの腐食の原因となる高濃度硫酸の発生を抑制し、簡単な構造で且つ効率よくシリンダボアの腐食を防止することができるディーゼルエンジンのシリンダボア腐食防止システムを提供する。
【解決手段】シリンダボア11表面の温度情報を出力する出力器6と、前記シリンダボア11表面の温度を調整する温度調整装置3と、前記シリンダボア11内に発生する液状物が前記シリンダボア11表面を腐食させるときの硫酸濃度を高硫酸濃度として記憶している記憶装置8と、前記高硫酸濃度の液状物が発生しないように前記温度調整装置3を用いて前記シリンダボア11表面の温度を調整するための制御装置5とを備えた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高濃度硫酸が原因でシリンダボアに発生する腐食を防止するためのディーゼルエンジンのシリンダボア腐食防止システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
内燃機関のシリンダジャケットのための冷却機構が特許文献1に開示されている。この冷却機構は、亜硫酸等を燃焼することにより得られる生成物(硫酸)が凝縮するような温度低下を回避するものである。この機構は、腐食の原因となる硫酸の凝縮を防ぐために、シリンダボア(シリンダライナ)の表面温度を亜硫酸の露点温度である130℃〜140℃よりも高くするものである。
【0003】
しかしながら、特許文献1の機構は、一律に温度制御をするものであり、シリンダボア内の圧力や燃料中の硫黄濃度によってシリンダボア内のガスの露点が変わることを考慮していないものである。このため、効率的な腐食防止を図ることができなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−57546号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記従来技術を考慮したものであって、シリンダボアの表面温度を適切に制御してシリンダボアの腐食の原因となる高濃度硫酸の発生を抑制し、簡単な構造で且つ効率よくシリンダボアの腐食を防止することができるディーゼルエンジンのシリンダボア腐食防止システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記目的を達成するため、請求項1の発明では、ディーゼルエンジンのシリンダボア表面の温度情報を出力する出力器と、前記シリンダボア表面の温度を調整する温度調整装置と、前記シリンダボア内の圧力に対応し、前記シリンダボア内に発生するガスの露点温度データを実際に供給されている燃料中の硫黄濃度ごとに格納した露点温度データベースと、前記シリンダボアの表面温度に対応し、前記シリンダボア内の圧力変化範囲を格納した圧力範囲データベースと、前記シリンダボア内に発生する液状物が前記シリンダボア表面を腐食させるときの硫酸濃度を高硫酸濃度として記憶している記憶装置と、前記高硫酸濃度の液状物が発生しないように前記温度調整装置を用いて前記シリンダボア表面の温度を調整するための制御装置とを備え、前記制御装置は、前記出力器から前記シリンダボアの表面温度が入力される入力器と、前記表面温度から前記シリンダボア内の圧力変化範囲を前記圧力範囲データベースを用いて抽出する圧力範囲抽出手段と、前記表面温度且つ前記シリンダボア内の圧力変化の範囲内で前記高硫酸濃度の前記液状物が前記シリンダボア内に発生するか否かを前記露点温度データベースと前記記憶装置とを参照して判定する高硫酸濃度判定手段と、前記高硫酸濃度の液状物が発生する場合に、前記高硫酸濃度の前記液状物が発生しないような前記シリンダボア表面温度を腐食防止温度として決定する温度決定手段と、前記シリンダボア表面温度が前記腐食防止温度となるように、前記温度調整装置を操作する操作手段とを含むことを特徴とするディーゼルエンジンのシリンダボア腐食防止システムを提供する。
【0007】
また、請求項2の発明では、請求項1の発明において、前記温度調整装置は、前記ディーゼルエンジンに備わる冷却液を用いた冷却機構であり、前記ディーゼルエンジンの内外を循環するように配設され、前記冷却液が流通する冷却配管と、該冷却配管内の冷却液流量を調整するためのバルブとを有し、前記操作手段は前記バルブの開度を調節することを特徴としている。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、ディーゼルエンジン運転中におけるシリンダボア表面の温度と、当該温度におけるシリンダボア内の圧力変化、さらには供給している燃料中の硫黄濃度を考慮して、シリンダボアを腐食させる高硫酸濃度の液状物を発生させないように、シリンダボア表面温度を調整するため、シリンダボアに腐食が発生することを確実に防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明に係るディーゼルエンジンのシリンダボア腐食防止システムの概略図である。
【図2】エンジン負荷とシリンダボアの表面温度との関係を示すグラフである。
【図3】エンジン負荷とシリンダボアの最大圧力との関係を示すグラフである。
【図4】露点温度データベースが有するグラフの例を示す概略図である。
【図5】制御装置が行う制御の説明に用いるための概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
図1に示すように、本発明に係るディーゼルエンジンのシリンダボア腐食防止システム1は、ディーゼルエンジン2と、ディーゼルエンジンの冷却機構3と、露点温度データベース4と、制御装置5と、出力器6と、圧力範囲データベース7と、記憶装置8とを有している。ディーゼルエンジン2にはシリンダブロック10が備わり、シリンダボア11内をピストン9が摺動する。このディーゼルエンジン2は、主として舶用である。シリンダボア11は、通常であればピストン9の摺動性を高めるためのシリンダライナを鋳包んで鋳造されている。ピストン9は、ピストンロッド12と接続されている。ピストン9がシリンダボア11内を上昇したときに、インジェクタ(不図示)から燃料が供給される。そして、燃料はシリンダボア11内で自然発火し、ピストン9が押し下げられる。
【0011】
冷却機構3は、冷却配管13を備えている。冷却配管13には、ディーゼルエンジン2を冷却するための冷却液が流通している。冷却配管13の一部はエンジン2内に配設され、シリンダボア11付近を通り(不図示)、エンジン2の外側を通って再びエンジン2内に戻る。エンジン2の外側において、冷却配管13にはラジエータ14が取り付けられている。これにより、エンジン2内で温められた冷却液は冷やされる。冷却配管13内を流通する冷却液の流量は、冷却配管13に取り付けられたバルブ15で調整される。以上より、冷却機構3はシリンダボア11表面の温度を調整する温度調整装置の役割を果たす。
【0012】
出力器6は、ディーゼルエンジン2のシリンダボア11表面の温度情報を出力するためのものである。したがって、シリンダボア11表面、すなわちピストン9が摺動する孔の表面の温度は、温度情報として出力器6に伝達される。この温度情報は、シリンダボア11の現在の表面温度を示し、例えばアクセル開度等のエンジン出力操作装置や、温度計や、エンジン負荷等の情報をもとにして得ることができる。例えばエンジン負荷と温度とは、図2に示すように、負荷が上がれば温度もほぼ比例して上がることが分かっている。また、エンジン運転中は、シリンダボア11内をピストン9が摺動しているため、圧力が一定範囲で変化する。このときの最大圧力も、図3に示すように、エンジン負荷にほぼ比例している。
【0013】
出力器6から出力されたシリンダボア11の温度情報(表面温度)は、制御装置5の入力器16に入力される。この表面温度に応じたシリンダボア11内の圧力変化範囲は、圧力範囲データベース7に格納されている。制御装置5の圧力範囲抽出手段17は、入力器16に入力されたシリンダボア11の温度情報をもとに圧力範囲データベース7を参照し、当該温度におけるシリンダボア11内の圧力変化範囲を抽出する。そして、制御装置5の高硫酸濃度判定手段18は、抽出されたシリンダボア11内の圧力変化範囲で、シリンダボア11内に高硫酸濃度の液状物が発生するか否かを判定する。この判定は、露点温度データベース4にアクセスし、現在供給されている燃料の硫黄濃度に該当する露点曲線を描く横軸が圧力、縦軸が温度のグラフ(図4)を参照する。なお、露点温度データベース4には、シリンダボア11内の圧力に対応し、シリンダボア11内に発生するガスの露点温度データが実際に供給されている燃料中の硫黄濃度ごとに格納されている。さらに、高硫酸濃度判定手段18は、記憶装置8に記憶されているシリンダボア11内に発生する液状物がシリンダボア11表面を腐食させるときの硫酸濃度である高硫酸濃度を参照する。この高硫酸濃度は、例えば80wt%以上である。そして、上記圧力変化範囲で高硫酸濃度の液状物が発生する場合は、温度決定手段19にて高硫酸濃度の液状物が発生しないようなシリンダボア11表面温度を腐食防止温度として決定する。この温度の決定も、露点温度データベース4と記憶装置8とを参照して行われる。そして、シリンダボア11表面の温度が温度決定手段19で決定された温度となるように、操作手段20がバルブ15の開度を調節して冷却液の流量を調整する。
【0014】
上述したように、露点温度データベース4には、シリンダボア11内の圧力に対応した露点温度データが格納されている。すなわち、図4に示すように、温度と圧力との関係で変化する露点温度曲線を描くグラフが格納されている。このようなグラフが、実際に供給されている燃料中の硫黄濃度ごとにそれぞれ格納されている。なお、図4において、太線で描かれた曲線Rが露点曲線である。この曲線Rよりも下側の領域が液相である。この液相では、シリンダボア11内の気体は液状物となって液体化する。さらに、その液状物中の硫酸濃度は、図4の領域A〜Eに示されている。領域Aは、硫酸濃度が80%より高く、領域Bは60%〜80%、領域Cは40%〜60%、領域Dは20%〜80%、領域Eは20%未満である。このように、シリンダボア11内が低温かつ低圧であると、液状物中の硫酸濃度が高くなる。
【0015】
実験により、シリンダボア11を腐食させる原因が液状物中の硫酸であることがわかっている。特に、80%より高い高硫酸濃度の液状物が発生したときに腐食することがわかっている。このため、この硫酸濃度は高硫酸濃度として、記憶装置8に記憶されている。制御装置5は、このような高硫酸濃度の液状物がシリンダボア11内に発生しないようにするものであり、そのために後述するようにバルブ15を制御する。なお、ディーゼルエンジン2には運転温度範囲があり、シリンダボア11内の温度もこれに応じて温度変化の範囲がある。この温度範囲における最低運転温度をTL、最高運転温度をTHとする。さらに、運転温度ごとに、シリンダボア11内の圧力変化にも一定の範囲がある。例えば、TLでは圧力変化は少ないが、THでは圧力変化は多い。図4に示すように、運転中の温度と圧力の範囲は領域Zとして表わされている。ディーゼルエンジン2では、この領域Zの範囲内で、シリンダボア11内の温度と圧力は変化する。
【0016】
出力器6から現在のシリンダボア11の表面温度が制御装置5の入力器16に入力されたとする。図5に示すように、このときの温度はT1だったとする。温度T1のときの、シリンダボア11内の圧力変化がP1〜P2であることは、上述したように、予め圧力範囲データベース7に記憶されている。圧力範囲抽出手段17はこの圧力範囲の情報を抽出する。一方で、制御装置5には、実際に供給されている燃料の硫黄濃度も入力されている。これにより、制御装置5の高硫酸濃度判定手段18は、露点温度データベース4から現在供給されている燃料における硫黄濃度の露点曲線を描くグラフを参照し、現在のシリンダボア11の表面温度T1における圧力変化の範囲(P1〜P2)で、高硫酸濃度の液状物が発生するか否かを判定する。図5の例では、温度T1で圧力がP1からP2まで変化したときの補助線Hを引き、この補助線Hが圧力Pxから圧力Pyまでの範囲のときに領域Aを横断する。このため、圧力Px〜Pyの範囲のときに高硫酸濃度の液状物が発生することになる。この圧力Px〜Pyのときに発生する液状物がシリンダボア11を腐食させる原因となるため、これが発生しないように、制御装置5は以下のような制御を行う。
【0017】
まず、温度決定手段19が露点温度データベース4及び記憶装置8を参照し、圧力が変化しても高硫酸濃度の液状物が発生しない温度を決定する。具体的には、当該温度における圧力変化の範囲内で高硫酸濃度の液状物が発生しない条件を満たす温度を決定する。図5を参照すると、温度T2では、圧力変化範囲がP1〜P2’であることを示す補助線H’は領域Aを横断しない。すなわち、温度T2でエンジン2を運転すると、高硫酸濃度の液状物は発生しない。したがって、温度決定手段19は、シリンダボア11の表面温度を、現在のT1からT2まで上昇させることを決定する。そして、操作手段20がバルブ15を調節し、冷却配管13内の冷却液流量を調整する。具体的には、流量を絞って冷却能力を低下させ、シリンダボア11の表面温度をT2まで上昇させる。この例では、T2より高い温度であれば高硫酸濃度の液状物が発生することはない。しかしながら、高硫酸濃度の液状物が発生しない温度のうち、最低の温度にすることで、エンジン2の負担を最小限にとどめることができる。このように、燃料中の硫黄濃度とシリンダボア11表面温度、さらにはシリンダボア11内の圧力変化範囲とを考慮して温度制御を行うことで、効率のよいエンジンの運転を行うことができる。
なお、上述した例ではシリンダボア11の表面温度を変更するために、冷却液の流量を調整したが、ヒーター等を用いて直接シリンダボア11の表面温度を上昇させてもよい。
【0018】
以下では、発明者が高硫酸濃度の液状物が発生する条件について得た知見について説明する。
シリンダボアに腐食が発見され、実験室にて硫酸濃度の液状物による腐食実験を行ったところ、80wt%以上の高硫酸濃度の液状物が作用していることが分かった。そこで、このような高硫酸濃度の液状物がどのような条件で発生するかを調べた。燃料中には硫黄成分が含まれている。この燃料中の硫黄が燃焼し、二酸化硫黄(SO)や三酸化硫黄(SO)が生成される。二酸化硫黄の一部はさらに酸化され、三酸化硫黄となる。三酸化硫黄は水蒸気と反応し、硫酸となる。したがって、硫酸の生成量を検討するに当たっては、三酸化硫黄の生成量を調べればよいことが分かる。二酸化硫黄については、燃焼前の燃料中の酸素濃度と、燃焼後のガス中の酸素濃度から求められる。三酸化硫黄については、直接測定が難しいため、SO/SOを示す値を0.05と想定した。この値については、硫酸が発生しやすい条件を想定するのであればもう少し大きい値を取ってもよいが、今回は0.05とした。そして、温度と圧力とを変化させて液状物を発生させると、80wt%以上の高硫酸濃度の液状物は、低温かつ低圧条件で発生することが確認された。
【符号の説明】
【0019】
1 ディーゼルエンジンのシリンダボア腐食防止システム
2 ディーゼルエンジン
3 冷却機構(温度調整装置)
4 露点温度データベース
5 制御装置
6 出力器
7 圧力範囲データベース
8 記憶装置
9 ピストン
10 シリンダブロック
11 シリンダボア
12 ピストンロッド
13 冷却配管
14 ラジエータ
15 バルブ
16 入力器
17 圧力範囲抽出手段
18 高硫酸濃度判定手段
19 温度決定手段
20 操作手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ディーゼルエンジンのシリンダボア表面の温度情報を出力する出力器と、
前記シリンダボア表面の温度を調整する温度調整装置と、
前記シリンダボア内の圧力に対応し、前記シリンダボア内に発生するガスの露点温度データを実際に供給されている燃料中の硫黄濃度ごとに格納した露点温度データベースと、
前記シリンダボアの表面温度に対応し、前記シリンダボア内の圧力変化範囲を格納した圧力範囲データベースと、
前記シリンダボア内に発生する液状物が前記シリンダボア表面を腐食させるときの硫酸濃度を高硫酸濃度として記憶している記憶装置と、
前記高硫酸濃度の液状物が発生しないように前記温度調整装置を用いて前記シリンダボア表面の温度を調整するための制御装置と
を備え、
前記制御装置は、
前記出力器から前記シリンダボアの表面温度が入力される入力器と、
前記表面温度から前記シリンダボア内の圧力変化範囲を前記圧力範囲データベースを用いて抽出する圧力範囲抽出手段と、
前記表面温度且つ前記シリンダボア内の圧力変化の範囲内で前記高硫酸濃度の前記液状物が前記シリンダボア内に発生するか否かを前記露点温度データベースと前記記憶装置とを参照して判定する高硫酸濃度判定手段と、
前記高硫酸濃度の液状物が発生する場合に、前記高硫酸濃度の前記液状物が発生しないような前記シリンダボア表面温度を腐食防止温度として決定する温度決定手段と、
前記シリンダボア表面温度が前記腐食防止温度となるように、前記温度調整装置を操作する操作手段と
を含むことを特徴とするディーゼルエンジンのシリンダボア腐食防止システム。
【請求項2】
前記温度調整装置は、
前記ディーゼルエンジンに備わる冷却液を用いた冷却機構であり、
前記ディーゼルエンジンの内外を循環するように配設され、前記冷却液が流通する冷却配管と、
該冷却配管内の冷却液流量を調整するためのバルブとを有し、
前記操作手段は前記バルブの開度を調節することを特徴とする請求項1に記載のディーゼルエンジンのシリンダボア腐食防止システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−21460(P2012−21460A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−159731(P2010−159731)
【出願日】平成22年7月14日(2010.7.14)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】