説明

データ記憶装置

【課題】燃料噴射に関する不具合の原因を解析するのに有用なデータを提供することを図った、データ記憶装置を提供する。
【解決手段】燃料の体積弾性係数が急変した旨のデータ、噴射異常発生時における燃料噴射弁の使用状態及び使用環境を現すデータを、燃料噴射弁に搭載されたEEPROM(記憶手段)に記憶させる(S12)。これによれば、体積弾性係数に関するデータを用いて、粗悪燃料の使用が噴射異常等の不具合発生原因であるか否かを解析でき、また、過酷な使用状態及び使用環境が噴射異常等の不具合発生原因であるか否かを解析できる。よって、燃料噴射に関する不具合の原因を解析するのに有用なデータを提供できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関の燃料噴射弁に関する各種データを提供するためのデータ記憶装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1等に記載の燃料噴射弁に関し、所望する量の燃料を噴射できなくなる等の不具合が生じることがあり、その不具合の原因は、単純に燃料噴射弁が寿命である場合のみならず、多種多様な原因が考えられる。例えば、粗悪燃料が使用された場合や、機関運転状態が瞬時的に高負荷になった状態で燃料噴射弁が使用された場合、高負荷領域での燃料噴射弁の使用頻度が高い場合、等が不具合原因として挙げられる。
【0003】
したがって、燃料噴射弁の使用環境や使用状態等に問題がある場合には、燃料噴射弁を交換しただけでは不十分であり、燃料噴射に関する不具合の原因を追究して解析することが従来より求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−74536号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、その目的は、燃料噴射に関する不具合の原因を解析するのに有用なデータを提供することを図った、データ記憶装置を提供することにある。
【0006】
また、燃料噴射弁の劣化状態を学習するのに有用なデータを提供することを図った、データ記憶装置を提供することを、他の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
以下、上記課題を解決するための手段、及びその作用効果について記載する。
【0008】
第1の発明では、内燃機関の燃料噴射弁から噴射される燃料の体積弾性係数を算出する算出手段と、算出された前記体積弾性係数の単位時間当たりの変化量が、所定量を超えて大きくなっているか否かを判定する判定手段と、を備え、前記判定手段による判定結果又は前記体積弾性係数の値を記憶手段に記憶させることを特徴とする。
【0009】
燃料の体積弾性係数が大きく変化していることが分かれば、その燃料の性状が変化していることが分かり、その場合には、粗悪燃料が使用された疑いが高くなる。この点を鑑みた上記発明によれば、体積弾性係数の単位時間当たりの変化量が、所定量を超えて大きくなっているか否かの判定結果(データ)又は体積弾性係数(データ)の値を記憶手段に記憶させるので、例えば、所望する量の燃料を噴射できなくなる等の不具合が生じた場合に、粗悪燃料を使用したことが原因であるか否かを解析するのに前記データを有効に利用できる。
【0010】
なお、上記体積弾性係数とは、燃料の圧力及び体積が変化するにあたり、「ΔP=K・ΔV/V」(K:体積弾性係数、ΔP:燃料の体積変化に伴う圧力変化量、V:燃料通路の体積、ΔV:燃料通路の体積変化量)といった関係式を満足させる係数Kである。
【0011】
第2の発明では、燃料噴射弁の噴射特性を示す特性値であって、実際の燃料の体積弾性係数に応じて異なる値となる特性値を学習する学習手段を備え、前記特性値の単位時間当たりの変化量が所定量を超えて大きくなった時の、前記判定手段による判定結果又は前記体積弾性係数の値を記憶させることを特徴とする。
【0012】
体積弾性係数に応じて異なる値となる特性値が大きく変化している場合には、その変化の原因が燃料の性状変化にある可能性が高くなる。よって、このように特性値が大きく変化している場合に、体積弾性係数が大きく変化していると判定手段により判定された場合には、粗悪燃料の使用可能性が極めて高くなる。この点を鑑みた上記発明では、特性値の単位時間当たりの変化量が所定量を超えて大きくなった時の、判定手段による判定結果又は体積弾性係数の値を記憶させるので、粗悪燃料を使用したことが原因であるか否かの上記解析に行う上で、記憶手段に記憶された判定結果がより一層有用なデータとなる。
【0013】
なお、上記特性値の具体例としては、燃料噴射弁を開弁させて噴射させるにあたり、その開弁指令時間に対する燃料の噴射量が挙げられる。
【0014】
第3の発明では、蓄圧容器から分配される燃料を前記燃料噴射弁の噴孔から噴射する内燃機関に適用され、前記蓄圧容器の吐出口から前記噴孔に至るまでの燃料通路に配置され、燃料圧力を検出する燃圧センサを備え、前記燃圧センサによる検出圧力に基づき、前記判定手段に用いられる前記体積弾性係数を算出することを特徴とする。
【0015】
ここで、燃料の噴射に伴い燃圧は低下するが、その低下期間中の燃圧波形を検出すれば、噴射開始時点から噴射終了時点までの燃圧の低下量、及び噴射量を算出することができる。そして、前記低下量は「ΔP:燃料の体積変化に伴う圧力変化量」に相当し、前記噴射量は「ΔV:燃料通路の体積変化量」に相当する。そして、「V:燃料通路の体積」は一義的に決まる変化しない値であるため予め計測した値を用いればよい。したがって、燃圧センサの検出圧力から低下量ΔP及び噴射量ΔVを算出して取得すれば、先述したΔP=K・ΔV/Vとの式に基づき体積弾性係数Kを算出することができる。
【0016】
この点を鑑みた上記発明によれば、燃圧センサによる検出圧力に基づき体積弾性係数Kを算出するので、体積弾性係数Kを高精度で算出できる。
【0017】
第4の発明では、内燃機関の燃料噴射弁に対して異常発生を検出した時の、前記燃料噴射弁の使用状態及び使用環境の少なくとも一方を記憶手段に記憶させることを特徴とする。
【0018】
燃料噴射弁を過酷な状態で使用している場合や、過酷な環境下で使用している場合には、それらが原因となって燃料噴射弁が故障する場合がある。この点を鑑みた上記発明によれば、異常発生時の燃料噴射弁の使用状態及び使用環境を使用データとして記憶手段に記憶させるので、例えば、所望する量の燃料を噴射できなくなる等の不具合が生じた場合に、使用状態及び使用環境が過酷だったことが原因であるか否かを解析するのに前記使用データを有効に利用できる。
【0019】
上記「使用状態」の具体例として、第5の発明の如く、前記異常発生を検出した時までの前記燃料噴射弁の累積作動時間又は累積作動回数が挙げられる。これら累積作動時間又は累積作動回数が多いほど、燃料噴射弁が耐久限界に近い状態で使用されていたと判断できる。よって、上記発明により記憶された累積作動時間又は累積作動回数のデータを、前記不具合の原因が耐久限界であるか否かを解析するのに有効に利用できる。
【0020】
上記「使用状態」の具体例として、第6の発明の如く、内燃機関の機関回転速度又は機関負荷を複数に領域分けし、前記領域毎における、前記異常発生を検出した時までの前記燃料噴射弁の使用頻度が挙げられる。例えば高回転領域や高負荷領域での使用頻度が高いことが前記不具合の原因となる場合がある。よって、上記発明により記憶された使用頻度のデータを、前記不具合の原因を解析するのに有効に利用できる。
【0021】
上記「使用環境」の具体例として、第7の発明の如く、前記異常発生を検出した時の燃料圧力、機関回転速度及び燃料噴射量の少なくとも1つが挙げられる。異常発生時に、燃料圧力、機関回転速度及び燃料噴射量の少なくとも1つが瞬時的に上昇していたことが前記不具合の原因となる場合がある。よって、上記発明により記憶されたデータを、前記不具合の原因を解析するのに有効に利用できる。
【0022】
第8の発明では、内燃機関の燃料噴射弁の初回使用時からの累積作動時間、及び前記燃料噴射弁の劣化状態と相関のある劣化定量値の推移の少なくとも一方を記憶手段に記憶させることを特徴とする。
【0023】
ところで、所望の噴射状態(例えば実噴射開始時期、実噴射量等)となるよう燃料噴射弁を制御するには、燃料噴射弁の劣化状態を加味して制御する必要がある。そこで、劣化状態と相関のある劣化定量値(例えば噴射を指令してから実際に噴射が開始されるまでの遅れ時間等)を検出して学習し、その学習値を加味して燃料噴射弁の作動を制御する場合がある。この場合、劣化定量値(学習値)の推移が急激に変化する推移であれば、劣化定量値の検出頻度(学習頻度)を多くする必要がある。換言すれば、次回の学習タイミングを早める必要がある。また、累積作動時間が短い燃料噴射弁の使用初期段階では、劣化定量値の推移が急激に変化することが想定されるので、前記検出頻度を多くする必要がある。
【0024】
これらの点を鑑みた上記発明によれば、燃料噴射弁の初回使用時からの累積作動時間及び劣化定量値の推移の少なくとも一方を記憶させるので、燃料噴射制御に用いる劣化定量値を取得するにあたり、その劣化定量値の検出頻度(学習頻度)を決定するのに、累積作動時間及び劣化定量値の推移のデータを有効に利用できる。
【0025】
特に、第9の発明の如く多気筒内燃機関の場合において、複数の燃料噴射弁の各々に対して記憶させれば、1つの燃料噴射弁を交換した場合に、全ての燃料噴射弁を使用初期段階とみなして一律に学習頻度を多くすることを回避でき、個々の燃料噴射弁の状態に応じて学習頻度を決定できる。よって、学習頻度を過不足なくできる。
【0026】
第10の発明では、前記記憶手段は前記燃料噴射弁に搭載されたものであることを特徴とする。
【0027】
ここで、燃料噴射弁とは別の場所に設けられた制御手段(ECU)により燃料噴射弁の作動を制御することが一般的であるが、このようなECUに上述した各種データを記憶させると、不具合の生じた燃料噴射弁を受け取った不具合解析作業者は、ECUをも受け取らなければその各種データを取得できないため、その作業性が悪い。これに対し上記発明によれば、不具合原因解析に有用な各種データ、又は前記学習頻度の決定に有用な各種データが記憶された記憶手段を燃料噴射弁に搭載するので、ECUを受け取ることを要することなく不具合解析作業者は各種データを取得できるので、その作業性を向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明の一実施形態にかかるデータ記憶装置が適用された、内燃機関の燃料噴射システムの概略を示す図。
【図2】(a)は図1に示す燃料噴射弁への指令信号、(b)は指令信号に伴い変化する噴射率、(c)は図1に示す燃圧センサにより検出された検出圧力を示すタイムチャート。
【図3】本発明の一実施形態において、体積弾性係数の記憶処理を説明するフローチャート。
【図4】学習値の推移を示す図。
【図5】本発明の一実施形態において、燃料噴射弁の使用状態及び使用環境の記憶処理を説明するフローチャート。
【図6】図5の処理にて使用頻度を記憶させるマップを示す図。
【図7】本発明の一実施形態において、学習値推移データの記憶処理を説明するフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明に係るデータ記憶装置を具体化した一実施形態を図面に基づいて説明する。本実施形態のデータ記憶装置は、車両用のエンジン(内燃機関)に搭載されたものであり、当該エンジンには、複数の気筒#1〜#4について高圧燃料を噴射して圧縮自着火燃焼させるディーゼルエンジンを想定している。
【0030】
図1は、上記エンジンの各気筒に搭載された燃料噴射弁10、燃料噴射弁10に搭載された燃圧センサ20、燃圧センサ20に搭載されたEEPROM25a(記憶手段)、及び車両に搭載された電子制御装置であるECU30等を示す模式図である。
【0031】
先ず、燃料噴射弁10を含むエンジンの燃料噴射系について説明する。燃料タンク40内の燃料は、高圧ポンプ41によりコモンレール42(蓄圧容器)に圧送されて蓄圧され、各気筒の燃料噴射弁10へ分配供給される。
【0032】
燃料噴射弁10は、以下に説明するボデー11、ニードル12(弁体)及びアクチュエータ13等を備えて構成されている。ボデー11は、内部に高圧通路11aを形成するとともに、燃料を噴射する噴孔11bを形成する。ニードル12は、ボデー11内に収容されて噴孔11bを開閉する。アクチュエータ13は、ニードル12を開閉作動させる。
【0033】
そして、ECU30がアクチュエータ13の駆動を制御することで、ニードル12の開閉作動が制御される。これにより、コモンレール42から高圧通路11aへ供給された高圧燃料は、ニードル12の開閉作動に応じて噴孔11bから噴射される。例えばECU30は、エンジン出力軸の回転速度及びエンジン負荷等に基づき、噴射開始時期、噴射終了時期及び噴射量等の噴射態様を算出し、算出した噴射態様となるよう、アクチュエータ13の駆動を制御する。
【0034】
次に、燃圧センサ20のハード構成について説明する。
【0035】
燃圧センサ20は、以下に説明するステム21(起歪体)、圧力センサ素子22及びモールドIC23等を備えて構成されている。ステム21はボデー11に取り付けられており、ステム21に形成されたダイヤフラム部21aが高圧通路11aを流通する高圧燃料の圧力を受けて弾性変形する。
【0036】
圧力センサ素子22はダイヤフラム部21aに取り付けられており、ダイヤフラム部21aで生じた弾性変形量に応じて圧力検出信号を出力する。
【0037】
モールドIC23は、圧力センサ素子22から出力された圧力検出信号を増幅する増幅回路、書き換え可能な不揮発性メモリであるEEPROM25a(記憶手段)等の電子部品を樹脂モールドして形成されており、ステム21とともに燃料噴射弁10に搭載されている。
【0038】
ボデー11上部にはコネクタ14が設けられており、コネクタ14に接続されたハーネス15により、モールドIC23及びアクチュエータ13とECU30とはそれぞれ電気接続される。
【0039】
ここで、噴孔11bから燃料の噴射を開始することに伴い高圧通路11a内の燃料の圧力(燃圧)は低下し、噴射を終了することに伴い燃圧は上昇する。つまり、燃圧の変化と噴射率(単位時間当たりに噴射される噴射量)の変化とは相関があり、燃圧変化から噴射率変化を推定できると言える。そして、噴射率変化を推定できれば、燃料噴射制御に用いる各種制御パラメータ(特性データに相当)を取得して学習することができる。以下、噴射率変化から取得できる上記制御パラメータについて、図2を用いて説明する。
【0040】
図2(a)は、燃料噴射弁10のアクチュエータ13へECU30から出力される噴射指令信号を示しており、この指令信号のパルスオンによりアクチュエータ13が作動して噴孔11bが開弁する。つまり、噴射指令信号のパルスオン時期t1により噴射開始が指令され、パルスオフ時期t2により噴射終了が指令される。よって、指令信号のパルスオン期間(噴射指令期間)により噴孔11bの開弁時間Tqを制御することで、噴射量Qを制御している。
【0041】
図2(b)は、上記噴射指令に伴い生じる噴孔11bからの燃料噴射率の変化(推移)を示し、図2(c)は、噴射率の変化に伴い生じる検出圧力の変化(変動波形)を示す。検出圧力の変動と噴射率の変化とは以下に説明する相関があるため、検出圧力の変動波形から噴射率の推移波形を推定することができる。
【0042】
すなわち、先ず、図2(a)に示すように噴射開始指令がなされたt1時点の後、噴射率がR1の時点で上昇を開始して噴射が開始される。一方、検出圧力は、R1の時点で噴射率が上昇を開始したことに伴い変化点P1にて下降を開始する。その後、R2の時点で噴射率が最大噴射率に到達したことに伴い、検出圧力の下降は変化点P2にて停止する。次に、R2の時点で噴射率が下降を開始したことに伴い、検出圧力は変化点P2にて上昇を開始する。その後、R3の時点で噴射率がゼロになり実際の噴射が終了したことに伴い、検出圧力の上昇は変化点P3にて停止する。
【0043】
以上により、燃圧センサ20による検出圧力の変動のうち変化点P1及びP3を検出することで、噴射率の上昇開始時点R1(実噴射開始時点)及び下降終了時点R3(実噴射終了時点)を算出することができる。また、以下に説明する検出圧力の変動と噴射率の変化との相関関係に基づき、検出圧力の変動から噴射率の変化を推定できる。
【0044】
つまり、検出圧力の変化点P1からP2までの圧力下降率Pαと、噴射率の変化点R1からR2までの噴射率上昇率Rαとは相関がある。変化点P2からP3までの圧力上昇率Pγと変化点R2からR3までの噴射率下降率Rγとは相関がある。変化点P1からP2までの圧力下降量Pβ(最大落込量)と変化点R1からR2までの噴射率上昇量Rβとは相関がある。よって、検出圧力の変動から圧力下降率Pα、圧力上量率Pγ及び圧力下降量Pβを検出することで、噴射率上昇率Rα、噴射率下降率Rγ及び噴射率上昇量Rβを算出することができる。以上の如く噴射率の各種状態R1,R3,Rα,Rβ,Rγを算出することができ、よって、図2(b)に示す燃料噴射率の変化(推移波形)を推定することができる。
【0045】
さらに、実噴射開始から終了までの噴射率の積分値(斜線を付した符号Sに示す部分の面積)は噴射量に相当する。そして、検出圧力の変動波形のうち実噴射開始から終了までの噴射率変化に対応する部分(変化点P1〜P3の部分)の圧力の積分値と噴射率の積分値Sとは相関がある。よって、検出圧力の変動から圧力積分値を算出することで、噴射量Qに相当する噴射率積分値Sを算出することができる。
【0046】
噴射指令信号のパルスオン時期t1、パルスオフ時期t2及びパルスオン期間Tqと、上記各種状態R1,R3,Rα,Rβ,Rγ、及び噴射量Qとの関係を、燃料噴射弁10の劣化状態を示す特性値としてEEPROM25a(記憶手段)に記憶更新して学習する。このように学習している時のECU30は「学習手段」に相当する。
【0047】
より具体的には、以下に説明するtd,te,dqmax等を特性値として学習する。すなわち、パルスオン時期t1から実噴射開始時点R1までの時間を噴射開始応答遅れ時間tdとして学習する。噴射指令による開弁時間Tqと、R1からR3までの時間である実噴射時間との偏差を噴射時間偏差teとして学習する。噴射指令による開弁時間Tqと噴射率上昇量Rβとの比率を上昇量比率dqmaxとして学習する。例えば、燃料噴射弁10の劣化が進行すると、噴射開始応答遅れ時間tdが長くなり、噴射時間偏差teが大きくなる等の傾向が見られる。
【0048】
ECU30のマイコンは、基本的にはアクセル操作量等から算出されるエンジン負荷やエンジン回転速度に基づき要求噴射量及び要求噴射時期を算出する。そして、学習した特性値により算出される噴射率モデルを用いて、要求噴射量及び要求噴射時期を満たすよう噴射指令信号t1、t2、Tqを設定する。これにより、燃料噴射状態(噴射タイミング及び噴射量等)を制御する。
【0049】
ここで、所望する量の燃料を噴射できなくなるといった不具合が生じることがあり、その不具合の原因解析に有用となる各種データを、本実施形態ではEEPROM25aに記憶している。上記不具合の具体例としては、粗悪燃料を使用したことが原因で燃料噴射弁10の劣化が著しく進行した場合、燃料噴射弁10を過酷な状態で使用した場合、過酷な環境下で使用した場合、等が挙げられる。以下、記憶する各種データの内容について説明する。
【0050】
<粗悪燃料使用の解析に用いるデータ>
図3はECU30が有するマイコンにより繰り返し実行される処理であり、先ずステップS10において、上述の如く学習した特性値(学習値)が急変しているか否かを判定する。この「特性値の急変」について図4を用いて説明する。図4の横軸は車両の走行距離を示し、燃料噴射弁の使用時間、使用回数にも相当する。図4の縦軸は学習値を示し、値が大きいほど劣化が進行していることを表す。図中の実線L1は実際の劣化進行度合いを示し、使用初期段階では劣化の進行速度が早いことを表している。そこで本実施形態では、劣化進行速度が速い使用初期段階(例えば走行距離が100kmに達するまでの期間)には、その後の期間に比べて学習頻度を多くしており、例えば初期段階では100km毎に学習し、その後は500km毎に学習する。図4中の符号A1,A2,A3は初期段階での学習ポイントを示し、図4中の符号A4は初期段階以降での学習ポイントを示す。
【0051】
しかしながら、何らかの原因により、通常想定される劣化進行度合いL1から学習値が外れた場合(点線L2,L3,L4参照)、学習間隔を短くして学習頻度を多くするよう学習タイミングを設定変更する。上記原因の具体例を以下に列挙する。
【0052】
ステップS10にて特性値の急変有無を判定するにあたり、学習した特性値の単位時間当たりの変化量(つまりL1〜L4の傾き)が所定量を超えて大きくなった場合に、特性値が急変したと判定すればよい。或いは、実際の学習値が点線L2,L3,L4に示すように推移して、想定する値L1から所定量以上外れた場合に特性値が急変したと判定すればよい。
【0053】
ステップS10にて学習値が急変していないと判定されれば図3の処理を終了する。一方、学習値が急変したと判定されれば、続くステップS11において、その時の体積弾性係数Kが急変しているか否かを判定する。ステップS11にて体積弾性係数Kが急変していないと判定されれば図3の処理を終了する。一方、体積弾性係数Kが急変したと判定されれば、続くステップS12において、体積弾性係数Kが急変した旨をEEPROM25aに記憶させる。以下、体積弾性係数Kの算出手法について説明する。
【0054】
上記体積弾性係数Kとは、高圧ポンプ41の吐出口41aから各々の燃料噴射弁10の噴孔11bに至るまでの燃料経路内全体の燃料を対象とした燃料の体積弾性係数のことである。また、体積弾性係数Kは、所定の流体における圧力変化について、「ΔP=K・ΔV/V」(K:体積弾性係数、ΔP:流体の体積変化に伴う圧力変化量、V:体積、ΔV:体積Vからの体積変化量)なる関係式を満足させる係数Kであり、この係数Kの逆数は圧縮率に相当する。
【0055】
次に、ECU30に設けられたマイコンが体積弾性係数Kを算出する手順について説明する。先ず、燃圧センサ20による検出圧力を取得し、取得した検出圧力の推移を表す変動波形(図2(c)参照)から、1回の噴射に伴い生じる燃料圧力の低下量ΔPを算出する。具体的には、変化点P1での検出圧力から変化点P3での検出圧力を減算することで、噴射開始時点から終了時点までに生じた燃料圧力の低下量ΔPを算出する。
【0056】
次に、前記変動波形から噴射量Qを算出する。具体的には先述したように、図2(c)に示す変動波形から図2(b)に示す噴射率の推移波形を算出し、その推移波形を用いて実噴射開始から終了までの噴射率の積分値S(噴射量Q)を算出する。
【0057】
次に、算出した低下量ΔP及び噴射量Qに基づき、体積弾性係数Kを算出する。具体的には、上記関係式「ΔP=K・ΔV/V」中のΔPは低下量ΔPに相当し、関係式中のΔVは噴射量Qに相当する。また、関係式中のVは、予め計測した値であってECU30が有するメモリ(図示せず)又はEEPROM25aに記憶させておいた値を用いる。以上により、低下量ΔP、噴射量Q(ΔV)及び計測値Vを上記関係式に代入することで、体積弾性係数Kを算出する。なお、このように体積弾性係数Kを算出している時のECU30は「算出手段」に相当する。
【0058】
そして、ステップS11にて体積弾性係数Kの急変有無を判定するにあたり、算出した体積弾性係数Kの単位時間当たりの変化量が所定量を超えて大きくなった場合に、体積弾性係数Kが急変したと判定すればよい。或いは、算出した体積弾性係数Kが想定する値から所定量以上外れた場合に体積弾性係数Kが急変したと判定すればよい。
【0059】
なお、図3のフローチャートでは、体積弾性係数Kの急変有無の判定結果をEEPROM25aに記憶させているが、ステップS11の処理を廃止して、学習値が急変した時の体積弾性係数KをEEPROM25aに記憶させるようにしてもよい。
【0060】
ここで、粗悪燃料を用いると、通常燃料と比較して体積弾性係数Kが大きく変化する。また、体積弾性係数Kが変化すれば、上述した各種特性値(学習値)も大きく変化して、点線L2,L3,L4に示すように学習値が想定の範囲外の値となる。したがって、所望する量の燃料を噴射できなくなるといった不具合が生じた場合に、不具合原因を解析する作業者はEEPROM25aに記憶されたデータを見れば、体積弾性係数Kが急変した履歴があるか否か、つまり粗悪燃料の使用有無の履歴を取得することができる。よって、前記不具合が生じた場合に、粗悪燃料を使用したことが原因であるか否かを解析するのに前記データを有効に利用できる。
【0061】
<燃料噴射弁の使用状態、使用環境の解析に用いるデータ>
図5はECU30が有するマイコンにより繰り返し実行される処理であり、先ずステップS20において、所望する量の燃料を噴射できなくなるといった噴射異常が発生しているか否かを判定する。例えば、燃圧センサ20の検出圧力から算出した噴射量が、目標噴射量から所定量異常乖離した状態が所定時間以上継続した場合には、噴射異常発生と判定すればよい。或いは、内燃機関の出力が目標出力から所定量異常乖離した状態が所定時間以上継続した場合に、噴射異常発生と判定すればよい。なお、内燃機関の出力は、期間回転速度NEの瞬時値から算出すればよい。
【0062】
ステップS20にて噴射異常が発生していないと判定されれば図5の処理を終了する。一方、噴射異常が発生したと判定されれば、続くステップS21において、燃料噴射弁10の初回使用時以降から噴射異常発生を検出した時までの、燃料噴射弁10の累積作動時間又は累積作動回数を、使用状態としてEEPROM25aに記憶させる。
【0063】
さらに、続くステップS22において、燃料噴射弁10の初回使用時以降から噴射異常発生を検出した時までの、燃料噴射弁10の使用頻度(使用状態)を、以下に説明する領域毎にEEPROM25aに記憶させる。図6は、機関回転速度NE及び機関負荷(燃料噴射量Qに相当)を複数に領域分けしたマップを示しており、燃料噴射弁10の使用頻度D(Qi,NEj)をマップ中の領域毎に記憶させる。要するに、いずれの領域での使用頻度が高かったかを、使用状態のデータとして記憶させる。
【0064】
また、続くステップS23において、噴射異常発生を検出した時点での燃料圧力、機関回転速度NE、機関負荷(燃料噴射量Qに相当)を、使用環境のデータとしてEEPROM25aに記憶させる。
【0065】
ここで、燃料噴射弁10を過酷な状態で使用している場合や、過酷な環境下で使用している場合には、それらが原因となって燃料噴射弁10が故障したり、劣化が著しく促進される場合がある。「過酷な状態で使用」の具体例としては、耐用年数を超えて長期に亘り燃料噴射弁10を使用した場合が挙げられる。したがって、ステップS21で記憶された累積作動時間又は回数のデータは、噴射異常が発生した場合に、使用状態が過酷だったことが原因であるか否かを解析するのに有効に利用できる。
【0066】
「過酷な状態で使用」の他の具体例としては、高負荷高回転領域での燃料噴射弁10の使用頻度が高いことが挙げられる。したがって、ステップS22で記憶された領域毎の使用頻度のデータは、噴射異常が発生した場合に、使用状態が過酷だったことが原因であるか否かを解析するのに有効に利用できる。
【0067】
「過酷な環境下で使用」の具体例としては、燃料噴射弁10内部の燃圧が瞬時的に許容圧を超えた場合、機関負荷Q及び機関回転速度NEが瞬時的に許容値を超えた場合等が挙げられる。したがって、ステップS23で記憶された噴射異常発生時の燃圧,NE,Qのデータは、噴射異常が発生した場合に、使用環境が過酷だったことが原因であるか否かを解析するのに有効に利用できる。
【0068】
<学習タイミングの決定に用いるデータ>
図7はECU30が有するマイコンにより繰り返し実行される処理であり、先ずステップS30において、先述した各種特性値td,te,dqmaxの学習が実施されたか否かを判定する。実施された場合には、その学習値を取得して、例えば図4中のA1,A2,A3,A4に示す学習値(劣化定量値に相当)の推移データ(図4中の符号L1〜L4に示す推移線)を更新して、EEPROM25aに記憶させる。また、図7の処理とは別に、燃料噴射弁10の初回使用時以降の累積作動時間又は作動回数を、EEPROM25aに記憶させる。
【0069】
ここで、先述したように、各種特性値td,te,dqmaxを学習する頻度は、使用初期段階であるほど多く設定し、また、何らかの原因により、通常想定される劣化進行度合いL1から学習値が外れた場合(点線L2,L3,L4参照)にも、学習頻度を多く設定する。
【0070】
したがって、ステップS31で記憶された学習値の推移データに基づけば、通常想定される劣化進行度合いから学習値がどれだけ外れているかの情報を取得できるので、学習頻度、つまり次回の学習タイミングを設定するのに有効に利用できる。また、EEPROM25aに記憶された初回使用時以降の累積作動時間又は作動回数のデータに基づけば、使用初期段階であるか否かの情報を取得できるので、学習頻度、つまり次回の学習タイミングを設定するのに有効に利用できる。
【0071】
特に、各気筒の燃料噴射弁10毎に、該当する燃料噴射弁10の学習値推移データ及び累積作動時間等が、各々のEEPROM25aに記憶されているので、複数の燃料噴射弁10の一部のみを新品に交換した場合において、交換した燃料噴射弁10については使用初期段階に相応する頻度で学習するように設定でき、交換していない燃料噴射弁10については、該当するEEPROM25aに記憶されたデータに基づき学習頻度を設定できる。要するに、燃料噴射弁10毎に適した学習頻度に設定できる。
【0072】
以上により、本実施形態によれば、学習値が急変した時の体積弾性係数Kの急変有無の判定結果(或いは学習値が急変した時の体積弾性係数K)を記憶させるので、所望する量の燃料を噴射できなくなるといった不具合が生じた場合に、粗悪燃料を使用したことが原因であるか否かを解析するのに上記データを有効に利用できる。
【0073】
また、噴射異常が発生した場合に、累積作動時間又は回数のデータ、領域毎の使用頻度のデータ、及び噴射異常発生時の燃圧,NE,Qのデータを記憶させるので、燃料噴射弁10を過酷な状態又は過酷な環境下で使用していることが噴射異常の原因となっているか否かを解析するのに、上記データを有効に利用できる。
【0074】
また、燃料噴射弁10の特性値(学習値)の推移データや、燃料噴射弁10の累積作動時間又は作動回数を記憶させるので、特性値の学習頻度(タイミング)を設定するのに、上記データを有効に利用できる。
【0075】
さらに本実施形態では、図5及び図7の処理によるデータの記憶を、複数の燃料噴射弁10の各々に対して実施するので、噴射異常の原因解析又は学習頻度の設定を、個々の燃料噴射弁10の状態に応じて実施できる。よって、複数の燃料噴射弁10を全て新品に交換するといった無駄を回避できるとともに、学習頻度の過不足抑制を図ることができる。
【0076】
また、本実施形態では、図3、図5及び図7の処理による各種データを、燃料噴射弁10の各々に搭載されたEEPROM25aに記憶させる。本実施形態に反し、これらのデータをECU30に記憶させると、不具合の生じた燃料噴射弁10を受け取った不具合解析作業者は、ECU30も受け取らなければその各種データを取得できないため、その作業性が悪い。これに対し本実施形態では、燃料噴射弁10の各々に搭載されたEEPROM25aに記憶させるので、ECU30を受け取ることを要することなく不具合解析作業者は各種データを取得できるので、その解析の作業性を向上できる。
【0077】
(他の実施形態)
本発明は上記実施形態の記載内容に限定されず、以下のように変更して実施してもよい。また、各実施形態の特徴的構成をそれぞれ任意に組み合わせるようにしてもよい。
【0078】
・上記実施形態では、不具合原因解析に有用な各種データ(図3及び図5の処理により記憶させたデータ)及び学習頻度の決定に有用な各種データ(図7の処理により記憶させたデータ)を、燃料噴射弁10の各々に搭載されたEEPROM25aに記憶させているが、これらのデータをECU30に記憶させるようにしてもよい。
【0079】
・図3の処理では、学習値が急変したことを条件(S10)として体積弾性係数の急変判定を実施しているが、ステップS10の処理を廃止して、学習値の急変有無に拘わらず体積弾性係数の急変判定を実施して、その判定結果又は異常発生時の体積弾性係数をEEPROM25aに記憶させるようにしてもよい。
【0080】
・上記実施形態では、EEPROM25aを、圧力センサ素子22を備えた燃圧センサ20に取り付けているが、本発明はこのような構成に限定されるものではなく、例えばボデー11やコネクタ14にEEPROM25aを取り付けるよう構成してもよい。
【符号の説明】
【0081】
10…燃料噴射弁、11b…噴孔、20…燃圧センサ、25a…EEPROM(記憶手段)、30…ECU(算出手段、学習手段)、42…コモンレール(蓄圧容器)、S12…判定手段。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関の燃料噴射弁に対して異常発生を検出した時の、前記燃料噴射弁の使用状態及び使用環境の少なくとも一方を記憶手段に記憶させることを特徴とするデータ記憶装置。
【請求項2】
前記異常発生を検出した時までの前記燃料噴射弁の累積作動時間又は累積作動回数を、前記使用状態として記憶させることを特徴とする請求項1に記載のデータ記憶装置。
【請求項3】
内燃機関の機関回転速度又は機関負荷を複数に領域分けし、前記領域毎に、前記異常発生を検出した時までの前記燃料噴射弁の使用頻度を、前記使用状態として記憶させることを特徴とする請求項1又は2に記載のデータ記憶装置。
【請求項4】
前記異常発生を検出した時の燃料圧力、機関回転速度及び燃料噴射量の少なくとも1つを、前記使用環境として記憶させることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つに記載のデータ記憶装置。
【請求項5】
内燃機関の燃料噴射弁の初回使用時からの累積作動時間、及び前記燃料噴射弁の劣化状態と相関のある劣化定量値の推移の少なくとも一方を記憶手段に記憶させることを特徴とするデータ記憶装置。
【請求項6】
前記燃料噴射弁が搭載された気筒を複数有する内燃機関に適用され、
前記記憶手段への記憶は、複数の前記燃料噴射弁の各々に対して実施されることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1つに記載のデータ記憶装置。
【請求項7】
前記記憶手段は前記燃料噴射弁に搭載されたものであることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1つに記載のデータ記憶装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−169332(P2011−169332A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−130514(P2011−130514)
【出願日】平成23年6月10日(2011.6.10)
【分割の表示】特願2009−147014(P2009−147014)の分割
【原出願日】平成21年6月19日(2009.6.19)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】