説明

トリアリールアミンの製造方法

【課題】反応条件が比較的温和であり、触媒の回収及び再利用が容易で、製造コストが低廉なトリアリールアミンの製造方法を提供すること。
【解決手段】脱離が容易な置換基を有するアリール化合物とアリールアミンとをPd/C触媒とPdに配位可能なリガンドと塩基の存在下で反応させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はトリアリールアミンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
トリアリールアミン類はレーザープリンター、デジタル複写機、有機ELディスプレイ等に利用される有用な化合物である。特に、有機EL素子においては、トリアリールアミンがホール(正孔)輸送材として機能し、発光効率、輝度、寿命等の特性がトリアリールアミンの置換基によって変化することが知られており、このため、トリアリールアミンの置換基を種々変更する簡便な方法が必要とされている。しかしながら、トリアリールアミン類は大きな立体障害を有する化合物であるため、通常のアミンの製造方法では製造できない場合が多いという問題を有していた。
【0003】
これまで報告されているトリアリールアミンの製造方法としては、以下のようなものがある。
すなわち、
(1)金属触媒を用いることなく、ベンザイン中間体を経由した方法(非特許文献1参照)
(2)銅試薬とリガンドを組み合わせたUllmann型の方法
(3)Pd触媒と嵩高いリガンド(例えば下記化合物1、2、3)を組み合わせたBuchwald-Hartwig法(非特許文献2、3参照)
【化1】

【非特許文献1】Larock, R. C, et al. Org. Lett. 2003, 5, 4673-4675)
【非特許文献2】Hartwig, F. J, et al. J. Org. Chem. 2002, 67, 5553-5566
【非特許文献3】Beller, M, et al. Chem. Eur. J. 2004, 10, 2983-2990
【0004】
この他、トリアリールアミンの製造方法ではないが、本発明に関連する不均一系Pd触媒を用い、アリールアルキルアミンを合成する方法が特許文献1に記載されている。
【特許文献1】U.S.Patent 5576460号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし上記非特許文献1に記載の方法は、トリアリールアミンの置換基の導入位置が制限されるとともに、反応時間が3日程度と極めて長いという問題を有している。また、上記非特許文献2に記載の方法では、反応温度が高くて副反応を伴い易く、低収率であり、多量の銅触媒が必要となるという問題がある。また、上記非特許文献3に記載の方法では、空気中で不安定な均一系Pd触媒を使用しているため反応雰囲気を厳密に制御しなければならず、反応終了後の触媒の分離や再利用も困難である。このため、製造コストが高騰化するという問題を有している。
【0006】
本発明は、上記従来の実情に鑑みてなされたものであって、反応条件が比較的温和であり、触媒の回収及び再利用が容易で、製造コストが低廉なトリアリールアミンの製造方法を提供することを解決すべき課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者らは、上記従来の問題点を解決する手段として、上記Buchwald-Hartwig法において、触媒の回収及び再利用が容易な不均一系触媒を用いることを考えた。従来、不均一系触媒をBuchwald-Hartwig法に適用した例としては、3−ブロモアニソールとジメチルアミンボランとをクロスカップリングして3−(N,N−ジメチルアミノ)アニソールを製造した例はあるが(上記特許文献1参照)、トリアリールアミンが製造できることは全く知られていなかった。そして、鋭意研究を行った結果、驚くべきことに、ハロゲン化アリール等のアニオン脱離が容易な置換基を有するアリール化合物とアリールアミンとを不均一系白金族元素触媒の存在下でクロスカップリングさせれば、従来Buchwald-Hartwig法では合成が困難と考えられていたトリアリールアミンを容易に製造することができ、しかも反応後にろ別回収した不均一系触媒を繰り返して用いても、収率はほとんど低下しないことを発見し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明のトリアリールアミンの製造方法は、脱離が容易な置換基を有するアリール化合物と、1級アリールアミン又は2級ジアリールアミンとを、不均一系白金族元素触媒と白金族元素に配位可能なリガンドと塩基の存在下で反応させることを特徴とする。
【0009】
ここで、脱離が容易な置換基としては、ハロゲンの他、トリフレート基、メシレート基、トシレート基及びジアゾニウム基等、Buchwald-Hartwig法に通常適用されている置換基が挙げられる。置換基がハロゲンである場合、臭素、ヨウ素、塩素、フッ素のいずれも用いることができるが、反応のしやすさから臭素及びヨウ素が好ましい。またアリール化合物の芳香環には上記のクロスカップリング反応を阻害することのない置換基(例えばアルキル基やアルコキシ基等)が結合していてもよい。
【0010】
また、1級アリールアミン又は2級ジアリールアミンについても特に限定はなく、ジアリールアミンは非対称であってもよい。1級アリールアミンを用いた場合、アリール化合物の置換基が脱離して1級アリールアミンに結合してジアリールアミンとなり、さらにそのジアリールアミンにさらにアリール化合物が結合してトリアリールアミンとなる。またアリール基には、クロスカップリング反応を阻害することのない他の置換基(例えばメトキシ基やカルボン酸エステル基等)が結合していてもよい。
【0011】
また、不均一系白金族元素触媒の白金族元素としてはPdが好ましいが、この他、Ru、Rh、Os、Ir、Ptといった他の白金族元素を用いることも可能である。
【0012】
さらに、こうした白金族元素に配位可能なリガンドとしては、1,4-ビス(ジフェニルホスフィノ)ブタン(dppb)、1,3-ビス(ジフェニルホスフィノ)プロパン(dppp)、1,2-ビス(ジフェニルホスフィノ)エタン(dppe)、トリフェニルホスフィン、トリ-o-トリルホスフィン、トリス(4−メトキシフェニル)ホスフィン、トリス(2,6−ジメトキシフェニル)ホスフィン、トリス(4-クロロフェニル)ホスフィン、トリシクロヘキシルホスフィン、イソプロピルジフェニルホスフィン、1,1’-ビス(ジフェニルホスフィノ)フェロセン(dppf)、2-(ジシクロヘキシルホスフィノ)ビフェニル、BINAP、2(ジ-t-ブチルフォスフィノ)ビフェニル、[5-ジオキサ-4-ホスファ-シクロヘプタ(2,1-a;3,4-a’)ジナフタレン-4-イル]ジメチルアニリン、4,5-ビス(ジフェニルホスフィノ)9,9-ジメチル-キサンセン等のホスフィン系リガンドが好ましく、その他、カルベンリガンド等を用いることもできる。これらの中でも、1,1’-ビス(ジフェニルホスフィノ)フェロセン(dppf)は特に好ましい。
【0013】
白金族元素は炭素、シリカ、アルミナ等の担体に担持させることが好ましい。担体に担持させることにより、白金族元素が細かく分散し、触媒としての機能が高められるからである。また、反応後の触媒の回収もさらに容易となる。発明者らは、担体として炭素を用いれば、目的とするトリアリールアミンを収率よく製造できることを確認している。
【0014】
本発明のトリアリールアミンの製造方法において、反応温度は重要な意義を有しており、従来の均一系触媒を用いたBuchwald-Hartwig法において通常適用される温度(上記特許文献1においては、120°Cよりも低い温度で反応させている)よりも高い温度において、より反応が円滑に進行する。好ましい温度範囲は120°C〜300°Cであり、さらに好ましくは140°C〜250°Cであり、最も好ましくは160°C〜220°C
である。こうした高い温度は、高沸点の反応溶媒(例えば、メシチレン、テトラリン、シクロペンチルメチルエーテル等)を用いることによって実現できる。
【0015】
また、本発明のトリアリールアミンの製造方法において用いられる塩基の種類も重要な意義を有している。すなわち、塩基性が弱いと反応の進行が遅くなり、逆に塩基性が強いとベンザインを中間体とする副反応が生じやすい傾向にある。これらの好ましくない傾向は、原料となるアリール化合物の構造とも関連しており、ニトリル基等の電子吸引基を有するアリール化合物の場合には、炭酸セシウム等の弱い塩基であっても、反応は円滑に進行する。このため、反応基質の種類に応じて最も好ましい塩基を適宜選択すればよいが、アルカリ金属アルコラートやアルカリ金属炭酸塩を用いることができる。
【0016】
本発明のトリアリールアミンの製造方法は、1級アリールアミンに対して異なるアリール化合物を段階的に結合させてトリアリールアミンを製造することもできる。すなわち、まず第1工程として、脱離が容易な置換基を有する第1のアリール化合物と、1級アリールアミンとを不均一系白金族元素触媒と白金族元素に配位可能なリガンドと塩基の存在下で反応させてジアリールアミンとし、さらに、第2工程として、第1工程で得られたジアリールアミンと、脱離が容易な置換基を有する第2のアリール化合物とを、不均一系白金族元素触媒と白金族元素に配位可能なリガンドと塩基の存在下で反応させてトリアリールアミンとする第2工程とによってトリアリールアミンを製造することもできる。こうであれば、第1のアリール化合物と第2のアリール化合物とを異なる化合物とすることにより、3つのアリール基がすべて異なる非対称のトリアリールアミンを製造することができる。また、第1工程の反応が終了した後、その反応液の中へ第2のアリール化合物を添加することにより、第1工程で使用した触媒やリガンドや塩基を第2工程においてもそのまま用いることができる。このため、ワンポットで非対称トリアリールアミンを製造することも可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明を具体化した実施例について説明する。
【0018】
(実施例1〜3)
実施例1〜3ではブロモベンゼンとアニリンとを基質とし、下式の条件でクロスカップリングしてトリフェニルアミンの合成を行った。
【化2】

【0019】
すなわち、ブロモベンゼン(184 μL, 1.75 mmol)、アニリン(91μL , 1 mmol)、10% Pd/C (21.3 mg, 2 mol%)、1,1’-ビス(ジフェニルホスフィノ)フェロセン (dppf) (16.6 mg, 3 mol%) 及びナトリウムtert-ブトキシド(144.2 mg, 1.5 mmol) をメシチレン(1.0 mL) に懸濁し、脱気後、バルーンでアルゴン置換し、オイルバスとジムロートを用いて還流条件下、180 ℃(実施例2は160℃)で24時間撹拌した。そして反応溶液にエーテル (6 mL) と水 (10 mL)とを加え、触媒をメンブランフィルター (Millipore, 0.45 μm) を用いて濾過し、エーテル層 (1 mL) をガスクロマトグラフィーを用いて分析した。なお収率はn-ドデカンを内部標準物質として内部標準法で算出した。結果を表1に示す。
【表1】

【0020】
表1に示すように、上記実施例ではトリフェニルアミンが90%以上という極めて高い収率で生成し、ジフェニルアミンや未反応のアニリンは検出されなかった。
【0021】
また、上記実施例1〜3において得られた反応液をNo.5Cのろ紙でろ過し、Pd/Cを回収し、ジメチルエーテルで洗浄した後、デシケータに入れて乾燥させた。こうして回収されたPd/Cを用いて再度実施例1〜3と同様の操作を行ったところ、トリフェニルアミンの収率はPd/Cの繰り返し回数5回まで、ほとんど変化がなかった。
【0022】
(実施例4)
実施例4ではブロモベンゼンとアニリンとを基質とし、実施例1と同様の条件で反応時間毎の組成の変化をガスクロマトグラフィーによって追跡した。結果を表2に示す。
【表2】

【0023】
その結果、驚くべきことに、反応開始後僅か1時間でアニリンは消失しており、僅か5時間でトリフェニルアミンまでの反応がほぼ完結していることが分かった。
【0024】
(実施例5〜9)
実施例5〜9では各種のアリールブロマイドとアニリン又はo-メトキシアニリンとを基質とし、下式の条件でクロスカップリングしてトリフェニルアミンの合成を行った。操作手順は実施例1と同様である。結果を表3に示す。
【化3】

【表3】

【0025】
表3から、各種の基質において高収率でトリアリールアミンが生成しており、本発明のトリアリールアミンの製造方法が極めて汎用性を有することが分かる。
【0026】
(実施例10〜12)
実施例10〜12では各種アリールブロマイドとジフェニルアミンとを下式の条件でクロスカップリングさせて、トリアリールアミンの合成を行った。操作手順は実施例1と同様である。結果を表4に示す。
【化3】

【表4】

【0027】
トリアリールアミンの2段階合成
(実施例13〜22)
実施例13〜22では、窒素に結合する3つのアリール基がすべて異なる非対称トリアリールアミンを製造するための第1工程として、フェノールブロマイドとアニリンとを下式の条件でクロスカップリングさせて、ジフェニルアミンの選択的な合成を行った。操作手順は実施例1と同様である。結果を表5に示す。
【化4】

【表5】

【0028】
表5に示すように、試薬の量や温度などの反応条件を調整することにより、ジフェニルアミンだけを選択的に製造することが可能であることが分かった(実施例20〜22)。こうして得られたジフェニルアミンのみを含む反応液に対し、さらにブロモベンゼン以外の脱離容易な置換基を有するアリール化合物を添加すれば、フェニル基と異なるアリール基が窒素原子に結合したトリアリールアミンを製造することができる。また、同様の方法を用い、脱離容易な置換基を有するアリール化合物と1級アリールアミンとを適宜選択して段階的に反応させれば、3つのアリール基がすべて異なる非対称のトリアリールアミンを、ワンポットで製造することも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明はレーザープリンター、デジタル複写機、有機ELディスプレイ等に利用されるトリアリールアミンを製造するのに利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
脱離が容易な置換基を有するアリール化合物と、1級アリールアミン又は2級ジアリールアミンとを、不均一系白金族元素触媒と白金族元素に配位可能なリガンドと塩基の存在下で反応させることを特徴とするトリアリールアミンの製造方法。
【請求項2】
前記脱離が容易な置換基はハロゲン、トリフレート基、メシレート基、トシレート基及びジアゾニウム基のいずれかであることを特徴とする請求項1記載のトリアリールアミンの製造方法。
【請求項3】
前記不均一系白金族元素触媒は担体に担持されていることを特徴とする請求項1又は2記載のトリアリールアミンの製造方法。
【請求項4】
前記担体は炭素であることを特徴とする請求項3記載のトリアリールアミンの製造方法。
【請求項5】
前記白金族元素はパラジウムであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項記載のトリアリールアミンの製造方法。
【請求項6】
白金族元素に配位可能なリガンドはホスフィン系リガンドであることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項記載のトリアリールアミンの製造方法。
【請求項7】
反応温度は120°C〜300°Cであることを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項記載のトリアリールアミンの製造方法。
【請求項8】
脱離が容易な置換基を有する第1のアリール化合物と、1級アリールアミンとを、不均一系白金族元素触媒と白金族元素に配位可能なリガンドと塩基の存在下で反応させてジアリールアミンとする第1工程と、
前記第1工程で得られたジアリールアミンと、脱離が容易な置換基を有する第2のアリール化合物とを、不均一系白金族元素触媒と白金族元素に配位可能なリガンドと塩基の存在下で反応させてトリアリールアミンとする第2工程と、
を備えることを特徴とする請求項1乃至7のいずれか1項記載のトリアリールアミンの製造方法。

【公開番号】特開2006−335712(P2006−335712A)
【公開日】平成18年12月14日(2006.12.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−164094(P2005−164094)
【出願日】平成17年6月3日(2005.6.3)
【出願人】(805000018)財団法人名古屋産業科学研究所 (55)
【Fターム(参考)】