説明

トルク伝達用継手及び電動式パワーステアリング装置

【課題】粘性流体等の緩衝剤を利用して、回転方向が変換される瞬間にスプライン孔13bとスプライン軸部14bとのスプライン係合部で生じる歯打ち音を抑えられる構造を、低コストで実現する。
【解決手段】上記スプライン軸部14bと上記スプライン孔13bとをスプライン係合させる事により、出力軸12とウォーム軸6とをトルクの伝達を可能に接続して成るスプライン係合部に、グリース等の流動性を有する緩衝剤を介在させる。上記スプライン孔13bの開口寄り部分に設置したシールリング20aにより、上記緩衝剤の漏洩を防止する。更に、このシールリング20aに形成した、小孔27、27等の通気流路により、上記スプライン孔13b内の圧力変動を抑える。圧力変動の為の構造を簡略化して、上記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明に係るトルク伝達用継手は、各種機械装置に組み込んで、互いに実質的に同心に配置された1対の回転軸同士の間でトルクを伝達させる為に利用する。又、本発明の電動式パワーステアリング装置は、自動車の操舵装置として利用するもので、電動モータを補助動力源として利用する事により、運転者がステアリングホイールを操作する為に要する力の軽減を図るものである。
本発明は、この様な電動式パワーステアリング装置を含む、各種機械装置を構成する1対の回転軸同士の継手部で、歯打ち音と呼ばれる不快な異音が発生する事を抑えられる構造の実現を意図して発明したものである。
【背景技術】
【0002】
操舵輪(フォークリフト等の特殊車両を除き、通常は前輪)に舵角を付与する際に運転者がステアリングホイールを操作する為に要する力の軽減を図る為の装置として、パワーステアリング装置が広く使用されている。又、この様なパワーステアリング装置で、補助動力源として電動モータを使用する電動式パワーステアリング装置も、近年普及し始めている。電動式パワーステアリング装置は、油圧式のパワーステアリング装置に比べて小型・軽量にでき、補助動力の大きさ(トルク)の制御が容易で、しかもエンジンの動力損失が少ない等の利点がある。
【0003】
電動式パワーステアリング装置の構造は、各種知られているが、何れの構造の場合でも、ステアリングホイールの操作によって回転させられ、回転に伴って操舵輪に舵角を付与する回転軸に電動モータの補助動力を、減速機を介して付与する。この減速機として一般的には、ウォーム減速機が使用されている。ウォーム減速機を使用した電動式パワーステアリング装置の場合、上記電動モータにより回転駆動されるウォームと、上記回転軸と共に回転するウォームホイールとを噛合させて、上記電動モータの補助動力をこの回転軸に伝達自在とする。但し、ウォーム減速機の場合、何らの対策も施さないと、上記ウォームと上記ウォームホイールとの噛合部に存在するバックラッシュに基づき、上記回転軸の回転方向を変える際に、歯打ち音と呼ばれる不快な異音が発生する場合がある。
【0004】
この様な歯打ち音の発生を抑えられる構造として従来から、特許文献1〜3に記載されている様に、ばね等の弾性部材によりウォームをウォームホイールに向け弾性的に押圧する事が考えられている。図13〜14は、このうちの特許文献2に記載された電動式パワーステアリング装置の1例を示している。ステアリングホイール1により所定方向に回転させられる、操舵用回転軸であるステアリングシャフト2の前端部は、ハウジング3の内側に回転自在に支持しており、この部分にウォームホイール4を固定している。このウォームホイール4と噛合するウォーム歯5をウォーム軸6の軸方向中間部に設け、電動モータ7により回転駆動されるウォーム8の両端部は、深溝型玉軸受等の1対の転がり軸受9a、9bにより、上記ハウジング3内に回転自在に支持されている。更に、上記ウォーム軸6の先端部で上記転がり軸受9aよりも突出した部分に押圧駒10を外嵌し、この押圧駒10と上記ハウジング3との間に、コイルばね11等の弾性部材を設けている。そして、このコイルばね11により、上記押圧駒10を介して、上記ウォーム軸6に設けたウォーム歯5を、上記ウォームホイール4に向け押圧している。この様な構成により、これらウォーム歯5とウォームホイール4との間のバックラッシュを抑え、上記歯打ち音の発生を抑えている。尚、このバックラッシュの解消に伴って、上記ウォーム軸6の中心軸と上記電動モータ7の出力軸12の中心軸とは、厳密には一致しなくなる。但し、これら両中心軸同士のずれは極く僅かであり、上記ウォーム軸6と上記出力軸12とは、実質的には同心のままである。
【0005】
上述の様な従来構造の場合、上記ウォーム歯5と上記ウォームホイール4との噛合部で上記歯打ち音が発生する事を抑えられるが、上記出力軸12の先端部と上記ウォーム軸6の基端部との接続部で発生する歯打ち音を抑える事はできない。この点に就いて、以下に説明する。上記電動モータ7の出力軸12の先端部と上記ウォーム軸6の基端部とを回転力の伝達を自在に接続する為に、このウォーム軸6の基端部にスプライン孔13を、このウォーム軸6の基端面に開口する状態で形成している。又、上記出力軸12の先端部にスプライン軸部14を形成している。そして、このスプライン軸部14と上記スプライン孔13とをスプライン係合させる事によりトルク伝達用継手15を構成し、上記出力軸12と上記ウォーム軸6とを、回転力の伝達を自在に接続している。尚、本明細書及び特許請求の範囲に於ける「スプライン」には、ピッチの細かい、所謂「セレーション」と呼ばれるものも含む。
【0006】
上記スプライン軸部14と上記スプライン孔13とが円周方向の隙間なく(バックラッシュ無しで)スプライン係合していれば、上記出力軸12の先端部と上記ウォーム軸6の基端部との接続部(スプライン係合部)で歯打ち音が発生する事はない。但し、実際の場合には、このスプライン係合部にはバックラッシュが存在する。このスプライン係合部のバックラッシュは、上記スプライン軸部14と上記スプライン孔13とをスプライン係合させる作業を容易に行なえる様にする為に必要である。又、上記出力軸12の中心軸と上記ウォーム軸6の中心軸とが僅かにずれた程度では、上記スプライン係合部にコジリが発生しない様にして、上記出力軸12を回転させる為に要するトルクが上昇する事を防止する為にも、上記バックラッシュは必要である。特に、前記コイルばね11等の弾性部材により上記ウォーム軸6に設けたウォーム歯5を前記ウォームホイール4に向け押圧して、これらウォーム歯5とウォームホイール4との間のバックラッシュを解消する構造の場合には、上記スプライン係合部のバックラッシュを設ける事は必須となる。
【0007】
ところが、このスプライン係合部にバックラッシュが存在すると、上記電動モータ7の回転方向が変換される瞬間に、上記スプライン軸部14の外周面に設けられた雄スプライン歯の円周方向側面と、上記スプライン孔13の内周面に設けられた雌スプライン歯の円周方向側面とが勢い良く衝突し、上記歯打ち音が発生する。この様な歯打ち音は、上記スプライン係合部のバックラッシュが大きくなる程著しくなるので、従来は、このバックラッシュを、このスプライン係合部の組立が可能な範囲で、更には、上記ウォーム歯5とウォームホイール4との間のバックラッシュを解消できる範囲で、小さく抑える様にしていた。但し、上記スプライン係合部のバックラッシュを小さくすると、その分、上記スプライン軸部14を上記スプライン孔13に挿入しにくくなり、組立作業性が低下し、電動式パワーステアリング装置の製造コスト上昇の原因となる。又、上記出力軸12と上記ウォーム軸6との組み付け精度を高くしないと、上記コジリによるトルク上昇の問題が発生し易くなるので、やはり電動式パワーステアリング装置の製造コスト上昇の原因となる。
【0008】
一方、特許文献4には、スプライン軸部の外周面とスプライン孔の内周面との間にOリング等の弾性体を設けて、スプライン歯の歯先と歯底とが勢い良く衝突する事を防止する発明が記載されている。但し、上記特許文献4に記載された発明の構造では、上記Oリングの内周縁とスプライン軸部の外周面との間に作用する摩擦力が小さい為、上述した様な、電動モータの回転方向が変換される瞬間に生じる歯打ち音を抑える効果は小さい(あまり期待できない)。
【0009】
これに対して特許文献5には、グリース、シリコンオイルの如き粘性流体等の緩衝剤の作用により、スプライン軸部の外周面とスプライン孔の内周面との間での歯打ち音の発生を防止する為の構造が記載されている。この従来構造に就いて、図15により説明する。この従来構造の場合、互いに同心に配置された第一、第二の回転軸16、17同士を、スプライン係合に基づくトルク伝達用継手15aにより、トルク伝達自在に接続している。この為に、上記第一の回転軸16の軸方向一端部{図15の(A)の左端部}に、中心部にスプライン孔13aを設けたスプライン筒18を外嵌固定している。又、上記上記第二の回転軸17の軸方向片端部{図15の(A)の右端部}にスプライン軸部14aを設けている。そして、このスプライン軸部14aと上記スプライン孔13aとをスプライン係合させる事により、上記第一の回転軸16と上記第二の回転軸17とを、トルクの伝達を可能に接続している。
【0010】
又、上記スプライン軸部14aの外周面と上記スプライン孔13aの内周面との間に、上記粘性流体等の緩衝剤19を介在させている。又、これら両周面同士の間で、軸方向に関してこの緩衝剤19を介在させた部分よりも上記スプライン孔13aの開口寄り{図15の(A)の左寄り}部分に、Oリングの如き弾性材製のシールリング20を設置している。このシールリング20は、上記スプライン筒18の内周面開口端寄り部分に形成した円筒面部21と、上記スプライン軸部14aの外周面に形成した係止溝22の底面との間で弾性的に圧縮された状態で、上記緩衝剤19の漏洩を防止する。又、上記円筒面部21の円周方向の一部に通気用凹溝23を、軸方向に形成している。この通気用凹溝23は、上記トルク伝達用継手15aの組立作業に伴って、或いは周囲の温度変化に伴って、上記スプライン筒18内の圧力が変化する(大気圧と異なる圧力になる)事を防止する。そして、上記第一、第二の回転軸16、17同士の間に、上記スプライン筒18内の圧力(陽圧又は陰圧)に伴って軸方向の弾力が加わる事を防止し、例えば前記ウォームホイール4と前記ウォーム歯5との噛合部(図14参照)に余分な力が加わらないようにして、この噛合部での伝達効率を確保する。
【0011】
上述の様な特許文献5に記載されたトルク伝達用継手15aの場合、歯打ち音低減の面からは効果があるが、内部圧力の変化を防止する為の通気用凹溝23の存在に基づいて、次の様な問題を生じる。先ず、この通気用凹溝23の加工が面倒で、上記スプライン筒18の製作費が嵩む。例えば、この通気用凹溝23を鍛造等の塑性加工により造る事を考えると、この通気用凹溝23が1本だけの場合には、上記スプライン筒18に偏荷重が加わり、このスプライン筒18の内周面に設けたスプライン孔13aの形状が歪む可能性がある。歪んだスプライン孔13aの形状を矯正する加工を行なうと、コストが嵩む。又、上記通気用凹溝23を複数本、円周方向に等間隔に形成すれば、上記スプライン孔13aの歪みは抑えられるが、加工荷重が大きくなり、やはりコストが嵩む原因となる。更に、上記通気用凹溝23を切削加工により形成する場合には、形成作業が面倒になり、やはりコストが嵩む原因となる。
【0012】
【特許文献1】特開2000−43739号公報
【特許文献2】特開2004−306898号公報
【特許文献3】特表2006−513906号公報
【特許文献4】特開2004−122852号公報
【特許文献5】特開2003−28180号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、上述の様な事情に鑑みて、粘性流体等の緩衝剤を利用して、回転方向が変換される瞬間にスプライン孔とスプライン軸部とのスプライン係合部で生じる歯打ち音を抑えられる構造を、低コストで実現すべく発明したものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明のトルク伝達用継手及び電動式パワーステアリング装置のうち、請求項1に記載したトルク伝達用継手の発明は、前述の特許文献5に記載された従来構造と同様に、第一の回転軸の軸方向一端部内側に、この第一の回転軸の軸方向一端面に開口する状態で形成されたスプライン孔と、この第一の回転軸と実質的に同心に配置された第二の回転軸の軸方向片端部に設けられたスプライン軸部とを備える。そして、このスプライン軸部と上記スプライン孔とをスプライン係合させる事により、上記第一の回転軸と上記第二の回転軸とをトルクの伝達を可能に接続して成る。更に、上記スプライン軸部の外周面と上記スプライン孔の内周面との間に流動性を有する緩衝剤を介在させると共に、これら両周面同士の間で軸方向に関してこの緩衝剤を介在させた部分よりも上記スプライン孔の開口寄り部分に、弾性材製のシールリングを設置している。
【0015】
特に、本発明のトルク伝達用継手に於いては、上記シールリングの内周縁を上記スプライン軸の外周面に、同じく外周縁を上記スプライン孔の内周面に、それぞれ当接させている。これと共に、上記シールリングの円周方向の一部に、このシールリングの軸方向両側同士の間で空気を流通させる為の通気流路を形成している。
この通気流路は、例えば請求項2に記載した発明の様に、シールリングの円周方向1乃至複数個所の径方向中間部に、このシールリングを軸方向に貫通する状態で設けられた小孔とする。又、この様な請求項2に記載した発明を実施する場合に好ましくは、請求項3に記載した様に、上記小孔を複数設ける。そして、これら各小孔はそれぞれ、シールリングの軸方向に関して内径が漸次変化するテーパ孔とする。更に、少なくとも1対の小孔同士の間で、内径が変化する方向を互いに異ならせる。
或いは、請求項4に記載した発明の様に、上記通気流路を、シールリングの円周方向1乃至複数個所に、このシールリングの外周縁又は内周縁から径方向に凹入する状態で設けられた、スリット状の凹溝とする。又、この様な請求項4に記載した発明を実施する場合に好ましくは、請求項5に記載した様に、上記凹溝を複数設ける。そして、少なくとも1対の凹溝同士の間で、それぞれの底面のシールリングの中心軸に対する傾斜方向を互いに異ならせる。
【0016】
又、請求項6に記載した電動式パワーステアリング装置は、前述した従来から知られている電動式パワーステアリング装置と同様に、ハウジングと、操舵用回転軸と、ウォームホイールと、ウォームと、電動モータとを備える。
このうちのハウジングは、ステアリングコラム、ステアリングギヤユニットのケース等の固定の部分に支持されて、回転する事はない。
又、上記操舵用回転軸は、上記ハウジングに対し回転自在に設けられて、ステアリングホイールの操作により回転させられ、回転に伴って操舵輪に舵角を付与する。この様な操舵用回転軸としては、上記固定の部分が上記ステアリングコラムの場合には、ステアリングシャフト若しくはこのステアリングシャフトと同軸に設けられたシャフトが、上記固定の部分がステアリングギヤユニットのケースである場合にはピニオン軸が、それぞれ相当する。
又、上記ウォームホイールは、上記ハウジングの内部で上記操舵用回転軸の一部に、この操舵用回転軸と同心に支持されて、この操舵用回転軸と共に回転する。
又、上記ウォームは、ウォーム軸の軸方向中間部にウォーム歯を設けて成り、このウォーム歯を上記ウォームホイールと噛合させた状態で、上記ウォーム軸の軸方向両端部をそれぞれ軸受により上記ハウジングに対し回転自在に支持している。
又、上記電動モータは、上記ウォームを回転駆動する為のものである。
そして、この電動モータの出力軸と上記ウォーム軸とをトルク伝達用継手により、トルク伝達自在に接続している。
特に、本発明の電動式パワーステアリング装置に於いては、上記トルク伝達用継手が、前述の請求項1〜5に記載された様なトルク伝達用継手である。
【発明の効果】
【0017】
上述の様な構成を有する本発明のトルク伝達用継手及び電動式パワーステアリング装置によれば、粘性流体等の緩衝剤を利用して、起動の瞬間や回転方向が変換される瞬間に、スプライン孔とスプライン軸部とのスプライン係合部で生じる歯打ち音を抑えられる構造を、低コストで実現できる。
即ち、シールリングに形成した通気流路により、トルク伝達用継手の内部空間である、上記スプライン孔の内部の圧力変化を抑えられる。この為、このスプライン孔の内周面の開口寄り部分に通気用凹溝を形成しなくても、上記トルク伝達用継手の組立が困難になったり、或いは、第一の回転軸と第二の回転軸との間に、有害な軸方向の力が加わる事を防止できる。そして、上記通気用凹溝の形成作業が不要になる分だけ、上記スプライン孔を設けた、第一の回転軸の製造が容易になり、上記トルク伝達用継手の製造コストの低廉化を図れる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
[実施の形態の第1例]
図1〜2は、請求項1、2、6に対応する、本発明の実施の形態の第1例を示している。尚、本例の特徴は、電動モータ7の出力軸12の先端部(図1の左端部)に設けたスプライン軸部14bと、ウォーム軸6の基端部(図1の右端部)に設けたスプライン孔13bとをスプライン係合させて成る、トルク伝達用継手15bの構造にある。その他、電動式パワーステアリング装置全体の構造及び作用に就いては、広く実施されている従来構造と同様であるから、この従来構造と同等部分に関する図示並びに説明は、省略若しくは簡略にし、以下、本例の特徴部分、及び、先に説明しなかった部分を中心に説明する。尚、本例の場合、上記ウォーム軸6が第一の回転軸であり、上記出力軸12が第二の回転軸である。又、これらウォーム軸6と出力軸12との配列方向が、前述の図14とは逆であるが、この点は、単に設計的な選択事項であり、本発明の特徴とは何ら関係がない。
【0019】
本例の場合には、上記ウォーム軸6の基端部にスプライン孔13bを、このウォーム軸6の基端面(図1の右端面)に開口する状態で形成している。このスプライン孔13bは、奥側(図1の左側)に存在する、最も小径の奥側円筒面部24と、軸方向中間部に存在する雌スプライン部25と、開口側(図1の右側)に存在する、最も大径の開口側円筒面部26とから成る。この開口側円筒面部26には、前述の特許文献5に記載された発明の構造の様な通気用凹溝23(図15参照)等は形成していない。従って、上記開口側円筒面部26は、全周に亙って一様な形状である。
【0020】
又、上記出力軸12の中間部先端寄り部分で、上記スプライン軸部14bよりも少しこの出力軸12の基端寄り(図1の右寄り)部分に、断面形状が半円形である係止溝22を、全周に亙って形成している。そして、この係止溝22に、Oリングの如きシールリング20aの内径側半部を係止している。但し、このシールリング20aは、一般的なOリングとは異なり、円周方向複数個所(図示の例では4個所)の、径方向中央部よりも少し外径寄り部分に小孔27、27を、それぞれ上記シールリング20aを軸方向に貫通する状態で設けている。このシールリング20aの内径側半部を上記係止溝22に係止した状態で、上記各小孔27、27の両端開口は、この係止溝22外に露出する。又、上記シールリング20aの内径側半部を上記係止溝22に係止したままの状態での、このシールリング20aの外径は、上記スプライン孔13bの開口側円筒面部26の内径よりも少しだけ大きくなる。従って、上記スプライン軸部14bと上記スプライン孔13bとをスプライン係合させると共に、上記シールリング20aを上記開口側円筒面部26内に進入させた状態で、このシールリング20aの内周縁は上記係止溝22の底部に、同じく外周縁は上記開口側円筒面部26の内周面に、それぞれ全周に亙って弾性的に当接する。
【0021】
上述の様な構成各部材は、上記スプライン軸部14bを上記スプライン孔13b内に挿入する(スプライン係合させる)と共に、上記シールリング20aを上記開口側円筒面部26内に進入させた状態に組み合わせる。この際、上記スプライン軸部14bの外周面と上記スプライン孔13bの内周面とのうちの少なくとも一方の面に、グリース、シリコンオイルの如き粘性流体等の緩衝剤を、塗布等の手段により十分に付着させておく。従って、上記スプライン軸部14bと上記スプライン孔13bとをスプライン係合させた状態で、雄スプライン歯と雌スプライン歯との間の隙間内には、上記緩衝剤が介在する。そして、この緩衝剤のダンパ効果により、前記出力軸12と前記ウォーム軸6との間でのトルク伝達開始時、或いは伝達方向の変換時に、上記雄スプライン歯と上記雌スプライン歯との側面同士が勢い良く衝突する事を防止して、歯打ち音の発生を抑えられる。
【0022】
上記スプライン軸部14bを上記スプライン孔13b内に挿入する際に、このスプライン孔13b内に存在する空気は、上記シールリング20aに形成した、前記各小孔27、27を通じて外部に排出される。従って、上記スプライン孔13b内の圧力が上昇して、このスプライン孔13b内に上記スプライン軸部14bを挿入しにくくなる事はない。又、組立完了後、温度変化に伴って上記スプライン孔13b内に存在する空気が膨張、収縮した場合には、上記各小孔27、27を通じて空気を給排する。従って、何れの場合でも、上記スプライン孔13b内の圧力は外気圧と同じに保たれ、このスプライン孔13b内の圧力により、上記ウォーム軸6に軸方向の弾力が加わる事を防止する。そして、このウォーム軸6に設けたウォーム歯5とウォームホイール4との噛合部(図14参照)に余分な力が加わらないようにして、この噛合部での伝達効率を確保できる。
【0023】
特に、本例の構造の場合には、上記シールリング20aに形成した各小孔27、27により、前記トルク伝達用継手15bの内部空間である、上記スプライン孔13bの内部の圧力変化を抑えられる。この為、前述の図15に示した、特許文献5に記載された従来構造の如く、上記スプライン孔13bの内周面の開口寄り部分に通気用凹溝を形成しなくても、上記トルク伝達用継手15bの組立が困難になったり、或いは、上記ウォーム軸6と前記出力軸12との間に、有害な軸方向の力が加わる事を防止できる。上記シールリング20aに上記各小孔27、27を形成する作業は、このシールリング20aを射出成形する際に、容易に行なえる。従って、本例の場合には、上記通気用凹溝の形成作業が不要になる分だけ、上記スプライン孔13bを設けた、上記ウォーム軸6の製造が容易になり、上記トルク伝達用継手15bの製造コストの低廉化を図れる。
【0024】
尚、図示の例では、上記ウォーム軸6の基端部はハウジング3(図13〜14参照)内に、転がり軸受9bを介して若干の揺動変位を可能に支持している。この為に、この転がり軸受を構成する内輪29の軸方向両側に1対の弾性スペーサ30、30を、この内輪29の内周面と上記ウォーム軸6の基端部外周面との間にOリング31を、それぞれ配置している。但し、この様な、ウォーム軸6の基端部を揺動変位可能に支持する為の構造は、従来から知られており、又、本発明の要旨とも関係しない。
【0025】
[実施の形態の第2例]
図3〜4は、請求項1、4、6に対応する、本発明の実施の形態の第2例を示している。本例の場合には、シールリング20bの円周方向複数個所(図示の例では4個所)に、それぞれがこのシールリング20bの内周縁側に開口する、スリット状の凹溝28、28を形成している。これら各凹溝28、28は、上記シールリング20bの内周縁から径方向外方に凹入する状態で、このシールリング20bの径方向中央部よりも外径寄り部分にまで形成している。従って、このシールリング20bを、出力軸12の外周面の係止溝22に係止した状態で、上記各凹溝28、28の奥部は、この係止溝22外に露出する。そして、これら各凹溝28、28が通気流路として機能し、スプライン孔13bの内部の圧力変動を抑える。その他の部分の構成及び作用は、上述した実施の形態の第1例と同様であるから、同等部分には同一符号を付して、重複する説明を省略する。
【0026】
[実施の形態の第3例]
図5〜6も、請求項1、4、6に対応する、本発明の実施の形態の第3例を示している。本例の場合には、シールリング20cの円周方向複数個所(図示の例では4個所)に、それぞれがこのシールリング20cの外周縁側に開口する、スリット状の凹溝28a、28aを形成している。これら各凹溝28a、28aは、上記シールリング20cの外周縁から径方向内方に凹入する状態で、このシールリング20cの径方向中央部にまで形成している。従って、このシールリング20cを、出力軸12の外周面の係止溝22に係止した状態で、上記各凹溝28a、28aは、それぞれのほぼ全体が、この係止溝22外に露出する。そして、これら各凹溝28a、28aが通気流路として機能し、スプライン孔13bの内部の圧力変動を抑える。その他の部分の構成及び作用は、前述した実施の形態の第1例と同様であるから、同等部分には同一符号を付して、重複する説明を省略する。
【0027】
[実施の形態の第4例]
図7〜9は、請求項1〜3、6に対応する、本発明の実施の形態の第4例を示している。本例の場合も、前述した実施の形態の第1例の場合と同様に、ウォーム軸6の外周面に形成した係止溝22に係止したシールリング20dの円周方向複数個所(図示の例では6個所)に小孔27a、27bを、それぞれこのシールリング20aを軸方向に貫通する状態で設けている。特に、本例の場合には、上記各小孔27a、27bはそれぞれ、上記シールリング20dの軸方向に関して内径が漸次変化するテーパ孔であり、円周方向に隣り合う小孔27a、27b同士の間で、内径が変化する方向を互いに異ならせている。
【0028】
即ち、円周方向3個所の小孔27a、27aは、それぞれスプライン孔13bの奥に向かう程内径が小さくなっている。これら3個所の小孔27a、27aは、このスプライン孔13b内に外気を吸引する事に対する抵抗は比較的小さいのに対して、このスプライン孔13b内の空気を排出する事に対する抵抗は比較的大きくなる。これに対して、残り3個所の小孔27b、27bは、それぞれスプライン孔13bの開口部に向かう程内径が小さくなっている。これら3個所の小孔27b、27bは、このスプライン孔13b内の空気を排出する事に対する抵抗は比較的小さいのに対して、このスプライン孔13b内に外気を吸引する事に対する抵抗は比較的大きくなる。又、何れの小孔27a、27bも、小径側端部の内径は極く小さいので、粘性が大きい緩衝剤の通過に対する抵抗は大きくなる。従って本例の場合には、この緩衝剤の漏洩防止効果を確保しつつ、上記スプライン孔13b内の圧力変動を十分に抑えられる。その他の部分の構成及び作用は、前述した実施の形態の第1例と同様であるから、同等部分には同一符号を付して、重複する説明を省略する。
【0029】
[実施の形態の第5例]
図10〜12は、請求項1、4〜6に対応する、本発明の実施の形態の第5例を示している。本例の場合も、前述した実施の形態の第2例の場合と同様に、ウォーム軸6の外周面に形成した係止溝22に係止したシールリング20eの円周方向複数個所(図示の例では6個所)に、それぞれがスリット状である通気用凹溝23a、23bを、それぞれこのシールリング20eの内周縁から径方向外方に凹入する状態で設けている。特に、本例の場合には、上記各通気用凹溝23a、23bは、それぞれ底面(奥端部)が、上記シールリング20eの軸方向に対し傾斜している。言い換えれば、上記各通気用凹溝23a、23bの径方向深さは、それぞれ上記シールリング20eの軸方向に関して漸次変化しており、円周方向に隣り合う通気用凹溝23a、23b同士の間で、深さが変化する方向を互いに異ならせている。
【0030】
即ち、円周方向3個所の通気用凹溝23a、23aは、それぞれスプライン孔13bの奥に向かう程浅くなっている。これら3個所の通気用凹溝23a、23aは、このスプライン孔13b内に外気を吸引する事に対する抵抗は比較的小さいのに対して、このスプライン孔13b内の空気を排出する事に対する抵抗は比較的大きくなる。これに対して、残り3個所の通気用凹溝23b、23bは、それぞれスプライン孔13bの開口部に向かう程浅くなっている。これら3個所の通気用凹溝23b、23bは、このスプライン孔13b内の空気を排出する事に対する抵抗は比較的小さいのに対して、このスプライン孔13b内に外気を吸引する事に対する抵抗は比較的大きくなる。又、何れの通気用凹溝23a、23bも、最も浅くなった部分が上記係止溝22から露出する部分の開口面積は極く小さいので、粘性が大きい緩衝剤の通過に対する抵抗は大きくなる。従って本例の場合も、上述した実施の形態の第4例の場合と同様に、上記緩衝剤の漏洩防止効果を確保しつつ、上記スプライン孔13b内の圧力変動を十分に抑えられる。その他の部分の構成及び作用は、前述した実施の形態の第1例と同様であるから、同等部分には同一符号を付して、重複する説明を省略する。
【産業上の利用可能性】
【0031】
図示の各例では、ウォーム軸6の側に、受孔であるスプライン孔13bを、出力軸12の側に軸部であるスプライン軸部14bを、それぞれ形成した構造に就いて示した。これに対して、本発明を実施する場合に、ウォーム軸6の側にスプライン軸部14bを、出力軸12の側にスプライン孔13bを、それぞれ形成する事もできる。
又、トルク伝達用継手を組み込む回転機械装置に関しても、図示の様な電動式パワーステアリング装置に限らず、スプライン式のトルク伝達用継手を備えたものであれば対象となる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の実施の形態の第1例を示す部分断面図。
【図2】一部を省略して示す、図1のA−A断面図。
【図3】本発明の実施の形態の第2例を示す部分断面図。
【図4】一部を省略して示す、図3のB−B断面図。
【図5】本発明の実施の形態の第3例を示す部分断面図。
【図6】一部を省略して示す、図5のC−C断面図。
【図7】本発明の実施の形態の第4例を示す部分断面図。
【図8】一部を省略して示す、図7のD−D断面図。
【図9】同E矢視図。
【図10】本発明の実施の形態の第5例を示す部分断面図。
【図11】一部を省略して示す、図10のF−F断面図。
【図12】同G矢視図。
【図13】従来構造の第1例を示す、部分切断側面図。
【図14】図13の拡大H−H断面図。
【図15】従来構造の第2例を示しており、(a)は部分断面図、(b)は(a)のI−I断面図。
【符号の説明】
【0033】
1 ステアリングホイール
2 ステアリングシャフト
3 ハウジング
4 ウォームホイール
5 ウォーム歯
6 ウォーム軸
7 電動モータ
8 ウォーム
9a、9b 転がり軸受
10 押圧駆
11 コイルばね
12 出力軸
13、13a、13b スプライン孔
14、14a、14b スプライン軸部
15、15a、15b トルク伝達用継手
16 第一の回転軸
17 第二の回転軸
18 スプライン筒
19 緩衝剤
20、20a、20b、20c、20d、20e シールリング
21 円筒面部
22 係止溝
23、23a、23b 通気用凹溝
24 奥側円筒面部
25 雌スプライン部
26 開口側円筒面部
27、27a、27b 小孔
28、28a 凹溝
29 内輪
30 弾性スペーサ
31 Oリング

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第一の回転軸の軸方向一端部内側に、この第一の回転軸の軸方向一端面に開口する状態で形成されたスプライン孔と、この第一の回転軸と実質的に同心に配置された第二の回転軸の軸方向片端部に設けられたスプライン軸部とを備え、このスプライン軸部と上記スプライン孔とをスプライン係合させる事により、上記第一の回転軸と上記第二の回転軸とをトルクの伝達を可能に接続して成り、上記スプライン軸部の外周面と上記スプライン孔の内周面との間に流動性を有する緩衝剤を介在させると共に、これら両周面同士の間で軸方向に関してこの緩衝剤を介在させた部分よりも上記スプライン孔の開口寄り部分に、弾性材製のシールリングを設置しているトルク伝達用継手に於いて、このシールリングの内周縁を上記スプライン軸の外周面に、同じく外周縁を上記スプライン孔の内周面に、それぞれ当接させると共に、上記シールリングの円周方向の一部に、このシールリングの軸方向両側同士の間で空気を流通させる為の通気流路を形成した事を特徴とするトルク伝達用継手。
【請求項2】
通気流路が、シールリングの円周方向1乃至複数個所の径方向中間部に、このシールリングを軸方向に貫通する状態で設けられた小孔である、請求項1に記載したトルク伝達用継手。
【請求項3】
小孔が複数設けられており、これら各小孔はそれぞれ、シールリングの軸方向に関して内径が漸次変化するテーパ孔であり、少なくとも1対の小孔同士の間で、内径が変化する方向が互いに異なる、請求項2に記載したトルク伝達用継手。
【請求項4】
通気流路が、シールリングの円周方向1乃至複数個所に、このシールリングの外周縁又は内周縁から径方向に凹入する状態で設けられた、スリット状の凹溝である、請求項1に記載したトルク伝達用継手。
【請求項5】
凹溝が複数設けられており、少なくとも1対の凹溝同士の間で、それぞれの底面のシールリングの中心軸に対する傾斜方向が互いに異なる、請求項4に記載したトルク伝達用継手。
【請求項6】
固定の部分に支持されて回転する事のないハウジングと、このハウジングに対し回転自在に設けられて、ステアリングホイールの操作により回転させられ、回転に伴って操舵輪に舵角を付与する操舵用回転軸と、上記ハウジングの内部でこの操舵用回転軸の一部に、この操舵用回転軸と同心に支持されて、この操舵用回転軸と共に回転するウォームホイールと、ウォーム軸の軸方向中間部にウォーム歯を設けて成り、このウォーム歯を上記ウォームホイールと噛合させた状態で、上記ウォーム軸の軸方向両端部をそれぞれ軸受により上記ハウジングに対し回転自在に支持されたウォームと、このウォームを回転駆動する為の電動モータとを備え、この電動モータの出力軸と上記ウォーム軸とをトルク伝達用継手により、トルク伝達自在に接続している電動式パワーステアリング装置に於いて、このトルク伝達用継手が、請求項1〜5のうちの何れか1項に記載したトルク伝達用継手である事を特徴とする電動式パワーステアリング装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2009−185892(P2009−185892A)
【公開日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−26058(P2008−26058)
【出願日】平成20年2月6日(2008.2.6)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】