説明

ネットワーク装置

【課題】 デジタルネットワーク越しに相手方におけるエコー成分を除去する。
【解決手段】 本発明が適用されたマルチインタフェースユニット12は、デジタルネットワーク20を介して、IPドア端末装置16に接続されている。端末装置16側では、スピーカ24の出力音がマイクロホン26に入力されることによるエコー成分が発生する。ここで、ユニット12と端末装置16との間で送受信される音声信号xまたはyは、合計6つのバッファ30,50,52,54,34および36によって遅延される。適応フィルタ32は、これに入力される音声信号xのうち、これらのバッファ30,50,52,54,34および36による遅延時間を考慮した所定時間経過後の特定部分のみに基づいて、適応動作する。これにより、ユニット12から端末装置16に対してデジタルネットワーク20越しのエコーキャンセルが実現される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ネットワーク装置に関し、特に、第1音信号に応じた第1音情報を出力する音情報出力手段と、この音情報出力手段と同じ空間に設けられており当該第1音情報を含む同空間に存在する第2音情報を検出してこの検出された第2音情報に応じた第2音信号を生成する音情報検出手段と、がデジタルネットワークを介して接続されるネットワーク装置に関する。
【背景技術】
【0002】
この種のネットワーク装置として、従来、例えば非特許文献1に開示されたマルチインタフェースユニット(N−8000MI)がある。このマルチインタフェースユニットは、例えば図6に示すような駅通信システム100に用いられる。即ち、同駅通信システム100において、マルチインタフェースユニット102は、主要駅等の大規模駅に設置される。そして、このマルチインタフェースユニット102は、同大規模駅構内で使用される係員専用のPHS(Personal
Handy-phone System)端末装置等の携帯端末装置104と、別の駅、特に無人駅等の小規模駅、に設置された一種のインターカム子機としてのIP(Internet
Protocol)ドア端末装置(N−8540DS)106と、の間の双方向通信を司る。このため、マルチインタフェースユニット102は、同じ大規模駅構内に設置されたPBX(Private Branch eXchange;構内交換機)108に接続されており、併せて、専用のデジタルネットワーク110を介してIPドア端末装置106に接続されている。なお、一般に、大規模駅には複数の係員が存在するので、その人数に応じた複数の携帯端末装置104,104,…が用意される。また、複数の小規模駅が存在する場合には、その数に応じた複数のIPドア端末装置106,106,…が用意される。
【0003】
ここで、或る小規模駅に設置されたIPドア端末装置106の呼び出しボタン112が押下されると、これに応じた呼び出し信号が当該IPドア端末装置106からデジタルネットワーク110を介して大規模駅に送信される。大規模駅に送信された呼び出し信号は、マルチインタフェースユニット102を介してPBX108に送信され、さらに当該PBX108を介してそれぞれの(または特定の)携帯端末装置104に送信される。この呼び出し信号を受信したそれぞれの携帯端末装置104は、所定の呼び出し音を出力し、これに応答していずれかの携帯端末装置104によって所定の操作が成されると、その携帯端末装置104から呼び出し元のIPドア端末装置106に対して応答信号が当該呼び出し信号とは逆のルートで送信される。呼び出し元のIPドア端末装置106がこの応答信号を受信すると、当該IPドア端末装置106と応答元の携帯端末装置104との間での双方向通信が可能となり、つまり通話が可能となる。なお、IPドア端末装置106は、いわゆるハンズフリー通話が可能とされている。
【0004】
ところで、上述の如くハンズフリー通話が可能なIPドア端末装置106においては、スピーカ114の出力音がマイクロホン112に入力されることで、当該マイクロホン112の出力信号、つまり相手方の携帯端末装置106に送られる音声信号、にエコー成分が現れる。従って、良好な通話を実現するには、このエコー成分を除去する必要がある。それゆえに、それぞれのIPドア端末装置106には、当該エコー成分を除去するためのエコーキャンセル機能(エコーキャンセラ)が搭載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献1】ティーオーエー株式会社製「パケットインターカムシステム/N−8000シリーズ」カタログ,カタログNo.B−083 TH03,2006年2月
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上述の如くIPドア端末装置106にエコーキャンセル機能が設けられると、当然に当該IPドア端末装置106自体の構成が複雑化する。これにより、IPドア端末装置106が高価格化し、ひいては当該IPドア端末装置106を含む駅通信システム100全体が高価格化する。このことは、IPドア端末装置106の数、つまり小規模駅の数、が多いほど、顕著になる。
【0007】
この問題を解決するには、例えばマルチインタフェースユニット102にエコーキャンセル機能を搭載し、このマルチインタフェースユニット102のエコーキャンセル機能によって全てのIPドア端末装置106,106,…に係るエコー成分を一元的に除去するようにすればよいが、この場合、マルチインタフェースユニット102にとってはデジタルネットワーク110越しに当該エコー成分を除去することになるので、別の問題が発生する。即ち、マルチインタフェースユニット102とそれぞれのIPドア端末装置106との間では、伝送対象となる信号がパケット化(符号化)された状態で伝送されるので、このパケット化のために必要な処理時間や当該パケット化された信号を元の状態に戻すため(復号化)に必要な処理時間を含む種々の遅延時間が生じる。また、この遅延時間は、両者102および106間の伝送路容量(伝送速度)、特にデジタルネットワーク110とそれぞれのIPドア端末装置106とを結ぶ支線の伝送路容量、によっても変わる。例えば、本線としてのデジタルネットワーク110は、これとマルチインタフェースユニット102とを結ぶ線路を含め、常套的に、光回線等の広帯域(ブロードバンド)の伝送路とされるが、当該デジタルネットワーク110といくつかのIPドア端末装置106とを結ぶ支線については、一般のアナログ電話回線等の狭帯域(ナローバンド)の伝送路やISDN(Integrated
Services Digital Network)回線等の中帯域の伝送路である場合がある。このような狭帯域または中帯域の支線に繋がるIPドア端末装置106については、マルチインタフェースユニット102との間で、伝送路容量の小さい支線側の当該伝送路容量に合わせてパケット通信が行われるため、ここで言う遅延時間が長くなる。その一方で、エコーキャンセルは一種のシステム同定であるので、このような遅延時間を含むシステムにおいては、当該遅延時間も同定の対象となる。従って、上述のIPドア端末装置106に搭載されたもの等のこれまでのエコーキャンセル機能をそのままマルチインタフェースユニット102に適用するだけでは、ここで言う遅延時間を含むシステムを適切に同定することができない。厳密に言えば、当該遅延時間を含むシステムを適切に同定するには、それ相応に高い性能を有する(例えばタップ長が極めて大きく、かつ、処理速度が極めて高い)適応フィルタ(DSP;Digital Signal Processor)が必要になるが、そのような適応フィルタは実用的には存在しない。
【0008】
そこで、本発明は、デジタルネットワーク越しにエコーキャンセルを含むシステム同定をすることができるネットワーク装置を提供することを、目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この目的を達成するために、本発明のネットワーク装置は、第1音信号に応じた第1音情報を出力する音情報出力手段と、この音情報出力手段と同じ空間に設けられており当該第1音情報を含む同空間に存在する第2音情報を検出してこの検出された第2音情報に応じた第2音信号を生成する音情報検出手段と、がデジタルネットワークを介して接続されることを、前提とする。そして、この前提の下、デジタルネットワークを介して第1音信号を音情報出力手段に送信する送信手段と、当該デジタルネットワークを介して第2音信号を音情報検出手段から受信する受信手段と、第2音信号を模擬した模擬信号を第1音信号に基づいて生成する適応フィルタ手段と、を具備する。これに加えて、第1音信号および第2音信号の一方または両方を遅延させる遅延手段を、さらに備える。併せて、適応フィルタ手段は、第1音信号のうち遅延手段による遅延時間相当分を含む所定時間経過後の特定部分に基づいて適応動作する、というものである。
【0010】
この構成によれば、本発明のネットワーク装置は、デジタルネットワークを介して、互いに同じ空間に存在する音情報出力手段と音情報検出手段とに接続される。そして、当該ネットワーク装置を構成する送信手段から、デジタルネットワークを介して、音情報出力手段に第1音信号が送信される。これにより、第1音信号に応じた第1音情報が、音情報出力手段から出力される。そして、この第1音情報を含む第2音情報が、音情報検出手段によって検出される。音情報検出手段は、検出された第2音情報に応じた第2音信号を出力し、この第2音信号は、デジタルネットワークを介して、受信手段によって受信される。そして、この第2音信号を模擬した模擬信号を、適応フィルタ手段が、第1音信号に基づいて生成する。要するに、適応フィルタ手段は、音情報出力手段と音情報検出手段とが存在する空間側の伝達関数(音響特性)をデジタルネットワーク越しに同定することになる。ただし、デジタルネットワークを介しての第1音信号および第2音信号の伝送においては、上述の如く遅延時間が生じるので、適応フィルタ手段は、この遅延時間をも考慮して、当該同定を行う。即ち、本発明では、当該遅延時間に加えて、第1音信号および第2音信号の一方または両方が、遅延手段によってさらに(言わば故意に)遅延される。そして、適応フィルタ手段は、第1音信号のうち、この遅延手段による遅延時間相当分を含む所定時間経過後の特定部分に基づいて、適応動作を行う。つまり、第1信号のうち、所定時間分の部分については、適応動作の対象外とし、この所定時間経過後の特定部分のみに、当該適応動作の対象を限定する。これにより、デジタルネットワーク越しの実用的なシステム同定が可能となる。
【0011】
なお、本発明において、遅延手段は、デジタルネットワークを介しての第1音信号および第2音信号の伝送のバランスを考慮して、これら第1音信号および第2音信号の両方を同じ時間だけ遅延させるのが、望ましい。
【0012】
また、デジタルネットワークを介して伝送される第1音信号および第2音信号は、一般に、当該デジタルネットワークを含む伝送路のゆらぎの影響を受ける。そして、このゆらぎの影響によって、第1音信号のうち適応フィルタ手段による適応動作の対象となるべき特定部分の位置が変わり、つまり上述した所定時間の最適値が変わる。従って、この所定時間を常に最適値とするべく、当該所定時間は任意に変更可能とされてもよい。
【0013】
さらに、デジタルネットワークを含む伝送路の容量によって、この伝送路を介して伝送される第1音信号および第2音信号の遅延時間が変わり、これに伴い、上述の所定時間の最適値も変わる。従って、当該伝送路容量に応じて所定時間を含む各種パラメータを設定するパラメータ設定手段を、さらに備えてもよい。
【0014】
そして、特に、エコーキャンセルを実現するには、第2音信号から模擬信号を減算する減算手段を、さらに備えればよい。
【発明の効果】
【0015】
上述したように、本発明によれば、デジタルネットワーク越しの実用的なシステム同定が可能となる。従って、本発明を適用することで、当該システム同定の一種であるエコーキャンセルをもデジタルネットワーク越しで実現可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明が適用された駅通信システムの全体構成を示す概略図である。
【図2】同実施形態におけるエコーキャンセルに関係する部分の構成を概念的に示す図解図である。
【図3】同実施形態における送信信号および受信信号の態様を示す図解図である。
【図4】同実施形態におけるエコーキャンセルの要領を説明するための図解図である。
【図5】同実施形態における各通信条件を纏めた一覧である。
【図6】従来の駅通信システムの全体構成を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の一実施形態について、図1〜図5を参照して説明する。
【0018】
図1は、本発明が適用された駅通信システム10の全体構成を示す図解図である。この図1から分かるように、本実施形態に係る駅通信システム10は、図6に示したのと同様のネットワーク装置としてのマルチインタフェースユニット12と、複数の携帯端末装置14,14,…と、複数のIPドア端末装置16,16,…と、PBX18と、デジタルネットワーク20と、を備えている。そして、それぞれのIPドア端末装置16は、呼び出しボタン22と、音情報出力手段としてのスピーカ24と、音情報検出手段としてのマイクロホン26と、を備えている。ただし、本実施形態においては、個々のIPドア端末装置16がエコーキャンセル機能を搭載しているのではなく、マルチインタフェースユニット12がエコーキャンセル機能を搭載している。そして、このマルチインタフェースユニット12のエコーキャンセル機能によって全てのIPドア端末装置16,16,…について一元的にエコーキャンセルが施される。言い換えれば、マルチインタフェースユニット12から各IPドア端末装置16,16,…に対してネットワーク20越しのエコーキャンセルが実現される。
【0019】
このネットワーク20越しのエコーキャンセルを実現するために、本実施形態におけるマルチインタフェースユニット12は、図2に示すように、送信用バッファ30を備えている。なお、図2は、或るIPドア端末装置16と或る携帯端末装置14との間で通話が行われているときの当該或るIPドア端末装置16とマルチインタフェースユニット12とのエコーキャンセルに関係する部分を概念的に示す図解図である。また、詳しい図示は省略するが、送信用バッファ30は、送信手段としての送信回路を構成する。
【0020】
この送信用バッファ30を含む送信回路は、相手方のIPドア端末装置16に送信する第1音信号としての音声信号xを例えばUDP(User Datagram Protocol)パケットに符号化し、いわゆるパケット化する。パケット化された音声信号xは、一旦、送信用バッファ30に記憶された後、デジタルネットワーク20を介して、相手方のIPドア端末装置16に送信される。なお、送信用バッファ30は、例えば2パケット分の記憶容量を有しており、この送信用バッファ30に記憶された当該2パケット分の音声信号xは、記憶された順番に従って1パケット分ずつ順次読み出され、送信される。また、マルチインタフェースユニット12は、例えばFIR(Finite Impulse Response)型の適応フィルタ32を有しており、この適応フィルタ32にも、送信用バッファ30を含む送信回路に入力されるのと同じ(つまりパケット化される前の)音声信号xが入力される。
【0021】
相手方のIPドア端末装置16は、調整用バッファ50を有しており、この調整用バッファ50に、マルチインタフェースユニット12からデジタルネットワーク20を介して送信されてくる音声信号xが1パケット分ずつ順次入力され、記憶される。この調整用バッファ50は、デジタルネットワーク20を含む伝送路のゆらぎの影響を吸収するためのものであり、例えば5パケット分の記憶容量を有している。そして、この調整用バッファ50に記憶された5パケット分の音声信号xは、記憶された順番に従って1パケット分ずつ順次読み出され、さらに受信用バッファ52に入力され、詳しくは当該受信用バッファ52を含む受信回路に入力される。この受信用バッファ52を含む受信回路は、これに入力された音声信号xを当該受信用バッファ52に記憶しながら元の状態に復号化する。なお、受信用バッファ52は、例えば3パケット分の記憶容量を有しており、この受信用バッファ52に記憶された当該3パケット分の音声信号xは、記憶された順番に従って1パケット分ずつ順次読み出され、復号化される。そして、復号化された音声信号xは、スピーカ24に入力される。これにより、スピーカ24から当該音声信号xに応じた第1音情報としての音が出力される。
【0022】
このとき、図2に破線の矢印60で示すように、スピーカ24の出力音の一部がマイクロホン26に入力されることで、当該マイクロホン26から出力される音声信号yにエコー成分が現れる。そして、このエコー成分を含む音声信号yは、IPドア端末装置16内に設けられている送信用バッファ54に入力され、詳しくは当該送信用バッファ54を含む送信回路に入力される。この送信用バッファ54を含む送信回路は、マルチインタフェースユニット12に設けられているものと同様のものであり、入力された音声信号yをUDPパケットに符号化し、つまりパケット化する。なお、送信用パケット54は、2パケット分の記憶容量を有している。そして、この送信用バッファ54を含む送信回路によってパケット化された音声信号yは、1パケット分ずつ順次、デジタルネットワーク20を介して、マルチインタフェースユニット12に送信される。
【0023】
マルチインタフェースユニット12は、遅延手段としての調整用バッファ34を有しており、この調整用バッファ34に、IPドア端末装置16からデジタルネットワーク20を介して送信されてくる音声信号yが1パケットずつ順次入力され、記憶される。この調整用バッファ34もまた、IPドア端末装置16に設けられているものと同様、5パケット分の記憶容量を有しており、デジタルネットワーク20を含む伝送路のゆらぎの影響を吸収する作用を奏する。そして、この調整用バッファ34に記憶された5パケット分の音声信号yは、記憶された順番に従って1パケット分ずつ順次読み出され、さらに受信用バッファ36に入力され、詳しくは当該受信用バッファ36を含む受信手段としての受信回路に入力される。
【0024】
受信用バッファ36を含む受信回路は、IPドア端末装置16に設けられているものと同様、これに入力された音声信号yを受信用バッファ36に記憶しながら元の状態に復号化する。なお、受信用バッファ36は、3パケット分の記憶容量を有しており、この受信用バッファ36に記憶された音声信号yは、1パケットずつ順次読み出され、復号化される。そして、復号化された音声信号yは、減算手段としての加算器38に入力される。
【0025】
加算器38には、適応フィルタ32による処理後信号uも入力されており、当該加算器38は、この処理後信号uを音声信号yから減算する。そして、この加算器38による減算後の信号、つまり処理後信号uと音声信号yとの差を表す誤差信号eは、図示しない種々の回路を介して、PBX18に送られ、ひいてはIPドア端末装置16の相手方の携帯端末装置14に送られる。
【0026】
併せて、誤差信号eは、適応フィルタ32にフィードバックされる。適応フィルタ32は、この誤差信号eが最小になるように、言い換えれば当該適応フィルタ32による処理後信号uが音声信号yと等価(u=y)になるように、自身のフィルタ係数Wを適宜更新し、いわゆる適応動作する。
【0027】
ただし、適応フィルタ32に入力される音声信号x、言わば元の送信信号xと、当該適応フィルタ32による処理後信号uの減算対象となる音声信号y、要するにエラー成分を含む受信信号yと、の間には、図3に示すような位相差Tdがある。この位相差Tdは、主に上述した各バッファ30,50,52,54,34および36による遅延時間に起因し、つまり合計20パケット分の時間に相当する。従って、マルチインタフェースユニット12からIPドア端末装置16に対してデジタルネットワーク20越しのエコーキャンセルを実現するには、この遅延時間(位相差)Tdを考慮する必要がある。
【0028】
そこで、本実施形態における適応フィルタ32は、図4に示すように、自身に入力される送信信号xのうち、現時点tpから遅延時間Tdを考慮した所定の期間Tiに対応する部分については、適応処理の対象外とし、この所定期間Tiを経過した(言い換えれば現時点tpから所定期間Ti分だけ過去に遡った)時点tsから自身のタップ長に応じた期間Taに対応する部分のみを対象として、適応処理を行う。つまり、適応処理の対象となる部分を絞る。これにより、適応フィルタ32は、適応対象外期間Tiと適応対象期間Taとを足し合わせた期間(=Ti+Ta)分のタップ長を言わば擬似的に有することになり、当該擬似的には現時点tpから遅延時間Td経過後の長期間(=Ti+Ta>Td)にわたって送信信号xを適応処理するのと等価な結果を得ることができる。ゆえに、マルチインタフェースユニット12からIPドア端末装置16に対してデジタルネットワーク20越しであっても実用的なエコーキャンセルが可能となる。
【0029】
なお、このようなデジタルネットワーク20を有する駅通信システム10においては、上述したゆらぎによって、図4に破線で示すように、受信信号yの送信信号xに対する相対的な位相が変化する。従って、適応対象期間Ta(適応フィルタ34のタップ長)については、このゆらぎによる位相の変化分を加味して多少の余裕を持つことが必要とされる。また、ゆらぎによって、現時点tpから遅延時間Tdに相当する期間が経過する前に(図4において左側寄りに)、エコー成分を含む受信信号yが現れる場合もあるので、適応対象外期間Tiについては、当該遅延時間Tdよりも小さめ(Ti<Td)に設定するのが、望ましい。具体的には、次の通りである。
【0030】
即ち、本実施形態における本線としてのデジタルネットワーク20は、光回線等の広帯域の伝送路であり、例えば128kbps(キロビット毎秒)超の容量を持つ。そして、このデジタルネットワーク20とマルチインタフェースユニット12とを結ぶ線路もまた、同様の広帯域伝送路である。これに対して、デジタルネットワーク20とそれぞれのIPドア端末装置16とを結ぶ支線については、当該それぞれのIPドア端末装置16の設置環境によって、広帯域の伝送路であるものもあれば、容量が64kbps未満の狭帯域の伝送路であるものもあり、さらには、64kbps以上かつ128kbps以下の中帯域の伝送路であるものもある。マルチインタフェースユニット12は、相手方のIPドア端末装置16(支線)の伝送路容量に合わせてパケット通信を行う。例えば、当該相手方のIPドア端末装置16の伝送路容量が広帯域である場合には、広帯域でパケット通信を行い、相手方のIPドア端末装置16の伝送路容量が中帯域である場合には、中帯域でパケット通信を行う。そして、相手方のIPドア端末装置16の伝送路容量が狭帯域である場合には、狭帯域でパケット通信を行う。それぞれのIPドア端末装置16の伝送路容量がいずれであるのかは、マルチインタフェースユニット12側で予め設定(認識)されているので、このような伝送路容量の自動的な切り換えが可能となる。
【0031】
ここで、例えば、広帯域でパケット通信が行われる場合には、図5に示すように、送信信号xおよび受信信号yのサンプリング周波数が、16kHzに設定される。そして、1パケット当たりのデータ量が、8ms相当分とされ、ゆえに、遅延時間Tdは、20パケット分の160msとなる。このうち、IPドア端末装置16側の調整用バッファ50とマルチインタフェースユニット12側の調整用バッファ34とによる言わば調整遅延分は、10パケット分の80msである。そして、適用対象期間Taは、適応フィルタ34のタップ長によって決まり、例えば32msとされている。一方、適応対象外期間Tiは、適用対象期間Taと遅延時間Tdと上述したゆらぎとを加味して定められ、経験や実験結果から、例えば134.375msに設定される。なお、この適用対象外期間Tiは、ゆらぎの程度を含む種々の状況に応じて任意に変更可能とされている。
【0032】
また、中帯域でパケット通信が行われる場合には、サンプリング周波数が、例えば広帯域の場合の半分の8kHzに設定される。その一方で、1パケット当たりのデータ量は、広帯域の場合と同じ8ms相当分とされ、ゆえに、遅延時間Tdもまた、広帯域の場合と同じ160msとなる。そして、このうちの調整遅延分は、80msである。さらに、適応対象期間Taは、上述の如く適応フィルタ34のタップ長によって決まるので、サンプリング周波数が8kHzであることから、128msとなる。これに応じて、適応対象外期間Tiは、例えば112.5msとされる。
【0033】
そして、狭帯域でパケット通信が行われる場合、サンプリング周波数は、例えば中帯域の場合と同じ8kHzに設定される。その一方で、1パケット当たりのデータ量は、中帯域の場合の4倍の32ms相当分とされる。ゆえに、遅延時間Tdは、20パケット分の640msとなり、このうちの調整遅延分は、10パケット分の320msとなる。また、適応対象期間Taは、中帯域の場合と同じ128msとなり、適応対象外期間Tiは、例えば576msとされる。
【0034】
これらのサンプリング周波数を含むパラメータは、飽くまでも一例であり、これに限定されない。つまり、状況に応じて適宜に定められるのが、望ましい。
【0035】
以上のように、本実施形態によれば、マルチインタフェースユニット12から全てのIPドア端末装置16,16,…に対してネットワーク20越しのエコーキャンセルが実現される。従って、それぞれのIPドア端末装置16,16,…ごとにエコーキャンセル機能を搭載する必要はない。ゆえに、当該IPドア端末装置16,16,…を含む駅通信システム10全体の構成を簡素化することができ、併せて、その価格を低減することができる。このことは、IPドア端末装置16…の数が多いほど、顕著になる。
【0036】
なお、本実施形態においては、マルチインタフェースユニット12側の送信用バッファ30,調整用バッファ34および受信用バッファ36の各記憶容量を、それぞれ2パケット分,5パケット分および3パケット分としたが、これに限らない。これらのパケット数は、エコーキャンセル機能が適切に働くことを含め良好な通話が実現される範囲内(例えば過度な遅延等が生じない範囲内)で適宜に設定すればよい。このことは、IPドア端末装置16側の各バッファ50,52および54についても、同様である。また、送信信号xが経由する言わば送信側(往路側)のバッファ30,50および52の合計パケット数と、受信信号yが経由する受信側(復路側)のバッファ54,34および36の合計パケット数とを、互いに同じとしたが、相違してもよい。ただし、送受信間の通信バランスを考慮すれば、両者は同じであるのが、望ましい。さらに、IPドア端末装置16側の調整用バッファ50についても、結果的に、マルチインタフェースユニット12側の調整用バッファ34と同様の遅延手段として作用するが、この遅延手段として作用する別の調整用バッファをマルチインタフェースユニット12の送信側に設けてもよい。いずれにしても、エコーキャンセル機能が適切に働くことを含め良好な通話が実現されるように、各条件を適宜に設定することが、肝要である。
【0037】
また、本実施形態においては、駅通信システム10を構成するマルチインタフェースユニット12に本発明を適用する場合を例に挙げて説明したが、これに限らない。即ち、駅通信システム10以外の用途にも当該マルチインタフェースユニット12を適用することができるし、当該マルチインタフェースユニット12以外の装置にも本発明を適用することができる。つまり、互いに同じ空間に設けられた音情報出力手段および音情報検出手段がデジタルネットワークを介して接続される装置であれば、本発明を適用することができる。そして、デジタルネットワークは、有線に限らず、無線であってもよい。
【0038】
さらに、本実施形態で例示したエコーキャンセルは一種のシステム同定であるので、当該エコーキャンセルに限らず、例えば単にIPドア端末装置16側の空間の伝達関数を同定するのに、本発明を適用してもよい。これを応用すれば、遠隔地にあるコンサートホール等の任意の空間の伝達関数をデジタルネットワーク越しに同定することができ、ひいては当該任意の空間のイコライジング操作等をデジタルネットワーク越しに行うことができる。
【符号の説明】
【0039】
10 駅通信システム
12 マルチインタフェースユニット
16 IPドア端末装置
20 デジタルネットワーク
24 スピーカ
26 マイクロホン
32 適応フィルタ
34 調整用バッファ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1音信号に応じた第1音情報を出力する音情報出力手段と、該音情報出力手段と同じ空間に設けられており該第1音情報を含む該空間に存在する第2音情報を検出して該第2音情報に応じた第2音信号を生成する音情報検出手段と、がデジタルネットワークを介して接続されるネットワーク装置であって、
上記デジタルネットワークを介して上記第1音信号を上記音情報出力手段に送信する送信手段と、
上記デジタルネットワークを介して上記第2音信号を上記音情報検出手段から受信する受信手段と、
上記第2音信号を模擬した模擬信号を上記第1音信号に基づいて生成する適応フィルタ手段と、
を具備し、
上記第1音信号および上記第2音信号の一方または両方を遅延させる遅延手段をさらに備え、
上記適応フィルタ手段は上記第1音信号のうち上記遅延手段による遅延時間相当分を含む所定時間経過後の特定部分に基づいて適応動作する、
ネットワーク装置。
【請求項2】
上記遅延手段は上記第1音信号および上記第2音信号の両方を同じ時間にわたって遅延させる、
請求項1に記載のネットワーク装置。
【請求項3】
上記所定時間は任意に変更可能である、
請求項1または2に記載のネットワーク装置。
【請求項4】
上記デジタルネットワークを含む上記第1音信号および上記第2音信号の伝送路の容量に応じて上記所定時間を含むパラメータを設定するパラメータ設定手段をさらに備える、
請求項1ないし3のいずれかに記載のネットワーク装置。
【請求項5】
上記第2音信号から上記模擬信号を減算する減算手段をさらに備える、
請求項1ないし4のいずれかに記載のネットワーク装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−130145(P2011−130145A)
【公開日】平成23年6月30日(2011.6.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−286096(P2009−286096)
【出願日】平成21年12月17日(2009.12.17)
【出願人】(000223182)ティーオーエー株式会社 (190)
【Fターム(参考)】