説明

バイオレメディエーション方法

【課題】特別の微生物を投入することなく、多環芳香族炭化水素を含む全石油系炭化水素に対して、迅速な浄化処理を行うことができる土壌環境の維持を実現し、油汚染土壌を、より迅速に、しかも、より経済的に浄化処理することができるバイオレメディエーション方法を提供する。
【解決手段】油汚染土壌中の多環芳香族炭化水素ジオキシナーゼ遺伝子の濃度をモニタリングする工程、及び、上記遺伝子の濃度を特定の範囲となるように、上記土壌に微生物の成長促進剤を添加する工程、を含むことを特徴とする油汚染土壌のバイオレメディエーション方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、土壌の浄化方法に関し、より詳しくは、鉱油類等で汚染された油汚染土壌に微生物の成長促進剤を適用し、土壌を効率よく浄化するバイオレメディエーション方法に関する。
【背景技術】
【0002】
土壌汚染は、汚染物質が地下に浸透することから大気汚染や騒音等の他の公害と比べると体感しにくく、また、汚染源の特定や、汚染の程度、さらに人に及ぼす有害性の把握が難しいという特性がある。汚染物質が重金属類等の有害物質の場合は、土壌汚染により地下水や農用地へと汚染が拡がり、地域住民が気付きにくい形で健康被害を与える場合もあり、成分毎に環境基準が設けられている。土壌汚染の一つに、鉱油類を含む土壌によって油臭や油膜による生活環境保全上の支障を生じさせる、油汚染の問題がある。しかし、その原因物質である鉱油類は種類や成分が多様で、しかも環境中で性状も変化するため、油臭や油膜の程度を一律に捉えることが困難であるという特徴がある。このため、この場合は、鉱油類全体を人の感覚を基に総合的に捉え、油臭や油膜の有無を判定しており、重金属類の場合のような規制数値は設けられていない。なお、土壌汚染の原因物質である鉱油類には、ガソリン、灯油、軽油及び重油等の燃料油並びに機械油及び切削油等の潤滑油等が含まれる。
【0003】
これに対し、近年の環境問題に対する社会的関心の高まりもあって、油汚染土壌の問題も重要視されるようになり、環境省から発表された油汚染対策ガイドラインでは、油臭や油膜により、臭いや見た目での支障をきたすことを生活環境保全上の支障と定義しており、油汚染に対する判定は、次第に厳しいものとなってきている。このため、工場跡地等において、油汚染土壌に対する十分な浄化を行わないと土地の利用ができない場合も少なくない。
【0004】
一方、地下に広範囲にわたって浸透した汚染物である鉱油類等を土壌から取り除き、土壌を浄化することは、非常に困難である。汚染土壌に対する対策としては、新たな土壌への入れ換えや覆土や汚染土壌の除去、化学的な処理による土壌浄化が考えられるが、汚染範囲の特定は極めて難しく、特定できたとしても広範囲にわたり、大量の土壌を処理する必要があり、いずれにしても大掛かりな処理と莫大な費用がかかる。また、汚染土壌の入れ換えや覆土や除去は、根本的な問題の解決とはならないという問題もある。
【0005】
このような状況下、油汚染土壌を、できるだけ短時間で確実に、効率よく、しかも安価に浄化できる技術の確立が望まれている。このような中で、近年、広範囲の土壌に対して適用でき、物理的或いは化学的な処理に比べて処理コストが少なくてすみ、環境への影響も軽微であることから、微生物の有機物分解能を活用して土壌を浄化するバイオレメディエーション技術が注目されている。
【0006】
例えば、特許文献1には、油で汚染された土壌に、窒素源、リン源、ビタミン類及び金属類を供給し、微生物を活性化させる方法が開示されている。また、特許文献2には、被検微生物を投入した土壌中のDNA量を測定し、DNA量に基づいて求めたバクテリア数を指標として被検微生物を評価し、該方法でスクリーニングされた微生物を使用する土壌浄化方法が開示されている。
【0007】
前記したように、バイオレメディエーション方法には種々の利点があるが、微生物の生命活動を利用するため処理に時間がかかり、短期間の処理には不向きであるという問題や、処理能力が土壌環境に大きく影響を受け易く、効率のよい処理状態を安定に保持させることが極めて難しいといった問題がある。また、油汚染土壌に対して浄化能力を有する微生物は種々存在していると考えられるが、上記した特許文献2に記載されているように、微生物の油浄化能力を予め評価し、評価された微生物をスクリーニングして投入するといった方法では、評価等に多大な時間と労力を要するため、より迅速でより経済的な処理の開発が待望されている。
【0008】
これに対し、前記したように鉱油類は多様な成分を含み、極端に言えば成分ごとに浄化能力に優れた異なる微生物が存在し、微生物ごとにその活動を活性化できる薬剤は異なると考えられるが、特別の微生物を投入することなく、多環芳香族炭化水素を含む全石油系炭化水素に対して、迅速な浄化処理を行うことができる土壌環境を維持させる経済的な方法があれば、実用上、非常に有用である。
【0009】
【特許文献1】特開2007−268451号公報
【特許文献2】特開2007−135425号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従って、本発明の目的は、特別の微生物を投入することなく、多環芳香族炭化水素を含む全石油系炭化水素に対して、迅速な浄化処理を行うことができる土壌環境を維持させることで、油汚染土壌を、より迅速に、しかも、より経済的な浄化処理を可能とするバイオレメディエーション方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的は以下の本発明により達成される。すなわち、本発明は、油汚染土壌に微生物の成長促進剤を添加して、該土壌を浄化するバイオレメディエーション方法であって、油汚染土壌中の多環芳香族炭化水素ジオキシゲナーゼ遺伝子の濃度をモニタリングする工程と、該遺伝子の濃度が特定の範囲となるように上記成長促進剤を添加する工程とを含むことを特徴とするバイオレメディエーション方法を提供する。
【0012】
上記バイオレメディエーション方法においては、前記油汚染土壌における全石油系炭化水素の濃度が、100mg/リットル以上であること、及び、前記モニタリングする工程において、前記油汚染土壌からDNAを抽出し、該抽出したDNAについてリアルタイムPCR法で多環芳香族炭化水素ジオキシゲナーゼ遺伝子を定量することが好ましい。
【0013】
また、前記成長促進剤が、アラニン及びアルギン酸塩を含むこと、リン酸根(PO43-)及びアンモニウム根(NH4+)を含むこと、並びに、上記成長促進剤のアラニンの含有量をA、アルギン酸塩の含有量をBとした場合に両者の比が、A:B=100質量部:5〜500質量部であることが好ましく、また、前記遺伝子の濃度が、前記土壌1cm3あたり1010コピー以上となった場合に前記成長促進剤の添加を止めることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、特別の微生物を投入することなく、多環芳香族炭化水素を含む全石油系炭化水素(以下、「TPH」と略す。)に対して、迅速な浄化処理を行うことができる土壌環境を維持させることができ、油汚染土壌を、より迅速に、しかも、より経済的に浄化処理できるバイオレメディエーション方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、好ましい実施の形態を挙げて、本発明を詳細に説明する。本発明者らは、年単位の時間はかかるものの、油汚染土壌を放置した場合であっても土壌浄化が進行することに着目した。この事実は、土壌中には、鉱油類で汚染された土壌に対して浄化能力を有する微生物が必ず生息していることを意味する。そこで、これら微生物の活動を活性化でき、その状態を持続できれば、単にそれだけで、特別の微生物を選択しなくとも浄化を促進できると考えた。そこで、まず、TPHの成分の中でも分解性が劣る多環芳香族炭化水素を例にとって、種々の化合物を土壌に混入させることで汚染土壌中の微生物を活性化できるか否かについて、下記のようにして検討を行った。
【0016】
本発明者らは、はじめに、実際に油汚染が確認された付近の土壌を採取し、これに多環芳香族炭化水素であるナフタレンを添加した土壌に、種々の化合物を添加し、それらの化合物が土壌中に残存するナフタレンの量に与える影響を測定した。具体的には、土壌にナフタレンを200ppmとなるように添加し、その土壌に所定量のアルギン酸ナトリウム、アラニン、リン酸二水素カリウム又は硫酸アンモニウムを添加して、30℃で4日間保った後、土壌中に残存するナフタレンの濃度を測定した。
【0017】
結果を図1〜図4に示した。これらの結果から、それぞれの化合物を添加することによって、土壌中のナフタレンの分解が確実に促進されること、また、その添加量(添加時の土壌中の濃度)によって、土壌中のナフタレンの分解の程度が異なることを見出した。さらに、これらの化合物を種々に組み合わせて検討を行った結果、効果がある化合物同士を組み合わせた場合に、必ずしも相乗効果が得られるわけではない一方で、著しい相乗効果が得られる組み合わせ、さらには添加比率が存在するとの知見を得た。
【0018】
これらの事実は、土壌中のナフタレンの分解を促進できる化合物、さらには、その効果をより顕著にできる複数の種類の化合物を土壌中に混入させれば、これらの化合物が土壌中に生息している微生物の成長促進剤として機能し、土壌浄化を促進させることができることを示している。その一方で、化合物をより少ない量で有効に機能させ、土壌浄化を迅速に行うことを可能とするためには、化合物の組み合わせや、その添加比率、さらには混入させるタイミングをコントロールすることが重要になると考えた。このためには、なんらかの方法で、対象とする土壌の生物学的な浄化能力を把握する必要が生じる。
【0019】
これに対し、本発明者らは、油汚染土壌に微生物の成長促進剤を添加するにあたって、土壌中の土壌汚染物質分解酵素の遺伝子濃度を、その土壌の土壌浄化能力を評価する指標として使用することを想到するに至った。そして、詳細な研究の結果、多環芳香族炭化水素(以下、「PAH」と略す。)ジオキシゲナーゼ遺伝子が、処理対象とする土壌の生物学的な浄化能力を把握するための指標として優れていることを見出し、本発明の完成に至った。すなわち、本発明のバイオレメディエーション方法は、油汚染土壌中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子の濃度をモニタリングする工程と、該遺伝子の濃度が特定の範囲となるように土壌に成長促進剤を添加する工程とを少なくとも有することを特徴とする。以下、本発明のバイオレメディエーション方法を構成する各工程、及び、使用する成長促進剤等について詳細に説明する。
【0020】
本発明のバイオレメディエーション方法の適用対象である油汚染土壌とは、わが国の中央環境審議会による「油汚染対策ガイドライン」で使用されているものと同じ意味であり、油とは鉱油類のことを意味する。この鉱油類には、ガソリン、灯油、軽油及び重油等の燃料油並びに機械油及び切削油等の潤滑油が含まれる。
【0021】
本発明のバイオレメディエーション方法を適用する、油汚染土壌中における油の濃度に特に制限はないが、従来より、バイオ処理を適用することが好ましいとされる濃度のものであれば、本発明方法によって処理することができる。一般的に、土壌中の油分の濃度をTPHとして定量したときに、土壌中のTPH濃度が100mg/リットル以上であれば、バイオ処理が可能であるとされている。
【0022】
本発明を構成する油汚染土壌中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子の濃度をモニタリングする工程において必要となる、PAHジオキシゲナーゼ遺伝子の濃度の測定方法は、特に制限されないが、リアルタイムPCR方法を利用することが簡便である。
リアルタイムPCR方法は、PCRの増幅産物をリアルタイムでモニタリングして解析する方法である。リアルタイムPCR装置は市販のものを使用することができ、例としてLightCycler(登録商標;ロシュアプライドサイエンス社)を挙げることができる。
【0023】
本発明において、リアルタイムPCR方法を使用する場合、油汚染土壌からDNAを抽出し、その抽出したDNAについてリアルタイムPCR方法でPAHジオキシゲナーゼ遺伝子を定量することができる。土壌からのDNAの抽出は、市販のキットを使用することができる。このようなキットの例としては、ISOIL(株式会社ニッポンジーン)を挙げることができる。
【0024】
リアルタイムPCR方法には、DNA結合色素を使用する方法、ハイブリダイゼーションプローブを使用する方法及びTaqMan(登録商標)プローブを使用する方法等種々の変法があり、本発明においてはいずれの変法も好適に使用することができる。DNA結合色素の例としては、SYBR(商標)Green Iを挙げることができる。また、リアルタイムPCR方法に用いるプローブは、当業者に周知の配列(例えば、Kasugaら、Biochem. Biophys. Res. Commun., 2001, 283, 195-204を参照のこと。)に基づいて作製することができる。
【0025】
また、本発明に使用する微生物の成長促進剤は、微生物の成長を促進させる作用を有し、特に油汚染土壌中の鉱油類の分解に関与する微生物の成長を促進するものであれば、いずれのものも使用できる。複数の化合物を含む組成物は、それらの化合物を単独で使用した場合に比べて、相乗的に微生物の成長促進効果を発揮することがあり、このような組成物を使用することがより好ましい。このような相乗的な成長促進効果を発揮する組成物の例としては、本発明者らが本発明の検討過程で開発した、アラニン及びアルギン酸塩を含む組成物、又は、リン酸根(PO43-)及びアンモニウム根(NH4+)を含む組成物を挙げることができる。
【0026】
上記アラニンはアミノ酸の一種であり、市販のものを好適に使用することができる。
アルギン酸塩は、多糖の一種アルギン酸の塩である。アルギン酸は、褐藻の細胞壁から得られる天然物であり、β−D−マンヌロン酸とα−L−グルロン酸とからなるブロックコポリマーである。種々の重合度のアルギン酸塩が市販されているが、重合度が高いほど水に溶けにくく、また、水に溶かした際の粘性が増加して扱いにくくなるため、本発明のバイオレメディエーション方法に使用する場合、重合度は5〜1,000であることが好ましい。
【0027】
アルギン酸塩の種類としては、アルギン酸ナトリウム及びアルギン酸カリウム等のアルカリ金属塩、アルギン酸マグネシウム及びアルギン酸カルシウム等のアルカリ土類金属塩、並びにアルギン酸アンモニウム等を挙げることができるがこれらに限定されない。水溶性が高いことから、アルギン酸のアルカリ金属塩が本発明に好適に使用される。
【0028】
上記微生物の成長促進剤に使用できるリン酸根を含む化合物の例としては、リン酸三ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸三カリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸三カルシウム、リン酸一水素カルシウム、リン酸二水素カルシウム、リン酸三アンモニウム及びリン酸二水素アンモニウム等を挙げることができる。中でも、試薬コストが安価であるという理由から、リン酸三ナトリウム、リン酸二水素アンモニウム、リン酸二水素カリウム又はリン酸二水素ナトリウムを使用することが好ましい。
【0029】
一方、アンモニウム根を含む化合物の例としては、硫酸アンモニウム、リン酸三アンモニウム、リン酸水素二アンモニウム、リン酸二水素アンモニウム、炭酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウム、硝酸アンモニウム、酢酸アンモニウム及び塩化アンモニウム等を挙げることができる。中でも、試薬コストが安価であるという理由から、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム又はリン酸水素二アンモニウムを使用することが好ましい。
【0030】
上記微生物の成長促進剤は、上記した化合物の他に、酸素源となる化合物を含有してもよい。このような酸素源としては硝酸根(NO3-)を含む化合物を挙げることができ、具体的には硝酸ナトリウム、硝酸カリウム、硝酸マグネシウム、硝酸カルシウム、硝酸鉄及び硝酸アンモニウム等を例示することができる。中でも、試薬コストが安価であるという理由から、硝酸ナトリウム、硝酸カリウム又は硝酸アンモニウムを使用することが好ましい。
【0031】
上記微生物の成長促進剤がアラニン及びアルギン酸を含む場合、両者の比は、アラニンの含有量をA、アルギン酸塩の含有量をBとしたときにA:B=100質量部:5〜500質量部であることが好ましい。A100質量部に対し、Bが5質量部より少ない場合、アラニンとアルギン酸塩との相乗効果が弱くなる。同様に、A100質量部に対し、Bが500質量部より多い場合も、アラニンとアルギン酸塩との相乗効果が弱くなり、好ましくない。
【0032】
上記微生物の成長促進剤が、酸素源として硝酸根を含む化合物をさらに含有する場合、当該硝酸根(NO3-)の含有量Cは、A100質量部に対し、2,000質量部以下であることが好ましく、5〜300質量部であることがより好ましい。A100質量部に対し、Cを2,000質量部より多くしても、更なる効果が認められず、経済性の点でも好ましくない。
【0033】
上記微生物の成長促進剤は、アラニン、アルギン酸、硝酸根、リン酸根及びアンモニウム根の全てを含有する場合、これらの化合物の相乗効果により、特に顕著な微生物の成長促進効果を発揮することができる。
【0034】
上記成長促進剤の油汚染土壌への適用方法は、固体の粉末として土壌に散布してもよいが、水溶液とすれば土壌に均一に適用することができるので、より効果的である。
【0035】
上記成長促進剤を油汚染土壌に適用する場合、散水器等で土壌表面に撒いてもよいが、土壌の油汚染は地下に浸透し、場合によっては地下深くまで達していることが多いため、本発明のバイオレメディエーション方法の適用範囲内に井戸を設置し、この井戸から、成長促進剤水溶液を浸透させるようにすることが好ましい。井戸の深さは、土壌汚染の程度や油の浸透状況、適用する土壌の地質や地下水の水位等によって決定する必要がある。井戸の深さが深くなると、井戸の掘削及び設置に要する費用が高額となることは勿論、無用に深くすると、必要のない範囲まで成長促進剤を浸透させ、薬剤にかかる費用も増大して経済的な処理ができなくなる場合がある。このため、事前に、サンプリングした土壌中のTPH量を測定することで、適用する土壌における油の深さ方向も含めた分布状態を確認し、これに基づいて井戸の深さや井戸を掘る位置を決定することが有効である。
【0036】
また、上記成長促進剤の土壌への適用量は、土壌に含まれる汚染物質の量や土壌中に生息している微生物の量、当該成長促進剤の適用の頻度等により変動するが、1回当たり適用対象土壌の質量の0.5ppm〜1,000ppm程度となる量が好ましい。0.5ppmより少ない場合、成長促進剤を土壌に混入させても微生物に及ぼす効果が少なく、PAHジオキシゲナーゼ遺伝子の濃度を迅速にコントロールすることができないおそれがある。一方、1,000ppmより多く投与しても、微生物の活性を向上させる効果への寄与が少なく、費用対効果が低下し、処理の経済性を損なうおそれがある。なお、当該成長促進剤を水溶液として使用する場合、濃度が薄すぎると全量が土壌に浸透するまでに時間がかかり過ぎ、濃すぎると微生物に悪影響を及ぼすことも考えられるので、迅速に浸透でき、成長促進剤が土壌中に均一に分布できる濃度に調整して使用することが好ましくない。
【0037】
井戸により成長促進剤水溶液を土壌に適用する場合、成長促進剤水溶液が適用される土壌の体積(適用範囲)は、井戸の深さ、土壌の地質及び飽和層厚等によって変動し、適用範囲を決定することは困難であるが、便宜上の例として以下の式1から計算されるように、飽和層において井戸を中心とする半径5m以内と仮定することができる。
[式1]適用範囲(m3)=飽和層厚(m)×5(m)×5(m)×π
【0038】
本発明のバイオレメディエーション方法では、モニタリングする工程で測定されるPAHジオキシゲナーゼ遺伝子の濃度が、特定の範囲となるように、土壌に上記成長促進剤を添加する。本発明の主たる技術的な特徴は、PAHジオキシゲナーゼ遺伝子の濃度が、適用する土壌に生息している微生物の土壌浄化能力を評価する指標となることを見出した点にある。本発明において使用するPAHジオキシゲナーゼ遺伝子の濃度範囲の数値自体は、適用する土壌の汚染状態や、生息している微生物の種類等によって変動すると考えられる。したがって、処理前に、適用土壌中のTPH量や、PAHジオキシゲナーゼ遺伝子の濃度の測定、さらには、適用土壌に成長促進剤を添加したときのPAHジオキシゲナーゼ遺伝子濃度の変化の傾向等について検討を行った上で、最適な範囲を決定すればよい。
【0039】
油汚染土壌中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子の濃度範囲の上限値として、例えば、土壌1cm3あたり1010コピーを挙げることができる。本発明のバイオレメディエーション方法の実施において、PAHジオキシゲナーゼ遺伝子数をモニタリングしながら、当該遺伝子の濃度が土壌1cm3あたり1010コピー以上となった場合に、成長促進剤の添加を止めることにより、土壌への成長促進剤の過剰な添加を防ぐことができ、経済的な土壌浄化が可能となる。
【0040】
また、油汚染土壌中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子濃度が特定の上限値と下限値の間の範囲となるように、成長促進剤の添加を制御することもできる。
ここで「上限値」は、土壌中の微生物による汚染物質の浄化能力を向上させる程度が上限に近いと考えられる土壌中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子濃度をいう。油汚染土壌中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子の濃度をこの上限値よりも高くするために、さらに成長促進剤を添加したとしても、PAHジオキシゲナーゼ遺伝子の濃度を迅速に増大させることは難しく、微生物の成長促進剤の使用量を無用に増大させ、経済的な処理ができなくなる。このような上限値は、油汚染土壌の汚染度や生息している微生物の種類や地質等により変動するが、例として土壌1cm3あたり109又は1010コピーを挙げることができる。
【0041】
一方、「下限値」とは、微生物による汚染物質の浄化能力が低く、その値のままであると、処理ができたとしても、通常、処理に年単位の期間がかかる、土壌中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子濃度をいう。本発明で使用する成長促進剤を使用すれば、PAHジオキシゲナーゼ遺伝子濃度が増大し、同様の浄化処理を数ヶ月単位で行うことができることがわかっている。本発明は、この浄化処理の際に、成長促進剤を効率的に使用し、より迅速な処理を達成することを目的としているが、そのためには、適用土壌中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子の濃度が、成長促進剤を添加した場合にどの程度増大するか、さらには、増大した場合に処理対象の多環芳香族炭化水素がどのように減少するか等の事前検討を行った上で、「下限値」及び前記した「上限値」を決定するとよい。
【0042】
このようにして油汚染土壌中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子の濃度の下限値を決定し、この値よりも低い場合に、土壌の汚染物質の浄化能力が低くなったと判定し、土壌に微生物の成長促進剤を添加して浄化能力を活性化すれば、より迅速な処理が可能になる。下限値は、油汚染土壌の汚染度や地質等により変動するが、例として、土壌1cm3あたり106コピー又は107コピーを挙げることができる。
【0043】
本発明のバイオレメディエーション方法では、モニタリングする工程で測定されるPAHジオキシゲナーゼ遺伝子の濃度が、上記したような方法で決定した特定の範囲となるように、土壌に成長促進剤を添加するように構成することができる。具体的には、浄化処理中における土壌中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子の濃度を適当な時間毎に測定し、当該遺伝子の濃度が土壌1cm3あたり1010コピー以上となった場合に、成長促進剤の添加を止めるようにする。
【0044】
また、変法として、上記遺伝子濃度が特定の上限値と下限値との間にある場合、その時点における土壌の浄化能力は適正であると判断し、成長促進剤の添加は行わないようにする。しかし、当該遺伝子濃度が、その前に測定した濃度と比較して急激な減少(例えば、10分の1)を示した場合には、浄化処理能力の急激な減少が予想されるため、上記範囲内であったとしても土壌に成長促進剤を添加することが好ましい。このようなPAHジオキシゲナーゼ遺伝子の特定濃度範囲の例として、土壌1cm3あたり106〜109コピーを挙げることができる。
【実施例】
【0045】
以下、実施例及び比較例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0046】
[実施例1]
<微生物の成長促進剤の土壌への適用>
工場跡地に深さ10mの井戸を掘削し、そこに側壁に多数の小孔を有する呼び径50mm、長さ10mの硬質塩化ビニル管を鉛直方向に埋めて、深さ10mの微生物の成長促進剤水溶液注入用の井戸を設置した。
【0047】
地質調査の結果、深度6m〜10mが飽和層であった。このため、成長促進剤水溶液の浸透範囲を飽和層(層厚4m)において井戸から半径5m以内と仮定すると、成長促進剤の適用対象土壌は約314m3と計算される。
成長促進剤の土壌への適用は、後述の組成の成長促進剤水溶液を、1週間の間隔をあけて計4回井戸に注入することにより行った。
【0048】
<微生物の成長促進剤の調製>
微生物の成長促進剤水溶液は、500リットル程度の広口のタンクを用いて調製した。1回の注入に使用した成長促進剤水溶液の組成は以下の通りである。
酸素源:硝酸ナトリウム 675g
成長促進物質:アラニン 6,675g、アルギン酸ナトリウム 675g
水:942リットル
上記成長促進剤の質量は8,025gである。適用対象土壌の密度を1.5g/cm3と仮定すると適用対象土壌の質量は約4.7×105kgであるので、上記成長促進剤は質量比で適用対象土壌の約17ppmである。
なお、アルギン酸ナトリウムは、ナカライテスク株式会社製(商品コード:31130-95、重合度約450)を使用した。
【0049】
<土壌試料の採取>
1回目の成長促進剤水溶液の注入前及び1回目の成長促進剤水溶液の注入から71日後(4回目の注入から50日後)に、注入用井戸から半径5m以内の試験区内の任意の5地点から土壌試料を採取した。これらの土壌試料について、以下の手順により、PAHジオキシゲナーゼ遺伝子及び全石油系炭化水素を定量した。また、試験区において、嗅覚(油臭)及び視覚(油膜)による土壌汚染の評価を行った。
【0050】
<PAHジオキシゲナーゼ遺伝子の定量>
土壌DNA抽出キット ISOIL(株式会社ニッポンジーン)を用いて、1gの土壌試料からDNAを抽出し、DNA試料を得た。次いで、当該DNA試料に含まれるPAHジオキシゲナーゼ遺伝子の数をリアルタイムPCR法により求めた。すなわち、既知量のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子についてPCRを行いながら、増幅過程の蛍光強度値を測定し、補正蛍光強度値を得(図5)、そのデータに基づいて検量線を作成した(図6)。次いで、上記DNA試料についても同様にPCRを行いながら蛍光強度値を測定し、検量線からDNA試料に含まれるPAHジオキシゲナーゼ遺伝子の数を求めた。
【0051】
上記リアルタイムPCR法では、PAHジオキシゲナーゼ遺伝子に特異的な配列に対するプライマーを用いた。フォワードプライマーとしては以下の配列
配列番号1:5’−TGYCGBCAYCGBGGSAWG−3’
を持つものを使用し、リバースプライマーとしては、
配列番号2:5’−CCAGCCGTRRTARSTGCA−3’
を持つものを使用した。プライマーDNA鎖の合成は、シグマアルドリッチジャパン社に委託した。
なお、上記配列中、YはC又はTを意味し、BはG、C又はTを意味し、SはG又はCを意味し、WはA又はTを意味し、RはG又はAを意味する。
【0052】
リアルタイムPCR法に用いた反応溶液は、以下の組成の試薬を蒸留水で50μlにメスアップして調製した。
・SYBR(R) Premix Ex TaqTM(Perfect Real Time)(2×)(TaKaRa Ex Taq HS、dNTP混合物、Mg2+及びSYBR Green Iを含む;タカラバイオ社):25μl
・既知量のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子
・フォワードプライマー(配列番号1):20pmol
・リバースプライマー(配列番号2):20pmol
【0053】
なお、上記反応溶液として、PAHジオキシゲナーゼ遺伝子を含まないもの、並びに、PAHジオキシゲナーゼ遺伝子を10コピー、102コピー、103コピー、104コピー、105コピー及び106コピー含む反応溶液をそれぞれ2つずつ調製し、検量線作成のためのリアルタイムPCRに使用した。
【0054】
PCRは、以下の(1)熱変性工程の後、工程(2)〜(4)を60サイクル行い、最後に(5)の伸長工程を行った。蛍光強度は、(3)のアニーリング工程において励起波長494nm、検出波長521nmを用いて測定した。
(1)熱変性工程:95℃、120秒間
(2)熱変性工程:95℃、45秒間
(3)アニーリング工程:55℃、60秒間
(4)伸長工程:72℃、45秒間
(5)伸長工程:72℃、45秒間
PCR反応のサーマルサイクラーは、iCycler(バイオ・ラッド ラボラトリーズ株式会社)を使用した。
【0055】
PAHジオキシゲナーゼ遺伝子を含む6種の反応溶液について得られた蛍光強度値からPAHジオキシゲナーゼ遺伝子を含まない反応溶液の蛍光強度値を引いて、補正蛍光強度値を求めた。すなわち、補正蛍光強度値は、以下の式2から求められる。
[式2]
補正蛍光強度値=PAHジオキシゲナーゼ遺伝子を含む反応溶液の蛍光強度値−PAHジオキシゲナーゼ遺伝子を含まない反応溶液の蛍光強度値
【0056】
PCRのサイクル数を横軸としたグラフに、補正蛍光強度値をプロットした図を図5に示す。
ここで、補正蛍光強度値が0.5となるPCRのサイクル数を各反応溶液のCt値(Threshold Cycle)とし、上記6種の反応溶液についてCt値の平均値を求めた。各溶液中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子のコピー数を縦軸とした片対数グラフに当該Ct値の平均値をプロットし、最小二乗法により検量線を作成した。この結果、R2=0.9991の非常に相関のよい検量線が得られた。この図を図6に示す。
【0057】
次に、前記PCR反応溶液中、既知量のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子に代えて前記土壌試料から得たDNA試料を用いてリアルタイムPCRを行い、Ct値を求めた。このCt値を上記検量線に当てはめ、試料中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子のコピー数を算出した。算出したコピー数を表1に示す。
【0058】
<TPHの定量>
土壌試料中のTPH量は、水素炎イオン化検出器付ガスクロマトグラフ(GC−FID)法により測定した。具体的には、10gの土壌試料を三角フラスコに入れ、これに二硫化水素30mlを加え、十分に振とうした後、抽出液を得、GC−FID法で抽出液の測定を行い、土壌試料中のTPH濃度を算出した。その値を表1に示す。表1に示す結果より、実験開始前には1,628 mg/kg あった土壌中のTPH濃度が、実験開始から71日後には374 mg/kgと4分の1以下にまで減少していることが理解される。
【0059】
また、成長促進剤の注入により土壌の油臭及び肉眼による油膜の存在が改善されていることが明らかとなった。
これらの結果から、油汚染土壌に本発明のバイオレメディエーション方法を適用することにより、当該土壌中のTPH濃度を減少させ、土壌汚染の程度を改善し得ることが明らかとなった。
【0060】

【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明によれば、特別の微生物を投入することなく、多環芳香族炭化水素を含む全石油系炭化水素に対して、迅速な浄化処理を行うことができる土壌環境を維持し、油汚染土壌を、より迅速に、しかも、より経済的に浄化処理できるバイオレメディエーション方法が提供される。本発明を工場跡地等の油汚染土壌に適用することで、より経済的かつ迅速な土壌浄化が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】アルギン酸ナトリウムを添加した土壌でのナフタレンの分解量を示すグラフである。
【図2】アラニンを添加した土壌でのナフタレンの分解量を示すグラフである。
【図3】リン酸二水素カリウムを添加した土壌でのナフタレンの分解量を示すグラフである。
【図4】硫酸アンモニウムを添加した土壌でのナフタレンの分解量を示すグラフである。
【図5】検量線作成のため、既知量のDNAを用いてリアルタイムPCRを行い、得られた補正蛍光強度値を示す。
【図6】リアルタイムPCRでPAHジオキシゲナーゼ遺伝子を定量するための検量線を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
油汚染土壌に微生物の成長促進剤を添加して、該土壌を浄化するバイオレメディエーション方法であって、上記土壌中の多環芳香族炭化水素ジオキシゲナーゼ遺伝子の濃度をモニタリングする工程と、該遺伝子の濃度が特定の範囲となるように上記土壌に成長促進剤を添加する工程とを含むことを特徴とするバイオレメディエーション方法。
【請求項2】
前記油汚染土壌における全石油系炭化水素の濃度が、100mg/リットル以上である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記モニタリングする工程において、前記油汚染土壌からDNAを抽出し、該抽出したDNAについてリアルタイムPCR法で多環芳香族炭化水素ジオキシゲナーゼ遺伝子を定量する請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記成長促進剤が、アラニン及びアルギン酸塩を含む請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記成長促進剤が、リン酸根(PO43-)及びアンモニウム根(NH4+)を含む請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記成長促進剤のアラニンの含有量をA、アルギン酸塩の含有量をBとした場合に両者の比が、A:B=100質量部:5〜500質量部である請求項4に記載の方法。
【請求項7】
前記遺伝子の濃度が、前記土壌1cm3あたり1010コピー以上となった場合に前記成長促進剤の添加を止める請求項1に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−195821(P2009−195821A)
【公開日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−39719(P2008−39719)
【出願日】平成20年2月21日(2008.2.21)
【出願人】(306022513)新日鉄エンジニアリング株式会社 (897)
【出願人】(000156581)日鉄環境エンジニアリング株式会社 (67)
【Fターム(参考)】