説明

パンタグラフの架線接触力制御方法

【課題】 パンタグラフのすり板と架線との接触力の変動を低減できるようにする。
【解決手段】 架線に接触して架線より強制変位yを受けるパンタグラフのすり板を含む接触マス49の質量mを、所要のばね機構50を介して支持し、更に、アクティブ制御用のアクチュエータ51にて制御力fを加えることができるようにしてある制御対象マス48の質量mについての運動方程式をたてる(S1)。この運動方程式における制御対象マス48の慣性項、減衰項、ばね項のうち、慣性項が小さくなるような制御力fを求める(S2)。求められた制御力fにより、制御対象マス48の質量mを制御する(S3)。これにより、制御対象マス48の質量mの変位yaを、すり板を含む接触マス49の質量mが架線より受ける強制変位yと振幅、位相共に等しくなるようにさせる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気車両におけるパンタグラフのすり板と架線との接触力を制御するために用いるパンタグラフの架線接触力制御方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鉄道の電気車両に架線(トロリ線)より集電を行うために装備されるパンタグラフとしては、上下方向に伸縮変形できるようにしてある菱形の枠体の頂部に、左右方向に所要寸法延びる集電用舟体を備えてなる形式の伸縮式のパンタグラフや、上下方向に屈伸(伸縮)できるようにしてあるくの字型のアームの頂部に、上記と同様の集電用舟体を備えてなるシングルアーム形式のパンタグラフが一般的に使用されてきている。これらのパンタグラフでは、上記菱形の枠体あるいはくの字型アームを、それぞれスプリング等により所要の力で上方へ伸ばすように変形させることにより、頂部に取り付けてある集電用舟体を上昇させて、該集電用舟体の上面側に板ばね等のばね機構を介在させて取り付けてあるすり板を、架線の下面側に接触させるようにしてあり、上記電気車両の走行時には、上記すり板を架線の下面と摺動させることにより、上記架線から走行中の電気車両へ継続的な給電を行なうことができるようにしてある。
【0003】
又、近年では、たとえば、新幹線等の高速走行を行う電気車両用のパンタグラフとして、車両の屋根上にリフト用のシリンダを上向きに設置し、該リフト用シリンダの作動ロッドに、上下方向の1本のマストを取り付け、該マストの頂部に、上記と同様に上面側にすり板を具備し且つ翼型としてなる集電用舟体(翼型集電体)を取り付けた構成として、上記リフト用シリンダにて、上記マストと一緒に上記翼型集電体を垂直方向に昇降させることで、該翼型集電体の上面側のすり板を架線の下面に接触、摺動させるようにしてある直動式のパンタグラフも用いられるようになってきている。
【0004】
ところで、電気車両へ電力供給を行うための架線設備の一般的な構成は、図7にその一例の概略を示す如く、レール(図示せず)沿いに、所要間隔、たとえば40〜50m間隔で支持ポール1を立設し、該各支持ポール1間に吊架線2を架け渡し、レール上方における架線(トロリ線)3を配設すべき所要高さ位置よりも所要寸法高い位置に、補助吊架線4がレールに沿わせて配設してある。該補助吊架線4の長手方向所要間隔、たとえば、8〜10m間隔の多数個所に、上記吊架線2におけるそれぞれ対応する個所より吊り下ろしたドロッパ5の下端を接続して吊架線2に補助吊架線4を支持するようにしてある。更に、上記補助吊架線4の下方位置の上記架線配設位置に、レールに沿って延びるよう架線3を配設し、該架線3の長手方向所要間隔、たとえば、4.5〜5m間隔の多数個所を、その上方に位置する上記補助吊架線4から吊下げたハンガ6を介して支持するようにして、上記架線3を、ハンガ6、補助吊架線4、ドロッパ5、吊架線2を介して上記支持ポール1に支持させるようにしてある。なお、7は上記架線3を補助吊架線4と共に曲線引きして支持ポール1に支持させるための曲線引装置である。
【0005】
このように、上記架線設備においては、架線3を、ハンガ6、補助吊架線4、ドロッパ5、吊架線2を介在させて各支持ポール1に支持させるようにしてある構造上、上記架線3は、長手方向における各部分ごとに位置固定される強度に変化が生じている。すなわち、上記架線3は、吊架線2の固定されている各支持ポール1の近傍では位置固定が比較的強固に行われて、上下方向への変位が抑えられているのに対し、隣接する支持ポール1同士の中間部付近では、吊架線2の位置が比較的変位し易いことに伴って、架線3の位置固定の度合が低下していて、上下方向へ撓み易くなっている。又、架線3自体は、各ハンガ6を介して補助吊架線4より支持されているので、各ハンガ6の取付個所よりも、隣接するハンガ6取付個所間の中間部の方が、上下方向に撓み易くなっている。更には、補助吊架線4は各ドロッパ5を介して吊架線2より支持されているので、各ドロッパ5の接続個所よりも、隣接するドロッパ5の接続個所同士の中間部の方が上下方向に撓み易いというような変化が生じている。
【0006】
そのために、電気車両のパンタグラフのすり板を、集電を行うために架線3の下面に接触、摺動させるときには、上記すり板を架線3の下面に接触させる(押し当てる)ためにパンタグラフ側より付与される力が、該すり板を介して上記架線3を上方へ押し上げようとする力として伝えられるようになるが、上述したように該架線3では、長手方向における隣接する各支持ポール1の径間距離、ハンガ6間距離、更にはドロッパ5間距離等に応じて周期的に撓み易さが変化しているため、この撓み易さの異なる各部分ごとに、パンタグラフのすり板が下面側に接触されるときに架線3が上方へ押し上げられて変位させられる量に変化が生じ、このために、レール上方における架線3の高さ位置は一定ではなく長手方向に周期的に変化されることとなる。
【0007】
そこで、上記した如き従来のパンタグラフでは、集電用舟体(翼型集電体)をスプリングやリフト用シリンダにより所要の力で上向きに付勢しながら弾性的に保持すると同時に、上記集電用舟体の上面とその上側に設けられるすり板との間に、板ばね等のばね機構を介在させることにより、該すり板が、電気車両の走行時にも上記架線3の長手方向の高さ位置の不整に追従して上下方向へ位置変動できるようにしていた。したがって、パンタグラフのすり板と架線3との接触力は、上記架線3の不整に応じてパッシブに制御されていた。
【0008】
しかし、上記のようにすり板と架線3との接触力を、架線3の長手方向の高さ位置の不整に応じてパッシブに制御させる場合は、架線3の高さ位置の不整に追従して上下方向へ往復動(振動)させられるすり板の振動周期が比較的長いとき、すなわち、電気車両の走行速度が比較的遅いときには、架線3の高さ位置の不整に対するすり板の追従性を確保できるが、電気車両の走行速度が高速化して、架線3の長手方向の周期的な高さ位置の不整に追従して上下に振動されるすり板の振動周期が早くなると、すり板が架線3の高さ位置の不整に追従しきれなくなる虞が生じる。そのために、たとえば、時速300km/hを超えるような高速走行する電気車両への適用は困難である。
【0009】
なお、上記すり板の架線3に対する押し付け力を大きくすれば、電気車両の走行速度が高速化しても、架線3の高さ位置の不整に対するすり板の追従性を向上させることができると考えられるが、このようにすり板の架線3に対する押し付け力を大きくしてしまうと、摺動面となるすり板の上面と架線3の下面の消耗が大きくなり、このため、すり板及び架線3の寿命が短くなってしまうという問題が生じる。更に、すり板の上下の振動に伴って、該すり板より架線3に作用する押し付け力が過大になると、該架線3の断線に繋がる虞も懸念される。そのために、パンタグラフにおけるすり板の架線3に対する押し付け力は、上記架線3の長手方向における高さ位置の周期的な不整に伴って振動されるすり板と、架線3との接触力が最も大きくなる時点を基準として上限を設定する必要があり、このため、すり板に付与する架線3への押し付け力をあまり高めることができないのが実状である。
【0010】
更に、架線3の長手方向における高さ位置の周期的な不整に起因してすり板が上下に振動されているときに、振動されるすり板が、慣性により一時的に架線3に対する押し付け力がゼロになって、該すり板が架線3から離線するようになると、電気車両への給電が一時中断されるようになるため、電力供給が不安定になる虞が生じると共に、離線に伴ってアークが発生して架線3やすり板が摩耗したり、損傷を受ける虞もある。
【0011】
更に又、近年では、鉄道の車両編成として、パンタグラフを備えた電気車両を、1編成当り1両のみとすることも提案されるようになってきており、このように、電気車両を1編成当り1両とした場合には、パンタグラフのすり板の架線3からの離線は、直接、その編成の列車に対する電力供給の中断につながるという問題が生じるようになる。
【0012】
そのため、パンタグラフのすり板と架線3との接触力は、常時所定の範囲内となるよう適正に制御することが望まれてきている。近年では、たとえば、図8に示す如く、車両の屋根8の上側に、上向き配置としてある前後2本1組の位置シリンダ機構9の下端部を、機構固定座10を介し取り付け、該各位置シリンダ機構9の作動ロッド9aの先端部に、上下方向に伸縮できるようにしてある力シリンダ機構11のヘッド側となる固定筒体11aを、固定部材10aを介し取り付け、更に、上記力シリンダ機構11のロッド側となる可動筒体11bの先端部(ロッド側端部)に、支持碍子12を介して翼型の集電用舟体(翼型集電体)13を取り付け、且つ該翼型集電体13の上面に、架線3と接触させるためのすり板14を、図示しないばね機構(微動ばね)を介在させて備えてなる構成としてある直動式のパンタグラフにおいて、すり板14と架線3の接触力をアクティブ制御する手法がいくつか提案されている。
【0013】
この種の直動式パンタグラフにおけるすり板の架線接触力をアクティブ制御する手法の1つとしては、図9に示す如く、図8に示したと同様の構成としてある直動式のパンタグラフにおける力シリンダ機構11の可動筒体11bと、その上側に取り付ける支持碍子12との間に、3軸ロードセル15を設けてなる構成とし、上記位置シリンダ機構9により、力シリンダ機構11と一緒にその上方に取り付けられている翼型集電体13のすり板14を、架線3の下面に接するよう所要の高さ位置に配置した状態にて、一般に、直接の制御対象であるすり板14と架線3の接触力は、架線電位が高いために観測不可能であるが、2Hz以下の周波数帯域では上記すり板14と架線3の接触力と、上記ロードセル15の検出力がほぼ等しいことに着目して、ロードセル15の検出力をその目標値に追従させることで間接的に上記すり板14の架線3との接触力を制御させるようにしたものがある。具体的には、上記力シリンダ機構11上に設けてある3軸ロードセル15より出力される力信号値と上記力シリンダ機構11の発生力目標値との偏差を小さくして、これにより、力シリンダ機構11におけるシリンダの摩擦力や架線3の位置変動等の架線外乱を抑圧して制御系を安定化させるようにするフィードバック力制御と、上記力シリンダ機構11の発生力目標値に対して上記3軸ロードセル15にて検出される力信号値を希望の過渡応答特性で追従させるフィードフォワード制御とを、同時に達成するよう2自由度制御器構造による接触力制御系のアクティブ制御を行うようにしてある。更に、上記力シリンダ機構11におけるヘッド側とロッド側の差圧力を観測した観測値に基づいて、上記接触力制御系におけるフィードバック制御と同様に油圧系の非定常性、非線形性の補償を行うことができるようにするためのフィードバック制御と、フィードフォワード制御を同時に達成する2自由度制御器構造により、上記力シリンダ機構11における差圧力制御系を、該差圧力制御系が上記接触力制御系の内部に包含されて階層構造が形成されるように制御系を構築するようにしてある(たとえば、特許文献1参照)。
【0014】
更に、直動式パンタグラフにおけるすり板の架線接触力をアクティブ制御するために従来提案されている別の手法としては、図10に示す如く、図8に示したと同様の構成としてある直動式のパンタグラフにおける力シリンダ機構11の可動筒体11bと、その上側に取り付ける支持碍子12との間に、ロードセル16を設けると共に、該ロードセル16の上下両面に加速度計17,18をそれぞれ設け、更に、該力シリンダ機構11による支持碍子12並びに翼型集電体13の変位を検出するために力シリンダ機構11に変位計21を取り付け、更に又、上記力シリンダ機構11におけるヘッド側圧力室とロッド側圧力室にそれぞれ油圧計19,20を設けてなる構成として、上記力シリンダ機構11に取り付けたロードセル16より出力される力検出値と、該ロードセル16の上部と下部の各加速度計17,18よりそれぞれ出力される加速度信号と、該力シリンダ機構11に設けた変位計21から出力される変位信号の4つの検出量を入力して、パンタグラフのすり板14と架線3との間に作用する推定接触力をH∞制御方式によりコントローラ22にて求め、該コントローラ22より出力される制御信号により上記力シリンダ機構11を制御するようにする方法がある(たとえば、特許文献2参照)。
【0015】
図9及び図10において、図8に示したものと同一のものには同一符号が付してある。又、図8及び図9における符号23は導電ケーブルヘッドであり、該導電ケーブルヘッド23を、翼型集電体13に可撓性導電部材24を介し接続することにより、架線3よりすり板14へ集電された電力を、翼型集電体13、可撓性導電部材24を経て上記導電ケーブルヘッド23へ導いた後、図示しない高圧ケーブルを通して車体側へ給電するようにしてある。25はパンタグラフにおける車体の屋根への取り付け部分となる基部を覆うための流線形のカバー、26は位置シリンダ機構9により上記カバー25の頂部より突出するように昇降される可動部分を覆うカバーである。図10における符号27は、翼型集電体13の上面とすり板14との間に介在させてあるばね機構(微動ばね)、28は力シリンダ機構11の油圧制御用のサーボ弁である。
【0016】
更に又、上記したような直動式パンタグラフでは、翼型集電体(集電舟体)が上下動することに伴って該翼型集電体の揚力が変化すると、架線への押上げ力が変化してしまうということに鑑みて、上記翼型集電体に作用する揚力を一定に保持できるようにした形式の直動式パンタグラフも近年提案されてきている。
【0017】
図11は、翼型集電体に作用する揚力を一定に保持できる形式の直動式パンタグラフの一例の概略を示すもので、直動式パンタグラフ全体を起伏させるための図示しない起伏機構を介して車両の屋根に設置したベース29上に、リフトシリンダ装置30のアウターパイプ31の基部を固定し、該アウターパイプ31内にインナーパイプ32を摺動自在に挿通させてある。上記インナーパイプ32の上端部内側には、上端部に外方に広がるフランジ部33aを備えた取付部材33を上方から嵌合させて取り付けると共に、該取付部材33の内側に、所要の隙間を隔ててキャップ状受け部材34を取り付け、該キャップ状受け部材34に、上記リフトシリンダ装置30の内側に配設してあるエアシリンダ35のロッド35aの上端を連結するようにしてある。
【0018】
更に、上記取付部材33とキャップ状受け部材34との間の隙間に、スライダ37を上下方向摺動自在に配置すると共に、該スライダ37の上端部内側と上記キャップ状受け部材34の上端部との間にスプリング38を介装して高周波振動吸収装置36を形成し、上記スライダ37の上端に翼型集電体(集電舟体)39を取り付けることで、該翼型集電体39を、上記高周波振動吸収装置36を介して上記リフトシリンダ装置30上に支持させるようにしてある。これにより、上記エアシリンダ35の駆動により上記リフトシリンダ装置30のインナーパイプ32を伸縮作動させることで、上記翼型集電体39の高さ位置を調整して、該翼型集電体39のすり板(図示せず)を、図示しない架線に下方から接触させることができるようにしてある。更に、上記図示しない架線に沿わせて上記翼型集電体39のすり板を移動させる際に生じる高周波振動は、上記高周波振動吸収装置36のスライダ37を上記スプリング38の弾性力に抗して上下動させることで吸収できるようにしてある。
【0019】
更に又、上記ベース29上には、上記リフトシリンダ装置30のアウターパイプ31を囲むカバー40を立設すると共に、上記取付部材33のフランジ部33aに、フェアリング41の上端部を取り付けて、該フェアリング41の下部が上記カバー40の上端部外周に所要寸法オーバーラップするようにして、上記リフトシリンダ装置30の保護と、風切り音の低減を図ることができるようにしてある。更に、上記スライダ37に、上記フェアリング41の上端部を上方から覆うアッパーキャップ42を取り付けて、該アッパーキャップ42の下端部が、上記フェアリング41の上端部外周に常に所要寸法オーバーラップするようにしてある。43は上記アウターパイプ31の上部に設けたガイドローラ、44は取付部材33のフランジ部33aの下側に取り付けた導電性のバー、45は上記バー44に接続した給電用のシャントリード線、46は上記スライダ37の回り止めのために該スライダ37と上記取付部材33のフランジ部33aとの間に設けたアームである。
【0020】
以上の構成としてある直動式パンタグラフによれば、上記翼型集電体39が上下動するときには、上記スライダ37を介し連結されている上記アッパーキャップ42が一緒に上下動し、この際、上記アッパーキャップ42は、その下端縁部が、上記フェアリング41の上端部の外周に常にオーバーラップするようにしてあることから、上記翼型集電体39が上下動するときに、リフトシリンダ装置30との間に空気の流れが生じることを防止でき、これにより、翼型集電体39には走行速度に応じた一定の揚力が作用するようにして、揚力の変動を抑えることができるようにしてある(たとえば、特許文献3参照)。
【0021】
なお、図示してはいないが、上記図11に示したような翼型集電体39の揚力変化を抑えることができる形式の直動式パンタグラフにおいて、翼型集電体39と、その上側に取り付けるすり板との間に、ばね機構(微動ばね)を介在させて設けるようにすれば、架線と直接接触する部分の重量をより軽くできて、架線に対する追随性の向上化を図ることができると考えられる。
【0022】
ところで、本出願人は、以前に、構造物の制振を行うための振動制御方法として、動吸振器の運動方程式が任意周波数に同調した形になるように動吸振器を駆動するようにする振動制御方法を提案している(たとえば、特許文献4参照)。
【0023】
【特許文献1】特開平9−252502号公報
【特許文献2】特開平10−248111号公報
【特許文献3】特開平8−98307号公報
【特許文献4】特開2003−206979号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0024】
ところが、特許文献1に示されたアクティブ制御方法では、フィードバック制御とフィードフォワード制御を同時に達成する2自由度制御器構造を、すり板14と架線3の接触力制御系及び力シリンダ機構11における差圧力制御系の双方に適用するようにしてあるため、制御を実施する際には、ロードセル15による力検出値と、力シリンダ機構11におけるヘッド側とロッド側の各圧力室の内圧を計測することにより求められる差圧力、更には、ロードセル15に作用する前後方向の力や、ピッチングモーメントを入力するようにしてある。このため、制御のために入力される変数が多くて、制御が非常に複雑になるという問題がある。更に、これらの変数を検出するための検出器が多く必要とされるため、制御を行うための装置構成が複雑になるという問題もある。
【0025】
特許文献2に示されたアクティブ制御方法では、H∞制御を行うために、ロードセル16より出力される力検出値と、該ロードセル16の上部と下部の各加速度計17,18よりそれぞれ出力される加速度信号と、該力シリンダ機構11に設けた変位計21から出力される変位信号の少なくとも4つの検出量を入力する必要がある。したがって、特許文献2に示されたアクティブ制御方法においても、入力すべき変数が多くて制御が非常に複雑になると共に、これらの変数を検出するための検出器が多く必要とされるため、制御を行うための装置構成が複雑になるという問題がある。
【0026】
特許文献3に示された直動式パンタグラフは、翼型集電体39の揚力の変動に伴って架線への押上げ力が変化する虞を未然に防止する点では有効であるが、すり板の架線接触力をアクティブ制御する考えは全く示されていない。
【0027】
なお、特許文献4に示された振動制御方法は、構造物の制振を行なうためのものであって、パンタグラフのすり板と架線との接触力の制御にそのまま適用できるものではない。 そこで、本発明者等は、特許文献4に記載してある如き振動制御方法を、或る可動マスの質量、減衰、剛性を任意に変える制御方法として見ることにより、列車のパンタグラフのすり板と架線との接触力をアクティブ制御する手法に応用でき、これにより、パンタグラフのすり板の架線からの離線を防止すると同時に、架線と摩擦するすり板の消耗を防ぐという技術課題に応用できることを見出して、本発明をなした。
【0028】
したがって、本発明の目的とするところは、パンタグラフのすり板と架線との接触力の変動を低減でき、更に、電気車両の幅広い走行速度範囲や、すり板質量の変動に対応できるような良好なロバスト性を得ることができるパンタグラフの架線接触力制御方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0029】
本発明は、上記課題を解決するために、請求項1に係る発明に対応して、架線に接触させるためのパンタグラフのすり板を含む接触マスの直下にて該接触マスを所要のばね定数及び減衰定数のばね機構を介して支持し、且つ制御用のアクチュエータにより制御力を与えることができるようにしてある制御対象マスの質量に関する運動方程式をたて、該制御対象マスの質量の運動方程式における制御対象マスの慣性項と減衰項とばね項のうち、上記慣性項の値を小さくすることができるような制御力を算出し、該算出された制御力を上記制御用アクチュエータより上記制御対象マスへ与えるパンタグラフの架線接触力制御方法とする。
【0030】
又、制御用のアクチュエータにより制御力を与えることができるようにしてある制御対象マスの上側に、単数又は複数の中間マスを、それぞれ所要のばね定数及び減衰定数のばね機構を介して支持し、更に、上端の中間マスの上側に、架線に接触させるためのパンタグラフのすり板を含む接触マスを、所要のばね定数及び減衰定数のばね機構を介して支持してなる構成における上記接触マスの直下に位置する中間マスの質量に関する運動方程式をたて、上記中間マスの質量の運動方程式における該中間マスの慣性項と減衰項とばね項のうち、上記慣性項の値を小さくすることができるような制御力を算出し、該算出された制御力を上記制御用アクチュエータより上記制御対象マスへ与えるパンタグラフの架線接触力制御方法とする。
【発明の効果】
【0031】
本発明のパンタグラフの架線接触力制御方法によれば、架線に接触させるためのパンタグラフのすり板を含む接触マスの直下にて該接触マスを所要のばね定数及び減衰定数のばね機構を介して支持し、且つ制御用のアクチュエータにより制御力を与えることができるようにしてある制御対象マスの質量に関する運動方程式をたて、該制御対象マスの質量の運動方程式における制御対象マスの慣性項と減衰項とばね項のうち、上記慣性項の値を小さくすることができるような制御力を算出し、該算出された制御力を上記制御用アクチュエータより上記制御対象マスへ与えるようにするか、又は、制御用のアクチュエータにより制御力を与えることができるようにしてある制御対象マスの上側に、単数又は複数の中間マスを、それぞれ所要のばね定数及び減衰定数のばね機構を介して支持し、更に、上端の中間マスの上側に、架線に接触させるためのパンタグラフのすり板を含む接触マスを、所要のばね定数及び減衰定数のばね機構を介して支持してなる構成における上記接触マスの直下に位置する中間マスの質量に関する運動方程式をたて、上記中間マスの質量の運動方程式における該中間マスの慣性項と減衰項とばね項のうち、上記慣性項の値を小さくすることができるような制御力を算出し、該算出された制御力を上記制御用アクチュエータより上記制御対象マスへ与えるようにしてあるので、以下の如き優れた効果を発揮する。
(1)すり板が架線から受ける強制変位の広い周波数範囲、すなわち、電気車両の広い走行速度範囲にて、パンタグラフのすり板と架線との接触力の変動を抑えることができる。
(2)すり板の架線との接触力を小さく設定することが可能となり、このため、すり板の消耗を軽減させることが可能になる。
(3)パンタグラフのすり板が架線との摺動により摩耗して質量が減少しても、質量が本制御式に与える影響が少ない為、制御の劣化や不安定発振が起こることを防止できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
以下、本発明を実施するための最良の形態を図面を参照して説明する。
【0033】
図1(イ)(ロ)は本発明のパンタグラフの架線接触力制御方法の実施の一形態を示すもので、図1(イ)に制御対象となるパンタグラフのマスばねモデルを示し、又、図1(ロ)に制御則のフローを示す。なお、本実施の形態においては、制御対象となる直動式パンタグラフの構造を、図8に示した如く、力シリンダ機構11によって昇降駆動される翼型集電体13の上側に、すり板14を、ばね機構を介在させて取り付けてなる構成の直動式パンタグラフや、図11に示した如きエアシリンダ35によって昇降駆動されるキャップ状受け部材34の上側に、すり板を備えた翼型集電体39を、スプリング38を備えた高周波振動吸収装置36を介在させて設けてなる構成の直動式パンタグラフのように、すり板を含んで(具備して)なり且つ架線に沿って移動することに起因して該架線側より強制変位を受けることとなる部分(以下、接触マスと云う)の質量と、該すり板を含む接触マスをばね機構を介して支持し、且つ所要のアクチュエータにより昇降駆動されるパンタグラフ支持構造部分(以下、制御対象マスという)の質量とからなる2質量系としてある。
【0034】
具体的には、図1(イ)に示したパンタグラフのマスばねモデルは、電気車両の屋根47の上側に、所要のばね定数k及び減衰定数cを有する質量mのパンタグラフ支持構造としてある制御対象マス48を設け、上記電気車両の屋根47と制御対象マス48との間に、アクティブ制御用のアクチュエータ51を介在させて、上記制御対象マス48の質量mを、上記アクチュエータ51より与えられる制御力(アクチュエータフォース)fによって昇降駆動できるようにする。更に、上記制御対象マス48の上側に、すり板を含んで架線(図示せず)に接触、摺動させるための質量mの接触マス49を、所要のばね定数k及び減衰定数cを備えたばね機構50を介在させて取り付けてなる構成とする。
【0035】
図中におけるyは接触マス49が架線より受ける強制変位、yは上記接触マス49を支持する制御対象マス48の変位、Nは上記接触マス49と架線との接触力(未知)をそれぞれ示す。
【0036】
ここで、先ず、本発明のパンタグラフの架線接触力制御方法の導出について述べる。
【0037】
図1(イ)に示した如き構成としてあるパンタグラフのマスばねモデルにおける接触マス49と制御対象マス48の各質量mとmに関する運動方程式は、それぞれ以下のように表せる。
【数1】

【数2】

【0038】
ここで、架線から接触マス49が受ける強制変位yを、振幅y10として、以下のように与える。
【数3】

【0039】
上記のように与えられた接触マス49の強制変位の式(3)を、上記式(2)へ代入して上記制御対象マス48の変位yについて解き、その結果を上記式(1)に代入すれば、接触マス49と架線の接触力Nが以下のように求められる。
【数4】

【0040】
本発明で提案する接触力低減方法は、上記式(2)を、
【数5】

と変形し、この式(5)が、ターゲット方程式である次式
【数6】

に一致するように制御力(アクチュエータフォース)fを決定すると、以下のようになる。ここで、gは、ターゲット方程式(6)における制御対象マス48の慣性を調整する定数である。
【数7】

【0041】
上記式(6)においては、右辺は強制変位yによって定まるため、安定条件は、左辺の特性方程式の根が負の実部を持つ条件となり、次式によって与えられる。
【数8】

【0042】
この安定条件の下で定常振動解が存在し、強制変位y[式(3)]からyへの伝達関数は、上記式(6)より次式のようになる。
【数9】

【0043】
したがって、ここで、前述の安定条件に基いてg→1とすれば、すなわち、上記式(6)における制御対象マス48の慣性項(左辺第1項)が小さくなるように選べば、上記式(9)よりy→yとなるため、上記式(4)における右辺の第2項及び第3項が小さくなり、このため、接触マス49と架線の接触力Nの変動振幅を低減できることになる。このことから、上記式(4)のように、接触マス49と架線の接触力Nは、接触マス49の慣性力と、該接触マス49の直下に存在するばね機構50におけるばね定数k及び減衰定数cでそれぞれ規定されるばね力及びダンパ力の3者の力の総和によって与えられるが、これらの力のうち、制御の要求される低周波領域で支配的なばね力及びダンパ力が、接触マス49とその直下のマスとしての制御対象マス48が同位相、同振幅で動くようにする本制御により低減するようになる。
【0044】
したがって、本発明のパンタグラフの架線接触力制御方法は、図1(ロ)にフローを示す如く、先ず、架線と接触、摺動して該架線より強制変位yを受けるすり板を含む接触マス49の直下にて該接触マス49を支持する制御対象マス48の質量mに関する運動方程式をたて(ステップ1:S1)、次に、上記ステップ1(S1)にて得られる制御対象マス48の質量mについての運動方程式における制御対象マス48の慣性項、ばね項、減衰項のうち、上記慣性項の値を小さくすることができるような制御力(アクチュエータフォース)fを求め(ステップ2:S2)、しかる後、上記ステップ2(S2)で求められた制御力fを、上記制御対象マス48の質量mへ与える(ステップ3:S3)ようにする方法とする。
【0045】
このように、制御対象マス48の質量mに対し、上記図1(ロ)に示した如きフローに基づいて求められる制御力fを加えると、上述したように、式(9)におけるy→y、すなわち、制御対象マス48の質量mの変位yを、接触マス49の質量mが架線より受ける強制変位yに近づけることができて、これら制御対象マス48の質量mと接触マス49の質量mの双方の変位が常に同じとなる状態に近づけることができる。
【0046】
このため、上記制御対象マス48の質量mと、接触マス49の質量mとの間のばね力、及び、減衰力が共に0に近づくようになることから、上記接触マス49と架線の接触力Nの変動振幅を減少させることができる。すなわち、架線による接触マス49の強制変位に対して反発力として作用することとなる上記制御対象マス48の質量mと接触マス49の質量mとの間のばね力、減衰力が低減することから、接触マス49と架線の接触力Nの変動を低減できるようになる。
【0047】
これに対し、無制御、すなわち、制御力f=0のときには、上記式(2)より、
【数10】

となるため、m,c,kに妨げられてy→yとならない。そのために、上記式(4)の右辺の第2項及び第3項が小さくならず、不定となるため、接触力Nの変動振幅が大きくなってしまう。
【0048】
このように、本発明のパンタグラフの架線接触力制御方法によれば、図1(ロ)に示したフローに従って導かれる制御力fを、制御対象マス48の質量mに与えることにより、接触マス49の架線から受ける強制変位yの広い周波数範囲において、パンタグラフの接触マス49と架線との接触力Nの変動を抑えることができる。このことから、電気車両の走行速度の広い速度範囲において、無制御の場合に比して、パンタグラフの接触マス49と架線との接触力Nの変動を抑えることができることとなる。このことは、後述する実施例の図3、図4(イ)(ロ)に示す数値シミュレーションの結果からも明らかである。よって、接触マス49の架線との接触力を小さく設定することが可能となり、このため、接触マス49におけるすり板の消耗を軽減させることが可能になって、寿命の延長化を図ることができる。
【0049】
更に、実際には、パンタグラフのすり板は架線との摺動により摩耗するため、すり板を含む接触マス49の質量mは徐々に減少して行くことが避けられない。このため、上記接触マス49の質量mが減少しても、制御の劣化や不安定発振が起こらないことが要求されるが、本発明のパンタグラフの架線接触力制御方法によれば、後述する図3と図6の数値シミュレーションの結果の比較からも明らかなように、パンタグラフのすり板の摩耗等により接触マス49の質量mが大幅に変化しても、広い速度範囲にて無制御の場合よりも上記接触マス49の架線との接触力Nの変動を抑えることができる。
【0050】
次に、図2(イ)(ロ)は本発明の実施の他の形態を示すもので、図2(イ)に制御対象となるパンタグラフのマスばねモデルを示し、又、図2(ロ)に制御則のフローを示す。本実施の形態においては、制御対象となる直動式パンタグラフの構造を、図11に示した直動式パンタグラフと同様に、エアシリンダ35によって昇降駆動されるキャップ状受け部材34の上側に、翼型集電体39を、スプリング38を備えた高周波振動吸収装置36を介在させて設け、更に、上記翼型集電体39の上側に、すり板をばね機構(微動ばね)を介して取り付けてなる構成に相当するように、架線に沿って移動することにより該架線側より強制変位を受けることとなるすり板を含む接触マスの質量と、所要のアクチュエータにより昇降駆動できるようにしてある制御対象マスの質量との間に、両者にそれぞればね機構を介して接続された中間マスの質量を備えてなる3質量系としてある。
【0051】
具体的には、図2(イ)に示す如く、図1(イ)に示したパンタグラフのマスばねモデルと同様に、電気車両の屋根47の上側に、所要のばね定数k及び減衰定数cを有する質量mの制御対象マス48を設け、上記電気車両の屋根47と制御対象マス48との間に、アクティブ制御用のアクチュエータ51を介在させて、上記制御対象マス48の質量mを、上記アクチュエータ51より与えられる制御力(アクチュエータフォース)fによって昇降駆動できるようにする。更に、上記制御対象マス48の上側には、質量mの中間マス52を、所要のばね定数k及び減衰定数cを備えた下部のばね機構53を介在させて取り付け、該中間マス52の上側に、架線(図示せず)に接触、摺動させるための質量mのすり板を含む接触マス49を、所要のばね定数k及び減衰定数cを備えた上部のばね機構50を介在させて取り付けてなる構成とする。
【0052】
図中におけるyは接触マス49が架線より受ける強制変位、yは上記中間マス52の変位、yは上記制御対象マス48の変位、Nは上記接触マス49と架線との接触力(未知)をそれぞれ示す。
【0053】
本実施の形態におけるパンタグラフの架線接触力制御方法の導出は、図1(イ)に示した接触マス49と制御対象マス48とからなる2質量系のマスばねモデルで用いた手法を、上記したように接触マス49と中間マス52と制御対象マス48とからなる3質量系に拡張、発展させたもので、以下のようにしてある。
【0054】
すなわち、図2(イ)に示した如き構成としてあるパンタグラフのマスばねモデルにおける接触マス49と中間マス52と制御対象マス48の各質量mとmとmに関する運動方程式は、それぞれ以下のように表せる。
【数11】

【数12】

【数13】

【0055】
ここで、架線から接触マス49が受ける強制変位yを、振幅y10として、
【数14】

と与えて、上記式(12)及び式(13)に代入して解くことによりy及びyの応答を決定し、上記式(14)と上記yの解を式(11)に代入すると、接触マス49と架線の接触力Nが以下のように求められる。
【数15】

【0056】
本実施の形態では、すり板を含まない部分が2質量あるため、該各質量mとmについての運動方程式、すなわち、式(12)と式(13)を辺々加えることにより
【数16】

を導き、上記式(16)を、
【数17】

と変形して、上記式(17)が、ターゲット方程式である
【数18】

に一致するように制御力(アクチュエータフォース)fを決定すると、以下のようになる。
【数19】

【0057】
上記式(19)の制御力fが制御対象マス48の質量mに働くときの該制御対象マス48の質量mの運動方程式(13)は、次式のようになる。
【数20】

【0058】
上記式(20)の安定条件は、式(18)及び式(12)、又は、式(18)及び式(20)から構成される系のラプラス変換領域での方程式系から導くことができる。これらの方程式系は、前者の式(18)及び式(12)を用いた場合には、
【数21】

となり、一方、後者の式(18)及び式(20)を用いた場合には、
【数22】

となる。これらは、双方の場合とも、特性方程式(左辺の係数行列式を0とおいた式)の根の実部が負になることを課す安定条件は、上記各係数行列の(1,1)成分を0とおいた根の実部が負になる条件として、次式によって与えられる。
【数23】

【0059】
これは、前述した2質量系の場合の安定条件の式(8)と同じである。この安定条件の下で定常振動解が存在し、強制変位y[式(14)]からyへの伝達関数は、上記式(18)より、
【数24】

となる。
【0060】
したがって、ここで、前述の安定条件に基いてg→1とすれば、すなわち、上記式(18)における中間マス52の慣性項(左辺第1項)が小さくなるように選べば、上記式(24)よりy→yとなるため、上記式(15)における右辺の第2項及び第3項が小さくなり、このため、接触マス49と架線の接触力Nの変動振幅を低減できることになる。このことから、上記式(15)のように、接触マス49と架線の接触力Nは、接触マス49の慣性力と、該接触マス49の直下に存在するばね機構50におけるばね定数k及び減衰定数cでそれぞれ規定されるばね力及びダンパ力の3者の力の総和によって与えられるが、これらの力のうち、制御の要求される低周波領域で支配的なばね力及びダンパ力が、接触マス49とその直下のマスとしての中間マス52が同位相、同振幅で動くようにする本制御により低減するようになる。
【0061】
したがって、本実施の形態のパンタグラフの架線接触力制御方法は、図2(ロ)にフローを示す如く、先ず、架線と接触、摺動して該架線より強制変位yを受けるすり板を含む接触マス49の直下にて該接触マス49を支持する中間マス52の質量mに関する運動方程式をたて(ステップ4:S4)、次に、上記ステップ4(S4)にて得られる中間マス52の質量mについての運動方程式における中間マス52の慣性項、ばね項、減衰項のうち、上記慣性項の値を小さくすることができるような制御力(アクチュエータフォース)fを求め(ステップ5:S5)、しかる後、上記ステップ5(S5)で求められた制御力fを、制御対象マス48の質量mへ与える(ステップ6:S6)ようにする方法とする。
【0062】
このように、制御対象マス48の質量mに対し、上記図1(ロ)に示した如きフローに基づいて求められる制御力fを加えると、上述したように、式(24)におけるy→y、すなわち、中間マス52の質量mの変位yを、接触マス49の質量mが架線より受ける強制変位yに近づけることができて、これら中間マス52の質量mと接触マス49の質量mの双方の変位が常に同じとなる状態に近づけることができる。
【0063】
したがって、上記中間マスの質量mと、接触マス49の質量mとの間のばね力、及び、減衰力が共に0に近づくようになることから、上記接触マス49と架線の接触力Nの変動振幅を減少させることができる。すなわち、架線による接触マス49の強制変位yに対して反発力として作用することとなる上記中間マス52の質量mと接触マス49の質量mとの間のばね力、減衰力が低減することから、接触マス49のすり板と架線の接触力Nの変動を低減できるようになる。
【0064】
このように、本実施の形態によれば、図2(ロ)に示したフローに従って導かれる制御力fを、制御対象マス48の質量mへ与えることにより、接触マス49の架線から受ける強制変位yの広い周波数範囲において、パンタグラフの接触マス49と架線との接触力Nの変動を抑えることができる。したがって、本実施の形態によっても、上記図1(イ)(ロ)に示した実施の形態と同様の効果を得ることができる。
【0065】
しかも、上述したように、すり板を含まない部分の質量の個数が、2個に増加しても、すり板を含む接触マス49の直ぐ下側のマスの質量の変位(中間マス52の質量mの変位y)に関するターゲット方程式の特性方程式のみから安定条件が決定できると共に、安定条件は、図1(イ)(ロ)に示した2質量系の場合の安定条件と変化しないという利点がある。
【0066】
上記各実施の形態では、すり板を含む接触マス49と、1個又は2個のすり板を含まない部分の質量とからなる2質量系と3質量系の場合について説明したが、本発明のパンタグラフの架線接触力制御方法は、すり板を含まない部分の質量が3個以上となっても、上記式(21)又は式(22)の係数行列の右上の三角部分がすべて0となって、同じ安定条件が成り立つことが示される。
【0067】
すなわち、たとえば、すり板を含まない部分の質量が3個の場合は、式(21)に相当する式は次式のようになる。
【数25】

【0068】
ここで、gを1に近づけると、ターゲット方程式(18)の慣性項が非常に小さくなって、安定条件が非常にクリティカルになる。したがって、この場合は、上記慣性項が非常に小さくなるという問題を回避するために、ターゲット方程式を修正し、周波数領域で次のように設定する。
【数26】

ここで、H(s)はローパスフィルタの伝達関数である
【数27】

としてある。
【0069】
上記式(27)を式(26)へ代入すると、
【数28】

となり、ターゲット方程式の慣性項が微小化する問題を、減衰cによって緩和できるようになることが分かる。又、式(26)の左辺の減衰項、剛性項(ばね項)も正であり、式(21)で(1,1)成分が上記式(28)の左辺のY(s)の係数に変更されるので、安定性も損なわれない。式(24)に対応する式は、式(28)より次のようになる。
【数29】

【0070】
これにより、ターゲット方程式(26)を実装する制御力fは、周波数領域で次のように表される。
【数30】

【0071】
上記において、ローパスフィルタの伝達関数H(s)が乗ぜられた項が、高周波で制御劣化を引き起こす項である。したがって、通常、ローパスフィルタは制御信号全体に作用させるようにしてあることから、低周波での制御劣化や不安定化の問題によく直面するが、本制御方法では、上記したように、制御劣化を引き起こす項にのみローパスフィルタを作用させることによって、低周波での制御劣化や不安定化の問題が生じる虞を回避することが可能となる。
【実施例】
【0072】
以下、本発明者等の行った数値シミュレーション結果について説明する。
【0073】
(1)
図2(イ)に示したと同様のすり板を含む接触マス49以外に、2個の質量を有する3質量系のパンタグラフのマスばねモデルを用いて、上記接触マス49の質量mを3kgとした条件の下で、本発明のパンタグラフの架線接触力制御方法による接触マス49と架線との接触力N、及び、該接触マス49の直下に位置するマスとしての中間マス52の質量mの変位yについて、約0〜20Hzと広い周波数範囲に亘る周波数応答を検証した。
【0074】
各パラメータは以下の通りである。
【0075】
=150Ns/m,k=25000N/m,m=10.5kg,c=100Ns/m,k=30000N/m,m=16kg,c=170.5Ns/m,k=0.02678N/m,g=0.95,p=10s−1
接触マス49と架線との接触力Nの周波数応答の結果を図3に示す。
【0076】
図4(イ)(ロ)は、上記制御によって中間マス52の質量mの変位y応答のゲイン及び位相が、すり板を含む上記接触マス49に対する架線からの強制変位yのゲイン及び位相に等しくなって、y=yが満たされているか否かを確かめるために、上記強制変位yの振幅を0.01m、すなわち、ゲインを20log10(0.01)=−40dB、位相を0と与えた場合における上記中間マス52の質量mの変位yのゲイン及び位相の周波数応答の結果をそれぞれ示している。
【0077】
なお、図3及び図4(イ)(ロ)において、実線54a,54b,54cはローパスフィルタを入れた場合の結果であり、一点鎖線55a,55b,55cはローパスフィルタを入れない場合の結果である。又、各図に破線56a,56b,56cで示したものは、比較として同条件の下で無制御の場合の周波数応答を示すものである。
【0078】
図3から明らかなように、本発明のパンタグラフの架線接触力制御方法を適用した場合(実線54a及び一点鎖線55a)は、低周波領域では、ローパスフィルタの有無にかかわらず、無制御の場合(破線56a)に対して、すり板を含む接触マス49と架線の接触力Nの変動を低減できることが判明した。更に、ローパスフィルタがある場合のほうがより良い制御効果が得られることが判明した。これは、図4(イ)(ロ)の結果から明らかなように、y=yの精度が向上するためであると考えられる。したがって、y=yを成り立たせることをねらった本発明の制御手法が上記接触力Nの低減に有効であることが例証された。
【0079】
一方、高周波領域では、図3から明らかなように、ローパスフィルタがない場合(一点鎖線55a)は接触力が無制御の場合(破線56a)より大きくなる周波数範囲が広く生じる。この理由としては、無制御の場合では、図4(イ)の破線56bのように、応答であるyのゲインが加振入力であるyのゲイン(−40dB)より高周波で小さくなっていくのに対し、ローパスフィルタなしの制御の場合は、図4(イ)に一点鎖線55bで示すように、加振入力であるyの周波数の増加と共にyのゲインがyのゲイン(−40dB)よりも大きくなるため、y/yのゲインが1よりも大きくなって図4(ロ)に一点鎖線55cで示すように、位相が負になるためであると考えられる。これに対し、ローパスフィルタを入れた制御の場合には,図4(イ)(ロ)に実線54b、54cで示すように、y/yのゲインが1、yの位相が0に留まるので、図3に実線54aで示されるように、接触力Nが無制御時(破線56a)より大きくなる周波数範囲を狭くできる。
【0080】
このようなローパスフィルタによる高周波での接触力低減は、前述した式(15)の接触力を、
【数31】

【数32】

のように3成分に分解し、各成分のゲインと位相を図5のように複素平面表示すると明らかになる。
【0081】
図5は高い加振周波数(16Hz)下での接触力Nの各成分N1,N2,N3を複素平面表示したものである。各パラメータは上記したものと同様としてある。
【0082】
上記図5において、点A,B,Cの原点Oからの距離が、それぞれ、ローパスフィルタありの制御、ローパスフィルタなしの制御、無制御の場合の接触力Nの大きさを表している。なお、Nは式(32)のように強制変位yにのみ依存するので各場合に共通である。ローパスフィルタを用いることによってN及びNのゲインが減少し、位相が増加する結果、距離OAは距離OBより小さくなり、OCと同程度になることが分かる。
【0083】
なお、上記図3は、強制変位yの振幅をどの加振周波数に対しても一定に与えた場合の接触力Nの周波数特性を示している。しかし、実際に作用する架線からの強制変位yの振幅は,ハンガ周期による高周波の微動成分(時速300km/hのとき18Hz)に比べ,径間周期による低周波の主動成分(時速300km/hのとき1.8Hz)の方がはるかに大きい。したがって、双方の加振周波数成分が重ね合わさった際の接触力Nの応答に関しては、本発明の制御手法により、上記接触力Nの変動に対し顕著な低減効果が得られる。
【0084】
(2)
更に、実際には、すり板は、架線との摺動により摩耗するため、質量が減少することは避けられない。したがって、すり板の質量が減少しても制御の劣化や不安定発振が起こらないことが要求される。このことを確認するために、上記すり板を含む接触マス49の質量mを3kgから1.2kgに減少させた場合について、接触力Nの周波数応答を、上記と同様にして検証した。上記接触マス49の質量m以外のパラメータは上記と同様としてある。
【0085】
その結果を図6に示す。yの応答は、図4(イ)(ロ)の結果とほとんど同じであったので、図示は省略してある。
【0086】
図6より明らかなように、この条件の下でも、本発明のパンタグラフの架線接触力制御方法を適用した場合(実線57及び一点鎖線58)は、無制御の場合(破線59)に対して、接触力Nの変動を低減できることが判明した。更に、接触マス49の質量mが大きい場合(図3参照)に比して、顕著な制御効果が得られていることが判明した。
【0087】
又、ローパスフィルタを用いない場合(一点鎖線58)でも、接触力Nが無制御時(破線59)よりも大きくなる周波数範囲が生じる傾向が緩和され、広い周波数範囲(広い列車速度範囲)での制御がより容易となることが明らかとなった。このことから、接触マス49におけるすり板の消耗が進むほど、更なる消耗が抑制されるようになることを示唆している。更に、消耗前のすり板を含む接触マス49の質量mを軽減できれば、高周波域で接触力Nが無制御時よりも大きくなる傾向にあるという問題が回避できることを示している.
【図面の簡単な説明】
【0088】
【図1】本発明のパンタグラフの架線接触力制御方法の実施の一形態を示すもので、(イ)は制御則を導くために用いるパンタグラフのマスばねモデル、(ロ)は制御則のフローを示す図である。
【図2】本発明の実施の他の形態を示すもので、(イ)は制御則を導くために用いるパンタグラフのマスばねモデル、(ロ)は制御則のフローを示す図である。
【図3】本発明のパンタグラフの架線接触力低減方法による接触力の変動低減効果を検証した結果を示すもので、接触力の周波数応答を示す図である。
【図4】本発明のパンタグラフの架線接触力低減方法による接触マスの強制変位に対する中間マスの変位を追従させる効果を検証した結果を示すもので、(イ)は接触マスの強制変位のゲインを−40dBとした場合における中間マスの変位のゲインの周波数応答を、(ロ)は接触マスの位相を0と与えた場合における上記中間マスの変位の位相の周波数応答をそれぞれ示す図である。
【図5】本発明のパンタグラフの架線接触力制御方法に対するローパスフィルタの効果を検証するために、接触力を複素平面表示した図である。
【図6】本発明のパンタグラフの架線接触力低減方法による接触力の変動低減効果について、接触マスの質量を変化させた場合について検証した結果を示すもので、接触力の周波数応答を示す図である。
【図7】電気車両へ電力供給をおこなう架線設備の一例の概略を示す図である。
【図8】高速走行する電気車両に設けられる直動式パンタグラフの一例の概要を示す斜視図である。
【図9】パンタグラフのすり板と架線との接触力をアクティブ制御するために従来提案されている手法の一例を示す概要図である。
【図10】パンタグラフのすり板と架線との接触力をアクティブ制御するために従来提案されている手法の他の例を示す概要図である。
【図11】従来提案されている電気車両に設けられる直動式パンタグラフの別の例を示す概略切断側面図である。
【符号の説明】
【0089】
48 制御対象マス
49 接触マス
50 ばね機構
51 アクチュエータ
52 中間マス
53 ばね機構

【特許請求の範囲】
【請求項1】
架線に接触させるためのパンタグラフのすり板を含む接触マスの直下にて該接触マスを所要のばね定数及び減衰定数のばね機構を介して支持し、且つ制御用のアクチュエータにより制御力を与えることができるようにしてある制御対象マスの質量に関する運動方程式をたて、該制御対象マスの質量の運動方程式における制御対象マスの慣性項と減衰項とばね項のうち、上記慣性項の値を小さくすることができるような制御力を算出し、該算出された制御力を上記制御用アクチュエータより上記制御対象マスへ与えることを特徴とするパンタグラフの架線接触力制御方法。
【請求項2】
制御用のアクチュエータにより制御力を与えることができるようにしてある制御対象マスの上側に、単数又は複数の中間マスを、それぞれ所要のばね定数及び減衰定数のばね機構を介して支持し、更に、上端の中間マスの上側に、架線に接触させるためのパンタグラフのすり板を含む接触マスを、所要のばね定数及び減衰定数のばね機構を介して支持してなる構成における上記接触マスの直下に位置する中間マスの質量に関する運動方程式をたて、上記中間マスの質量の運動方程式における該中間マスの慣性項と減衰項とばね項のうち、上記慣性項の値を小さくすることができるような制御力を算出し、該算出された制御力を上記制御用アクチュエータより上記制御対象マスへ与えることを特徴とするパンタグラフの架線接触力制御方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate


【公開番号】特開2008−245382(P2008−245382A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−80219(P2007−80219)
【出願日】平成19年3月26日(2007.3.26)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【出願人】(000196587)西日本旅客鉄道株式会社 (202)
【Fターム(参考)】