説明

ヒト造血幹細胞を増幅させるための組成物及び方法

【課題】ヒト造血幹細胞を効率良く安全に増幅する方法を提供する。
【解決手段】新規な因子(GRN(progranulin)、繊維芽細胞増殖因子4(FGF4)、インスリン様成長因子結合タンパク質7(IGFBP7))が造血幹細胞をSCF存在下で維持・増幅できることを見出した。即ち、この新規な因子は、下記(1)及び(2)の因子から成るヒト造血幹細胞を増殖させるための組成物である。(1)幹細胞因子(SCF)(2)GRN(progranulin)又はgranulinモチーフを有するGRNの分解部分ペプチド、繊維芽細胞増殖因子4(FGF4)及びインスリン様成長因子結合タンパク質7(IGFBP7)から成る群から選択される少なくとも1種の因子

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ヒト造血幹細胞を増幅させるための組成物及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
造血幹細胞を維持、未分化維持、自己複製又は増殖・増幅させる因子は長年にわたり探索されてきた。その結果、現在までに幹細胞因子(以下「SCF(stem cell factor)」という。)、Flt3 ligand、TPO(トロンボポエチン)などの様々な因子やサイトカインを使って造血幹細胞を培養し増幅させる方法が考案されてきた(特許文献1〜5、非特許文献1等)。また、骨髄ストローマ細胞とヒト造血幹細胞を共培養することにより、ヒト造血幹細胞を増幅できることが知られており(特許文献1など)、ストローマ細胞に他のサイトカイン等を存在させた培地が提案されている(特許文献1、2、非特許文献2等)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平10-295369
【特許文献2】特開2004-222502
【特許文献3】特表2008-514230
【特許文献4】特表2009-521929
【特許文献5】特開2009-296889
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Blood Rev. 15, 191-197, 2001
【非特許文献2】Mol. BioSyst. 6, 1207-1215, 2010
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、造血幹細胞を分化させずに幹細胞のまま増幅させることのできる、いわゆる「自己複製因子」は見つかっていない。更に、造血幹細胞を移植治療に十分な細胞数まで迅速に効率よく体外で増幅させる臨床応用可能な手法の確立には至っていない。
そのため、造血幹細胞を極力幹細胞のまま増幅させることができる因子の発見と、それを用いたヒト造血幹細胞を効率良く安全に増幅する移植治療に実用できる方法の開発が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、ヒト造血幹細胞をヒト骨髄ストローマ細胞(即ち、骨髄細胞を培養するとシャーレに付着して増殖する細胞集団)と共培養したが、ヒト造血幹細胞を維持・増幅することはできなかった。また、SCFはヒト造血幹細胞を維持・増幅できるものの、増幅率が十分ではなく更に増幅率を高める必要があった。しかし、造血幹細胞をSCF存在下で骨髄ストローマ細胞と共培養すると顕著な増幅が観察された。
そこで、本発明者は、ヒト骨髄ストローマ細胞を無血清培地で数日間培養した上清を、SCF存在下又は非存在下の無血清培地に添加して、ヒト造血幹細胞を培養した。その結果、骨髄ストローマ細胞培養上清だけでは造血幹細胞は増幅できなかったが、骨髄ストローマ細胞培養上清とSCFを同時に添加すると、造血幹細胞は十分に増幅できた。従って、ヒト骨髄ストローマ細胞から分泌される蛋白質等とSCFだけでヒト造血幹細胞を増幅できることが分かった。
【0007】
そこで、骨髄ストローマ細胞から分泌産生される造血幹細胞を増幅又は自己複製させる因子を同定し、より純化した系での効率良い体外での造血幹細胞の増幅法の開発を試みた。先ず、ヒト骨髄ストローマ細胞からpolyA+ mRNAを調製し、DNAマイクロアレイ(Affymetrix GeneChip Microarray)解析を行い、骨髄ストローマ細胞で高発現(又は他の細胞と比較して特異的に高発現)している分泌蛋白質のリストを作成した。リストには、既知の造血幹細胞の自己複製因子、増幅因子、サイトカインもあったが、機能が未だ解明されていない分泌蛋白質の中から、造血幹細胞を増幅又は自己複製させる可能性がある因子を絞り込み、候補因子リストを作成した。これら候補因子から、造血幹細胞を実際に維持・増幅する活性を指標に新規因子をスクリーニングした。ヒト臍帯血由来CD34陽性細胞(造血幹細胞)を、各候補因子を添加した無血清培地中で培養し、少しでも生存維持又は増殖させる活性のある因子をスクリーニングした。しかし、候補因子単独で造血幹細胞を維持又は増幅させるものはなかった。そこで、造血幹細胞の生存維持に最低限必要な因子であるSCFを無血清培地に低濃度で添加し、造血幹細胞がやっと生存維持できる環境を設定した。こうすることで、各候補因子の添加で造血幹細胞の維持・増幅効果を敏感に観測できる条件となり、造血幹細胞を維持又は増幅させる新規因子をスクリーニングした。その結果、GRN、FGF4、IGFBP7の3因子が新たに造血幹細胞をSCF存在下で維持・増幅させることができることを発見した。
【0008】
即ち、本発明は、下記(1)及び(2)の因子から成るヒト造血幹細胞を増幅させるための組成物である。
(1)幹細胞因子(SCF)
(2)GRN(progranulin)又はgranulinモチーフを有するGRNの分解部分ペプチド、繊維芽細胞増殖因子4(FGF4)及びインスリン様成長因子結合タンパク質7(IGFBP7)から成る群から選択される少なくとも1種の因子
また本発明は、この組成物の存在下でヒト造血幹細胞を培養することから成る増幅したヒト造血幹細胞の製法である。
更に本発明は、この組成物を含む、無血清又はヒト血清から成るヒト造血幹細胞培養用の培地である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の組成物により、造血幹細胞を体外で増幅することができるので、患者自身の骨髄(又は出生時に保存した自家臍帯血)などから得た少量の幹細胞から移植治療に充分な量の造血幹細胞を調製することが可能となり、HLA適合のドナーを待つことなく安全な移植治療が可能となる。即ち、自家移植が可能となり、移植に必要な幹細胞数も確保できる上に、拒絶反応の問題も解決できる。他家移植においても、小児にしか移植治療できなかった臍帯血からでも、またドナーにリスクを与えない少量の骨髄採取からでも、成人の移植治療に必要な数の造血幹細胞の調達が可能となる。また、遺伝子治療に必要な造血幹細胞を容易に入手可能となり、リスクを伴うレトロウイルスを用いた遺伝子導入法を使わずとも、導入効率が悪くても安全な遺伝子導入法を用いることが可能となり、また、遺伝子導入した造血幹細胞を増幅することにも使用できることで、遅れている遺伝子治療の画期的な実用化と普及が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】増幅した造血幹細胞のフローサイトメーター解析の代表例を示す。Aは増幅前の造血幹細胞(実施例1で用いた造血幹細胞)、BはSCFとIGFBP7で増幅した造血幹細胞(実施例1のNo.5)、CはSCFとFGF4で増幅した造血幹細胞(実施例1のNo.9)、DはSCFとGRNで増幅した造血幹細胞(実施例1のNo.17)、EはSCF、GRN、FGF4及びIGFBP7で増幅した造血幹細胞(実施例2のNo.5)の代表例を示す。CD34及びCD133は、造血幹細胞の細胞表面マーカーであり、それらの抗体(蛍光物質を付けてある)が結合する細胞は造血幹細胞と判断できる。各図の横軸はCD34の蛍光強度、縦軸はCD133の蛍光強度を示し、縦線より右側に示される分画はCD34陽性細胞、横線より上側に示される分画はCD133陽性細胞である。図1Aは、実施例1で用いた造血幹細胞の解析図であるが、この造血幹細胞が純度90%以上(CD34抗体磁気ビーズ法)であることから、CD34陽性の細胞又はCD133陽性の細胞を造血幹細胞とみなすことができることが分かる。
【図2】増幅前後の造血幹細胞の位相差顕微鏡写真(×200)の代表例を示す。Aは増幅前の造血幹細胞(CD34陽性細胞)、BはSCF、GRN、FGF4、IGFBP7を用いて増幅した造血幹細胞(実施例2のNo.5)を示す。Aでは造血幹細胞が疎らなのに対して、Bでは造血幹細胞が増幅して密になっている様子が分かる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明のヒト造血幹細胞を増殖させるための組成物は、(1)SCF及び(2)GRN、FGF4及びIGFBP7から成る群から選択される少なくとも1種の因子から成る。
【0012】
本発明の組成物を構成する因子である幹細胞因子(SCF)は、造血幹細胞の細胞死を抑制し、単独でもある程度生存させ維持も可能であり、他の因子と共に自己複製あるいは増幅させる因子である(非特許文献1)。
ヒトSCFは、転写の違い(Alternative transcripts)により2つのアイソフォーム(isoform)があり、配列番号1及び2で表されるアミノ酸配列を有する。
【0013】
本発明の組成物を構成する因子であるGRN(progranulin)は、細胞分裂や細胞の生存維持や移動を制御すること等が知られている(Bateman, A. & Bennett, H.P.J. Bioessays 31, 1245-1254, 2009)。最近、癌組織からの刺激によって造血系細胞(造血幹細胞ではない)がGRNを発現し、この造血系細胞が遠距離にある乳繊維芽細胞等に腫瘍を誘発すると報告された(Elkabets, M. et al. J. Clin. Invest. 121, 784-799, 2011)。しかし、GRNやその分解ペプチドが造血幹細胞に関与することは知られていなかった。
ヒトGRNは、配列番号3で表されるアミノ酸配列を有し、granulinモチーフ(12個のシステインを含むC..D….CPD.TCC….G.GCCP…..CC.D..HCCP….CD…..Cというアミノ酸配列を特徴とするモチーフで、配列番号3の58付近〜113付近のアミノ酸配列、123付近〜179付近、206〜261、281〜336、364〜417付近、442〜496付近、518付近〜573付近に相当する。)が7.5回反復した構造をもつ。この完全長GRNは、granulinモチーフ単位で切断されプロセッシングして、granulin A(granulin 4、別称epithelin 1:配列番号3の281〜336のアミノ酸配列)、granulin B(granulin 3、epithelin 2:同206〜261アミノ酸配列)、granulin C(granulin 5:同364〜417付近のアミノ酸配列)、granulin D(granulin 6:同442〜496付近のアミノ酸配列)、granulin E(granulin 7:同518付近〜573付近のアミノ酸配列)、granulin F(granulin 2:同123付近〜179付近のアミノ酸配列)、granulin G(granulin 1:同58付近〜113付近のアミノ酸配列)と命名される類似配列を持った低分子蛋白質(ペプチド)が作られる。本願発明ではこれらを総称してgranulinモチーフを有するGRNの分解部分ペプチドという。
【0014】
各granulinは完全長GRNと同じ生理活性を持つことが知られている(Bateman, A. & Bennett, H.P.J. Bioessays 31, 1245-1254, 2009)。また後記の実施例においてGranulin C (granulin 5)がGRNと同等の生理活性を有することが示されているので(実施例1)、この生理活性はgranulinモチーフによるものと考えられる。従って、granulinモチーフを有するgranulin A〜Gにおいても、造血幹細胞を維持・自己複製・増幅する活性があると考えられる。
ヒトGRNとして、各種データベースに、NM_002087、AF055008、AK000607、AK023348、AK222522、AK296090、AK303830、AY124489、BC000324、BC010577、BC127696、BT006844、CR590771、CR591645、CR592712、CR594600、CR594708、CR601091、CR602616、CR604991、CR606406、CR613011、CR616538、M75161、X62320等の塩基配列が登録され、NP_002078、AAC09359、BAB14535、BAD96242、BAG58844、BAG64777、AAM94026、AAH00324、AAH10577、AAP35490等のアミノ酸配列が登録されており、AC003043、CH471178等のゲノム遺伝子配列、変異体やスプライスバリアントも登録されている。他に、マウス、ラット、ショウジョウバエ、カエル等の遺伝子も登録されており、本発明においては、下等生物遺伝子や人工合成遺伝子も含めてこれらgranulinモチーフを持つ蛋白質はいずれも利用することができる。
【0015】
本発明の組成物を構成する因子であるインスリン様成長因子結合タンパク質7(IGFBP7、insulin-like growth factor(IGF) binding protein 7)は、子宮での胞胚の着床や子宮内膜の脱落膜化での作用が知られているが(向後博司ら、Yakugaku Zasshi 128, 565-574, 2008)、造血細胞を含め、他の組織での生理機能は全く不明である。この因子がストローマ細胞で発現しているとの報告があるが(Igarashi, A. et al. Tissue Eng. 13, 2405-2417, 2007)、そのターゲット細胞と機能は未知であった。
ヒトIFGBP7は、配列番号4で表されるアミノ酸配列を有する。
ヒトIGFBP7として、NM_001553、AF540057、AK303915、AK316082、BC01720、BT006654、BX648756、CR599263、CR607474、CR612946、CR615138、等の塩基配列が登録されており、NP_001544、AAH66339、AAR89912、AAH17201、EAX05521等のアミノ酸配列、ゲノム遺伝子、変異体やスプライスバリアントも登録されている。また、ウシ、マウス、アカゲザル、ヒツジ、イノシシ、ラット、ゼブラフィッシュ、人工合成遺伝子(蛋白質)等も同様に登録されている。本発明においては、IGFBP7としての特異的生理活性がある限り、これらのいずれをも利用することができる。
【0016】
本発明の組成物を構成する因子である繊維芽細胞増殖因子4(FGF4、fibroblast growth factor 4)は、癌遺伝子産物と考えられており、過剰な作用は癌化の引き金の一因にもなり得るが、反面、FGF4は組織の修復や再生で重要な役割を果たしており、特に放射線障害防御作用があることが知られていた。FGF4の造血細胞への作用に関しては、全骨髄細胞の培養時に添加すると、骨髄ストローマ細胞の増殖を促進させ、その二次的結果として造血(血液細胞コロニー形成)が促進されるとの報告が過去にあるが(Francis et al. Blood 87, 1282-1291, 1996)、FGF4が造血幹細胞に直接作用し増幅させることは知られていなかった。また、類似蛋白質であるFGF1又はFGF2を加えて全骨髄細胞を培養すると造血幹細胞が増殖するとの報告がある(de Haan et al. Dev. Cell 4, 241-251, 2003; Yeoh et al. Stem Cells 24, 1564-1572, 2006)。
ヒトFGF4は、配列番号5で表されるアミノ酸配列を有する。
ヒトFGF4として、NM_002007、M17446、FJ45698等の塩基配列が登録され、NP_001998、AAB59555、AAA59473、EAW74752等のアミノ酸配列が登録されており、ゲノム遺伝子、変異体やスプライスバリアントも登録されている。更に、マウス、カエル、ラット、メキシコサラマンダー、ウシ、アカゲザル、ヒツジ、人工合成遺伝子も同様に登録されている。本発明においては、造血幹細胞に対する増幅活性がある限り、これらのいずれをも利用することができる。
【0017】
本発明の造血幹細胞を増殖させるためには、本発明の組成物を含む適当な培地、好ましくは無血清培地で造血幹細胞を培養する。
培地は、造血幹細胞の生存や増殖が阻害されない限り特に限定されないが、例えば、StemSpan(Stem Cell technologies)、STEMα(STEM ALPHA)、StemPro-34無血清培地(Gibco Invitrogen)、StemPro MSC無血清培地(Invitorogen)、HSC-CFU培地(Miltenyl Biotech)、S-Clone無血清培地(SF-02、SF-03、CM-B、SF-B)(三光純薬)、HPGM培地(三光純薬)、AIM V培地(Invitorogen)、Marrow MAX骨髄培地(Invitrogen)、KnockOut DMEM/F-12培地(Invtrogen)、Stemline造血幹細胞増殖培地(Sigma)、SYN無血清培地(SYN H、SYN B)(AbCys SA)、SPE IV培地(AbCys SA)、MyeloCult培地(StemCell Technologies)、HPG無血清培地(Lonza)、UltraCULTURE培地(Lonza)、Opti-MEM培地(Gibco Invitrogen他)、MEM培地(Gibco Invitrogen他)、MEMα(Gibco Invitrogen他)、DMEM培地(Gibco Invitrogen他)、IMDM培地(Gibco Invitrogen他)、PRMI1640培地(Gibco Invitrogen他)、Ham F-12培地(Gibco他)、RD培地等を用いることができる。
培地には更に、例えば、インスリン、トランスフェリン、ラクトフェリン、2−メルカプトエタノール、エタノールアミン、亜セレン酸ナトリウム、HEPES、モノチオグリセロール、ピルビン酸ナトリウム、ポリエチレングリコール、各種ビタミン、各種アミノ酸、各種増殖因子、各種抗生物質、ヘパリン、ヘパラン硫酸、コンドロイチン硫酸、LDLリポ蛋白質、プロスタグランジンE1ないしE2、StemRegenin 1(SR1、アリル炭化水素受容体アンタゴニスト)、5-AzaD(5-aza-2'-deocycitidine D)、TSA(trichostatin)、TEPA(銅キレート剤)、細胞外マトリックスとしてコラーゲン(タイプI、III、IV、V、VI、VII、VIII等)、フィブロネクチン、バイグリカン、デコリン、ラミニン、等を添加してもよい。なお、培地に動物由来の血清を添加してもよい。血清を使う場合はヒト血清が好ましく、移植予定患者の血清を用いることがより好ましい。
【0018】
本発明の造血幹細胞を増殖させるためには、本発明の組成物を培地に添加し培養するが、骨髄ストローマ細胞など造血幹細胞を支持するフィーダー細胞等と共培養してもよいし、骨髄ストローマ細胞培養上清と共に培養してもよい。また、本発明の組成物を様々な担体を介して又は介さずにシャーレ等培養器(装置)に付着又は共有結合させて培養してもよいし、本発明の組成物の各因子を発現させたフィーダー細胞と共培養してもよい。
培地中のSCFの濃度は、0.1 ng/ml〜1 μg/ml、好ましくは5〜500 ng/ml、より好ましくは10〜200 ng/ml、である。
培地中のGRN又はgranulinモチーフを有するGRNの分解部分ペプチド、FGF4及びIGFBP7の濃度は、それぞれ、通常約0.1 ng/ml〜1 μg/ml、好ましくは5〜500 ng/ml、より好ましくは50〜300 ng/mlである。
造血幹細胞(分画)は、培養用シャーレ、フラスコ、プレート、バッグ等、あるいは自動培養装置に、本発明の組成物やその他の因子や化合物を添加した上記記載の培地、好ましくは無血清培地に浮遊させ、5% CO2、37℃のインキュベーター内で、数日から1ヶ月ほど、好ましくは1週間から3週間程度、培地交換し容量を増やしながら培養することができる。
【0019】
本発明の組成物は、造血幹細胞を増幅しうる他の因子(自己複製因子、サイトカイン、ケモカイン、増殖因子、増幅因子、分化因子、造血因子等)と共に培地に添加することにより、他の因子の増幅能を格段に増加させる効果がある(後記の実施例3参照)。
このような他の因子は、培養容器に直接固定又は種々の蛋白質(ペプチド)等の担体を介して共有結合又は非共有結合で固定化して、無血清培地又はヒト血清を含む培地で造血幹細胞を体外で増幅することもできる。
このような他の因子は、造血細胞の生存維持、増殖、増幅、自己複製、未分化維持等を少なくとも促進させる活性のある因子である。このような因子として、例えば、Flt3 ligand、NOV、JAG1細胞外ドメイン、Pleiotrophin、Timp3、Oncostatin M、BMP4、IGF2等が挙げられる。これら以外にも、IL6(interleukin 6)とsIL6R(可溶性IL6レセプター)、IL1、IL2、IL5、IL7、IL8、IL3、IL10、IL11、IL16、IL27(C19orf10)、IL31、TPO(thrombopoietin)、Notch ligand(Jaggedファミリー/Deltaファミリー)キメラ蛋白質、FGF1(fibroblast growth factor 1)、FGF2、FGF8b、Ang1(Angiopoietin 1/Tie2 ligand)、IGF1、 IGFBP2(IGF binding protein 2)、IGFBP3、TGFβ (transforming growth factor)、 Angpl(Angiopoietin-like protein)ファミリーのAngpl2、Angpl3、Angpl5、Angptl7やMfap4、PRG4(Hemangiopoietin, Lubricin)、Galectin-1(LGAS1)、VEGFA、VEGFC、Wnt2、Wnt3a、Wnt5a、Wnt5b、Wnt7a、Wnt7b、Wnt10b、Wnt16、SDF-1、G-CSF、EPO、GM-CSF、CTC、CT-1、PDGF、PrP(prion protein)、Sonic hedgehog、PDGF、RANTES、種々のケモカイン、SDF-1、MIP-1α、EGF、LIF等が挙げられる。
【0020】
ヒト造血幹細胞は、臍帯血、胎児肝臓、骨髄、胎児骨髄、末梢血、G-CSF等のサイトカインや抗癌剤の投与によって幹細胞を動員した末梢血、末梢血由来の細胞群等から純化することができる。ヒトES細胞、ヒトiPS細胞より造血幹細胞や造血系プロジェニター細胞に誘導された細胞、更にはヒト体細胞から遺伝子操作等で直接作成された造血幹細胞やプロジェニター細胞を用いることもできる。これらから、抗体を用いて免疫学的に染色し、セルソーター、磁気ビーズ等を用いて分離するか、ロゼット形成による細胞分離法や各種自動分離装置等を用いて分離することにより造血幹細胞を濃縮した分画を取得できる。
ヒト造血幹細胞のマーカーとしてはCD34陽性、CD38弱陽性(陰性)、CD133陽性、KDR陽性、CD90(Thy-1)陽性、CD117(c-Kit)陽性等が知られており、細胞分化抗原陰性等と組み合わせて用いることができる。さらに、ヒト骨髄や臍帯血や末梢血由来等の造血幹細胞としてSP(side population)細胞(Hoechst33342陰性細胞)を用いてもよい。
また、造血幹細胞を純化(単離)あるいは濃縮することなく、ヒト骨髄、臍帯血、抹消血等から赤血球等を除いた有核(又は単核)細胞又は幹細胞分画をそのまま培養に用いることもできる。ヒトES細胞やiPS細胞、またヒト体細胞から直接造血幹細胞や造血系プロジェニター細胞に誘導した細胞を純化することなく用いることもできるし、上記方法で純化した造血幹細胞やプロジェニター細胞を用いることもできる。
【実施例】
【0021】
以下、実施例にて本発明を例証するが本発明を限定することを意図するものではない。
以下の実施例において、全細胞数はヘマトサイトメーター(血球計算盤)で測定した。全細胞増幅倍率は、増幅前後の全細胞数の変化(倍率)として表す。増幅比は、基準(例えば、SCFのみで培養した場合)の全細胞数に対する因子を添加して増幅した全細胞数の比として表す。幹細胞の割合については、増幅した全細胞を、FITCラベルCD34抗体とPEラベルCD133抗体で反応させて、フローサイトメーター(Coulter社製EpicsXL)によって全細胞中の造血幹細胞(CD34陽性細胞胞)の割合(%)を測定した。幹細胞増幅倍率は、培養前の造血幹細胞数に対して、体外で増幅した造血幹細胞数の増幅倍率を表す。
なお、以下の実施例で、増幅倍率や増幅比等は複数回(3〜7回)の実験における平均値を示し、これらは通常±10%程度のバラツキがあった。
【0022】
実施例1
ヒト臍帯血CD34陽性細胞(Lonza社製、純度90%以上(CD34抗体磁気ビーズ法))を解凍し、直ちに一部細胞を造血幹細胞のマーカーであるCD34とCD133の蛍光標識抗体(FITCラベルCD34抗体(Becton Dickinson社)及びPEラベルCD133抗体(Miltenyi Biotech社)と反応させ、フローサイトメーター(FACS)で解析した。この造血幹細胞のFACS解析結果の代表例を図1Aに示し、位相差顕微鏡写真の代表例を図2Aに示す。
無血清培地(StemCell Technologies社製StemSpan SFEM)に、ヒトSCF(Peprotech社)(20 ng/ml)を添加した。これに、更にヒトGRN(R&D System社)、ヒトIGFBP7(Peprotech社)、ヒトFGF4(Peprotech社)、又はGRNの分解部分ペプチドの一つであるGranulin C(ENZO社)を各0〜200 ng/mlの濃度で添加した培地を準備した。
なお、FGF4を添加した場合については、ヘパリン(2μg/ml)を添加した培地と添加しない培地を準備した。
96穴プレート1穴に、上記各培地200μlにCD34陽性細胞を2.0〜6.0×104細胞(1.0〜3.0×105細胞/ml)を混ぜて、5%CO2、37℃で培養開始した。同じ成分を含む新鮮培地で適時部分交換し、24穴プレートに移し容量を増やしながら2週間培養した。
結果を表1に示す。
【0023】
【表1】

【0024】
表1から、SCF存在下で、造血幹細胞はIGFBP7、FGF4、GRN及びGranulin Cの濃度に依存して増幅することが分かる。
また過去に種々の増幅因子を用いて造血幹細胞を体外で増幅させた報告では、増幅した全細胞中の造血幹細胞の割合は多くて10%程度であった。これは、使用した因子の細胞分化活性のため、造血幹細胞を増幅させるばかりか各種の造血細胞に分化させてしまうためと考えられる。例えば、TPO、SCF、Flt3 ligandを使って造血幹細胞を増幅した場合に、全増幅細胞中の造血幹細胞の割合は約6%であり、Pleiotrophinを更に添加しても約8%であると報告されている(Himburg, H.A. et al. Nature Medicine 16, 475-483, 2010)。これに比べて、表1に示すように、本発明の組成物を用いて造血幹細胞を増幅した場合に、造血幹細胞の割合が50%以上であることは、本発明の組成物が造血幹細胞を未分化維持したまま増幅させていることを示している。
またGRNの分解部分ペプチドの一つであるGranulin CもGRNと同様の増幅効果がある(No.19-22)。これは、GRNの増幅効果が、そのgranulinモチーフに起因していることを示している。
なお、No.8-10のFGF4添加による増幅比がNo.11-14のFGF4添加による増幅比とほぼ同程度であることから、本発明の組成物を構成する因子ではないヘパリンは、本発明の組成物と組み合わせても、本発明の組成物のような相乗効果(後記の実施例3を参照)を示す因子ではないことが分かる。
【0025】
実施例2
本実施例では、本発明の組成物を組み合わせた場合の造血幹細胞の増幅を観察した。
実施例1で、本発明の組成物を構成する因子(ヒトGRN、ヒトIGFBP7、ヒトFGF4)の添加効果が、濃度100 ng/ml以上ではほぼ一定になることが分かったので、この実施例においては、この濃度100 ng/mlで実験した。
またこの実施例においては、幹細胞の増幅をより効果的にするために、SCFとヘパリンの濃度を実施例1に比べて上げて実験した。
ヒトSCF(100 ng/ml)とヘパリン(2μg/ml)を含む200μlの無血清培地StemSpanに、100 ng/mlのヒトGRN、ヒトIGFBP7又はヒトFGF4を組み合わせて添加し、ヒト臍帯血CD34陽性細胞(1〜3×105細胞/ml)を96穴プレート中で5%CO2、37℃で培養を開始し、培地交換しながら容量を増やし、14日間培養した。
結果を表2に示す。
【0026】
【表2】

この表から、本発明の組成物を構成する因子が相互的に増幅を高めていることが分かる。また、本発明の組成物を用いた培養で、2週間で全細胞数を約60倍まで増幅させることができ、造血幹細胞の約半分を未分化維持した造血幹細胞として増幅が可能であることが分かる。これらのデータから、造血幹細胞を2週間で約30倍まで体外で増幅できることが分かる。
このセルソーター解析の代表例(No.5)を図1Eに示す。造血幹細胞が高い割合(52%)で増幅したことが分かる。
また、増幅前のCD34陽性細胞と、増幅後の造血幹細胞(No.5)の位相差顕微鏡写真(ライカ社製DMI6000B倒立顕微鏡、倍率200倍)の代表例を図2に示す。造血幹細胞が増えている様子が分かる。
【0027】
実施例3
本実施例では、本発明の組成物を他の因子と組み合わせた場合の造血幹細胞の増幅を観察した。
またこの実施例においては、幹細胞の増幅がよりはっきり見えるように、SCFとヘパリンの濃度を実施例2に比べて下げて実験した。
本実施例では、他の因子としてFlt3 ligandを用いた。Flt3 ligand は、造血幹細胞やプロジェニター細胞を他の増幅因子の存在下で相乗的に増幅させ、造血細胞の特定系列への細胞分化も促進し、変異によっては造血細胞を白血病細胞に誘導することもあることが知られている因子である(Drexler, H.G. & Quentmeier, H. Growth Factors 22, 71-73, 2004)。
ヒトSCF(20 ng/ml)、ヘパリン(1μg/ml)及び100 ng/mlのヒトGRN、ヒトIGFBP7、ヒトFGF4を含む200μlの無血清培地StemSpanに、Flt3 ligand(Prospec社)(20μg/ml)を単独又は組み合わせて添加し、ヒト臍帯血CD34陽性細胞(1〜3×105細胞/ml)を2週間培養した。
その結果を表3に示す。
【0028】
【表3】

本発明の組成物は、他の因子(Flt3 ligand)による造血幹細胞の増幅を更に増大させる効果を有することが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(1)及び(2)の因子から成るヒト造血幹細胞を増幅させるための組成物。
(1)幹細胞因子(SCF)
(2)GRN(progranulin)又はgranulinモチーフを有するGRNの分解部分ペプチド、繊維芽細胞増殖因子4(FGF4)及びインスリン様成長結合因子タンパク質7(IGFBP7)から成る群から選択される少なくとも1種の因子
【請求項2】
前記SCF、前記GRN、前記FGF4及び前記IGFBP7が、それぞれ配列番号3〜4に示すアミノ酸配列からなる蛋白質である請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
ヒト造血幹細胞を、請求項1又は2に記載の組成物の存在下で培養することから成る増殖したヒト造血幹細胞の製法。
【請求項4】
無血清培地、又はヒト血清を含む培地で培養する請求項3に記載の製法。
【請求項5】
増殖したヒト造血幹細胞を移植する予定の患者の血清を含む培地で培養する請求項3に記載の製法。
【請求項6】
請求項1又は2に記載の組成物を含む、無血清又はヒト血清から成るヒト造血幹細胞培養用の培地。
【請求項7】
前記ヒト血清が前記増殖したヒト造血幹細を移植する予定の患者の血清である請求項6に記載の培地。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−165660(P2012−165660A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−27159(P2011−27159)
【出願日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【出願人】(506079009)
【Fターム(参考)】