説明

ヒノキチオールの抽出方法、ヒノキチオール含有水性抽出物及び抗菌剤

【課題】 木材中に存在するヒノキチオールを無駄なく抽出し、しかもヒノキチオールを水性抽出物として得るヒノキチオールの抽出方法を提供する。
【解決手段】
亜臨界水又は超臨界水を用いて木材の抽出を行う。木材の抽出時の温度を60〜400℃の範囲、抽出時の圧力を0.1〜22MPaの範囲とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒノキチオールの抽出方法、ヒノキチオール含有水性抽出物及び抗菌剤に関し、より詳細には、亜臨界水又は超臨界水を用いたヒノキチオールの抽出方法と、これにより得られるヒノキチオール含有水性抽出物と、この抽出物を含有する抗菌剤とに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、木材等に含まれる天然成分は、安全性の高さから種々の分野への利用が検討されている。中でもヒノキチオールは、抗菌性、防黴性、消炎性などを有することから、多くの検討が為されている。ヒノキチオールは、上述のように天然物から得られる安全性の高さが注目され、ヘアケア製品、スキンケア製品、シロアリ駆除、木材保存等の分野で使用され、更には、塗料、ワックス、接着剤等にも用途がある。このような天然物由来のヒノキチオールは、ヒバ、クサヒバ等の木材を水蒸気蒸留することにより得るのが通常である(例えば、特許文献1)。
【0003】
しかし、木材を水蒸気蒸留すると、留出物は多量の水層と少量の油層の二層となり、ヒノキチオールは水層と油層の両方に溶解することとなる。しかも、ヒノキチオールは水層よりも油層に高濃度で溶解するため、水層のみ又は油層のみを利用することは、得られるヒノキチオールの全てを利用することにはならない。従って、無駄なくヒノキチオールを利用するためには、例えばエタノールを添加するなどにより、高濃度でヒノキチオールを含有する油層を水層に可溶化する必要がある。しかし、エタノールなどを添加すると、本来の天然物ということはできなくなり、安全性を損なうことにもなりかねない。また、用途も制約され、コスト的にも不利となる。
【特許文献1】特開2000−226301号公報(段落〔0009〕〜〔0010〕)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明はこのような従来技術の問題点を解決するために為されたものであり、本発明の目的は、木材中に存在するヒノキチオールを無駄なく抽出し、しかもヒノキチオールを水性抽出物として得ることができるヒノキチオールの抽出方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明のヒノキチオールの抽出方法は、亜臨界水又は超臨界水を用いて木材の抽出を行うことを特徴とする。亜臨界水又は超臨界水を用いると、ヒノキチオールは、水蒸気蒸留物のような水層と油層の二層としてではなく、水溶液として得ることができる。
【0006】
本発明に於いて原料として使用し得る木材は、ヒノキチオール又はヒノキチオールと同等の作用を有するβ―トラブリンを含むものであれば特に制限されないが、ヒバ、クサヒバ、ヒノキアスナロ(青森ヒバ)、台湾ヒノキ、ウェスタンレッドシダー、アスナロなどのヒノキ科植物を好適に使用することができる。
【0007】
ここで、本明細書に於いては、超臨界水とは、温度及び圧力が臨界点(374℃、22MPa)以上の状態にある水をいい、また、亜臨界水とは本明細書に於いては、圧力が0.2MPa以上で温度が374℃より低く100℃以上の範囲の水をいい、その温度における飽和蒸気圧以上に圧縮された状態にある水をいう。
【0008】
亜臨界水又は超臨界水を用いて抽出を行う場合の木材抽出時の温度は、60〜400℃の範囲が好ましく、100〜300℃の範囲がより好ましく、更に、170〜230℃の範囲が最も好ましい。また、木材抽出時の圧力は、0.1〜22MPaの範囲が好ましく、0.1〜15MPaの範囲がより好ましく、更に、1〜12MPaの範囲が最も好ましい。抽出時の温度が上記より低いと、抽出されずに木材内に残ってしまうヒノキチオールの量が多くなり、抽出時の温度が上記より高いと、抽出中にヒノキチオールが熱分解するので好ましくない。また、抽出時の圧力が上記より低いと、系が水蒸気相に近づく場合があり、抽出時の圧力が上記より高いと、設備や運転コストが増大し実用上は好ましくない。すなわち、飽和水蒸気以上の圧力があればヒノキチオールは抽出され、圧力を過度に高めても抽出率にはあまり影響しない。
【0009】
木材抽出時の時間は、木材の種類や抽出条件によって変わるが、1〜60分の範囲が好ましく、2〜30分の範囲がより好ましい。また、抽出時の時間が上記より短いと、抽出されずに木材内に残ってしまうヒノキチオールの量が多くなり、抽出時の時間が上記より長いと、抽出中にヒノキチオールが熱分解するので好ましくない。
【0010】
本発明のヒノキチオール含有水性抽出物は、上記のヒノキチオールの抽出方法により得ることができる。本発明のヒノキチオール含有水性抽出物には、ヒノキチオール以外に、水溶性のヘミセルロース、分解生成物であるオリゴ糖などを含み、これらのヒノキチオール以外の成分がヒノキチオールの可溶化に寄与しているものと考えられる。
【発明の効果】
【0011】
本発明のヒノキチオールの抽出方法によれば、ヒノキチオールは水溶液中に抽出した形で得ることができる。従って、この方法により得られるヒノキチオール含有水性抽出物は、エタノール等を用いて可溶化する必要がなく、そのまま抗菌剤等として使用することができる。さらに、亜臨界水又は超臨界水を連続的に供給する連続方式を採用することにより、ヒノキチオール含有水性抽出物を濃度の異なるフラクション毎に分取することができ、これにより、高濃度から低濃度まで、目的に応じた濃度のヒノキチオール含有水性抽出物を供給することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
図1は、本発明のヒノキチオールの抽出方法を実施するための装置を例示する概念図である。本装置は亜臨界水を製造するためのものであり、同図に示すように、水タンク1からの送水を行う高圧ポンプ2と、高圧ポンプ2からの水を加熱して亜臨界水を調製する電気炉3と、高圧ポンプ2と電気炉3との間に配されたダンパ4とを有している。高圧ポンプ2と電気炉3との間、及び高圧ポンプ2とダンパ4との間には、それぞれバルブ5及びバルブ6が設けられている。
【0013】
電気炉3から排出される亜臨界水は、木材からヒノキチオールの抽出を行う抽出管7に導入される。また、抽出管7に並行してバイパス流路14が設けられている。抽出管7の入口側にはバルブ8が設けられ、また、亜臨界水の供給が安定するまでの間、電気炉3から送出される水が抽出管7に入らないようにバイパスさせるバルブ9がバイパス回路14上に設けられている。図示していないが、抽出管出口付近に木材からの固形成分の排出を防ぐために、フィルターなどを必要に応じて付ける。
【0014】
抽出管7から排出される亜臨界水は、バルブ11を介して冷却管10で冷却される。冷却管10から排出される水性抽出物は、コントロールバルブ12を介して外部に定常的に排出される。このコントロールバルブ12は、アクチュエータ13によりその開閉を制御することにより、抽出管7及び電気炉3に於ける圧力を一定(ここでは11MPa)に維持する機能を果たしている。
【実施例】
【0015】
図1のヒノキチオール抽出装置を使用して、輪島ヒバ約33.5gを原料として、ヒノキチオールの亜臨界水による抽出を行った。亜臨界水の温度は、抽出管7の入口と出口とで、温度計T2及びT3(図1)によりそれぞれ測定した。ここで、一定温度の亜臨界水(温度T2)が抽出管7に定常的に供給される場合においても、抽出管7及びその内部の木材は徐々に加熱されるため、抽出管7内で温度勾配を生じるとともに、出口温度(T3)は時間とともに上昇することとなる。従って、抽出時の実際の亜臨界水の温度は、例えば入口温度と出口温度の最低値との間の幅を持った数値で表すことができる。
【0016】
表1は、亜臨界水の入口での温度(T2)をそれぞれ155℃、180℃、225℃及び270℃の一定値として上記輪島ヒバの抽出を行った場合の抽出フラクションのそれぞれについて、出口温度(T3)の最低値(当該フラクションにおける初期の温度)及び最高値(当該フラクションにおける最後の温度)を測定した結果を表している。
【0017】
【表1】

【0018】
次に、表1に示した各フラクションについて、高速液体クロマトグラフィ(HPLC)による分析を行うことによりヒノキチオールの含有量を求め、その結果を図2に示した。図2におけるヒノキチオールの含有量は、図3に例示するHPLCチャートに於いて、試薬ヒノキチオールを標品として、HPLCチャート上の面積を積算することにより求めた。図3は入口温度225℃で抽出した抽出物について、一定フラクション毎のサンプルをHPLCにより分析した結果を表している。標品のヒノキチオールのクロマトチャートは破線で表されている。ここで、HPLC分析の条件は、図3に記載されているとおりである。なお、図3における各チャートの面積は、測定の毎に標準化されるため、必ずしも含有量の絶対値には対応していない。
【0019】
図2のフラクション「0〜0.5L」の棒グラフA1及びこのフラクションに対応する表1の温度から明らかなように、ヒノキチオールは、入口温度155℃、出口温度60〜111℃で亜臨界水によって抽出され得ることが分かる。また、図2のフラクション「1〜1.5L」の棒グラフD3及びこのフラクションに対応する表1の温度から明らかなように、入口温度270℃、出口温度228〜236℃では、ヒノキチオールは水性抽出物中に存在しないことが分かる。同様に、フラクション「1.5〜2L」の棒グラフD4及びこのフラクションに対応する表1の温度から明らかなように、入口温度270℃、出口温度236〜238℃でも、ヒノキチオールは水性抽出物中に存在しないことが分かる。これは、ヒノキチオールが熱分解している可能性を示唆しており、このことは、図2の「Total」の棒グラフD0が小さく、抽出されるヒノキチオールの全量が少なくなっていることからも予想される。最も抽出効率が良いのは、図2の「Total」の棒グラフA0〜D0の比較から、入口温度225℃の場合(棒グラフC0)であることが分かる。
【0020】
上記で得た入口温度180℃、225℃及び270℃のそれぞれのヒノキチオール含有水性抽出物の各フラクションについて、黄色ブドウ球菌に対する抗菌性試験を円筒平板法を用い常法により行った。抗菌性試験は、シャーレ上の黄色ブドウ球菌を接種したハートインフュージョン培地の表面を12の区域に区切り、各区域に上記各フラクションのヒノキチオール含有水性抽出物を滴下し、30℃、20時間培養した後、黄色ブドウ球菌に対する効果を観察した。その結果を表2に示した。
【0021】
【表2】

【0022】
表2では、各セルは表1のセルと対応しており、表1上の同じ位置のフラクションに対する抗菌性を表している。表2から、入口温度180℃及び225℃のフラクションについては、全てに抗菌性が認められた。入口温度270℃については、0〜0.5L及び0.5〜1Lのフラクションは抗菌性を有しているが、1〜1.5L及び1.5〜2Lのフラクションについては抗菌性が認められなかった。この結果は、図2のヒノキチオールの含有量のデータとも一致している。
【産業上の利用可能性】
【0023】
本発明のヒノキチオールの抽出方法によれば、抗菌性等を有する天然物由来のヒノキチオールを水性抽出物の性状として得ることができるので、ヘアケア製品、スキンケア製品、シロアリ駆除、木材保存等の分野で使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明のヒノキチオールの抽出方法を実施するための装置を例示する概念図である。
【図2】各入口温度についての各フラクションについて、高速液体クロマトグラフィ(HPLC)分析により求めたヒノキチオールの含有量を表す棒グラフである。
【図3】入口温度225℃で抽出した抽出物について、一定フラクション毎のサンプルをHPLCにより測定したチャートを表している。
【符号の説明】
【0025】
1 水タンク
2 高圧ポンプ
3 電気炉
4 ダンパ
5,6 バルブ
7 抽出管
8,9,11 バルブ
10 冷却管
12 コントロールバルブ
13 アクチュエータ
14 バイパス流路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
亜臨界水又は超臨界水を用いて木材の抽出を行うことを特徴とするヒノキチオールの抽出方法。
【請求項2】
前記木材の抽出時の温度が、60〜400℃の範囲である請求項1記載のヒノキチオールの抽出方法。
【請求項3】
前記木材の抽出時の圧力が、0.1〜22MPaの範囲である請求項1又は2記載のヒノキチオールの抽出方法。
【請求項4】
亜臨界水又は超臨界水を定常的に供給し、ヒノキチオールの抽出を行った後に冷却を行うことにより、ヒノキチオール含有水性抽出物を定常的に得る、請求項1乃至3の何れかに記載のヒノキチオールの抽出方法。
【請求項5】
請求項1乃至4の何れかに記載の抽出方法により得られるヒノキチオール含有水性抽出物。
【請求項6】
請求項5記載のヒノキチオール含有水性抽出物を含有する抗菌剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−105957(P2008−105957A)
【公開日】平成20年5月8日(2008.5.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−287489(P2006−287489)
【出願日】平成18年10月23日(2006.10.23)
【出願人】(592216384)兵庫県 (258)
【出願人】(594129437)明興産業株式会社 (8)
【出願人】(597167748)財団法人新産業創造研究機構 (20)
【Fターム(参考)】