説明

ビスフェノールAの製造方法

本発明は、フェノールとアセトンを反応させてビスフェノールAを製造する方法において、高い選択性を維持しながらより高い温度で反応を行い、その結果高い生産性をもたらすビスフェノールAの製造方法を提供することを目的とする。本発明は、シンジオタクティックポリスチレン系重合体にカチオン交換基を導入してなり、かつその酸量が0.8ミリ当量/g以上であることを特徴とするカチオン交換樹脂、カチオン交換樹脂からなる触媒、及びカチオン交換樹脂触媒を用いるビスフェノールAの製造方法に関するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリスチレン系重合体骨格を有するカチオン交換樹脂からなる触媒に関する。
また本発明は、ビスフェノールAの製造方法に関するものである。さらに詳しくは、カチオン交換樹脂触媒の存在下、アセトンとフェノールを反応させてビスフェノールAを製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ビスフェノールA[2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)プロパン]は通常、フェノールとアセトンを均一酸または固体酸触媒の存在下に反応させることにより製造されている。反応混合物はビスフェノールAのほかに、未反応アセトン、未反応フェノール、反応生成水および他の反応副生物を含む。副生物の主な成分は、2−(2−ヒドロキシフェニル)−2−(4−ヒドロキシフェニル)プロパン(以下o,p’−BPA)であり、他にトリスフェノール、ポリフェノール化合物、クロマン化合物、および着色不純物等がある。
触媒として使用される均一酸の例としては、塩酸、硫酸等が挙げられる。均一酸を使用する場合、低温で反応させることにより、フェノールとビスフェノールAの付加物結晶を析出させながら反応させることが可能であるため、アセトンの高転化率とともに、異性体である、o,p’−BPAの副生量を減じて高選択率でビスフェノールAを製造することができる。しかしながら塩酸等の均一酸触媒は反応混合液中から触媒を除去、または中和する工程が必要であり、操作が煩雑となる。これに加えて反応液中に酸が均一に溶解することから装置等の腐食をもたらし、そのため、反応装置に高価な耐食材料を用いなければならず、経済的ではない。
【0003】
固体酸触媒としては、主にスルホン酸型カチオン交換樹脂が用いられる。ビスフェノールA生成反応は本質的には酸触媒のみで進行するが、このような固体酸触媒を用いると、触媒粒子表面から触媒上の活性点へアセトンが拡散する過程が介在し、反応速度は遅い。そこで通常は、メルカプト基を含有する化合物を反応系内に共存させることにより、触媒活性および選択率を向上させる方法がとられる。(例えば、特公昭45−10337号、特公昭46−19953号等)
また特開平62−178532では、充分な反応転化率を得るために、有効径0.3mm以下の微粒子、または微粉状のスルホン酸型カチオン交換樹脂を用いる方法が提唱されている。
【0004】
スルホン酸型カチオン交換樹脂の母材となる樹脂体の構造についても種種の改良がされている。スルホン酸型陽イオン交換樹脂は、スチレンとジビニルベンゼンをラジカル的に共重合したスチレン−ジビニルベンゼン共重合体をスルホン化することにより得られるものである。重合時のジビニルベンゼンはポリスチレン鎖が有機溶媒に溶解することを防ぐだけでなく、その含有量により極性溶媒をとりこむことにより形成されるスルホン酸型カチオン交換樹脂中の細孔すなわちゲルミクロ孔の大きさや、スルホン酸型カチオン交換樹脂の機械的強度を支配する重要な要素である。
【0005】
すなわち、ジビニルベンゼン含有量が少ないスルホン酸型カチオン交換樹脂はゲルミクロ孔が大きいため触媒活性は高いが機械的強度が劣り、またその含有量が多い場合は、機械的強度は増すが、ゲルミクロ孔が小さくなり活性が低下する。特開平5−97741や特開平6−320009には、ジビニルベンゼン含有量の少ないスルホン酸型カチオン交換樹脂と、その含有量が多いスルホン酸型カチオン交換樹脂中を併せて反応器へ充填して各々の欠点を補う方法が記載されている。さらに、WO 00/00454には、ジビニルベンゼンの代わりに、ジビニルビフェニルのような大きな分子を用いることによりゲルミクロ孔の大きなスルホン酸型カチオン交換樹脂を提唱しており、反応転化率の改善が報告されている。
【0006】
これら上記の方法におけるスルホン酸型カチオン交換樹脂は、スチレンとジビニルベンゼンなどのポリビニル芳香族化合物をラジカル的に共重合したアタクチックポリスチレンを母材としている。アタクチックポリスチレンは明確な融点を持たない非晶性の樹脂であるため、それにスルホン基を導入した市販のイオン交換樹脂には耐熱性になお改良の余地があり、80℃以上での加熱条件で使用する場合は溶出物が発生することが知られており、それにより機械的強度の低下、ゲルミクロ孔の閉塞に起因する活性低下、および長期間での劣化が問題となり、そのためより高温度での使用の障害となっている。
【0007】
このような問題点を解決する為に、架橋度を高めアタクチックポリマー鎖の耐熱性を上げる方法がとられている。架橋度を高めるとイオン交換樹脂粒子内の拡散が極端に低下する為、物理的な処理によりマクロポーラスと呼ばれるおおきな空孔を粒子内に設け、拡散性を改善させている。
しかしこのマクロポーラスを有するイオン交換樹脂は、水などの極性の高い分子を吸着させた場合、膨潤による粒子のふくらみを架橋構造が抑えこもうとし、それが耐えきれなくなると崩壊する。そのため水溶媒をも取り扱える耐熱性イオン交換樹脂の開発が望まれている。
【0008】
米国特許第3342755号では、スチレン部分のベンゼン環に隣接する第三級炭素の水素をハロゲンに置換することにより問題を解決しようとしているが、樹脂からの塩素の溶出が知られており、反応混合物への混入という新たな問題を引き起こす。
さらに、耐熱性が高いイオン交換樹脂としてナフィオン等のパーフルオロスルホン酸系の樹脂が知られているが、酸量の最大値は約1.0ミリ当量/gである。このポリマー骨格は、テトラフルオロエチレンとトリフルオロビニルアルコール誘導体の共重合により形成される為、有る量以上のトリフルオロビニルアルコール誘導体を入れることは重合技術上困難であり、すなわち酸量の増大は不可能であることを示す。
【0009】
またPolymer Preprints誌、1993年、34巻、852ページやMacromolecules誌、1994年、27巻、287ページや、Polymer International誌、2001年、50巻、421ページ等には、いずれもシンジオタクチックポリスチレンにスルホン基を導入し、その後結晶化することにより、スルホン基を持った結晶性ポリマーを合成する方法が記載されている。スルホン化したシンジオタクチックポリスチレンをその後結晶化させるには、導入する酸性官能基の量を著しく少なく抑える必要があると考えられ、そのためこの例では酸量が最大1.0ミリ当量/gと非常に少ないものしか得ることができず、実用的な触媒用途の為には不適当である。
【0010】
このように、耐熱性と高い酸量をもち、触媒として用いることのできるイオン交換樹脂体はこれまでに例が無かった。耐熱性と高い酸量を持つイオン交換樹脂を開発することが出来れば、イソブテンやプロピレンの水和、フェノールとアセトンからのビスフェノールAの合成、アニリンとホルムアルデヒドからのメチレンジアニリンの合成など、従来のイオン交換樹脂を低温で用いたり、鉱酸を触媒として用いる反応において、高温で用いることが出来る固体触媒となり、産業上非常に有用な触媒となる。
【特許文献1】米国特許第3342755号公報
【特許文献2】特開2004−55165号公報
【非特許文献1】Polymer Preprints,1993年,34巻,852ページ
【非特許文献2】Macromolecules,1994年,27巻,287ページ
【非特許文献3】Polymer International,2001年,50巻,421ページ
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、ポリスチレン系カチオン交換樹脂からなる触媒であって、耐熱性に優れかつ十分な酸量を有するカチオン交換樹脂触媒を提供する。また本発明は、フェノールとアセトンを反応させてビスフェノールAを製造する方法において、高耐熱性のカチオン交換樹脂を触媒として用いることにより、上記問題を解決し、高い選択性を維持しながらより高い温度で反応を行い、その結果高い生産性をもたらすビスフェノールAの製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討した結果、結晶性を有する重合体に酸性官能基を導入して得られるカチオン交換樹脂を触媒として用いることにより、活性、選択性及び耐久性を損なうことなく、より高温度で反応を行うことができ、その結果高い生産性でビスフェノールAが得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は次のカチオン交換樹脂触媒である。
(1)シンジオタクティックポリスチレン系重合体にカチオン交換基を導入してなり、かつその酸量が0.8ミリ当量/g以上であることを特徴とするカチオン交換樹脂からなるカチオン交換樹脂触媒。
また本発明のカチオン交換樹脂触媒に係る好ましい態様および用いられる製造方法を次に示す。
【0014】
(2)結晶化度が5%以上である(1)記載のカチオン交換樹脂触媒。
(3)前記ポリスチレン系重合体のシンジオタクティシティーが70%以上である(1)に記載のカチオン交換樹脂触媒。
(4)(1)に記載のカチオン交換樹脂触媒であって、フェノールとアセトンからビスフェノールAを製造する反応において用いられる触媒。
(5)フェノールとアセトンを反応させてビスフェノールAを製造する方法において、(1)に記載のカチオン交換樹脂を触媒として用いることを特徴とするビスフェノールAの製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば酸量が高く活性に優れるとともに、高温での使用が可能なカチオン交換樹脂触媒が提供される。
本発明の方法によれば、収率および選択率よくビスフェノールAを製造でき、また安全上、プロセス上および経済上著しく優位にビスフェノールAを生産することが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明のカチオン交換樹脂触媒は、スチレン系重合体を化学処理して酸性官能基を導入して調製する。
スチレン系重合体としては、ポリスチレン、ポリ(α−メチルスチレン)等のαないしβ置換ポリスチレン、ポリ(p−メチルスチレン)等のフェニル置換ポリスチレンがあげられる。この中で無置換のポリスチレンが好ましい。
【0017】
例えばスチレン性モノマー単独、またはスチレン性モノマーとポリビニル芳香族化合物を共重合して得られるポリスチレン類の、炭素−炭素結合から形成される主鎖に対して側鎖であるフェニル基が交互に反対方向に位置するシンジオタクチックポリスチレン、またフェニル基が同一方向に位置するアイソタクチックポリスチレンが結晶性を有する点で好ましく、結晶化が速いという点から、シンジオタクチックポリスチレンがさらに好ましい。
シンジオタクチックポリスチレンは市販のものでもよく、またスチレン性モノマーのみを重合させた重合体でもよく、スチレン性モノマーとポリビニル芳香族モノマーとを共重合させた重合体でもよい。重合方法は特に限定はされないが、スチレン性モノマーのみを重合させた重合体を用いる場合も、スチレン性モノマーとポリビニル芳香族モノマーとを共重合させた重合体を用いる場合も、例えば特開平8−151492、特開平8−151414、特開平8−143729、特開平8−134122、特公平7−77790、特公平7−57767、特公平7−55994等に開示された方法を用いると立体規則性の高い重合体を得ることが出来る。
【0018】
シンジオタクチックポリスチレンの立体規則性を示すタクティシティーは、13C−NMR法により測定され、連続する複数個の構成単位の存在割合、例えば2個の場合はダイアッド、3個の場合はトリアッド、5個の場合はペンタッドによって示すことができ、ラセミダイアッドで70%以上が好ましく、75%以上が特に好ましい。
シンジオタクチックポリスチレンには、本発明を損なわない範囲でアイソタクチック体のような立体構造の異なるものを混合しても構わない。
【0019】
本発明で用いる重合体は、架橋構造を有していてもよい。架橋構造とは重合体分子の主鎖または側鎖と、別の重合体分子の主鎖または側鎖が橋かけ構造によりつながっているものであり、どのような方法で架橋構造を導入しても構わない。例えばビニル基を一つ持ったスチレンと、ポリビニル芳香族であるジビニルベンゼンとを共重合すると、重合体主鎖の生成と同時に架橋構造を導入することが出来る。また特開2002−363116号報に開示されているような方法で、架橋構造を有しない重合体を後から架橋しても構わない。
【0020】
スチレン性モノマーとポリビニル芳香族モノマーとを共重合させた重合体を用いる場合には、例えば(ポリビニル芳香族モノマーの重量)/(全モノマーの重量)で表される架橋度が0.01%以上20%以下、好ましくは0.1%以上、15%以下であることがよく、更には0.1%以上10%以下であることがとりわけ好ましい。
これにより得られるイオン交換樹脂の溶出が抑制され、また物理強度を強化しつつ、イオン交換樹脂内での物質拡散性を保ち、結果として長期間にわたり触媒活性を維持することができる。
【0021】
用いるスチレン性モノマーとしては、スチレンおよび置換スチレン、例えばα−メチルスチレン、ビニルトルエン、ビニルキシレン、エチルビニルベンゼン、ビニルナフタレン、ビニルビフェニル、メチルビニルビフェニル等が挙げられるが、好ましくはスチレンである。
ポリビニル芳香族モノマーには、例えばジビニルベンゼン、ジビニルトルエン、ジビニルクロロベンゼン、ジアリルフタレート、ジビニルナフタレン、ジビニルキシレン、ジビニルエチルベンゼン、トリビニルナフタレン、ポリビニルアントラセン、ジビニルフェナントレン、ジビニルビフェニルジビニルターフェニル、ジビニルジフェニルメタン、ジビニルジフェニルエタン等が挙げられるが、好ましくはジビニルベンゼンである。
【0022】
スチレン性モノマーとポリビニル芳香族モノマーは任意の組み合わせで用いることができるが、架橋を充分に行う為には、スチレンとジビニルベンゼンのようにビニル基同士の組み合わせで重合反応の反応性をあわせることが肝要である。
【0023】
本発明では重合体を熱処理または他の方法にて一旦結晶化させ、その後重合体粒子の外表面から酸性官能基を導入することを特長としている。この方法であれば、粒子全体の結晶性を損なうことなく、任意の割合の酸性官能基を導入することが可能である。
すなわち結晶化工程での操作を充分行えば結晶化度の高い重合体が得られ、また簡易な操作で低い結晶化度の重合体も得ることができ、これらの重合体へ酸性官能基を入れる場合も反応条件や求電子試薬の種類の選定により酸性官能基の導入量を制御することができ、このように結晶化度と酸性官能基の量は任意の値を取ることができる。
【0024】
重合体を結晶化させる方法は特に限定はされず、公知の方法を取ることができるが、結晶性の重合体の熱処理を行う方法が簡便であり好ましい。熱処理としては、例えば重合体を融点以上に加熱して冷却する方法、融点以下で加熱保持してから冷却する方法、溶媒に重合体を溶解または分散させて加熱した後に冷却する方法等が挙げられるが、どの方法を用いてもよい。得られるイオン交換樹脂の耐熱性を上げるために、結晶化度はX線法で求められる値が5%以上50%以下であることが好ましく、更には10%以上50%以下であることが好ましい。なお重合体の結晶化度を求めるX線法とは一般的に用いられている方法で、「高分子実験学 第17巻 高分子の固体構造II」(共立出版、1984年)の313頁等に記載されている。
【0025】
本発明において重合体へ導入する酸性官能基にはカルボキシル基、スルホン酸基等が挙げられるが、酸触媒として充分な強度を有すること、また求電子反応で簡便に導入できることなどから、好ましくはスルホン酸基である。
スルホン酸基の導入には公知の方法を用いることができ、例えば膨潤剤もしくは溶媒の存在下に、硫酸、アセチル硫酸、発煙硫酸、クロロ硫酸などの試剤を所定量加えて液相でスルホン化する方法や、気相で重合体に三酸化硫黄等のスルホン化剤を接触させてスルホン化する方法等が挙げられる。スルホン化率の点から液相でスルホン化する方法が好ましい。
【0026】
液相でのスルホン化に用いる溶媒もしくは膨潤剤は、スルホン化試剤と反応しないものであれば特に規定は無いが、ポリスチレン系重合体に対する溶解性の高すぎるものは、重合体の結晶性を損なうおそれがある。またポリスチレン系重合体に対する親和性が低すぎると、スルホン化が充分に進行しないことがある。膨潤剤もしくは溶媒はこれらの点を考慮して適宜選択できるが、ポリスチレン系重合体にポリスチレンを用いる場合、ニトロベンゼン、氷酢酸、1,4−ジオキサン、石油エーテル等の極性が高い溶媒を用いるとポリマー粒子の表面からスルホン化が進行するため好ましい。
触媒としての充分な機能を有するために、酸性官能基を導入した後のイオン交換樹脂の酸量は0.8ミリ当量/g以上が好ましく、1.1ミリ当量/g以上がより好ましい。なおイオン交換樹脂の酸量は、プロトン型の乾燥樹脂0.2gを10%NaCl水溶液100ml中で1時間攪拌し、その濾液の全量を0.05規定NaOH水溶液で逆滴定して求めることが出来る。
【0027】
本発明において得られるイオン交換樹脂は、加熱条件での使用において従来よりも溶出物の発生が少ないイオン交換樹脂を得ることができる。例えば、水50gとイオン交換樹脂2gを130℃で18時間攪拌した場合、水中への酸成分の溶出は1.5%以下であることが好ましく、更には1.1%以下であることが好ましい。
【0028】
このようなイオン交換樹脂の形態は、重合で得られたポリスチレンの段階で規定される。すなわち重合で得られたパウダーのまま酸性官能基を導入すれば、パウダー状のイオン交換樹脂が得られる。一方、ポリスチレンの段階で公知の方法により粒子状やシート状へ成形、または紡糸したのち繊維状にしてもよく、これら成形体を原料として酸性官能基を導入すれば、ポリスチレンの形状を保ったままのイオン交換樹脂を得ることができる。ポリスチレンの形態としては、比表面積の大きいパウダーないし粒子状のものが、酸性官能基を導入しやすくまた触媒活性が優れる点で好ましい。
【0029】
ビスフェノールA生成反応は本質的には酸触媒のみで進行するが、通常はメルカプト基含有化合物を助触媒として共存させることにより、触媒活性および選択性を向上させる方法が取られる。本発明においてもメルカプト基含有化合物を共存させることが好ましい。その方法としては、原料であるフェノールおよびアセトンの混合物へアルキルメルカプタン等のメルカプト基含有化合物を少量混合して用いる方法や、メルカプト基含有化合物をカチオン交換樹脂の酸性官能基に結合させる方法等があり、いずれの方法を用いてもよい。
フェノール及びアセトンの混合物へ混合するメルカプト基含有化合物は、分子内にメルカプト基を有していれば他の構造に特に制限はなく、例としてメルカプトメチル基、2−メルカプトエチル基、3−メルカプト−n−プロピル基等のメルカプトアルキル基類、4−メルカプトシクロヘキシル基、4−メルカプトメチルシクロヘキシル基等の脂環式炭化水素基類、p−メルカプトフェニル基、p−メルカプトメチルフェニル基等のメルカプト芳香族基類等が挙げられる。また、これらの芳香族または脂肪族ないしは脂環式炭化水素基はメルカプト基の他にハロゲン原子、アルコキシ基、ニトロ基、ヒドロキシ基等の置換基を有する炭化水素基であってもよい。フェノール及びアセトンの混合物へこのメルカプト基含有化合物を添加する量は、100wtppmから5wt%の範囲が好ましい。これにより、少ない助触媒量で助触媒効果を最大限に発現させることが出来る。
【0030】
カチオン交換樹脂の酸性官能基の一部に結合させるメルカプト基含有化合物についても特に制限はなく、カチオン交換樹脂の酸性官能基とイオン結合を形成する化合物であれば良い。このような化合物としては、2−メルカプトエチルアミン(システアミン)、3−メルカプトプロピルアミン、N,N−ジメチル−3−メルカプトプロピルアミン等のメルカプトアルキルアミン類、3−メルカプトメチルピリジン、3−メルカプトエチルピリジン、4−メルカプトエチルピリジン等のメルカプトアルキルピリジン類、チアゾリジン、2,2−ジメチルチアゾリジン、2−メチル−2−フェニルチアゾリジン、3−メチルチアゾリジン等のチアゾリジン類等が挙げられる。メルカプト基含有化合物を酸性官能基に結合させる割合は、スルホン酸型カチオン交換樹脂の全スルホン酸基の2〜50%、好ましくは5〜30%である。これにより、酸量の低下による活性低下を引き起こすことなく、助触媒効果を最大限に発現させることが出来る。メルカプト基含有化合物をカチオン交換樹脂に結合させる方法は、特公昭46−19953号公報等に示されているような、従来公知の方法を用いることができる。
【0031】
本発明でビスフェノールA製造の原料として用いられるフェノールとしては、通常入手できる工業用フェノールが使用可能である。工業用フェノールには、クメン法またはトルエン酸化法等で製造されたものがあり、いずれの方法で製造されたものでも良い。一般的に、純度98%以上のフェノールが市販されている。このような工業用フェノールをそのままビスフェノールA合成反応に使用しても良いが、好ましくは、反応を実施する前に、フェノールを予め強酸型カチオン交換樹脂と連続式または回分式で、処理温度50〜120℃、接触時間5分〜10時間で処理したものを使用する。さらに好ましくは、工業用フェノールを前記のように強酸型カチオン交換樹脂と接触処理した後、常圧〜10mmHgの減圧下、温度70〜200℃で蒸留処理を行ったものを使用する。
本発明で用いるアセトンには特に制限はなく、通常入手できる市販の工業用アセトンで良い。一般的には純度99%以上のものが入手可能である。
原料であるフェノールとアセトンの使用量(量比)は特に限定されないが、好ましくはフェノール/アセトンのモル比で0.1〜100の範囲であり、更に好ましくは0.5〜50の範囲で実施することが奨励される。余りにフェノールの量が少なければ、原料アセトンの高い転化率を達成することは困難であり、また余りにフェノールの量が多ければ高いアセトンの転化率を達成することはできるが、必要以上にフェノールを用いるために反応器が過大となり、更にフェノールの大量循環が必要となり効率的に製造し得ないためである。
反応温度についても本発明では特に限定されることはないが、好ましくは0〜300℃、更に好ましくは30〜200℃の範囲である。反応温度が極端に低すぎると反応速度が低下し、反応生成物の生産性が低下する。一方、反応温度が極端に高すぎると好ましからざる副反応等が進行し、副成生物の増大や、原料であるフェノール、およびアセトン、さらに生成物であるビスフェノールAの安定性にも好ましくなく、反応選択率の低下をもたらし経済的でない。
【0032】
反応は減圧、加圧、および常圧のいずれの状態で実施することも可能である。反応効率(単位体積当たりの反応効率)の観点から余りに低い圧力で実施することは好ましくはない。通常好ましい実施圧力範囲は、0.1〜200気圧であり、更に好ましくは0.5〜100気圧である。無論、本発明はこれらの圧力範囲に限定されない。
また本発明を実施するに際し、使用する触媒量は特に限定されないが、例えば、反応をバッチ方式で実施する場合には、好ましくは原料となるフェノールに対して重量パーセントで0.001〜200%、更に好ましくは0.1〜50%の範囲で行うことが推奨される。
本発明を実施するにあたり、反応系内に触媒および反応試剤に対して不活性な溶媒もしくは気体を添加して、希釈した状態で行うことも可能である。具体的にはメタン、エタン、プロパン、ブタン、ヘキサン、シクロヘキサン等の脂肪族炭化水素類、窒素、アルゴン、ヘリウム等の不活性気体や場合によっては水素を希釈剤として使用することもできる。
【0033】
本発明を実施するに際してその方法はバッチ式、セミバッチ式、または連続流通式のいずれの方法においても実施することが可能である。液相、気相、気−液混合相のいずれの形態においても実施することが可能である。好ましくは反応効率的な観点から液相反応で実施することが推奨される。触媒の充填方式としては、固定床、流動床、懸濁床、棚段固定床等種々の方式が採用され、いずれの方式で実施しても差し支えない。
反応時間(流通反応においては滞留時間もしくは触媒接触時間)は特に限定されることはないが、通常0.1秒〜30時間、好ましくは0.5秒〜15時間である。反応後、反応生成物を前記触媒等から濾過、抽出、留去等の分離方法によって、分離回収することができる。目的生成物であるビスフェノールAは、分離し、回収した回収物から溶媒抽出、蒸留、アルカリ処理、酸処理等の逐次的な処理方法、あるいはこれらを適宜組み合わせた操作等の通常の分離、精製法によって分離精製し、取得することができる。また、未反応原料は回収して、再び反応系へリサイクルして使用することもできる。
バッチ反応の場合、反応後に反応生成物を分離して回収された触媒はそのまま、またはその一部もしくは全部を再生した後、繰り返して反応に再度使用することもできる。固定床または流動床流通反応方式で実施する場合には、反応に供することによって、一部またはすべての触媒が失活もしくは活性低下した場合には反応を中断後、触媒を再生して反応に供することもできるし、また連続的もしくは断続的に一部を抜き出し、再生後、再び反応器にリサイクルして再使用することもできる。さらに新たな触媒を断続的に反応器に供給することもできる。移動床式流通反応で実施する際には、バッチ反応と同様に触媒を分離、回収し、必要であるならば再生して使用することができる。
【実施例】
以下、本発明を実施例により、更に具体的に説明する。しかしながら、本発明はこれら実施例のみに限定されるものではない。
実施例1
【0034】
(1)スチレン性重合体の合成
トルエン180ml、スチレン45ml、10%メチルアルミノキサン/トルエン溶液24ml、0.5%シクロペンタジエニルチタントリクロライド/トルエン溶液3.6mlを仕込み、窒素雰囲気下、50℃、2時間反応を行った。その後回収した重合体を洗浄、乾燥した。得られた重合体の13C−NMR測定により、この重合体がシンジオタクチックポリスチレンであることを確認した。またこの重合体の5mgを10℃/分でDSC測定したところ、222℃にTc(結晶化)のピークがみられた。
(2)スチレン性重合体の熱処理
充分に乾燥したスチレン性重合体を、窒素雰囲気下、200℃に4時間保持し、その後窒素雰囲気下で放冷した。
(3)スチレン性重合体のスルホン化
ニトロベンゼン130g、(2)で熱処理したスチレン性重合体10g、硫酸50gを仕込み、80℃、3時間反応を行った。反応後、樹脂分を濾別し、イオン交換水で充分に洗浄し、更に80℃で24時間減圧乾燥してカチオン交換樹脂1を得た。得られたカチオン交換樹脂1の酸量は1.1ミリ当量/gであった。またこのカチオン交換樹脂1をCuKα線でXRD測定を行ったところ、2θが6.7、11.7、13.5、20.4度にピークが見られた。結晶化度は21%であった。
実施例2
【0035】
ニトロベンゼン130g、実施例1の(2)で得られた熱処理したスチレン性重合体10g、硫酸50gを仕込み、80℃、6時間反応を行った。反応後、樹脂分を濾別し、イオン交換水で充分に洗浄し、更に80℃で24時間減圧乾燥してカチオン交換樹脂2を得た。得られたカチオン交換樹脂2の酸量は1.7ミリ当量/gであった。またこのカチオン交換樹脂2をCuKα線でXRD測定を行ったところ、2θが6.7、11.7、13.5、20.4度にピークが見られた。結晶化度は14.9%であった。
実施例3
【0036】
スチレン45mlの代わりに、スチレン45mlと80%ジビニルベンゼン0.7mlを合わせて用いた以外は実施例1と同様の条件で実施し、カチオン交換樹脂3を得た。なお、熱処理をする前のスチレン性重合体の13C−NMR測定により、この重合体がシンジオタクチックポリスチレンであることを確認した。また熱処理をする前のスチレン性重合体の5mgを10℃/分でDSC測定したところ、217℃にTc(結晶化)のピークがみられた。またカチオン交換樹脂3の酸量は3.7ミリ当量/gであった。またこのカチオン交換樹脂3をCuKα線でXRD測定を行ったところ、2θが6.7、11.7、13.5、20.4度にピークが見られた。結晶化度は10.5%であった。
【0037】
(比較例1)
(1)スチレン性重合体のスルホン化
ニトロベンゼン130g、実施例1の(1)で得たスチレン性重合体10g、硫酸50gを仕込み、80℃、3時間反応を行った。反応後、樹脂分を濾別し、イオン交換水で充分に洗浄し、更に80℃で24時間減圧乾燥してカチオン交換樹脂4を得た。酸量を測定したところ1.1ミリ当量/gであった。
(2)カチオン交換樹脂4の熱処理
充分に乾燥したカチオン交換樹脂4を、窒素雰囲気下、200℃に4時間保持し、その後窒素雰囲気下で放冷した。この熱処理したカチオン交換樹脂4をCuKα線でXRD測定を行ったところ、明確なピークは見られなかった。
【0038】
(比較例2)
スチレン性重合体の代わりに洗浄と乾燥を充分に行ったアンバーリスト31を用いた以外はすべて実施例1の(2)と同様の熱処理を行った。それをCuKα線でXRD測定を行ったところ、明確なピークは見られなかった。
実施例4
【0039】
70mlの耐圧反応器に蒸留水50g、実施例1で調製したカチオン交換樹脂1を2g仕込み、窒素ガスで耐圧反応器内を5kg/cmゲージ圧に加圧した後、130℃で18時間加熱攪拌した。その後室温に冷却し、放圧後内容物をすべて取り出し、孔径0.1μmのメンブランフィルターで濾別した後、濾液と残さの酸量をそれぞれ測定した。その結果、仕込んだ酸量の約1.1%が濾液中から検出され、残りは残さから検出された。
実施例5
【0040】
カチオン交換樹脂1の代わりに、実施例2で調製したカチオン交換樹脂2を用いた以外はすべて実施例4と同様の操作を行った。その結果、仕込んだ酸量の約1.0%が濾液中から検出され、残りは残さから検出された。
実施例6
【0041】
カチオン交換樹脂1の代わりに、実施例3で調製したカチオン交換樹脂3を用いた以外はすべて実施例4と同様の操作を行った。その結果、仕込んだ酸量の約0.7%が濾液中から検出され、残りは残さから検出された。
【0042】
(比較例3)
カチオン交換樹脂1の代わりに、比較例1で調製したカチオン交換樹脂4を用いた以外はすべて実施例4と同様の操作を行った。その結果、仕込んだ酸量の約3.0%が濾液中から検出され、残りは残さから検出された。
【0043】
(比較例4)
カチオン交換樹脂1の代わりに、洗浄と乾燥を充分に行ったアンバーリスト31を用いた以外すべて実施例4と同様の操作を行った。その結果、仕込んだ酸量の約2.0%が濾液中から検出され、残りは残さから検出された。
実施例7
【0044】
カチオン交換樹脂の変性
実施例3で得られたカチオン交換樹脂3の5gをイオン交換水100ml中に分散し、攪拌しながら、任意量の0.85%アミノエタンチオール塩酸塩水溶液を1時間かけて滴下した。その後室温で5時間攪拌した後、樹脂分を濾別し、イオン交換水で充分に洗浄し、更に80℃で24時間減圧乾燥して変性カチオン交換樹脂Aを得た。(ここで得られた変性カチオン交換樹脂Aは、スルホン酸基の35%がアミノエタンチオールと結合した変性カチオン交換樹脂であった。)
実施例8
【0045】
70mlの耐圧反応器に1.59gのアセトンと28.41gのフェノール、実施例7で調製した変性カチオン交換樹脂Aを0.75g仕込み、窒素ガスで耐圧反応器内を5kg/cmゲージ圧に加圧した後、反応温度75℃で2時間加熱攪拌し反応を行った。反応終了後、室温に冷却し、放圧後反応液を取り出し液体クロマトグラフ法によって分析定量した。その結果を表1に示した。
実施例9
【0046】
フェノール仕込量を20.66gに、反応温度を85℃に変えたこと以外は、実施例8と同様に反応を行った。結果を表1に示す。
実施例10
【0047】
フェノール仕込量を12.91gに、反応温度を100℃に変えたこと以外は、実施例8と同様に反応を行った。結果を表1に示す。
【0048】
【表1】

(比較例5)
触媒として、市販アンバーリスト31のスルホン酸基の35%をアミノエタンチオールでイオン交換した、変性アンバーリスト31を用いた以外は総て実施例8と同じ条件で反応を行った。その結果を表2に示した。
(比較例6)
触媒として、市販アンバーリスト31のスルホン酸基の35%をアミノエタンチオールでイオン交換した、変性アンバーリスト31を用いた以外は総て実施例9と同じ条件で反応を行った。その結果を表2に示した。
(比較例7)
触媒として、市販アンバーリスト31のスルホン酸基の35%をアミノエタンチオールでイオン交換した、変性アンバーリスト31を用いた以外は総て実施例10と同じ条件で反応を行った。その結果を表2に示した。
【0049】
【表2】

実施例11
【0050】
実施例10で触媒として使用した変性カチオン交換樹脂Aを、反応後濾過により取り出し、再度原料を仕込んで同一条件で反応を行った。その結果を表3に示す。
実施例12
【0051】
実施例11で触媒として一度再使用した変性カチオン交換樹脂Aを、更に反応後濾過により取り出し、再度原料を仕込んで同一条件で反応を行った。結果を表3に示す。
実施例13
【0052】
実施例11と12で触媒として二度再使用した変性カチオン交換樹脂Aを、更に反応後濾過により取り出し、再度原料を仕込んで同一条件で反応を行った。結果を表3に示す。
【0053】
【表3】

(比較例8)
比較例7で触媒として使用した変性アンバーリスト31を反応後、濾過により取り出し、再度原料を仕込んで同一条件で反応を行った。この操作を3回繰り返した。その結果を表4に示す。
(比較例9)
比較例8で触媒として一度再使用した変性アンバーリスト31を、更に反応後濾過により取り出し、再度原料を仕込んで同一条件で反応を行った。結果を表4に示す。
(比較例10)
比較例8と9で触媒として二度再使用した変性アンバーリスト31を、更に反応後濾過により取り出し、再度原料を仕込んで同一条件で反応を行った。結果を表4に示す。
【0054】
【表4】

実施例14
【0055】
70mlの耐圧反応器に1.59gのアセトンと28.41gのフェノール、実施例3で調製したカチオン交換樹脂3を0.75g仕込み、更に濃度が3000ppmとなるように3−メルカプトプロピオン酸を仕込んだ後、窒素ガスで耐圧反応器内を5kg/cmゲージ圧に加圧し、反応温度75℃で2時間加熱攪拌し反応を行った。反応終了後、室温に冷却し、放圧後反応液を取り出し液体クロマトグラフ法によって分析定量した。その結果を表5に示した。
実施例15
【0056】
フェノール仕込量を20.66gに、反応温度を85℃に変えたこと以外は、実施例14と同様に反応を行った。結果を表5に示す。
【0057】
【表5】

(比較例11)
触媒として、実施例1で調製したカチオン交換樹脂の代わりに市販アンバーリスト31を用いた以外は総て実施例14と同じ条件で反応を行った。その結果を表6に示した。
(比較例12)
触媒として、実施例1で調製したカチオン交換樹脂の代わりに市販アンバーリスト31を用いた以外は総て実施例15と同じ条件で反応を行った。その結果を表6に示した。
【0058】
【表6】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
シンジオタクティックポリスチレン系重合体にカチオン交換基を導入してなり、かつその酸量が0.8ミリ当量/g以上であることを特徴とするカチオン交換樹脂からなるカチオン交換樹脂触媒。
【請求項2】
結晶化度が5%以上である請求項1記載のカチオン交換樹脂触媒。
【請求項3】
前記ポリスチレン系重合体のシンジオタクティシティーが70%以上である請求項1に記載のカチオン交換樹脂触媒。
【請求項4】
請求項1に記載のカチオン交換樹脂触媒であって、フェノールとアセトンからビスフェノールAを製造する反応において用いられる触媒。
【請求項5】
フェノールとアセトンを反応させてビスフェノールAを製造する方法において、請求項1に記載のカチオン交換樹脂を触媒として用いることを特徴とするビスフェノールAの製造方法。

【国際公開番号】WO2005/026237
【国際公開日】平成17年3月24日(2005.3.24)
【発行日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−513842(P2005−513842)
【国際出願番号】PCT/JP2004/012634
【国際出願日】平成16年9月1日(2004.9.1)
【出願人】(000005887)三井化学株式会社 (2,318)
【Fターム(参考)】