説明

ピストン用耐摩環およびその製造方法

【課題】冷却媒体流通路を形成するための部材が一体化されて成る耐摩環に対し、ピストンの鋳造成形時に溶湯が冷却媒体流通路を閉塞してしまうことを回避できるピストン用耐摩環およびその製造方法を提供する。
【解決手段】流通路形成体7に、耐摩環本体6の内周面62に沿って延びる延長部74を設けておき、この延長部74の外周面74aと耐摩環本体6の内周面62とを面接触させた状態で、これらを互いに溶接する。これにより、溶接面積を十分に確保し、溶接不良の発生を抑制して、ピストンの鋳造時の溶湯がオイル流通路51内に流れ込んでしまうことを阻止する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車用エンジンなどの内燃機関に適用されるピストン用耐摩環およびその製造方法に係る。特に、本発明は、冷却媒体(例えばオイル)の流通路を形成するための部材が一体化されて成る耐摩環に対し、その冷却性能を十分に確保するための対策に関する。
【背景技術】
【0002】
近年のエンジン(例えば自動車用エンジン)は、軽量化を図り且つ放熱性を高める目的から、アルミニウム合金製の部品が多く用いられており、ピストンもアルミニウム合金製となっている。一方、近年、エンジンは低燃費化および高出力化の傾向にあり、燃焼室内の温度環境は非常に高温になってきている。また、燃焼圧力も高圧になってきている。このため、ピストンに装着されるピストンリングには高い耐摩耗性が要求されており、高硬度のピストンリングが使用されるようになってきている。この場合、上記アルミニウム合金製のピストンに形成されているピストンリング溝の内壁には、高硬度のピストンリングが衝突する状況となるため、ピストンリング溝の内壁の摩耗や変形が懸念される。特に、燃焼温度の高いディーゼルエンジンに適用されるトップリングにあっては、高い燃焼圧が直接作用するので、トップリング溝の内壁にはトップリングからの衝撃が繰り返し作用し、摩耗や変形が発生する可能性が高い。このようにトップリング溝に摩耗や変形が発生してしまうと、ガス漏れやオイル漏れが生じ、エンジンの出力低下などを招いてしまい好ましくない。
【0003】
これを改善するため、アルミニウム合金製のピストンのトップリング装着部分に、アルミニウム合金よりも高硬度の材料であって高温時においても高い耐摩耗性を有するニレジスト材からなる耐摩環を鋳込んでおくことが提案されている。つまり、ピストンに鋳込まれた高硬度の耐摩環の外周面にトップリング溝を形成しておき、このトップリング溝にトップリングを装着することで、ピストン本体(アルミニウム合金の部分)とトップリングとの直接接触を回避する構成である。
【0004】
一方、上記トップリング装着部分の周辺は、燃料の圧縮、爆発による熱エネルギにより高温に曝されるため、冷却を必要とする。そのため、従来から、ピストンの上部肉厚部におけるトップリング装着部分近傍には環状(ドーナツ状)の冷却用空洞(以下、冷却媒体流通路と呼ぶ場合もある)が設けられ、潤滑油などの冷却媒体を循環させて冷却する構成が採用されている。
【0005】
そして、上述したような耐摩環が鋳込まれているピストンにあっては、この耐摩環の内周側に環状の冷却媒体流通路を配置しておくことで、耐摩環を直接冷却する構造が検討されている。
【0006】
例えば、下記の特許文献1および特許文献2には、リング溝を有する耐摩環本体の内周面に断面が略コ字状に形成された流通路形成体(この特許文献では中空金属環と称している)を溶接により一体的に接合し、これら耐摩環本体と流通路形成体との間で冷却媒体流通路を形成した構成が開示されている。具体的には、板金の折り曲げ成形によって外周側に開放する断面略コ字状に形成された流通路形成体の各開放側先端部を耐摩環本体の内周面に溶接することで、これらを一体化させた構成となっている。
【特許文献1】特開平11−82738号公報
【特許文献2】特開平5−231539号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、これまでの耐摩環本体と流通路形成体との接合構造では、流通路形成体の各開放側先端部を耐摩環本体の内周面に溶接していた。つまり、耐摩環本体の内周面に対して流通路形成体の各開放側先端部を突き合わせた状態で溶接していた。このため、その溶接箇所の面積(流通路形成体と耐摩環本体との接触面積)が小さく、十分な溶接強度が得られないばかりでなく、部分的な溶接不良が発生してしまう可能性の高いものとなっていた。特に、耐摩環全体の軽量化を図るべく流通路形成体の板厚寸法を小さく設定するほど、上記溶接箇所の面積が小さくなり、上記懸念は大きくなってしまう。
【0008】
このような溶接不良が発生した状態で、ピストン成形型内に耐摩環を配置してピストンの鋳造加工を行う場合、流通路形成体が耐摩環本体から剥離してしまったり、溶接不良箇所から冷却媒体流通路内に溶湯が流れ込み、この溶湯によって冷却媒体流通路が閉塞されてしまう可能性があった。これでは、冷却媒体流通路内に冷却媒体を流通させることができなくなり、冷却性能が著しく悪化してしまう。
【0009】
特に、上述したような耐摩環本体に対する流通路形成体の突き合わせ部分での溶接不良箇所から溶湯が流れ込む場合、図10に示すように、流れ込んだ溶湯の流れは大きく乱れたものとなり、冷却媒体流通路d内の広範囲に亘って溶湯cが流れ込んでしまう可能性がある。この図10では、aが耐摩環本体であり、bが流通路形成体である。
【0010】
以上のような課題が生じる現象は、ピストンの鋳造加工時ばかりでなく、この鋳造加工の前処理としてアルフィン処理を行うものにあっても同様に発生する。このアルフィン処理とは、鋳込み性改善のために、ピストンの鋳造加工前に耐摩環をアルミニウムの溶湯内に浸漬させておくことで、アルミニウムとの間のぬれ性を改善する処理である。そして、上記溶接不良が生じている場合、この溶湯内への浸漬時に、冷却媒体流通路に溶湯が流れ込んでしまう可能性があった。
【0011】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、冷却媒体流通路を形成するための部材が一体化されて成る耐摩環に対し、ピストンの鋳造加工時に溶湯が上記冷却媒体流通路を閉塞してしまうことを回避できるピストン用耐摩環およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
−課題の解決原理−
上記の目的を達成するために講じられた本発明の解決原理は、高硬度材料で成る耐摩環本体と、この耐摩環本体に接合されることで冷却媒体流通路を形成する流通路形成体との接合部分の構成として、流通路形成体に、耐摩環本体の内周面に沿って延びる延長部を設けておき、この延長部の外周面と耐摩環本体の内周面とを面接触させた状態で、これらを互いに接合(溶接)している。これにより、接合面積を十分に確保し、接合不良の発生を抑制している。
【0013】
−解決手段−
具体的に、本発明は、鋳造加工により成形された内燃機関用ピストンのピストンリング装着部分に配設され、外周面にピストンリング溝を備えた環状の耐摩環本体と、この耐摩環本体の内周面に接合され、この耐摩環本体との間で冷却媒体の流通路を形成する流通路形成体とを備えて成るピストン用耐摩環を前提とする。このピストン用耐摩環に対し、上記流通路形成体に、耐摩環本体との間で冷却媒体の流通路を形成するための流通路壁部と、この流通路壁部に連続して耐摩環本体の内周面に沿って延びる延長部とを備えさせ、この延長部の外周面と上記耐摩環本体の内周面とを互いに接合させている。
【0014】
この特定事項により、耐摩環本体と流通路形成体との接合部分では、流通路形成体の延長部の外周面と耐摩環本体の内周面とが面接触した状態となっており、従来の如く流通路形成体の先端部が耐摩環本体に突き合わされた状態で接合されるものに比べて、接合面積が十分に確保されている。そのため、接合不良の発生を抑制することができ、流通路形成体が耐摩環本体から剥離してしまうことがなくなり、接合強度を十分に確保できる。また、接合不良箇所が無くなることで、ピストンの鋳造加工時に、冷却媒体流通路(流通路壁部の内側空間)に溶湯が流れ込んでしまうことも阻止され、この冷却媒体流通路が溶湯(ピストンの構成材料)によって閉塞されてしまうといったこともなくなる。その結果、冷却媒体流通路の流路面積を大きく確保することができ、この冷却媒体流通路を流れる冷却媒体による冷却効果を十分に発揮させることができる。
【0015】
また、上述した如く流通路形成体の延長部が耐摩環本体に面接触しているので、この流通路形成体を板金加工で形成する場合に、その板厚寸法を小さく設定しても(薄肉化しても)、それが原因で接合不良が発生するといったことはない。このため、流通路形成体の薄肉化による軽量化を図ることができ、ピストンの軽量化に寄与させることができる。
【0016】
また、仮に、流通路形成体の延長部の外周面と耐摩環本体の内周面との面接触部分に接合不良が存在していて、この部分から冷却媒体流通路内に溶湯が流れ込む状況になったとしても、この溶湯は、流通路形成体の延長部の外周面と耐摩環本体の内周面とによって流れ方向が規制され(流れ方向がガイドされ)、この溶湯の流れが冷却媒体流通路内で大きく乱れてしまうといったことが抑制される。例えば、この冷却媒体流通路内に流れ込んだ溶湯は、耐摩環本体の内周面に沿って流れ、冷却媒体流通路内の中央部分に達することが抑制された流れとなる。これによっても、冷却媒体流通路が溶湯によって閉塞されてしまうといったことが防止でき、冷却媒体流通路を流れる冷却媒体による冷却効果を十分に発揮させることができる。
【0017】
また、耐摩環本体と流通路形成体との接合部分の具体構成の一つとしては以下のものが挙げられる。上記流通路形成体の流通路壁部を、耐摩環本体の内周面との間に所定間隔を存して配設された内周壁と、この内周壁におけるピストン軸線方向の一端部から耐摩環本体の内周面に向かって延びる第1壁と、上記内周壁におけるピストン軸線方向の他端部から耐摩環本体の内周面に向かって延びる第2壁とを備えた構成とする。そして、上記延長部を、上記第1壁の外周側端縁から耐摩環本体の内周面に沿って延びる形状に形成しておき、その外周面を上記耐摩環本体の内周面に接合する一方、第2壁の先端部を、耐摩環本体の内周面に当接して接合した構成としている。
【0018】
また、耐摩環本体と流通路形成体との接合部分の他の具体構成としては以下のものが挙げられる。上記流通路形成体の流通路壁部を、耐摩環本体の内周面との間に所定間隔を存して配設された内周壁と、この内周壁におけるピストン軸線方向の一端部から耐摩環本体の内周面に向かって延びる第1壁と、上記内周壁におけるピストン軸線方向の他端部から耐摩環本体の内周面に向かって延びる第2壁とを備えた構成とする。また、上記延長部を、上記第1壁の外周側端縁から耐摩環本体の内周面に沿って延びる第1延長部と、上記第2壁の外周側端縁から耐摩環本体の内周面に沿って延びる第2延長部とを備えた構成とする。そして、これら各延長部の外周面を上記耐摩環本体の内周面にそれぞれ接合した構成としている。
【0019】
これら特定事項により、耐摩環本体と流通路形成体との接合部分の構成が具体化でき、本発明の実用性を高めることができる。また、特に、上記延長部として第1延長部および第2延長部を備えさせ、これら延長部の外周面を耐摩環本体の内周面にそれぞれ接合した構成の場合、耐摩環本体と流通路形成体との接合部分の全体を面接触による接合部とすることができ、耐摩環全体として接合不良箇所を無くすことが可能になる。
【0020】
また、上記耐摩環本体と流通路形成体とを互いに異なる材料により形成し、流通路形成体の延長部の外周面と耐摩環本体の内周面とを互いに溶接した構成としている。
【0021】
このように耐摩環本体と流通路形成体とを互いに異なる材料により形成するのは、耐摩環本体に求められる機能と流通路形成体に求められる機能とが互いに異なっていることに起因する。耐摩環本体は、ピストンリングに接触するため、摩耗や変形を生じないように高硬度が要求される。例えば、この耐摩環本体の構成材料としてはニレジストが採用される。これに対し、流通路形成体は、冷却媒体流通路の断面を所定形状に形成するために高い加工性が要求される。例えば、この流通路形成体の構成材料としてはステンレスが採用される。このように互いに異なる材料同士を溶接する場合、同一材料を溶接する場合に比べて溶接不良が発生する可能性が高くなるが、本発明では、この互いに異なる材料で成る耐摩環本体と流通路形成体とを面接触させた状態で溶接しているため、溶接不良が発生する可能性を大幅に低減することが可能である。
【0022】
上述の如く構成されたピストン用耐摩環の製造方法としては以下のものが挙げられる。先ず、流通路形成体の上記延長部を1箇所にのみ備えさせたものの場合、金属製板材の折り曲げ加工によって上記内周壁、第1壁、第2壁、延長部を形成して流通路形成体を作製する流通路形成体作製工程と、上記延長部の外周面を耐摩環本体の内周面に重ね合わせた状態で、これら両者を溶接する第1溶接工程と、上記第2壁の先端部を耐摩環本体の内周面に当接した状態で、これら両者を溶接する第2溶接工程とを有することになる。
【0023】
一方、流通路形成体の上記延長部として第1延長部および第2延長部を備えさせたものの場合、金属製板材の折り曲げ加工によって上記内周壁、第1壁、第2壁、第1延長部、第2延長部を形成して流通路形成体を作製する流通路形成体作製工程と、上記第1延長部の外周面を耐摩環本体の内周面に重ね合わせた状態で、これら両者を溶接する第1溶接工程と、上記第2延長部の外周面を耐摩環本体の内周面に重ね合わせた状態で、これら両者を溶接する第2溶接工程とを有することになる。
【0024】
これら各製造方法によって製造されたピストン用耐摩環においても、上述した各解決手段と同様の作用効果を得ることができる。
【発明の効果】
【0025】
本発明は、耐摩環本体の内周面と、流通路形成体に形成された延長部の外周面とを面接触させた状態で、これらを互いに接合(溶接)することで、両部材の接合面積を十分に確保し、接合不良の発生を抑制している。このため、ピストンの鋳造加工時に、冷却媒体流通路に溶湯が流れ込んでしまうことが阻止され、冷却媒体流通路の流路面積を大きく確保することができる。その結果、この冷却媒体流通路を流れる冷却媒体による冷却効果を十分に発揮させることが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。本実施形態は、自動車用ディーゼルエンジンのピストン用耐摩環に本発明を適用した場合について説明する。
【0027】
図1は、本実施形態に係るピストン1がシリンダボア21内に配置された状態を示す側面図である。また、図2は、ピストン1の断面図である。本実施形態に係るエンジンは、燃料直接噴射式のディーゼルエンジンであって、シリンダボア21を有するシリンダ2と、そのシリンダボア21内に往復移動自在に挿入されたピストン1とを備えている。ピストン1は、鋳造加工により作製された鋳造ピストンであり、アルミニウム合金によって形成されたピストン本体11を備えている。シリンダ2は、例えば、鋳鉄やアルミニウム合金により形成されている。
【0028】
上記ピストン本体11は、ヘッド部3と、このヘッド部3に連なり且つ図示しないコネクティングロッドに連結されるスカート部4とを備えている。ヘッド部3は、図示しないシリンダヘッドに対向する頂面31を有している。このヘッド部3には、頂面31の中央部分を凹陥して成り且つ燃焼室を構成するリップ部(凹陥部)32が形成されている。ピストン1は、膨張行程時に燃焼室で発生した燃焼圧を受けることによって、シリンダボア21内を往復運動する。そして、この往復運動がコネクティングロッドによって回転運動に変換されて、エンジンの出力軸であるクランクシャフトに出力されるようになっている。
【0029】
(耐摩環)
本実施形態に係るピストン1は、上記ヘッド部3におけるトップリング装着部分の近傍に、本実施形態の特徴とする部材である耐摩環5が配設されている。以下、この耐摩環5およびその周辺部の構成について説明する。
【0030】
図3は、図2において2点鎖線IIIで囲まれた領域を拡大して示す断面図である。また、図4は、耐摩環5の一部を断面で示す斜視図である。
【0031】
図1〜図4に示すように、上記ヘッド部3は、シリンダボア21の内壁に対向して延在する外周面33を有している。
【0032】
耐摩環5は、外径寸法が上記ヘッド部3の外径寸法に略一致する円環状の部材であって、上記リップ部32の外周側を取り囲むように、ピストン本体11の内部に鋳込まれている。
【0033】
そして、本実施形態に係る耐摩環5は、外周側に位置する耐摩環本体6と、この耐摩環本体6の内周面に溶接された流通路形成体7とを備えた構成となっている。
【0034】
耐摩環本体6は、耐磨耗性に優れた材料から形成された略リング形状の部材であって、例えば、ニレジスト(Ni−resist:高ニッケルオーステナイト鋳鉄)によって形成されている。
【0035】
この耐摩環本体6は、外径寸法が上記ヘッド部3の外径寸法に略一致しており、その外周面における高さ方向の中央部にはトップリング溝(ピストンリング溝)61が周方向の全体に亘って形成されている。そして、このトップリング溝61に、コンプレッションリングとしてのトップリング(ピストンリング)81が装着されている(図1参照)。
【0036】
尚、上記ピストン1のヘッド部3には、上記耐摩環5の配設位置よりもスカート部4側の位置にセカンドリング溝34およびオイルリング溝35がそれぞれ形成されている。
【0037】
上記セカンドリング溝34にはコンプレッションリングとしてのセカンドリング82が、また、オイルリング溝35にはオイルリング83がそれぞれ装着されている。
【0038】
上記コンプレッションリングとしてのトップリング81およびセカンドリング82は、例えば高炭素鋼やマルテンサイト系ステンレス鋼等により形成されており、周方向の一箇所に合い口が形成された平面視略C形の平板状部材からなっている。
【0039】
オイルリング83の具体構成としては、それぞれ周方向の一箇所に合い口が形成された平面視略C形の平板状のアッパーリングおよびロアリングを備え、これらリングの間にセンターリングを介装して組み立てられた3ピース構造になっている。尚、このオイルリング83の構成としては3ピース構造に限られるものではない。
【0040】
また、図3および図4に示すように、上記耐摩環本体6の内周面62は凹凸の無い円筒面で形成されている。更に、耐摩環本体6の上面63および下面64は平坦面で形成されている。
【0041】
一方、上記流通路形成体7は、ステンレス製の板材が折り曲げ等の加工によって略円環状に形成された部材として形成されている。具体的には、図3に示すように、この流通路形成体7は、ピストン1の内部に鋳込まれた状態で、耐摩環本体6の内周面62との間に所定間隔を存して略平行に配設された内周壁71と、この内周壁71の上端縁から耐摩環本体6の内周面62に向かって水平方向に延びる第1壁72と、内周壁71の下端縁から耐摩環本体6の内周面62に向かって水平方向に延びる第2壁73と、上記第1壁72の外周側端縁から耐摩環本体6の内周面62に沿うように下方に延びる延長部74とを備えている。
【0042】
上記内周壁71の高さ寸法は上記耐摩環本体6の高さ寸法に略一致している。このため、図3に示すように、耐摩環本体6の内周面62に流通路形成体7が溶接された状態では、上記第1壁72の上面72aと上記耐摩環本体6の上面63とが略面一(略同一高さ位置)となり、また、上記第2壁73の下面73aと上記耐摩環本体6の下面64とが略面一(略同一高さ位置)となっている。
【0043】
また、上記延長部74は、その長さ寸法(上下方向の寸法)が、上記耐摩環本体6の高さ寸法の略半分に設定されている。また、この延長部74は、その外周面74aと、上記第2壁73の外周端(先端部)73bとは同一面上に位置している。つまり、流通路形成体7の軸心(ピストン1の軸心に一致)から延長部74の外周面74aまでの距離と、流通路形成体7の軸心から第2壁73の外周端73bまでの距離とは互いに同一に設定されている。
【0044】
そして、この流通路形成体7の延長部74は、その外周面74aが上記耐摩環本体6の内周面62のうちの上側半分の領域に重ね合わされてプラズマ溶接によって接合されている。また、上記第2壁73の外周端73bは、耐摩環本体6の内周面62の下端部に当接され、同じく、プラズマ溶接によって接合されている。
【0045】
これにより、上記耐摩環本体6の内周面62と、流通路形成体7の各壁71,72,73とによって囲まれた空間が、冷却用のエンジンオイル(冷却媒体)を流通させるためのオイル流通路(冷却媒体流通路)51として形成されている。このため、上記流通路形成体7の各壁71,72,73が、本発明でいう流通路壁部として構成されている。
【0046】
尚、図2に示すように、上記ピストン本体11には、ピストン本体11の内部空間Sと上記オイル流通路51とを連通するオイル供給孔12が形成されている。また、ピストン本体11には、図2中に示す断面とは異なる断面においてピストン本体11の内部空間Sとオイル流通路51とを連通する図示しないオイル排出孔が形成されている。つまり、上記オイル供給孔12からオイル流通路51に導入されたオイルが、このオイル流通路51を流れながらピストン1上部の熱を奪った後に、オイル排出孔を経てオイルパンへ回収されるようになっている。これにより、トップリング装着部分の周辺が冷却されるようになっている。
【0047】
(製造方法)
次に、上述の如く構成された耐摩環5の製造方法およびピストン1の製造方法について説明する。
【0048】
上記耐摩環5を構成する流通路形成体7は、図5(a)に示すような薄板円盤状の金属製板材7’(ステンレスで成る円盤)に対して以下に述べるような加工が行われることで、図5(b)に示すような上記内周壁71,第1壁72,第2壁73,延長部74を備えたリング形状に形成される。以下、図6を用いて、この流通路形成体7の加工作業について説明する。
【0049】
先ず、図6(a)に断面形状を示すような上記薄板円盤状の金属製板材7’の中央部分を絞り加工することにより、図6(b)に示す形状にする。これにより、金属製板材7’は、外周部に位置する外側円環部7aと、この外側円環部7aの内周端から所定寸法だけ上方に立ち上がる立設部7bと、この立設部7bの上端から水平方向に延びる円盤部7cとが形成される。この場合、上記外側円環部7aの幅寸法(図6(b)における寸法Aは、上記第2壁73の幅寸法である)。
【0050】
その後、図6(c)に示すように、上記円盤部7cの中央部分をプレス加工により円形に打ち抜く。これにより、円盤部7cの中央部に開口7dが形成された状態となり、上記円盤部7cは円環状の内側円環部7eとして形成される。また、この場合の上記立設部7bの高さ寸法と上記内側円環部7eの幅寸法(半径方向の寸法)との和は、上記図3に示す断面における内周壁71の高さ寸法と、第1壁72の水平方向の寸法と、延長部74の高さ寸法との和に略一致している。
【0051】
そして、図6(d)に示すように、上記内側円環部7eを鉛直上方に向くように加工し、この内側円環部7eを上記立設部7bに連続する円筒形状にする。これにより、内側円環部7eと立設部7bとは連続する円筒部7fとして形成される。
【0052】
更に、その後、図6(e)に示すように、上記円筒部7fを外周側に折り曲げ加工して、水平方向外側に延びるように形成し、この部分が水平延長部7gとして形成される。この際の折り曲げ箇所(図6(e)における折り曲げ点B)は、この円筒部7fの下端から上記耐摩環本体6の高さ寸法に略一致する高さ位置に設定される。つまり、この折り曲げ加工によって上記流通路形成体7の内周壁71が形成される。
【0053】
そして、図6(f)に示すように、上記水平延長部7gの先端部分を鉛直下方に折り曲げる。これにより、水平延長部7gのうち水平方向に延びる部分が上記第1壁72として形成され、鉛直下方に折り曲げられた部分が延長部74として形成される。この際の折り曲げ箇所(図6(f)における折り曲げ点C)は、延長部74の外周面74aと第2壁73の外周端73bとが同一面上に位置するように設定される。以上のようにして流通路形成体7が形成される。
【0054】
このようにして形成された流通路形成体7と、予めニレジスト材によって所定形状に形成された耐摩環本体6との溶接に際しては、上述した如く、流通路形成体7の延長部74の外周面74aが上記耐摩環本体6の内周面62のうちの上側半分の領域に重ね合わされ、且つ第2壁73の外周端73bが耐摩環本体6の内周面62の下端部に当接され、各箇所がプラズマ溶接によって接合されて、流通路形成体7と耐摩環本体6とが一体化されて耐摩環5が作製される。
【0055】
そして、この耐摩環5を図示しないピストン鋳造用の金型内の所定位置に保持した状態で、金型のキャビティ内にアルミ系の金属溶湯を注入して鋳造を行う。そして、得られた鋳造品を所定のピストン形状に切削することにより、図2に示すように、耐摩環5が一体的に鋳込まれたピストン1が製造されることになる。尚、上記耐摩環本体6に設けられるトップリング溝61は、上記ピストン鋳造加工の前段階で形成しておいてもよいし、ピストン鋳造加工後に行われるピストン形状への切削加工時に形成するようにしてもよい。
【0056】
以上説明したように、本実施形態に係る耐摩環5にあっては、耐摩環本体6と流通路形成体7との溶接部分では、流通路形成体7の延長部74の外周面74aと耐摩環本体6の内周面62とが面接触した状態となっており、従来の如く流通路形成体の先端部が耐摩環本体に突き合わされた状態で溶接されるものに比べて、溶接面積が十分に確保されている。そのため、溶接不良の発生を抑制することができ、流通路形成体7が耐摩環本体6から剥離してしまうことがなくなり、溶接強度を十分に確保できる。また、溶接不良箇所が無くなることで、ピストン1の鋳造加工時に、オイル流通路51に溶湯が流れ込んでしまうことも阻止され、このオイル流通路51が溶湯(ピストン1の構成材料)によって閉塞されてしまうといったこともなくなる。その結果、オイル流通路51の流路面積を大きく確保でき、このオイル流通路51を流れるエンジンオイル(冷却媒体)による冷却効果を十分に発揮させることができる。
【0057】
また、上述した如く流通路形成体7の延長部74が耐摩環本体6に面接触しているので、この流通路形成体7の板厚寸法を小さく設定しても(薄肉化しても)、それが原因で溶接不良が発生するといったことはない。このため、流通路形成体7の薄肉化による軽量化を図ることができ、ピストン1の軽量化に寄与させることができる。
【0058】
更に、上述した如く、耐摩環本体6の構成材料と流通路形成体7の構成材料とが異なっている場合、同一材料を溶接する場合に比べて溶接不良が発生する可能性が高くなるが、本実施形態では、この互いに異なる材料で成る耐摩環本体6と流通路形成体7とを面接触させた状態で溶接しているため、溶接不良が発生する可能性を大幅に低減することが可能であり、特に有効である。
【0059】
また、仮に、流通路形成体7の延長部74の外周面74aと耐摩環本体6の内周面62との面接触部分に溶接不良が存在していて、この部分からオイル流通路51内に溶湯が流れ込む状況になったとしても、この溶湯は、図7に示すように、流通路形成体7の延長部74の外周面74aと耐摩環本体6の内周面62とによって流れ方向が規制され(流れ方向が下向きにガイドされ)、この溶湯の流れがオイル流通路51内で大きく乱れてしまうといったことが抑制される。つまり、このオイル流通路51内に流れ込んだ溶湯は、耐摩環本体6の内周面62に沿って下方へ向かう(流通路形成体7の第2壁73に向かう)ことになり、オイル流通路51内の中央部分に達することが抑制された流れとなる。これによっても、オイル流通路51が溶湯によって閉塞されてしまうといったことが防止でき、オイル流通路51を流れるエンジンオイルによる冷却効果を十分に発揮させることができる。
【0060】
また、このような溶湯の流れ込みが発生する状況となっても、流通路形成体7の延長部74の外周面74aと耐摩環本体6の内周面62との間には圧力損失が生じており、この圧力損失が生じる領域は従来のものよりも長くなっているため、オイル流通路51内に流れ込む溶湯の流れ込み量は、従来のものに比べて大幅に低減されることになる。これによっても、オイル流通路51の内部面積を十分に確保することが可能である。
【0061】
尚、ピストン1の鋳造加工では、それに先立ってアルフィン処理(鋳込み性改善のために、ピストン1の鋳造加工前に耐摩環をアルミニウムの溶湯内に浸漬させる処理)を実施する場合があるが、本実施形態によれば、このアルフィン処理時に、オイル流通路51に溶湯が流れ込んでしまうことも回避できる。
【0062】
(変形例)
次に、変形例について説明する。この変形例は、流通路形成体7の形状が上述した実施形態のものと異なっている。その他の構成は上記実施形態と同様であるので、ここでは流通路形成体7の形状についてのみ説明する。
【0063】
図8は、この変形例に係る耐摩環5を示す図3に相当する図である。また、図9は、この変形例に係る耐摩環5を示す図4に相当する図である。これらの図に示すように、本変形例における耐摩環5を構成する流通路形成体7は、耐摩環本体6の内周面62に面接触する延長部として、上側の第1延長部75と下側の第2延長部76とを備えている。
【0064】
第1延長部75は、上述した実施形態における延長部74と同様に、上記第1壁72の外周側端縁から耐摩環本体6の内周面62に沿うように下方に延びる形状となっている。
【0065】
一方、第2延長部76は、上記第2壁73の外周側端縁から耐摩環本体6の内周面62に沿うように上方に延びる形状となっている。
【0066】
このように上下2箇所に備えられた各延長部75,76が共に耐摩環本体6の内周面62に面接触された状態でプラズマ溶接によって接合されている。このため、耐摩環本体6と流通路形成体7との溶接部分の全体を面接触による溶接部とすることができ、耐摩環5全体として溶接不良箇所を無くすことが可能になり、上記実施形態で述べた効果をより確実に発揮することができる。
【0067】
−他の実施形態−
以上説明した実施形態および変形例は、自動車用ディーゼルエンジンのピストン用耐摩環5に本発明を適用した場合について説明した。本発明は、自動車用に限らず、その他の用途に使用されるエンジンのピストン用耐摩環にも適用可能である。また、エンジン形式(直列型エンジン、V型エンジン等の別)についても特に限定されるものではない。また、ガソリンエンジンのピストン用耐摩環に対しても本発明は適用可能である。
【0068】
また、実施形態および変形例における耐摩環5は、外周面にトップリング溝61を備えたものであった。本発明はこれに限らず、トップリング溝およびセカンドリング溝を備えさせるようにしてもよい。
【0069】
また、上記耐摩環5を構成する耐摩環本体6および流通路形成体7の構成材料としては上述したものには限定されず、種々の材料が適用可能である。
【0070】
更に、一つの延長部74を有する上記実施形態では、この延長部74が、第1壁72の外周側端縁から耐摩環本体6の内周面62に沿うように下方に延びる形状としていた。本発明はこれに限らず、一つの延長部が、第2壁73の外周側端縁から耐摩環本体6の内周面62に沿うように上方に延びる形状とするものも本発明の技術的思想に含まれる。
【0071】
加えて、上記耐摩環本体6と流通路形成体7との接合手段としては、プラズマ溶接に限らず他の溶接手法であってもよい。また、ろう付けを適用することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】実施形態においてピストンがシリンダボア内に配置された状態を示す側面図である。
【図2】ピストンの断面図である。
【図3】ピストンにおける耐摩環配設箇所を拡大して示す断面図である。
【図4】耐摩環本体と流通路形成体との接合状態を示す斜視図である。
【図5】図5(a)は流通路形成体の成形前の状態を示す斜視図であり、図5(b)は流通路形成体の成形後の状態を示す斜視図である。
【図6】流通路形成体の成形作業を示す加工工程図である。
【図7】実施形態においてオイル流通路に溶湯が流れ込む状況が発生した場合における溶湯の流れを説明するための図である。
【図8】変形例に係る耐摩環を示す図3に相当する図である。
【図9】変形例に係る耐摩環を示す図4に相当する図である。
【図10】従来例においてオイル流通路に溶湯が流れ込む状況が発生した場合における溶湯の流れを説明するための図である。
【符号の説明】
【0073】
1 ピストン
5 耐摩環
51 オイル流通路(冷却媒体流通路)
6 耐摩環本体
62 内周面
61 トップリング溝(ピストンリング溝)
7 流通路形成体
71 内周壁
72 第1壁
73 第2壁
73b 外周端(先端部)
74 延長部
74a 外周面
75 第1延長部
76 第2延長部
81 トップリング(ピストンリング)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋳造加工により成形された内燃機関用ピストンのピストンリング装着部分に配設され、外周面にピストンリング溝を備えた環状の耐摩環本体と、この耐摩環本体の内周面に接合され、この耐摩環本体との間で冷却媒体の流通路を形成する流通路形成体とを備えて成るピストン用耐摩環において、
上記流通路形成体には、耐摩環本体との間で冷却媒体の流通路を形成するための流通路壁部と、この流通路壁部に連続して耐摩環本体の内周面に沿って延びる延長部とが備えられており、この延長部の外周面と上記耐摩環本体の内周面とが互いに接合されていることを特徴とするピストン用耐摩環。
【請求項2】
上記請求項1記載のピストン用耐摩環において、
上記流通路形成体の流通路壁部は、耐摩環本体の内周面との間に所定間隔を存して配設された内周壁と、この内周壁におけるピストン軸線方向の一端部から耐摩環本体の内周面に向かって延びる第1壁と、上記内周壁におけるピストン軸線方向の他端部から耐摩環本体の内周面に向かって延びる第2壁とを備えて構成されており、
上記延長部は、上記第1壁の外周側端縁から耐摩環本体の内周面に沿って延びる形状に形成されていて、その外周面が上記耐摩環本体の内周面に接合されている一方、第2壁の先端部は、耐摩環本体の内周面に当接されて接合されていることを特徴とするピストン用耐摩環。
【請求項3】
上記請求項1記載のピストン用耐摩環において、
上記流通路形成体の流通路壁部は、耐摩環本体の内周面との間に所定間隔を存して配設された内周壁と、この内周壁におけるピストン軸線方向の一端部から耐摩環本体の内周面に向かって延びる第1壁と、上記内周壁におけるピストン軸線方向の他端部から耐摩環本体の内周面に向かって延びる第2壁とを備えて構成されており、
上記延長部は、上記第1壁の外周側端縁から耐摩環本体の内周面に沿って延びる第1延長部と、上記第2壁の外周側端縁から耐摩環本体の内周面に沿って延びる第2延長部とを備えており、これら各延長部の外周面が上記耐摩環本体の内周面にそれぞれ接合されていることを特徴とするピストン用耐摩環。
【請求項4】
上記請求項1、2または3記載のピストン用耐摩環において、
上記耐摩環本体と流通路形成体とは互いに異なる材料により形成されており、流通路形成体の延長部の外周面と耐摩環本体の内周面とが互いに溶接されていることを特徴とするピストン用耐摩環。
【請求項5】
上記請求項2記載のピストン用耐摩環の製造方法であって、
金属製板材の折り曲げ加工によって上記内周壁、第1壁、第2壁、延長部を形成して流通路形成体を作製する流通路形成体作製工程と、
上記延長部の外周面を耐摩環本体の内周面に重ね合わせた状態で、これら両者を溶接する第1溶接工程と、
上記第2壁の先端部を耐摩環本体の内周面に当接した状態で、これら両者を溶接する第2溶接工程とを有していることを特徴とするピストン用耐摩環の製造方法。
【請求項6】
上記請求項3記載のピストン用耐摩環の製造方法であって、
金属製板材の折り曲げ加工によって上記内周壁、第1壁、第2壁、第1延長部、第2延長部を形成して流通路形成体を作製する流通路形成体作製工程と、
上記第1延長部の外周面を耐摩環本体の内周面に重ね合わせた状態で、これら両者を溶接する第1溶接工程と、
上記第2延長部の外周面を耐摩環本体の内周面に重ね合わせた状態で、これら両者を溶接する第2溶接工程とを有していることを特徴とするピストン用耐摩環の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−299619(P2009−299619A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−156600(P2008−156600)
【出願日】平成20年6月16日(2008.6.16)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】