説明

ファスジルと抗癌剤との組み合わせ医薬

【課題】抗がん剤に対するがん細胞の耐性形成を抑制しつつ、がん細胞を有効に死滅させる効果を有する医薬を提供する。
【解決手段】1又は2以上の抗がん剤と、ファスジル若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物との組み合わせを含む医薬。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、1種又は2種以上の抗がん剤と、該抗がん剤に対するがん細胞の耐性形成抑制のためのファスジル若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物とを含む医薬に関する。
【背景技術】
【0002】
多発性骨髄腫はB細胞の最終分化段階であり、免疫グロブリンを産生する形質細胞の腫瘍性疾患である。60歳以上の高齢者に発症しやすく、モノクローナルな免疫グロブリン(M蛋白)を大量に作る。
【0003】
臨床的に損傷を受ける臓器としては主に骨、腎臓、神経が挙げられる。骨病変(溶骨)の存在は重要な予後因子であり、骨痛、病的骨折、骨折による神経圧迫症状は生存期間を縮める。溶骨性病変の病因に、TNF、IL−1、G−CSFなど複数のサイトカインが破骨細胞の活性化にかかわりが考えられている。腎臓の病変は、Bence Jones蛋白尿の排泄増加による円柱形成性尿細管障害が中心であり、腎アミロイドーシス、尿酸腎症、高カルシウム血症性腎症の像を呈する。高カルシウム血症をきたすとカルシウムが尿細管細胞、尿細管基底膜に沈着し変性壊死に陥り、間質性腎炎を引き起こす。急激に高カルシウム血症が進行すると腎血流量低下、脱水に続いて急性腎不全を招きやすく予後不良である。また、50%以上の症例で神経病変を呈するという報告が多い。その原因として、骨髄腫の直接侵襲障害、高カルシウム血症、出血等に続いて起こる神経障害、化学療法薬に伴うものが挙げられる。頻度的に高い疼痛の原因としては、神経根圧迫、脊髄神経圧迫などがあるが、骨障害による疼痛も含まれる。
【0004】
治療開始後の平均生存期間は3年であり、10年以上の生存率は約3〜5%と報告され、長期予後が望めない疾患であるのが現状である。治療は、65歳以下であれば、自家骨髄移植が選択肢となるが、高齢であれば化学療法が選択される。化学療法ではこれまでMP(メルファラン−プレドニゾロン)療法、VAD(ビンクリスチン−ドキソルビシン−デキサメタゾン)療法が使われてきたが、最近サリドマイド、レナリドマイド、ボルテゾミブといった新しい薬が臨床で使われるようになってきた。多発性骨髄腫の患者の60%は初期治療で改善するが、ほとんどの患者は再発し、抗がん剤に対し耐性を示し、死に至る。新しい薬が出たといっても多発性骨髄腫はいまだに治る病気ではない(非特許文献1〜4)。
【0005】
血液悪性腫瘍における薬剤耐性のメカニズムの一つとして、腫瘍細胞が骨髄の中で細胞外マトリックスや間質細胞と接着することで薬剤耐性を示すCAM−DR(Cell Adhesion Mediated Drug Resistance)が知られている。この接着には腫瘍細胞のVLA−4、VLA−5、VLA−6が関係していることが言われており(非特許文献5〜9)それらの分子が細胞外マトリックスに結合することによって抗アポトーシス分子であるbcl−2やMDR−1が腫瘍細胞内に誘導されると報告されている(非特許文献5、非特許文献7、非特許文献10)。このCAM−DRは、インテグリン抗体や薬剤耐性に関与する細胞内シグナル伝達分子の阻害剤で減弱され、抗がん剤との組み合わせでより抗がん効果が強まることが示されている(非特許文献7、非特許文献11)。一方、CAM−DRは、一部の固形がんでも報告されている(非特許文献12〜16)。これらのことは、CAM−DRを減弱させる医薬と抗がん剤との組み合わせは血液の悪性腫瘍のみならず固形がんにも応用できることを意味している。
【0006】
Kobuneらは、調べた多発性骨髄腫細胞5種がWnt3を発現しており、間質細胞と強く接着していることを見出した(非特許文献9)。これらの細胞ではCAM−DRが観察され、インテグリンβ1抗体、インテグリンα6抗体、FRLP−1(Frizzled−related protein−1)、Rhoキナーゼ阻害剤Y−27632がCAM−DRを阻害するが、Wntのカノニカルパスウェイの特異的阻害剤Dickkopf−1は阻害しないことより多発性骨髄腫細胞がインテグリンα6/β1(VLA−6)を介して間質細胞に接着することによりWnt/RhoA/Rhoキナーゼシグナルパスウェイが活性化されCAM−DRが起こること示した。しかし、ここで用いた抗体、FRLP−1、Y−27632はCAM−DRを1/3〜1/5程度減弱させるに過ぎず、薬としての可能性を示しているものではない。
【0007】
また、Schmidmaierらは、スタチンがCAM−DRを抑制し、そのメカニズムとしてスタチンが阻害するHMG−CoAリダクターゼの下流にあるRhoのゲラニルゲラニル化が抑制されることを述べている(非特許文献17)。即ち、HMG−CoAリダクターゼの下流にあるRasをファルネシル化するファルネシルトランスフェラーゼ阻害剤FTI−277はCAM−DRを阻害しないが、Rhoをゲラニルゲラニル化するゲラニルゲラニル化トランスフェラーゼ阻害剤GGTI−298やその下流にあるRhoキナーゼ阻害剤Y−27632はCAM−DRを阻害するとした。ここで用いているCAM−DRは、間質細胞と接着させた場合とそうでない場合のPI(Propidium Iodide)染色細胞数の差をカウントすることにより定量しているがその差は2倍程度の細胞数でしかなく、GGTI−298、Y−27632についても薬としての可能性を示しているものではない。
【0008】
一方、ファスジルは、Rhoキナーゼ、ミオシン軽鎖リン酸化酵素、プロテインキナーゼCなどに対するキナーゼ阻害活性を有しており、血管平滑筋弛緩作用、血流増加作用、血圧低下作用、脳機能改善作用、心臓保護作用等を示し、血管拡張剤(特に狭心症治療剤)、高血圧治療剤、脳機能改善作用、心臓保護剤、及び動脈硬化症治療剤等として有用な物質であることが知られている(例えば特許文献1〜9、又は非特許文献18〜25参照)。 しかしながら、ファスジルがCAM−DRを阻害することも、多発性骨髄腫に有効であることも知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開昭61−152658号公報
【特許文献2】特開昭61−227581号公報
【特許文献3】特開平2−256617号公報
【特許文献4】特開平4−264030号公報
【特許文献5】特開平6−056668号公報
【特許文献6】特開平6−080569号公報
【特許文献7】特開平7−80854号公報
【特許文献8】特開平9−227381号公報
【特許文献8】国際公開98/06433号パンフレット
【特許文献9】国際公開00/03746号パンフレット
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】最新医学12(2009) 最新医学社
【非特許文献2】日本臨床12(2007) 日本臨床社
【非特許文献3】Lancet 374:324−339(2009)
【非特許文献4】Nature Rview Drug Discovery 6:181−182(2007)
【非特許文献5】de la Fuenteら Leukemia 13:266−274(1999))
【非特許文献6】de la Fuenteら J. Leuk. Biol. 71:495−502(2002)
【非特許文献7】Matsunagaら Nat. Med. 9:1158−1165(2003)
【非特許文献8】Schuetzら Cell Growth Differ.4:31−40(1993)
【非特許文献9】Kobuneら Mol.Cancer.Ther.6:1774−1784(2007)
【非特許文献10】Landowskiら Oncogene 22:417−421(2003)
【非特許文献11】Damianoら Blood 93:1658−1667(1999)
【非特許文献12】Aoudjitら Oncogene 20:4995−5004 (2001)
【非特許文献13】Fridmanら Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A 87:6698−6702(1990)
【非特許文献14】Tsurutaniら Cancer Res.65:8423−8432(2005)
【非特許文献15】Sethiら Nat. Med. 5:662−668(1999)
【非特許文献16】Uhmら Clin. Cancer Res.5:1587−1594(1999)
【非特許文献17】Schmidmaierら、Blood 104:1825−1832(2004)
【非特許文献18】Br.J.Pharmacol.,98,p1091(1989)
【非特許文献19】J.Pharmacol.Exp.Ther.,259,p738(1991)
【非特許文献20】Circulation,96,p4357(1997)
【非特許文献21】Cardiovasc.Res.,43,p1029(1999)
【非特許文献22】Supple.Circ.104,No17,1001(2001.10.23)
【非特許文献23】日本臨床59,No6,p1076−1080、(2001)
【非特許文献24】Chem.Pharam.Bull.,40,(3)p770−773(1992)
【非特許文献25】エリル(登録商標) 点滴静注液30mg、添付文書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の課題は、抗がん剤に対するがん細胞の耐性形成抑制作用を有する有効成分と抗がん剤とを組み合わせて、がん細胞を効率的に死滅させることができる医薬を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、ファスジル若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物が抗がん剤に対するがん細胞の耐性形成を抑制する作用を有することを見出し、抗がん剤とファスジル若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物との組み合わせを含む医薬ががん細胞に対して極めて高い有効性を発揮することを見出した。本発明は上記の知見を基にして完成されたものである。
【0013】
すなわち、本発明は以下に関する。
(1)1又は2以上の抗がん剤と、ファスジル若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物との組み合わせを含む医薬;
(2)ファスジル若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物が、抗がん剤に対するがん細胞の耐性形成を抑制するための有効成分である前記(1)に記載の医薬;
(3)多発性骨髄腫の治療のための前記(1)又は(2)に記載の医薬;
(4)抗がん剤がドキソルビシン、ビンクリスチン、メルファラン、デキサメサゾン、プレドニゾロン、ボルテゾミブ、サリドマイド、及びレナリドマイドからなる群から選ばれる1又は2以上の抗がん剤である前記(1)ないし(3)のいずれかに記載の医薬;
(5)抗がん剤がドキソルビシンである前記(4)に記載の医薬;
【0014】
(6)抗がん剤に対するがん細胞の耐性形成を抑制して抗がん剤によりがん細胞を死滅させる方法であって、1又は2以上の抗がん剤とファスジル若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物との組み合わせをがん細胞に接触させる工程を含む方法;
(7)抗がん剤がドキソルビシンである前記(6)に記載の方法;
(8)ドキソルビシンとファスジル若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物との組み合わせを含む医薬の適量を患者に投与する工程を含む、多発性骨髄腫の治療方法;
(9)多発性骨髄腫を治療するための前記(3)〜(5)のいずれかに記載の医薬の製造における1又は2以上の抗がん剤の使用、及び/又はファスジル若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物の使用;
【0015】
(10)抗がん剤に対するがん細胞の耐性形成を抑制するための医薬であって、ファスジル若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物を有効成分として含む医薬;及び
(11)抗がん剤に対するがん細胞の耐性形成を抑制する方法であって、がん細胞にファスジル若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物を接触させる工程を含む方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明の医薬は、多発性骨髄腫などの各種のがんの治療において、抗がん剤に対するがん細胞の耐性形成を抑制しつつ、がん細胞を死滅させる効果を有することから、有効性の高いがん治療を可能にする医薬として利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】ヒト多発性骨髄腫に対するファスジルの細胞毒性を示した図である。
【図2】ヒト多発性骨髄腫のストローマ細胞への接着に対するファスジルの効果を示した図である。
【図3】ヒト多発性骨髄腫のCAM−DRに対するファスジルの併用効果(in vitro)を示した図である。
【図4】ヒト多発性骨髄腫のCAM−DRに対するファスジルの併用効果(in vivo)を示した図である。
【図5】ヒト多発性骨髄腫のCAM−DRに対するファスジルの併用効果(in vivo)試験での骨髄中ヒトCD38発現を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
ファスジルは、公知の方法、例えば、特許文献1(特開昭61−152658号公報)、非特許文献24(Chem.Pharam.Bull. 40,(3)p770−773(1992))等に記載されている方法に従って合成することができる。ファスジルの塩の形態は特に限定されないが、例えば酸付加塩としては薬学上許容される非毒性の塩が好ましく、例えば塩酸、臭化水素酸、リン酸、硫酸等の無機酸、及び酢酸、クエン酸、酒石酸、乳酸、コハク酸、フマル酸、マレイン酸、メタンスルホン酸等の有機酸の塩を挙げることができる。また、ファスジル又はその塩の水和物又は溶媒和物としては、例えば1/2水和物又は溶媒和物、1水和物又は溶媒和物、3水和物又は溶媒和物を挙げることができるが、これらに限定されることはない。
【0019】
抗がん剤の種類は特に限定されないが、例えば、ドキソルビシン、ビンクリスチン、メルファラン、デキサメサゾン、プレドニゾロン、ボルテゾミブ、サリドマイド、及びレナリドマイドからなる群から選ばれる1又は2以上の抗がん剤が好ましい例として挙げられ、ドキソルビシンが特に好ましい。
【0020】
本発明医薬は、抗がん剤の1種又は2種以上と、ファスジル若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物との組み合わせを含む医薬である。組み合わせとしては、単一の投与形態中に抗がん剤の1種又は2種以上とファスジル若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物とを含めたいわゆる合剤の形態であってもよく、あるいは単位投与形態の抗がん剤と、単位投与形態のファスジル若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物を含む製剤とを組み合わせて投与してもよい。
【0021】
合剤の形態の医薬は、有効成分である1又は2以上の抗がん剤と、有効成分であるファスジル若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物とを含む単一形態の医薬組成物として調製されることが好ましく、医薬組成物は製剤学上許容される1種又は2種以上の担体を用いて調製されることが好ましい。担体としては、例えば、ゼラチン;乳糖、グルコース等の糖類;小麦、米、とうもろこし澱粉等の澱粉類;ステアリン酸等の脂肪酸;ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウム等の脂肪酸塩;タルク;植物油;ステアリンアルコール、ベンジルアルコール等のアルコール;ガム;ポリアルキレングリコール等が挙げられる。
【0022】
液状担体としては、一般に水、生理食塩液、デキストロース又は類似の糖溶液、エチレングリコール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等のグルコール類が挙げられる。カプセル剤となす場合には、ゼラチンを用いてカプセルを調整することが好ましい。
【0023】
本発明の医薬の投与方法は特に限定されず、経口投与又は非経口投与のいずれの投与方法で投与してもよい。経口投与に適した剤形としては、例えば錠剤、カプセル剤、粉剤、顆粒剤、液剤、又はエリキシル剤等が挙げられ、非経口投与に適した剤形としては、例えば注射剤又は点滴剤などの溶液剤が挙げられる。非経口的に、例えば筋肉内注射、静脈内注射、若しくは皮下注射、又は点滴により投与する場合、ファスジル若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物等張にするために、食塩又はグルコース等の他の溶質を添加した無菌溶液として投与することができる。
【0024】
注射により投与する場合の溶解液としては、例えば、滅菌水、塩酸リドカイン溶液(筋肉内注射用)、生理食塩液、ブドウ糖、静脈内注射用溶液、電解質溶液(静脈内注射用)等が例示される。このようにして溶解した場合のファスジル若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物の下限は、好ましくは0.01重量%以上、さらに好ましくは0.1重量%以上、上限は好ましくは20重量%以下、さらに好ましくは10重量%以下程度である。抗がん剤の濃度は使用する抗がん剤の種類に応じて適宜選択することが望ましい。経口投与の液剤の場合、0.01−20重量%の有効成分を含む懸濁液又はシロップが好ましい例として挙げられる。この場合における担体としては、香料、シロップ、製剤的ミセル体等の水様賦形剤が挙げられる。
【0025】
本発明の医薬の投与量は、被投与者の年齢、健康状態、体重、症状の程度、同時処置があるならばその種類、処置頻度、所望の効果の性質、あるいは投与経路や投与計画などによって異なるが、非経口投与の場合にファスジルの投与量が0.01−20mg/kg・日、好ましくは0.05−10mg/kg・日、より好ましくは0.1−10mg/kg・日となるように、経口投与の場合にファスジルの投与量が0.02−100mg/kg・日、好ましくは0.05−20mg/kg・日、より好ましくは0.1−10mg/kg・日となるように選択することができる。抗がん剤の投与量は使用する抗がん剤の種類に応じて適宜選択することが望ましい。
【0026】
別々に調製されたファスジル若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物を含む製剤及び抗がん剤を組み合わせて投与する場合には、両者を投与直前に混合して1つの投与単位として投与することもできるが、別々の投与形態のまま同時に、又は逐次に投与してもよい。一般的には抗がん剤の投与計画は厳密であり、数日ないし数週間の休薬期間を設けて投与することが多いが、抗がん剤については通常採用される投与計画をそのまま適用し、その投与計画における投与期間内においてファスジル若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物を含む製剤を連日又は隔日など適宜の投与頻度で投与することができる。なお、組み合わせによる投与を採用する場合には、両者を経口投与又は非経口投与により投与するほか、一方を経口投与し、他方を非経口投与することも可能である。
【0027】
いかなる特定の理論に拘泥するわけではないが、本発明の医薬は、がん細胞の抗がん剤に対する耐性形成を抑制しつつ抗がん作用を発揮することができる。ファスジル若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物は、抗がん剤に対するがん細胞の耐性の獲得を軽減ないし防止することができる。また、ファスジル若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物は、抗がん剤の投与によりすでに形成されたがん細胞の抗がん剤に対する耐性を軽減ないし排除することができる。従って、ファスジル若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物と抗がん剤とを組み合わせて含む本発明の医薬を用いることにより、抗がん剤に対する耐性の獲得を軽減ないし排除しつつ、あるいはすでに形成された抗がん剤に対する耐性を軽減ないし排除しつつ、抗がん剤により有効ながん治療を行うことが可能になる。本明細書において用いられる「耐性形成の抑制」という用語は、耐性獲得の阻害のほか、すでに形成された耐性の軽減ないし排除を含む概念であり、いかなる意味においても限定的に解釈してはならない。
【実施例】
【0028】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例
に限定されることはない。
例1
まず、試験管内でファスジルのヒト多発性骨髄腫に対する細胞毒性の検討を行った。ヒト多発性骨髄腫細胞株(KMS−5、ARH−77、RPMI8226; 非特許文献9:Kobuneら Mol.Cancer.Ther.6:1774−1784(2007))は、2×104個/ウェルで96穴カルチャープレート(BD Falcon、Franklin Lakes、NJ、USA)に播種して、異なる濃度(0、1、5、10、50及び100μM)のファスジル(旭化成ファーマ、東京、日本)を含むRPMI1640培地+10%ウシ胎児血清(FBS)を用いて、24時間、37℃、5%CO2にて培養した。細胞生存率は、培養24時間目に、Premix WST−1 Assay System(Takara、東京、日本)を用いて、マイクロプレートリーダー(Bio Rad Laboratories、Hercules、CA、USA)にて測定を行った。ファスジルは、KMS−5、ARH−77、RPMI8226に対して各々100μM、50μM、50μMで毒性を示した。図1に結果を示す。
【0029】
次にヒト多発性骨髄腫のストローマ細胞への接着に対するファスジルの効果を検討した。ヒトテロメラーゼ遺伝子導入ヒトストローマ細胞(Kobuneら Exp. Hematol.33:1544−1553(2005)、Kawanoら Blood 101:532−540(2003))は、セルカルチャーインサート(孔径0.4μm、BD Falcon、Franklin Lakes、NJ、USA)の裏側に5×104個/ウェルの密度でまいて、48時間、37℃、5%CO2にてMEM-α培地+12.5%ウマ血清+12.5%FBS+1μmol/Lハイドロコルチゾン+100μmol/L β-メルカプトエタノール+2mmol/L L−グルタミン培地を用いて培養した。培養24時間目に、ヒトテロメラーゼ遺伝子導入ヒトストローマ細胞を播種したセルカルチャーインサートを12穴カルチャープレート(BD Falcon、Franklin Lakes、NJ、USA)に移し、2×105個/ウェルの濃度で多発性骨髄腫細胞株(KMS−5、ARH−77、RPMI8226)をセルカルチャーインサート内に播種して、異なる濃度(0、1、5、10及び50μM)のファスジルを含むRPMI1640培地+10%FBSを用いて、24時間、37℃、5%CO2にて培養した。細胞接着率は、培養24時間目に、浮遊細胞及び接着細胞を回収して、細胞数を数えて、接着した細胞数を回収した全細胞数で割ることにより求めた。得られたデータは、T検定を用いて統計処理を行った。KMS−5に対しては50μM、ARH−77、RPMI8226に対しては10μMのファスジルがストローマ細胞への接着を抑制することが確認された。図2に結果を示す。
【0030】
次にヒト多発性骨髄腫細胞のCAM−DRによる細胞生存性に対するファスジルとドキソルビシン処理の効果を検討した。ヒトテロメラーゼ遺伝子導入ヒトストローマ細胞は、セルカルチャーインサート(孔径0.4μm、BD Falcon、Franklin Lakes、NJ、USA)の裏側に5×104個/ウェルの密度でまいて、48時間、37℃、5%CO2にてMEM−α培地+12.5%ウマ血清+12.5%FBS+1μmol/Lハイドロコルチゾン+100μmol/L β-メルカプトエタノール+2mmol/L L−グルタミン培地を用いて培養した。培養24時間目に、ヒトテロメラーゼ遺伝子導入ヒトストローマ細胞を播種したセルカルチャーインサートを12穴カルチャープレート(BD Falcon、Franklin Lakes、NJ、USA)に移し、2×105個/ウェルの濃度で多発性骨髄腫細胞株(KMS−5、ARH−77、RPMI8226)をセルカルチャーインサート内に播種して、異なる濃度(0、10及び50μM)のファスジルを含むRPMI1640培地+10%ウシ胎児血清(FBS)を用いて、24時間、37℃、5%CO2にて培養した。ファスジルの濃度は、各々の細胞で毒性を示さない濃度を用いた。培養24時間目に、異なる濃度のドキソルビシン(0、0.1、0.3、1、3及び10μM)を含むRPMI1640培地+10%FBSを用いて、24時間、37℃、5%CO2にて培養した。培養24時間後に、浮遊細胞及び接着細胞を回収して、96穴カルチャープレートに移して、Premix WST−1 Assay Systemを用いて、細胞生存率をマイクロプレートリーダーにて測定した。
【0031】
ヒトストローマ細胞がない場合には、ファスジル存在下、非存在下でドキソルビシンの多発性骨髄腫細胞感受性に差がないが、ヒトストローマ細胞がある場合には、ファスジル非存在下でストローマ細胞がない場合に比べてドキソルビシンに対する耐性度が上がることが観察された(CAM−DR)。ところがファスジルを添加するとストローマ細胞がない場合と同程度にドキソルビシンに対する感受性が上昇した。図3に結果を示す。この結果は、ストローマ細胞がある場合には、CAM−DRが起こり、ファスジルがCAM−DRを低下することを意味しており、ファスジルがCAM−DRを抑制させドキソルビシンのような抗がん剤の作用を強めることが期待される。
【0032】
例2
多発性骨髄腫細胞を移植したNOD/Scidマウス(Jackson Laboratory、Bar Harbor、ME、USA)へのファスジルとドキソルビシンの投与による生存率の検討を行った。NOD/Scidマウスに対して45mg/kgの濃度でブスルファン(Sigma)を腹腔内注射した。ブスルファン投与2日目に、2×106個/100μL PBSの濃度のKMS−5細胞を尾静脈注射した。細胞移植7及び14日目に、ファスジルを10mg/kgの濃度で、また、ドキソルビシンを4mg/kgの濃度で尾静脈注射した。PBS投与群、ファスジル投与群、ドキソルビシン投与群、ファスジル、ドキソルビシン併用投与群は、各々6匹のNOD/Scidマウスを使用し、細胞移植から12週間、マウスの生存を調べた(図4)。また、脛骨、腓骨及び大腿骨より骨髄細胞を採取し、RNAを抽出した後、ヒトCD38及びコントロールであるGAPDHのプライマーを用い、RT−PCRを行った(図5)。すなわち、ヒトCD38プライマー(フォワードプライマー: 5’−TTGGGAACTCACACCGTACC−3’、リバースプライマー:5’−GTTGCTGCAGTCCTTTCTCC−3’)及びGAPDHプライマー(フォワードプライマー:5’−TTGATTTTGGAGGGATCTCG−3’、リバースプライマー:5’−TTGATTTTGGAGGGATCTCG−3’)を用いて、RT−PCRを行った。PCRの条件は、95℃、5分、1サイクル、95℃、30秒、55℃、1分、72℃、30秒、30サイクル、72℃、2分、1サイクルであった。PCR終了後、PCR産物は、1μg/mLのエチジウムブロマイドを含む1%アガロースゲルを用いて、100Vで30分間、電気泳動を行った。電気泳動終了後、Gel Doc XRトランスイルミネーター(Bio Rad Laboratories、Hercules、CA、USA)を用いてバンドの検出を行った。結果を図4及び図5に示す。
【0033】
PBS投与群、ファスジル投与群、ドキソルビシン投与群では60日までにすべてのマウスが死んだが、ファスジル、ドキソルビシン併用投与群では2/3が90日まで生き残った。また、骨髄におけるヒトCD38は、生き残ったマウスにおいてほとんど観察されず、がん細胞がなくなっていることがわかった。この効果は、例1から想定される効果を顕著に上回る効果ということができる。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の医薬は、多発性骨髄腫などの各種がんの治療において、抗がん剤に対するがん細胞の耐性獲得を阻害し、及び/又はすでに耐性を獲得したがん細胞の耐性を減弱ないし排除しつつ、がん細胞を効率的に死滅させる効果を有することから、極めて有効な医薬として利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1又は2以上の抗がん剤と、ファスジル若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物との組み合わせを含む医薬。
【請求項2】
ファスジル若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物が、抗がん剤に対するがん細胞の耐性形成を抑制するための有効成分である請求項1に記載の医薬。
【請求項3】
多発性骨髄腫の治療のための請求項1又は2に記載の医薬。
【請求項4】
抗がん剤がドキソルビシン、ビンクリスチン、メルファラン、デキサメサゾン、プレドニゾロン、ボルテゾミブ、サリドマイド、及びレナリドマイドからなる群から選ばれる1又は2以上の抗がん剤である請求項1ないし3のいずれか1項に記載の医薬。
【請求項5】
抗がん剤がドキソルビシンである請求項4に記載の医薬。
【請求項6】
請求項3ないし5のいずれか1項に記載の医薬の製造における1又は2以上の抗がん剤の使用、及び/又はファスジル若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物の使用。
【請求項7】
抗がん剤に対するがん細胞の耐性形成を抑制するための医薬であって、ファスジル若しくはその塩、又はそれらの水和物若しくは溶媒和物を有効成分として含む医薬。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−106946(P2012−106946A)
【公開日】平成24年6月7日(2012.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−256518(P2010−256518)
【出願日】平成22年11月17日(2010.11.17)
【出願人】(303046299)旭化成ファーマ株式会社 (105)
【Fターム(参考)】