フィラメントおよびそれを備えるイオン源
【課題】 加熱して温度を上げたときのフィラメントの腐食および自重による撓みを抑制する。
【解決手段】 このフィラメント4は、通電加熱されて熱電子を放出するフィラメント部6と、フィラメント部6が貫通していてそれからの熱によって加熱されて熱電子を放出する筒状の熱電子放出部8とを備えている。熱電子放出部8を構成する材料の方がフィラメント部6を構成する材料よりも熱電子放射電流密度が大きく、剛性率はフィラメント部6を構成する材料の方が大きい。
【解決手段】 このフィラメント4は、通電加熱されて熱電子を放出するフィラメント部6と、フィラメント部6が貫通していてそれからの熱によって加熱されて熱電子を放出する筒状の熱電子放出部8とを備えている。熱電子放出部8を構成する材料の方がフィラメント部6を構成する材料よりも熱電子放射電流密度が大きく、剛性率はフィラメント部6を構成する材料の方が大きい。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、例えば、プラズマ源、イオン源、スパッタリング装置等に用いられる熱電子放出用のフィラメントに関する。更には、当該フィラメントを備えているイオン源に関する。
【背景技術】
【0002】
プラズマ源は、イオン源やスパッタリング装置等の様々なものに利用されている。プラズマ源におけるプラズマ生成に必要な熱電子放出源としては、タングステンから成る線材を所定の形状(例えばU字状)に曲げた構造をしていて、通電加熱によって熱電子を放出するフィラメントが従来から広く用いられている(例えば特許文献1参照)。
【0003】
特許文献1には、フィラメントの材料として、タングステンの他にタンタルを利用することができることも記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−334662号公報(段落0074、図1)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
フィラメントはその使用の際に通電加熱によって高温になる。特に、濃いプラズマを生成する際には、より高いフィラメント温度が必要になる。そのために、タングステンから成るフィラメントの場合は、その腐食が進行してその寿命が短くなるという課題がある。
【0006】
これを詳述すると、タングステンは比較的安価であるのでフィラメントとしてよく使われているが、タングステンは熱電子放出効率があまり高くないので、濃いプラズマ生成のために多量の熱電子放出が必要な場合には、フィラメントを非常に高温(例えば2000K程度またはそれ以上)に加熱しなければならない。
【0007】
イオン源等におけるプラズマ生成のための原料ガスとしては、例えば三フッ化ホウ素(BF3 )、ホスフィン(PH3 )、アルシン(AsH3 )等のような腐食性のガスが用いられることが多いが、そのような原料ガスを用いてプラズマを生成する場合に、フィラメントを上記のように非常な高温に加熱すると、フィラメントの腐食が著しく進行してしまい、フィラメントの寿命が極端に短くなる。
【0008】
上記腐食の課題を解決するためには、熱電子放出効率の高い材料を用いてフィラメントの加熱温度を下げることが考えられる。そのような熱電子放出効率の高い材料として、特許文献1にも記載されているように、タンタルが知られている。
【0009】
しかし、タンタルはタングステンに比べて剛性が小さいので、タンタルをフィラメントとして用いた場合、温度を上げると自重による撓みが大きく、そのためにフィラメントの形状や取り付け場所に制約が大きく、使用しにくいという別の課題がある。
【0010】
これを詳述すると、タンタルはタングステンに比べて剛性が小さいので、一般的なフィラメント形状である直径数mm程度の線状にした場合、温度が上記のような加熱温度に上がった状態では、自重による撓みが大きくなる。フィラメントの撓みが大きいと、例えば、フィラメントの位置がずれるのでプラズマ生成の特性が変わることが起こる。極端な場合は、フィラメントがプラズマ生成容器の壁面に当たって正常な動作が困難になることも起こり得る。
【0011】
そこでこの発明は、加熱して温度を上げたときのフィラメントの腐食および自重による撓みを抑制することを主たる目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
この発明に係るフィラメントは、熱電子を放出するフィラメントであって、通電によって加熱されて熱電子を放出するフィラメント部と、筒状のものであってその中を前記フィラメント部が貫通していて前記フィラメント部によって支持されていて、前記フィラメント部からの熱によって加熱されて熱電子を放出する熱電子放出部とを備えており、前記熱電子放出部を構成する材料の方が前記フィラメント部を構成する材料よりも熱電子放射電流密度が大きく、かつ前記フィラメント部を構成する材料の方が前記熱電子放出部を構成する材料よりも剛性率が大きいことを特徴としている。
【0013】
このフィラメントにおいては、熱電子放出部を構成する材料の熱電子放出効率が高いので、具体的には熱電子放出部を構成する材料の方がフィラメント部を構成する材料よりも熱電子放射電流密度が大きいので、当該フィラメントの加熱温度を下げても熱電子放出部から効率良く熱電子を放出させることができる。従って当該フィラメントの加熱温度を下げることが可能になり、それによって腐食性のガス雰囲気中で使用しても、加熱して温度を上げたときの当該フィラメントの腐食を抑制することができる。
【0014】
しかも、熱電子放出部を、その材料よりも剛性率の大きい材料から成るフィラメント部によって支持している構造であるので、加熱して温度を上げたときの当該フィラメントの自重による撓みを抑制することができる。
【0015】
材料を例示すると、前記フィラメント部はタングステンから成り、前記熱電子放出部はタンタルから成る。
【0016】
前記熱電子放出部は、薄板を丸めて筒状にした構造をしていても良い。また、前記フィラメント部にかしめによって固定されていても良い。
【0017】
この発明に係るイオン源は、プラズマ生成容器内において原料ガスを電離させてプラズマを生成し、当該プラズマからイオンビームを引き出すイオン源であって、プラズマ生成容器内に熱電子を放出する熱陰極として、上記のようなフィラメントを備えていることを特徴としている。
【発明の効果】
【0018】
請求項1、2に記載の発明によれば、熱電子放出部を構成する材料の熱電子放出効率が高いので、具体的には熱電子放出部を構成する材料の方がフィラメント部を構成する材料よりも熱電子放射電流密度が大きいので、当該フィラメントの加熱温度を下げても熱電子放出部から効率良く熱電子を放出させることができる。従って当該フィラメントの加熱温度を下げることが可能になり、それによって腐食性のガス雰囲気中で使用しても、加熱して温度を上げたときの当該フィラメントの腐食を抑制することができる。その結果、当該フィラメントの寿命を長くすることができる。
【0019】
しかも、熱電子放出部を、その材料よりも剛性率の大きい材料から成るフィラメント部によって支持している構造であるので、加熱して温度を上げたときの当該フィラメントの自重による撓みを抑制することができる。その結果例えば、当該フィラメントを用いたプラズマ源等の、フィラメントの撓みによる特性変化等を抑制することができる。
【0020】
請求項3に記載の発明によれば次の更なる効果を奏する。即ち、フィラメント部は熱電子放出部の移動範囲を制限する機能を有する曲がり部を備えているので、何らかの原因で熱電子放出部の位置がずれるようなことがあったとしても、その位置ずれの範囲を制限することができる。
【0021】
請求項4に記載の発明によれば次の更なる効果を奏する。即ち、熱電子放出部は薄板を丸めて筒状にした構造をしているので、他の切削加工等によって筒状にしたものよりも製作が容易であり、従って熱電子放出部のコストひいては当該フィラメントのコストを下げることができる。
【0022】
請求項5に記載の発明によれば次の更なる効果を奏する。即ち、熱電子放出部はフィラメント部にかしめによって固定されているので、熱電子放出部の位置ずれをより確実に防止することができる。その結果例えば、当該フィラメントを用いたプラズマ源等の、熱電子放出部の位置ずれによる特性変化を抑制することができる。
【0023】
請求項6に記載の発明によれば、熱陰極として上記のようなフィラメントを備えているので、請求項1〜5に記載の発明について上述した効果と同様の効果を奏することができる。
【0024】
請求項7に記載の発明によれば次の更なる効果を奏する。即ち、フィラメントの熱電子放出部はプラズマ生成容器内に位置しているフィラメント部の全域を覆っているので、熱電子放出部の支持部を兼ねているフィラメント部が、プラズマ生成容器内に存在していて腐食の原因となる原料ガスに曝されるのを防止することができる。その結果、フィラメント部が原料ガスによって腐食されて断線するのを抑制することができるので、フィラメントの寿命をより長くすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】この発明に係るフィラメントの一実施形態を示す平面図である。
【図2】図1の線A−Aに沿う拡大断面の一例を示す図である。
【図3】フィラメントの熱電子放出部の他の例を示す斜視図であり、図1の線A−A方向に見たものに相当している。
【図4】この発明に係るフィラメントの他の実施形態を示す平面図である。
【図5】この発明に係るフィラメントの更に他の実施形態を示す平面図である。
【図6】この発明に係るフィラメントの更に他の実施形態を示す平面図である。
【図7】この発明に係るフィラメントの更に他の実施形態を示す平面図である。
【図8】この発明に係るフィラメントの更に他の実施形態を示す平面図である。
【図9】この発明に係るフィラメントの更に他の実施形態を示す平面図である。
【図10】この発明に係るフィラメントの更に他の実施形態を示す平面図である。
【図11】この発明に係るフィラメントの更に他の実施形態を示す平面図である。
【図12】この発明に係るフィラメントを備えるイオン源の一実施形態を示す概略断面図である。
【図13】この発明に係るフィラメントを備えるイオン源の他の実施形態を示す概略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
(1)フィラメントについて
図1は、この発明に係るフィラメントの一実施形態を示す平面図である。このフィラメント4は、熱電子を放出するものであり、例えば前述したようなプラズマ源、イオン源、スパッタリング装置等に用いられる。
【0027】
このフィラメント4は、通電によって加熱されて熱電子を放出するフィラメント部6と、筒状のものであってその中をフィラメント部6が貫通している熱電子放出部8とを備えている。熱電子放出部8は、フィラメント部6によって支持されていて、フィラメント部6からの熱(主として輻射熱)によって加熱されて熱電子を放出する。即ちフィラメント部6は熱電子放出部8の支持部を兼ねている。
【0028】
フィラメント部6の両端部付近は、電源(例えば図12、図13に示すフィラメント電源36参照)等に接続するための接続端部14になっている。
【0029】
熱電子放出部8は、例えば、その横断面を図2に示すように、純然たる筒(管と呼ぶこともできる)でも良いし、図3に示す例のように、例えば厚さが0.3mm程度の薄板を丸めて筒状にした構造のものでも良い。図3中の符号12は、丸めた際の合せ目である。また、薄板を丸めて筒状にする場合は、非常に薄い薄板を複数回巻いて筒状にしても良い。以上のことは後述する他の実施形態においても同様である。
【0030】
熱電子放出部8を上記のように薄板を丸めて筒状にした構造にすると、他の切削加工等によって筒状にしたものよりも製作が容易であり、従って熱電子放出部8のコストひいては当該フィラメント4のコストを下げることができる。特に、後述するように熱電子放出部8がタンタルから成る場合、タンタルは切削加工のような加工が難しいので、薄板を丸めた筒状構造にすることによる上記効果は大きい。
【0031】
更にこのフィラメント4においては、その熱電子放出部8を構成する材料の方がフィラメント部6を構成する材料よりも熱電子放射電流密度が大きく、かつフィラメント部6を構成する材料の方が熱電子放出部8を構成する材料よりも剛性率が大きい。
【0032】
剛性率は、弾性率の一種であり、弾性体に弾性限界内でずれ応力を作用させたときの、ずれ応力とずれによる歪みとの比のことである。ずれ弾性率またはせん断弾性率とも呼ばれる。
【0033】
材料を例示すると、フィラメント部6はタングステン(W)から成り、熱電子放出部8はタンタル(Ta )から成る。
【0034】
タングステンの熱電子放射電流密度は、例えば温度が2000Kで約8.7A/m2 、2500Kで約2.6×103 A/m2 である。タンタルの熱電子放射電流密度は、例えば温度が2000Kで約990A/m2 、2500Kで約1.9×104 A/m2 である。同じ温度ならば、タンタルの方がおよそ1桁大きい。
【0035】
タングステンの剛性率は約157GPa(27℃)であり、タンタルの剛性率は約69.1GPa(27℃)である。タングステンの方がおよそ2倍大きい。
【0036】
フィラメント部6の平面形状は、この実施形態では一例としてU字状(換言すればヘアピン状。以下同様)をしているが、それに限られるものではなく、他の形状でも良い。目的や用途等に応じて決めれば良い。他の形状の例の幾つかを、図4〜図11の実施形態に示す。このような所定の平面形状をしたフィラメント部6は、例えば、線状または棒状の材料を曲げることによって形成することができる。
【0037】
フィラメント部6に設ける熱電子放出部8の数は、この実施形態では一例として二つの場合を示しているが、それに限られるものではなく、一つでも良いし、三つ以上でも良い。目的や用途等に応じて決めれば良い。後述する他の実施形態においても同様である。
【0038】
フィラメント部6に対する熱電子放出部8の配置の仕方は、この実施形態では一例として、U字状のフィラメント部6の両方の直線部に熱電子放出部8をそれぞれ1個ずつ配置して、フィラメント部6の中心7に対して実質的に対称(左右対称)に熱電子放出部8を配置している。そのようにすれば、このフィラメント4から熱電子を対称性良く放出することができるけれども、必ず対称に配置しなければならないものではなく、片方だけに配置する等によって非対称に配置しても良い。目的や用途等に応じて決めれば良い。後述する他の実施形態においても同様である。
【0039】
このフィラメント4においては、熱電子放出部8を構成する材料の熱電子放出効率が高いので、具体的には熱電子放出部8を構成する材料の方がフィラメント部6を構成する材料よりも熱電子放射電流密度が大きいので、当該フィラメント4の加熱温度を下げても熱電子放出部8から効率良く熱電子を放出させることができる。従って当該フィラメント4の加熱温度を下げることが可能になり、それによって腐食性のガス雰囲気中で使用しても、加熱して温度を上げたときの当該フィラメント4の腐食を抑制することができる。これは、温度が下がると腐食性のガスとフィラメント部6や熱電子放出部8との反応速度が大きく低下するからである。その結果、当該フィラメント4の寿命を長くすることができる。加熱温度を下げられることについての実験結果は後述する。
【0040】
しかも、熱電子放出部8を、剛性の高いフィラメント部6によって支持している、より具体的には熱電子放出部8の材料よりも剛性率の大きい材料から成るフィラメント部6によって支持している構造であるので、加熱して温度を上げたときの当該フィラメント4の自重による撓みを抑制することができる。例えば、フィラメント4の全体をタンタルで形成している場合に比べて、高温に加熱した場合の自重による撓みを抑制することができる。その結果例えば、当該フィラメント4を用いたプラズマ源やイオン源等の、フィラメントの撓みによる特性変化等を抑制することができる。
【0041】
また、上記フィラメント4の熱電子放出部8は筒状のものであるので、その内側に位置するフィラメント部6の全周から輻射熱を受けることができ、従って高温に加熱することが容易である。
【0042】
また、筒状の熱電子放出部8とその内側のフィラメント部6との間には、通常は、僅かではあるけれども隙間10が存在する。図2では拡大して図示しているので隙間10が大きく表示されているが、実際はこのように大きくはない。図3の例のように薄板を丸めて筒状にした熱電子放出部8では、隙間10は通常はごく僅かなものである。しかしいずれにしても、僅かではあるが隙間10が存在し、しかも熱電子放出部8は筒状の一体物であるので、後述するように熱電子放出部8をかしめていない場合は、あるいはかしめる前は、熱電子放出部8をフィラメント部6に沿って移動させることができる。それによって例えば、プラズマ源やイオン源等におけるプラズマ分布の調整に役立てることができる。
【0043】
これを詳述すると、熱電子はフィラメント部6からも放出されるが、熱電子放出部8からより多く放出される。前述したように、熱電子放出部8を構成する材料の方が熱電子放射電流密度が大きいからである。これを利用してプラズマ分布の状態を変化させることができる。即ち、プラズマ源やイオン源のプラズマ生成容器の容積やそれに導入される原料ガスの導入口の位置等によっては、所望のプラズマ分布を得るために、フィラメントから放出する熱電子の状態を変更することが必要になる場合があり得るが、この変更を熱電子放出部8をフィラメント部6に沿って移動させることで比較的簡単に行うことができるので、それによってプラズマ分布状態の調整に役立てることも可能である。
【0044】
次に、フィラメント4の他の実施形態を図4〜図11にそれぞれ示す。図1に示した実施形態と同一または相当する部分には同一符号を付し、以下においては図1に示したフィラメント4との相違点を主体に説明する。
【0045】
図4に示すフィラメント4のように、フィラメント部6の平面形状を、全体としては概ねU字状だが接続端部14に続く直線部の間隔を大きくした形状にしても良い。
【0046】
図5に示すフィラメント4のように、フィラメント部6の平面形状をM字状にしても良い。
【0047】
図6に示すフィラメント4のように、フィラメント部6の平面形状をコ字状にしても良い。
【0048】
図7に示すフィラメント4のように、フィラメント部6の平面形状を、先の部分がV字状になった形状にしても良い。
【0049】
図8に示すフィラメント4のように、フィラメント部6の平面形状を凸状にしても良い。
【0050】
図9に示すフィラメント4のように、フィラメント部6の平面形状を凹状にしても良い。
【0051】
図10に示すフィラメント4のように、フィラメント部6の一部分を螺旋状にしても良い。
【0052】
図11に示すフィラメント4のように、フィラメント部6を直線状にしても良い。
【0053】
図4〜図11に示すフィラメント4においても、図示している熱電子放出部8の位置や数は一例であり、図示例のものに限られないことは、図1のフィラメント4について説明したのと同様である。例えば、実線で示した熱電子放出部8に加えて、あるいはそれの代わりに、二点鎖線で示した熱電子放出部8を設けても良い。
【0054】
図1〜図10に示したフィラメント4のフィラメント部6は、いずれも、一つまたは複数の曲がり部16を有している。この曲がり部16は、熱電子放出部8の移動範囲を制限する機能を有している。曲がり部16で熱電子放出部8の移動が阻止されるからである。従って、何らかの原因で熱電子放出部8の位置がずれるようなことがあったとしても、その位置ずれの範囲を制限することができる。この点で、図11に示す直線状のフィラメント4よりも有利である。
【0055】
例えば、図1に示すフィラメント4では、熱電子放出部8に位置ずれが起こるとしても、曲がり部16と接続端部14との間の範囲R内でしか起こらない。同様に、図4に示すフィラメント4では熱電子放出部8を挟む二つの曲がり部16間の範囲R内、図5に示すフィラメント4でも熱電子放出部8を挟む二つの曲がり部16間の範囲R内でしか起こらない。図6〜図10に示すフィラメント4においても同様である。
【0056】
フィラメント部6が上記のような曲がり部16を有している場合または有していない場合のいずれにおいても、熱電子放出部8をフィラメント部6にかしめ(カシメ)によって固定しておいても良い。熱電子放出部8が薄板を丸めて筒状にした構造をしている場合、前述したように上記隙間10は通常はごく僅かであるので元々、熱電子放出部8の位置はずれにくいけれども、この場合も熱電子放出部8をフィラメント部6にかしめによって固定しておいても良い。熱電子放出部8をフィラメント部6にかしめによって固定しておくことによって、熱電子放出部8の位置ずれをより確実に防止することができる。その結果例えば、当該フィラメント4を用いたプラズマ源やイオン源等の、熱電子放出部8の位置ずれによる特性変化を抑制することができる。
【0057】
(2)実験結果について
実施例のフィラメント4と従来のフィラメントを用いて、プラズマ生成容器内でアーク放電によってヘリウムプラズマを生成したときの、アーク電流、フィラメントへの投入パワーおよびフィラメントの温度を測定した実験結果の一例を表1に示す。
【0058】
【表1】
【0059】
上記実施例のフィラメント4は、図5に示したようなM字状のものであり、直径が1.2mm、線長が220mmのタングステン線をM字状に成形して成るフィラメント部6の直線部の2箇所に、厚さ0.3mmのタンタル薄板を丸めて筒状にして成る長さ22mmの熱電子放出部8を設けた構造をしている。上記従来のフィラメントは、上記実施例のフィラメント部6と同じ構成のフィラメント部のみから成る構造をしている。
【0060】
アーク電流はプラズマの密度を表す指標となるものであり、この値が大きいほど濃いプラズマが生成されていることになる。フィラメントの温度は、フィラメントの代表的な箇所の温度であり、これはフィラメントへの投入パワーを元に熱輸送方程式により推測した。
【0061】
上記表より、従来のフィラメントに比べて実施例のフィラメント4の方が、同じアーク電流を生じさせるのに必要な、即ち上述したように同じ密度のプラズマを生成するのに必要な温度が低いことが分かる。これは、前述したように熱電子放出部8を構成するタンタルの方がフィラメント部6を構成するタングステンよりも熱電子放射電流密度が大きく、実施例のフィラメント4はそのような熱電子放出部8を有しているからである。実施例のフィラメント4によれば、上記のようにその加熱温度を下げることができるので、前述したようにフィラメント4の腐食を抑制することができ、ひいてはフィラメント4の寿命を長くすることができる。
【0062】
(3)イオン源について
上記各実施形態のフィラメント4は、イオン源のプラズマ生成容器内へ熱電子を放出する熱陰極として用いても良い。そのようにしたイオン源20の一実施形態を図12に示す。
【0063】
このイオン源20は、プラズマ生成容器22内において原料ガスを電離させてプラズマ28を生成し、当該プラズマ28からイオンビーム32を引き出すイオン源であり、プラズマ生成容器22内に熱電子を放出する熱陰極として、前述したようなフィラメント4を備えている。
【0064】
この図12の実施形態では、一例として、フィラメント4は図1に示したU字状のものであるが、それに限られるものではなく、フィラメント4は、図4〜図11等に示した他の実施形態のものでも良い(図13も参照)。
【0065】
プラズマ生成容器22内へは、ガス導入口24から例えば前述したような三フッ化ホウ素(BF3 )、ホスフィン(PH3 )、アルシン(AsH3 )等の原料ガスが導入される。フィラメント4はフィラメント電源36によって通電加熱される。34は絶縁物である。フィラメント4と陽極を兼ねるプラズマ生成容器22との間には、両者間でアーク放電を生じさせるアーク電源38が接続されている。このイオン源20は、フィラメント4からプラズマ生成容器22内へ熱電子を放出させ、フィラメント4とプラズマ生成容器22との間でアーク放電を生じさせて上記原料ガスを電離させてプラズマ28を生成し、このプラズマ28からイオン引出し口26を通して引出し電極系30によってイオンビーム32を引き出すことができる。
【0066】
このイオン源20は、熱陰極として上記のようなフィラメント4を備えているので、各実施形態のフィラメント4について前述した効果と同様の効果を奏することができる。
【0067】
上記のようなフィラメント4を用いる場合、当該フィラメント4の熱電子放出部8は、プラズマ生成容器22内に位置しているフィラメント部6の全域を覆っていても良い。そのようにしたイオン源20の一例を図13に示す。図12の例と同一または相当する部分には同一符号を付して、重複説明を省略する。フィラメント4の形状は、図13に示す例のものに限られるものではない。
【0068】
このイオン源20においては、フィラメント4の熱電子放出部8はプラズマ生成容器22内に位置しているフィラメント部6の全域を覆っているので、熱電子放出部8の支持部を兼ねているフィラメント部6が、プラズマ生成容器22内に存在していて腐食の原因となる原料ガスに曝されるのを防止することができる。その結果、フィラメント部6が原料ガスによって腐食されて断線するのを抑制することができるので、フィラメント4の寿命をより長くすることができる。
【符号の説明】
【0069】
4 フィラメント
6 フィラメント部
8 熱電子放出部
16 曲がり部
20 イオン源
22 プラズマ生成容器
【技術分野】
【0001】
この発明は、例えば、プラズマ源、イオン源、スパッタリング装置等に用いられる熱電子放出用のフィラメントに関する。更には、当該フィラメントを備えているイオン源に関する。
【背景技術】
【0002】
プラズマ源は、イオン源やスパッタリング装置等の様々なものに利用されている。プラズマ源におけるプラズマ生成に必要な熱電子放出源としては、タングステンから成る線材を所定の形状(例えばU字状)に曲げた構造をしていて、通電加熱によって熱電子を放出するフィラメントが従来から広く用いられている(例えば特許文献1参照)。
【0003】
特許文献1には、フィラメントの材料として、タングステンの他にタンタルを利用することができることも記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−334662号公報(段落0074、図1)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
フィラメントはその使用の際に通電加熱によって高温になる。特に、濃いプラズマを生成する際には、より高いフィラメント温度が必要になる。そのために、タングステンから成るフィラメントの場合は、その腐食が進行してその寿命が短くなるという課題がある。
【0006】
これを詳述すると、タングステンは比較的安価であるのでフィラメントとしてよく使われているが、タングステンは熱電子放出効率があまり高くないので、濃いプラズマ生成のために多量の熱電子放出が必要な場合には、フィラメントを非常に高温(例えば2000K程度またはそれ以上)に加熱しなければならない。
【0007】
イオン源等におけるプラズマ生成のための原料ガスとしては、例えば三フッ化ホウ素(BF3 )、ホスフィン(PH3 )、アルシン(AsH3 )等のような腐食性のガスが用いられることが多いが、そのような原料ガスを用いてプラズマを生成する場合に、フィラメントを上記のように非常な高温に加熱すると、フィラメントの腐食が著しく進行してしまい、フィラメントの寿命が極端に短くなる。
【0008】
上記腐食の課題を解決するためには、熱電子放出効率の高い材料を用いてフィラメントの加熱温度を下げることが考えられる。そのような熱電子放出効率の高い材料として、特許文献1にも記載されているように、タンタルが知られている。
【0009】
しかし、タンタルはタングステンに比べて剛性が小さいので、タンタルをフィラメントとして用いた場合、温度を上げると自重による撓みが大きく、そのためにフィラメントの形状や取り付け場所に制約が大きく、使用しにくいという別の課題がある。
【0010】
これを詳述すると、タンタルはタングステンに比べて剛性が小さいので、一般的なフィラメント形状である直径数mm程度の線状にした場合、温度が上記のような加熱温度に上がった状態では、自重による撓みが大きくなる。フィラメントの撓みが大きいと、例えば、フィラメントの位置がずれるのでプラズマ生成の特性が変わることが起こる。極端な場合は、フィラメントがプラズマ生成容器の壁面に当たって正常な動作が困難になることも起こり得る。
【0011】
そこでこの発明は、加熱して温度を上げたときのフィラメントの腐食および自重による撓みを抑制することを主たる目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
この発明に係るフィラメントは、熱電子を放出するフィラメントであって、通電によって加熱されて熱電子を放出するフィラメント部と、筒状のものであってその中を前記フィラメント部が貫通していて前記フィラメント部によって支持されていて、前記フィラメント部からの熱によって加熱されて熱電子を放出する熱電子放出部とを備えており、前記熱電子放出部を構成する材料の方が前記フィラメント部を構成する材料よりも熱電子放射電流密度が大きく、かつ前記フィラメント部を構成する材料の方が前記熱電子放出部を構成する材料よりも剛性率が大きいことを特徴としている。
【0013】
このフィラメントにおいては、熱電子放出部を構成する材料の熱電子放出効率が高いので、具体的には熱電子放出部を構成する材料の方がフィラメント部を構成する材料よりも熱電子放射電流密度が大きいので、当該フィラメントの加熱温度を下げても熱電子放出部から効率良く熱電子を放出させることができる。従って当該フィラメントの加熱温度を下げることが可能になり、それによって腐食性のガス雰囲気中で使用しても、加熱して温度を上げたときの当該フィラメントの腐食を抑制することができる。
【0014】
しかも、熱電子放出部を、その材料よりも剛性率の大きい材料から成るフィラメント部によって支持している構造であるので、加熱して温度を上げたときの当該フィラメントの自重による撓みを抑制することができる。
【0015】
材料を例示すると、前記フィラメント部はタングステンから成り、前記熱電子放出部はタンタルから成る。
【0016】
前記熱電子放出部は、薄板を丸めて筒状にした構造をしていても良い。また、前記フィラメント部にかしめによって固定されていても良い。
【0017】
この発明に係るイオン源は、プラズマ生成容器内において原料ガスを電離させてプラズマを生成し、当該プラズマからイオンビームを引き出すイオン源であって、プラズマ生成容器内に熱電子を放出する熱陰極として、上記のようなフィラメントを備えていることを特徴としている。
【発明の効果】
【0018】
請求項1、2に記載の発明によれば、熱電子放出部を構成する材料の熱電子放出効率が高いので、具体的には熱電子放出部を構成する材料の方がフィラメント部を構成する材料よりも熱電子放射電流密度が大きいので、当該フィラメントの加熱温度を下げても熱電子放出部から効率良く熱電子を放出させることができる。従って当該フィラメントの加熱温度を下げることが可能になり、それによって腐食性のガス雰囲気中で使用しても、加熱して温度を上げたときの当該フィラメントの腐食を抑制することができる。その結果、当該フィラメントの寿命を長くすることができる。
【0019】
しかも、熱電子放出部を、その材料よりも剛性率の大きい材料から成るフィラメント部によって支持している構造であるので、加熱して温度を上げたときの当該フィラメントの自重による撓みを抑制することができる。その結果例えば、当該フィラメントを用いたプラズマ源等の、フィラメントの撓みによる特性変化等を抑制することができる。
【0020】
請求項3に記載の発明によれば次の更なる効果を奏する。即ち、フィラメント部は熱電子放出部の移動範囲を制限する機能を有する曲がり部を備えているので、何らかの原因で熱電子放出部の位置がずれるようなことがあったとしても、その位置ずれの範囲を制限することができる。
【0021】
請求項4に記載の発明によれば次の更なる効果を奏する。即ち、熱電子放出部は薄板を丸めて筒状にした構造をしているので、他の切削加工等によって筒状にしたものよりも製作が容易であり、従って熱電子放出部のコストひいては当該フィラメントのコストを下げることができる。
【0022】
請求項5に記載の発明によれば次の更なる効果を奏する。即ち、熱電子放出部はフィラメント部にかしめによって固定されているので、熱電子放出部の位置ずれをより確実に防止することができる。その結果例えば、当該フィラメントを用いたプラズマ源等の、熱電子放出部の位置ずれによる特性変化を抑制することができる。
【0023】
請求項6に記載の発明によれば、熱陰極として上記のようなフィラメントを備えているので、請求項1〜5に記載の発明について上述した効果と同様の効果を奏することができる。
【0024】
請求項7に記載の発明によれば次の更なる効果を奏する。即ち、フィラメントの熱電子放出部はプラズマ生成容器内に位置しているフィラメント部の全域を覆っているので、熱電子放出部の支持部を兼ねているフィラメント部が、プラズマ生成容器内に存在していて腐食の原因となる原料ガスに曝されるのを防止することができる。その結果、フィラメント部が原料ガスによって腐食されて断線するのを抑制することができるので、フィラメントの寿命をより長くすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】この発明に係るフィラメントの一実施形態を示す平面図である。
【図2】図1の線A−Aに沿う拡大断面の一例を示す図である。
【図3】フィラメントの熱電子放出部の他の例を示す斜視図であり、図1の線A−A方向に見たものに相当している。
【図4】この発明に係るフィラメントの他の実施形態を示す平面図である。
【図5】この発明に係るフィラメントの更に他の実施形態を示す平面図である。
【図6】この発明に係るフィラメントの更に他の実施形態を示す平面図である。
【図7】この発明に係るフィラメントの更に他の実施形態を示す平面図である。
【図8】この発明に係るフィラメントの更に他の実施形態を示す平面図である。
【図9】この発明に係るフィラメントの更に他の実施形態を示す平面図である。
【図10】この発明に係るフィラメントの更に他の実施形態を示す平面図である。
【図11】この発明に係るフィラメントの更に他の実施形態を示す平面図である。
【図12】この発明に係るフィラメントを備えるイオン源の一実施形態を示す概略断面図である。
【図13】この発明に係るフィラメントを備えるイオン源の他の実施形態を示す概略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
(1)フィラメントについて
図1は、この発明に係るフィラメントの一実施形態を示す平面図である。このフィラメント4は、熱電子を放出するものであり、例えば前述したようなプラズマ源、イオン源、スパッタリング装置等に用いられる。
【0027】
このフィラメント4は、通電によって加熱されて熱電子を放出するフィラメント部6と、筒状のものであってその中をフィラメント部6が貫通している熱電子放出部8とを備えている。熱電子放出部8は、フィラメント部6によって支持されていて、フィラメント部6からの熱(主として輻射熱)によって加熱されて熱電子を放出する。即ちフィラメント部6は熱電子放出部8の支持部を兼ねている。
【0028】
フィラメント部6の両端部付近は、電源(例えば図12、図13に示すフィラメント電源36参照)等に接続するための接続端部14になっている。
【0029】
熱電子放出部8は、例えば、その横断面を図2に示すように、純然たる筒(管と呼ぶこともできる)でも良いし、図3に示す例のように、例えば厚さが0.3mm程度の薄板を丸めて筒状にした構造のものでも良い。図3中の符号12は、丸めた際の合せ目である。また、薄板を丸めて筒状にする場合は、非常に薄い薄板を複数回巻いて筒状にしても良い。以上のことは後述する他の実施形態においても同様である。
【0030】
熱電子放出部8を上記のように薄板を丸めて筒状にした構造にすると、他の切削加工等によって筒状にしたものよりも製作が容易であり、従って熱電子放出部8のコストひいては当該フィラメント4のコストを下げることができる。特に、後述するように熱電子放出部8がタンタルから成る場合、タンタルは切削加工のような加工が難しいので、薄板を丸めた筒状構造にすることによる上記効果は大きい。
【0031】
更にこのフィラメント4においては、その熱電子放出部8を構成する材料の方がフィラメント部6を構成する材料よりも熱電子放射電流密度が大きく、かつフィラメント部6を構成する材料の方が熱電子放出部8を構成する材料よりも剛性率が大きい。
【0032】
剛性率は、弾性率の一種であり、弾性体に弾性限界内でずれ応力を作用させたときの、ずれ応力とずれによる歪みとの比のことである。ずれ弾性率またはせん断弾性率とも呼ばれる。
【0033】
材料を例示すると、フィラメント部6はタングステン(W)から成り、熱電子放出部8はタンタル(Ta )から成る。
【0034】
タングステンの熱電子放射電流密度は、例えば温度が2000Kで約8.7A/m2 、2500Kで約2.6×103 A/m2 である。タンタルの熱電子放射電流密度は、例えば温度が2000Kで約990A/m2 、2500Kで約1.9×104 A/m2 である。同じ温度ならば、タンタルの方がおよそ1桁大きい。
【0035】
タングステンの剛性率は約157GPa(27℃)であり、タンタルの剛性率は約69.1GPa(27℃)である。タングステンの方がおよそ2倍大きい。
【0036】
フィラメント部6の平面形状は、この実施形態では一例としてU字状(換言すればヘアピン状。以下同様)をしているが、それに限られるものではなく、他の形状でも良い。目的や用途等に応じて決めれば良い。他の形状の例の幾つかを、図4〜図11の実施形態に示す。このような所定の平面形状をしたフィラメント部6は、例えば、線状または棒状の材料を曲げることによって形成することができる。
【0037】
フィラメント部6に設ける熱電子放出部8の数は、この実施形態では一例として二つの場合を示しているが、それに限られるものではなく、一つでも良いし、三つ以上でも良い。目的や用途等に応じて決めれば良い。後述する他の実施形態においても同様である。
【0038】
フィラメント部6に対する熱電子放出部8の配置の仕方は、この実施形態では一例として、U字状のフィラメント部6の両方の直線部に熱電子放出部8をそれぞれ1個ずつ配置して、フィラメント部6の中心7に対して実質的に対称(左右対称)に熱電子放出部8を配置している。そのようにすれば、このフィラメント4から熱電子を対称性良く放出することができるけれども、必ず対称に配置しなければならないものではなく、片方だけに配置する等によって非対称に配置しても良い。目的や用途等に応じて決めれば良い。後述する他の実施形態においても同様である。
【0039】
このフィラメント4においては、熱電子放出部8を構成する材料の熱電子放出効率が高いので、具体的には熱電子放出部8を構成する材料の方がフィラメント部6を構成する材料よりも熱電子放射電流密度が大きいので、当該フィラメント4の加熱温度を下げても熱電子放出部8から効率良く熱電子を放出させることができる。従って当該フィラメント4の加熱温度を下げることが可能になり、それによって腐食性のガス雰囲気中で使用しても、加熱して温度を上げたときの当該フィラメント4の腐食を抑制することができる。これは、温度が下がると腐食性のガスとフィラメント部6や熱電子放出部8との反応速度が大きく低下するからである。その結果、当該フィラメント4の寿命を長くすることができる。加熱温度を下げられることについての実験結果は後述する。
【0040】
しかも、熱電子放出部8を、剛性の高いフィラメント部6によって支持している、より具体的には熱電子放出部8の材料よりも剛性率の大きい材料から成るフィラメント部6によって支持している構造であるので、加熱して温度を上げたときの当該フィラメント4の自重による撓みを抑制することができる。例えば、フィラメント4の全体をタンタルで形成している場合に比べて、高温に加熱した場合の自重による撓みを抑制することができる。その結果例えば、当該フィラメント4を用いたプラズマ源やイオン源等の、フィラメントの撓みによる特性変化等を抑制することができる。
【0041】
また、上記フィラメント4の熱電子放出部8は筒状のものであるので、その内側に位置するフィラメント部6の全周から輻射熱を受けることができ、従って高温に加熱することが容易である。
【0042】
また、筒状の熱電子放出部8とその内側のフィラメント部6との間には、通常は、僅かではあるけれども隙間10が存在する。図2では拡大して図示しているので隙間10が大きく表示されているが、実際はこのように大きくはない。図3の例のように薄板を丸めて筒状にした熱電子放出部8では、隙間10は通常はごく僅かなものである。しかしいずれにしても、僅かではあるが隙間10が存在し、しかも熱電子放出部8は筒状の一体物であるので、後述するように熱電子放出部8をかしめていない場合は、あるいはかしめる前は、熱電子放出部8をフィラメント部6に沿って移動させることができる。それによって例えば、プラズマ源やイオン源等におけるプラズマ分布の調整に役立てることができる。
【0043】
これを詳述すると、熱電子はフィラメント部6からも放出されるが、熱電子放出部8からより多く放出される。前述したように、熱電子放出部8を構成する材料の方が熱電子放射電流密度が大きいからである。これを利用してプラズマ分布の状態を変化させることができる。即ち、プラズマ源やイオン源のプラズマ生成容器の容積やそれに導入される原料ガスの導入口の位置等によっては、所望のプラズマ分布を得るために、フィラメントから放出する熱電子の状態を変更することが必要になる場合があり得るが、この変更を熱電子放出部8をフィラメント部6に沿って移動させることで比較的簡単に行うことができるので、それによってプラズマ分布状態の調整に役立てることも可能である。
【0044】
次に、フィラメント4の他の実施形態を図4〜図11にそれぞれ示す。図1に示した実施形態と同一または相当する部分には同一符号を付し、以下においては図1に示したフィラメント4との相違点を主体に説明する。
【0045】
図4に示すフィラメント4のように、フィラメント部6の平面形状を、全体としては概ねU字状だが接続端部14に続く直線部の間隔を大きくした形状にしても良い。
【0046】
図5に示すフィラメント4のように、フィラメント部6の平面形状をM字状にしても良い。
【0047】
図6に示すフィラメント4のように、フィラメント部6の平面形状をコ字状にしても良い。
【0048】
図7に示すフィラメント4のように、フィラメント部6の平面形状を、先の部分がV字状になった形状にしても良い。
【0049】
図8に示すフィラメント4のように、フィラメント部6の平面形状を凸状にしても良い。
【0050】
図9に示すフィラメント4のように、フィラメント部6の平面形状を凹状にしても良い。
【0051】
図10に示すフィラメント4のように、フィラメント部6の一部分を螺旋状にしても良い。
【0052】
図11に示すフィラメント4のように、フィラメント部6を直線状にしても良い。
【0053】
図4〜図11に示すフィラメント4においても、図示している熱電子放出部8の位置や数は一例であり、図示例のものに限られないことは、図1のフィラメント4について説明したのと同様である。例えば、実線で示した熱電子放出部8に加えて、あるいはそれの代わりに、二点鎖線で示した熱電子放出部8を設けても良い。
【0054】
図1〜図10に示したフィラメント4のフィラメント部6は、いずれも、一つまたは複数の曲がり部16を有している。この曲がり部16は、熱電子放出部8の移動範囲を制限する機能を有している。曲がり部16で熱電子放出部8の移動が阻止されるからである。従って、何らかの原因で熱電子放出部8の位置がずれるようなことがあったとしても、その位置ずれの範囲を制限することができる。この点で、図11に示す直線状のフィラメント4よりも有利である。
【0055】
例えば、図1に示すフィラメント4では、熱電子放出部8に位置ずれが起こるとしても、曲がり部16と接続端部14との間の範囲R内でしか起こらない。同様に、図4に示すフィラメント4では熱電子放出部8を挟む二つの曲がり部16間の範囲R内、図5に示すフィラメント4でも熱電子放出部8を挟む二つの曲がり部16間の範囲R内でしか起こらない。図6〜図10に示すフィラメント4においても同様である。
【0056】
フィラメント部6が上記のような曲がり部16を有している場合または有していない場合のいずれにおいても、熱電子放出部8をフィラメント部6にかしめ(カシメ)によって固定しておいても良い。熱電子放出部8が薄板を丸めて筒状にした構造をしている場合、前述したように上記隙間10は通常はごく僅かであるので元々、熱電子放出部8の位置はずれにくいけれども、この場合も熱電子放出部8をフィラメント部6にかしめによって固定しておいても良い。熱電子放出部8をフィラメント部6にかしめによって固定しておくことによって、熱電子放出部8の位置ずれをより確実に防止することができる。その結果例えば、当該フィラメント4を用いたプラズマ源やイオン源等の、熱電子放出部8の位置ずれによる特性変化を抑制することができる。
【0057】
(2)実験結果について
実施例のフィラメント4と従来のフィラメントを用いて、プラズマ生成容器内でアーク放電によってヘリウムプラズマを生成したときの、アーク電流、フィラメントへの投入パワーおよびフィラメントの温度を測定した実験結果の一例を表1に示す。
【0058】
【表1】
【0059】
上記実施例のフィラメント4は、図5に示したようなM字状のものであり、直径が1.2mm、線長が220mmのタングステン線をM字状に成形して成るフィラメント部6の直線部の2箇所に、厚さ0.3mmのタンタル薄板を丸めて筒状にして成る長さ22mmの熱電子放出部8を設けた構造をしている。上記従来のフィラメントは、上記実施例のフィラメント部6と同じ構成のフィラメント部のみから成る構造をしている。
【0060】
アーク電流はプラズマの密度を表す指標となるものであり、この値が大きいほど濃いプラズマが生成されていることになる。フィラメントの温度は、フィラメントの代表的な箇所の温度であり、これはフィラメントへの投入パワーを元に熱輸送方程式により推測した。
【0061】
上記表より、従来のフィラメントに比べて実施例のフィラメント4の方が、同じアーク電流を生じさせるのに必要な、即ち上述したように同じ密度のプラズマを生成するのに必要な温度が低いことが分かる。これは、前述したように熱電子放出部8を構成するタンタルの方がフィラメント部6を構成するタングステンよりも熱電子放射電流密度が大きく、実施例のフィラメント4はそのような熱電子放出部8を有しているからである。実施例のフィラメント4によれば、上記のようにその加熱温度を下げることができるので、前述したようにフィラメント4の腐食を抑制することができ、ひいてはフィラメント4の寿命を長くすることができる。
【0062】
(3)イオン源について
上記各実施形態のフィラメント4は、イオン源のプラズマ生成容器内へ熱電子を放出する熱陰極として用いても良い。そのようにしたイオン源20の一実施形態を図12に示す。
【0063】
このイオン源20は、プラズマ生成容器22内において原料ガスを電離させてプラズマ28を生成し、当該プラズマ28からイオンビーム32を引き出すイオン源であり、プラズマ生成容器22内に熱電子を放出する熱陰極として、前述したようなフィラメント4を備えている。
【0064】
この図12の実施形態では、一例として、フィラメント4は図1に示したU字状のものであるが、それに限られるものではなく、フィラメント4は、図4〜図11等に示した他の実施形態のものでも良い(図13も参照)。
【0065】
プラズマ生成容器22内へは、ガス導入口24から例えば前述したような三フッ化ホウ素(BF3 )、ホスフィン(PH3 )、アルシン(AsH3 )等の原料ガスが導入される。フィラメント4はフィラメント電源36によって通電加熱される。34は絶縁物である。フィラメント4と陽極を兼ねるプラズマ生成容器22との間には、両者間でアーク放電を生じさせるアーク電源38が接続されている。このイオン源20は、フィラメント4からプラズマ生成容器22内へ熱電子を放出させ、フィラメント4とプラズマ生成容器22との間でアーク放電を生じさせて上記原料ガスを電離させてプラズマ28を生成し、このプラズマ28からイオン引出し口26を通して引出し電極系30によってイオンビーム32を引き出すことができる。
【0066】
このイオン源20は、熱陰極として上記のようなフィラメント4を備えているので、各実施形態のフィラメント4について前述した効果と同様の効果を奏することができる。
【0067】
上記のようなフィラメント4を用いる場合、当該フィラメント4の熱電子放出部8は、プラズマ生成容器22内に位置しているフィラメント部6の全域を覆っていても良い。そのようにしたイオン源20の一例を図13に示す。図12の例と同一または相当する部分には同一符号を付して、重複説明を省略する。フィラメント4の形状は、図13に示す例のものに限られるものではない。
【0068】
このイオン源20においては、フィラメント4の熱電子放出部8はプラズマ生成容器22内に位置しているフィラメント部6の全域を覆っているので、熱電子放出部8の支持部を兼ねているフィラメント部6が、プラズマ生成容器22内に存在していて腐食の原因となる原料ガスに曝されるのを防止することができる。その結果、フィラメント部6が原料ガスによって腐食されて断線するのを抑制することができるので、フィラメント4の寿命をより長くすることができる。
【符号の説明】
【0069】
4 フィラメント
6 フィラメント部
8 熱電子放出部
16 曲がり部
20 イオン源
22 プラズマ生成容器
【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱電子を放出するフィラメントであって、
通電によって加熱されて熱電子を放出するフィラメント部と、
筒状のものであってその中を前記フィラメント部が貫通していて前記フィラメント部によって支持されていて、前記フィラメント部からの熱によって加熱されて熱電子を放出する熱電子放出部とを備えており、
前記熱電子放出部を構成する材料の方が前記フィラメント部を構成する材料よりも熱電子放射電流密度が大きく、
かつ前記フィラメント部を構成する材料の方が前記熱電子放出部を構成する材料よりも剛性率が大きいことを特徴とするフィラメント。
【請求項2】
前記フィラメント部はタングステンから成り、前記熱電子放出部はタンタルから成る請求項1記載のフィラメント。
【請求項3】
前記フィラメント部は、前記熱電子放出部の移動範囲を制限する機能を有する曲がり部を備えている請求項1または2記載のフィラメント。
【請求項4】
前記熱電子放出部は、薄板を丸めて筒状にした構造をしている請求項1、2または3記載のフィラメント。
【請求項5】
前記熱電子放出部は、前記フィラメント部にかしめによって固定されている請求項1ないし4のいずれかに記載のフィラメント。
【請求項6】
プラズマ生成容器内において原料ガスを電離させてプラズマを生成し、当該プラズマからイオンビームを引き出すイオン源であって、
前記プラズマ生成容器内に熱電子を放出する熱陰極として、請求項1ないし5のいずれかに記載のフィラメントを備えていることを特徴とするイオン源。
【請求項7】
前記フィラメントの前記熱電子放出部は、前記プラズマ生成容器内に位置している前記フィラメント部の全域を覆っている請求項6記載のイオン源。
【請求項1】
熱電子を放出するフィラメントであって、
通電によって加熱されて熱電子を放出するフィラメント部と、
筒状のものであってその中を前記フィラメント部が貫通していて前記フィラメント部によって支持されていて、前記フィラメント部からの熱によって加熱されて熱電子を放出する熱電子放出部とを備えており、
前記熱電子放出部を構成する材料の方が前記フィラメント部を構成する材料よりも熱電子放射電流密度が大きく、
かつ前記フィラメント部を構成する材料の方が前記熱電子放出部を構成する材料よりも剛性率が大きいことを特徴とするフィラメント。
【請求項2】
前記フィラメント部はタングステンから成り、前記熱電子放出部はタンタルから成る請求項1記載のフィラメント。
【請求項3】
前記フィラメント部は、前記熱電子放出部の移動範囲を制限する機能を有する曲がり部を備えている請求項1または2記載のフィラメント。
【請求項4】
前記熱電子放出部は、薄板を丸めて筒状にした構造をしている請求項1、2または3記載のフィラメント。
【請求項5】
前記熱電子放出部は、前記フィラメント部にかしめによって固定されている請求項1ないし4のいずれかに記載のフィラメント。
【請求項6】
プラズマ生成容器内において原料ガスを電離させてプラズマを生成し、当該プラズマからイオンビームを引き出すイオン源であって、
前記プラズマ生成容器内に熱電子を放出する熱陰極として、請求項1ないし5のいずれかに記載のフィラメントを備えていることを特徴とするイオン源。
【請求項7】
前記フィラメントの前記熱電子放出部は、前記プラズマ生成容器内に位置している前記フィラメント部の全域を覆っている請求項6記載のイオン源。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2010−287415(P2010−287415A)
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−139923(P2009−139923)
【出願日】平成21年6月11日(2009.6.11)
【出願人】(302054866)日新イオン機器株式会社 (161)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年6月11日(2009.6.11)
【出願人】(302054866)日新イオン機器株式会社 (161)
【Fターム(参考)】
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