説明

フェライト系ステンレスねじ

【課題】低コストのフェライト系ステンレスを用いたねじにおいて、強度が従来のオーステナイト系ステンレスねじ(SUSXM7)と同等で、ねじ成形のための金型寿命を延長し、また、部材との色合わせのための着色処理後、その耐食性がオーステナイト系ステンレスねじのテンパー着色品よりも優れているフェライト系ステンレスねじを提供することを課題とする。
【解決手段】クロム量が16〜20重量%、炭素量が0.005〜0.02重量%および窒素量が0.005〜0.02重量%の範囲にあるフェライト系ステンレスの伸線材の引張り強さを570〜700MPaにし、ねじ転造加工後のねじの引張り強さを580〜730MPaにしたフェライト系ステンレスねじであり、また、該ねじに厚さ0.5μm以下の酸化発色処理を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、締結に使用されるフェライト系ステンレスねじに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、建築用のサッシ等の締結等には、耐食性と強度を兼ね備えたSUSXM7を中心としたオーステナイト系ステンレス製の締結ねじが使用されてきた。この種の締結ねじには、主に耐食性を付与するためのニッケルや主にねじの成形性と金型寿命を向上させるための銅をかなりの量含有している。これらの元素は高価であるため、素材とその製品であるねじの価格を上昇させるとともに、時には価格変動を誘発し、ねじの素材の供給を不安定なものにしている。
【0003】
高価なニッケルや銅をほとんど含まないフェライト系ステンレスねじは、オーステナイト系ステンレスねじと同様に、ねじ成形後の焼入れ硬化処理を行わず、ねじ加工前の伸線材の引張り強さとねじ転造加工による加工硬化により、ねじの軸力等の諸特性に重要な役割を果たすねじの引張り強さが決まる。ただし、フェライト系ステンレスはオーステナイト系ステンレスに比べて加工硬化率が小さいため、これを補い高いねじの引張り強さを得るためには、伸線材の高強度化(引張り強さを高くすること)が必要となる。そこで、ねじのような三次元の加工ではないが、曲げ加工のような二次元の加工が施される板材において、製品の高強度化のために素材の高強度化が特許文献1にて提案されている。
【0004】
オーステナイト系ステンレスねじに替わる高強度、高耐食のねじをつくる為には、ねじ頭部の圧造時の内部割れの問題を解決しなければならない。すなわち、この現象は、材料を圧縮変形させた際に側面にせん断割れが生じるまでの加工度(限界据込み率)特性と関係があるが、この特性において一般にオーステナイト系ステンレスは他のステンレスより優れているからである。この内部割れを回避しようと、焼なましにより伸線材の硬さを下げると高強度のねじが得られない。この頭部の内部割れの問題を解決し、高強度で高耐食のねじを作るためにステンレス鋼の二相領域を利用し、また複雑な熱処理によりねじを加工する方法が特許文献2にて提案されている。
【0005】
従来、オーステナイト系ステンレスねじの着色には、多種の着色が可能なテンパー着色が主に行われてきたが、フェライト系ステンレスねじでは耐食性が低下するために使用されなかった。また、オーステナイト系ステンレスでは、水酸化ナトリウムを用いた黒染め処理が行われ、これもねじに適用されてきた。着色は黒色系に限定されるが、フェライト系ステンレスにも同様な処理を行うために、硝酸をもちいた黒染めの方法が特許文献3にて提案されている。
【0006】
【特許文献1】特開2005−330580号公報
【特許文献2】特開平9−314276号公報
【特許文献3】特開2001−20084号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
高価なニッケルおよび銅が0.5重量%以下あるいは不純物レベルに抑えた低コストのフェライト系ステンレスを用いて、ねじの引張り強さをオーステナイト系ステンレスねじ(SUSXM7)と同等まで向上させ、また、製造工程においては、ねじ成形のための圧造用金型寿命を延長して、ねじ成形のコストを併せて低減させる。すなわち、低コストで、強度においてオーステナイト系ステンレスねじの代用が可能なフェライト系ステンレスねじを提供することを課題とする。
【0008】
さらに、部材との色合わせのために必要となるねじの着色処理において、オーステナイト系ステンレスのテンパー着色と同様に多種の着色が可能であり、またその耐食性において、このオーステナイト系ステンレスのテンパー着色品と同等以上に向上させることができる前記フェライト系ステンレスの着色されたねじを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のフェライト系ステンレスねじは、クロム量が16〜20重量%、炭素量が0.005〜0.02重量%および窒素量が0.005〜0.02重量%の範囲にあるフェライト系ステンレスねじであって、ねじを加工する前の伸線材の引張り強さが570〜700MPaで、ねじ転造加工後のねじの引張り強さが580〜730MPaであることを特徴とする。
【0010】
さらに、前記フェライト系ステンレスねじであって、0.50μm以下の厚さの酸化発色層生成処理を行うことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、オーステナイト系ステンレスねじと同等の強度をもつフェライト系ステンレスねじの製作が可能となり、また、素材コストのみならず圧造における金型寿命の延長による製造コストを低減して、ねじのトータルコストを大きく削減することができる。また、部材との色合わせのために必要となる着色処理においては多種の着色が可能で、耐食性においてはオーステナイト系ステンレスのテンパー着色品と同等以上の締結用のフェライト系ステンレスねじを作ることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の実施形態について以下、図面に基づいて説明する。
【0013】
図1(a)に示す伸線材1の化学成分において、ねじ表面に均一で安定した不働態皮膜を生成させて高い耐食性を得るために、クロム量は16重量%以上とし、また、ねじ成形時およびねじの製品特性にとって有害となる脆化(この場合シグマ脆性)を防止するために、その上限は20重量%とする。
【0014】
炭素量については、800℃以上の高温でオーステナイト相の生成による冷却時のマルテンサイトの発生を防止し、ねじに有害となる脆化の危険を避けるために、0.05重量%以下が要求される。さらに、限界据え込み率を高めて圧造加工性を向上させるために、窒素を含めてそれぞれを0.02重量%以下に限定した。ただし、加工硬化による強度を確保するために下限をそれぞれ0.005重量%以上とする。こうして、脆化を避けながらねじの強度を確保することができる。
【0015】
一方、前記範囲の炭素量および窒素量では、クロム炭化物およびクロム窒化物の析出が抑制されるので、十分な固溶クロムを表面に残すことにより不働態皮膜そのものを安定化し、また粒界のクロム欠乏相の発生も最小にして粒界腐食を抑える。このように炭素量、窒素量を前記範囲に限定することは、ねじの耐食性の向上にも大きく寄与する。
【0016】
一般にねじの引張り強さは、図1(a)に示すねじ用の伸線材1の引張り強さと、図1(c)に示す転造加工後のねじ5におけるねじ山谷部6を造るための転造による加工硬化によって決まる。前記成分のフェライト系ステンレスの伸線材1は、圧延および伸線加工され、加工ひずみが導入された線材に所定の焼なまし処理を行った後、低加工率の伸線(スキンパス)が施されるが、これらの加工履歴により伸線材1の引張り強さが決まる。フェライト系ステンレスは結晶粒を微細化して強度を上げることが難しいこと等を踏まえて、われわれは熱処理パラメータ(焼なまし温度×加熱時間の常用対数)を標準のなまし条件よりもやや下げる方向で最適調整することで、該伸線材1の引張り強さを通常のフェライト系ステンレスねじ用伸線材よりも高く設定し、且つその範囲が、続く図1(b)に示すねじ頭加工後のねじ2において、ねじ頭部3やねじ溝部4に割れや欠陥が生じないことを確認して、最適な焼なまし条件とそれに応じた引張り強さの範囲に関する知見を得た。すなわち、焼なまし温度と加熱時間をある範囲に設定することで、伸線材1の引張り強さを570〜700MPaとし、この範囲では、ねじ圧造の際にねじ頭部3およびねじ溝部4の内外周部に割れなどが生じず、図1(c)のねじ山谷部6を転造加工する際の加工硬化により、転造加工後のねじ5の引張り強さが580〜730MPaに上昇することを見出した。
【0017】
表1に、図1(b)のねじ圧造の際にねじ頭部3およびねじ溝部4の内外周部に割れなどが生じず、且つ圧造加工に用いられる金型の寿命が20000回以上を保証する伸線材1の引張り強さの範囲と転造加工後のねじ5の引張り強さについて、代表的なオーステナイト系ステンレスのSUSXM7ねじ(以下、比較例1とする)および一般的なフェライト系ステンレスのSUS430ねじ(比較例2とする)と本発明品(実施例1および実施例2)の比較を示す。それぞれのねじ加工前の伸線材1の引張り強さを上昇させれば、ねじの引張り強さも上昇するが、金型に負荷がかかり、摩耗あるいは疲労により早期寿命となる。比較例1の伸線材の引張り強さは500〜540MPaに制限され、これを越えると金型の早期寿命で量産が不可能となる。比較例2については限界据えこみ率が小さいため、前出の圧造時の際のねじ頭部3およびねじ溝部4の内外部の欠陥を防ぐためにはその伸線材1の引張り強さは表1の範囲に限定される。
【0018】
【表1】

【0019】
部材との色合わせのために必要となる各種のねじの着色には、耐食性を落とさないために120℃以下の低い温度で処理でき、また、高クロムで低炭素および低窒素である該ねじの化学成分の特性を生かして、高耐食の酸化発色皮膜を生成させる。まず、前処理として、該ねじを十分に脱脂・洗浄し、その後、10〜20%の硝酸に浸漬して表面を不働態化処理する。浸漬には、複雑な形状のねじの表面に均一な不働態皮膜を生成させるために、ねじを一定数量投入したバレルケースを回転・撹拌させることが好ましい。こうして不働態皮膜は、ねじ頭部3とねじ溝部4およびねじ山谷部5の隅々まで均一に不働態皮膜を形成して耐食性を保証するとともに、続く酸化発色処理の酸化層の厚さを均一に近づけ、色むらを最小限にする役割を果たす。この後、120℃以下で硫酸をベースにした酸化剤溶液に浸漬して所望する色に応じた厚さの酸化発色層を生成させ、図1(d)に示す着色処理されたねじ7を得る。
【0020】
一般に、ステンレス鋼の酸化層は光の透過性があり、層の屈折率と厚さの違いによる光路差で特定の波長のものが反射して強調されることにより、色として認識される。厚さは0.50μmを越えると酸化部分と内部の物理的特性の差により剥離等の問題が生じる恐れがあるため、0.50μm以下に限定される。尚、不働態化皮膜は数ナノメートル程度の酸化層であり、不働態化処理のみを施し、透明な酸化膜として金属白色のねじに使用する場合も本発明に含まれる。
【0021】
こうして、素材の成分を生かした不働態化処理および酸化発色処理により、従来のフェライト系ステンレスねじでは難しかった耐食性を有した着色処理が可能となる。すなわち、クロム量および炭素量、窒素量を前記範囲に限定することにより、表面がほぼ均一で十分にクロムが固溶した面で覆われ、局部的なクロム欠乏層が生じることがなく、酸化発色処理後も局部電池ができにくい高耐食な表面構造となる。こうして、テンパー着色処理を施した比較例1のSUSXM7よりも、均一な酸化クロムで覆われることにより、耐食性において本発明のフェライト系ステンレスねじの方が優位となる。
【実施例1】
【0022】
本発明で、M4トラス小ねじを製作した場合の実施例を示す。
【0023】
素材には、炭素量、窒素量を抑えたNSSC160R(新日鐵住金ステンレス株式会社)の伸線用ロッドを使用した。主な成分は、クロム量16.5重量%、炭素量0.01重量%、窒素量0.01重量%で、ニッケル、銅はそれぞれ0.5重量%以下である。上記の素材は、連続鋳造、熱間圧延にてコイル線材φ5.5mmにつくられ、これを穴ダイス伸線加工でφ3.53mmまで伸線後、焼きなましを行い、その後、低加工率伸線(スキンパス)を行いφ3.45mmのねじ成形用の伸線材1を作製した。これを圧造機(ヘッダー)にてねじ頭部3とねじ溝部4を加工してねじ頭加工後のねじ2を作製後、平転造装置にてねじ山谷部6を転造加工してM4トラスの転造加工後のねじ5に成形した。転造加工後のねじ5は、十分に脱脂洗浄後、処理用のバレルケースを回転・撹拌させながら20%硝酸液に約30分浸漬することにより不働態化処理を行った。その後、硫酸をベースにした酸化剤を含む溶液を90℃に加熱してブロンズ色の酸化発色8を得て実施例1とした。実施例2は不働態化処理のみを行い、金属白色のねじとした。また、比較例1にSUSXM7、比較例2にSUS430のブロンズ色のM4トラス小ねじを示す。ただし、比較例1は一般にオーステナイト系ステンレスに行われるテンパー着色処理を行い、また、比較例2は今回の発明品と同等の不働態化処理およびブロンズ色の酸化発色8をおこなった。
【0024】
表2に、実施例1、2および比較例1、2の中間加工品および製品の試験結果を示す。金型寿命は、ねじ頭部3およびねじ溝部4の圧造加工用の金型の寿命である。耐食性は、製品である着色処理されたねじ7について、塩水噴霧試験(5%食塩水、JIS)により評価した。実施例1および2は、金型寿命、耐食性において比較例1より優れ、また、ねじの引張り強さおよび耐食性において比較例2よりも優れている。
【0025】
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明に係わるねじを製作する工程を示す図である。
【符号の説明】
【0027】
1 伸線材
2 ねじ頭加工後のねじ
3 ねじ頭部
4 ねじ溝部
5 転造加工後のねじ
6 ねじ山谷部
7 着色処理されたねじ
8 酸化発色


【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロム量が16〜20重量%、炭素量が0.005〜0.02重量%および窒素量が0.005〜0.02重量%の範囲にあるフェライト系ステンレスねじであって、ねじを加工する前の伸線材の引張り強さが570〜700MPaで、ねじ転造加工後のねじの引張り強さが580〜730MPaであることを特徴とするフェライト系ステンレスねじ。
【請求項2】
前記締結用のフェライト系ステンレスねじであって、0.50μm以下の厚さの酸化発色層生成処理を行うことを特徴とする請求項1に記載のフェライト系ステンレスねじ。


【図1】
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【公開番号】特開2008−256081(P2008−256081A)
【公開日】平成20年10月23日(2008.10.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−98544(P2007−98544)
【出願日】平成19年4月4日(2007.4.4)
【出願人】(502262654)株式会社丸ヱム製作所 (6)
【Fターム(参考)】