説明

フタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオン、その塩及び塩の製造方法

【課題】電子受容性が高く、可視光から近赤外光に対する応答性が高く、かつ、一般的な有機溶剤に対する溶解度が高いn型有機半導体材料を開発する。
【解決手段】下記一般式(1)で表されるるフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオン。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオン、その塩及び塩の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光触媒は、環境にやさしい環境浄化材料として脚光を浴びている。
光触媒は、光エネルギーの投入により生じる酸化力・還元力を用いて化学反応を促進させ、一般に有毒な薬品や化石燃料を使用することなく、分解されにくい種々の有害化学物質を安全かつ容易に分解する機能を有するためである。
【0003】
現在、光触媒の材料として、酸化チタン、酸化亜鉛、酸化タングステン等の無機化合物及びポリパラフェニレン及びその誘導体等の有機化合物が知られている(非特許文献1、2)。
【0004】
酸化チタンは、その光触媒作用の大きさや安全性、また、資源的・コスト的な観点からも非常に優れた材料であることから広く研究されており、実用化された製品も出されている(非特許文献1)。しかしながら、この酸化チタンは、紫外光により光触媒活性が発現される。この紫外光は、太陽光(自然光)エネルギー密度の3%相当にすぎず、太陽光を効率よく利用しているとはいえない。
【0005】
また、ポリパラフェニレン及びその誘導体等は酸化条件で不安定な材料であり、酸素存在下や気相(湿潤空気)や水を含む液相での利用が困難である等の問題点を有している(非特許文献2)。
【0006】
近年、フタロシアニン等のp型有機半導体とペリレン誘導体等のn型有機半導体とからなる二層膜光触媒が報告されている(非特許文献3)。前記二層膜光触媒は、可視光応答型であり、前記二層膜を用いた光電極が水相中で光酸化反応を誘起する(非特許文献3)。しかしながら、前記n型有機半導体はいずれも、主に紫外光に応答するため、二層膜としても太陽光を効率よく利用しているとはいえない。
太陽光エネルギー変換効率の観点から、太陽光エネルギー密度の約半分を占める可視光を有効に活用できる光触媒が望まれている。
【0007】
p型有機半導体として知られる一般的なフタロシアニンにも電子受容性はある。しかし、その第一還元電位−1.40V(vs.Fc/Fc;非特許文献8)は、酸素分子の還元電位−1.26V(vs.Fc/Fc)よりも負であるため、容易に酸素に酸化されてn型半導体として機能しない。なお、前記酸素分子の還元電位は、OとスーパーオキシドラジカルOが1:1になる電位であり、−0.563V(vs.NHE)としても表記できる。酸素存在下で安定に機能するためには−1.26Vよりも正である還元電位が必須であり、−1Vよりも正であることが好ましく、−0.693Vよりも正であることが更に好ましい。なお、−0.693Vは、NHEのFc/Fcに対する電位である。
【0008】
本発明者は、フタロシアニンの中心元素にアンチモンを導入すると、電子受容性が強いことを見出し、フタロシアニン−アンチモン錯体を有望なn型有機半導体材料として提案してきた(特許文献1、2)。しかし、一般的な有機溶媒に対する溶解度が低く、スピンコーティングや溶媒キャスト等の塗布法等に利用することが困難であり、大面積化が困難であるという問題があった。また、近赤外光に対する応答性も十分でなかった。
【0009】
そこで、本発明者は、軸配位子にトリメチルシロキソ基(−OSi(CH)を導入して、新規のフタロシアニン−アンチモン錯体を合成した(非特許文献18、19)。このフタロシアニン−アンチモン錯体は、還元電位が同様に大きく正側にあり、n型有機半導体材料として優れたものであった。しかし、依然として、近赤外光に対する応答性が弱く、また、一般的な有機溶剤に対する溶解度が低いという問題があった。
【0010】
なお、本願では、一般的な有機溶媒とは、CHCl,CHCl,アセトン、アセトニトリル、エタノール、酢酸エチル、ベンゼン、トルエンであり、これらの一般的な有機溶媒のいずれかで飽和濃度が10−2M超の場合、溶解度が高いと評価する。また、吸収ピーク波長が710nm以上の場合、近赤外光の応答性が高いと評価する。更に、還元電位が−0.693V(vs.Fc/Fc)よりも正である場合、電子受容性が強いと評価する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第2949230号公報
【特許文献2】特許第2958461号公報
【特許文献3】特許第4038572号公報
【特許文献4】特許第3972097号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】橋本和仁,藤嶋昭.図解 光触媒のすべて.1版,株式会社工業調査会,2003,p.308.http://www.piaj.gr.jp/roller/contents/entry/200706118
【非特許文献2】T.Kitamura,H.Fudemoto,Y.Wada,K.Murakoshi,M.Kusaba,N.Nakashima,T.Majima,and S.Yanagida,J.Chem.Soc.Faraday Trans.,vol.93,221(1997).
【非特許文献3】T.Abe and K.Nagai,Org.Electron.,8,262(2007).
【非特許文献4】H.Isago and Y.Kagaya,J.Porph.Phthal.,vol.13,p382(2009).
【非特許文献5】H.Isago,Y.Kagaya,H.Fujita and T.Sugimori,Dyes Pigm.,vol.88,p187(2011).
【非特許文献6】Y.Kagaya and H.Isago,Bull.Chem.Soc.Jpn.,vol.70,p2179(1997).
【非特許文献7】C.Hansch,A.Leo and R.W.Taft,Chem.Rev.,vol.91,p165(1991).
【非特許文献8】T.Nyokong,Z.Gasyna and M.J.Stillman,Inorg.Chem.,vol.26,p548(1987).
【非特許文献9】A.B.P.Lever,Inorg.Chim.Acta,vol.203,p171(1993).
【非特許文献10】H.Isago,K.Miura and Y.Oyama: J.Inorg.Biochem.,vol.102,p380(2008).
【非特許文献11】H.Isago,Chem.Commun.,p1864(2003).
【非特許文献12】「フタロシアニンの分光特性−−−−溶液系の吸収スペクトル」、 砂金宏明、「機能性色素としてのフタロシアニン」、廣橋亮他編、IPC出版(東京)、2004、pp.141−198.
【非特許文献13】小川茂、ぶんせき、vol.7,p332(2008).
【非特許文献14】D.R.Kanpp,Handbook of Analytical Derivatization Reactions”,John Wiley&Sons,New York,1979.
【非特許文献15】S.Sievertsen,H.Grunewald and H.Homborg,Z.Anorg.Allg.Chem.,vol.622,p1573(1996).
【非特許文献16】H.Huckstadt and H.Homborg,Z.Anorg.Allg.Chem.,vol.623,p292(1997).
【非特許文献17】H.Isago and Y.Kagaya,Chem.Lett.,vol.35,p1864(2006).
【非特許文献18】加賀屋豊、砂金宏明、「ジヒドロキソ(フタロシアニナト)アンチモン(V)錯体の反応」、P−49、第37回有機典型元素化学討論会要旨集
【非特許文献19】加賀屋豊、砂金宏明、「ジヒドロキソ(フタロシアニナト)アンチモン(V)錯体の反応」、1PB181、日本化学会第91春季年会(2011)講演予稿集
【非特許文献20】砂金ら、日本化学会春季年会予稿集、1PB136、2007大阪。
【非特許文献21】S.Sievertsen,H.Grunewald and H.Homborg,Z.Anorg.Allg.Chem.,vol.622,p1573(1996).
【非特許文献22】H.Isago,Y.Kagaya and S.-i.Nakajima,Chem.Lett.,vol.32,p112(2003).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、電子受容性が高く、可視光から近赤外光に対する応答性が高く、かつ、一般的な有機溶剤に対する溶解度が高いn型有機半導体材料を開発することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記事情を鑑み、本発明者は、軸配位子が有機ケイ素化合物であるフタロシアニン−アンチモン錯体において、フタロシアニン骨格のベンゼンの水素原子を1以上所定の置換基とすることにより、電子受容性が高く、可視光から近赤外光に対する応答性が高く、かつ、一般的な有機溶剤に対する溶解度が高いn型有機半導体材料とすることができることを見出した。また、軸配位子がフッ化物イオンであるフタロシアニン−ヒ素錯体においても、電子受容性が高く、可視光から近赤外光に対する応答性が高く、かつ、R〜Rの少なくとも1つがアルキル基、アリル基、アリール基、アルキニル基、並びにヘテロ原子を含む前記置換基、アミド基およびエステル基の群から選択される置換基である場合には、一般的な有機溶剤に対する溶解度が高いn型有機半導体材料とすることができることを見出し、本発明を完成した。
本発明は、以下の構成を有する。
【0015】
本発明のフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオンは、下記一般式(1)で表されることを特徴とする。
【0016】
【化1】

【0017】
式(1)中、Mはヒ素又はアンチモンからなる15族半金属元素(V)であり、L、Lが有機シロキソ基又はフッ化物イオンからなる同一の軸配位子であり、前記軸配位子が有機シロキソ基の場合には、R〜Rの少なくとも1つがアルキル基、アリル基、アリール基、アルキニル基、並びにヘテロ原子を含む前記置換基、ニトロ基、シアノ基、カルボキシル基、アミド基、エステル基およびハロゲンの群から選択される置換基であり、残りが水素原子であり、前記軸配位子がフッ化物イオンの場合には、R〜Rの少なくとも1つがアルキル基、アリル基、アリール基、アルキニル基、並びにヘテロ原子を含む前記置換基、アミド基およびエステル基の群から選択される置換基であり、残りが水素原子である。
【0018】
本発明のフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオンは、前記軸配位子が、下記一般式(2)で表されることが好ましい。
【0019】
【化2】

【0020】
式(2)中、R〜R11のうちの2つが炭素数3以下のアルキル基であり、残りの1つが炭素数1〜12であるアルキル基又はベンジル基である。
【0021】
本発明のフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオンは、前記軸配位子が、トリメチルシロキソ基又はベンジルジメチルシロキソ基であることが好ましい。
【0022】
本発明のフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオンは、R〜Rの少なくとも1つが、炭素数4以下のアルキル基又はヘテロ原子を含む前記アルキル基であることが好ましい。
【0023】
本発明のフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオンは、R〜Rの少なくとも1つがn−ブトキシル基又はt−ブチル基であることが好ましい。
【0024】
本発明のフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩は、先に記載のフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオンと、その対陰イオンとからなるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩であって、Mがアンチモンであり、前記対陰イオンがPF、BF、ClO、CFSO、CFSO、Iの群から選択されることを特徴とする。
【0025】
本発明のフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩は、先に記載のフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオンと、その対陰イオンとからなるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩であって、Mがヒ素であり、前記対陰イオンがPF、BF、ClO、CFSO、CFSO、I、AsFの群から選択されることを特徴とする。
【0026】
本発明のフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩の製造方法は、下記一般式(3)で表されるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩を有機溶媒に溶解して、塩含有溶液を調製後、前記塩含有溶液を加熱する工程と、前記塩含有溶液に有機ケイ素化合物を添加する工程と、を有することを特徴とする。
【0027】
【化3】

【0028】
式(3)中、Mはヒ素又はアンチモンからなる15族半金属元素(V)であり、R〜Rの少なくとも1つがアルキル基、アリル基、アリール基、アルキニル基、並びにヘテロ原子を含む前記置換基、ニトロ基、シアノ基、カルボキシル基、アミド基、エステル基およびハロゲンの群から選択される置換基であり、残りが水素原子であり、Yが対陰イオンである。
【0029】
本発明のフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩の製造方法は、前記有機ケイ素化合物が、下記一般式(4)で表されることが好ましい。
【0030】
【化4】

【0031】
式(4)中、R〜R11のうちの2つが炭素数3以下のアルキル基であり、残りの1つが炭素数1〜12であるアルキル基又はベンジル基であり、Xがハロゲン、アセトアミド基、ハロゲン置換アセトアミド基の群から選択される置換基である。
【0032】
本発明のフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩の製造方法は、前記有機ケイ素化合物が、N,O−ビス(トリメチルシリル)トリフルオロアセトアミド又はベンジルクロロジメチルシランであることが好ましい。
【0033】
本発明のフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩の製造方法は、前記対陰イオンYがPF、BF、ClO、CFSO、CFSO、I、AsFの群から選択されることが好ましい。
【0034】
本発明のフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩の製造方法は、下記一般式(5)で表されるフタロシアニン−15族半金属元素(III)塩を有機溶媒に溶解して、塩含有溶液を調製する工程と、前記塩含有溶液にXeFを添加する工程と、を有することを特徴とする。
【0035】
【化5】

【0036】
式(5)中、Mはヒ素又はアンチモンからなる15族半金属元素(III)であり、R〜Rの少なくとも1つがアルキル基、アリル基、アリール基、アルキニル基、並びにヘテロ原子を含む前記置換基、アミド基およびエステル基の群から選択される置換基であり、残りが水素原子であり、Yが対陰イオンである。
【0037】
本発明のフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩の製造方法は、前記対陰イオンYがPF、BF、ClO、CFSO、CFSO、Iの群から選択されることが好ましい。
【発明の効果】
【0038】
本発明のフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオンは、一般式(1)で表される構成なので、還元電位を−0.693Vより正にして電子受容性を高くでき、吸収波長ピークを710nm以上にして近赤外光に対する応答性を高くでき、かつ、CHCl,CHCl,アセトン、アセトニトリル、エタノール、酢酸エチル、ベンゼン、トルエンのいずれかの有機溶媒中で飽和濃度を10−2M超にして、一般的な有機溶剤に対する溶解度を高くできる。これにより、スピンコーティングや溶媒キャスト等の塗布法により大面積薄膜化を容易に実施可能な、可視・近赤外光応答n型有機半導体材料として利用できる。
【0039】
本発明のフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩は、先に記載のフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオンと、その対陰イオンとからなるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩であって、Mがアンチモンであり、前記対陰イオンがPF、BF、ClO、CFSO、CFSO、Iの群から選択される構成なので、還元電位を−0.693Vより正にして電子受容性を高くでき、吸収波長ピークを710nm以上にして近赤外光に対する応答性を高くでき、かつ、CHCl,CHCl,アセトン、アセトニトリル、エタノール、酢酸エチル、ベンゼン、トルエンのいずれかの有機溶媒中で飽和濃度を10−2M超にして、一般的な有機溶剤に対する溶解度を高くできる。これにより、スピンコーティングや溶媒キャスト等の塗布法により大面積薄膜化を容易に実施可能な、可視・近赤外光応答n型有機半導体材料として利用できる。
【0040】
本発明のフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩は、先に記載のフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオンと、その対陰イオンとからなるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩であって、Mがヒ素であり、前記対陰イオンがPF、BF、ClO、CFSO、CFSO、I、AsFの群から選択される構成なので、電子受容性を高くでき、近赤外光に対する応答性を高くでき、かつ、有機溶媒中で飽和濃度を10−2M超にして、一般的な有機溶剤に対する溶解度を高くできる。これにより、スピンコーティングや溶媒キャスト等の塗布法により大面積薄膜化を容易に実施可能な、可視・近赤外光応答n型有機半導体材料として利用できる。
【0041】
本発明のフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩の製造方法は、一般式(3)で表されるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩を有機溶媒に溶解して塩含有溶液を調製後、前記塩含有溶液を加熱する工程と、前記塩含有溶液に有機ケイ素化合物を添加する工程と、を有する構成なので、軸配配位子を水酸基から有機シロキソ基にしたフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩を容易に製造することができる。
【0042】
本発明のフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩の製造方法は、一般式(5)で表されるフタロシアニン−15族半金属元素(III)塩を有機溶媒に溶解して、塩含有溶液を調製する工程と、前記塩含有溶液にXeFを添加する工程と、を有する構造なので、フッ素からなる軸配位子を形成したフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩を容易に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】実施例1の反応溶液の光吸収スペクトル変化を示すグラフである。
【図2】実施例2の反応溶液の光吸収スペクトル変化を示すグラフである。
【図3】比較例1の反応溶液の光吸収スペクトル変化を示すグラフである。
【図4】実施例2化合物の質量分析結果及び理論スペクトルである。
【図5】実施例1、2及び比較例1化合物の赤外吸収スペクトル(IRスペクトル)である。
【図6】実施例1化合物の1H−NMRスペクトル(溶媒CDCl)である。
【図7】実施例1、2、比較例1、2化合物の光吸収スペクトル(溶媒CHCl)である。
【図8】実施例1、2及び比較例1化合物のQ帯の吸収極大位置の溶媒依存性である。
【図9】実施例1、2、比較例1、2化合物のサイクリックボルタモグラム(CV)である。
【図10】実施例2化合物を第一還元電位近傍で定電位電解した際の光吸収スペクトル変化を示すグラフである。
【図11】比較例1化合物を第一還元電位近傍で定電位電解した際の光吸収スペクトル変化を示すグラフである。
【図12】実施例1、2並びに比較例1化合物の第一〜第三還元電位E1/2の周辺置換基(R〜R)依存性である。
【図13】実施例5におけるフッ化キセノン(XeF)による酸化に伴う光吸収スペクトル変化を示すグラフである。
【図14】実施例5化合物の質量分析(ESI−MS;溶媒CHCl)結果ならびに自然同位体分布に基づく理論的マススペクトルである。
【図15】実施例5及び実施例6化合物の赤外吸収スペクトル(IRスペクトル(拡散反射法))である。
【図16】比較例1、実施例6および比較例3−2化合物のCHCl溶液中における光吸収スペクトルである
【図17】実施例6化合物のQ帯(最も強い吸収帯)の吸収極大位置の溶媒依存性である。
【図18】比較例2及び実施例6化合物のCVである。
【図19】実施例5化合物を第一還元電位近傍で定電位電解した際の光吸収スペクトル変化である。
【図20】実施例7におけるフッ化キセノン(XeF)による酸化に伴う光吸収スペクトル変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0044】
以下、本発明の実施形態であるフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオン、その塩及びその塩の製造方法について説明する。
【0045】
(本発明の実施形態)
<フタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオン>
本発明の実施形態であるフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオンは、先に記載の一般式(1)で表される。
【0046】
<中心元素M>
式(1)中、中心元素Mは、15族半金属元素のヒ素又はアンチモンである。これらの元素は、フタロシアニンの中心元素として安定な5価を形成し、存在できる。
一方、15族元素であっても、中心元素Mとして、窒素(N)は好ましくない。イオン半径が小さすぎ、安定なフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオンを形成できないためである。また、15族元素であっても、中心元素Mとして、ビスマス(Bi)は好ましくない。複数回作成を試みたが、安定したフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオンを形成できなかったためである。15族のリン(P)については、中心元素Mとして、安定な錯体を形成できるかどうか不明である。
【0047】
<軸配位子L、L
式(1)中、L、Lが有機シロキソ基又はフッ化物イオンからなる同一の軸配位子である。
軸配位子L、Lが、先に記載の一般式(2)で表される有機シロキソ基であることが好ましい。軸配位子L、Lとして有機シロキソ基を用いることにより、溶解度を高めることができる。
式(2)中、置換基R〜R11の2つの置換基が炭素数3以下のアルキル基であり、残りの1つの置換基が炭素数1〜12であるアルキル基又はベンジル基であることが好ましい。例えば、トリメチルシシロキソ基又はベンジルジメチルシロキソ基を挙げることができる。
【0048】
、Lがフッ化物イオンからなる同一の軸配位子であってもよい。
フッ化物イオンを軸配位子L、Lに用いると、フタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオンを安定化できる。
【0049】
<周辺置換基R〜R
以下、R〜Rを周辺置換基と呼ぶ。
軸配位子L、Lが有機シロキソ基の場合には、周辺置換基R〜Rの少なくとも1つがアルキル基、アリル基、アリール基、アルキニル基、並びにヘテロ原子を含む前記置換基、ニトロ基、シアノ基、カルボキシル基、アミド基、エステル基およびハロゲンの群から選択される置換基である。すなわち、R〜Rの少なくとも1つが炭素原子を含む置換基、ニトロ基、又はハロゲンの置換基である。残りは水素原子である。
【0050】
周辺置換基R〜Rのうちの炭素原子を含む置換基、ニトロ基、又はハロゲンの数は1以上であれば特に限定されない。周辺置換基R〜Rのすべてを、炭素原子を含む置換基、ニトロ基、又はハロゲンとしてもよい。
周辺置換基R〜Rの組み合わせとしては、例えば、RとRがアルキル基であり、R〜Rが水素原子である組み合わせを挙げることができる。或いは、Rがアルキル基であり、Rがアリル基であり、R〜Rが水素原子である組み合わせを挙げることができる。或いは、Rがアルキル基であり、R〜Rがニトロ基であり、Rが水素原子である組み合わせを挙げることができる。或いは、Rがアルキル基であり、R〜Rがアリル基である組み合わせを挙げることができる。
【0051】
軸配位子L、Lがフッ化物イオンの場合には、R〜Rの少なくとも1つがアルキル基、アリル基、アリール基、アルキニル基、並びにヘテロ原子を含む前記置換基、アミド基およびエステル基の群から選択される置換基である。残りは水素原子である。
【0052】
周辺置換基R〜Rのうちの炭素原子を含む置換基の数は1以上であれば特に限定されない。周辺置換基R〜Rのすべてを、炭素原子を含む置換基としてもよい。
周辺置換基R〜Rの組み合わせとしては、例えば、RとRがアルキル基であり、R〜Rが水素原子である組み合わせを挙げることができる。或いは、Rがアルキル基であり、Rがアリル基であり、R〜Rが水素原子である組み合わせを挙げることができる。或いは、Rがアルキル基であり、R〜Rがアリル基であり、Rが水素原子である組み合わせを挙げることができる。或いは、Rがアルキル基であり、R〜Rがアリル基である組み合わせを挙げることができる。
【0053】
周辺置換基R〜Rはすべて同じでも良く、また逆に全て異なっていても良い。
アルキル基として、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基等、アリール基としてフェニル基、ナフチル基等を挙げることができ、ハロゲンとしてクロロ、ブロモ等を挙げることができる。
【0054】
周辺置換基R〜Rの少なくとも1つが、炭素数4以下のアルキル基又はヘテロ原子を含む前記アルキル基であることが好ましい。
例えば、周辺置換基R〜Rの少なくとも1つに用いるアルキル基(アルキル置換体)としては、下記化学式(6)に表されるt−ブチル基(R=−C(CH)を挙げることができ、含ヘテロ原子置換基(含ヘテロ原子アルキル置換体)としては、下記化学式(7)に表されるn−ブトキシル基(R=−O(CHCH)を挙げることができる。
【0055】
【化6】

【0056】
【化7】

【0057】
本発明の実施形態であるフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオンで、例えば、R1,3,5,7=H,R2,4,6,8Buの場合に、上記の表記法では単一の異性体だけを示しているが、置換基の位置の違いに基づく4種類の位置異性体(例えばR1,4,5,7=H,R2,3,6,8Bu等)がある。実際の生成物は、これらの混合物である。
【0058】
(軸配位子L、Lの溶解度に対する効果について)
フタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオンは、有機溶媒に対する溶解度を高くすることを要する。スピンコーティング技術に供するためである。
軸配位子L、Lを有機シロキソ基にすることにより、溶解度を高めることができる。
例えば、トリメチルシロキソ基は、最もアルキル鎖の短い有機シロキソ基であるが、周辺置換基R〜Rが水素である無置換のフタロシアニン化合物でも所望の溶解度を得ることができる。また、ベンジルジメチルシロキソ基にすれば、溶解度をより高めることができる。なお、メチル基よりも炭素数の多いエチル、プロピル、ブチル等で置換されたシロキソ基を軸配位子に導入した場合、トリメチルシロキソ基と同等以上の溶解度を得ることができるが、合成工程における立体障害の影響により、収率が低下する。
一方、アルキル置換されていないシロキソ基、例えば、−O−SiHは、十分な溶解度を得ることができない。また、−O−SiHは溶解度の向上が見込めないだけではなく、大気中で発火する可能性がある。
【0059】
軸配位子L、Lとしてフッ化物イオンを用いた場合、溶解度の向上は期待できない。よって、高い溶解性が得られる周辺置換基R〜Rを用いることを要する。
【0060】
(周辺置換基R〜Rの溶解度に対する効果について)
軸配位子L、Lが有機シロキソ基又はフッ化物イオンいずれの場合であっても、周辺置換基R〜Rがすべて水素原子の場合には、すなわち、無置換体(R〜R=H)の場合には、有機溶媒に対する溶解度が低く好ましくない。
【0061】
軸配位子L、Lが有機シロキソ基の場合には、周辺置換基R〜Rの少なくとも1つがアルキル基、アリル基、アリール基、アルキニル基、並びにヘテロ原子を含む前記置換基、ニトロ基、シアノ基、カルボキシル基、アミド基、エステル基およびハロゲンの群から選択される置換基であり、残りが水素原子である。軸配位子L、Lで溶解度をかなり稼いでいるので、周辺置換基R〜Rで溶解度を上げる必要はなく、周辺置換基R〜Rがすべてニトロ基、シアノ基、ハロゲン等、カルボキシル基であっても溶解度を高くすることができる。
【0062】
ブトキシル基やフェノキシル基を周辺置換基R〜Rとするアンチモンのフタロシアニン錯体が、t−ブチル置換体と同様に高い溶解度を有する(非特許文献5)ことから、アルキル基等の炭化水素以外にも、アルコキシル基やフェノキシル基等の含ヘテロ原子炭化水素も同様に、満足すべき溶解度が得られることを容易に類推できる。
【0063】
軸配位子L、Lがフッ化物イオンの場合には、周辺置換基R〜Rの少なくとも1つがアルキル基、アリル基、アリール基、アルキニル基、並びにヘテロ原子を含む前記置換基、アミド基およびエステル基の群から選択される置換基であることを要する。
軸配位子L、Lがフッ化物イオンの場合には、軸配位子L、Lで溶解度を稼げないので、周辺置換基R〜Rのいずれかをニトロ基、シアノ基、カルボキシル基およびハロゲンとして、残りをすべて水素原子とすると、溶解度が低下するという問題が発生するため、周辺置換基R〜Rで溶解度を上げる必要があるためである。
周辺置換基R〜Rの少なくとも1つがアルキル基、アリル基、アリール基、アルキニル基、並びにヘテロ原子を含む前記置換基、アミド基およびエステル基の群から選択される置換基であれば、残りがニトロ基、シアノ基、ハロゲン等、カルボキシル基又は水素原子のいずれか又はこれらの組み合わせであっても、溶解度を高くすることができる。
しかし、周辺置換基R〜Rがすべてニトロ基、シアノ基、ハロゲン等、カルボキシル基、水素原子のいずれか又はこれらの組み合わせの場合は、無置換体と同程度の溶解度しか期待できない。
【0064】
(軸配位子L、Lの安定性に対する効果について)
軸配位子L、Lとして有機シロキソ基を用いることにより、強固なAs−O結合を形成でき、フタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオンの安定性を高めることができる。Sbに関しても、強固なSb−O結合を形成でき、錯陽イオンの安定性を高めることができる。
また、軸配位子L、Lとしてフッ化物イオンを用いることにより、強固なAs−F結合を形成でき、フタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオンの安定性を高めることができる。Sbに関しても、強固なSb−F結合を形成でき、錯陽イオンの安定性を高めることができる。
後述するように、Brを軸配位子L、Lとする錯体においては室温で容易に軸配位子L、LのBrを失うとともに元の三価の錯体に戻り(比較例4)、また、Clを軸配位子L、Lとする錯体においては軸配位子L、LのClが他の配位子(例えばOH)に容易に置換された(比較例5)。これはAs−ClおよびAs−Brの結合が、As−FまたはAs−O結合に比べて弱いためであると考えている。
【0065】
(軸配位子L、Lの還元電位に対する効果について)
フタロシアニンにおける酸化還元電位は、一般に、中心金属M上の軸配位子L、Lの性質には大きな影響を受けないことが知られている(非特許文献21、16)。
実際、第一還元電位が既知の無置換フタロシアニンーアンチモン(V)錯体について比較すると、L,L=Cl(−0.22V;非特許文献6)およびX=Br(−0.21V;非特許文献17)、L,L=−OSi(CHの場合は−0.28V(図9)であり、軸配位子依存性は小さいことが判る。
フタロシアニンにおける酸化還元電位は、むしろ、周辺置換基R〜Rの性質に基づく変化の方が支配的になることが予想される。
【0066】
(周辺置換基R〜Rの還元電位に対する効果について)
周辺置換基R〜Rの少なくとも1つを電子吸引性(電子受容性)の置換基とすることにより、還元電位を基準電極Fc/Fcに対して−1.256V以上にすることができる。なお、還元電位はFc/Fcに対して−0.8V以上にすることが好ましく、Fc/Fcに対して−0.6V以上にすることがより好ましい。
電子吸引性(電子受容性)の大きい置換基を用いたり、電子吸引性(電子受容性)の置換基の数を多くすることにより、還元電位をより正側にして、n型特性を高めることができる。
【0067】
アンチモンを中心元素Mとした錯体におけるフタロシアニンの還元電位は、周辺置換基R〜Rのσ値と良い線形の相関を示した(図12)。周辺置換基がOBu基、Bu基等の電子供与性の含ヘテロ原子炭化水素、アルキル基であるフタロシアニンはσ値が負の値を持つが、フタロシアニン錯体自身は強い電子受容性を持った。
従って、σ値が既知の周辺置換基R〜R(例えば、非特許文献9には多くの周辺置換基R〜Rについてσ値が記載されている)のフタロシアニンについても、その周辺置換基R〜Rに応じた還元電位を持つことが予想される。
フタロシアニンの還元電位と周辺置換基R〜Rのσ値の間には強い線形の相関があり(非特許文献10)、σ値が正の大きい値を取るほど、還元電位は正にシフトすることが知られている。
【0068】
(軸配位子L、Lの光吸収に対する効果について)
軸配位子L、Lを有機シロキソ基にした場合、アルキル基の種類を変更しても、光吸収ピーク波長は大きく変わらない。
一般に、フタロシアニンの最も強い光吸収帯(Q帯)の吸収極大波長は中心金属M上の軸配位子L、Lの性質には大きな影響を受けないことが知られている(非特許文献12、21、16)。
実際、フタロシアニン−アンチモン(V)錯陽イオン(無置換体)のQ帯極大波長は、軸配位子としてトリメチルシロキソ基でエンドキャップした場合(L=L=Cl)は707nmであり、軸配位子としてOHでエンドキャップした場合(L=L=OH)は710nmである(非特許文献6、17、4)。そのため、シロキソ基におけるアルキル基の種類によってフタロシアニンのQ帯極大波長が大きく変わることは考えにくい。
【0069】
軸配位子L、Lをフッ化物イオンにした場合も、光吸収ピーク波長は大きく変わらない。
軸配位子としてClでエンドキャップした場合(L=L=Br)は726nmであり、軸配位子としてBrでエンドキャップした場合は742nmであり、軸配位子L、LとしてOHでエンドキャップした場合(L=L=OH)は710nmである(非特許文献6、17、4)。そのため、軸配位子L、Lをフッ化物イオンとしてもフタロシアニンのQ帯極大波長が大きく変わることは考えにくい。
また、t−ブチル置換フタロシアニンーアンチモン(V)錯体についてのQ帯極大波長は、L、L=Cl(739nm)、L、L=Br(742nm)、L、L=OH(722nm)、L、L=−OSi(CHの(727nm)(それぞれ、非特許文献22、17、10、図6)であり、軸配位子依存性は決して大きくはない。
【0070】
(周辺置換基R〜Rの光吸収に対する効果について)
周辺置換基R〜Rの少なくとも1つを、炭素原子を含む置換基、ニトロ基、又はハロゲンのいずれかの基とすることにより、無置換の場合に比べて、フタロシアニンの最も強い光吸収帯(Q帯)の吸収極大波長(光吸収ピーク波長)を少なくとも710nm以上に長波長シフトさせることができる。
炭素原子を含む置換基として、アルキル基等の炭化水素以外にも、アルコキシル基やフェノキシル基等の含ヘテロ原子炭化水素も同様に、700nmより長波長の光を強く吸収させる効果を有することが予想される。
フタロシアニンの最も強い光吸収帯(Q帯)の吸収極大波長は、一般に、電子供与性の周辺置換基R〜Rの場合は、無置換の場合とほとんど変わらないか、長波長シフトする傾向にある。
これにより、近赤外光に応答性を高めることができ、太陽光を有効活用可能なn型有機半導体材料にできる。
【0071】
一方、周辺置換基R〜Rの少なくとも1つを電子吸引性(電子受容性)の置換基としても、フタロシアニンの最も強い光吸収帯(Q帯)の吸収極大波長を無置換体とほとんど変化させることができない(非特許文献12)。
なお、周辺置換基R〜Rをすべて水素原子とした場合には、すなわち、無置換体(R=H)の場合には、光吸収ピーク波長を710nm以上とすることができない。
よって、一般的に用いられている置換基を導入する限り、Q帯極大波長の位置はほぼ同じ位置か、或いはそれよりも長波長側に現れることが予想される。
【0072】
<フタロシアニン−15族半金属元素(V)塩>
本発明の実施形態であるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩は、本発明の実施形態であるフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオンと、その対陰イオンYとからなり、一般式(8)に表されるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩である。
【0073】
【化8】

【0074】
式(8)中、周辺置換基R〜R及び軸配位子L、Lは一般式(1)に記載したものと同一である。
【0075】
Mがアンチモンである場合には、対陰イオンYがPF、BF、ClO、CFSO、CFSO、Iの群から選択されることが好ましい。
また、Mがヒ素であり、対陰イオンYがPF、BF、ClO、CFSO、CFSO、I、AsFの群から選択されることが好ましい。
対陰イオンYとしてこれらを用いることにより、安定な化合物とすることができる。
【0076】
フタロシアニン−15族半金属元素(V)塩は分子全体で+1に帯電しており、その電荷を中和するために、対陰イオンYが存在している。
例えば、対陰イオンYとしてPFを用いることにより、既知の陰イオンの塩として単離することができ、化合物の組成を元素分析によって容易に決定することができる。
【0077】
<軸配位子L、Lが有機シロキソ基のフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩の製造方法>
本発明の実施形態であるフタロシアニン−15族半金属元素塩の製造方法は、塩含有溶液加熱工程と、有機ケイ素化合物添加工程とを有する。
【0078】
<塩含有溶液加熱工程>
まず、一般式(3)で表される軸配位子が水酸基であるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩を有機溶媒に溶解して塩含有溶液を調製する。
前記有機溶媒としては、脱水アセトニトリル(市販)等を用いることができる。
【0079】
式(3)中、Mがヒ素又はアンチモンからなる15族半金属元素(V)であり、R〜Rの少なくとも1つがアルキル基、アリル基、アリール基、アルキニル基、並びにヘテロ原子を含む前記置換基、ニトロ基、シアノ基、カルボキシル基、アミド基、エステル基およびハロゲンの群から選択される一の置換基であり、残りが水素原子であり、Yが対陰イオンである。
【0080】
は、PF、BF、ClO、CFSO、CFSO、I、AsFの群から選択される対陰イオンである。これにより、反応を安定に進行させることができるとともに、本発明の実施形態であるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩を安定な化合物として容易に製造することができる。
【0081】
次に、その塩含有溶液を加熱する。
前記加熱温度としては、前記有機溶媒が蒸発しない温度であればよく、例えば、30〜80℃とする。加熱時間は、塩含有溶液の濃度によって適宜設定することが好ましく、例えば、5〜30分とする。
【0082】
<有機ケイ素化合物添加工程>
次に、その塩含有溶液を加熱した状態で、有機ケイ素化合物を添加する。
これにより、中心元素が五価のヒ素又はアンチモンであり、軸配位子が水酸基であるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩と有機ケイ素化合物とを反応させて、軸配配位子を水酸基から、アルキルシロキソ基又はベンジルシロキソ基等の有機シロキソ基にすることができる。
添加後、攪拌することが好ましい。これにより、より速やかに反応させることができる。
【0083】
前記有機ケイ素化合物は、一般式(4)で表されることが好ましい。
式(4)中、R〜R11のうちの2つが炭素数3以下のアルキル基であり、残りの1つが炭素数1〜12であるアルキル基又はベンジル基であり、Xがハロゲン、アセトアミド基、ハロゲン置換アセトアミド基の群から選択される置換基である。
【0084】
前記有機ケイ素化合物は、下記化学式(9)で表されるN,O−ビス(トリメチルシリル)トリフルオロアセトアミド(BSTFAと略称する。)、又は、下記化学式(10)で表されるベンジルクロオジメチルシラン(BCDMSと略称する。)を挙げることができる。これらの化合物を用いることにより、軸配位子L、Lが、トリメチルシリル基又はベンジルジメチルシリル基であるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩を、速やかに、かつ、収率高く形成できる。
【0085】
【化9】

【0086】
【化10】

【0087】
下記化学反応式(11)は、水酸基のシロキソ基化の反応機構の一例を示す図である(非特許文献13および14)。
Xは、アルキルケイ素化合物としてBSTFAを用いた場合を示している。
Zは、フタロシアニン誘導体である。
【0088】
【化11】

【0089】
化学反応式(11)に示すように、原料が有する水酸基の酸素原子上の孤立電子対が有機ケイ素化合物のケイ素原子に対して二分子的求核置換反応(SN反応)を行い、5配位中間体を形成してから、軸配位子をトリメチルシロキソ基とする。このとき、酸HXも同時に生成する。
【0090】
有機ケイ素化合物のケイ素原子周りの立体障害が大きければ、5配位中間体の形成が起こりにくい。そのため、有機ケイ素化合物として、ケイ素原子周りの2つの置換基が炭素数3以下のアルキル基であることが好ましい。これにより、立体障害を小さくでき、容易に、かつ、速やかに5配位中間体を形成することができる。
〜R11のうちの2つが炭素数2以下のアルキル基であることがより好ましく、炭素数1以下のアルキル基であることが更に好ましい。これにより、より立体障害を小さくできる。
【0091】
残りの1つの置換基が炭素数1〜12であるアルキル基又はベンジル基である有機ケイ素化合物を用いることが好ましい。これにより、軸配位子を容易に、かつ、速やかに水酸基をアルキルシロキソ基又はベンジルシロキソ基に置換することができる。炭素数13以上とした場合には、前記反応を妨げる場合が生じ、好ましくない。
【0092】
反応過程では、溶液の光吸収スペクトルを測定することが好ましい。これにより、反応状況を測定でき、反応させる量を正確に制御することができ、有機ケイ素化合物を無駄にすることなく、製造コストを安価にすることができる。
光吸収スペクトルの測定条件は、適宜設定する。
以上の工程により、軸配位子が有機シロキソ基であるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩を合成することができる。
【0093】
反応完了後、精製工程を行うことが好ましい。これにより、不純物をより取り除くことができ、生成物の純度を高めることができる。
精製工程は、ろ過、乾燥、有機溶媒への溶解、純水洗浄、再結晶の工程を適宜選択して組み合わせることにより実施できる。
【0094】
精製工程の一例を示す。
まず、反応溶液をろ過して不溶物を取り除く。
次に、例えば、ロータリーエバポレータを用いて、ろ液を乾固する。
次に、乾固生成物をアセトニトリルに溶解してから、ろ過して微量の不溶物を取り除く。
次に、水に、ろ液を滴下することにより、固体を得る。
【0095】
次に、得られた固体を、所定温度で、所定時間、真空乾燥する。例えば、所定温度は60℃とし、真空乾燥の時間は一昼夜とする。
次に、真空乾燥生成物を所定量のジクロロメタンに溶解してから、ろ過して微量の不溶物を取り除く。
次に、ろ液に、ヘキサンを加えることにより、固体を再び析出させる。反応終了後の溶液にヘキサンを加えることにより、生じた固体を集めることができる。
次に、得られた固体をジクロロメタンに溶解してから、ヘキサンを加えることにより、再結晶させる。
次に、再結晶体をろ過により集め、更に、ヘキサンで洗浄してから、所定温度で、所定時間、真空乾燥する。例えば、所定温度は80℃とし、真空乾燥の時間は12時間とする。以上の精製工程により、高純度の生成物を得ることができる。
【0096】
有機ケイ素化合物として、例えば、市販のN,O−ビス(t−ブチルジメチルシリル)アセトアミドを用いてもよい。これにより、トリメチルシリルの代わりにt−ブチルジメチルシリルを導入できる。
【0097】
置換基R〜Rの少なくとも1つがアルキル基、アリル基、アリール基、アルキニル基、並びにヘテロ原子を含む前記置換基、ニトロ基、シアノ基、カルボキシル基、アミド基、エステル基およびハロゲンの群から選択される一の置換基であれば、軸配位子である水素原子を有機シロキソ基に置換する反応を妨げることはない。
【0098】
また、これらの周辺置換基は、原料の合成工程において、支障となることはない。
まず、ジシアノアルキルベンゼンとSbIとから、三価アンチモン錯体を合成する際において支障となることはない(特許文献4、非特許文献4、5および11)。
次に、これらの周辺置換基は、三価アンチモン錯体から安息香酸過酸化物のような酸化剤を用いて、ヒドロキソ錯体を合成する際において支障となることはない(特許文献3、非特許文献4、5および10)。
アミノ基又は水酸基を用いると、原料の合成工程において支障となる場合が発生するので好ましくない。
【0099】
<軸配位子L、Lがフッ化物イオンのフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩の製造方法>
本発明の実施形態であるフタロシアニン−15族半金属元素塩の製造方法は、塩含有溶液調整工程と、XeF添加工程とを有する。
【0100】
<塩含有溶液調製工程>
まず、一般式(5)で表される軸配位子が無いフタロシアニン−15族半金属元素(III)塩を有機溶媒に溶解して塩含有溶液を調製する。
前記有機溶媒としては、CHCl(市販)等を用いることができる。
【0101】
式(5)中、Mがヒ素又はアンチモンからなる15族半金属元素(III)であり、R〜Rの少なくとも1つがアルキル基、アリル基、アリール基、アルキニル基、並びにヘテロ原子を含む前記置換基、アミド基およびエステル基の群から選択される置換基であり、残りが水素原子であり、Yが対陰イオンである。
【0102】
は、PF、BF、ClO、CFSO、CFSO、I、AsFの群から選択される対陰イオンである。これにより、反応を安定に進行させることができるとともに、フタロシアニン−15族半金属元素(III)塩を安定な化合物として取り扱うことができる。
【0103】
フタロシアニン−15族半金属元素(III)塩で、例えば、R1,3,5,7=H,R2,4,6,8Buの場合に、この表記法では単一の異性体だけを示しているが、置換基の位置の違いに基づく4種類の位置異性体(例えばR1,4,5,7=H,R2,3,6,8Bu等)があり、実際の生成物は、これらの混合物である。
【0104】
<XeF添加工程>
調製した塩含有溶液に、フッ化キセノン(XeF)を添加して、軸配位子が無いフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩とフッ化キセノン(XeF)とを反応させる。
添加後、室温で攪拌することが好ましい。これにより、より速やかに反応させることができる。
以上の工程により、軸配位子がフッ化物イオンであるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩を合成することができる。
【0105】
反応過程では、溶液の光吸収スペクトルを測定することが好ましい。これにより、反応状況を測定でき、反応させる量を正確に制御することができ、XeFを無駄にすることなく、製造コストを安価にすることができる。
光吸収スペクトルの測定条件は、適宜設定する。
【0106】
反応完了後、精製工程を行うことが好ましい。これにより、不純物をより取り除くことができ、生成物の純度を高めることができる。
精製工程は、ろ過、乾燥、有機溶媒への溶解、純水洗浄、再結晶の工程を適宜選択して組み合わせることにより実施できる。
【0107】
本発明の実施形態であるフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオンは、一般式(1)で表される構成なので、還元電位をFc/Fcに対して−0.693Vより正にでき、吸収波長ピークを710nm以上にでき、かつ、CHCl,CHCl,アセトン、アセトニトリル、エタノール、酢酸エチル、ベンゼン、トルエンのいずれかの有機溶媒中で飽和濃度を10−2M超にでき、電子受容性が高く、近赤外光に対する応答性が高く、かつ、一般的な有機溶剤に対する溶解度が高いn型有機半導体材料とすることができる。一般的な有機溶剤に対する溶解度が高いことより、スピンコーティングや溶媒キャスト等の塗布法により大面積薄膜化を容易に実施することができ、可視・近赤外光応答n型有機半導体薄膜製作用のフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯体として利用することができる。
【0108】
本発明の実施形態であるフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオンは、軸配位子L、Lが、一般式(2)で表される構成なので、飽和濃度を10−2M超にできる。
【0109】
本発明の実施形態であるフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオンは、軸配位子L、Lが、トリメチルシロキソ基又はベンジルジメチルシロキソ基である構成なので、飽和濃度を10−2M超にできる。
【0110】
本発明の実施形態であるフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオンは、R〜Rの少なくとも1つが、炭素数4以下のアルキル基又はヘテロ原子を含む前記アルキル基である構成なので、710nmより長波長側の光に対応することができる。
【0111】
本発明の実施形態であるフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオンは、R〜Rの少なくとも1つがn−ブトキシル基又はt−ブチル基である構成なので、710nmより長波長側の光に対応することができる。
【0112】
本発明の実施形態であるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩は、本発明のフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオンと、その対陰イオンとからなるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩であって、Mがアンチモンであり、対陰イオンYがPF、BF、ClO、CFSO、CFSO、Iの群から選択される構成なので、安定な化合物として製造できる。
【0113】
本発明の実施形態であるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩は、本発明のフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオンと、その対陰イオンとからなるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩であって、Mがヒ素であり、対陰イオンYがPF、BF、ClO、CFSO、CFSO、I、AsFの群から選択される構成なので、安定な化合物として製造できる。
【0114】
本発明の実施形態であるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩の製造方法は、一般式(3)で表されるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩を有機溶媒に溶解して、塩含有溶液を調製後、前記塩含有溶液を加熱する工程と、前記塩含有溶液に有機ケイ素化合物を添加する工程と、を有する構成なので、軸配配位子を水酸基から有機シロキソ基にして、一般式(8)で表されるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩を容易に製造することができる。
【0115】
本発明の実施形態であるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩の製造方法は、前記有機ケイ素化合物が、一般式(4)で表される構成なので、立体障害を少なくして、中間体を形成することができ、一般式(8)で表されるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩を容易に製造することができる。
【0116】
本発明の実施形態であるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩の製造方法は、前記有機ケイ素化合物が、N,O−ビス(トリメチルシリル)トリフルオロアセトアミド又はベンジルクロロジメチルシランである構成なので、立体障害を少なくして、中間体を形成することができ、一般式(8)で表されるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩を容易に製造することができる。
【0117】
本発明の実施形態であるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩の製造方法は、前記対陰イオンYがPF、BF、ClO、CFSO、CFSO、Iの群から選択される構成なので、安定な化合物を製造できる。
【0118】
本発明の実施形態であるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩の製造方法は、一般式(5)で表されるフタロシアニン−15族半金属元素(III)塩を有機溶媒に溶解して、塩含有溶液を調製する工程と、前記塩含有溶液にXeFを添加する工程と、を有する構成なので、フッ化物イオンからなる軸配位子を形成し、一般式(8)で表されるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩を容易に製造することができる。
なお、フタロシアニン−15族半金属元素(III)塩は、ある程度溶解度が無いと、反応させにくいため、溶解度の低いニトロ・シアノ・カルボキシル基、ハロゲンをR〜Rに含めるのは好ましくない。
【0119】
本発明の実施形態であるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩の製造方法は、前記対陰イオンYがPF、BF、ClO、CFSO、CFSO、I、AsFの群から選択される構成なので、一般式(8)で表されるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩を容易に製造することができる。
【0120】
本発明の実施形態であるフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオン、その塩及び塩の製造方法は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想の範囲内で、種々変更して実施することができる。本実施形態の具体例を以下の実施例で示す。しかし、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0121】
(実施例1)
<テトラ(n−ブトキシル)フタロシアニン錯体:
[Sb(tObpc)(OSiMe]PFの合成>
まず、86mg(0.078mmol)の[Sb(tObpc)(OH)]PF(一般式(2)においてR、R、R、R=−O(CHCHであり、Y=PFである。)を50mlの脱水アセトニトリル(市販)に溶解してから、60℃に加熱した。
次に、0.63ml(2.30mmol)のBSTFAを添加し、撹拌を行った。
さらに、10分後に、0.21ml(0.78mmol)のBSTFAを追加した。
【0122】
図1は、実施例1の反応溶液の光吸収スペクトル変化を示すグラフである。破線は、BSTFAの1回目の添加前の光吸収スペクトルであり、実線はBSTFAの1回目の添加後の光吸収スペクトルである。
【0123】
図1に示すように、BSTFAの1回目の添加前、溶液の強い吸収帯(原料の吸収帯)のピーク波長は710.8nmであった。しかし、BSTFAの1回目の添加後、強い吸収帯のピーク波長は714.7nmにシフトした。また、BSTFAの2回目の添加後、強い吸収帯のピーク波長はシフトしなかった。
これにより、BSTFAの1回目の添加で反応が完了したと推察した。
次に、反応溶液をろ過して不溶物を取り除いた。
【0124】
次に、ろ液をロータリーエバポレータにより乾固して黒色の固体としてから、この黒色固体を15mlのアセトニトリルに溶解した。
次に、ろ過して微量の不溶物を取り除いてから、ろ液を100mlの水に滴下して、黒緑色の固体を得た。
次に、得られた黒緑色の固体を60℃で一昼夜真空乾燥してから、得られた黒緑色の固体68mgを6mlのジクロロメタンに溶解した。
【0125】
次に、ろ過して微量の不溶物を取り除いてから、25mlのヘキサンを加えて固体を再び析出させた。
さらに、6mlのジクロロメタンに溶解してから、25mlヘキサンを加えて再結晶させた。
次に、この固体をろ過により集めて、80℃で12時間真空乾燥させた。
以上の工程により、38mg(0.030mmol)の固体(実施例1化合物)を得た。(収率39%)。
表1は、実施例1化合物の質量分析結果及び元素分析結果である。
【0126】
【表1】

【0127】
(実施例2)
<テトラ(t−ブチル)フタロシアニン錯体:
[Sb(tbpc)(OSiMe]PFの合成>
まず、100mg(0.097mmol)の[Sb(tbpc)(OH)]PF(一般式(2)においてR、R、R、R=−C(CHであり、Y=PFである。)を50mlの脱水アセトニトリルに溶解してから、60℃に加熱した。
次に、0.79ml(2.90mmol)のBSTFAを添加し、撹拌を行った。
さらに、10分後に、0.26ml(0.97mmol)のBSTFAを追加し、撹拌を行った。
【0128】
図2は、実施例2の反応溶液の光吸収スペクトル変化を示すグラフである。破線は、BSTFAの1回目の添加前の光吸収スペクトルであり、実線はBSTFAの1回目の添加後の光吸収スペクトルである。
【0129】
図2に示すように、BSTFAの1回目の添加前、溶液の強い吸収帯(原料の吸収帯)のピーク波長は723.8nmであった。しかし、BSTFAの1回目の添加後、強い吸収帯のピーク波長は733.2nmにシフトした。また、BSTFAの2回目の添加後、強い吸収帯のピーク波長はシフトしなかった。
これにより、BSTFAの1回目の添加で反応が完了したと推察した。
次に、10分後に反応溶液をろ過して不溶物を取り除いた。
【0130】
次に、ろ液をロータリーエバポレータにより乾固して黒色の固体としてから、この黒色固体を15mlのアセトニトリルに溶解した。
次に、ろ過して微量の不溶物を取り除いてから、ろ液を100mlの水に滴下して、黒緑色の固体を得た。
次に、得られた黒緑色の固体を60℃で一昼夜真空乾燥してから、得られた黒緑色固体68mgを5mlのCHClに溶解した。
【0131】
次に、ろ過して微量の不溶物を取り除いてから、100mlのヘキサンを加えて固体を再び析出させた。
次に、5mlのCHClに溶解してから、100mlヘキサンを加えて再結晶させた。
次に、この固体をろ過により集めて、80℃で12時間真空乾燥させた。
以上の工程により、46mg(0.039mmol)の固体(実施例2化合物)を得た。(収率40%)。
表2は、実施例2化合物の質量分析結果及び元素分析結果である。
【0132】
【表2】

【0133】
(実施例3)
<テトラ(t−ブチル)フタロシアニン錯体:
[Sb(tbpc)(OH)]I)のシリル化>
まず、20mg(0.016mmol)の[Sb(tbpc)(OH)]I(一般式(2)においてR、R、R、R=−C(CHであり、Y=Iである。)を10mlの脱水アセトニトリルに溶解してから、60℃に加熱した。
次に、0.080ml(0.31mmol)のBSTFAを添加し、撹拌を行った。
さらに、10分後に、0.021ml(0.08mmol)のBSTFAを追加し、撹拌を行った。
光吸収スペクトルで反応を追跡し、反応が完了したことを確認してから、反応溶液をろ過して不溶物を取り除いた。
【0134】
次に、ろ液をロータリーエバポレータにより乾固して黒色の固体としてから、この黒色固体を5mlのアセトニトリルに溶解した。
次に、ろ過して微量の不溶物を取り除いてから、ろ液を10mlの水に滴下して、黒緑色の固体を得た。
次に、得られた黒緑色の固体を60℃で一昼夜真空乾燥してから、得られた黒緑色固体を5mlのベンゼンに溶解した。
次に、ろ過して微量の不溶物を取り除いてから、50mlのヘキサンを加えて固体を再び析出させた。
次に、この固体をろ過により集めて、80℃で12時間真空乾燥させた。
以上の工程により、3.2mgの固体(実施例3化合物)を得た(収率15%)。
【0135】
なお、光吸収スペクトルと赤外吸収スペクトルから、I塩である他は実施例2試料と同じ生成物が得られたことを確認した。
【0136】
(実施例4)
<ベンジルジメチルシロキソ基を軸配位子とするテトラ(t−ブチル)フタロシアニン−アンチモン(V):
[Sb(tbpc)(OSi(CH)(CH]PFの合成>
まず、20mg(0.017mmol)の[Sb(tbpc)(OH)]PF(一般式(2)においてR、R、R、R=−C(CHであり、Y=PF−である。)を200mlの脱水CHClに溶解してから、溶液に0.36gの無水炭酸ナトリウム(3.4mmol)を加え、さらに7.9g(0.43mmol)のBCDMSを添加し室温で3時間撹拌を行った。
【0137】
次に、光吸収スペクトルで反応を追跡し、反応が完了(主吸収帯の変化;723→729nm)したことを確認してから、反応溶液をろ過して不溶物を取り除いた。
次に、ろ液をロータリーエバポレータにより約30mlまで濃縮し、100mlのヘキサンを加えて濃緑色の固体を析出させた。
次に、得られた黒緑色の固体を60℃で一昼夜真空乾燥した。
以上の工程により、23.6mgの固体(実施例4化合物)を得た。
【0138】
なお、質量分析および赤外スペクトルから、この固体に目的とする化合物が含まれていることを確認した。
しかし、得られた化合物の純度が低く、また収率も低かったことから、この合成方法についてはこれ以上の検討は行わなかった。
【0139】
(比較例1)
<無置換フタロシアニン錯体:
[Sb(pc)(OSiMe]PFの合成>
まず、50mg(0.061mmol)の[Sb(pc)(OH)]PF(図2においてR=H,Y=PF)を50mlの脱水アセトニトリルに溶解した。
次に、60℃に加熱したのち、0.50ml(1.80mmol)のBSTFAを添加し、撹拌を行った。
さらに、10分後に、0.08ml(0.31mmol)のBSTFAを追加し、撹拌を行った。
なお、BSTFAの1回目及び2回目の添加の前後で、反応溶液の光吸収スペクトル変化を観測した。
【0140】
図3は、比較例1の反応溶液の光吸収スペクトル変化を示すグラフである。
破線は、BSTFAの1回目の添加前の光吸収スペクトルであり、実線は原料(0.012mmol)に対して約30倍(約15倍過剰;0.35mmol)のBSTFAの1回目の添加後の光吸収スペクトルである。
【0141】
図3に示すように、BSTFAの1回目の添加前、溶液の強い吸収帯(原料の吸収帯)のピーク波長は699.7nmであった。しかし、BSTFAの1回目の添加後、強い吸収帯のピーク波長は703.2nmにシフトした。また、BSTFAの2回目の添加後、強い吸収帯のピーク波長はシフトしなかった。
これにより、BSTFAの1回目の添加で反応が完了したと推察した。
【0142】
次に、反応溶液をろ過して不溶物を取り除いた。
次に、ろ液をロータリーエバポレータにより乾固して黒色の固体としてから、この黒色固体を5mlのアセトニトリルに溶解した。
次に、この溶液をろ過して微量の不溶物を取り除いてから、ろ液を50mlの水に滴下して、黒緑色の固体を得た。
【0143】
次に、得られた黒緑色の固体を60℃で一昼夜真空乾燥してから、得られた黒緑色の固体33mgを5mlのジクロロメタンに溶解した。
次に、この溶液をろ過して微量の不溶物を取り除いてから、ろ液に50mlのヘキサンを加えて固体を再び析出させた。
さらに、5mlのジクロロメタンに溶解して、50mlヘキサンを加えて再結晶させた。この固体をろ過により集めた。
次に、80℃で12時間真空乾燥させ、27mg(0.028mmol)の固体(比較例1化合物)を得た。収率は47%であった。
表3は、比較例1化合物の質量分析結果及び元素分析結果である。
【0144】
【表3】

【0145】
(比較例2)
典型的なp型半導体であるフタロシアニンの例として、通常の方法(非特許文献8)に従い、無置換フタロシアニン−亜鉛錯体([Zn(pc)])を合成した。
【0146】
<元素分析結果>
元素分析結果(C,H,N)が理論値と極めて近いことから、実施例1、2及び比較例1化合物がそれぞれ目的の化合物であることが分かった。
【0147】
<質量分析結果>
図4は、実施例2化合物の質量分析結果及び理論スペクトルである。
図4に示すように、溶液中における質量分析結果は、自然同位体分布に基づく理論スペクトルに極めて似ていることから、陽イオン部分の構造を確認できた。
【0148】
<赤外吸収スペクトル>
図5は、実施例1、2及び比較例1化合物の赤外吸収スペクトル(IRスペクトル)である。
これらのIRスペクトルは拡散反射法で測定した。
実線はそれぞれ実施例1、2及び比較例1化合物のIRスペクトル、つまり、シリル化後のスペクトルであり、点線はそれぞれ実施例1、2及び比較例1化合物の原料化合物のIRスペクトルである。
図5で、920cm−1付近の強い吸収帯及び1250cm−1付近の強い吸収帯はそれぞれSi−O伸縮振動及びSi−C伸縮振動に帰属すると考えられるので、−OSi(CH基の存在が支持される。
また、図5で*印を付した特徴的な840cm−1及び560cm−1付近の吸収帯はそれぞれP−F伸縮振動及びF−P−F変角振動に帰属すると考えられるので、原料の対陰イオンに由来するPFの存在が支持される。
【0149】
<1H−NMRスペクトル>
図6は、実施例1化合物の1H−NMRスペクトル(溶媒CDCl)である。
図6において、8−10ppmに現れる3本の多重線(それぞれ4H分)はフタロシアニン骨格のベンゼン環のプロトンに帰属し、4.68ppmに現れる三重線(8H分)は周辺置換基の酸素に隣接したCHに帰属し、2.15および1.80ppmに現れる多重線(それぞれ8H分)はそれぞれ周辺置換基中のCH(酸素原子に近い方がより低磁場側)に帰属し、1.19ppmに現れる三重線(12H)は周辺置換基中のCHに帰属し、−2.46ppmに現れる一重線(18H)は軸配位子中のトリメチルシリルのメチルプロトンに帰属する。
なお、5.2ppm付近及び1.5ppm付近のシグナルはそれぞれ溶媒の残留プロトン及び溶媒中の不純物に帰属する。
【0150】
図6の1H−NMRスペクトルにおいて、TMS(テトラメチルシラン)より高磁場に現れる一重線(−2.46ppm;18H、−OSi(CH)によって、軸配位子−OSi(CH基の存在が支持される。
つまり、Si−CHの化学シフトがTMSよりも大きく高磁場シフトしているのは、フタロシアニン環のπ共役系による環電流遮蔽効果によるものと考えられ、−OSi(CH基がフタロシアニン環に対して垂直方向に位置するという式(1)の化学構造を強く支持する。
【0151】
<有機溶媒への溶解性>
実施例1、2化合物は、CHCl,CHCl,アセトン、アセトニトリル、エタノール、酢酸エチル、ベンゼン、トルエンの一般的な有機溶媒には、非常に良く溶解した。特に、CHCl2、アセトン及びアセトニトリルでは飽和濃度が10−2M超であった。
これらの溶解度は、実施例1、2化合物のそれぞれの原料である水酸基を軸配位子とする化合物に比較して一桁以上向上した。
なお、ヘキサンでは飽和濃度が10−6M未満であり、ほとんど溶けなかった。
更に、水には不溶であった。
【0152】
比較例1化合物(無置換体(R=H))の溶解度は、比較例1化合物の原料である水酸基を軸配位子とする化合物に比較して二桁以上向上した(非特許文献4)。
しかし、比較例1化合物は、実施例1、2化合物に対して、有機溶媒に対する溶解性が低かった。
【0153】
<光吸収スペクトル>
図7は、実施例1、2、比較例1、2化合物の光吸収スペクトル(溶媒CHCl)である。一点破線;比較例1、実線;実施例1、破線;実施例2、点線;比較例2である。
吸光光度法による測定が可能な上限までの濃度範囲でスペクトルの濃度依存性は無視できるほど小さかった。なお、濃度範囲は、0−6.87×10−5M(比較例1)、0−1.46×10−4M(実施例1)、0−9.76×10−5M(実施例2)であった。
【0154】
図7に示すように、実施例1、2、比較例1、2化合物いずれの吸収スペクトル形状も、一般的なフタロシアニンの特徴的な吸収スペクトル形状と類似するものであった。
また、最も強い吸収帯(Q帯と呼ばれる)は1000〜1200cm−1程度、長波長側にシフトし、近赤外領域に現れた。
吸収極大はそれぞれ、671nm(比較例2)、707nm(比較例1)、719nm(実施例2)、736nm(実施例1)であった。
以上の結果から分かるとおり、実施例1、2化合物は近赤外領域の光を強く吸収した(logε=ca.5)。
また、これらの吸収帯の長波長シフトは、CHCl溶液中に限ったことではなく他の溶媒中でも観測され、その吸収帯の位置は図6に示すように溶媒の屈折率によって規則的に変化する(非特許文献4および5)。
【0155】
図8は、実施例1、2及び比較例1化合物のQ帯の吸収極大位置の溶媒依存性である。●;比較例1、▲;実施例1、▼;実施例2である。
図8において、縦軸はQ帯の極大位置(波数単位/エネルギー単位)であり、横軸はOnsagerの分極関数f(n)である。f(n)の式中の変数nは溶媒の屈折率である。
また、図8中の整数(1〜12)は溶媒の種類の番号である。各番号に対応する溶媒を以下に示す。1;アセトニトリル、2;アセトン、3;酢酸エチル、4;ニトロメタン、5;テトラヒドロフラン、6;ジクロロメタン、7;クロロホルム、8;ベンゼン、9;クロロベンゼン、10;オルト−ジクロロベンゼン、11;ニトロベンゼン、12;オルト−ジブロモベンゼン。
図8に示すように、実施例1、2及び比較例1化合物はそれぞれ線形の溶媒依存性を示した。
【0156】
図9は、実施例1、2、比較例1、2化合物のCVである。点線;比較例2、破線;比較例1、実線;実施例2、一点破線;実施例1である。ローマ数字I〜IIIはそれぞれ第一、第二、第三還元波を意味する。
CV条件は、溶媒CHCl、支持電解質(CHCHCHCHPF(0.1M)、作用電極;グラッシーカーボン、対向電極;白金、仮の参照電極(AgCl/Ag)、電位掃引速度;100mV/sとした。
図9から、実施例1、2、比較例1化合物の第一還元波から第三還元波までに対応する還元電位E1/2、ΔE、ipc/ipaを算出し、表4にまとめた。
【0157】
【表4】

【0158】
図9、表4によると、比較例1化合物(軸配位子:−OSi(CH)の第一還元電位は−0.28Vであり、既知の他の無置換フタロシアニンーアンチモン(V)化合物(軸配位子:Cl(−0.22V)および軸配位子:Br(−0.21V);非特許文献17)と比較すると、還元電位の軸配位子依存性は小さいことが判る。
これは、フタロシアニンにおける酸化還元電位は中心金属上の軸配位子の性質には大きな影響を受けないとの指摘と整合する(非特許文献15、16)。
還元電位に関しては、むしろ周辺置換基Rの性質に基づく変化の方が支配的になると予想できる。
【0159】
なお、図9に示す実施例1、2、比較例1化合物と、比較例2化合物とを比較すると、第一還元電位は1V程度、正にシフトした。これは、中心元素を亜鉛(Zn)からアンチモン(V)に変更した作用効果であると考察した。
【0160】
図10は、実施例2化合物を第一還元電位近傍で定電位電解した際の光吸収スペクトル変化を示すグラフである。破線;電解前スペクトル、実線;電解後スペクトルである。
測定条件は、第一還元波近傍;−0.59V近傍、定電位電解時間;10分間、溶媒;CHCl、支持電解質;(CHCHCHCHPF(0.1M)、作用電極;白金網、対向電極;白金、仮の参照電極;(AgCl/Ag)とした。
【0161】
図10に示すように、電解前後で光吸収スペクトルは劇的に変化した。また、この光吸収スペクトルは再酸化によって元の形に戻る可逆的な変化であった。
このことから、第一還元がフタロシアニン色素で起こっていることが実験的に証明されたと考察した。すなわち、第一還元はtbpc2−からtbpc3−への還元(以下、tbpc2−/3−と記載する。第二還元以降も同様)であると考察した。
【0162】
第二および第三還元も、各還元波間の電位差と既知のフタロシアニン化合物の各還元波間の電位差が非常に近いことから(非特許文献6)、第一還元同様にフタロシアニン骨格で起こっており、第二、第三還元波はそれぞれtbpc3−/4−とtbpc4−/5−に帰属すると考察した。
【0163】
図11は、比較例1化合物を第一還元電位近傍で定電位電解した際の光吸収スペクトル変化を示すグラフである。破線;電解前スペクトル、実線;電解後スペクトルである。
測定条件は、第一還元波近傍;−0.25V近傍、定電位電解時間;15分間、溶媒;CHCl、支持電解質;(CHCHCHCHPF(0.1M)、作用電極;白金網、対向電極;白金、仮の参照電極;(AgCl/Ag)とした。
【0164】
図11に示すように、電解前後で光吸収スペクトルは劇的に変化した。また、この光吸収スペクトルは再酸化によって元の形に戻る可逆的な変化であった。
このことから、第一還元がフタロシアニン色素で起こっていることが実験的に証明されたと考察した。すなわち、第一還元はpc2−からpc3−への還元(以下、pc2−/3−と記載する。第二還元以降も同様)であると考察した。
【0165】
第二および第三還元も、各還元波間の電位差と既知のフタロシアニン化合物の各還元波間の電位差が非常に近いことから(非特許文献6)、第一還元同様にフタロシアニン骨格で起こっており、第二、第三還元波はそれぞれpc3−/4−とpc4−/5−に帰属すると考察した。
【0166】
図12は、実施例1、2並びに比較例1化合物の第一〜第三還元電位E1/2の周辺置換基(R〜R)依存性である。横軸はハメットのσである。なお、ハメットのσは、有機反応における自由エネルギー直線関係に関するパラ位の置換基定数である(非特許文献7)。
図12に示すように、実施例1、2並びに比較例1化合物の第一〜第三還元電位E1/2を周辺置換基(R〜R)のハメットのσに対してプロットすると大変良い相関が得られ、各化合物の還元電位は周辺置換基R〜Rのハメットのσに直線的に依存した。
なお、この直線関係は当該発明における化合物に限定されることはなく、既にLeverによって多くのフタロシアニンの酸化還元がRの種類と数によって決定されることが報告されている(非特許文献9)。
【0167】
また、電子供与性の置換基ほど還元電位が負の大きい値をとる、すなわち、還元されにくいことが判った。このことから、第一〜第三還元はフタロシアニン骨格で起こっているものと結論付けられる。
【0168】
ここで特記すべきは、実施例1、2並びに比較例1化合物の電子受容性の高さである。
一般に、フタロシアニン化合物は酸化され易く、還元されにくいために(非特許文献8:第一酸化電位=0.29V.vs.Fc/Fc)、p型半導体として知られている。
フタロシアニン化合物の酸化還元電位が周辺置換基R〜Rのσ値と良い相関があることは知られており(非特許文献9)、仮に強い電子吸引性置換基として知られるシアノ基(σ=0.66)やニトロ基(σ=0.78)を有するフタロシアニンであっても1Vのシフトは計算上では期待されない。
以上により、これらの化合物の強い電子受容性は五価アンチモンの存在によって引き起こされると結論される。
【0169】
次に、フタロシアニン−ヒ素(V)塩の実施例について説明する。
まず、下記化学式(12)で表される中心元素として三価のヒ素を有するフタロシアニン錯体を用意した。
【0170】
【化12】

【0171】
原料として用いたヒ素(III)フタロシアニン化合物は、R1,3,5,7=H,R2,4,6,8Bu,Y=PFの塩である。この表記法では単一の異性体だけを示しているが、実際には、置換基の位置の違いに基づく4種類の位置異性体(例えばR1,4,5,7=H,R2,3,6,8Bu等)の混合物である。
【0172】
この化合物は、非特許文献5に記載した方法で合成したが、化学的に不安定であり、精製操作中にヒ素がフタロシアニン環から容易に脱離することが確認された。従って、陽イオン部分については質量分析から、対陰イオンについては300−400nmに現れるIに特徴的な光吸収帯によって確認するに留め、原料を単離して元素分析等による同定を行うための努力は行わなかった。
【0173】
次に、前記フタロシアニン錯体を脱水CHCl(市販)に溶解した溶液にフッ化キセノンを加え、溶液の光吸収スペクトルを測定することにより、反応を追跡した。
反応終了後の溶液にヘキサンを加えることで生じた固体を集め、ヘキサンで洗浄したのち乾燥した。
下記化学式(13)で表されるフタロシアニン−ヒ素(V)塩が、実施例5、6、実施例3、3−2の方法で合成した塩である。
【0174】
【化13】

【0175】
実施例6、比較例3−2のフタロシアニン錯体は、R1,3,5,7=H,R2,4,6,8Bu,Y=PFの塩である。この表記法では単一の異性体だけを示しているが、実際には、置換基の位置の違いに基づく4種類の位置異性体(例えばR1,4,5,7=H,R2,3,6,8Bu等)の混合物であった。
【0176】
(実施例5)
<ジフルオロ(テトラ(t−ブチル)フタロシアニナト)ヒ素(V)錯体四フッ化(亜ヒ)酸塩、[As(tbpc)F]AsF、の合成>
10ml用テフロン製バイアル中で102mg(0.084mmol)の[As(tbpc)]I(化学式(13)においてR1,3,5,7=H,R2,4,6,8=−C(CH,Y=I)を3mlの脱水CHClに溶解し、200mg(0.68mmol)のXeFを添加し、室温で激しく15分間攪拌すると溶液の色は濃緑色から黒褐色に変化した。
図13は、フッ化キセノン(XeF)による酸化に伴う光吸収スペクトル変化を示すグラフである。実線は反応前、破線は原料(0.003mmol)に対して約20倍のXeF(10mg;0.059mmol)を加えた後のスペクトルである。
反応溶液の光吸収スペクトルは、767nmに観測された強い吸収帯(原料の吸収帯)が728nmにシフトした(図13)。
【0177】
次に、この溶液を素早く8mlのヘキサンに投入して、緑色の反応生成物を沈殿させた。
この際、ヘキサンに投入する作業に手間取ると、生成物が分解する場合があり、注意が必要であった。例えば、1時間程度放置した場合、目的とする生成物が分解して赤褐色の溶液へと変化した。
【0178】
次に、反応生成物(固体)を遠心分離により母液から分離し、混合溶媒(CHCl/ヘキサン;1ml/8m))で上澄みがほとんど無色になるまで(この場合4回)洗浄を繰り返した。
次に、80℃で一夜真空乾燥した。
さらに、この固体を3mlのCHClに溶解してから、その溶液をろ過して微量の不溶物を除去した。
溶媒を留去した後に、再び1mlのCHClに溶解し、8mlのヘキサンを加えて固体を析出(再結晶)させ、遠心分離により固体を分離した。
この再結晶の操作を2回繰り返し、得られた緑色の固体を、80℃で1時間真空乾燥して、固体生成物(実施例5化合物)を得た。
【0179】
質量分析(ESI、溶媒;CHCl)結果:m/z=849(As(tbpc)F)。45mg(0.045mmol)の目的の固体を得た(収率54%)。
元素分析結果:炭素57.55%;水素5.01%;窒素10.95%(理論値:炭素57.61%;水素4.83%;窒素11.20%、[As(tbpc)F]AsF(C3834As)として)。
【0180】
元素分析結果は錯体の対陰イオンがAsF塩であることを示唆した。
しかし、AsFイオンの存在を裏付ける実験的証拠が得られなかったため、実施例6で述べるように、イオン交換によるPF塩の合成を行った。
【0181】
(実施例6)
<ジフルオロ(テトラ(t−ブチル)フタロシアニナト)ヒ素(V)錯体六フッ化リン酸塩、[As(tbpc)F]PF・0.5HO、の合成>
実施例5と同様の方法で合成した11.9mg(0.017mmol)の[As(tbpc)F]AsFを4mlの脱水アセトニトリルに溶解し、4.5mlの脱水アセトニトリルに0.39mmolのAgPFを溶かした溶液を添加し、室温で15分間攪拌した。
さらに、0.5mlの脱水アセトニトリルに0.043mmolのAgPFを溶かした溶液を添加し、15分間攪拌した。この間、溶液の光吸収スペクトルに変化が起こらないことを確認した。
この溶液をろ過して不溶物を取り除いた後、ロータリーエバポレータで20mlまで濃縮し、40mlの蒸留水が入ったガラス製ビーカーに投入し、緑色の反応生成物を沈殿させた。
【0182】
固体をろ過して、80℃で一昼夜真空乾燥して、11.9mgのPF塩粗生成物(固体)を得た。
この固体をCHCl/ヘキサン(5ml/50ml)から2回再結晶し、固体をろ過により集めて室温で3時間真空乾燥して、6mg(0.006mmol)の目的の固体(実施例6化合物)を得た(収率36%)。
【0183】
元素分析結果:炭素52.78%;水素4.85%;窒素10.24%(理論値:炭素57.95%;水素4.86%;窒素11.26%、[As(tbpc)F]PF・0.5HO(C48490.5AsPF)として)。
【0184】
(比較例3)
<ジヒドロキソ(テトラ(t−ブチル)フタロシアニナト)ヒ素(V)錯体、[As(tbpc)(OH)]I、の合成の試み>
100mg(0.084mmol)の[As(tbpc)]Iを34ml(0.18mol)の過安息香酸t−ブチルに溶解し、60℃で30分撹拌した。この間、溶液の色は濃緑色から黒褐色へと変化し、図13と同様のスペクトル変化(主吸収帯の変化;767→714nm;CHCl溶液)が観測された。
【0185】
反応溶液に300mlのヘキサンを加えて生成物を析出し、遠心分離により、青色の上澄みを廃棄し、固体を分離した。
この固体をろ過して集め、約30mlのヘキサンで洗浄してから、室温で2時間真空乾燥し、63mgの粗生成物を得た。
さらに、5mlのCHClに溶解し、50mlのヘキサンを加えることで再び析出させて、ろ過により固体を母液から分離した(上澄みがほとんど無色になるまで、この操作を2回繰り返した)。
室温で3時間真空乾燥し、43mg(0.035mmol)の固体(比較例3化合物)を得た。
【0186】
対陰イオンがIであると仮定して、収率は[As(tbpc)]Iに対して42%であった。
質量分析(ESI、溶媒;アセトニトリル)結果:m/z=845(As(tbpc)(OH))。
【0187】
(比較例3−2)
<ジヒドロキソ(テトラ(t−ブチル)フタロシアニナト)ヒ素(V)錯体、[As(tbpc)(OH)]PF、の合成>
実施例5と同様の方法で合成した51.8mg(0.042mmol)の[As(tbpc)(OH)]Iを20mlの脱水アセトニトリルに溶解し、4.5mlの脱水アセトニトリルに0.35mmolのAgPFを溶かした溶液を添加し、室温で15分間攪拌した。
さらに、0.5mlの脱水アセトニトリルに0.070mmolのAgPFを溶かした溶液を添加し、15分間攪拌した。
この間、溶液の光吸収スペクトルを測定し、300−400nmに現れるIに特徴的な吸収帯が消失することを確認した。
この溶液をろ過して不溶物を取り除いた後、ろ液に40mlの水を加え、沈殿した固体をろ過で集め、80℃で24時間真空乾燥した。
【0188】
元素分析結果:炭素58.89%;水素5.23%;窒素11.17%(理論値:炭素58.18%;水素5.09%;窒素11.31%、[As(tbpc)(OH)]PF(C4850AsPF)として)。
得られた濃緑色の固体をCHCl/ヘキサン(3ml/50ml)から4回再結晶し、固体をろ過により集めて室温で24時間真空乾燥させ、28mg(0.028mmol)の目的の固体(比較例3−2化合物)を得た(収率64%)。
【0189】
(比較例4)
<ジブロモ(テトラ(t−ブチル)フタロシアニナト)ヒ素(V)錯体、[As(tbpc)Br]AsBr、の合成の試み>
52mg(0.044mmol)の[As(tbpc)]Iを1mlのCHClに溶解し、50μlの臭素(0.97mmol)を添加してから、室温で1時間撹拌を行った。
この間、溶液の色は濃緑色から黒褐色へと変化し、図13と同様のスペクトル変化(主吸収帯の変化;767→736nm;CHCl溶液)が観測された。溶媒および過剰の臭素を留去して黒色の固体とした。
【0190】
この黒色固体を1mlのCHClに溶解し、8mlのヘキサンを加えて黄緑色の生成物を析出させ、遠心分離により、赤褐色の上澄みを廃棄し、固体を分離した。
得られた固体を再び1mlのCHClに溶解し、8mlのヘキサンを加えて黄緑色の生成物を析出させる操作を、上澄みがほとんど無色になるまで(4回)繰り返した。
得られた黄緑色固体を60℃で一夜真空乾燥して、56mg(0.041mmol)の固体(比較例4化合物)を得た。
施例5と同様に、対陰イオンがAsBrであると仮定して収率は[As(tbpc)]Iに対して93%であった。
【0191】
質量分析(ESI、溶媒;CHCl)結果:m/z=969(As(tbpc)79Br)および971(As(tbpc)79Br81Br)。
この錯体は実施例5に比べて不安定であり、CHCl溶液中で1時間以内に約50%が[As(tbpc)]に再還元されるか、或いはヒ素が離脱してHtbpcすることが明らかになったため、それ以上の単離のための検討は行わなかった。
【0192】
(比較例5)
<ジクロロ(テトラ(t−ブチル)フタロシアニナト)ヒ素(V)錯体、[As(tbpc)Cl]AsCl、の合成の試み>
107mg(0.090mmol)の[As(tbpc)]Iを1.5ml(19mmol)の塩化スルフリル(SOCl)と直接室温で40分反応させた。
この間、溶液の色は濃緑色から黒褐色へと変化し、図13と同様のスペクトル変化(主吸収帯の変化;767→737nm;CHCl溶液)が観測された。
反応溶液に8mlのヘキサンを加えて生成物を析出させ、遠心分離により赤褐色の上澄みを廃棄し、固体を分離した。
【0193】
この固体を0.5mlのベンゼンに溶解し、9mlのヘキサンを加えることで再び析出させて、遠心分離により固体を母液から分離した(上澄みがほとんど無色になるまで、この操作を2回繰り返した)。
80℃で一夜真空乾燥して、95mg(0.086mmol)の固体を得た。
実施例5と同様に対陰イオンがAsClであると仮定して収率は[As(tbpc)]Iに対して96%であった。
【0194】
質量分析(ESI、溶媒;CHCl)結果:m/z=881(As(tbpc)35Cl)および883(As(tbpc)35Cl37Cl)。
【0195】
この錯体は実施例5に比べて不安定であり、ベンゼン溶液中で3時間以内に約9%が分解し、またCHCl溶液中においても2時間以内に約3%の錯体からヒ素が離脱することが明らかになった。
また、実施例6同様にイオン交換によってPF塩に変換することも試みたが、軸配位子の塩化物イオンが水酸基に置き換わることが判り、これ以上の単離のための検討は行わなかった。
【0196】
<実験結果・考察>
図14は、実施例5において得られた化合物の質量分析(ESI−MS;溶媒CHCl)結果ならびに自然同位体分布に基づく理論的マススペクトルである。
【0197】
実施例で得られた化合物が目的とした化合物であることは、その元素分析(C,H,N)結果が理論値と極めて近いことから証拠付けられる。また、溶液中における質量分析(ESI;図14)が同位体の自然分布に基づいた計算スペクトルに極めて似ていることから、陽イオン部分の構造が確認される。
【0198】
図15は、実施例5及び実施例6において得られた化合物の赤外吸収スペクトルである。実線および破線はそれぞれ実施例5(AgPF処理前)ならびに実施例6(AgPF処理後)のスペクトルを示す。図15中の*印を付した吸収帯は対陰イオン(PF)に由来し、また#印を付した吸収帯はAs−F結合に由来する。
【0199】
得られた化合物の赤外吸収スペクトル(図15)において、685cm−1付近にAs−F伸縮振動に帰属される特徴的な吸収帯をしめす。実施例5に比して実施例6における685nm−1付近の吸収帯の線幅が狭く、また強度も低くなっていることは、実施例5がAsF塩であると仮定しかつ実施例6で対印イオンをPF塩に置換していることを考慮すると矛盾なく説明することができる。実施例6における対陰イオンがPFであることは、特徴的な840および560cm−1付近の吸収帯(それぞれP−F伸縮振動およびF−P−F変角振動と帰属される)が観測されることから容易に確かめられる。
【0200】
(有機溶媒への溶解性)
実施例5及び実施例6で得られた物質は、一般的な有機溶媒(CHCl,CHCl,アセトン、アセトニトリル、エタノール、酢酸エチル、ベンゼン、トルエン)に非常に良く溶解(アセトン、アセトニトリル、およびCHCl中で飽和濃度>10−2M)した。一方、ヘキサンにはほとんど溶けず(<10−6M)、水には不溶であった。
【0201】
(可視・近赤外光応答性)
当該発明による化合物は可視〜近赤外領域の光を強く(log ε=ca.5)吸収した。
図16は、実施例6および比較例3−2で得られた化合物のCHCl溶液中における光吸収スペクトルである(実線:実施例6、破線:比較例3−2)。比較のために一般的なフタロシアニン色素(比較例1、亜鉛錯体)のスペクトルも示している(点線)。
吸収スペクトルは一般的なフタロシアニンのスペクトルに特徴的な形となっていた。
最も強い吸収帯(Q帯と呼ばれる)は1000〜1200cm−1程度長波長側にシフトし、可視〜近赤外領域に現れた。
また、この吸収帯の長波長シフトはCHCl溶液中に限ったことではなく、非特許文献6、7に報告されている通り、溶媒の屈折率によって規則的に変化した(図17)。
また、吸光光度法による測定が可能な上限(0−1.20×10−4M)までの濃度範囲でスペクトルの濃度依存性は無視できるほど小さかった。
【0202】
図17は、実施例6において得られた化合物のQ帯(最も強い吸収帯)の吸収極大位置の溶媒依存性である。縦軸はQ帯の極大位置を波数(エネルギー)単位、横軸はOnsagerの分極関数(式中の変数nは溶媒の屈折率)をそれぞれ示す。
図17中の整数(1〜12)は以下のように測定に用いた溶媒の種類を示す;1;メタノール、2;アセトニトリル、3;アセトン、4;テトラヒドロフラン、5;ジクロロメタン、6;ベンゼン、7;オルト−ジクロロベンゼン、8;ニトロベンゼン、9;クロロナフタレン。
【0203】
(電子受容性)
図18は、実施例6(実線)において得られた化合物のCVである(溶媒CHCl、支持電解質(CHCHCHCHPF(0.1M)、作用電極;グラッシーカーボン、対向電極;白金、仮の参照電極(AgCl/Ag)、電位掃引速度;100mV/s)。比較例2のCVも示している(破線)。
比較例2は、一般的なフタロシアニン色素(実施例5と同じフタロシアニンの亜鉛錯体)
図18中、ローマ数字I〜IIはそれぞれ第一、第二還元波を意味する。
【0204】
CVにより、実施例6で得られた化合物のCHCl溶液中における還元電位を決定した。フェロセンの酸化波の半波電位(Fc/Fc)を基準として半波電位E1/2=−0.45V(ΔE=80mV)および−0.90V(ΔE=88mV)にipc/ipa(還元ピーク電流と再酸化ピーク電流の比)=1の二つの還元波がそれぞれ観測された。
ここで、E1/2は各還元波の半波電位(E1/2=(Epa+Epc)/2)、ΔEは還元電流ピーク電位と再酸化電流ピーク電位の差(ΔE=Epa−Epc)を表す。
これらの還元波のうち、電位が正の側の波を第一還元波、負の側を第二還元波と呼ぶことにする。
【0205】
第二還元も、各還元波間の電位差と既知のフタロシアニン化合物の各還元波間の電位差(非特許文献4)が非常に近いことから、第一還元同様にフタロシアニン骨格で起こっていると考えられる。すなわち、第二還元波はそれぞれtbpc3−/4−と帰属される。
【0206】
図18に示すように、ヒ素(III)フタロシアニン化合物(実施例6)の第一還元電位が、従来型のフタロシアニンの代表格である亜鉛フタロシアニン化合物(比較例2)に比して1V程度正にシフトしたことを示した。
一般にフタロシアニン化合物は酸化され易く、還元されにくいために(第一酸化電位=0.29V.vs.Fc/Fc;非特許文献8:出典では0.71Vvs.SCE)、p型の半導体として知られている。フタロシアニン化合物の酸化還元電位が周辺置換基Rのシグマ値(σ;有機反応における自由エネルギー直線関係に関するパラ位の置換基定数:非特許文献7)と良い相関があることは知られており(非特許文献9)、仮に強い電子吸引性置換基として知られるシアノ基(σ=0.66)やニトロ基(σ=0.78)を有するフタロシアニンであっても1Vのシフトは計算上では期待されない。
しかし、従って、物質の強い電子受容性は五価ヒ素の存在によって引き起こされると結論される。
ここで、特記すべきは実施例6で得られた化合物の電子受容性の高さである。
【0207】
図19は、実施例5で得られた化合物の第一還元波近傍(−0.48V)で15分間定電位電解した際の光吸収スペクトル変化である(溶媒CHCl、支持電解質(CHCHCHCHPF(0.1M)、作用電極;白金網、対向電極;白金、仮の参照電極(AgCl/Ag))。
実線および破線はそれぞれ電解前および電解後のスペクトルを示す。
【0208】
電解に伴って光吸収スペクトルは劇的に変化した。この光吸収スペクトルは再酸化によって元の形に戻り、この変化は電解に伴う可逆的な変化であった。
このことから、第一還元がフタロシアニン骨格で起こっている(すなわちtbpc2−からtbpc3−への還元;tbpc2−/3−と記載し、第二還元も同様)ことが実験的に証明された。
【0209】
比較例4および比較例5において、三価のヒ素錯体に臭素および塩化スルフリルを作用させることによりBrおよびClをそれぞれ軸配位子とする錯体が生成することを質量分析によって確認した。
しかしながら、前者においては室温で容易に軸配位子のBr−を失うとともに元の三価の錯体に戻り、また後者においては軸配位子のClが他の配位子(例えばOH)に容易に置換された。
これはAs−ClおよびAs−Brの結合が弱いためであると考えられる。
【0210】
(実施例7)
<ジフルオロ(テトラ(t−ブチル)フタロシアニナト)アンチモン(V)錯体四フッ化アンチモン(III)酸塩、[Sb(tbpc)F]SbF、の合成の試み>
10ml用テフロン製バイアル中で15mg(0.012mmol)の[Sb(tbpc)]I(化学式(16)においてM=Sb,R1,3,5,7=H,R2,4,6,8=−C(CH,Y=I)を1mlの脱水CHClに溶解し、27mg(0.158mmol)のXeFを添加し、室温で激しく2分間攪拌すると溶液の色は濃緑色から黒褐色に変化した。
図20は、フッ化キセノン(XeF)による酸化に伴う光吸収スペクトル変化を示すグラフである。実線は反応前、破線はXeFを加えた後のスペクトルである。
反応溶液の光吸収スペクトルは、764nmに観測された強い吸収帯(原料の吸収帯)が732nmにシフトした(図20)。
【0211】
次に、この溶液を素早く16mlのヘキサンに投入して、緑色の反応生成物を沈殿させた。
この際、ヘキサンに投入する作業に手間取ると、生成物が分解する場合があり、注意が必要であった。例えば、1時間程度放置した場合、目的とする生成物が分解して赤褐色の溶液へと変化した。
【0212】
次に、反応生成物(固体)を遠心分離により母液から分離し、混合溶媒(CHCl/ヘキサン;1ml/16m))で上澄みがほとんど無色になるまで(この場合3回)洗浄を繰り返した。
次に、80℃で一夜真空乾燥した。
さらに、この固体を3mlのCHClに溶解してから、その溶液をろ過して微量の不溶物を除去した。
溶媒を留去した後に、再び1mlのCHClに溶解し、16mlのヘキサンを加えて固体を析出(再結晶)させ、遠心分離により固体を分離した。
この再結晶の操作を2回繰り返し、得られた緑色の固体を、80℃で1時間真空乾燥して、固体生成物(実施例7化合物)を得た。
【0213】
質量分析(ESI、溶媒;CHCl)結果:m/z=895(121Sb(tbpc)F)および897(123Sb(tbpc)F)。3mg(0.003mmol)の目的の固体を得た(収率25%)。
【0214】
t−ブチルフタロニトリルとSbFの混合物を加熱することによっても、実施例7と同じ錯陽イオンの塩を得ることはできる。しかし未反応のt−ブチルフタロニトリルとSbF、無金属フタロシアニン、その他副生成物が多量に系に存在し、目的とする化合物の精製はXeFを用いた場合よりはるかに煩雑である。
【産業上の利用可能性】
【0215】
本発明は、電子受容性が高く、可視光から近赤外光に対する応答性が高く、かつ、一般的な有機溶剤に対する溶解度が高いフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオン、その塩及び塩の製造方法に関するものであり、可視・近赤外光応答n型有機半導体薄膜製作用フタロシアニン錯体として利用することができ、光触媒、太陽電池、発光素子等の光・電子デバイス等に応用することができ、光触媒産業及びデバイス産業等において利用可能性がある。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表されることを特徴とするフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオン。
【化1】


式(1)中、Mはヒ素又はアンチモンからなる15族半金属元素(V)であり、L、Lが有機シロキソ基又はフッ化物イオンからなる同一の軸配位子であり、
前記軸配位子が有機シロキソ基の場合には、R〜Rの少なくとも1つがアルキル基、アリル基、アリール基、アルキニル基、並びにヘテロ原子を含む前記置換基、ニトロ基、シアノ基、カルボキシル基、アミド基、エステル基およびハロゲンの群から選択される置換基であり、
前記軸配位子がフッ化物イオンの場合には、R〜Rの少なくとも1つがアルキル基、アリル基、アリール基、アルキニル基、並びにヘテロ原子を含む前記置換基、アミド基およびエステル基の群から選択される置換基である。
【請求項2】
前記軸配位子が、下記一般式(2)で表される有機シロキソ基であることを特徴とする請求項1に記載のフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオン。
【化2】


式(2)中、R〜R11のうちの2つが炭素数3以下のアルキル基であり、残りの1つが炭素数1〜12であるアルキル基又はベンジル基である。
【請求項3】
前記軸配位子が、トリメチルシロキソ基又はベンジルジメチルシロキソ基であることを特徴とする請求項2に記載のフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオン。
【請求項4】
〜Rの少なくとも1つが、炭素数4以下のアルキル基又はヘテロ原子を含む前記アルキル基であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオン。
【請求項5】
〜Rの少なくとも1つがn−ブトキシル基又はt−ブチル基であることを特徴とする請求項4に記載のフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオン。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載のフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオンと、その対陰イオンとからなるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩であって、
Mがアンチモンであり、前記対陰イオンがPF、BF、ClO、CFSO、CFSO、Iの群から選択されることを特徴とするフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれか1項に記載のフタロシアニン−15族半金属元素(V)錯陽イオンと、その対陰イオンとからなるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩であって、
Mがヒ素であり、前記対陰イオンがPF、BF、ClO、CFSO、CFSO、I、AsFの群から選択されることを特徴とするフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩。
【請求項8】
下記一般式(3)で表されるフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩を有機溶媒に溶解して、塩含有溶液を調製後、前記塩含有溶液を加熱する工程と、
前記塩含有溶液に有機ケイ素化合物を添加する工程と、を有することを特徴とするフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩の製造方法。
【化3】

・・・(3)
式(3)中、Mはヒ素又はアンチモンからなる15族半金属元素(V)であり、R〜Rの少なくとも1つがアルキル基、アリル基、アリール基、アルキニル基、並びにヘテロ原子を含む前記置換基、ニトロ基、シアノ基、カルボキシル基、アミド基、エステル基およびハロゲンの群から選択される置換基であり、Yが対陰イオンである。
【請求項9】
前記有機ケイ素化合物が、下記一般式(4)で表されることを特徴とする請求項8に記載のフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩の製造方法。
【化4】


式(4)中、R〜R11のうちの2つが炭素数3以下のアルキル基であり、残りの1つが炭素数1〜12であるアルキル基又はベンジル基であり、Xがハロゲン、アセトアミド基、ハロゲン置換アセトアミド基の群から選択される置換基である。
【請求項10】
前記有機ケイ素化合物が、N,O−ビス(トリメチルシリル)トリフルオロアセトアミド又はベンジルクロオジメチルシランであることを特徴とする請求項9に記載のフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩の製造方法。
【請求項11】
前記対陰イオンYがPF、BF、ClO、CFSO、CFSO、Iの群から選択されることを特徴とする請求項8〜10のいずれか1項に記載のフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩の製造方法。
【請求項12】
下記一般式(5)で表されるフタロシアニン−15族半金属元素(III)塩を有機溶媒に溶解して、塩含有溶液を調製する工程と、
前記塩含有溶液にXeFを添加する工程と、を有することを特徴とするフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩の製造方法。
【化5】

・・・(5)
式(5)中、Mはヒ素又はアンチモンからなる15族半金属元素(III)であり、R〜Rの少なくとも1つがアルキル基、アリル基、アリール基、アルキニル基、並びにヘテロ原子を含む前記置換基、アミド基およびエステル基の群から選択される置換基であり、残りが水素原子であり、Yが対陰イオンである。
【請求項13】
前記対陰イオンYがPF、BF、ClO、CFSO、CFSO、I、AsFの群から選択されることを特徴とする請求項12に記載のフタロシアニン−15族半金属元素(V)塩の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【公開番号】特開2012−232965(P2012−232965A)
【公開日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−163791(P2011−163791)
【出願日】平成23年7月27日(2011.7.27)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】