説明

フッ素ガス生成装置、フッ素ガス生成方法およびガス生成用炭素電極

【課題】ダイヤモンド層を表面に形成したフッ素ガス生成用の炭素電極において、高い電流密度を得ることのできる技術を提供する。
【解決手段】炭素電極10は、炭素材料からなり複数の凹穴24が主面21に形成された炭素基材20と、凹穴24が形成された主面21から凹穴24の内壁面25の少なくとも一部の深さ位置に亘って炭素基材20の表面に形成された導電性のダイヤモンド層30と、を含んでいる。また、フッ素ガス生成装置は、炭素電極10と、炭素電極10に電流を供給する給電手段と、を備え、ダイヤモンド層30に接して供給されたフッ素系の電解液を電気分解して炭素電極10でフッ素ガスを生成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、導電性のダイヤモンド層が表面に形成されたガス生成用炭素電極、並びにこれを用いてフッ素系の電解液の電気分解を行うフッ素ガス生成装置およびフッ素ガス生成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体装置などのクリーニングガスとして、活性の高いフッ素ガスが用いられている。また、フッ素ガスは、温暖化係数が低く、オゾン層破壊への影響も低いため、環境に優しいガスとしても注目されている。
【0003】
電気分解によりフッ素ガスを生成するにあたっては、電解液をフッ化水素とし、また耐食性の観点から電極には炭素電極が用いられている。しかしながら、炭素電極を用いてフッ化水素を電解すると、フッ素ラジカルと炭素とが反応して形成されたフッ化グラファイトにより、電解液との濡れ性の低下や、導電性の低下により、電流密度が低下するという問題がある。
【0004】
かかる問題を解決するため、炭素電極の基材表面に化学的安定性の高い導電性のダイヤモンド層を形成して、電解による劣化を抑制する技術が提案されている。この種の技術に関し、特許文献1には、算術平均粗さが0.1μm〜15μmの導電性の炭素材料の表面に、気相合成法で導電性のダイヤモンド触媒担持体を形成してなる導電性ダイヤモンド電極構造体が記載されている。
【0005】
また、特許文献2には、金属ニオブ板や金属タンタル板などの導電性の基材の表面に導電性のダイヤモンド層を形成した電気分解用の電極が記載されている。この文献では、基材の表面の粗さ曲線の算術平均高さと平均長さとを所定の数値範囲とすることで、電極の耐久性の向上を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−001877号公報
【特許文献2】特開2007−039742号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、炭素は金属に比べて一般にダイヤモンド層の基材密着性が悪い。このため、炭素基材の場合は、その表面粗さを特許文献1や2の数値範囲としても、ダイヤモンド層を必ずしも良好に密着して形成することができない。
そして、ダイヤモンド層が炭素基材から剥離した場合には、炭素基材とダイヤモンド層との間の電導性が低下して、ダイヤモンド層に供給される電流密度が低下する。また、ダイヤモンド層から露出した炭素基材がフッ素ラジカルと接触することにより、炭素基材自体における電流密度が低下する。このため、ガス生成用炭素電極の表面にダイヤモンド層を形成する場合には、高い密着性でダイヤモンド層を形成して、電解液と炭素基材とを良好に分離することが特に望まれている。
【0008】
本発明はこうした点に鑑みてなされたものであり、ダイヤモンド層を表面に形成したフッ素ガス生成用の炭素電極において、高い電流密度を得ることのできる技術を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のフッ素ガス生成装置は、炭素材料からなり複数の凹穴が主面に形成された炭素基材と、前記凹穴が形成された前記主面から前記凹穴の内壁面の少なくとも一部の深さ位置に亘って前記炭素基材の表面に形成された導電性のダイヤモンド層と、を含むガス生成用炭素電極と、前記ガス生成用炭素電極に電流を供給する給電手段と、を備え、前記ダイヤモンド層に接して供給されたフッ素系の電解液を電気分解して前記ガス生成用炭素電極でフッ素ガスを生成するものである。
【0010】
また、本発明のフッ素ガス生成方法は、炭素材料からなり複数の凹穴が主面に形成された炭素基材と、前記凹穴が形成された前記主面から前記凹穴の内壁面の少なくとも一部の深さ位置に亘って前記炭素基材の表面に形成された導電性のダイヤモンド層と、を含むガス生成用炭素電極を用いてフッ素系の電解液を電気分解してフッ素ガスを生成する方法であって、前記ダイヤモンド層に接して所定の供給圧で前記電解液を供給する給液工程と、前記炭素基材を通じて前記ダイヤモンド層に通電し、前記電解液を電気分解してフッ素ガスを生成する通電工程と、を含み、前記給液工程にて前記凹穴に浸入する前記電解液の液面が、前記凹穴の前記深さ位置よりも浅いことを特徴とする。
【0011】
また、本発明のガス生成用炭素電極は、フッ素系の電解液を電気分解してフッ素ガスを生成する電極であって、炭素材料からなり複数の凹穴が主面に形成された炭素基材と、前記凹穴が形成された前記主面から前記凹穴の内壁面の少なくとも一部の深さ位置に亘って前記炭素基材の表面に形成された導電性のダイヤモンド層と、を含む。
【0012】
ここで、特許文献1のように炭素基材を粗面化した場合には、微細な凹凸の内部までダイヤモンド層を形成することは難しく、炭素基材とダイヤモンド層とを十分に密着させることが困難である。そして、ダイヤモンド層に剥離が生じた場合、微細な凹凸ではこの剥離を止めることができず、剥離は延伸する。
これに対し、上記構成を備える本発明によれば、凹穴の周縁部分において、炭素基材の主面から凹穴の内部にかけてダイヤモンド層が三次元的に屈曲するため、ダイヤモンド層のアンカー性が十分に得られる。また、主面を伝うダイヤモンド層の剥離は凹穴で停止される。このため、ダイヤモンド層と炭素基材とを全体的に高い密着性によって一体化することができ、高い電流密度の炭素電極を得ることができる。
【0013】
上記発明において、凹穴とは、止まり穴(非貫通孔)と貫通孔とを包含する。
【0014】
なお、本発明の各種の構成要素は、個々に独立した存在である必要はない。複数の構成要素が一個の部材として形成されていること、一つの構成要素が複数の部材で形成されていること、ある構成要素と他の構成要素の一部または全部同士が互いに重複していること、等を許容する。
【0015】
また、本発明のフッ素ガス生成方法は、複数の工程を順番に記載してあるが、その記載の順番は複数の工程を実行する順番やタイミングを限定するものではない。このため、本発明のフッ素ガス生成方法を実施するときには、その複数の工程の順番は内容的に支障のない範囲で変更することができ、また複数の工程の実行タイミングの一部または全部が互いに重複していてもよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、高い密着性でダイヤモンド層を表面に形成したガス生成用炭素電極が提供される。このため、かかる電極を用いて電解液の電気分解を行う本発明のフッ素ガス生成装置およびガス生成方法によれば、ダイヤモンド層の剥離に起因する電流密度の低下が防止される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の実施形態にかかる炭素電極の平面模式図である。
【図2】(a)は図1のII−II線断面図であり、(b)は同図(a)にて円Bで囲繞した領域の拡大図である。
【図3】(a)は、炭素基材の主面の穴加工部に形成された凹穴の一つの近傍を模式的に示す平面図であり、(b)はその変形例である。
【図4】第一実施形態にかかるフッ素ガス生成装置の構成を示す模式図である。
【図5】第二実施形態にかかるフッ素ガス生成装置に用いられる電解セルの分解斜視図である。
【図6】第二実施形態にかかるフッ素ガス生成装置を模式的に示す斜視図である。
【図7】変形例にかかる炭素電極を模式的に示す平面図である。
【図8】実施例1、2および比較例1による通電結果を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。なお、それぞれの図面において、同様の構成要素には同様の符号を付し、適宜説明を省略する。
【0019】
<ガス生成用炭素電極>
はじめに、本実施形態のフッ素ガス生成装置に用いられるガス生成用炭素電極(以下、炭素電極と略記する場合がある)について説明する。
【0020】
図1は、本実施形態の炭素電極10の平面模式図である。
図2(a)は、図1のII−II線断面図である。図2(b)は、同図(a)にて円Bで囲繞した領域の拡大図である。
【0021】
本実施形態の炭素電極10は、フッ素系の電解液を電気分解してフッ素ガスを生成するための電極である。また、炭素電極10は、炭素材料からなり複数の凹穴24が主面21に形成された炭素基材20と、凹穴24が形成された主面21から凹穴24の内壁面25の少なくとも一部の深さ位置に亘って炭素基材20の表面に形成された導電性のダイヤモンド層30と、を含んでいる。
【0022】
図1、2に示すように、炭素電極10は平面視形状が略矩形を為している。また、炭素電極10は、フィルム状または板状をなしている。
【0023】
炭素基材20の主面21の中央には、多数の凹穴24が設けられている。
凹穴24が配置された領域(穴加工部26)は略矩形である。穴加工部26は炭素基材20の主面21において凹穴24を包含する仮想領域である。
主面21のうち、穴加工部26の周縁には、凹穴24が形成されていない帯状領域27が設けられている。帯状領域27は、後述するフッ素ガス生成装置100の電解セルにおいて、ガスケット70(図5を参照)で押圧される平坦な保持領域である。
【0024】
凹穴24の配置パターンは、千鳥状、格子状、斜格子状、ランダム配置など、いずれでもよい。
また、個々の凹穴24の開口形状は特に限定されず、円形や楕円形、正方形を含む矩形、多角形、またはスリット状でもよく、後述するように星形多角形でもよい。
【0025】
本実施形態の凹穴24は、開口幅を1μm以上1000μm以下とする止まり穴であってもよく、または貫通孔である。このうち本実施形態の炭素電極10においては、凹穴24は炭素基材20を厚さ方向に貫通する貫通孔である(図2を参照)。
ここで、凹穴24の開口幅を1μm以上とすることで、凹穴24の内壁面25上にダイヤモンド層30を十分な厚さで形成することができる。また、凹穴24の開口幅は、より好ましくは500μm以下、さらに好ましくは300μm以下とすることができる。
【0026】
ここで、凹穴24の開口幅とは、以下を意味する。
凹穴24が非貫通孔の場合、凹穴24の開口幅とは、主面21における凹穴24の開口に関する外接円の直径である。
凹穴24が貫通孔の場合、凹穴24の開口幅とは、主面21または22における凹穴24の開口に関する外接円のうち、より小さい方の直径である。
【0027】
互いに隣接する凹穴24の近接縁同士の距離は、3mm以下である。これにより、上記範囲の開口幅の凹穴24によってダイヤモンド層30の被着性を十分に高めることができる。また、凹穴24の近接縁同士の距離とは、開口幅を規定する上記の外接円の最短距離をいう。凹穴24の近接縁同士の距離の下限値は特に限定されないが、炭素電極10の加工性から、凹穴24の開口幅の0.2倍程度を下限とするとよい。
【0028】
ここで、本実施形態の炭素電極10においては、凹穴24が、主面21から裏面(主面22)側に向かって拡径している。すなわち、凹穴24の内壁面25はテーパー状である。
言い換えると、本実施形態の炭素電極10は、図2(b)に示すように、主面22における凹穴24の開口径Dよりも、主面21における開口径Dの方が小さい。したがって、本実施形態において凹穴24の開口幅とは、開口径Dを意味する。
【0029】
本実施形態の炭素電極10は、ダイヤモンド層30が形成された主面21から、反対の主面22に向かって凹穴24が拡径することにより、主面21における凹穴24の周縁29が三次元的に鋭角に屈曲している。
これにより、内壁面25に形成されたダイヤモンド層30は、電解液と接する主面21の側への引き抜きが防止されるため、ダイヤモンド層30の剥離が低減される。
【0030】
凹穴24のテーパー比率(開口径D/開口径D)は特に限定されないが、1倍より大きく、3倍以下とするとよい。
【0031】
ダイヤモンド層30は、化学気相成長(CVD:Chemical Vapor Deposition)法で形成することができる。CVD法としては、マイクロ波プラズマ法や、熱フィラメント法を利用することができる。
【0032】
ダイヤモンド層30の厚さは、1μm以上20μm以下が好ましい。
そして、ダイヤモンド層30の厚さは、凹穴24の開口幅の二分の一よりも小さい。これにより、凹穴24がダイヤモンド層30によって完全に埋まって消失してしまうことがない。
【0033】
ダイヤモンド層30は、炭素基材20の主面21を被覆して形成されている。ダイヤモンド層30は、主面21のうち、少なくとも穴加工部26の全体を覆う領域に形成されている。好ましくは、ダイヤモンド層30は炭素基材20の主面21の全体を覆って形成されている。
【0034】
本実施形態の炭素電極10は、ダイヤモンド層30が設けられた一方の主面21にのみ電解液が接触する。他方(図2(a)における上側)の主面22は気相に接して用いられ、電解液とは接触しない。このため、当該他方側の主面22にダイヤモンド層30を形成するか否かは任意である。
【0035】
ダイヤモンド層30は、凹穴24が形成された主面21から凹穴24の内壁面25の少なくとも一部の深さ位置に亘って形成されている。ここで、ダイヤモンド層30が主面21から凹穴24の内壁面25に亘るとは、主面21と内壁面25に一連のダイヤモンド層30が形成されていることをいう。ただし、多数の凹穴24の総てに対してダイヤモンド層30が一体に形成されていることを必ずしも要するものではない。
【0036】
なお、炭素基材20の表面には、ダイヤモンド層30の下地層を形成してもよい。すなわち、ダイヤモンド層30が炭素基材20の主面21に形成されているとは、主面21とダイヤモンド層30とが直接的または間接的に結合して互いに電気的に接続されていることをいう。
【0037】
本実施形態の凹穴24は貫通孔であり、ダイヤモンド層30は内壁面25の全体に被着形成されている。ただし、ダイヤモンド層30は、内壁面25のうち、主面21側の一部にのみ形成されていてもよい。言い換えると、凹穴24の内壁面25は、主面22の側において炭素基材20が露出していてもよい。
【0038】
なぜならば、電解液は、凹穴24が非貫通孔である場合のみならず、貫通孔である場合も、後述するように電解液の総圧がヤング・ラプラス圧力未満の場合、凹穴24を通過しないためである。本実施形態のフッ素ガス生成装置100は、かかる条件を満足して電気分解を行うものである。したがって、ダイヤモンド層30が内壁面25の全体を被覆していなくとも、主面21側の所定深さまで少なくとも形成されていれば、電解液と炭素基材20との接触が防止される。
凹穴24が非貫通孔である場合、凹穴24の内部に残留した雰囲気ガスまたは電気分解により生成したガスにより、電解液が凹穴24に浸入することがさらに妨げられる。このため、凹穴24が非貫通孔の場合も、ダイヤモンド層30は凹穴24の内壁面25の全体を被覆することは必ずしも必要ではなく、主面21側の所定深さまで形成されていれば足りる。
【0039】
また、上記所定の深さとしては、ダイヤモンド層30の剥離強度を十分に得る観点から、ダイヤモンド層30の厚さの5倍以上が好ましく、10倍以上がより好ましい。
【0040】
炭素基材20を構成する炭素材料は、非晶質炭素が好ましく、ガラス状炭素材がより好ましい。非晶質炭素のうち、レーザーラマン法のラマンスペクトルにおいて、G1バンドの半値幅が40[cm−1]以上100[cm−1]以下であることが好ましい。また、X線回折(XRD)により、22°〜27°付近に測定される黒鉛の002面に対応するピークの半値幅が1.0°以上15.0°以下であることが好ましい。
かかる炭素材料を用いることにより、電極表面で生成したガスが速やかに電極表面から除去されるので、長時間に亘って電気分解を効率よく行うことができる。特に、電解液が、フッ化水素を含む溶融塩である場合の陽極として炭素電極10を用いた場合には、フッ素ガスと炭素との反応が抑えられる。これにより、新たな電解液が電極表面に供給されるため、効率よく電気分解を行うことができる。また、フッ化炭素(CF)等の副生成物の生成も抑えることができる。
【0041】
炭素基材20は、有機樹脂に凹穴24を形成することにより得られる。その製造方法は特に限定されないが、大別して、平坦な有機樹脂の膜に後加工で凹穴24を形成する方法と、凹穴24を予め備えた形状に炭素基材20を成形する方法とがある。
【0042】
有機樹脂としては、ポリイミド樹脂、感光性ポリイミド樹脂、アラミド樹脂、アクリロニトリル樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、フェノール樹脂、フルフリルアルコール樹脂、フラン樹脂、ポリパラフェニレンビニレン樹脂、ポリオキサジアゾール樹脂、ポリ塩化ビニリデン樹脂等を用いることができる。これらの有機樹脂を焼成して炭素基材20を作成する。本実施形態においては、窒素原子を含む芳香族系樹脂を用いることが好ましい。このような樹脂としては、芳香族ポリイミド樹脂またはアラミド樹脂等を挙げることができる。窒素原子を含むことにより、焼成過程において炭化焼成が迅速に進むため好ましい。
【0043】
後加工としては、機械加工、エッチング、サンドブラスト加工またはレーザー加工を挙げることができる。
【0044】
機械加工により凹穴24を複数形成するには、板状またはフィルム状の有機樹脂膜の厚さ方向に、ドリル、プレス加工、マイクロインプリント等の方法により穴開け加工を施すことができる。
エッチングにより凹穴24を形成するには、板状またはフィルム状の有機樹脂膜の一方または両方の表面にフォトレジスト膜を形成した後に、通常のエッチング方法により有機樹脂膜に凹穴24を形成するとよい。エッチング方法としては、ドライエッチングまたはウェットエッチングの何れの方法も用いることができる。
レーザー加工により凹穴24を形成するには、エキシマレーザー等を用いたレーザー加工により行うことができる。
【0045】
一方、射出成形により凹穴24を複数形成するには、所望の形状の金型内に流動性を有する有機樹脂材料を射出充填し、硬化させる。この方法によれば、凹穴24を所望の形状となるように調製することができる。なお、凹穴24の形成方法は上記に限定されるものではなく、また複数の手法を組み合わせてもよい。
【0046】
炭素基材20のうち、主面21における凹穴24の非形成領域(平坦部28)の算術平均粗さは、0.01μm以上0.50μm以下である。ここで、凹穴24の非形成領域とは、主面21における穴加工部26のうち、凹穴24以外の領域をいう。
【0047】
炭素基材20における平坦部28の算術平均粗さは、JISB0601:2001にて規定される粗さ曲線の算術平均高さ(Ra)として求められる。
【0048】
平坦部28の算術平均粗さは、炭素基材20の素地の表面性状である。本実施形態の炭素電極10は、凹穴24の周縁29においてダイヤモンド層30と炭素基材20との高い接合力が得られるため、平坦部28の特別な粗面化は不要である。むしろ、主面21を上記の算術平均粗さとすることで、炭素基材20とダイヤモンド層30との間に微細な空隙が生じることがなく、ダイヤモンド層30と主面21とを良好に密着させることができる。
【0049】
図3(a)は、主面21の穴加工部26に形成された凹穴24の一つの近傍を模式的に示す平面図である。説明のため平坦部28に斜線を付している。図示のように、本実施形態の凹穴24の開口形状は星形多角形である。言い換えると、本実施形態の凹穴24は、略円形の周縁29に複数の凸部291が周方向に隣り合わせに、かつ凹穴24の径方向の外側に向けて突出して形成されている。隣接する凸部291同士の間には凹部292が形成されている。本実施形態の凹部292は凹穴24の内側に突出するコーナー部293を含んでいる。
【0050】
ただし、図3(b)に示すように、凹部292は平坦であってもよい。この場合、凸部291と凹部292との間にコーナー部293が形成されているとよい。
【0051】
本実施形態において凹穴24が星形多角形であるとは、円形(略円形を含む)領域の周囲に複数の凸部291が突出している形状をいい、少なくとも図3(a)と(b)の両方を含む。なお、隣接する凸部291同士の間隔、ならびに各凸部291の形状および寸法は特に限定されない。すなわち、図3各図に例示した互いに同一の形状および寸法の凸部291が円形領域の周囲に周期的に配列されている態様に限らず、凸部291の位置はランダムでもよく、また凸部291の突出形状や寸法が互いに相違してもよい。
なお、凸部291の個数は特に限定されないが、5〜30個が好ましい。
【0052】
本実施形態の凹穴24のように開口形状が星形多角形であることにより、円形または多角形の凹穴に比べて、ダイヤモンド層30の剥離の進展が周縁29で停止するため、ダイヤモンド層30の密着性を強固にすることができる。これは、凸部291およびコーナー部293という頂点数の多さに加え、周縁29のダイヤモンド層30が三次元的な複雑な湾曲形状となるためである。すなわち、ダイヤモンド層30は、凹穴24の内側からみて凸部291においては谷折りに湾曲し、逆にコーナー部293では山折りに湾曲する。このため、周縁29に対してダイヤモンド層30のアンカー性が高く、ダイヤモンド層30の密着性が高まるとともに、凹穴24の内壁面25または周縁29で局所的に発生した剥離の進展が良好に停止される。
【0053】
<フッ素ガス生成装置>
(第一実施形態)
つぎに、フッ素ガス生成装置について説明する。
図4は、本実施形態にかかるフッ素ガス生成装置100の構成を示す模式図である。
【0054】
本実施形態のフッ素ガス生成装置100は、上述のガス生成用炭素電極(炭素電極10)と、炭素電極10に電流を供給する給電手段40と、を備えている。そして、フッ素ガス生成装置100は、ダイヤモンド層30に接して供給されたフッ素系の電解液110を電気分解して炭素電極10でフッ素ガスを生成する。
【0055】
図4に示すように、本実施形態のフッ素ガス生成装置100は、互いに対向して配置された一対の炭素基材20a、20bを有し、ダイヤモンド層30が一対の炭素基材20a、20bの内側の主面21にそれぞれ被着されている。
そして、電解液110は、一対のダイヤモンド層30の間に供給される。
【0056】
すなわち、本実施形態のフッ素ガス生成装置100は、対向する一対の炭素電極10同士の間が、電解液110の流れる液体流路60を構成している。
【0057】
本実施形態に用いる電解液110は、フッ化水素を分子内に含む溶融塩であり、具体的にはKF・2HF溶融塩が例示される。そして、炭素電極10(第一電極10a)は陽極にあたる。
図4に示すように、本実施形態のフッ素ガス生成装置100では、陰極である第二電極10bにも炭素電極を用いた例によって示すが、金属電極を用いることもできる。
【0058】
電解液110の電気分解により陽極でフッ素ガス、陰極で水素ガスをそれぞれ生成する場合を例として説明する。
【0059】
この場合、フッ素ガス生成装置100では以下の式(1)〜(3)の反応が起こる。
2HF → F + H (1)
【0060】
陽極での反応は以下である。
2F → F + 2e (2)
【0061】
陰極での反応は以下である。
2H + 2e → H (3)
【0062】
本実施形態において、電解液110は炭素電極10の凹穴24(貫通孔)を通過せず、電気分解で生じたガスが凹穴24を通過する。以下、かかる状態を、炭素電極10がガスを選択的に透過するという。
【0063】
本実施形態のフッ素ガス生成装置100では、陽極にあたる第一電極10aで生じたフッ素ガスが炭素基材20aを選択的に透過して、ダイヤモンド層30の反対面側から取り出される。
【0064】
電解液110は、炭素電極10のうちダイヤモンド層30が設けられた一方の主面21にのみ接触し、他方の主面22は気相130に接している。
フッ素ガス生成装置100は、炭素電極10を通過したフッ素ガスまたは水素ガスを吸引して回収する吸引手段(ブロア66)をさらに備えている。また、気相130には、図示しないガス供給源から窒素(N)などの不活性ガスが、生成ガス(フッ素ガスおよび水素ガス)のキャリアガスとして連続的に供給されている。
【0065】
以下、炭素電極10がガスを選択的に透過させるメカニズムについて説明する。
液体流路60を流れる電解液110の圧力Pと、気相130の圧力Pとの差ΔP(=P−P)が以下のヤング・ラプラスの式(式(4))で求められるヤング・ラプラス圧力以下となるようにすることで、電解液110は凹穴24を通過せず、ガス(フッ素ガスおよび水素ガス)が選択的に透過する。
【0066】
ΔP(=P−P) ≦ −4γcosθ/w ・・・ (4)
【0067】
(ただし、ΔPはヤング・ラプラス圧力、γは電解液110の表面張力、θは電解液110と炭素基材20の主面21との接触角、wは凹穴24の開口幅である。)
【0068】
本実施形態の炭素電極10のように、凹穴24が開口径Dの円形状の場合(図2を参照)、電解液110を凹穴24に押し込むのに必要な力は、表面張力に周縁距離を乗じた−wπγcosθであり、これを凹穴24の開口面積で除したものがヤング・ラプラス圧力となり式(4)で表される。よって、凹穴24の形状が星型多角形であると、開口面積に対し周縁距離が長くなるので、ヤング・ラプラス圧は高くなる。このため、電解液110に深く浸漬した凹穴24にも電解液110が浸入することが防止され、炭素電極10の操作範囲が高まり好ましい。
【0069】
フッ素ガス生成装置100に対する重力方向を図4の上下方向とした場合、溶融塩(電解液110)に浸漬させる電極の深さは浅いので、凹穴24の開口幅を大きくすることができる。例えば、溶融塩の表面張力を9.4×10−2[N/m]、比重を2.0[g/cm]、炭素電極10との接触角を140°とし、凹穴24の開口幅を1000[μm]とする。このとき、計算上、炭素電極10を深さ1.4cmまで溶融塩に浸漬しても、溶融塩は凹穴24に浸入することはない。
【0070】
フッ素ガス生成装置100は、ダイヤモンド層30に接した状態で電解液110を貯留する液体流路60と、液体流路60に所定の供給圧で電解液110を供給する送液手段62と、をさらに含む。
そして、本実施形態の貫通孔(凹穴24)は、上記供給圧の電解液110を通過させず、ガス(フッ素ガスおよび水素ガス)を通過させる開口幅である。
【0071】
ここで、電解液110の供給圧とは、フッ素ガス生成装置100の内部における電解液110の総圧である。ここで、電解液110の自重に起因する圧力(液圧)により、深い位置の電解液110ほど総圧は大きい。これに対し、本実施形態のフッ素ガス生成装置100では、最も深い凹穴24に対しても電解液110が浸入することのないよう開口幅が選択されている。図4の上下方向を重力方向に向けた場合、電解液110の底面にあたる第二電極10bにおける液圧がヤング・ラプラス圧力を超えないよう、凹穴24の開口幅が調整されているとよい。
【0072】
送液手段62は、具体的には、ポンプおよび配管(図示せず)より構成されており、電解液110の貯留槽(図示せず)と液体流路60とを連通している。
そして、ポンプ圧を調整して電解液110の流量を制御することで、液体流路60に対する電解液110の供給圧を昇降調整可能である。
【0073】
このような構成により、炭素電極10で生成したフッ素ガスおよび水素ガスは、選択的に凹穴24を通って液体流路60から除去されるため、新たな電解液110が炭素電極10の表面に供給される。このため、本実施形態によれば電気分解を効率よく行うことができる。
【0074】
ここで、凹穴24は、電解液110に接する主面21側から、気相130の主面22側に向かって拡径している。これにより、主面21側における開口径Dを抑制し、ヤング・ラプラス圧力を高めて電解液110の浸入を抑えつつ、ガスの流路幅を十分に確保することができる。このため、炭素電極10で生成したフッ素ガスおよび水素ガスの圧力損失を抑え、効率的にこれを凹穴24に通過させることができる。
【0075】
そして、本実施形態のフッ素ガス生成装置100においては、炭素電極10の貫通孔(凹穴24)を通過するガスの圧力損失が、電解液110の供給圧よりも小さい。
【0076】
ここで、炭素電極10の圧力損失が電解液110の供給圧を超えると、電気分解されてダイヤモンド層30の表面に生じたガスは、凹穴24を通過せず、電解液110の内部に滞留することとなる。これに対し、本実施形態のようにガスの圧力損失を低減した炭素電極10の場合は、主面21側から凹穴24を通じて主面22側にガスが通過する。
【0077】
炭素電極10における圧力損失を低減する観点から、炭素基材20の厚みは3mm以下がよく、好ましくは20μm以上1mm以下である。上記の範囲とすることで、炭素基材20に十分な機械強度を確保しつつ、ガスの通過長さが過大となることがないため圧力損失が抑えられる。
【0078】
また、同様の観点で、凹穴24の開口幅に対し、隣接する他の凹穴24との中心間距離L(図2(a)を参照)は1.2倍以上、30倍以下が好ましい。1.2倍以上とすることで、炭素電極10が構造上の堅牢さを備え、十分な形状維持が可能となる。また、30倍以下とすることで、発生するガスを効率よく除去することができる。
【0079】
図4に示すように、陽極(第一電極10a)側と、陰極(第二電極10b)側の気相130には、それぞれガスの回収路64、65が設けられている。回収路64、65にはブロア66が設けられており、矢印で示すように、生成されたフッ素ガスと水素ガスを個別に吸引して回収することができる。
【0080】
また、炭素電極10は、電解液110に接しない側の主面22に、炭素基材20よりも導電性の高い材料からなり貫通孔(凹穴24)を少なくとも部分的に露出させて設けられた高導電部44を備えている。
【0081】
高導電部44を給電部材43と炭素基材20との間に装備することにより、炭素基材20の電気伝導度を補い、炭素電極10の電気抵抗の低減が図られる。
高導電部44の材料は特に限定されないが、フッ素ガスに対する耐腐食性の観点から、金属材料、特にニッケル、またはハステロイもしくはモネルなどのニッケル系合金が好ましい。
高導電部44の厚みや形状も特に限定されないが、多孔のシートもしくは板、または金網のほか、主面22に対して蒸着法やスパッタ法などにより形成した金属薄膜でもよい。
【0082】
給電手段40は、直流電源41と配線42とを含む。また、給電手段40は、炭素電極10に対向して設けられて電流が印加される給電部材43を含む。
【0083】
給電部材43は、金属製の枠体であり、炭素基材20の帯状領域27(図1を参照)に対して主面22の側に電気的に接続される部材である。本実施形態の給電部材43はロの字形状(矩形環状)の板材であり、炭素基材20の帯状領域27と略同一の平面視形状をなしている。
【0084】
給電部材43の金属材料は特に限定されないが、ニッケル(Ni)またはニッケル合金が好適に用いられる。
給電部材43と高導電部44とは同種の金属材料からなる。本実施形態の場合、給電部材43と高導電部44はともにニッケルからなる。
【0085】
本実施形態の高導電部44は、厚み方向に可撓性を有する網状の導電性部材である。高導電部44の目開きは特に限定されないが、30から500メッシュとすることが好ましい。高導電部44が可撓性を有することで、高導電部44と主面22との密着性に優れ、炭素電極10の電気抵抗が好適に低減される。
【0086】
<ガス生成方法>
本実施形態のガス生成方法(以下、本方法という場合がある)は、上述のガス生成用炭素電極(炭素電極10)を用いて電解液110を電気分解してフッ素ガスを生成する方法に関する。
そして、本方法は、給液工程と、通電工程とを含む。
給液工程では、ダイヤモンド層30に接して所定の供給圧で電解液110を供給する。
通電工程では、炭素基材20を通じてダイヤモンド層30に通電し、フッ素系の電解液110を電気分解してフッ素ガスを生成する。
そして、本方法では、給液工程にて凹穴24に浸入する電解液110の液面が、凹穴24の深さ位置よりも浅いことを特徴とする。
【0087】
これにより、電解液110と炭素基材20とが接触することがなく、フッ素ラジカルと炭素とが反応して電極の電流密度が低下することがない。
【0088】
また、本方法では、凹穴24を貫通孔とし、生成したフッ素ガスおよび水素ガスを、貫通孔を通じて電解液110と反対側に取り出す。このとき、電解液110の供給圧を、貫通孔を通過するガスの圧力損失よりも高くする。これにより、フッ素ガスおよび水素ガスが電解液110の内部に滞留せず、貫通孔(凹穴24)を通じて主面22の側に取り出される。
【0089】
なお本実施形態については種々の変形を許容する。
例えば、フッ素ガス生成装置100の構成は、図4に示したものに限られない。重力方向に対する炭素電極10の設置方向は任意である。また、図4では、一対の炭素電極10の間に電解液110の液体流路60を平板状に形成したが、本発明はこれに限られない。例えば、貯留槽である電解槽を電解液110で満たし、その中に炭素電極10を浸漬してもよい。
【0090】
(第二実施形態)
図5は、第二実施形態のフッ素ガス生成装置100に用いられる電解セル90の分解斜視図である。電解セル90は、電解槽92に貯留された電解液110に浸漬して用いられる(図6を参照)。
【0091】
本実施形態の電解セル90は、電解セル本体80と、これに積層して緊締具78で共締めされる高導電部44、炭素電極10、ガスケット70および押さえ板74とからなる。
すなわち、本実施形態の電解セル90は、給電部材43と炭素電極10とに挟持されて、これらを電気的に接続する金属製の高導電部44をさらに有している。
【0092】
ここで、高導電部44と給電部材43との当接領域が高導電部44の給電点46にあたる。本実施形態の場合、給電部材43が矩形環状であることにより、高導電部44の給電点46は、高導電部44の周縁に沿う矩形の帯状領域となる。
【0093】
ここで、本実施形態の高導電部44における主面22の面内方向の電気抵抗は、高導電部44への給電点46からの距離に応じて小さくなっている。
【0094】
具体的には、本実施形態の平面視矩形状の高導電部44は、周縁から中心に向かって厚みが単調に増大している。これにより、給電部材43から高導電部44を介して炭素電極10に供給される電流が、炭素電極10の主面22(図4を参照)に対して平均化される。このため、炭素電極10による電気分解が、主面21のダイヤモンド層30の全面において比較的均一に行われる。
【0095】
なお、給電点46からの距離に応じて高導電部44の面内方向の電気抵抗を低減するにあたっては、高導電部44の厚みを面内で変更するほか、高導電部44の面央においてより高伝導率の材料を用いてもよい。また、高導電部44を金網とする場合、高導電部44の面央の近傍において金網の交絡密度を高くしてもよい。
【0096】
給電部材43の中央には開口部45が設けられ、給電部材43の周囲にはボルト穴81が形成されている。高導電部44は、開口部45を塞ぐようにして給電部材43の上に装着される。炭素電極10は、ダイヤモンド層30を電解セル本体80の外側に向けて高導電部44の上に装着される。
【0097】
ガスケット70は可撓性の樹脂材料からなる。ガスケット70の中央には開口部72が形成され、その周囲にボルト穴71が形成されている。ガスケット70は耐腐食性の観点からフッ素系樹脂材料が好ましく、例えば軟質PTFEなどが挙げられる。
押さえ板74は、ガスケット70、炭素電極10および高導電部44を電解セル本体80に圧接するための高弾性の板材である。押さえ板74の中央には開口部76が形成され、その周囲にボルト穴75が形成されている。
【0098】
ボルト穴75、71および81は、緊締具78により、所定の軸力で共締めされる。
かかる軸力により高導電部44は面直方向に弾性的に変形する。これにより、本実施形態のフッ素ガス生成装置100によれば、炭素電極10と給電部材43とが高導電部44と良好に密着し、高い導電性を得ることができる。
【0099】
電解セル本体80には、ガスの回収路64にあたる配管が接続されている。回収路64からは、生成されたフッ素ガスが回収される。
【0100】
図6は、本実施形態の電解セル90を用いたフッ素ガス生成装置100を模式的に示す斜視図である。ただし、説明のため電解槽92の前面は図示省略している。
【0101】
電解槽92には電解液110が貯留されている。電解セル本体80は電解液110に浸漬されている。電解槽92の内部には、電解液110の上方に気相130が存在している。また、電解セル本体80の内部にも、第一電極10aと回収路64との間に気相130(図示せず)が存在している。
【0102】
陽極ガスであるフッ素ガスの回収路64(図4を参照)は、キャリア導入管64aとガス回収管64bとで構成されている。また、陰極ガスである水素ガスの回収路65(図4を参照)も同様に、キャリア導入管65aとガス回収管65bとで構成されている。キャリア導入管64a、65aとガス回収管64b、65bの基端は、それぞれ電解槽92より外部に突出している。
【0103】
図6に示すように、キャリア導入管64a、65aには、窒素ガスなどのキャリアガスがそれぞれ導入される。互いに異なるキャリアガスを導入してもよい。キャリア導入管64aは、電解セル本体80の内部の気相130(図示せず)に連通している。また、キャリア導入管65aは電解槽92の内部の気相130に連通している。キャリア導入管65aの下端は電解液110に達していない。
【0104】
本実施形態の第二電極10bは陰極にあたる。第二電極10bは、ニッケルなどの金属棒により構成されている。また、第二電極10bは、第一電極10aに正対して配置されている。
陰極である第二電極10bでは、上記の式(3)により水素ガスが発生する。発生した水素ガスは電解液110を上昇して気相130に至り、キャリアガス(窒素ガス)によりガス回収管65bに送られる。ガス回収管65bに至った水素ガスは、窒素ガスとともに系外に取り出される。
【0105】
第二電極10bと所定の間隔を隔てて対向配置された電解セル90は、第一電極10aのダイヤモンド層30が第二電極10bに対面している。
上記の式(2)により発生したフッ素ガスは、第一電極10aを通過して電解セル本体80の内部に入り、ガス回収管64bより回収される。
【0106】
電解セル本体80の近傍には熱電対93を設置して電解液110の温度を測定可能としている。
【0107】
ここで、本実施形態の第一電極10a(炭素電極10)は、重力方向に立設されて電解液110に浸漬されている。また、炭素電極10のうち、電解セル本体80より露出した領域の全面が電解液110に浸漬されている。このため、炭素電極10の下端の液圧は、上端の液圧よりも高い。
【0108】
図7は、本実施形態のフッ素ガス生成装置100に好適に用いられる炭素電極10の変形例を模式的に示す平面図である。本変形例の炭素電極10は、複数のうち少なくとも一部の凹穴24の開口幅が、電解液110への浸漬深さに応じて小さく形成されている。図7に示す本実施形態の様に、凹穴24の開口幅に関わらず、各凹穴24の中心間距離を互いに等しくして、均一な数密度で凹穴24を形成しても良い。または、凹穴24の開口幅を小さくするに従い、各凹穴24の中心間距離を短くして、すなわち数密度を増加させて凹穴24を形成しても良い。
また、本変形例の凹穴24もまた、炭素電極10を厚さ方向に貫通する貫通孔である。
【0109】
本変形例の炭素電極10は、同図の上下方向を電解液110の深さ方向に一致させて電解液110に浸漬される。そして、多数の凹穴24は、炭素電極10の下端から上端に向かって拡径するように配置されている。
なお、図7は模式図であり、上下に隣接する凹穴24の径の比率を誇張して図示している。
【0110】
ここで、上記の式(4)の左辺において、気相の圧力Pは電解セル本体80の内部でほぼ一定であるのに対し、電解液110の圧力Pはその深さにほぼ比例して大きくなる。一方、本変形例の炭素電極10は、電解液110への浸漬深さが大きい下部領域の凹穴24ほど、式(4)の右辺の開口幅wが小さい。このため、浸漬深さの大きい下部領域でも、また浸漬深さの小さい上部領域でも、凹穴24におけるP−Pを、式(4)で表されるヤング・ラプラス圧以下とすることができる。言い換えると、浸漬深さの小さい炭素電極10の上部領域では、凹穴24の開口幅を大きくしてフッ素ガスの通過の抵抗を下げその結果フッ素ガス流量を大きくできる。また、浸漬深さの大きい炭素電極10の下部領域では、凹穴24の開口幅を小さくして、液圧の高い電解液110が凹穴24に浸入することを防止する。これにより、炭素電極10で生成されたフッ素ガスが炭素電極10を通過する流路を十分に確保し、フッ素ガスが電解液110に滞留することを防止する。
特に、炭素電極10の上部領域を給電点とした場合に、この効果が顕著に発揮される。なぜならば、炭素電極10の内部における電圧降下により、炭素電極10の上部領域は下部領域と比較して印加電圧および印加電流が大きくなり、炭素電極10の上部領域に位置する凹穴24の近傍でフッ素ガスが支配的に生成されることに起因する。このため、上部領域の凹穴24の開口幅を大きくしてフッ素ガスの流路を大きくすることが有効である。
【0111】
電解液110に対し、炭素電極10の穴加工部26の上端の浸漬深さは数mmから数十mm程度とし、下端の浸漬深さは数十mmから200mm程度とするとよい。
また、図7では正方格子状に凹穴24を配置しているが、これに限らず、千鳥格子状に配置してもよく、またランダム配置してもよい。凹穴24の形状も、図示のように円形とするほか、星形多角形などの多角形としてもよい。
【実施例】
【0112】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
【0113】
(実施例1)
以下のようにして、図1に示した炭素電極10、および図6に示したフッ素ガス生成装置100の実験装置を作製し、通電実験を行った。以下、要素名の符号は上記実施形態の説明に対応するものである。
【0114】
(1)図1に示したように、ポリイミド板(宇部興産社製 UPLEX ADシート 20mm×20mm,厚さ500μm)の中央部の穴加工部(13mm×13mm)に、複数の微細孔(凹穴)を300μmピッチで60°千鳥状に穴あけ加工をした。穴あけ加工は、直径120μmのドリル(サイトウ製作所製 超硬ソリッドルーマドリルADR−0.12)を用いて、ポリイミド板を貫通させて行った。
【0115】
(2)(1)で作成した多孔加工されたポリイミド板を、2枚の黒鉛板(150mm×150mm×30mm)に挟んで、オーブンで焼成した。アルゴンで十分置換し、アルゴン気流下(1L/分)で加熱昇温し、5℃/minの昇温速度で加熱し2000℃に昇温した。その温度で1時間保って焼成した後、加熱を停止し自然冷却し、200℃まで冷却してから取り出し、多孔基材(炭素基材)を完成した。
細孔を形成していない平坦部28(図2を参照)の算術平均高さを、市販の表面形状測定装置(アルバック(株)製 触針式表面形状測定装置Dektak)を用いて80μm/sの速度で測定したところ、0.05μmであった。
【0116】
(3)(2)で作成した炭素基材20の表面を粒径4nmのダイヤモンド粒子を用いて核付けした。この炭素基材20をCVDチャンバーに入れ、下記の合成ガスを供給して、熱フィラメント法により炭素基材20の主面にダイヤモンド層30を皮膜形成した。
【0117】
合成ガスは、水素:150cc/min、メタン:1.5cc/min、トリメチルボロン:3000ppmの混合ガスとし、CVDチャンバー内の圧力を50Torrとした。なお、ここでいうトリメチルボロンの濃度は、メタンガスのモル数に対するトリメチルボロンのモル数であり、炭素原子に対するホウ素の比を意味している。
また、フィラメント温度は2000℃、CVDチャンバーにおける炭素基材20の背面の温度は600℃であった。
【0118】
この条件で、CVD操作を8時間おこなった後、炭素基材20をCVDチャンバーより取り出した。
【0119】
ラマンスペクトル法により、炭素基材20にダイヤモンド層30が析出していることを確認した。また、作製された炭素電極10の断面の電子顕微鏡写真から、ダイヤモンド層30は約10μmの層厚さで析出しており、また、穴内壁には約100μmの深さまで析出していたことが確認された。また、かかる炭素電極10を超音波洗浄器に掛けても、ダイヤモンド層30の剥離は発生しなかった。
【0120】
つぎに、上記で作成された炭素電極10を電解セル本体80(図5を参照)に装着し、これを図6の電解槽92に貯留したKF・2HF溶融塩(電解液110)に浸漬して電気分解実験を行った。
【0121】
電解セル本体80はフッ素樹脂(PTFE)を機械加工して作成した。押さえ板74の開口部76の窓寸法は10mm×10mmとした。すなわち、電解液110に浸漬される炭素電極10の面積は1cmとした。そして、開口部76より露出する凹穴24の最下部が30mmの浸漬深さとなるよう、炭素電極10を電解液110に浸漬した。開口部76より露出する凹穴24の最上部は、約20mmの浸漬深さである。
【0122】
給電部材43には通電用ワイヤー(図示せず)を接続し、外部に設置した直流電源装置により通電した。
図6に示したように、電解槽92には、電解セル本体80の内部とそれぞれ連通するキャリア導入管64aとガス回収管64bとを設けた。
第二電極(カソード電極)10bには、φ6mmのニッケル棒を用いた。第一電極10aのダイヤモンド層30と第二電極10bとの最短距離は30mmとした。
【0123】
フッ素ガス生成装置100の実験装置は、100℃に調整したオイルバスに浸した。また、キャリア導入管64a、65aには窒素ガスを10mL/minの流速でそれぞれ流通させた。そして、電解セル90の通電用ワイヤーと直流電源の陽極、および第二電極10bと陰極をそれぞれ接続し、電気分解実験を行った。
【0124】
実施例1の結果を図8に示す。図8は、炭素電極10と第二電極10bとに直流電流を印加した場合の電流密度の測定結果を表すグラフである。
【0125】
同図の結果より、表面をダイヤモンド層で被覆した本実施例の炭素電極は、印加電圧が4.0Vから6.5Vの全域において、比較例の炭素電極(炭素基材)に比べて電流密度が向上したことが分かった。6.5Vにて電解を継続したところ、5日間に渡って250mA/cm以上の電流密度で安定して電解が継続し、フッ素ガスを発生させ続けることができた。
【0126】
(実施例2)
電解セル90において、給電部材43と炭素電極10との間に、50メッシュ(線径0.15mm)のニッケル金網を高導電部44として挟み込んで電気分解実験を行った以外は、実施例1と同様にして実験した(図5を参照)。
【0127】
実施例2の結果を、図8にあわせて示す。結果より、4.5V以上において、実施例1に比べても電流密度が向上したことが分かった。ニッケル金網を挟むことで電極全体の電気伝導率が向上したためであると考えられる。7.0Vにて電解を継続したところ、5日間に渡って500mA/cm以上の電流密度で安定して電解が継続し、フッ素ガスを発生させ続けることができた。
【0128】
(実施例3)
ポリイミド基板に多孔加工をした後に、800番の耐水ペーパーで表面を研磨した以外は、実施例1と同様に実験した。ポリイミド基板を2000℃で焼成した後、多孔加工していない部分の算術平均高さを、アルバック(株)製 触針式表面形状測定装置Dektakを用いて80μm/sの速度で測定したところ、0.32μmであった。
【0129】
また、ダイヤモンド層を形成した後、炭素電極をアセトン溶液に浸漬して超音波洗浄器に掛けたところ、ダイヤモンド層の剥離は見られず密着性は良好であった。電解結果は、実施例1とほぼ同等であり、良好であった。
【0130】
(比較例1)
炭素電極として、ダイヤモンド層を形成する前の炭素基材を用いた以外は、実施例1と同様にして実験した。
比較例1の結果を、図8にあわせて示す。結果より、6.7Vを印加した時、300mA/cmの電流密度を示した。しかしながら、比較例1の場合、通電開始から1時間後には40mA/cmまで電流密度が低下した。また、7.0Vにて電解を継続したところ、5日間に渡って電解が継続しフッ素ガスを発生させ続けることができたが、電流密度は30mA/cm程度と低かった。
【0131】
以上の実施例および比較例から、本発明のガス生成用炭素電極を備えたフッ素ガス生成装置によれば、高い電流密度により長期間に亘って安定した電気分解が可能であることが実証された。これは、多数の凹穴を形成した平坦な炭素基材に対してダイヤモンド層を被着形成したことによる、ダイヤモンド層の密着性の良さに起因するものと考えられる。
【符号の説明】
【0132】
10 炭素電極
10a 第一電極
10b 第二電極
20 炭素基材
21、22 主面
24 凹穴
25 内壁面
26 穴加工部
27 帯状領域
28 平坦部
29 周縁
291 凸部
292 凹部
293 コーナー部
30 ダイヤモンド層
40 給電手段
41 直流電源
42 配線
43 給電部材
44 高導電部
45 開口部
46 給電点
60 液体流路
62 送液手段
64、65 回収路
64a、65a キャリア導入管
64b、65b ガス回収管
66 ブロア
70 ガスケット
71、75、81 ボルト穴
72 開口部
74 押さえ板
76 開口部
78 緊締具
80 電解セル本体
90 電解セル
92 電解槽
93 熱電対
100 フッ素ガス生成装置
110 電解液
130 気相

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素材料からなり複数の凹穴が主面に形成された炭素基材と、前記凹穴が形成された前記主面から前記凹穴の内壁面の少なくとも一部の深さ位置に亘って前記炭素基材の表面に形成された導電性のダイヤモンド層と、を含むガス生成用炭素電極と、
前記ガス生成用炭素電極に電流を供給する給電手段と、
を備え、前記ダイヤモンド層に接して供給されたフッ素系の電解液を電気分解して前記ガス生成用炭素電極でフッ素ガスを生成するフッ素ガス生成装置。
【請求項2】
前記主面における前記凹穴の非形成領域の算術平均粗さが、0.01μm以上0.50μm以下である請求項1に記載のフッ素ガス生成装置。
【請求項3】
前記凹穴が、開口幅を1μm以上1000μm以下とする止まり穴または貫通孔である請求項1または2に記載のフッ素ガス生成装置。
【請求項4】
前記凹穴の開口形状が星形多角形である請求項1から3のいずれか一項に記載のフッ素ガス生成装置。
【請求項5】
前記ガス生成用炭素電極は、前記複数のうち少なくとも一部の前記凹穴の開口幅が、前記電解液への浸漬深さに応じて小さく形成されていることを特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載のフッ素ガス生成装置。
【請求項6】
前記凹穴が、前記炭素基材の前記主面から裏面側に向かって拡径している請求項1から5のいずれか一項に記載のフッ素ガス生成装置。
【請求項7】
前記凹穴が、前記炭素基材を厚さ方向に貫通する貫通孔である請求項1から6のいずれか一項に記載のフッ素ガス生成装置。
【請求項8】
前記ダイヤモンド層に接した状態で前記電解液を貯留する液体流路と、前記液体流路に所定の供給圧で前記電解液を供給する送液手段と、をさらに含み、
前記貫通孔が、前記供給圧の前記電解液を通過させず前記フッ素ガスを通過させる開口幅である請求項7に記載のフッ素ガス生成装置。
【請求項9】
前記ガス生成用炭素電極は、前記電解液に接しない側の主面に、前記炭素基材よりも導電性の高い材料からなり前記貫通孔を少なくとも部分的に露出させて設けられた高導電部をさらに備える請求項8に記載のフッ素ガス生成装置。
【請求項10】
前記高導電部における前記主面の面内方向の電気抵抗が、前記高導電部への給電点からの距離に応じて小さくなっていることを特徴とする請求項9に記載のフッ素ガス生成装置。
【請求項11】
前記ダイヤモンド層の厚さが、1μm以上20μm以下である請求項1から10のいずれか一項に記載のフッ素ガス生成装置。
【請求項12】
互いに隣接する前記凹穴の近接縁同士の距離が3mm以下である請求項1から11のいずれか一項に記載のフッ素ガス生成装置。
【請求項13】
前記電解液がフッ化水素を含む溶融塩であり、前記ガス生成用炭素電極が陽極である請求項1から12のいずれか一項に記載のフッ素ガス生成装置。
【請求項14】
炭素材料からなり複数の凹穴が主面に形成された炭素基材と、前記凹穴が形成された前記主面から前記凹穴の内壁面の少なくとも一部の深さ位置に亘って前記炭素基材の表面に形成された導電性のダイヤモンド層と、を含むガス生成用炭素電極を用いて、フッ素系の電解液を電気分解してフッ素ガスを生成する方法であって、
前記ダイヤモンド層に接して所定の供給圧で前記電解液を供給する給液工程と、
前記炭素基材を通じて前記ダイヤモンド層に通電し、前記電解液を電気分解してフッ素ガスを生成する通電工程と、を含み、
前記給液工程にて前記凹穴に浸入する前記電解液の液面が、前記凹穴の前記深さ位置よりも浅いことを特徴とするフッ素ガス生成方法。
【請求項15】
フッ素系の電解液を電気分解してフッ素ガスを生成する電極であって、
炭素材料からなり複数の凹穴が主面に形成された炭素基材と、前記凹穴が形成された前記主面から前記凹穴の内壁面の少なくとも一部の深さ位置に亘って前記炭素基材の表面に形成された導電性のダイヤモンド層と、を含むガス生成用炭素電極。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−231352(P2011−231352A)
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−100685(P2010−100685)
【出願日】平成22年4月26日(2010.4.26)
【出願人】(000005887)三井化学株式会社 (2,318)
【Fターム(参考)】