説明

フツリン酸ガラス、近赤外線吸収フィルター、光学素子および半導体イメージセンサー用ガラス窓

【課題】熱的安定性に優れ、高品質なガラス成形品を安定供給可能なフツリン酸ガラスを提供すること。
【解決手段】カチオン成分として、P5+を30〜50カチオン%、Zn2+を30〜50カチオン%、Na+を10〜30カチオン%、Li+を0〜7カチオン%、K+を0〜7カチオン%、Ba2+を0〜2カチオン%、含むフツリン酸ガラスであって、P5+の含有量に対するO2-の含有量のモル比(O2-/P5+)が3.4以上、かつF-とO2-との合計含有量に対するF-の含有量のモル比(F-/(F-+O2-))が0.05以上であるフツリン酸ガラス。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学フィルター、レンズなどの材料として好適なフツリン酸ガラスに関するものである。
更に本発明は、上記フツリン酸ガラスからなる近赤外線吸収フィルター、光学素子および半導体イメージセンサー用ガラス窓に関する。
【背景技術】
【0002】
近赤外線領域の光に対して吸収性を有するガラス(近赤外線吸収ガラス)は、近赤外線吸収フィルター、光学素子、半導体イメージセンサー用ガラス窓等として、様々な分野で広く用いられている。例えば、CCD、CMOSなどのイメージセンサーの色感度補正用フィルターには、銅イオン含有のフツリン酸ガラスからなる近赤外線吸収ガラスが用いられている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平3−232735号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、フツリン酸ガラスは熱的安定性に乏しく、融液状態および比較的低温のいずれにおいても結晶化しやすいという性質を有する。そのため、フツリン酸ガラスからなるガラス成形品を製造する際には、熔融ガラス成形時や成形品をアニールする過程でガラスが失透しやすい。また、従来のフツリン酸ガラスは高温で著しい揮発性を示すため熔融時に揮発成分が多量に発生し、ガラス成形品の安定供給を困難にしていた。
したがって、フツリン酸ガラスから、近赤外線吸収フィルター、光学素子、半導体イメージセンサー用ガラス窓といったガラス成形品を得る際には、失透を起こすことなく高品質なガラス成形品を安定供給することが課題となっている。
【0005】
そこで本発明の目的は、熱的安定性に優れ、高品質なガラス成形品を安定供給可能なフツリン酸ガラスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記目的を達成するために鋭意検討を重ねた結果、カチオン成分としてP5+、Zn2+、Na+が所定の割合で共存する組成を有するフツリン酸ガラスの熱的安定性が優れていること、さらに、P5+とO2-の含有比を制御することによりフツリン酸ガラス特有の高温での著しい揮発性を抑制することができること、を新たに見出した。
本願発明者は、上記知見に基づき更に検討を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【0007】
即ち、上記目的は、下記手段により達成された。
[1]カチオン成分として、
5+を30〜50カチオン%、
Zn2+を30〜50カチオン%、
Na+を10〜30カチオン%、
Li+を0〜7カチオン%、
+を0〜7カチオン%、
Ba2+を0〜2カチオン%、
含むフツリン酸ガラスであって、
5+の含有量に対するO2-の含有量のモル比(O2-/P5+)が3.4以上、かつF-とO2-との合計含有量に対するF-の含有量のモル比(F-/(F-+O2-))が0.05以上であるフツリン酸ガラス。
[2]Zn2+の含有量に対するP5+の含有量のモル比(P5+/Zn2+)が0.7〜1.3の範囲である[1]に記載のフツリン酸ガラス。
[3]P5+、Zn2+およびNa+の合計含有量が80カチオン%以上である[1]または[2]に記載のフツリン酸ガラス。
[4]Cu2+を1〜7カチオン%含み、P5+の含有量に対するO2-の含有量のモル比(O2-/P5+)が3.6以下である[1]〜[3]のいずれかに記載のフツリン酸ガラス。
[5]Uの含有量が5ppb以下、Thの含有量が5ppb以下である[1]〜[4]のいずれかに記載のフツリン酸ガラス。
[6][1]〜[5]のいずれかに記載のフツリン酸ガラスからなる近赤外線吸収フィルター。
[7][1]〜[5]のいずれかに記載のフツリン酸ガラスからなる光学素子。
[8][1]〜[5]のいずれかに記載のフツリン酸ガラスからなる半導体イメージセンサー用ガラス窓。
[9][1]〜[5]のいずれかに記載のフツリン酸ガラスの製造方法であって、
上記ガラスを得るための成分を調合することによりガラス原料を作製すること、
作製したガラス原料を加熱することにより熔融ガラスを作製すること、
作製した熔融ガラスを成形すること、
を含み、前記成分の少なくとも1つとして硫酸塩を使用することを特徴とする、前記製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、熱的安定性に優れ、高品質なガラス成形品を安定供給可能なフツリン酸ガラスを提供することができる。更に本発明によれば、高品質な近赤外線吸収フィルター、光学素子および半導体イメージセンサー用ガラス窓を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[フツリン酸ガラス]
本発明のフツリン酸ガラスは、カチオン成分として、P5+を30〜50カチオン%、Zn2+を30〜50カチオン%、Na+を10〜30カチオン%、Li+を0〜7カチオン%、K+を0〜7カチオン%、Ba2+を0〜2カチオン%
含み、P5+の含有量に対するO2-の含有量のモル比(O2-/P5+)が3.4以上、かつF-とO2-との合計含有量に対するF-の含有量のモル比(F-/(F-+O2-))が0.05以上であるフツリン酸ガラスである。
以下、本発明のフツリン酸ガラスについて、更に詳細に説明する。以下において、特記しない限り「%」とは、「カチオン%」を意味するものとする。
【0010】
5+は、ガラスのネットワーク形成成分であり、その含有量が30カチオン%未満であるとガラス化が困難になり、50カチオン%を超えると後述するモル比(O2-/P5+)が減少し、高温での揮発性が増大してしまう。したがって、P5+の含有量を30〜50カチオン%の範囲とする。上記観点から、P5+の含有量の好ましい下限は35%、より好ましい下限は37%であり、P5+の含有量の好ましい上限は45%、より好ましい上限は43%である。
【0011】
Zn2+は、P5+およびNa+と共存することによりガラスの熱的安定性を飛躍的に向上させる働きをする。Zn2+の含有量が30カチオン%未満であっても、50カチオン%を超えても、上述の効果を得ることが困難になる。したがって、Zn2+の含有量を30〜50カチオン%の範囲とする。上記観点から、Zn2+の含有量の好ましい下限は32%、より好ましい下限は35%であり、Zn2+の含有量の好ましい上限は45%、より好ましい上限は43%、さらに好ましい上限は40%である。
【0012】
Na+も、P5+およびZn2+と共存することによりガラスの熱的安定性を飛躍的に向上させる働きをする。Na+の含有量が10カチオン%未満であっても、30カチオン%を超えても、上述の効果を得ることが困難になる。したがって、Na+の含有量を10〜30カチオン%の範囲とする。上記観点から、Na+の含有量の好ましい下限は14%、より好ましい下限は15%であり、Na+の含有量の好ましい上限は25%、より好ましい上限は23%である。
【0013】
Li+、K+、Ba2+は、少量でもガラスの熱的安定性を低下させやすい成分であるため、熱的安定性を確保するために、Li+の含有量を0〜7カチオン%、K+の含有量を0〜7カチオン%、Ba2+の含有量を0〜2カチオン%の範囲にそれぞれ制限する。
Li+、K+、Ba2+の中で、K+は、ガラス熔融時の蒸気圧が高く、好ましくない揮発を助長し、また耐候性も悪化させるため、揮発性の抑制および耐候性向上の観点からも、その含有量を上記のように制限する。
Ba2+は摩耗度、熱膨張係数を増加させる働きをするため、ガラスの加工性を低下させてしまう。こうした理由からも、Ba2+の含有量を上記範囲に制限する。
【0014】
上記観点から、Li+の含有量の好ましい範囲は0〜6%、より好ましい範囲は0〜5%、さらに好ましい範囲は0〜4%であり、K+の含有量の好ましい範囲は0〜6カチオン%、より好ましい範囲は0〜5%、さらに好ましい範囲は0〜4%であり、Ba2+の含有量の好ましい範囲は0〜1.5%、より好ましい範囲は0〜1.0%、さらに好ましい範囲は0〜0.5%である。
【0015】
フツリン酸ガラスの揮発性は、ガラスの熔融過程で原料に由来するメタリン酸とフッ素が反応して揮発性の高いフッ化ホスホリル(POF3)が発生することに起因すると考えられる。熔融ガラス中のリン1原子当たりの酸素原子の原子比は、通常のフツリン酸ガラスの製造ではメタリン酸原料を使用するので3程度であるが、P5+の含有量に対するO2-の含有量のモル比O2-/P5+を増加させていくと揮発性が減少することが、本願発明者により新たに見出された。これは、熔融ガラス中に存在するリン酸として、リン(P5+)1原子に対する酸素(O2-)原子数の比(酸素原子/リン原子)が3であるメタリン酸よりも、リン(P5+)1原子に対する酸素(O2-)原子数の比(酸素原子/リン原子)が3.5である2リン酸の方が安定であるためと考えられる。
したがって、揮発性を極めて低レベルに抑える上から、モル比O2-/P5+を3.5以上(酸素原子/リン原子≧3.5)にすることが好ましいが、モル比O2-/P5+を3.4以上に調整、コントロールすることによっても、揮発成分の発生量を、製造を困難にしない程度まで減少させることができるため、本発明のフツリン酸ガラスでは、モル比O2-/P5+を3.4以上とする。モル比O2-/P5+を3.4以上とすることにより、ガラスの揮発性に加えてと侵蝕性も抑制することができる。なお、上記観点から、モル比O2-/P5+の好ましい範囲は3.45以上、より好ましい範囲は3.48以上、さらに好ましい範囲は3.50以上である。モル比O2-/P5+の上限は特に限定されないが、O2-の含有量が過剰になって、F-の含有量が不足したり、P5+の含有量が不足する事態を避ける上から、モル比O2-/P5+を3.8以下とすることが好ましく、3.75以下とすることがより好ましく、3.7以下とすることがさらに好ましく、3.6以下にすることが一層好ましい。
【0016】
フツリン酸ガラスの主要アニオン成分は、F-およびO2-である。このうち、O2-の含有量は、本発明のフツリン酸ガラスではモル比O2-/P5+を3.4以上にすることにより規定される。F-の含有量については、ガラス化を容易にするとともに、耐候性を改善する上から、F-およびO2-の合計含有量に対するF-の含有量のモル比(F-/(F-+O2-))が0.05以上となるように規定する。
モル比O2-/P5+を3.4以上にする上から、モル比(F-/(F-+O2-))の上限を0.4とすることが好ましく、0.3とすることがより好ましく、0.2とすることがさらに好ましい。
【0017】
本発明のフツリン酸ガラスには、熔融ガラス流出時のガラス流出管外周へのガラスの濡れ上がりを抑制し、高品質のガラスを成形しやすくするため、I-、Br-、Cl-などのハロゲンを添加してもよい。その場合には、I-およびBr-、Cl-の合計含有量を1アニオン%以下にすることが好ましい。
上記のように、本発明のフツリン酸ガラスの主要アニオン成分は、F-およびO2-であるため、F-およびO2-の合計含有量を95アニオン%以上にすることが好ましく、97アニオン%以上にすることがより好ましく、98アニオン%以上にすることがさらに好ましく、99アニオン%以上にすることが一層好ましく、99.5アニオン%以上にすることがより一層好ましく、100アニオン%さらに一層好ましい。
【0018】
5+、Zn2+の共存による熱的安定性向上効果は、Zn2+の含有量に対するP5+の含有量のモル比(P5+/Zn2+)が0.7〜1.3の範囲で顕著になり、0.8〜1.2の範囲でより顕著になる。したがって、モル比(P5+/Zn2+)を0.7〜1.3の範囲にすることが好ましく、0.8〜1.2の範囲にすることがさらに好ましい。熱的安定性向上効果は、P5+、Zn2+の各含有比(モル比)が1:1近辺で特に顕著になる。
【0019】
各成分のモル比については、熱的安定性向上の観点からZn:Pは1:1であることが望ましく、揮発抑制の観点からO:Pが3.5:1であることが望ましいことから、Zn:P:Oが2:2:7の比率もしくはこの比率に近い範囲で各成分が存在していることが好ましいことになる。これは、化学量論的には二リン酸亜鉛に相当する。したがって本発明のフツリン酸ガラスは、ガラス原料として二リン酸亜鉛を使用することにより作製することが好ましい。ただし二リン酸亜鉛だけではガラス化しないため、ガラス化のためにはNaとFとの添加が必要となる。したがって本発明のフツリン酸ガラスは、二リン酸亜鉛にNaFを加えた組成を基本とし、その上で、各成分量をバランスさせて、所要の作用、効果が得られるように、上記範囲内に組成が定められている。
【0020】
本発明のフツリン酸ガラスは、P5+、Zn2+、Na+、O2-、F-を基本成分とし、その他の成分量を増加させると、急激に熱的安定性が低下してガラス化が困難になる傾向を示す。そのためカチオン成分としては、P5+、Zn2+およびNa+の合計含有量を80カチオン%以上にすることが好ましく、90カチオン%以上にすることがより好ましい。
その他、カチオン成分としてAl3+、Mg2+、Ca2+、Sr2+を導入することもできる。その場合、良好な熱的安定性を維持する上から、Al3+の含有量を0〜10カチオン%、Mg2+の含有量を0〜10カチオン%、Ca2+の含有量を0〜10カチオン%、Sr2+の含有量を0〜10カチオン%の各範囲にとどめることが好ましい。なお、上記観点から、Al3+の含有量を0〜5カチオン%の範囲とすることがより好ましく、0〜3カチオン%の範囲とすることがさらに好ましく、Al3+を含有させなくてもよい。Mg2+の含有量のより好ましい範囲は0〜7カチオン%、さらに好ましい範囲は0〜4カチオン%であり、Mg2+を含有させなくてもよい。Ca2+の含有量のより好ましい範囲は0〜7カチオン%、さらに好ましい範囲は0〜4カチオン%であり、Ca2+を含有させなくてもよい。Sr2+の含有量のより好ましい範囲は0〜7カチオン%、さらに好ましい範囲は0〜4%であり、Sr2+を含有させなくてもよい。
【0021】
その他、導入が好ましいない成分としては、環境への悪影響が懸念されるPb、As、Cd、Crなどがあり、これら成分の導入は避けるべきである。また、本発明のフツリン酸ガラスは、後述の理由からAs、Sbを含まないガラスであることができる。
【0022】
なお、本発明のフツリン酸ガラスには、Cu2+を導入することができる。Cu2+を導入することによって優れた近赤外線吸収特性を付与することができ、これにより半導体イメージセンサーの色感度補正フィルター用に適したガラスを得ることができる。Cu2+を含有する態様において、Cu2+の含有量は1〜7カチオン%の範囲とすることが好ましい。Cu2+の含有量が1カチオン%未満では十分な近赤外線吸収効果を得ることが難しく、7カチオン%を超えると十分な可視光透過率を確保するには、フィルターの厚みを著しく薄くしなければならず、機械的強度の維持が難しくなるからである。上記観点から、Cu2+の含有量の好ましい下限は2カチオン%であり、Cu2+の含有量の好ましい上限は6カチオン%、より好ましい上限は5カチオン%、さらに好ましい上限は4カチオン%である。
【0023】
近赤外線吸収フィルターは、波長615nmにおける外部透過率が50%になる厚みにおいて、近赤外線を十分カットしつつ、可視域の透過率、特に波長400nmにおける透過率を高くすることが望まれる。良好な特性を有する近赤外線吸収ガラスは通常、青色を呈するが、波長400nmにおける透過率が低下すると緑色を呈するようになる。これは、Cuイオンの価数変化によると考えられるが、こうしたCuの価数変化を抑制する上で、P5+の含有量に対するO2-の含有量のモル比(O2-/P5+)を3.6以下にすることが有効である。したがって、Cu2+を含む態様において、モル比(O2-/P5+)を3.6以下にすることが好ましい。
【0024】
上記Cu2+を含有する態様において、波長615nmにおける外部透過率が50%になる厚みは0.5〜1.5mmであることが好ましい。波長615nmでの外部透過率が50%になる厚みにおいて、波長400nmにおける外部透過率が70%以上であることが好ましく、80%以上であることがより好ましい。また、上記厚みでの波長1200nmにおける外部透過率が35%以下であることが好ましく、30%以下であることがより好ましい。上記特性を有するガラスであれば、近赤外線吸収フィルターとして好適である。
ここで外部透過率とは、互いに平行な光学研磨を施した平面を有する試料に、前記光学研磨を施した平面の一方に垂直に入射する光の強度Iinと、試料を透過し光の強度IoutによりIout/Iinによって表される量であり、試料表面における反射損失も含む透過率である。
【0025】
本発明のフツリン酸ガラスは、優れた熱的安定性に加え、フツリン酸ガラスの中では、比較的、摩耗度が小さく、熱膨張係数も小さいため、優れた加工性を有する。
【0026】
本発明の好ましい態様の一つは、Uの含有量が5ppb以下、Thの含有量が5ppb以下のガラスである。このガラスは、U、Thといったアルファ線源となる放射性物質の混入量が極めて低レベルに抑制されているので、アルファ線放射によるソフトエラーが問題になるCCDやCMOSなどの半導体イメージセンサーの窓用ガラス、すなわち、カバーガラスとして好適である。
U、ThはBa原料に混入しやすいため、Baを必須成分としない本発明のフツリン酸ガラスは、U、Thの混入抑制が容易であり、低アルファ線化に適している。すなわち、低アルファ線化を行う上からもBa2+の含有量を上記の範囲に制限することが好ましい。
なお、低アルファ線化にあたり、Baの使用量制限のほか、各ガラス原料に超高純度のものを使用し、ガラス熔融ルツボもU、Thを含まないものを使用して、不純物としてU、Thが極力混入しないようにガラスを製造すべきである。
【0027】
本発明のフツリン酸ガラスは、ガラス転移温度も低く、精密プレス成形によって大口径レンズなどの光学素子を作製することもできる。
Cuを含有するフツリン酸ガラスを低アルファ線化することにより、一つの部品で、近赤外線吸収フィルター機能とイメージセンサーのカバーガラスの機能が得られ、部品点数の省略に有効であるほか、撮像光学系のコンパクト化にも有効である。
【0028】
[フツリン酸ガラスの製造方法]
更に本発明は、本発明のフツリン酸ガラスの製造方法に関する。本発明のフツリン酸ガラスの製造方法は、上記ガラスを得るための成分を調合することによりガラス原料を作製すること、作製したガラス原料を加熱することにより熔融ガラスを作製すること、作製した熔融ガラスを成形すること、を含み、前記成分の少なくとも1つとして硫酸塩を使用することを特徴とするものである。
【0029】
上記ガラス原料を得るための成分としては、本発明のフツリン酸ガラスにおける必須成分であるP、Zn、Na、F、Oを導入するための成分と、他の任意成分を導入するための成分とを使用するが、これら成分の少なくとも1つとして硫酸塩が使用される。本発明のフツリン酸ガラスは、概ね900℃付近または900℃以下で熔融可能である。硫酸塩は、熔融過程の高温から低温までの広い温度範囲で徐々に分解し、清澄機能を発揮するため、本発明のフツリン酸ガラスにおいては、非常に優れた清澄性を示す成分である。したがってガラス原料に硫酸塩を導入することにより、泡の残留が低減ないしは抑制され可視光領域の光に対して優れた透過性を有する、光学的に均質なガラスを得ることが可能となる。また、硫酸塩を導入することにより強力な清澄効果を有するAsやSbを添加しなくても十分な清澄を行うことができる。したがって、毒性を有するAsや環境への影響が考えられるSnを添加せずに高品質のガラスを製造することができる。
【0030】
上記ガラス成分は、硫酸塩とともに前記した理由から二リン酸亜鉛を含むことが好ましい。また、上記硫酸塩は、例えば硫酸ナトリウムであることができるが、これに限定されるものではない。
【0031】
本発明の製造方法におけるガラスの加熱、熔融および成形は公知の方法により実施することができる。
【0032】
[近赤外線フィルター]
本発明の近赤外線吸収フィルターは、上記フツリン酸ガラスからなる。近赤外線吸収フィルターの代表的な態様は、フツリン酸ガラスを熔融、成形し、アニールした後、板状にスライスし、両面を光学研磨し、作製されるものである。フィルターの厚みは、波長615nmにおける外部透過率が50%になる厚さとすることが、CCD、CMOSなどの半導体イメージセンサーの色感度を補正する上から望ましい。フィルター表面には、反射防止膜(可視域における反射防止)や、近赤外線の遮断機能を高めるため、近赤外線反射膜などをコーティングしてもよい。本発明の近赤外線吸収フィルターは、CCDやCMOSなどの半導体イメージセンサーの色感度補正用として好適である。
【0033】
[光学素子]
本発明の光学素子は、上記フツリン酸ガラスからなる。光学素子としては、球面レンズ、非球面レンズ、プリズムなどを例示することができる。球面レンズの作製法には、ガラスを加工して、プレス用素材を作り、この素材を加熱、軟化し、プレス成形してレンズに近似した形状にし、研削、研磨する方法や、熔融ガラスをプレス成形型上に供給し、ガラスが軟化状態にある間にプレス成形し、成形品を研削、研磨する方法などがある。非球面レンズの作製法には、精密プレス成形用プリフォームと呼ばれるプレス用素材を作り、このプリフォームを加熱、プレス成形型を用いて精密プレス成形する方法などがある。
プリズムは、プレス成形品を研削、研磨するなどして作ることができる。
光学素子表面には、反射防止膜などのコーティングを施してもよい。
【0034】
[半導体イメージセンサー用ガラス窓]
本発明の半導体イメージセンサー用ガラス窓は、上記フツリン酸ガラスからなる。半導体イメージセンサー用ガラス窓は、カバーガラスとも呼ばれるが、半導体イメージセンサーの受光面に極めて接近した位置に固定されるため、ガラス中にU、Thといった放射線源(特にアルファ線源)が含まれていると、そこから発生した放射線がイメージセンサーに入射し、ソフトエラーなどの不具合を発生させる。こうした不具合を解消する上から、U、Thの含有量(混入量)を極めて低レベルに抑えたカバーガラスが望まれる。本発明のフツリン酸ガラスは、先に説明したようにU、Thの含有量を低減することが可能であるため、カバーガラスとして好適である。
本発明の半導体イメージセンサー用ガラス窓の好ましい態様によれば、ガラス窓を構成するフツリン酸ガラス中に含まれるU、Thの含有量が各々、5ppb以下であるので、ソフトエラーなどの不具合は発生しない。更に、ガラス窓として、上記Cuを含む近赤外線吸収ガラスを使用することにより、カバーガラスと色感度補正用フィルターを一つの部品にすることができる。
【実施例】
【0035】
以下、本発明を実施例により更に説明するが、本発明は実施例に示す態様に限定されるものではない。
【0036】
(実施例1〜20)
表1に示す実施例1〜20の各ガラス組成が得られるように、二リン酸亜鉛などのリン酸塩や、硫酸ナトリウムなどの硫酸塩、フッ化ナトリウムなどのフッ化物といった原料を調合し、白金坩堝に投入して、900℃で、攪拌しながら2〜3時間かけて原料を加熱、熔解し、清澄、均質化し、均質なガラス融液を得た後、ガラス融液、すなわち、熔融ガラスを鋳型に鋳込んで、実施例1〜20に相当する20種のフツリン酸ガラスを得た。上記工程において、揮発成分の多量の発生によりガラス製造が困難となることはなかった。また、得られたガラスの内部には、結晶の析出や残留泡、異物、脈理は認められなかった。
【0037】
実施例1〜20の各ガラスについて、波長615nmにおける外部透過率が50%になる厚さ、この厚さでの波長400nmにおける外部透過率および波長1200nmにおける外部透過率を表1に示す。
【0038】
【表1】


【0039】
表1に示すように、実施例のガラスはいずれも、可視域の透過率が高く、近赤外線のカット機能に優れており、半導体イメージセンサーの色収差補正用フィルターガラスとして好適である。
【0040】
(比較例1〜4)
次に、表1に示す比較例1〜4の各ガラス組成が得られるように、ガラス原料を調合し、上記実施例と同様にガラスを熔解、成形した。
比較例1は、フッ素成分を含まないため、熱的安定性が低く、ガラスを熔解した坩堝の底に結晶の析出が認められた。
比較例2は、Na+の含有量が少ないため、熱的安定性が低く、坩堝中で攪拌中に結晶化した。
比較例3は、Ba2+の含有量が多いため、熱的安定性が低く、坩堝中で攪拌中に結晶化した。
比較例4は、Li+の含有量が多いため、熱的安定性が低く、内部に微小結晶の分散が認められた。
【0041】
(実施例21)
実施例1〜20の各フツリン酸ガラスをアニールした後、板状にスライスした後、両面を光学研磨し、各ガラスからなる近赤外線吸収フィルターを作製した。各フィルターの厚みは、表1に示す波長615nmにおける外部透過率が50%になる厚さとした。フィルター表面には、反射防止膜(可視域における反射防止)や、近赤外線の遮断機能を高めるため、近赤外線反射膜などをコーティングしてもよい。
これら近赤外線吸収フィルターは、CCDやCMOSなどの半導体イメージセンサーの色感度補正用として使用することができる。
【0042】
(実施例22)
次に、ガラス原料として超高純度原料を用い、U、Thが不純物として混入しないように注意を払って、実施例1〜20と同様のフツリン酸ガラスを作製した。なお、熔解条件などは実施例1〜20と同様とした。得られた各ガラス中のU、Thの含有量(混入量)をICP質量分析装置を用いて測定したところ、U、Thとも混入量は5ppb未満であった。
次に、実施例21と同様にしてスライス、両面光学研磨により、平板状の半導体イメージセンサーのパッケージ用カバーガラスを作製した。なお、光学研磨に使用する研磨剤に微量のU、Thが含まれることがあるため、研磨後はガラス表面に研磨剤が残留しないよう、ガラスを十分に洗浄した。このようにして作製したカバーガラスは、近赤外線吸収による色感度補正機能を有する。
上記20種のカバーガラスを、CCDを内蔵したアルミナ製のセラミックパッケージの開口部に装着、固定し、CCD内蔵パッケージを作製した。
同様に、上記20種のカバーガラスを、CMOSを内蔵したアルミナ製のセラミックパッケージの開口部に装着、固定し、CMOS内蔵パッケージを作製した。
次に、上記20種のカバーガラスを、CCDあるいはCMOSを内蔵した樹脂製パッケージの開口部に装着、固定し、イメージセンサー内蔵パッケージを作製した。
いずれの場合にも、色感度補正は良好であり、カバーガラスが放出する放射線に起因するソフトエラーなどの不具合は発生しなかった。
これらのカバーガラスは、近赤外線吸収フィルターとしての役割も果たすため、撮像装置のコンパクト化、部品点数の減少、コスト低減に有効である。
【0043】
(実施例23)
実施例1〜20の各種ガラスを研削、研磨して、精密プレス成形用プリフォームを作製し、加熱、軟化させて、SiC製あるいは超硬製のプレス成形型を用いて精密プレス成形し、上記各ガラスからなる非球面レンズを作製した。
また、実施例1〜20の各種ガラスを研削、研磨して、球面レンズを作製した。フツリン酸ガラスとしては、これら各ガラスの加工性が優れており、比較的容易に高精度のレンズを作製することができる。
このようにして得たレンズの表面には、反射防止膜などのコーティングを施してもよい。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明は、近赤外線吸収フィルター、半導体イメージセンサー用ガラス窓、レンズなどの光学素子の製造分野で有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カチオン成分として、
5+を30〜50カチオン%、
Zn2+を30〜50カチオン%、
Na+を10〜30カチオン%、
Li+を0〜7カチオン%、
+を0〜7カチオン%、
Ba2+を0〜2カチオン%、
含むフツリン酸ガラスであって、
5+の含有量に対するO2-の含有量のモル比(O2-/P5+)が3.4以上、かつF-とO2-との合計含有量に対するF-の含有量のモル比(F-/(F-+O2-))が0.05以上であるフツリン酸ガラス。
【請求項2】
Zn2+の含有量に対するP5+の含有量のモル比(P5+/Zn2+)が0.7〜1.3の範囲である請求項1に記載のフツリン酸ガラス。
【請求項3】
5+、Zn2+およびNa+の合計含有量が80カチオン%以上である請求項1または2に記載のフツリン酸ガラス。
【請求項4】
Cu2+を1〜7カチオン%含み、P5+の含有量に対するO2-の含有量のモル比(O2-/P5+)が3.6以下である請求項1〜3のいずれか1項に記載のフツリン酸ガラス。
【請求項5】
Uの含有量が5ppb以下、Thの含有量が5ppb以下である請求項1〜4のいずれか1項に記載のフツリン酸ガラス。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載のフツリン酸ガラスからなる近赤外線吸収フィルター。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれか1項に記載のフツリン酸ガラスからなる光学素子。
【請求項8】
請求項1〜5のいずれか1項に記載のフツリン酸ガラスからなる半導体イメージセンサー用ガラス窓。
【請求項9】
請求項1〜5のいずれか1項に記載のフツリン酸ガラスの製造方法であって、
上記ガラスを得るための成分を調合することによりガラス原料を作製すること、
作製したガラス原料を加熱することにより熔融ガラスを作製すること、
作製した熔融ガラスを成形すること、
を含み、前記成分の少なくとも1つとして硫酸塩を使用することを特徴とする、前記製造方法。

【公開番号】特開2011−93757(P2011−93757A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−250962(P2009−250962)
【出願日】平成21年10月30日(2009.10.30)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】