説明

フラット型波動歯車装置の非正偏位極大かみ合い可能な歯形設定方法

【課題】非正偏位(κ≦1)の歯形の可撓性外歯車を備えたフラット型波動歯車装置において、可撓性外歯車の歯たけを大きく取ることによりラチェティングトルクを高め、かつ、移動軌跡の全範囲にわたって連続的なかみ合いを行うことができるようにして、フラット型波動歯車装置の負荷能力を高めること。
【解決手段】波動発生器の回転に伴う可撓性外歯車のS側剛性内歯車に対するラック近似による移動軌跡Lc1を求め、その曲率半径の最小極値をρOPTとし、この値を移動軌跡
Lc1の縮閉線eから求める。可撓性外歯車の歯形の主要部に、半径ρ(ρ≦ρOPT)の
凸円弧を採用する。可撓性外歯車の凸円弧の中心Aの剛性内歯車に対する実歯数を考慮した移動軌跡Lc2から当該円弧半径ρの距離にある平行曲線cをS側剛性内歯車の被創成歯形の主要部に採用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はフラット型波動歯車装置に関し、特に、低減速比で歯が連続的にかみ合い、かつラチェティングトルクを高める性能を有する歯の形状の設定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
波動歯車装置は創始者C.W.Musser氏の発明(特許文献1:米国特許第2,906,143号)以来、今日まで同氏を始め、本発明者を含め多くの研究者によって各種の発明考案がなされている。その歯形に関する発明に限っても、各種のものがある。その中で本発明者は、剛性内歯車と可撓性外歯車の歯のかみ合いをラックで近似する手法で、広域接触を行う双方の歯末歯形を導く歯形設計法を考案した(特許文献2:特公昭45−41171号公報)。これに対し、ラック近似で生ずる歯形干渉を回避する発明(特許文献3:特開平7−167228)も出願されている。
【0003】
波動歯車装置には、並列配置した2個の剛性内歯車の内側にリング状の可撓性外歯車が配置され、この内側に楕円形の波動発生器が装着された構成のフラット型のものが知られている(特許文献4:特許第2503027号公報)。図6には一般的なフラット型波動歯車装置を示してあり、フラット型波動歯車装置100では、可撓性外歯車104の歯数に対して、一方の剛性内歯車102の歯数は同一であるが、他方の剛性内歯車103の歯数は2n枚(nは正の整数)多い。本明細書では可撓性外歯車と歯数が異なる剛性内歯車をS側剛性内歯車と呼び、可撓性外歯車と同一の歯数の剛性内歯車をD側剛性内歯車と呼ぶ。
【0004】
楕円形輪郭の波動発生器105を回転すると、歯数の異なる可撓性外歯車104とS側剛性内歯車103の間に相対回転が発生する。例えば、S側剛性内歯車103を回転しないように固定し、他方のD側剛性内歯車を回転可能な状態に支持しておくことにより、回転可能な状態に支持されているD側剛性内歯車102の側から減速回転が出力される。
【0005】
ここで、フラット型波動歯車装置では、低減速比(例えば60以下)の場合、可撓性外歯車の楕円状の変形による曲げ応力の増大を防ぐため、半径方向撓み量κmn(κは撓み係数、mは両歯車のモジュール)を、正規の撓み量(可撓性外歯車のピッチ円直径を剛性内歯車を固定した場合の減速比で除した値)であるmn(κ=1)からκmn(κ<1)と小さく取らざるを得ない。歯たけが撓み量に関係することから、撓み量を小さくすると、歯たけが低くなり、その結果ラチェティングトルクが低下してしまう。
【特許文献1】米国特許第2,906,143号公報
【特許文献2】特公昭45−41171号公報
【特許文献3】特開平07−167228号公報
【特許文献4】特許第2503027号公報、図3
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
高負荷トルク時のラチェティングを防止するためには、歯たけをできるだけ大きくする必要があり、その関連でかみ合い領域を最大限に広くする必要がある。しかし、例えば減速比が60以下というような低減速比のフラット型波動歯車装置において、高負荷トルク時の歯飛び現象、所謂ラチェティングを防止する歯形に関しては、高度に連続的な接触を保持しながらこの課題に応える具体的な提案はこれまでなされて来なかった。
【0007】
本発明の課題は、κ≦1(これを「非正偏位」の撓み係数と呼ぶ。)の歯形の可撓性外
歯車を備えたフラット型波動歯車装置において、当該可撓性外歯車の歯たけを大きく取ることによりラチェティングトルクを高め、かつ、移動軌跡の全範囲にわたって連続的なかみ合いを行うことができる歯形を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するために、本発明は、同軸状態で並列配置したS側剛性内歯車およびD側剛性内歯車と、これらS側およびD側剛性内歯車の内側に同軸状態に配置したリング状の可撓性外歯車と、可撓性外歯車の軸直角断面を楕円状に撓ませてその形状を回転させる波動発生器とを有し、D側剛性内歯車の歯数は可撓性外歯車の歯数と同一であり、S側剛性内歯車の歯数は可撓性外歯車の歯数より2n(nは正の整数)枚多いフラット型波動歯車装置における歯形設定方法であって、
可撓性外歯車およびS側剛性内歯車を共にモジュールmの平歯車とし、
可撓性外歯車の軸直角断面における当該可撓性外歯車の楕円状リム中立線の長軸の半径方向撓み量をκmn(κ≦1)、短軸の半径方向撓み量を−κmnとし、
波動発生器の回転に伴う可撓性外歯車のS側剛性内歯車に対するラック近似による移動軌跡を求め、
当該移動軌跡の曲率半径の最小極値をρOPTとし、
可撓性外歯車の歯形の主要部に、半径ρ(ρ≦ρOPT)の凸円弧を採用することを特徴
としている。
【0009】
ここで、可撓性外歯車の前記凸円弧の半径ρを前記最小極値ρOPTの5%までの範囲内
の値とすることが望ましい。
【0010】
また、前記移動軌跡を(1)式により与え、
当該移動軌跡の縮閉線を(2)式により与え、
前記曲率半径ρOPTを(2)式においてθ=πとして、(3)式により与えることがで
きる。
【0011】

【0012】

【0013】

【0014】
次に、本発明では、可撓性外歯車の前記凸円弧の中心がS側剛性内歯車に対して描く実歯数を考慮した移動軌跡を求め、
この移動軌跡から前記半径ρの距離にある平行曲線を求め、
この平行曲線をS側剛性内歯車の被創成歯形の主要部に採用することを特徴としている

【0015】
ここで、可撓性外歯車の歯形の歯先がS側剛性内歯車に対して描く実歯数を考慮した移動軌跡を求め、S側剛性内歯車の前記被創成歯形の歯たけの最大値を、この移動軌跡の極値に達するまでの値とすることが望ましい。
【0016】
一方、本発明のフラット型波動歯車装置は、上記の方法により可撓性外歯車、剛性内歯車の歯形が規定されていることを特徴としている。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、非正偏位(κ≦1)の歯形の可撓性外歯車を備えたフラット型波動歯車装置において、当該可撓性外歯車の歯たけを大きく取ることによりラチェティングトルクを高め、かつ、移動軌跡の全範囲にわたって連続的なかみ合いを行うことができる。これにより、フラット型波動歯車装置の負荷能力を高めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下に、図面を参照して、本発明を適用したフラット型波動歯車装置における歯数の異なる可撓性外歯車および剛性内歯車の歯形設定方法を説明する。
【0019】
フラット型波動歯車装置は図6に示す一般的なものと同様である。一方のS側剛性内歯車の歯数と可撓性外歯車の歯数の差を2n(nは正の整数)とし、可撓性外歯車の移動軌跡の全振幅を2κmn(撓み係数κは1以下の値、mはモジュール)とする。
【0020】
図1は、歯数差2(n=1)の場合のフラット型波動歯車装置1におけるS側剛性内歯車2、可撓性外歯車4および波動発生器5を示す説明図である。
【0021】
(可撓性外歯車の歯形の求め方)
図2は、可撓性外歯車4の主要部(歯末の歯形を含む部分)の歯形を規定するための円弧半径を選択する際の基礎となる移動軌跡を示す図である。この移動軌跡Lc1は、可撓性外歯車4の軸直角断面において、波動発生器5の回転に伴う可撓性外歯車4の歯の剛性内歯車2の歯に対する相対的な運動をラックで近似したものである。すなわち、剛性内歯車と可撓性外歯車の歯数を共に無限大としたラックの噛み合いであると近似した場合における可撓性外歯車4の移動軌跡である。移動軌跡Lc1は次の(1)式で与えられる。
【0022】

【0023】
ここで、移動軌跡Lc1の縮閉線を求める一般式を用いて、移動軌跡Lc1の縮閉線(移動軌跡の各点における曲率中心の軌跡)を求める。縮閉線eは次の(2)式で表される。(2)式は本発明者によって初めて示されたものである。図3には縮閉線eの一例を示してある。
【0024】

【0025】
可撓性外歯車4の主要部の歯形を設定するために、まず、可撓性外歯車4の歯形の主要部をA点を中心とする半径ρの凸円弧aとして与える。両歯車2、4のかみ合いの範囲を最大とするには、可撓性外歯車4の剛性内歯車2に対する移動軌跡Lc1の最低値に相当する点、すなわち縮閉線eの特異点である極値までをかみ合いの範囲とすればよい。換言すると、かみ合いの入り側でθ=180°のA点から最深部のθ=0°のB点に到る間の移動軌跡Lc1を利用すればよい。
【0026】
図3のABはこの範囲を示したものである。これより可撓性外歯車4の円弧半径ρの最大値ρOPTは、上記の(2)式でθ=πとして、次の(3)式で与えられる。
【0027】

【0028】
以上は、歯のかみ合いをラックとみなして解析したものである。ラック近似により得られる移動軌跡Lc1は、実歯数を考慮した場合の移動軌跡とは若干の差があるが、最大値ρOPTを求めるにはラック近似で十分である。
【0029】
かみ合い範囲を最大に確保するだけであれば、可撓性外歯車4の円弧半径ρはρ≦ρOPTを満足すればよい。この場合、可撓性外歯車4の円弧歯形(凸円弧a)と剛性内歯車2
の被創成歯形とのバランスを考え、円弧歯形の磨耗を考慮して、あまり小さな半径値は避けなければならない。この点を考慮すると、可撓性外歯車4の円弧半径ρを最小極値ρOPTの5%までの範囲内の値とすることが望ましい。
【0030】
図4は可撓性外歯車と剛性内歯車の歯形の一例を示す説明図である。可撓性外歯車4の円弧歯形aに接続する歯元の歯形bは干渉を起こさないものであれば良く、例えば直線とすみ肉曲線とで構成する。
【0031】
(S側剛性内歯車の歯形の求め方)
S側剛性内歯車2の歯形は、実歯数を考慮して、可撓性外歯車4の円弧歯形aが剛性内歯車2に対して描く移動軌跡によって創成する歯形とする。ラチェティングトルクを高めるためには、できるだけ歯たけを大きくすることが必要である。このため移動軌跡を最大に使うことが望ましい。
【0032】
図3を参照して説明すると、可撓性外歯車4の円弧歯形aの円弧中心がS側剛性内歯車2に対して描く実歯数を考慮した移動軌跡Lc2を求める。移動軌跡Lc2から円弧半径ρの距離にある平行曲線cを求める。この平行曲線cをS側剛性内歯車2の被創成歯形の主要部に採用する。
【0033】
また、可撓性外歯車4の歯形の歯先が剛性内歯車2に対して描く実歯数を考慮した移動
軌跡を求め、S側剛性内歯車2の被創成歯形の歯たけの最大値を、この移動軌跡の極値に達するまでの値とすることが望ましい。
【0034】
(可撓性外歯車とS側剛性内歯車のかみ合い例)
図5はフラット型波動歯車装置の軸直角断面における、S側剛性内歯車と可撓性外歯車のかみ合いとS側剛性内歯車の被創成歯形を示したものである。この図はS側剛性内歯車の歯数が102、可撓性外歯車の歯数が100の有限歯数の場合において、可撓性外歯車の歯形の円弧半径に最適値を用いたものである、本発明のラック近似による円弧半径の最適値の設定が有限歯数の場合にも有効であることを示している。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】歯数差2(n=1)の場合のフラット型波動歯車装置を示す説明図である。
【図2】ラック近似による可撓性外歯車の歯形の剛性内歯車に対する移動軌跡を表す曲線を示す図である。
【図3】図2の移動軌跡を表す曲線の縮閉線を示す図である。
【図4】本発明により得られた可撓性外歯車の歯形の一例を示す説明図である。
【図5】フラット型波動歯車装置の軸直角断面におけるS側剛性内歯車と可撓性外歯車のかみ合いとS側剛性内歯車の被創成歯形を示す説明図である。
【図6】フラット型波動歯車装置を示す斜視図、分解斜視図および断面図である。
【符号の説明】
【0036】
1 フラット型波動歯車装置
2 S側剛性内歯車
3 D側剛性内歯車
4 可撓外歯車
5 波動発生器
a 可撓性外歯車の円弧歯形(主要部の歯形)
b 可撓性外歯車の歯元の歯形
c 平行曲線
Lc1 可撓性外歯車のS側剛性内歯車に対するラック近似による移動軌跡
Lc2 可撓性外歯車のA点のS側剛性内歯車に対する実歯数を考慮した移動軌跡
e 移動軌跡Lc1の縮閉線
ρ 可撓性外歯車の主要部の円弧歯形の半径
ρOPT 円弧半径の最大値

【特許請求の範囲】
【請求項1】
同軸状態で並列配置したD側剛性内歯車およびS側剛性内歯車と、これらD側およびS側剛性内歯車の内側に同軸状態に配置したリング状の可撓性外歯車と、可撓性外歯車の軸直角断面を楕円状に撓ませてその形状を回転させる波動発生器とを有し、D側剛性内歯車の歯数は可撓性外歯車の歯数と同一であり、S側剛性内歯車の歯数は可撓性外歯車の歯数より2n(nは正の整数)枚多いフラット型波動歯車装置における歯形設定方法であって、
可撓性外歯車およびS側剛性内歯車を共にモジュールmの平歯車とし、
可撓性外歯車の軸直角断面における当該可撓性外歯車の楕円状リム中立線(可撓性外歯車を楕円状に変形させた場合の歯底リムの厚みの中央部を通る線)の長軸の半径方向撓み量をκmn(κ≦1)、短軸の半径方向撓み量を−κmnとし、
波動発生器の回転に伴う可撓性外歯車のS側剛性内歯車に対するラック近似による移動軌跡を求め、
当該移動軌跡の曲率半径の最小極値をρOPTとし、
可撓性外歯車の歯形の主要部に、半径ρ(ρ≦ρOPT)の凸円弧を採用することを特徴
とするフラット型波動歯車装置の歯形設定方法。
【請求項2】
請求項1に記載のフラット型波動歯車装置の歯形設定方法において、
可撓性外歯車の前記凸円弧の半径ρを前記最小極値ρOPTの5%までの範囲内の値とす
ることを特徴とするフラット型波動歯車装置の歯形設定方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載のフラット型波動歯車装置の歯形設定方法において、
前記移動軌跡を(1)式により与え、
当該移動軌跡の縮閉線を(2)式により与え、
前記曲率半径ρOPTを(2)式においてθ=πとして、(3)式により与えることを特
徴とするフラット型波動歯車装置の歯形設定方法。



【請求項4】
請求項1、2または3に記載のフラット型波動歯車装置の歯形設定方法において、
可撓性外歯車の前記凸円弧の中心がS側剛性内歯車に対して描く実歯数を考慮した移動軌跡を求め、
この移動軌跡から前記半径ρの距離にある平行曲線を求め、
この平行曲線をS側剛性内歯車の被創成歯形の主要部に採用することを特徴とするフラット型波動歯車装置の歯形を求める方法。
【請求項5】
請求項4に記載のフラット型波動歯車装置の歯形設定方法において、
可撓性外歯車の歯形の歯先がS側剛性内歯車に対して描く実歯数を考慮した移動軌跡を求め、
S側剛性内歯車の前記被創成歯形の歯たけの最大値を、この移動軌跡の極値に達するまでの値とすることを特徴とするフラット型波動歯車装置の歯形設定方法。
【請求項6】
請求項1ないし5のうちのいずれかの項に記載の方法により歯形が設定されていることを特徴とするフラット型波動歯車装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−156461(P2009−156461A)
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−6645(P2008−6645)
【出願日】平成20年1月16日(2008.1.16)
【出願人】(390040051)株式会社ハーモニック・ドライブ・システムズ (91)
【Fターム(参考)】