説明

ブレーキディスク及びその製造方法

【課題】高速走行時におけるブレーキ環境下においても、亀裂や変形が生じることなくディスク母材との密着強度を十分に確保することを可能にする手段を提供する。
【解決手段】本発明に係るブレーキディスク13は、表面にブレーキパッドが押圧されることにより車軸の回転を制動するものであって、車軸と一体的に回転する車輪に取り付けられるディスク母材133と、ディスク母材133の表面に複数層に渡って積層され、ディスク母材133より融点の高い高融点金属137の粒子がマトリクス材136中に分散してなる肉盛層134と、を備えるものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブレーキパッドが押し付けられる摩擦面を有するブレーキディスクにおいて、ブレーキ時に発生する熱によって摩擦面に亀裂や変形が生じるのを抑制することが可能なブレーキディスク及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
新幹線等の鉄道車両の車輪や車軸には、ブレーキパッドを押し付けることによって制動力を得るためのブレーキディスクが設けられる。ここで、このブレーキディスクには、ブレーキ時に発生する熱の影響によって亀裂や変形が生じる問題がある。そこで、ディスク母材の表面を耐熱性に優れた素材で被覆することにより、ブレーキ熱による亀裂や変形の発生を抑制し得るブレーキディスクが従来提唱されている(例えば、特許文献1を参照)。
【0003】
特許文献1では、まずディスク母材の表面にブラスト処理を施すことにより、すなわち無機質素材からなる粒子を所定の圧力で噴射することにより、凹凸状の粗面化処理層が形成される。そして、この粗面化処理層の上に、金属結合層を介して耐熱性被覆層が形成される。この耐熱性被覆層は、耐熱性及び靭性に優れたジルコニアなどのセラミックスが金属結合層の表面に溶射されたものである。このような構成によれば、ブレーキ時に発生する熱のディスク母材への伝達が耐熱性被覆層によって低減されるため、ディスク母材に亀裂や変形が発生することが抑制される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−63072号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1に記載の従来のブレーキディスクでは、高速走行時におけるブレーキ環境下において、ディスク母材と耐熱性被覆層との密着強度が不足する恐れがある。すなわち、ディスク母材の表面にブラスト処理を施すことにより、金属結合層や耐熱性被覆層のディスク母材に対する密着強度はある程度向上する。しかし、高速走行時におけるブレーキ環境下(高速回転,高い振動負荷、高温)においても、亀裂や変形が生じることなくディスク母材との密着強度が十分に確保される耐熱性被覆層が必要とされる。
【0006】
本発明は、このような事情を考慮してなされたものであり、その目的は、高速走行時におけるブレーキ環境下においても、亀裂や変形が生じることなくディスク母材との密着強度を十分に確保することを可能にする手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本発明は以下の手段を採用している。すなわち、本発明に係るブレーキディスクは、表面にブレーキパッドが押圧されることにより車軸の回転を制動するブレーキディスクであって、前記車軸と一体的に回転する回転体に取り付けられるディスク母材と、前記ディスク母材の表面に複数層に渡って積層され、前記ディスク母材より融点の高い高融点金属の粒子がマトリクス材中に分散してなる肉盛層と、を備えることを特徴とする。
【0008】
このような構成によれば、ディスク母材の表面に高融点金属を含んだ肉盛層が積層されるので、ブレーキディスクに対してブレーキパッドが押圧されることによって生じる熱は、肉盛層の存在によってディスク母材への伝達が低減される。従って、このブレーキ時の熱の影響によって、ディスク母材の表面に亀裂や変形が生じるのを抑制することができる。
【0009】
また、本発明に係るブレーキディスクは、前記肉盛層が、粉体肉盛プラズマアーク溶接により前記ディスク母材の表面に積層されたことを特徴とする。
【0010】
このような構成によれば、肉盛層が粉体肉盛プラズマアーク溶接によりディスク母材の表面に積層されるので、肉盛層とディスク母材の表面との界面においては、溶融結合により両者の十分な密着強度が確保される。
【0011】
また、本発明に係るブレーキディスクは、前記肉盛層が、前記ディスク母材の表面に2層以上に渡って積層されたことを特徴とする。
【0012】
このような構成によれば、粉体肉盛プラズマアーク溶接によってディスク母材の表面に1層目の肉盛層を積層すると、溶接時の高い熱によって焼き入れ層が生成されることにより、ディスク母材が硬化する。しかし、続いて2層目、3層目の肉盛層を積層する際には、溶接時の熱は1層目及び2層目の肉盛層を介してディスク母材に伝達するため、伝達する熱量が緩和される。従って、1層目の肉盛層の積層時に生成された焼き入れ層が、2層目及び3層目の肉盛層の積層時に加わる熱によって焼き戻されることにより、硬化したディスク母材に靭性が付与される。これにより、ディスク母材に亀裂や変形が発生するのを抑制することができる。
【0013】
また、本発明に係るブレーキディスクは、前記高融点金属が、モリブデン、タングステン、ニオブ、タンタルのうちいずれか1種以上を含むことを特徴とする。
【0014】
このような構成によれば、高融点金属は、その高い融点のため溶接後も金属粒子として残存し、ディスク母材に高い耐熱性を付与する。
【0015】
また、本発明に係るブレーキディスクは、前記肉盛層は、50%以上80%以下の重量比で前記高融点金属を含有することを特徴とする。
【0016】
このような構成によれば、高融点金属が溶接後に適度な量だけ金属粒子として残存し、ディスク母材に高い耐熱性を付与する。
【0017】
また、本発明に係るブレーキディスクは、前記高融点金属は、平均粒径が75μm以上100μm以下の粒子が全粒子数の70%以上80%以下を占めるとともに、平均粒径が10μm以上45μm以下の粒子が残りを占めることを特徴とする。
【0018】
このような構成によれば、高融点金属が金属粒子として残存してディスク母材に高い耐熱性を付与するとともに、溶接後の肉盛層に亀裂が生じにくい。
【0019】
また、本発明に係るブレーキディスクは、前記マトリクス材が、ニッケル基合金からなることを特徴とする。
【0020】
このような構成によれば、ニッケル基合金からなるマトリクス材が高融点金属を均質に結合することにより、肉盛層中において高融点金属が均一に分布する。これにより、ブレーキ時の熱により、高融点金属の分布が低くなっている箇所で肉盛層に亀裂や変形が生じることを未然に防止することができる。
【0021】
また、本発明に係るブレーキディスクは、表面にブレーキパッドが押圧されることにより車軸の回転を制動するブレーキディスクの製造方法であって、前記車軸と一体的に回転する回転体に取り付けられるディスク母材の表面に、前記ディスク母材より融点の高い高融点金属の粒子がマトリクス材中に分散してなる溶材を、粉体肉盛プラズマアーク溶接により複数層に渡って積層させる工程を含むことを特徴とする。
【0022】
このような構成によれば、ディスク母材の表面に高融点金属を含んだ肉盛層が積層されるので、ブレーキディスクに対してブレーキパッドが押圧されることによって生じる熱は、肉盛層の存在によってディスク母材への伝達が低減される。従って、このブレーキ時の熱の影響によって、ディスク母材の表面に亀裂や変形が生じるのを抑制することができる。また、肉盛層は粉体肉盛プラズマアーク溶接によりディスク母材の表面に積層されるので、肉盛層とディスク母材の表面との界面においては、溶融結合により両者の十分な密着強度が確保される。
【0023】
また、本発明に係るブレーキディスクは、前記溶材は、全体に占める前記高融点金属の重量比が略80%であることを特徴とする。
【0024】
このような構成によれば、ディスク母材の表面には、全体に占める高融点金属の重量比が略30%の肉盛層が積層される。これにより、高融点金属が溶接後に適度な量だけ金属粒子として残存し、ディスク母材に高い耐熱性を付与する。
【発明の効果】
【0025】
本発明に係るブレーキディスクによれば、高速走行時におけるブレーキ環境下においても、ディスク母材に亀裂や変形が生じるのを確実に抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の実施形態に係るブレーキディスクを備えた新幹線用制動装置の外観を示す概略正面図である。
【図2】図1におけるA−A線断面を示す概略断面図である。
【図3】ブレーキディスクの表面近傍を示す概略断面図である。
【図4】ディスク母材の各位置でのビッカース硬さを示すグラフである。
【図5】溶接装置の構成を示す概略断面図である。
【図6】本実施形態に係るブレーキディスクの製造工程を示すフローチャートである。
【図7】溶材及び鍛鋼について、温度変化に伴う熱伝導率の変化を示すグラフである。
【図8】本発明の変形例に係るブレーキディスクを備えた新幹線用制動装置の外観を示す概略正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、図面を参照し、本発明の実施の形態の一例について説明する。まず、本発明の実施形態に係るブレーキディスクの構成について説明する。図1は、本実施形態に係るブレーキディスクを備えた新幹線用制動装置10の外観を示す概略正面図である。また図2は、図1におけるA−A線断面を示す概略断面図である。
【0028】
新幹線用制動装置10は、図1に示すように、側面視で略円形の車輪11(回転体)と、この車輪11に挿通された車軸12と、車輪11の端面に取り付けられたブレーキディスク13と、このブレーキディスク13に近接して配置されたブレーキパッド14とを備えるものである。
【0029】
車輪11は、図1及び図2に示すように、軸方向に一定の厚みを有する平板部111と、この平板部111の径方向外縁部が軸方向に突出してなるリム部112と、平板部111の径方向中心部が軸方向に突出してなるボス部113と、このボス部113を貫通して形成された軸挿通孔114とを有している。
【0030】
車軸12は、図1及び図2に示すように、車輪11の軸挿通孔114に挿通されて固定されている。そして、この車軸12が不図示のモータ等によって回転駆動されることにより、車軸12の回転に伴って車輪11が一体的に回転するようになっている。
【0031】
ブレーキディスク13は、ブレーキパッド14が押圧されることで制動力を得る役割を果たすものである。このブレーキディスク13は、図1に示すように、側面視で略円環形状を有する平板部材であって、その外径は車輪11のリム部112の内径より若干小さく形成され、その内径は車輪11のボス部113の外径より大きく形成されている。また、図2に示すように、ブレーキディスク13の厚みは、車輪11の平板部111に対するリム部112の突出高さと略等しい大きさに形成されている。更に、図1及び図2に示すように、ブレーキディスク13には周方向に沿って所定間隔で複数のボルト挿通孔131が形成されている。
【0032】
ここで、図3は、ブレーキディスク13の表面近傍を示す概略断面図である。ブレーキディスク13は、ディスク母材133と、粉体肉盛プラズマアーク溶接(以下、「PTA溶接」と略す)によってディスク母材133の表面に3層に渡って積層された肉盛層134とを備えている。尚、肉盛層134の積層数は複数であれば足り、本実施形態の3層に限定されず、2層や4層以上として構成してもよい。
【0033】
ディスク母材133は、鍛造用の鋼材である鍛鋼からなるものである。尚、ディスク母材133の材質は鍛鋼に限られず、PTA溶接を耐熱性等の観点から施工することが可能な任意の材料を適用することができる。例えば、熱伝導性や耐磨耗性に優れたパーライト鋳鉄でディスク母材133を形成してもよい。
【0034】
肉盛層134は、ディスク母材133の表面に溶融結合して積層された第一肉盛層134Aと、この第一肉盛層134Aの表面に溶融結合して積層された第二肉盛層134Bと、この第二肉盛層134Bの表面に溶融結合して積層された第三肉盛層134Cと、を有している。そして、最上部に位置する第三肉盛層134Cの表面が、ブレーキパッド14を押圧するべき摩擦面135として構成される。尚、図3に示すように、各肉盛層間は、溶接による溶融結合のため、組織変化のない均一な一体化組織となる。
【0035】
第一肉盛層134Aは、図3に示すように、マトリクス材136と、このマトリクス材136中に分散した高融点金属137と、を有するものである。そして、このマトリクス材136は、そのビッカース硬さが220[Hv]以上270[Hv]以下程度である。このように構成される第一肉盛層134Aは、ディスク母材133の表面に、1〜5mm程度の厚みに積層されている。尚、第二肉盛層134B及び第三肉盛層134Cは、それぞれ第一肉盛層134Aと同じ構成であるため、ここではその説明を省略する。
【0036】
マトリクス材136は、高融点金属137を均質に結合させる役割を果たすものである。このマトリクス材136はニッケル基合金からなるものであり、このニッケル基合金としては、例えばハステロイ(登録商標)C合金が挙げられる。ここで、ハステロイC合金とは、その概略成分が、クロム(Cr)を15%、モリブデン(Mo)を16%、タングステン(W)を4%、ニッケル(Ni)を残部としてそれぞれ含有する素材である。尚、マトリクス材136としては、ニッケル基合金の他に、銅及びアルミ青銅をはじめとする銅合金や、銀及び銀合金や、アルミニウム及びアルミニウム合金などの熱伝導率が高い材料を用いることもできる。
【0037】
高融点金属137は、ディスク母材133に高い耐熱性を付与する役割を果たすものである。この高融点金属137は、ディスク母材133と比較して融点の高い金属の粒子であって、モリブデン(Mo)、タングステン(W)、ニオブ(Nb)、及びタンタル(Ta)のうちいずれか1種以上を含んで構成される。そして、このように構成される高融点金属137は、第一肉盛層134Aの全体に占める重量比が50%以上80%以下となっている。
【0038】
また、高融点金属137を構成する金属粒子は、平均粒径が75μm以上100μm以下の粒子が全粒子数の70%以上80%以下を占めるとともに、平均粒径が10μm以上45μm以下の粒子が残りを占める粒度分布となっている。
【0039】
以上のように構成されるブレーキディスク13は、図2に示すように、切欠き部132が形成された側を車輪11の側に向けた状態で平板部111に配置され、ボルト挿通孔131を挿通された固定ボルト16によって車輪11に固定される。
【0040】
また、ブレーキディスク13は、前述のようにその外径がリム部112の内径より若干小さく形成されるとともに、その内径がボス部113の外径より大きく形成されている。従って、図2に示すように、ブレーキディスク13を車輪11の平板部111に固定した状態で、ブレーキディスク13とボス部113との間には所定幅の隙間17が形成されている。
【0041】
ブレーキパッド14は、図1に示すように、車輪11の径方向に向かってブレーキディスク13に対応する位置に設けられている。そしてこのブレーキパッド14は、図に詳細は示さないが、車輪11の軸方向に移動可能に設けられ、ブレーキパッド14の摩擦面135に押圧されることによってそれと一体的に回転する車軸12の回転を制動するとともに、ブレーキパッド14から離間することによって車軸12の回転を許容するものとなっている。
【0042】
次に、本発明の実施形態に係るブレーキディスク13の作用効果について説明する。本実施形態に係るブレーキディスク13は、その肉盛層134が、PTA溶接によってディスク母材133の表面に積層されている。従って、ディスク母材133と肉盛層134との界面においては、溶融結合によって両者の十分な密着強度が確保される。これにより、高速走行時におけるブレーキ環境下において、肉盛層134がディスク母材133の表面から剥離することが防止される。
【0043】
また、肉盛層134が、50%以上80%以下の重量比で高融点金属137を含有している。従って、PTA溶接後に高融点金属137が適度な量だけ金属粒子として残存することにより、ディスク母材133に高い耐熱性が付与される。
【0044】
また、肉盛層134は、そのマトリクス材136のビッカース硬さが220[Hv]以上270[Hv]以下程度である。この肉盛層134のビッカース硬さは、一般的に亀裂が発生及び進展するか否かの目安とされるビッカース硬さである350[Hv]を下回っている。これにより、高速走行時におけるブレーキ環境下においても、肉盛層134では亀裂や変形が生じにくくなっている。
【0045】
また、ディスク母材133は、その製造時における熱処理によって焼き入れ層が生成されるが、第一肉盛層134Aの積層時にPTA溶接による熱が加わると、再度焼き入れ層(不図示)が生成されることによって硬化する。しかし、続いて第二肉盛層134Bを積層する際には、PTA溶接による熱は第一肉盛層134Aを介してディスク母材133に伝達するため、伝達する熱量が緩和される。従って、第一肉盛層134Aの積層時に再度生成された焼き入れ層が、第二肉盛層134Bの積層時に加わる熱によって焼き戻される。これにより、硬化したディスク母材133に靭性が付与される。更に、第三肉盛層134Cを積層する際にも、PTA溶接による熱は第二肉盛層134B及び第一肉盛層134Aを介してディスク母材133に伝達するため、伝達する熱量は一層緩和される。従って、前述と同様に焼き戻されることにより、ディスク母材133に一層の靭性が付与される。以上により、高速走行時におけるブレーキ環境下においても、ディスク母材133に亀裂や変形が生じにくくなっている。尚、このディスク母材133に生成された焼き入れ層は、ブレーキディスク13の使用を開始した後に、ブレーキ時に発生する熱によって更に焼き戻されるため、ディスク母材133の耐亀裂性が一層向上する。
【0046】
ここで、図4は、ディスク母材133の各位置でのビッカース硬さを示すグラフであって、横軸がディスク母材133の表面から厚み方向への距離を、縦軸がビッカース硬さをそれぞれ示している。尚、図における黒菱形のプロットは、ディスク母材133を予熱することなく第一肉盛層134Aを積層した場合を、白四角のプロットは、ディスク母材133を250℃に予熱してから第一肉盛層134Aを積層した場合を、黒丸のプロットは、ディスク母材133を250℃に予熱してから第一肉盛層134A及び第二肉盛層134Bを順に積層した場合を、白三角のプロットは、ディスク母材133を250℃に予熱してから第一肉盛層134Aから第三肉盛層134Cまで順に積層した場合をそれぞれ示している。また、図4において、ディスク母材133の表面から略2.8mmの深さまでの範囲である「溶接熱影響部」とは、ディスク母材133においてPTA溶接時の熱の影響が及ぶ範囲を意味し、2.8mmを越えて深い範囲である「母材原質部」とは、ディスク母材133においてPTA溶接時の熱の影響が及ばない範囲を意味している。
【0047】
図4において黒菱形のプロットと白四角のプロットとを比較すると、溶接熱影響部の領域では、黒菱形プロットの方が白四角プロットと比較してビッカース硬さが上回っている。これは、黒菱形のプロットでは、ディスク母材133を予熱しない分だけディスク母材133がPTA溶接後に急速に冷却されるため、焼き入れ層の生成が一層促進されて硬化が進むからである。
【0048】
図4において白四角プロットの溶接熱影響部と母材原質部とを比較すると、溶接熱影響部の方が母材原質部と比較してビッカース硬さが上回っている。これは、溶接熱影響部では第一肉盛層134AをPTA溶接する際の熱によってディスク母材133に焼き入れ層が生成され、これによりディスク母材133が硬化するためである。
【0049】
図4において白四角プロットと黒丸プロットと白三角プロットとを比較すると、溶接熱影響部の領域では、白四角プロットの方が黒丸プロットや白三角プロットと比較してビッカース硬さが上回っている。これは、白四角プロットでは第一肉盛層134Aだけしか積層しないため、ディスク母材133に焼き入れ層が生成されたままであるのに対し、黒丸プロットや白三角プロットでは第一肉盛層134Aの積層時に生成された焼き入れ層が、第二肉盛層134B及び第三肉盛層134Cの積層時に焼き戻されることにより、ディスク母材133に対して靭性が付与されるためである。そして、黒丸プロットや白三角プロットのビッカース硬さは、一般的に亀裂が発生及び進展するか否かの目安とされる350[Hv]を下回っている。これにより、ディスク母材133では亀裂や変形が生じにくくなっている。
【0050】
次に、PTA溶接に使用する溶接装置について説明する。図5は、溶接装置20の構成を示す概略断面図である。溶接装置20は、図5に示すように、ガン21と、ガン21の中心部に挿入されたタングステン電極22と、タングステン電極22及びディスク母材133に接続されたメイン電源23と、タングステン電極22及びガン21に接続されたパイロット電源24と、を備えるものである。
【0051】
ガン21は、図5に示すように、その中心部に電極穴211が形成されるとともに、この電極穴211の周囲に内側から外側に向かって第一流路212、第二流路213、及び第三流路214がそれぞれ形成されている。そして、電極穴211にはタングステン電極22が挿入されるとともに、パイロットガスPGが供給される。また、第一流路212には冷却水RWが、第二流路213には溶材25及びキャリアガスCGが、第三流路214にはシールドガスSGがそれぞれ供給される。尚、溶材25とは、マトリクス材の粒子と高融点金属の粒子とが混合したものを意味する。
【0052】
このように構成される溶接装置20によれば、パイロット電源24がタングステン電極22とガン21との間に電圧を印加することにより、タングステン電極22からアークを飛ばし、パイロットガスPGをプラズマ化させる。そして、このプラズマガスは、第一流路212に供給された冷却水RWによって冷却されると、いわゆるサーマルピンチ効果によって細く絞られることにより、エネルギー密度の高いプラズマアークPAとしてディスク母材133に向かって噴射する。このプラズマアークPAがディスク母材133に到達すると、メイン電源23がタングステン電極22とディスク母材133との間に電圧を印加することにより、図に詳細は示さないが、ディスク母材133中にアーク電流が流れるようになり、ディスク母材133の表面に溶融池が形成される。一方、第二流路213に供給された溶材25は、キャリアガスCGに圧送されてプラズマアークPA中に送り込まれ、溶融した状態でディスク母材133上の溶融池に投入されることにより、肉盛層134を形成する。尚、ディスク母材133及び肉盛層134は、第三流路214に供給されたシールドガスSGによってその酸化が防止される。
【0053】
次に、本発明の実施形態に係るブレーキディスク13の製造方法の手順について順を追って説明する。図6は、本実施形態に係るブレーキディスク13の製造工程を示すフローチャートである。ブレーキディスク13を製造しようとする作業者は、まず母材作製工程を行う(S1)。すなわち作業者は、所望組成のインゴットを鍛造、圧延、または鋳造することにより、ディスク母材133を作製する。
【0054】
次に作業者は、必要に応じて熱処理工程を行う(S2)。すなわち作業者は、作製したディスク母材133の必要特性を得るために、組織の調整を行う。
【0055】
次に作業者は、機械加工工程を行う(S3)。すなわち作業者は、図に詳細は示さないが、後述のPTA溶接工程にてディスク母材133に生じる歪み量を見込んで、溶接後の肉盛層134が適切な状態となるように、ディスク母材133の表面を一部切り欠いて予め所定角度の開先部を形成しておく。尚、本実施形態では、ディスク母材133のビッカース固さは、図4の母材原質部として示すように、一般的に機械加工が可能とされる400[Hv]を下回っている。従って、ディスク母材133の機械加工を容易に行うことができる。
【0056】
次に作業者は、第一PTA溶接工程を行う(S4)。すなわち作業者は、前述の溶接装置20を用いて所定の溶材25を溶接することにより、ディスク母材133の表面に第一肉盛層134Aを積層する。ここで、溶材25の組成は、例えばニッケル基合金からなるマトリクス材136中に高融点金属137の粒子を分散させたものであって、溶材25の全体に占める高融点金属137の重量比が略80%となっている。しかしこの高融点金属137は、溶接時にディスク母材133を溶融することによる希釈を受けて、ディスク母材133の表面に積層される第一肉盛層134Aは、その全体に占める高融点金属137の重量比が50%以上80%以下となる。また、この第一PTA溶接工程において、ディスク母材133には焼き入れ層が生成される。
【0057】
また、この溶材25は、ディスク母材133の原料である鍛鋼と比較して、熱伝導率が高い特性を有している。図7は、溶材25及び鍛鋼について、温度変化に伴う熱伝導率の変化を示すグラフであって、黒菱形のプロットが鍛鋼を、白丸のプロットが溶材25をそれぞれ意味している。この図に示すように、600℃を超える高温な領域、すなわち高速走行時におけるブレーキ環境下においては、溶材25の熱伝導率は鍛鋼の熱伝導率と比較して80%程度高くなっている。これにより、第一肉盛層134Aの内部で熱応力が発生し、これに起因して第一肉盛層134Aに亀裂や変形が生じることが、鍛鋼と比較して低減されている。
【0058】
次に作業者は、第二PTA溶接工程を行う(S5)。すなわち作業者は、第一PTA溶接工程にて積層した第一肉盛層134Aの上に、前述と同様にして溶材25を溶接することにより、第二肉盛層134Bを積層する。そして、この第二PTA溶接工程において、第一PTA溶接工程において生成した焼き入れ層が焼き戻される。
【0059】
次に作業者は、第三PTA溶接工程を行う(S6)。すなわち作業者は、第二PTA溶接工程にて積層した第二肉盛層134Bの上に、前述と同様にして溶材25を溶接することにより、第三肉盛層134Cを積層する。そして、この第三PTA溶接工程において、第一PTA溶接工程において生成した焼き入れ層が更に焼き戻される。
【0060】
次に作業者は、機械加工工程を行う(S7)。すなわち作業者は、ディスク母材133に肉盛層134を積層してなるブレーキディスク13を、切削加工等によって所望の外形に整える。
【0061】
最後に作業者は、仕上げ工程を行う(S8)。すなわち作業者は、ブレーキディスク13の摩擦面135、本実施形態では第三肉盛層134Cの表面を研磨等することによって平滑な面に仕上げる。以上により、ブレーキディスク13が完成し、ブレーキディスク13の製造工程が終了する。
【0062】
以上説明したようなブレーキディスク13の製造方法によれば、第一PTA溶接工程(S6)の施工時にディスク母材133に焼き入れ層が生成されるとともに、第二PTA溶接工程(S7)及び第三PTA溶接工程(S8)の施工時に焼き入れ層が焼き戻される。従って、PTA溶接工程とは別に焼き入れや焼き戻し等の熱処理工程を別途施工する必要がないので、ブレーキディスク13の製造工程を簡略化することができるという利点がある。
【0063】
尚、本実施形態ではPTA溶接工程を3回繰り返しているが、肉盛層134の積層数に応じて、PTA溶接工程を施工する回数は適宜変更することができる。
【0064】
また、本実施形態では、ブレーキディスク13を新幹線用制動装置10に適用する場合を例に説明したが、これに限られず、新幹線以外の他の鉄道車両の制動装置にも適用することができる。また、鉄道車両以外の他の車両の制動装置に適用することも可能である。また、本発明に係る回転体は、車輪11に限られず、車軸12に固定された不図示のハブであってもよい。
【0065】
尚、上述した実施形態において示した各構成部材の諸形状や組み合わせ、或いは動作手順等は一例であって、本発明の主旨から逸脱しない範囲において設計要求等に基づき種々変更可能である。
【0066】
例えば、図1に示す本実施形態のブレーキディスク13は、その径方向中央部が固定ボルト16を介して車輪11に固定される、いわゆる中央締結方式と呼ばれるものである。しかし、これに代えて、図8に示すように、その径方向内周部が固定ボルト16を介して車輪11に固定される、いわゆる内周締結方式と呼ばれるブレーキディスク13として構成することも可能である。
【符号の説明】
【0067】
10 新幹線用制動装置
11 車輪
12 車軸
13 ブレーキディスク
14 ブレーキパッド
16 固定ボルト
17 隙間
20 溶接装置
21 ガン
22 タングステン電極
23 メイン電源
24 パイロット電源
25 溶材
111 平板部
112 リム部
113 ボス部
114 軸挿通孔
131 ボルト挿通孔
132 切欠き部
133 ディスク母材
134 肉盛層
135 摩擦面
136 マトリクス材
137 高融点金属
211 電極穴
212 第一流路
213 第二流路
214 第三流路
134A 第一肉盛層
134B 第二肉盛層
134C 第三肉盛層
CG キャリアガス
PA プラズマアーク
PG パイロットガス
RW 冷却水
SG シールドガス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面にブレーキパッドが押圧されることにより車軸の回転を制動するブレーキディスクであって、
前記車軸と一体的に回転する回転体に取り付けられるディスク母材と、
前記ディスク母材の表面に複数層に渡って積層され、前記ディスク母材より融点の高い高融点金属の粒子がマトリクス材中に分散してなる肉盛層と、
を備えることを特徴とするブレーキディスク。
【請求項2】
前記肉盛層が、粉体肉盛プラズマアーク溶接により前記ディスク母材の表面に積層されたことを特徴とする請求項1に記載のブレーキディスク。
【請求項3】
前記肉盛層が、前記ディスク母材の表面に2層以上に渡って積層されたことを特徴とする請求項1又は2に記載のブレーキディスク。
【請求項4】
前記高融点金属が、モリブデン、タングステン、ニオブ、タンタルのうちいずれか1種以上を含むことを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載のブレーキディスク。
【請求項5】
前記肉盛層は、50%以上80%以下の重量比で前記高融点金属を含有することを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載のブレーキディスク。
【請求項6】
前記高融点金属は、平均粒径が75μm以上100μm以下の粒子が全粒子数の70%以上80%以下を占めるとともに、平均粒径が10μm以上45μm以下の粒子が残りを占めることを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載のブレーキディスク。
【請求項7】
前記マトリクス材が、ニッケル基合金からなることを特徴とする請求項1から6のいずれか1項に記載のブレーキディスク。
【請求項8】
表面にブレーキパッドが押圧されることにより車軸の回転を制動するブレーキディスクの製造方法であって、
前記車軸と一体的に回転する回転体に取り付けられるディスク母材の表面に、前記ディスク母材より融点の高い高融点金属の粒子がマトリクス材中に分散してなる溶材を、粉体肉盛プラズマアーク溶接により複数層に渡って積層させる工程を含むことを特徴とするブレーキディスクの製造方法。
【請求項9】
前記溶材は、全体に占める前記高融点金属の重量比が略80%であることを特徴とする請求項8に記載のブレーキディスクの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−233530(P2012−233530A)
【公開日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−102089(P2011−102089)
【出願日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【出願人】(000173784)公益財団法人鉄道総合技術研究所 (1,666)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【出願人】(390001801)大阪富士工業株式会社 (12)
【Fターム(参考)】