説明

ブレーキ制御装置

【課題】非接触式のブレーキペダルストロークセンサにおける、温度ドリフトに起因するストローク検出値のずれを補正する。
【解決手段】非接触式のストロークセンサ46は、車両のブレーキペダルのストローク値を検出する。温度決定部210は、ストロークセンサの周囲温度を求める。検出値補正部220は、ストロークセンサの零点補正実施時の温度に対するストロークセンサ周囲温度の変化量と、予め設定された単位温度当たりのストローク値変化量とを用いて、ストローク値を補正する。ブレーキ判定部230は、補正されたストローク値と所定の閾値とを比較して、ドライバーからの制動要求の有無を判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両に設けられた車輪に付与される制動力を制御するブレーキ制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、ECB(Electronically Controlled Brake)システムなどのバイワイヤブレーキシステムでは、ブレーキペダルの踏み込みストローク量とマスタシリンダ圧とに基づいて目標減速度を演算することが知られている。ストローク量はブレーキペダルに取り付けられたストロークセンサにより測定される。これらのセンサは、センサ周囲の環境温度の変化の影響を受けてその出力値が変化しうることが知られている。これを「温度ドリフト」という。
【0003】
温度ドリフトによるセンサ検出値のずれは、その検出値を利用した制御にも影響を与えるので、適宜補正してやることが望ましい。例えば、特許文献1には、温度、湿度、磁界などの環境変化によるブレーキ用センサの検出誤差を減少させるために、ブレーキ用センサの検出値の零点を補正する零点補正装置が開示されている。また、特許文献2には、ブレーキペダルの踏面に設けた歪みゲージセンサに対して、温度変化による出力変動を補償することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平8−268243号公報
【特許文献2】特開2000−95075号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一般に、接触式のブレーキペダルストロークセンサでは、接触による摩耗粉の発生が避けられない。この摩耗粉は、センサ周辺の部品に侵入してその動作に影響を及ぼすことがあり得る。そのため、ブレーキペダルとの間に摺動部分を持たない非接触式のストロークセンサが一部の車両では実装されつつある。このような方式のセンサの例は、ホールICを搭載し、ブレーキペダルに取り付けられた磁石の移動を検出してストローク量を求めるものである。
【0006】
上記のようなホールICを搭載した非接触式ストロークセンサでは、接触式のセンサに比べて温度ドリフトによる検出値のずれが顕著である。非接触式のストロークセンサでも、特許文献1に示した技術を使用してストロークセンサ検出値のずれを零点補正で修正することができる。しかしながら、零点補正が完了するまでの間は、温度変化によるずれを含んだ検出値に基づいてブレーキ制御がなされることになるため、運転開始後にも零点補正を頻繁に実施しない限り、ブレーキ制御の精度が低下するおそれがある。
【0007】
そこで、本発明は、ブレーキストロークセンサの温度ドリフトによる検出値のずれを補正する機構を備えたブレーキ制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のある態様は、ブレーキ制御装置である。この装置は、車両のブレーキペダルのストローク値を検出する非接触式のストロークセンサと、前記ストロークセンサの周囲温度を求める温度決定手段と、前記ストロークセンサの零点補正実施時の温度に対するストロークセンサ周囲温度の変化量と、予め設定された単位温度当たりのストローク値変化量とを用いて、ストローク値を補正する検出値補正手段と、補正されたストローク値と所定の閾値とを比較して、ドライバーからの制動要求の有無を判定する制動要求判定手段と、を備える。
【0009】
この態様によると、ストロークセンサの零点補正を新たに行うことなくセンサの検出値を補正できるので、ブレーキペダルが踏まれている間などのように零点補正を実施できないときでも、センサ周辺温度の上昇によるセンサ検出値のずれを修正することができる。したがって、ストローク検出値のずれに起因するブレーキの引き摺り等を予防することができる。非接触式ストロークセンサは、例えばホールICを利用したセンサである。
【0010】
前記温度決定手段は、前記ストロークセンサの零点補正時から現時点までの経過時間に基づきストロークセンサ周囲の温度変化量を推定する温度推定手段を備え、前記検出値補正手段は、推定された温度変化量を使用してストローク値を補正してもよい。これによると、時間の経過につれてストロークセンサ周囲の温度が上昇することを利用して、予め設定された温度係数を乗じることでストロークセンサ周囲の温度を推定する。このため、温度センサ等の追加装置を設置する必要なく、温度変化によるセンサ検出値のずれを低減することができる。
【0011】
前記検出値補正手段は、前記ストロークセンサの零点補正実施時の温度に対するストロークセンサ周囲温度の変化量を求める上昇温度算出手段と、前記上昇温度算出手段で求められた温度変化量と、前記温度推定手段で推定された温度変化量とを比較し、小さい方の値を用いてストローク値を補正する比較手段と、をさらに備えてもよい。これによると、経過時間が長くなるにつれて温度推定手段で推定される温度変化量が大きくなりすぎ、ストローク値の補正が不正確になることを防止できる。
【0012】
前記検出値補正手段は、ストロークセンサ検出値を補正する代わりに、前記制動要求判定手段における閾値を補正してもよい。ストローク量を直接補正すると、車両の状況によっては、減速度が変化してしまいドライバーのブレーキフィーリングを悪化させるおそれがある。これによると、制動途中に減速度が変化することがないので、フィーリングを悪化させることがない。
【0013】
前記温度決定手段は、車室内に設置された温度センサを有してもよい。一部の車両の車室内に既に設置されている温度センサを活用することで、コストの上昇を避けることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、非接触式のブレーキペダルストロークセンサにおける、温度ドリフトに起因するストローク検出値のずれを補正することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の一実施形態に係るブレーキ制御装置を示す系統図である。
【図2】図1のECUのうち、本実施形態に係る温度ドリフト補正に関与する部分の構成を示す機能ブロック図である。
【図3】実施の形態2に係るECUの構成を示す図である。
【図4】経過時間tと推定温度変化量ΔTの関係を示す図である。
【図5】経過時間tと推定温度変化量ΔTの関係を示す図である。
【図6】推定温度変化量ΔTに対して上限値Tthを設定した様子を示す図である。
【図7】実施の形態3に係るECUの構成を示す図である。
【図8】テーブルに基づき推定された推定温度Tと零点補正時からの上昇温度Tの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の一実施形態は、非接触式のブレーキペダルストロークセンサを備えた車両のブレーキ制御装置において、零点補正を頻繁に実施しなくてもセンサの温度ドリフトを補正することができ、その結果ブレーキキャリパの引き摺りを防止できるブレーキ制御装置である。
【0017】
図1は、本発明の一実施形態に係るブレーキ制御装置10を示す系統図である。同図に示されるブレーキ制御装置10は、車両用の電子制御式ブレーキシステムを構成しており、運転者によるブレーキ操作部材としてのブレーキペダル12への操作に応じて車両の4輪のブレーキを独立かつ最適に設定するものである。また、本実施形態に係るブレーキ制御装置10が搭載された車両は、4つの車輪のうちの操舵輪を操舵する図示されない操舵装置や、これら4つの車輪のうちの駆動輪を駆動する図示されない内燃機関やモータ等の走行駆動源等を備えるものである。
【0018】
制動力付与機構としてのディスクブレーキユニット21FR,21FL、21RRおよび21RLは、車両の右前輪、左前輪、右後輪、および左後輪のそれぞれに制動力を付与する。各ディスクブレーキユニット21FR〜21RLは、それぞれブレーキディスク22とブレーキキャリパに内蔵されたホイールシリンダ20FR〜20RLを含む。そして、各ホイールシリンダ20FR〜20RLは、それぞれ異なる流体通路を介してブレーキアクチュエータ80に接続されている。なお以下では適宜、ホイールシリンダ20FR〜20RLを総称して「ホイールシリンダ20」という。
【0019】
ブレーキ制御装置10においては後述の右マスタカット弁27FRおよび左マスタカット弁27FL、増圧弁40FR〜40RL、減圧弁42FR〜42RL、オイルポンプ34、アキュムレータ50等を含んでブレーキアクチュエータ80が構成されている。ホイールシリンダ20にブレーキアクチュエータ80からブレーキフルードが供給されると、車輪と共に回転するブレーキディスク22に摩擦部材としてのブレーキパッドが押し付けられる。これにより、各車輪に制動力が付与される。
【0020】
なお、本実施形態においてはディスクブレーキユニット21FR〜21RLを用いているが、例えばドラムブレーキ等のホイールシリンダ20を含む他の制動力付与機構を用いてもよい。あるいは、流体力により摩擦部材の押圧力を制御するのではなく、例えば電動モータ等の電動の駆動機構を用いて摩擦部材の車輪への押圧力を制御する制動力付与機構を用いることもできる。
【0021】
ブレーキペダル12は、運転者による踏み込み操作に応じて作動液としてのブレーキフルードを送り出すマスタシリンダ14に接続されている。ブレーキペダル12には、その踏み込みストロークを検出するためのストロークセンサ46が設けられている。ストロークセンサ46は2系統のセンサすなわち出力系統が並列に設けられている。ストロークセンサ46のこれら2つの出力系統は、踏み込みストロークをそれぞれ独立かつ並列的に計測して出力する。複数の出力系統を備えることにより、いずれかの出力系統が故障したとしても踏み込みストロークを測定することができるのでフェイルセーフ性を高める上で有効である。また複数の出力系統からの出力を加味して(例えば平均して)ストロークセンサ46の出力とすることにより、一般に信頼性の高い出力を得ることができる。
【0022】
ストロークセンサ46は、例えば、踏み込みストロークの変動による磁場変化を電気信号に変換して検出するホール素子を搭載する非接触形式のセンサである。この種のセンサは、非接触センサとしてはコストおよび信頼性に比較的優れているという点で好ましい。また、接触式のストロークセンサで起こるような接触による摩耗粉が発生しない。ホール素子を検出素子とする場合には、検出された電圧値が増幅器により増幅され計測値として出力される。各出力系統から並列的に出力された検出値は、例えばECU200にそれぞれ入力され、ECU200は入力された検出値を利用してストローク量を演算する。演算されたストローク量は例えば目標減速度の演算に用いられる。なおストロークセンサ46は、3つ以上の出力系統を並列に備えていてもよい。
【0023】
マスタシリンダ14の一方の出力ポートには、運転者によるブレーキペダル12の操作力に応じた反力を創出するストロークシミュレータ24が接続されている。マスタシリンダ14とストロークシミュレータ24とを接続する流路の中途には、シミュレータカット弁23が設けられている。シミュレータカット弁23は、非通電時に閉状態にあり、運転者によるブレーキペダル12の操作が検出された際に開状態に切り換えられる常閉型の電磁開閉弁である。なお、シミュレータカット弁23を設置することは必須ではなく、ストロークシミュレータ24がシミュレータカット弁23を介することなくマスタシリンダ14に直接接続されていてもよい。
【0024】
マスタシリンダ14の一方の出力ポートには更に右前輪用のブレーキ油圧制御管16が接続されており、ブレーキ油圧制御管16は、図示されない右前輪に対して制動力を付与する右前輪用のホイールシリンダ20FRに接続されている。また、マスタシリンダ14の他方の出力ポートには、左前輪用のブレーキ油圧制御管18が接続されており、ブレーキ油圧制御管18は、図示されない左前輪に対して制動力を付与する左前輪用のホイールシリンダ20FLに接続されている。
【0025】
右前輪用のブレーキ油圧制御管16の中途には、右マスタカット弁27FRが設けられており、左前輪用のブレーキ油圧制御管18の中途には、左マスタカット弁27FLが設けられている。なお、以下では適宜、右マスタカット弁27FRおよび左マスタカット弁27FLを総称して、マスタカット弁27という。
【0026】
マスタカット弁27は、ON/OFF制御されるソレノイドおよびスプリングを有しており、規定の制御電流の供給を受けてソレノイドが発生させる電磁力により閉弁状態が保証され、ソレノイドが非通電状態にある場合に開とされる常開型電磁制御弁である。開状態とされたマスタカット弁27は、マスタシリンダ14と前輪側のホイールシリンダ20FRおよび20FLとの間でブレーキフルードを双方向に流通させることができる。ソレノイドに規定の制御電流が通電されてマスタカット弁27が閉弁されるとブレーキフルードの流通は遮断される。
【0027】
また、右前輪用のブレーキ油圧制御管16の中途には、右前輪側のマスタシリンダ圧を検出する右マスタ圧力センサ48FRが設けられており、左前輪用のブレーキ油圧制御管18の途中には、左前輪側のマスタシリンダ圧を計測する左マスタ圧力センサ48FLが設けられている。ブレーキ制御装置10では、運転者によってブレーキペダル12が踏み込まれた際、ストロークセンサ46によりその踏み込み操作量が検出されるが、これらの右マスタ圧力センサ48FRおよび左マスタ圧力センサ48FLによって検出されるマスタシリンダ圧からもブレーキペダル12の踏み込み操作力(踏力)を求めることができる。このように、ストロークセンサ46の故障を想定して、マスタシリンダ圧を2つの圧力センサ48FRおよび48FLによって監視することは、フェイルセーフの観点からみて好ましい。なお、以下では適宜、右マスタ圧力センサ48FRおよび左マスタ圧力センサ48FLを総称して、マスタシリンダ圧センサ48という。
【0028】
また、マスタシリンダ14には、ブレーキフルードを貯留するためのリザーバタンク26が接続されている。リザーバタンク26には、油圧給排管28の一端が接続されており、この油圧給排管28の他端には、モータ32により駆動されるオイルポンプ34の吸込口が接続されている。オイルポンプ34の吐出口は、高圧管30に接続されており、この高圧管30には、アキュムレータ50とリリーフバルブ53とが接続されている。本実施形態では、オイルポンプ34として、モータ32によってそれぞれ往復移動させられる2体以上のピストン(図示せず)を備えた往復動ポンプが採用される。また、アキュムレータ50としては、ブレーキフルードの圧力エネルギを窒素等の封入ガスの圧力エネルギに変換して蓄えるものが採用される。なお、モータ32、オイルポンプ34、およびアキュムレータ50は、ブレーキアクチュエータ80とは別体のパワーサプライユニットとして構成されてブレーキアクチュエータ80の外部に設けられていてもよい。
【0029】
アキュムレータ50は、オイルポンプ34によって例えば14〜22MPa程度にまで昇圧されたブレーキフルードを蓄える。また、リリーフバルブ53の弁出口は、油圧給排管28に接続されており、アキュムレータ50におけるブレーキフルードの圧力が異常に高まって例えば25MPa程度になると、リリーフバルブ53が開弁し、高圧のブレーキフルードは油圧給排管28へと戻される。更に、高圧管30には、アキュムレータ50の出口圧力、すなわち、アキュムレータ50におけるブレーキフルードの圧力を検出するアキュムレータ圧センサ51が設けられている。
【0030】
そして、高圧管30は、増圧弁40FR,40FL,40RR,40RLを介して右前輪用のホイールシリンダ20FR、左前輪用のホイールシリンダ20FL、右後輪用のホイールシリンダ20RRおよび左後輪用のホイールシリンダ20RLに接続されている。以下適宜、増圧弁40FR〜40RLを総称して「増圧弁40」という。増圧弁40は、リニアソレノイドおよびスプリングを有しており、何れもソレノイドが非通電状態にある場合に閉とされる常閉型の電磁流量制御弁(リニア弁)である。増圧弁40は、上流側のアキュムレータ圧と下流側のホイールシリンダ圧との差圧が当該弁を開弁させようとする力として作用するように設置されている。増圧弁40は、それぞれのソレノイドに供給される電流に比例して弁の開度が調整される。増圧弁40を通じて上流圧すなわちアキュムレータ圧が供給されホイールシリンダ20は増圧される。
【0031】
また、右前輪用のホイールシリンダ20FRと左前輪用のホイールシリンダ20FLとは、それぞれ前輪側の減圧弁42FRまたは42FLを介して油圧給排管28に接続されている。減圧弁42FRおよび42FLは、必要に応じてホイールシリンダ20FR,20FLの減圧に利用される常閉型の電磁流量制御弁(リニア弁)である。減圧弁42FRおよび42FLは、それぞれリニアソレノイドおよびスプリングを有しており、何れもソレノイドが非通電状態にある場合に閉とされ、それぞれのソレノイドに供給される電流に比例して弁の開度が調整される。減圧弁42FRおよび42FLは、上流側のホイールシリンダ圧と下流側のリザーバ圧(大気圧)との差圧が当該弁を開弁させようとする力として作用するように設置されている。
【0032】
一方、右後輪用のホイールシリンダ20RRと左後輪用のホイールシリンダ20RLとは、常開型の電磁流量制御弁である減圧弁42RRまたは42RLを介して油圧給排管28に接続されている。後輪側の減圧弁42RRまたは42RLは、それぞれリニアソレノイドおよびスプリングを有しており、何れもソレノイドが非通電状態にある場合に開とされ、それぞれのソレノイドに供給される電流に比例して弁の開度が調整される。また、電流の大きさがホイールシリンダ圧に応じて定まる所定の電流値を超えた場合には閉弁される。減圧弁42RRおよび42RLは、上流側のホイールシリンダ圧と下流側のリザーバ圧(大気圧)との差圧が当該弁を開弁させようとする力として作用するように設置されている。以下、適宜、減圧弁42FR〜42RLを総称して「減圧弁42」という。
【0033】
また、右前輪用、左前輪用、右後輪用および左後輪用のホイールシリンダ20FR〜20RL付近には、それぞれ対応するホイールシリンダ20に作用するブレーキフルードの圧力であるホイールシリンダ圧を検出するホイールシリンダ圧センサ44FR,44FL,44RRおよび44RLが設けられている。以下、適宜、ホイールシリンダ圧センサ44FR〜44RLを総称して「ホイールシリンダ圧センサ44」という。
【0034】
ブレーキアクチュエータ80は、本実施形態における制御部としての電子制御ユニット(以下「ECU」という)200によって制御される。ブレーキECU200は、各種演算処理を実行するCPU、各種制御プログラムを格納するROM、データ格納やプログラム実行のためのワークエリアとして利用されるRAM、入出力インターフェース、メモリ等を備えるものである。
【0035】
図2は、図1のブレーキECU200のうち、本実施形態に係る温度ドリフト補正に関与する部分の構成を示す機能ブロック図である。ここに示す各ブロックは、ハードウェア的には、コンピュータのCPUやメモリをはじめとする素子や機械装置で実現でき、ソフトウェア的にはコンピュータプログラム等によって実現されるが、ここでは、それらの連携によって実現される機能ブロックとして描いている。したがって、これらの機能ブロックはハードウェア、ソフトウェアの組合せによっていろいろなかたちで実現できることは、当業者には理解されるところである。
【0036】
零点補正部206は、適切なタイミングでストロークセンサ46の零点補正を実施する。実施のタイミングは例えばイグニッションオン時や所定距離の走行時などであり、ブレーキペダルが踏まれているときには実施しない。
【0037】
温度決定部210は、車室内の任意の場所に設置されている温度センサ90の検出値を受け取り、温度を求める。温度決定部210は、零点補正部206で零点補正が実施されたときの温度をメモリに記憶する。
【0038】
検出値補正部220は、ストロークセンサ46から検出値Sを受け取る。温度決定部210は、現時点の温度と零点補正実施時の温度から温度変化量ΔTを算出し、検出値補正部220に渡す。検出値補正部220は、次式にしたがって検出値Sを補正する。
=S−C*ΔT (1)
但し、Sは補正後のセンサ検出値(以下、「補正ストローク値」と呼ぶ)を表す。Cは、実験などに基づき予め決定される単位温度当たりのストローク検出値変化量である。
【0039】
ブレーキ判定部230は、補正ストローク値Sと、所定の制動要求判定閾値とを比較してドライバーからの制動要求の有無を判定する。制動要求有りと判定した場合は、所定の計算式にしたがって目標減速度を演算し、目標減速度にしたがってブレーキアクチュエータ80の各要素を制御する。
【0040】
ブレーキペダルに取り付けられる一般的な接触式ストロークセンサでは、可変抵抗の抵抗比によってストローク量を検出するので、ストロークセンサ周囲の温度が変化しても抵抗比が変化することはなく、温度ドリフトは発生しない。これに対し、本実施形態のようなホール素子を利用した非接触式のストロークセンサでは、上述のように温度ドリフトが発生し、その結果、ストローク検出値が実際よりも大きいかあるいは小さい方向にずれて検出される。特に、ストローク検出値が実際よりも大きい方向、つまりペダルを踏む方向にずれて検出されると、ブレーキペダルからドライバーが足を離している状態でも、ブレーキ判定部により制動要求がなされていると判定されてしまい、その結果ブレーキオフ時にブレーキキャリパの引き摺りが生じる可能性がある。
【0041】
この問題は、非接触式ストロークセンサの零点補正を頻繁に実施することでも解決できるが、例えば車両が渋滞に巻き込まれたときのように、ブレーキペダルが長い間踏まれており零点補正をしたことでブレーキ制御に影響が及ぶ状態では、零点補正を実施することが困難である。
【0042】
これに対し、以上で説明した実施の形態1によると、検出値補正部220がストロークセンサ周囲温度の代わりに車室内温度を用いて、ストロークセンサ46の検出値の温度ドリフトを補正した補正ストローク値Sを求める。これによって、零点補正が長期間できない場合でも、温度ドリフトに起因するストローク値ずれによるブレーキキャリパの引き摺りを防止できる。また、ストロークセンサ専用の温度センサを用いず、一般に高級車中心に装備されている車室内温度センサを用いることで、コストの上昇を避けることができる。
【0043】
実施の形態2.
図3は、実施の形態2に係るECU200の構成を示す。実施の形態1では、車室内に設置された温度センサを用いてストロークセンサの周囲温度を決定したが、この実施形態では、温度センサを用いずに、零点補正完了時からの経過時間を用いてストロークセンサ周囲温度を求める。
【0044】
温度決定部240は現在温度推定部244を含む。現在温度推定部244は、前回の零点補正完了時から現時点までの経過時間tを内蔵タイマで計測し、予め設定されているストロークセンサ温度の時間変化率Dを用いてストロークセンサ周囲の温度変化量ΔTを推定する。これを式で表すと、以下のようになる。
ΔT=D*t (2)
但し、Dは実験などで求められた定数に設定される。図4は、経過時間tと推定温度変化量ΔTの関係を示す。
【0045】
検出値補正部220は、推定温度変化量ΔTを用い、上記式(1)にしたがって補正ストローク値Smを計算する。
【0046】
上記式(2)では、経過時間tに対して推定温度変化量ΔTが比例して上昇するものとして記載したが、現実の環境では、例えば図5に示すように、経過時間tに対して温度変化量ΔTがS字カーブを描いて増加することが多い。そこで、現在温度推定部244は、図5に示すカーブを表したテーブルを保持し、このテーブルを参照してタイマで計測された経過時間tに対する推定温度変化量ΔTを求めるようにしてもよい。
あるいは、式(2)または図5のテーブルにしたがって計算される温度変化量ΔTに対して、図6に示すように上限値Tthを設定してもよい。これにより、経過時間tが長くなるにつれて温度変化量ΔTが実際よりも高温に算出されるのを回避することができる。
【0047】
以上説明したように、実施の形態2によると、零点補正完了時からの経過時間を用いてストロークセンサ周囲での温度変化を推定し、これに基づきストロークセンサの温度ドリフトを補正することができる。一般に車室内温度センサは比較的安価な自動車には搭載されていないが、この実施形態によればセンサの有無によらずあらゆる車両でストロークセンサの温度ドリフト補正をすることができる。
【0048】
実施の形態3.
図7は、実施の形態3に係るブレーキECU200の構成を示す図である。図7において、検出値補正部250は、上昇温度算出部254と比較部256とを含む。上昇温度算出部254は、温度センサ90から測定値を受け取り、工場等で行われるストロークセンサの初期設定時の温度(固定値、例えば20℃)からの上昇温度ΔTを求める。比較部256は、図5に関して説明した温度テーブルを用いた推定温度変化量ΔTを温度決定部240から受け取る。そして、推定温度変化量ΔTと上昇温度ΔTとを比較し、小さい方の値をブレーキ判定部230に送る。
【0049】
この様子を図8に示す。図8から、経過時間tがある値以上になると、推定温度変化量ΔTではなく上昇温度ΔTが比較部256で選択されることが分かる。
【0050】
以上説明したように、実施の形態3によると、推定温度変化量ΔTに対し、上昇温度ΔTが上限値の役割を果たすので、経過時間tが長くなるにつれてΔTが高温に算出されるのを回避することができる。特に、車両が非常に低温または高温の環境下で走行している場合には、零点補正完了時からの経過時間tが長くなるほど推定温度変化量ΔTeが不正確になるので、ΔTuを使用する方が正確な判定ができることが多い。
【0051】
上述の実施の形態では、ストロークセンサの検出値を補正することで温度ドリフトの影響を軽減することを述べた。しかしながら、例えばブレーキペダルが踏まれている間にストロークセンサ検出値が補正されると、それに応じて目標減速度も補正されてしまうため、ブレーキフィーリングを悪化させるおそれがある。
【0052】
そこで、上述の各実施の形態において、ストロークセンサ検出値を補正する前に、ブレーキペダルが踏まれているか否かを判定するステップを追加してもよい。
【0053】
代替的に、ストロークセンサ検出値を補正する代わりに、ブレーキ判定部による制動要求判定の閾値をストロークセンサ周囲温度に応じて補正してもよい。例えば、温度が高くなり式(1)に示したようにストロークセンサ検出値Sから温度ドリフト分を減算する代わりに、制動要求と判定するための閾値をその分高い値に設定する。言い換えると、検出値のずれ分だけ閾値も大きく設定する。こうすれば、ブレーキペダルを踏んでいないときに制動要求があると判定されるのを回避することができ、したがってブレーキキャリパの引き摺りを防止することができる。
なお、上述の制動要求判定の閾値は、目標減速度が増加する場合と減少する場合とで異なる値に設定されてもよい。
【0054】
以上、本発明をいくつかの実施の形態をもとに説明した。これらの実施の形態はあくまで例示であり、実施の形態どうしの任意の組合せ、実施の形態の各構成要素や各処理プロセスの任意の組合せなどの変形例もまた、本発明の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【0055】
本発明は、上述の各実施形態に限定されるものではなく、当業者の知識に基づいて各種の設計変更等の変形を加えることも可能である。各図に示す構成は、一例を説明するためのもので、同様な機能を達成できる構成であれば、適宜変更可能である。
【符号の説明】
【0056】
10 ブレーキ制御装置、 12 ブレーキペダル、 80 ブレーキアクチュエータ、 90 温度センサ、 200 ECU、 206 零点補正部、 210 温度決定部、 220 検出値補正部、 230 ブレーキ判定部、 240 温度決定部、 244 現在温度推定部、 250 検出値補正部、 254 上昇温度算出部、 256 比較部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両のブレーキペダルのストローク値を検出する非接触式のストロークセンサと、
前記ストロークセンサの周囲温度を求める温度決定手段と、
前記ストロークセンサの零点補正実施時の温度に対するストロークセンサ周囲温度の変化量と、予め設定された単位温度当たりのストローク値変化量とを用いて、ストローク値を補正する検出値補正手段と、
補正されたストローク値と所定の閾値とを比較して、ドライバーからの制動要求の有無を判定する制動要求判定手段と、
を備えることを特徴とするブレーキ制御装置。
【請求項2】
前記温度決定手段は、前記ストロークセンサの零点補正時から現時点までの経過時間に基づきストロークセンサ周囲の温度変化量を推定する温度推定手段を備え、
前記検出値補正手段は、推定された温度変化量を使用してストローク値を補正することを特徴とする請求項1に記載のブレーキ制御装置。
【請求項3】
前記検出値補正手段は、
前記ストロークセンサの零点補正実施時の温度に対するストロークセンサ周囲温度の変化量を求める上昇温度算出手段と、
前記上昇温度算出手段で求められた温度変化量と、前記温度推定手段で推定された温度変化量とを比較し、小さい方の値を用いてストローク値を補正する比較手段と、
をさらに備えることを特徴とする請求項2に記載のブレーキ制御装置。
【請求項4】
前記検出値補正手段は、ストローク値を補正する代わりに、前記制動要求判定手段における閾値を補正することを特徴とする請求項1に記載のブレーキ制御装置。
【請求項5】
前記温度決定手段は、車室内に設置された温度センサを有することを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載のブレーキ制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−269771(P2010−269771A)
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−125777(P2009−125777)
【出願日】平成21年5月25日(2009.5.25)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】