説明

ブロンズ法Nb3Sn超電導線材製造用NbまたはNb基合金棒、Nb3Sn超電導線材製造用前駆体およびその製造方法、並びにNb3Sn超電導線材

【課題】Nb3Sn超電導線材を製造するときに用いるNbまたはNb基合金における加工性(特に、押出し比)を高めることのできるようなNbまたはNb基合金棒、およびこのようなNbまたはNb基合金棒を用いて良好な超電導特性(特に、臨界電流およびn値)を発揮する超電導線材、およびそのための前駆体とその製造方法を提供する。
【解決手段】Nb3Sn超電導線材製造用NbまたはNb基合金棒は、ブロンズ法によってNb3Sn超電導線材を製造するために用いられるNbまたはNb基合金棒であって、横断面中心点を通り長手方向に平行な縦断面における結晶組織の再結晶率が78%以上であり、且つ室温における0.2%耐力の値が220MPa以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブロンズ法によってNb3Sn超電導線材を製造する際に素材として用いられるNbまたはNb基合金棒、およびこうしたNbまたはNb基合金棒を用いて構成される超電導線材製造用前駆体とその製造方法、並びにNb3Sn超電導線材に関するものである。詳細には、前駆体製造の際の押し出し等の減面加工時における加工上の不都合を発生させることなく、良好な超電導特性を発揮し、高分解能核磁気共鳴(NMR)分析装置のマグネットに代表される液体ヘリウム浸漬冷却型の超電導マグネットや、冷凍機冷却型の超電導マグネットに適用される素材として有用なNb3Sn超電導線材、およびそのための前駆体とその製造方法、並びにこれらを製造するために用いるNbまたはNb基合金棒に関するものである。
【背景技術】
【0002】
超電導線材を巻回したコイルに大電流を流し強磁場を発生させる超電導マグネットは、核磁気共鳴(NMR)分析装置や物性評価装置の他に、核融合装置等への応用を目指して、その開発が進められている。このうちNMR分析装置は、結晶化できない生体高分子やタンパク質の分子構造を解析できる唯一の装置であり、ポストゲノム開発を推進するための強力なツ−ルである。また、この装置では、超電導マグネットが発生する磁場が高ければ高い程、分析の分解能が向上しNMR信号とノイズの比が高くなって、より短時間での分析が可能となる。そして、上記の様な超電導マグネットの構成素材としては、従来からNb3Sn超電導線材が代表的なものとして汎用されている。
【0003】
図1は、ブロンズ法によって製造されるNb3Sn超電導線材の二次多芯ビレット段階での断面構造を模式的に示した説明図であり、図中1はNbまたはNb基合金芯、2は線状のCu−Sn基合金製母材(ブロンズマトリックス)、3は拡散バリア層、4は安定化銅、5は一次スタック材、6は外層ケース、7は二次多芯ビレット(Nb3Sn超電導線材製造用前駆体)を夫々示す。
【0004】
まず図1に示すように、六角断面に成形したCu−Sn基合金製母材2に複数(この図では7)のNbまたはNb基合金芯1を埋設して複合材(一次スタック材5)を構成し、この一次スタック材5を複数束ねて、拡散バリア層3としてのNbシートやTaシートを巻いたパイプ状のCu−Sn基合金(外層ケース6)内に挿入し、或は束ねた一次スタック材に直接NbシートやTaシートを巻き付け、更にその外側に安定化銅4を配置して二次多芯ビレット7を組み立てる。尚、前記拡散バリア層3は、Nb3Sn生成のための熱処理時にSnの外方への拡散を抑制する機能を発揮するものである。また安定化銅4は、Nb3Sn超電導線材の安定化材として配置されるものであり、例えば無酸素銅からなるものである。
【0005】
図1に示した二次多芯ビレットを、静水圧押出しし、続いて引抜き加工等の減面加工を施してNb3Sn超電導線材製造用多芯型前駆体とする。その後、650〜720℃程度の温度で100時間ほどの熱処理(拡散熱処理)をすることにより、NbまたはNb基合金芯1の表面近傍(この場合には、Cu−Sn基合金製母材2とNbまたはNb基合金芯1の界面)にNb3Sn相を形成させるものである。
【0006】
尚、上記構成では、二次多芯ビレット7における安定化銅4は、最外層として設けたものを示したけれども、安定化銅4の位置は、二次多芯ビレット7の中心部(軸芯部)に設ける構成も採用される。また、図1に示したものは、二次多芯ビレット7の断面形状は円形のものを示したが、例えば図2に示すような断面矩形状のもの(平角線材)も採用される。
【0007】
上記の二次多芯ビレットの押出し以後の引抜き加工では、健全に加工するために、1パス当たりの減面率が20%程度以下の低い値に設定されることが多い。そのため、所定の線径まで加工するためのパススケジュールが、非常に長くなる。また、ブロンズは加工硬化が激しく生じるため、焼鈍して軟らかくする必要があり、そのために更に余計に時間が必要となる。このようにして長くなるパススケジュールを少しでも短くするために、上記の二次ビレットの押出し比(=ビレットの断面積/押出し後の部材の断面積)を大きくし、後の引き抜き工程を短くすることが求められている。しかし、現状では押出し比は15〜20が限界であり、それよりも押出し比を大きくしようとすると、押出し時にビレット内部の圧力のバランスが崩れて、NbまたはNb基合金芯が太くあるいは細く変形したり(所謂ソーセージング現象)、場合によってはNbまたはNb基合金芯が切断されたりすることがある。
【0008】
この課題を解決するために、原材料の変形抵抗を従来よりも小さくして、加工性を向上させることが考えられる。Nb3Sn超電導線材の製造用前駆体の原材料として、Nb棒については、その中の酸素や窒素の不純物濃度を20〜200ppmの範囲に制御することにより、加工性と超電導特性を向上させることが提案されている(例えば、特許文献1)。
【0009】
本発明者らが実験によって確認したところ、そのようなNb棒を用いても、押出し比については、従来と同等(押出し比で15〜20)の条件でしか押出すことができないことが判明した。それよりも大きい押出し比で押出し加工した場合には、押出し後の断面を観察すると、Nb芯が部分的に断線して消失していることが分かった。このように、押出し比を20超に設定した場合は、健全に押出すことが困難であった。
【0010】
Nb棒の工業規格については、米国材料試験協会(American Society for Testing and Materials:ASTM、世界最大の民間・非営利の国際標準化・規格設定機関)のB392−99がある。この規格では、0.2%耐力は73MPa以上となっている。しかし、上限が規定されているわけではなく、この規格に合格したものがそのまま高押出し比の加工に使用できるわけではない。
【0011】
また、Nb棒の平均結晶粒径については、加工性を維持するために5〜100μmにすることも提案されているが(例えば特許文献2)、こうした要件を満足させるだけでは押出し比を20超にすることは困難であった。
【特許文献1】特開平8−138467号公報
【特許文献2】特開2007−141796号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明はこうした状況の下でなされたものであって、その目的は、Nb3Sn超電導線材を製造するときに用いるNbまたはNb基合金における加工性(特に、押出し比)を高めることのできるようなNbまたはNb基合金棒、およびこのようなNbまたはNb基合金棒を用いて良好な超電導特性(特に、臨界電流およびn値)を発揮する超電導線材、およびそのための前駆体(超電導線材製造用前駆体)とその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成することできた本発明の超電導線材製造用NbまたはNb基合金棒とは、ブロンズ法によってNb3Sn超電導線材を製造するために用いられるNbまたはNb基合金棒であって、軸心を通り長手方向に平行な断面における結晶組織の再結晶率が78%以上であり、且つ0.2%耐力の値が220MPa以下である点に要旨を有するものである。
【0014】
上記Nb3Sn超電導線材製造用NbまたはNb基合金棒においては、(a)平均結晶粒径が10〜50μmであることや、(b)外表面の平均ビッカース硬さHvが50〜120であること、等の要件を満足することが好ましい。
【0015】
上記のようなNbまたはNb基合金棒を用い、Cu−Sn基合金と複合化して複合材とし、該複合材を押出し加工し、更に複数本を束ねて減面加工することによって線材化することで、良好な超電導特性を発揮するNb3Sn超電導線材を得る上で有用な前駆体を製造することができる。
【0016】
また上記のような超電導線材製造用前駆体を熱処理して超電導相を形成することによって、良好な超電導特性を発揮するブロンズ法Nb3Sn超電導線材が得られる。
【発明の効果】
【0017】
本発明を適用することにより、これまで難しかった20より大きい押出し比でブロンズ法Nb3Sn超電導線材製造用前駆体を押出すことが可能になり、製造工程が短縮できると共に、安価に安定してNb3Sn線材の前駆体を製造することが可能となり、この様な前駆体から得られるNb3Sn超電導線材は良好な超電導特性を発揮するものとなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明者らは、前記課題を解決するために様々な角度から検討した。二次多芯ビレットを押出し加工する際、構成材料のブロンズが加工発熱によっても融けない範囲で高温にするという観点から、600℃程度の温度に加熱されることが多い。二次多芯ビレットの構成材料である一次スタック材のブロンズ(例えば、Cu−15%Sn−0.3%Ti:「%」については「質量%」の意味、化学成分組成については以下同じ)とNbまたはNb基合金芯(以下、「Nb芯」で代表することがある)を切り出し、600℃付近で引張り試験を行った結果、ブロンズ(Cu−Sn基合金)の引張り強さに比べて、Nb芯の引張り強さが20倍以上に大きいことがわかった。押出しの際の加工バランスはこの差が小さいほど望ましい。
【0019】
そこで、0.2%耐力が異なる複数のNbまたはNb基合金棒(以下、「Nb棒」で代表することがある)を準備し、それらを用いて二次多芯ビレット用の一次スタック材を作製し、その中のNb芯を600℃で引張り試験を行って、引張り強さと0.2%耐力との関係を調べたところ、0.2%耐力を低減させることにより、600℃におけるNb芯の引張り強さを低下させることが可能であることが判明した。換言すると、Nb棒の0.2%耐力を低減させることにより、600℃におけるNb芯とブロンズの引張り強さの差を低減することが可能であり、押出し時の加工バランスを改善できることが明らかになったのである。尚、本発明における上記「0.2%耐力」は、常温(25℃)での値である。
【0020】
そして、軸心(横断面中心点)を通り長手方向に平行な断面(縦断面)における結晶組織での再結晶率が78%以上であり、且つ上記0.2%耐力の値が220MPa以下のNb棒(またはNb基合金棒)を用いることにより、Nb結晶粒による加工性向上効果を発揮させながら、ブロンズとの加工バランスを維持させて、押出し比で20を超える様な強加工が可能になったのである。
【0021】
0.2%耐力は材料を塑性変形させるために必要な応力であり、上述したように、複合材の場合は異種材料の0.2%耐力同士を近づけることにより、単一材と同じようなバランスで加工することが可能となる。従って、Nb棒(またはNb基合金棒)を健全に加工するうえで要求される0.2%耐力の適正範囲は、ブロンズの0.2%耐力との関係で決まることになる。尚、Nb棒の0.2%耐力の下限値としては、55MPaのものまで使用可能であることを確認している(後記実施例7参照)。
【0022】
Nb棒の0.2%耐力の値を220MPa以下にすることにより、ブロンズとの引張り強さの差が小さくなり、押出し時の加工バランスが向上する。尚、引張り試験における機械的特性値は、歪み増加率に依存して変化する。こうした観点から、0.2%耐力を測定するための室温での引張り試験における歪み増加率は、5〜10%/minとする。
【0023】
一方、結晶組織の再結晶率は、Nb棒の単一材としての加工の余裕度を示している。Nb棒の0.2%耐力が適正範囲であっても、再結晶率が低ければ加工限界に達して加工できなくなる。Nb棒の再結晶率を78%以上にすることにより、加工による歪みが入っていない再結晶粒の比率が増え、Nb棒が加工に余裕のあるものとなる。
【0024】
このように、Nb棒の0.2%耐力および再結晶率の値を上記のように設定することにより、後記実施例に示すように、押出し比を20よりも大きな状態で押出し加工を行っても、Nb芯に断線が生じなくなるのである。本発明のNb棒においては、結晶組織の再結晶率は93%以上で、且つ0.2%耐力の値が172MPa以下であることがより好ましい。尚、「結晶組織の再結晶率」は、後記実施例で示した方法によって求められる値である。
【0025】
従来のNb棒においては、加工性を維持するためには平均結晶粒径を5〜100μmにすることが有用であることが示されている(前記特許文献2)。しかしながら、本発明のNb棒においては、押出し比をより高くするという観点から、Nb棒の平均結晶粒径に対する要求範囲は狭くなる。即ち、Nb棒の平均結晶粒径を10〜50μmにすることにより、均一な加工性を維持しながら伸び(「伸び」は、引張り試験の際に試験片に取り付けたゲージの間隔が初期値に比べてどれだけ長くなったかその比率を意味する。)を50%以上の大きな値に高め得ることをも見出している。
【0026】
Nb棒における平均結晶粒径が50μmを超えると伸びが低下する。一方、平均結晶粒径が10μm未満となると、上記0.2%耐力の値が大きくなってしまい、押出し時のブロンズとの加工バランスが乱れ、Nb芯の部分断線などの異常が生じる。これは、結晶粒径が小さくなると結晶粒界が増加し、塑性加工を生じるときに、原子の移動に対して結晶粒界が妨げになり、高い応力が必要となるためである。Nb棒の平均結晶粒径の更に好ましい範囲は10〜30μm程度である。尚、上記「平均結晶粒径」は、後記実施例で示した方法によって求められる値である。
【0027】
ところで、超電導線材における臨界電流密度やn値などの超電導特性を向上させるためには、押出し後の冷間引き抜き加工などの減面加工も重要である。減面加工を行うときに、健全加工を実現するために重要な因子はNb芯の硬さである。こうした減面加工(冷間加工)では、ブロンズの硬さはNb棒の硬さを上回っており、原材料のNb棒の外表面の平均ビッカース硬さHvが50未満の場合には、両者の硬さの差が大きくなるため冷間加工バランスが乱れ、上記の超電導特性が劣化することになる。
【0028】
また、Nb棒の外表面の平均ビッカース硬さHvが120を超える場合は、ビッカース硬さのバラツキが大きくなり、超電導特性の線材長手方向の分布が大きくなって問題が生じる。Nb棒の外表面の平均ビッカース硬さHvを50〜120の範囲内にすることによって、冷間加工バランスを良好に保ちながら、線材長手方向の分布も小さく超電導特性を向上させることが可能となる。尚、Nb棒の外表面の平均ビッカース硬さHvのより好ましい下限は60であり、より好ましい上限は90である。またNb棒の外表面の平均ビッカース硬さHvは、後記実施例で示した方法によって求められる値である。
【0029】
上記のようなNb棒(またはNb基合金棒)を作製するには、不純物としての水素濃度が10ppm以下であり、窒素濃度が30ppm以下であり、且つ炭素、酸素の濃度の合計が60ppm以下である高純度のインゴットを用いることが好ましい。高純度のインゴットの製造には、電子ビーム溶解などの真空溶解法が適用されるが、例えば電子ビーム溶解の場合は、1回の溶解ではなく、2回、3回と溶解を繰り返すことにより、従来(例えば特許文献1)よりもさらに純度の高いインゴットを製造することが可能である。
【0030】
このような高純度のインゴットを棒状に加工し、引き続き900〜1800℃の温度で所定時間最終焼鈍を行った後、冷間加工は全く行わないか、または加工率が5%程度以下の冷間加工を行う。また場合によっては、更に再焼鈍も行う。それ以外の条件・工程については従来公知のものを適用することができる。このようなプロセスにより、所定の0.2%耐力や再結晶率、平均結晶粒径、平均ビッカース硬さHvなどを具備するNb棒またはNb基合金棒を作製することができる。
【0031】
次に、本発明のNb棒で規定する各要件を制御するための具体的な製造条件について説明する。まず再結晶率を78%以上にするには、Nbインゴットを熱間押出し、冷間圧延加工して押出し後の減面率が約20%以上の状態で最終形状に加工した後、約950℃で約1時間以上最終焼鈍を行えば良い。このとき、Nbインゴットの純度は再結晶率にあまり影響を及ぼさない。
【0032】
Nb棒の再結晶率を更に93%以上に高めるためには、Nbインゴットを熱間押出し、冷間圧延加工して押出し後の減面率が約50%以上の状態で最終形状に加工した後、約1100℃で約1時間以上最終焼鈍を行うようにすればよい。
【0033】
Nb棒の0.2%耐力を220MPa以下にするには、Nbインゴットを熱間押出し、冷間圧延加工して押出し後の減面率が約20%以上の状態で最終形状に加工した後、約1200℃で約0.2時間以上最終焼鈍を行うようにすればよい。このときのNbインゴットの純度が低いと0.2%耐力が高くなる傾向がある。
【0034】
Nb棒の0.2%耐力を更に172MPa以下にするには、Nbインゴットを熱間押出し、冷間圧延加工して押出し後の減面率が約20%以上の状態で最終形状に加工した後、約1200℃で約2時間以上最終焼鈍を行うようにすればよい。このときも、Nbインゴットの純度が低いと0.2%耐力が高くなる傾向がある。
【0035】
再結晶率78%以上で且つ0.2%耐力が220MPa以下のNb棒を製造するには、少なくともNbインゴットを熱間押出し、冷間圧延加工して押出し後の減面率が約20%以上の状態で最終形状に加工した後、約1200℃で約1時間最終焼鈍を行うようにすれば良い。また0.2%耐力を下げるという観点から、Nbインゴットの純度を高くする必要がある(できるだけ不純物元素を低減する)。
【0036】
また再結晶率が93%以上で且つ0.2%耐力が172MPa以下のNb棒を製造するには、少なくともNbインゴットを熱間押出し、冷間圧延加工して押出し後の減面率が約50% 以上の状態で最終形状に加工した後、約1200℃で約2時間以上最終焼鈍を行う。このときNbインゴットの純度が低いと0.2%耐力が高くなる傾向がある。
【0037】
上記の効果については、基本的にNb棒についてのものであるが、NbにTi,Ta,Zr,Hfよりなる群から選ばれる1種または2種以上を0.01〜5.0%程度含有させたNb基合金棒を用いても、純Nb棒を用いた時と同等の効果が得られることになる。
【0038】
上記のようなNb棒(またはNb基合金棒)を用いて、Cu−Sn基合金と複合化して複合材とし、該複合材を押出し加工し、更に複数本を束ねて減面加工することによって線材化したものでは(前記図1、2参照)、高い押出し比を維持しつつ効率良く安定した超電導線材前駆体が得られ、またこうした前駆体を熱処理して超電導相を形成することによって良好な超電導特性を発揮するブロンズ法Nb3Sn超電導線材が実現できる。
【0039】
尚、本発明を適用できるブロンズ法Nb3Sn線材の構造は、その二次多芯ビレットの断面構造が図1に示したものに限定されないことは勿論である。例えば、前記図1に示した断面構造は、安定化銅が断面の最外層にある外部安定化Nb3Sn前駆体を得るための二次多芯ビレットであるが、安定化銅が断面の中心に存在する内部安定化のブロンズ法Nb3Sn前駆体を得るための二次多芯ビレットについても同様の効果が期待できる。また二次多芯ビレットの断面構造が図2に示したものであっても良い。
【実施例】
【0040】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。尚、以下の実験で示した再結晶率、0.2%耐力、伸び、平均結晶粒径および平均ビッカース硬さHv、並びに超電導線材における超電導特性(臨界電流密度およびn値)は、下記の方法によって測定したものである。
【0041】
[結晶組織の再結晶率の測定方法]
軸心を通り長手方向に平行な面(縦断面)を、顕微鏡で観察したミクロ組織像より、100〜110の結晶粒を無作為に抽出し、長軸の長さを短軸の長さで除したアスペクト比(長軸の長さ/短軸の長さ)が2.5以下の結晶粒を再結晶粒とし、この再結晶粒の数を抽出した全結晶粒数で割った値を再結晶率とした。ここで「長軸の長さ」とは、結晶断面内で直線を引いたとき、結晶粒の表面とその直線が交わる二点の間隔が最も長くなる時の長さであり、「短軸の長さ」とは、結晶断面内で上記長軸の中点を通るように直線を引いた時、結晶粒の表面とその直線が交わる二点の間隔が最も短くなるときの長さである。
【0042】
[0.2%耐力の測定方法]
引張り試験を行って応力−歪み曲線とヤング率を評価して、塑性歪みが0.2%になる応力(常温)を0.2%耐力として求めた。このとき、室温での引張り試験における歪み増加率は、5〜10%/minに調整した。
【0043】
[伸びの測定方法]
日本工業規格の金属材料引張試験方法(JIS Z 2241)に従い、試験片を破断させた後の標点距離の永久伸びを原標点距離で除した値を百分率で示した。
【0044】
[平均結晶粒径の測定方法]
断面(軸心を通り長手方向に平行な断面)を顕微鏡で観察したミクロ組織像に、無作為に一本または複数本の直線を引き、その直線の相当長さをその直線と交差する結晶の数で除した値を平均結晶粒径として求めた。このときの直線と交差する結晶粒の総数は、30〜50とした。
【0045】
[Nb棒の外表面の平均ビッカース硬さHvの測定方法]
Nb棒の長手方向の表面に4〜6箇所の圧痕を打って、各圧痕のサイズから夫々のビッカース硬さを求めて加算平均した値とする。このときの圧痕を打つときの荷重は、10kgf(98N)とした。
【0046】
[超電導特性(臨界電流密度、n値)の測定方法]
超電導線材の超電導特性は、温度4.2K、外部磁場19Tにおける臨界電流を、直流四端子法で、10μV/mの電界基準を用いて測定し、これを線材の銅以外の断面積で除することによって非銅部の臨界電流密度nonCu−Jc(=臨界電流/安定化銅を除いた部分の面積)として求めた。またn値は、10μV/mおよび100μV/mの電界基準を用いて求めた2つの臨界電流の値から求めた。
【0047】
尚、上記「n値」とは、超電導線材における線材方向に流れる電流の均一性、即ち線材長手方向での超電導フィラメントの均一性を示す指標となるものであり、この値が大きいほど超電導特性(即ち、電流の均一性)が優れていると言われているものである。
【0048】
(比較例1)
Nbの電子ビーム溶解の回数を3回として、酸素、窒素の不純物濃度が、夫々50ppm、10ppmのインゴットを作製した。このNbインゴットを熱間押出し、冷間圧延加工して押出し後の減面率が10%の状態で最終形状に加工した後、950℃で30分の最終焼鈍を行い、再結晶率:57%、0.2%耐力:231MPa、平均結晶粒径:120μm、平均ビッカース硬さHv:132、伸び:38%のNb棒を作製した。
【0049】
直径:67mmのCu−15%Sn−0.3%Tiインゴットに、直径:8.0mmの穴を19個空け、前記Nb棒19本を挿入して電子ビーム溶接を行い、一次スタック材用のビレットを作製した。これを600℃で静水圧押出しし、途中で焼鈍を行いながら押出し加工して、対辺間距離:2.5mmの断面が六角である一次スタック材に加工した。この一次スタック材を433本束ね、その外周に厚さ:0.2mmのNbシート巻き、それらを一体化して外径:67mm、内径:60mmの純銅パイプに挿入して、電子ビーム溶接を行い、二次スタック材のビレット(二次多芯ビレット)を作製した。
【0050】
上記二次多芯ビレットを600℃に加熱し、14mmの直径に熱間静水圧押出しした(押出し比22.9)。押出し後の部材の断面観察したところ、一次スタック材単位では、Nb芯が19本存在するはずだが、内部で断線して欠落していることが判明した。このように、Nb芯が内部で断線した前駆体は、熱処理を行ってNb3Sn相を生成しても、長手方向でNb3Snフィラメントが欠落しているため、超電導電流を線材全長に亘って流すことができなくなり、永久電流モードで運転するNMRマグネット等への適用ができなくなる。
【0051】
(比較例2)
比較例1で作製したNbインゴットを熱間押出し、冷間圧延加工して押出し後の減面率が10%の状態で最終形状に加工した後、950℃で1時間の最終焼鈍を行って、再結晶率:74%、0.2%耐力:210MPa、平均結晶粒径:81μm、平均ビッカース硬さHv:128、伸び:42%のNb棒を作製した。
【0052】
直径:67mmのCu−15%Sn−0.3%Tiインゴットに、直径:8.0mmの穴を19個空け、前記Nb棒19本を挿入して電子ビーム溶接を行い、一次スタック材用のビレットを作製した。これを600℃で静水圧押出しし、途中で焼鈍を行いながら減面加工して、対辺間距離:2.5mmの断面が六角である一次スタック材に加工した。この一次スタック材を433本束ね、その外周に厚さ0.2mmのNbシート巻き、それらを一体化して外径:67mm、内径:60mmの純銅パイプに挿入して、電子ビーム溶接を行い、二次スタック材のビレット(二次多芯ビレット)を作製した。
【0053】
上記二次多芯ビレットを600℃に加熱し、14mmの直径に熱間静水圧押出しした(押出し比22.9)。押出し後の部材の断面を観察したところ、比較例1と同様にNb芯が内部で断線し欠落していることがわかった。
【0054】
(比較例3)
比較例1で作製した、Nbインゴットを熱間押出し、冷間圧延加工して押出し後の減面率が50%の状態で最終形状に加工した後、1100℃で1時間の最終焼鈍を行って、再結晶率:93%、0.2%耐力:224MPa、平均結晶粒径:117μm、平均ビッカース硬さHv:125、伸び:40%のNb棒を作製した。
【0055】
直径:67mmのCu−15%Sn−0.3%Tiインゴットに、直径:8.0mmの穴を19個空け、前記Nb棒19本を挿入して電子ビーム溶接を行い、一次スタック材用のビレットを作製した。
【0056】
上記一次スタック材用のビレットを600℃で静水圧押出しし、途中で焼鈍を行いながら減面加工して、対辺間距離:2.5mmの断面が六角である一次スタック材に加工した。この一次スタック材を433本束ね、その外周に厚さ:0.2mmのNbシート巻き、それらを一体化して外径:67mm、内径:60mmの純銅パイプに挿入して、電子ビーム溶接を行い、二次スタック材のビレット(二次多芯ビレット)を作製した。これを600℃に加熱し、14mmの直径に熱間静水圧押出しした(押出し比22.9)。押出し後の部材の断面を観察したところ、比較例1と同様にNb芯が内部で断線し欠落していることがわかった。
【0057】
(比較例4)
Nbの電子ビーム溶解の回数を2回として、酸素、水素の不純物濃度が夫々192ppm、19ppm(比較例1〜3で用いたインゴットよりも高い)のインゴットを作製した。このインゴットを熱間押出し後に減面率:30%の冷間圧延加工を施して、900〜1800℃の温度領域、1〜20時間の最終焼鈍を試みたが[下記(a)〜(c)]、再結晶率:78%以上、0.2%耐力:220MPa以下の両要件を満足するNb棒を作製することができなかった。
【0058】
(a)1200℃で1時間の最終焼鈍
再結晶率:92%、0.2%耐力:253MPa
(b)1200℃で5時間の最終焼鈍
再結晶率:95%、0.2%耐力:243MPa
(c)1200℃で20時間の最終焼鈍
再結晶率:96%、0.2%耐力:243MPa
【0059】
(実施例1)
比較例1で作製したNbインゴットを熱間押出し、冷間圧延加工して押出し後の減面率が約20%以上の状態で最終形状に加工した後、約1200℃で約1時間最終焼鈍を行って、再結晶率:78%、0.2%耐力:205MPa、平均結晶粒径:63μm、平均ビッカース硬さHv:122、伸び:45%、のNb棒を作製した。
【0060】
直径:67mmのCu−15%Sn−0.3%Tiインゴットに、直径:8.0mmの穴を19個空け、前記Nb棒19本を挿入して電子ビーム溶接を行い、一次スタック材用のビレットを作製した。
【0061】
上記一次スタック材用のビレットを600℃で静水圧押出しし、途中で焼鈍を行いながら減面加工して、対辺間距離:2.5mmの断面が六角である一次スタック材に加工した。この一次スタック材を433本束ね、その外周に厚さ:0.2mmのNbシート巻き、それらを一体化して外径:67mm、内径:60mmの純銅パイプに挿入して、電子ビーム溶接を行い、二次スタック材のビレット(二次多芯ビレット)を作製した。これを600℃に加熱し、14mmの直径に熱間静水圧押出しした(押出し比22.9)。押出し後の部材の断面を観察したところ、Nb芯は全て健全に加工されていることが判明した。
【0062】
この部材を冷間引き抜き加工し、断面サイズが1.50×2.50mm2の前駆体線材を作製した。その前駆体に720℃×150時間の熱処理を行ってNb3Sn相を生成させた。熱処理後に、超電導特性を評価したところ、非銅部の臨界電流密度nonCu−Jc(=臨界電流/安定化銅を除いた部分の面積)が130A/mm2であり、n値は30であり、この温度、外部磁場の条件でNMR用線材として充分な特性を有することが確認できた。
【0063】
(実施例2−6)
比較例1で作製したNbインゴットを用い、適当な減面率で冷間圧延加工と、適当な温度と時間で最終焼鈍を行って、下記表1に示すような各種再結晶率、0.2%耐力、平均結晶粒径、平均ビッカース硬さHvを、夫々有する各種Nb棒を作製した。
【0064】
直径:67mmのCu−15%Sn−0.3%Tiインゴットに、直径:8.0mmの穴を19個空け、前記各Nb棒を19本挿入して電子ビーム溶接を行い、一次スタック材用のビレットを作製した。
【0065】
上記一次スタック材用のビレットを600℃で静水圧押出しし、途中で焼鈍を行いながら減面加工して、対辺間距離:2.5mmの断面が六角である一次スタック材に加工した。この一次スタック材を433本束ね、その外周に厚さ0.2mmのNbシート巻き、それらを一体化して外径:67mm、内径:60mmの純銅パイプに挿入して、電子ビーム溶接を行い、二次スタック材のビレット(二次多芯ビレット)を作製した。
【0066】
これを600℃に加熱し、それぞれ異なる直径(実施例2−6の順に、φ13.5mm、φ13.0mm、φ12.7mm、φ12.5mm、φ12.2mm)に熱間静水圧押出しした。(押出し比は、実施例2−6の順に、24.6、26.6、27.8、28.7、30.2)。押出し後の部材の断面を観察したところ、全ての実施例でNb芯は全て健全に加工されていることが判明した。
【0067】
押出し後の各部材を冷間引き抜き加工し、断面サイズが1.50×2.50mm2の前駆体線材を作製した。その前駆体に720℃×150時間の熱処理を行ってNb3Sn相を生成させた。熱処理後に、超電導特性(臨界電流密度、n値)を評価したところ、下記表1に示すような非銅部の臨界電流密度nonCu−Jcとn値が得られ、上記温度、外部磁場の条件でNMR用線材として充分な特性を有することが確認できた。
【0068】
【表1】

【0069】
実施例1−6の順に、押出し比が高くなり、押出し条件が厳しくなっているにもかかわらず、超電導特性としては実施例1とほぼ同等か、それ以上の値が得られている。
【0070】
即ち、実施例1では、再結晶率:78%以上、0.2%耐力:220MPa以下にすることにより、押出し比が22.9でも健全な加工が可能となっているが、実施例2のようにさらに平均結晶粒径:50μm以下にすることにより、更に大きな押出し比でも、実施例1と同等以上の超電導特性を得られている。また、実施例3では、平均ビッカース硬さHvを120以下にすることにより、実施例2よりも大きな押出し比でも同等以上の超電導特性を得られていることが分かる。
【0071】
一方、実施例4では、再結晶率:93%以上、0.2%耐力:172MPa以下にすることにより、実施例1〜3よりも更に大きな押出し比でも、実施例1〜3と同等以上の超電導特性を得られている。また、実施例5では、平均結晶粒径を30μm以下にすることにより、実施例4よりも大きな押出し比で同等以上の超電導特性が得られ、実施例6では、平均ビッカース硬さHvを90以下にすることにより、実施例5よりも大きな押出し比で同等以上の超電導特性が得られていることが分かる。
【0072】
(実施例7)
Nbの電子ビーム溶解の回数を4回として、酸素、窒素の不純物濃度が夫々10ppm、8ppmのインゴットを作製した。このNbインゴットを熱間押出し、冷間圧延加工して押出し後の減面率が約20%以上の状態で最終形状に加工した後、約1200℃で約1時間の最終焼鈍を行って、再結晶率:79%、0.2%耐力:55MPa、平均結晶粒径:61μm、平均ビッカース硬さHv:76、伸び:61%のNb棒を作製した。
【0073】
このNb棒を用い実施例1と同様にして二次スタック材のビレット(二次多芯ビレット)を作製した。これを600℃に加熱し、12.7mmの直径に熱間静水圧押出しした(押出し比27.8)。押出し後の部材の断面を観察したところ、Nb芯は全て健全に加工されていることが判明した。
【0074】
この部材を冷間引き抜き加工し、断面サイズが1.50×2.50mm2の前駆体線材を作製した。その前駆体に720℃×150時間の熱処理を行ってNb3Sn相を生成した。熱処理後に、超電導特性を評価したところ、非銅部の臨界電流密度nonCu−Jcが135A/mm2、n値が32であり、この温度、外部磁場の条件でNMR用線材として充分な特性を有することが確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】ブロンズ法によって製造されるNb3Sn超電導線材の二次多芯ビレット段階での断面構造を模式的に示した説明図である。
【図2】ブロンズ法によって製造されるNb3Sn超電導線材の二次多芯ビレット段階での断面構造の他の例を模式的に示した説明図である。
【符号の説明】
【0076】
1 NbまたはNb基合金芯
2 Cu−Sn基合金製母材(ブロンズマトリックス)
3 拡散バリア層
4 安定化銅
5 一次スタック材
6 外層ケース
7 二次多芯ビレット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ブロンズ法によってNb3Sn超電導線材を製造するために用いられるNbまたはNb基合金棒であって、軸心を通り長手方向に平行な断面における結晶組織での再結晶率が78%以上であり、且つ0.2%耐力の値が220MPa以下であることを特徴とするブロンズ法Nb3Sn超電導線材製造用NbまたはNb基合金棒。
【請求項2】
平均結晶粒径が10〜50μmである請求項1に記載のNbまたはNb基合金棒。
【請求項3】
外表面の平均ビッカース硬さHvが50〜120である請求項1または2に記載のNbまたはNb基合金棒。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のNbまたはNb基合金棒を用い、Cu−Sn基合金と複合化して複合材とし、該複合材を押出し加工し、更に複数本を束ねて減面加工することによって線材化することを特徴とするNb3Sn超電導線材製造用前駆体の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれかに記載のNbまたはNb基合金棒を用い、Cu−Sn基合金と複合化して複合材とし、該複合材を押出し加工し、更に複数本を束ねて減面加工することによって線材化したものであるNb3Sn超電導線材製造用前駆体。
【請求項6】
請求項5に記載のNb3Sn超電導線材製造用前駆体を熱処理して超電導相を形成することによって得られたものであるブロンズ法Nb3Sn超電導線材。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−181744(P2009−181744A)
【公開日】平成21年8月13日(2009.8.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−18075(P2008−18075)
【出願日】平成20年1月29日(2008.1.29)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【出願人】(502147465)ジャパンスーパーコンダクタテクノロジー株式会社 (56)
【Fターム(参考)】