説明

プラスチックへのマイクロ流路形成方法、及びその方法を利用して製造されたプラスチック製バイオチップもしくはマイクロ分析チップ

【課題】 マイクロ流路の平滑性が高く、液体の流動や、微量物質の検出に問題が無く、高性能のプラスチック製バイオチップやマイクロ分析チップを提供すること。
【解決手段】プラスチックからなる表面に、幅1mm以下、深さ1mm以下のマイクロ流路等の微細構造を形成する方法において、底刃フラット、即ち径方向のすかし角が0°の底刃を有するエンドミルを用いて切削加工することを特徴とする、プラスチックへのマイクロ流路形成方法。及びそれによって得られたプラスチック製品。該プラスチック製品から構成されるバイオチップもしくはマイクロ分析チップ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はプラスチックに平滑で微細なマイクロ流路を形成する方式に関するものであり、さらにその方式を利用して製造したプラスチック製品、特にプラスチック製バイオチップまたはマイクロ分析チップに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、創薬研究や臨床検査のハイスループット化を達成する手段として、生理活性物質を固層基板上に固定化したデバイスであるバイオチップが注目されている。固定化される生理活性物質としては、核酸、たんぱく質、抗体、糖鎖、糖タンパク、アプタマーなどが代表的なものであり、特に核酸を固定化したバイオチップである核酸マイクロアレイはすでに多数の商品が上市されている。チップの形態としては、平板の基板上に各種生理活性物質がスポットされ固定化されている形態であり、主に研究機関における研究分析用に活用されている。
【0003】
さらに近年、マイクロ分析チップとか、μTAS(micro total analytical system)とか、ラボオンチップと呼ばれる、微細加工技術を利用した化学反応や分離、分析システムの微小化の研究が盛んになっており、マイクロチャネル(微細流路)上で各種の化学反応、特に生理学的反応を行うことが可能となっている。このシステムにおいては、微少量のサンプルを迅速分析できるため、この特長を生かした次期のバイオチップ、特に医療機関における診断用バイオチップとして商品化されることが期待されており、注目されている(これ以降、これらのシステムを、マイクロ分析チップと称する)。
【0004】
このバイオチップや、マイクロ分析チップは、現在はガラス製のものが主流である。ガラス基板でマイクロ分析チップを作成するためには、たとえば、基板に金属、フォトレジスト樹脂をコートし、マイクロチャネルのパターンを焼いた後にエッチング処理を行う方法がある。しかしガラスは大量生産に向かず非常に高コストであり、プラスチック化が望まれている。
【0005】
プラスチック製のバイオチップやマイクロ分析チップは、種々のプラスチックを用いて射出成形等の各種の成形方法で製造することが可能であり、効率よく経済的なチップ製造が可能であるため、大量生産に向いている。しかし反面、その欠点として少量生産に不向きという問題がある。射出成形のためにはそれぞれ金型を準備しなければ成形ができないからである。そしてプラスチック製品の最も重要な問題としては、マイクロ流路のように微細な部分を持つ金型作成は一般的にはかなり難しく、金型表面の平滑性や精度を十分高く保てないという点が挙げられる。
【0006】
次に、プラスチック製品を少量多品種製造する場合、よく用いられる方法としては切削加工があげられるが、プラスチックは軟化点が低く切削屑が溶け付きやすく、さらに弾性が有り柔らかいために切削加工面がきれいに仕上がらないという問題がある。またバイオチップやマイクロ分析チップ用の微細加工は、通常は凹み部分を作るように流路等を作成する加工であり、この流路の底面を通常の研磨装置等で研磨することは技術的にはかなり難しい。その問題を解決するため、エンドミル等の切削治具の形状を工夫する方法があるが(特許文献1)、加工サイズが小さくなると上記問題は顕著になり、バイオチップやマイクロ化学チップに利用されるマイクロ流路の形成を切削加工で行なうと加工面が非常に汚いことが多く、最適加工条件を見出せない、もしくは見出すのに時間がかかることが多い。特に切削加工における問題としては、エンドミル等の回転歯による切削加工を行うときに発生するツールマークがある。ツールマークとは、ドリルの跡である。加工の過程でごく微細で規則的な凹凸が加工面に発生し、バイオチップやマイクロ化学チップにおける光学式の分析の支障になる場合がある。無論その凹凸が極めて微細であれば全く問題ない場合も多いが、多くの場合その凹凸が大きく光学式の分析の支障となる場合が多い。すなわち切削加工は少量多品種生産には向くが、本特許の対象とするマイクロ流路の加工においては加工精度が不十分に問題がある。以上より、プラスチック製のマイクロ流路を得ようとした場合、現在の成形加工や切削加工やその両者の複合では加工精度の点で不十分であり、特に流路の表面の平滑性が不十分であり、市場の要求を満たさない場合も多い。
【0007】
【特許文献1】特開2002−210609号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、プラスチック表面にマイクロ流路を切削加工で作成するときの特徴に関するものであり、それを実現する方式に関するものであり、それを利用したプラスチック製バイオチップやマイクロ分析チップを作成し提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を達成すべく鋭意検討した結果、底刃フラット、即ち径方向のすかし角が0°の底刃を有するエンドミルを用いて切削加工することにより、ツールマークが非常に小さく平滑性良好で精度も良いプラスチック製のマイクロ流路を作成できることを見出し、本発明に至った。
【0010】
すなわち本発明は、以下の通りである。
(1)プラスチックからなる表面に、幅1mm以下、深さ1mm以下のマイクロ流路等の微細構造を形成する方法において、底刃フラット、即ち径方向のすかし角が0°の底刃を有するエンドミルを用いて切削加工することを特徴とする、プラスチックへのマイクロ流路形成方法。
(2)(1)記載のマイクロ流路形成方法によって形成された前記マイクロ流路を有するプラスチック製品。
(3)前記マイクロ流路の底面の表面平滑性のRaが0.1μm以下である(2)記載のプラスチック製品。
(4)前記マイクロ流路の底面の表面平滑性のRyが1μm以下である(2)又は(3)記載のプラスチック製品。
(5)前記マイクロ流路の底面の表面にツールマークがない、(2)〜(4)いずれか記載のプラスチック製品。
(6)(2)〜(5)いずれか記載のプラスチック製品から構成されるバイオチップもしくはマイクロ分析チップ。
(7)(2)〜(5)いずれか記載のプラスチック製品を型として電鋳法により作成したプラスチック成形用金型。
(8)(7)記載のプラスチック成形用金型を利用して射出成形もしくはホットエンボス成形法で成形するプラスチック製品の製造方法。
(9)(8)記載のプラスチック製品の製造方法より得られたプラスチック製のバイオチップもしくはマイクロ分析チップ。
(10)核酸チップ、プロテインチップ、抗体チップ、アプタマーチップ、及び糖タンパクチップから選ばれる少なくとも1つである(6)又は(9)記載のプラスチック製のバイオチップ。
(11)化学分析用チップ、環境分析用チップ、化学合成用チップから選ばれる少なくとも1つである(6)又は(9)記載のプラスチック製のバイオチップ。
【発明の効果】
【0011】
微細流路を有する、プラスチック製バイオチップやマイクロ分析チップを作成する場合、本発明の製造方法を利用することにより、従来方式と比較して得られた流路の平滑性が非常に高く、液体の流動や、微量物質の検出に問題が無く、高性能のマイクロ流路を作成することが可能となる。さらにその方法で高性能のバイオチップやマイクロ分析チップを安価に提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
本発明は、プラスチックに切削加工を施して作成するマイクロ流路において、底刃フラット、即ち径方向のすかし角が0°の底刃を有するエンドミルを用いて切削加工することを特徴とするものであり、更にそれによって製造されたプラスチック製品、特にバイオチップやマイクロ分析チップに関するものである。
なお本発明におけるマイクロ流路とは、幅1mm以下、深さ1mm以下の溝を指す。マイクロ流路の長さ、屈曲、分岐等の形状は特に限定はしない。溝の断面形状も特に限定しない。矩形でも三角形でも半円形でも貫通孔でもそれらの複合形でも問題は無い。ただし光学検出等の目的のために一部または全部の流路において、矩形、台形、もしく半円形や楕円形、及びそれらの複合形状などの、基板表面と平行な面の流路底面が存在する断面形状が存在することが必要である。
【0013】
本発明に使用されるプラスチックとは、たとえば高密度ポリエチレン、低密度ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、各種環状ポリオレフィン、ポリメチルメタクリレート、ポリノルボルネン、ポリフェニレンオキサイド、ポリカーボネート、ポリアミド、ポリエステル、ポリテトラフルオロエチレン、各種シリコーン樹脂、半硬化もしくは完全硬化状態のフェノール樹脂、半硬化もしくは完全硬化状態のエポキシ樹脂、その他各種の熱可塑性もしくは熱硬化性プラスチック全般のことを示す。プラスチックの種類や重合度、融点やTgや弾性率、光の透過率、ガスバリヤ性などの物性に関して特に限定するものではない。また複数のプラスチックの複合体でも問題は無い。さらにプラスチックの表面又は内部に、金属、金属酸化物、各種無機物質、生理活性物質、各種油状物質等が混合/塗布/接着/埋設されていても問題は無い。
【0014】
本発明で使用される流路加工の工程は、主に各種エンドミルによる切削加工を対象とする。切削加工は、プラスチック表面を機械的な加工により切削されるものであれば特に限定しない。また機械的切削加工であれば加工の種類、装置の詳細、切削用治具の形状、材質、及び表面状態に関しても特に限定はしない。またさらに、プラスチックを切削加工したものをニッケル電鋳などを利用して金型に転写し、その金型を利用して射出成形やホットエンボッシング成形などを利用して成形することも本特許の範囲内と判断される。なお成形温度や加圧の圧力、金型の平滑性や形状などの成形条件については一切限定は無い。なお、SU−8をはじめとする厚型レジストを利用する加工工程や、シリコンエッチングによる加工工程や、LIGAなどの、各種のフォトファブリケーションに関しては本特許の請求の範囲から外れる。
【0015】
本発明におけるツールマークとは、切削加工により生じる微細で周期的な凹凸のことである。ツールマークに関しては、走査型電子顕微鏡で観測可能であるが、より正確にはAFMで観測及び計測を行うことがより望ましい。
【0016】
本発明者は、バイオチップやマイクロ化学チップにおいて光学的手法で分析を行う場合、マイクロ流路の底面に存在するツールマークのサイズを意図的に変えて光学検出が可能か不可かを評価した結果、ツールマークの周期が1μm未満又は高さが100nm未満である場合、ツールマークが存在してもマイクロ流路における光学検出が可能であり、またツールマークそのものが非常に見えにくく実質上ツールマークが存在しないと判断して差し支えないことが判明した。その条件を満たすマイクロ流路は、光学検出においてなんら問題を見出せなかったが、それらを超える数値のツールマークが存在する場合は光学検出が著しく困難となり、バイオチップやマイクロ分析チップとしての性能は著しく低下したと判断された。
【0017】
本発明における、底刃フラット、即ち径方向のすかし角が0°の底刃を有するエンドミルを用いた切削加工によって得られたプラスチック製品は、主にバイオチップまたはマイクロ分析チップが好適な用途例として挙げられ、特に核酸チップ、プロテインチップ、抗体チップ、アプタマーチップ、糖タンパクチップ、環境計測用チップ、各種化学分析用チップ等の、プラスチック製のバイオチップが好適な用途例として挙げられるが、用途に関しても特に限定しない。
【0018】
本発明により得られたマイクロ流路における表面の加工精度は、Raで0.1μm以下であることが望ましい。またRyで1μm以下であることが等しく望ましい。RaならびにRyが上限値を超えると、ツールマークの弊害の項で説明したのと同じ理由により微量成分の光学検出・計測が困難となり、望ましくない。
【実施例】
【0019】
以下に実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの例によって何ら限定されるものではない。
【0020】
(実施例1)
30mm×70mm角で厚み1mmのアクリル樹脂板(熱変形温度140℃)に図1で示されるマイクロチップ加工を行った(なおこれ以降の実施例、比較例で被加工物の材質を明記していない場合は全てアクリル樹脂であるとする。)。ここでマイクロ流路は長さ45mm、幅0.3mm、深さ0.2mmであり、貫通孔は直径1mmφである。マイクロ流路の加工にはスクエアエンドミルの底刃を研磨して作成した底刃フラットエンドミルを利用して加工した。切削加工条件は、直径0.3mmφの2枚刃のノンコート型の超鋼製エンドミルを用い、回転数2万rpm、スキャンスピード2mm/secで加工した(なおこれ以降の実施例、比較例でエンドミルの切削条件を明記していない場合は、上記条件で加工したものとする。)。なお切削液は水溶性の切削油を使用した。
【0021】
(実施例2)
実施例1で作成されたマイクロチップの表面に50nmの厚みのニッケルスパッタコーティングを施した後、Barett浴でニッケル電鋳を行う。電流量は45mA/cm2で20時間処理した後、アクリル樹脂の原型をクロロホルムの還流で溶解除去することで、厚み約1mmのニッケル製のマイクロ金型を得た。得られた金型を熱硬化性の接着剤で金属ブロックに接着し、その金属ブロックを射出成形機に取り付けることで射出成形を行った。成形に利用した樹脂は環状ポリオレフィンを使用した。成形温度は150℃、金型温度は50℃とした。射出成形により成形された成形品は、手作業でランナーやバリ取りを行い、図1のマイクロチップを得た。
【0022】
(比較例1)
実施例1において、市販のスクエアエンドミルを用いてマイクロ流路加工を行い、図1のマイクロチップを得た。
【0023】
(評価方法1)
レーザー式非接触方表面形状測定器を用いて、実施例1、実施例2及び比較例1で得たマイクロ流路の表面粗さを計測した。
【0024】
(評価方法2)
AFMを用いて、実施例1、実施例2及び比較例1で得たマイクロ流路の表面に存在する周期的な凹凸の存在の有無を確認し、周期的凹凸が存在する場合の周期と平均高さを計測した。
【0025】
(評価方法3)
実施例1、実施例2及び比較例1で得た加工品の表面に、30×70mmで厚さ0.2mmのアクリルもしくは環状ポリオレフィンの平坦なシートを乗せ、プレスにより熱圧着を行った。得られた製品のマイクロ流路部に水を満たし、その状態で熱レンズ顕微鏡を利用して計測を試みた。熱レンズ顕微鏡の詳細内容については、例えば特許公開2000−356611号に詳しい。今回の評価においては、アルゴンレーザーを励起光源とし、ヘリウムネオンレーザーを検出光源とし、スポット径1μmとした。流路に流す試料は水とし、励起及び検出のレーザーが焦点を結ぶか否かを今回の判定基準とした。レーザーが焦点を結び計測に問題ない場合は問題なし、レーザーが焦点を結ばず計測が困難な場合は問題ありとした。
【0026】
(評価結果)
表1にマイクロ流路の表面粗さ(Ra、Ry)、AFM計測結果(周期的凹凸が存在するか否か、存在する場合の周期と突起の高さ)、および熱レンズ顕微鏡による計測結果を示す。比較例はマイクロ流路底面において周期的凹凸も存在し、その結果熱レンズ顕微鏡による計測が困難であるのに対し、実施例は周期的凹凸が存在しないかあるいは存在しても周期の長さや突起の大きさが小さくその結果熱レンズ顕微鏡による計測が可能であることが確認された。
【0027】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】実施例、比較例におけるマイクロ分析チップの部品の形状を示す平面の模式。
【符号の説明】
【0029】
1 アクリル樹脂板又は環状ポリオレフィンの樹脂板(30mm×70mm、厚み1mm)
2 成形加工又は切削加工等によって加工されたマイクロ流路(幅0.3mm、深さ0.2mm、長さ40mm)
3 切削加工によって得られた貫通孔(直径1mmφ)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラスチックからなる表面に、幅1mm以下、深さ1mm以下のマイクロ流路を形成する方法において、底刃フラット、即ち径方向のすかし角が0°の底刃を有するエンドミルを用いて切削加工することを特徴とする、プラスチックへのマイクロ流路形成方法。
【請求項2】
請求項1記載のマイクロ流路形成方法によって形成された前記マイクロ流路を有するプラスチック製品。
【請求項3】
前記マイクロ流路の底面の表面平滑性のRaが0.1μm以下である請求項2記載のプラスチック製品。
【請求項4】
前記マイクロ流路の底面の表面平滑性のRyが1μm以下である請求項2又は3記載のプラスチック製品。
【請求項5】
前記マイクロ流路の底面の表面にツールマークがない、請求項2〜4いずれか記載のプラスチック製品。
【請求項6】
請求項2〜5いずれか記載のプラスチック製品から構成されるバイオチップもしくはマイクロ分析チップ。
【請求項7】
請求項2〜5いずれか記載のプラスチック製品を型として電鋳法により作成したプラスチック成形用金型。
【請求項8】
請求項7記載のプラスチック成形用金型を利用して射出成形もしくはホットエンボス成形法で成形するプラスチック製品の製造方法。
【請求項9】
請求項8記載のプラスチック製品の製造方法より得られたプラスチック製のバイオチップもしくはマイクロ分析チップ。
【請求項10】
核酸チップ、プロテインチップ、抗体チップ、アプタマーチップ、及び糖タンパクチップから選ばれる少なくとも1つである請求項6又は9記載のプラスチック製のバイオチップ。
【請求項11】
化学分析用チップ、環境分析用チップ、化学合成用チップから選ばれる少なくとも1つである請求項6又は9記載のプラスチック製のバイオチップ。

【図1】
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【公開番号】特開2007−283437(P2007−283437A)
【公開日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−113642(P2006−113642)
【出願日】平成18年4月17日(2006.4.17)
【出願人】(000002141)住友ベークライト株式会社 (2,927)
【Fターム(参考)】