説明

プラズマローゲン含有脂質の抽出方法及びプラズマローゲン含有脂質、並びに機能性飲食品

【課題】飲食品分野でも使用できる溶媒のみを用いてプラズマローゲン含有脂質を抽出する。
【解決手段】凍結乾燥した水産動物を粉砕し、アセトンを加えて撹拌した後、残渣を回収する。次に、回収した残渣にn−ヘキサン/エタノール/水の混合溶媒(n−ヘキサンが24〜46容量%、水が40容量%以下)を加えて撹拌し、濾液を回収する。抽出温度は20〜35℃が好ましい。この抽出操作を繰り返すことで、プラズマローゲン含有脂質の収率を上げることができる。続いて、回収した濾液にn−ヘキサン/水の混合溶媒(水が30〜55容量%)を加えて撹拌し、静置して上層を回収する。続いて、回収した上層を乾固させ、得られた粗脂質にアセトンを加えて撹拌した後、残渣であるプラズマローゲン含有脂質を回収する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホヤ、ヒトデ等の水産動物からプラズマローゲン含有脂質を抽出する方法、及びその抽出方法により抽出されたプラズマローゲン含有脂質、並びにそのプラズマローゲン含有脂質を含有する機能性飲食品に関する。
【背景技術】
【0002】
プラズマローゲンは、脳神経細胞に特徴的に多く含まれるリン脂質である。その化学構造は、エタノールアミン型のものが多く、グリセロール骨格のsn−1位にビニルエーテル結合を持ち、sn−2位にドコサヘキサエン酸やアラキドン酸等の高度不飽和脂肪酸を有する。この特徴的な構造から、プラズマローゲンは、脳のシグナル伝達への関与や、脳内における抗酸化物質としての機能が予想されてきた。
【0003】
近年になり、このプラズマローゲンの抗酸化作用について数多くの報告がなされている(非特許文献1等を参照)。また、アルツハイマー病疾患の脳は健常者の脳に比べてプラズマローゲン量が30%近く減少していることも報告されている(非特許文献2を参照)。そこで、最近では、このプラズマローゲンを飲食品や医薬品に含有させることにより、アルツハイマー病等の疾患を改善・予防することも提案されている(特許文献1,2を参照)。
【0004】
【非特許文献1】T. Brosche et al.,“The biological significance of plasmalogens in defence against oxidative damage.”, Exp. Gerontol., 1998; 33(5): p.363-369
【非特許文献2】L. Ginsberg et al.,“Disease and anatomic specificity of ethanolamine plasmanogen deficiency in Alzheimer's disease brain.”, Brain Res., 1995; 698: p.223-226
【特許文献1】特開2003−3190号公報
【特許文献2】特開2003−12520号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1,2に記載されているようなプラズマローゲン含有脂質の抽出方法では、クロロホルムやメタノール等の溶媒を用いるため、抽出されたプラズマローゲン含有脂質を飲食品や医薬品に含有させて摂取するには安全性に問題があった。
【0006】
本発明は、このような従来の実情に鑑みて提案されたものであり、飲食品分野でも使用できる溶媒のみを用いてプラズマローゲン含有脂質を抽出する方法、及びその抽出方法により抽出されたプラズマローゲン含有脂質、並びにそのプラズマローゲン含有脂質を含有する機能性飲食品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述した目的を達成するために、本発明に係るプラズマローゲン含有脂質の抽出方法は、水産動物の乾燥物にn−ヘキサン/エタノール/水の混合溶媒を加えて撹拌し、濾液を回収する抽出工程と、上記抽出工程にて回収された濾液にn−ヘキサン/水の混合溶媒を加えて撹拌し、静置して上層を回収する液液分離工程と、上記液液分離工程にて回収された上層を乾固させ、脂質を回収する乾固工程とを有することを特徴とする。
【0008】
ここで、上記抽出工程では、濾液を回収した後の残渣に上記n−ヘキサン/エタノール/水の混合溶媒をさらに加えて撹拌し、濾液を回収することが好ましい。
【0009】
また、上記抽出工程における温度は、20〜35℃であることが好ましく、上記n−ヘキサン/エタノール/水の混合溶媒におけるn−ヘキサン及び水の割合は、それぞれ24〜46容量%及び40容量%以下であることが好ましい。
【0010】
また、上記n−ヘキサン/水の混合溶媒における水の割合は、30〜55容量%であることが好ましい。
【0011】
また、本発明に係るプラズマローゲン含有脂質は、上述した抽出方法によって抽出されたことを特徴とし、本発明に係る機能性飲食品は、上述したプラズマローゲン含有脂質を含有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、飲食品分野でも使用できる溶媒のみを用いて、水産動物からプラズマローゲン含有脂質を抽出し、例えば機能性飲食品に含有させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を適用した具体的な実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。この実施の形態は、飲食品分野でも使用できる溶媒のみを用いて、水産動物(内臓等の廃棄物となる部分を含む)からプラズマローゲン含有脂質を抽出する方法について説明するものである。
【0014】
プラズマローゲンは、通常、下記式(1)で表される。
【0015】
【化1】

【0016】
この式(1)において、Rは好ましくは炭素数1〜20のアルキル基であり、具体的にはドデシル基、テトラデシル基、ヘキサデシル基、オクタデシル基、イコサニル基等が挙げられる。また、Rは高度不飽和脂肪酸残基であり、具体的にはオクタデカジエノイル基、オクタデカトリエノイル基、イコサテトラエノイル基、イコサペンタエノイル基、ドコサテトラエノイル基、ドコサペンタエノイル基、ドコサヘキサエノイル基等が挙げられる。また、Xはエタノールアミン、コリン、セリン、イノシトール、グリセロールから選ばれる極性基である。
【0017】
本実施の形態では、このような構造式で表されるプラズマローゲンのうち、式中Xがエタノールアミンであるエタノールアミン型プラズマローゲンを含有するリン脂質を抽出する。以下では、エタノールアミン型プラズマローゲンのことを単にプラズマローゲンと記す。
【0018】
抽出に用いる水産動物は、特に制限されないが、水産無脊椎動物としては、例えばマボヤ(Halocynthia roretzi)、キヒトデ(Asterias amurensis)、イトマキヒトデ(Asterias pectinifera)、キタムラサキウニ(Strongylocentrotus nudus)、バフンウニ(Hemicentrotus pulcherrimus)、マナマコ(Stichopus japonicus)、ミドリイソギンチャク(Anthopleura midori)、ヨロイイソギンチャク(Anthopleura japonica)、ヒザラガイ(Acantbopleura japonica)、レイシガイ(Thais bronni)、チヂミボラ(Nucella heyseana)、クボガイ(Chlorostoma argyrostoma)、サルアワビ(Tugali gigas)、ムラサキイガイ(Mytilus galloprovincialis)、ムラサキインコガイ(Septifer virgatus)、マガキ(Crassostera gaigas)等を用いることができる。
【0019】
特に、上記水産無脊椎動物のうち、キヒトデ、イトマキヒトデ、キタムラサキウニ、ミドリイソギンチャク、ヨロイイソギンチャク、レイシガイ、ムラサキイガイ、マガキは、ホスファチジルエタノールアミン(以下、PEと記す場合もある。)画分のうち90%以上がアルケニルアシル型、すなわちプラズマローゲンであることが本件発明者らによって確認されている。他の水産無脊椎動物も、ホスファチジルエタノールアミン画分のうち80%以上がプラズマローゲンである。
【0020】
また、水産脊椎動物としては、例えばクロマグロ(Thunnus thynnus)、サケ(Oncorhynchus keta)、サンマ(Cololabis saira)、カツオ(Katsuwonus pelamis)等を用いることができる。
【0021】
これらの水産動物は、可食部分を用いても内臓等の廃棄物となる部分を用いても構わないが、何れの場合であっても、プラズマローゲン含有脂質の抽出に先立って凍結乾燥等によって乾燥させておくことが好ましい。
【0022】
以下、プラズマローゲン含有脂質の抽出方法について、図1の工程図を参照しながら水産無脊椎動物を例に説明する。
【0023】
先ず、凍結乾燥等により乾燥させた水産無脊椎動物を粉砕し、その約2〜6倍容量のアセトンを加えて10〜60分間撹拌する。撹拌後、吸引濾過によってアセトン可溶画分(非リン脂質)を除去し、残渣を回収する。なお、この残渣に対して再度アセトンを加え、同様の洗浄操作を繰り返すようにしても構わない。
【0024】
次に、回収した残渣に約3〜5倍容量のn−ヘキサン/エタノール/水の混合溶媒を加えて10〜60分間撹拌する。撹拌後、吸引濾過によって濾液を回収する。混合溶媒の組成は、n−ヘキサンが24〜46容量%、水が40容量%以下であることが好ましい。また、抽出温度は20〜35℃が好ましい。なお、この残渣に対して再度n−ヘキサン/エタノール/水の混合溶媒を加え、同様の抽出操作を繰り返すことで、プラズマローゲン含有脂質の収率を上げることができる。
【0025】
続いて、回収した濾液に0.5〜1.5倍容量のn−ヘキサン/水の混合溶媒を加えて撹拌し、静置して上層を回収する。混合溶媒の組成は、水が30〜55容量%であることが好ましい。
【0026】
続いて、回収した上層から溶媒を除去し、得られた粗脂質にアセトンを加えて10〜60分間撹拌する。撹拌後、吸引濾過によってアセトン可溶画分を除去し、残渣であるプラズマローゲン含有脂質を回収する。
【0027】
以上のようにして抽出されたプラズマローゲン含有脂質は、ソフトカプセル、飲食品に含有させることができる。飲料としては、例えば、スポーツ飲料、果汁飲料、乳酸飲料、アルコール飲料、豆乳などを挙げることができる。また、食品としては、パン、ビスケット、キャンディー、ゼリーなどの菓子類、ヨーグルトなどの乳加工品、ハムなどの肉加工食品、マーガリン、ショートニングなどの油脂加工食品などを挙げることができる。摂取量は、特に限定されないが、通常、150mg/日・標準体重〜9g/日・標準体重、好ましくは、50mg/日・標準体重〜3g/日・標準体重程度である。
【実施例】
【0028】
以下、具体的に水産無脊椎動物からプラズマローゲン含有脂質を抽出した実施例について説明する。抽出には、マボヤの可食部分の凍結乾燥物を用いた。
【0029】
抽出の各工程における溶媒量等のパラメータ、原料としての凍結乾燥物量(g)、プラズマローゲン含有脂質の収量(g)、プラズマローゲン含有脂質中のホスファチジルエタノールアミン濃度(%)、原料に対するホスファチジルエタノールアミン比(%)を以下の表1、表2に示す。
【0030】
【表1】

【0031】
【表2】

【0032】
表1、表2から分かるように、表1、表2に示す抽出条件では、約100gの凍結乾燥物から平均で約5.6%のホスファチジルエタノールアミンを含むプラズマローゲン含有脂質を平均で約2.6g抽出することができた。
【0033】
また、抽出操作の回数と、プラズマローゲン含有脂質中のホスファチジルエタノールアミン濃度、及び原料に対するホスファチジルエタノールアミン比との関係を図2に示す。この図2は、表1、表2に示した結果を抽出回数の違いで分類し、プラズマローゲン含有脂質中のホスファチジルエタノールアミン濃度、及び原料に対するホスファチジルエタノールアミン比を平均値と標準誤差とで示したものである。図2(A)、(B)から分かるように、抽出回数が1回の場合よりも2回の場合の方が、プラズマローゲン含有脂質中のホスファチジルエタノールアミン濃度、及び原料に対するホスファチジルエタノールアミン比がともに高くなっている。
【0034】
また、抽出操作時の温度と、プラズマローゲン含有脂質中のホスファチジルエタノールアミン濃度、及び原料に対するホスファチジルエタノールアミン比との関係を図3に示す。この図3は、表1、表2に示した結果を抽出操作時の温度の違いで分類し、プラズマローゲン含有脂質中のホスファチジルエタノールアミン濃度、及び原料に対するホスファチジルエタノールアミン比を平均値と標準誤差とで示したものである。図3(A)、(B)から分かるように、5〜35℃の温度範囲では、抽出操作時の温度が上昇するほど、ホスファチジルエタノールアミン濃度、及び原料に対するホスファチジルエタノールアミン比がともに高くなっている。
【0035】
以上、本発明を実施するための最良の形態について説明したが、本発明は上述した実施の形態のみに限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々の変更が可能であることは勿論である。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】プラズマローゲン含有脂質の抽出方法を説明する工程図である。
【図2】n−ヘキサン/エタノール/水の混合溶媒を用いた抽出操作の回数と、プラズマローゲン含有脂質中のホスファチジルエタノールアミン濃度、及び原料に対するホスファチジルエタノールアミン比との関係を示す図である。
【図3】n−ヘキサン/エタノール/水の混合溶媒を用いた抽出操作時の温度と、プラズマローゲン含有脂質中のホスファチジルエタノールアミン濃度、及び原料に対するホスファチジルエタノールアミン比との関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水産動物の乾燥物にn−ヘキサン/エタノール/水の混合溶媒を加えて撹拌し、濾液を回収する抽出工程と、
上記抽出工程にて回収された濾液にn−ヘキサン/水の混合溶媒を加えて撹拌し、静置して上層を回収する液液分離工程と、
上記液液分離工程にて回収された上層の溶媒を除去し、脂質を回収する溶媒除去工程と
を有することを特徴とするプラズマローゲン含有脂質の抽出方法。
【請求項2】
上記水産動物の乾燥物にアセトンを加えて撹拌し、残渣を回収する第1の洗浄工程をさらに有し、
上記抽出工程では、上記第1の洗浄工程にて回収された残渣に上記n−ヘキサン/エタノール/水の混合溶媒を加える
ことを特徴とする請求項1記載のプラズマローゲン含有脂質の抽出方法。
【請求項3】
上記溶媒除去工程にて回収された脂質にアセトンを加えて撹拌し、残渣を回収する第2の洗浄工程をさらに有することを特徴とする請求項1記載のプラズマローゲン含有脂質の抽出方法。
【請求項4】
上記抽出工程では、濾液を回収した後の残渣に上記n−ヘキサン/エタノール/水の混合溶媒をさらに加えて撹拌し、濾液を回収することを特徴とする請求項1記載のプラズマローゲン含有脂質の抽出方法。
【請求項5】
上記抽出工程における温度は、20〜35℃であることを特徴とする請求項1記載のプラズマローゲン含有脂質の抽出方法。
【請求項6】
上記n−ヘキサン/エタノール/水の混合溶媒におけるn−ヘキサン及び水の割合は、それぞれ24〜46容量%及び40容量%以下であることを特徴とする請求項1記載のプラズマローゲン含有脂質の抽出方法。
【請求項7】
上記n−ヘキサン/水の混合溶媒における水の割合は、30〜55容量%であることを特徴とする請求項1記載のプラズマローゲン含有脂質の抽出方法。
【請求項8】
請求項1乃至7のいずれか1項記載のプラズマローゲン含有脂質の抽出方法によって抽出されたことを特徴とするプラズマローゲン含有脂質。
【請求項9】
請求項8記載のプラズマローゲン含有脂質を含有することを特徴とする機能性飲食品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−262024(P2007−262024A)
【公開日】平成19年10月11日(2007.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−92193(P2006−92193)
【出願日】平成18年3月29日(2006.3.29)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度、経済産業省、地域新生コンソーシアム研究開発事業(継続事業)「脳神経細胞活性成分を含む高機能脂質食品原体の製造技術開発」委託研究、産業再生法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【出願人】(000004341)日本油脂株式会社 (896)
【出願人】(505426945)株式会社プロジェクト・エム (6)
【出願人】(596053264)三丸化学株式会社 (3)
【Fターム(参考)】