説明

ヘモグロビン濃度測定装置

【課題】一酸化炭素中毒の疑いがない患者に対しては2波長の光で酸素飽和度を測定し、一酸化炭素中毒の疑いがある患者に対しては3波長の光で一酸化炭素ヘモグロビンを含めて各種のヘモグロビンの濃度を測定できるようにすること。
【解決手段】少なくとも酸化ヘモグロビン、還元ヘモグロビンおよび一酸化炭素ヘモグロビンの濃度比を演算する濃度比演算手段と、一酸化炭素ヘモグロビンの濃度比を演算することを指示する選択手段とを具備し、前記濃度比演算手段は、前記選択手段が一酸化炭素ヘモグロビンの濃度比を演算することを指示していないときは、少なくとも異なる2波長の受光出力信号の変動に基づいて、酸化ヘモグロビンおよび還元ヘモグロビンの濃度比を演算し、前記選択手段が一酸化炭素ヘモグロビンの濃度比を演算することを指示しているときは、少なくとも異なる3波長の受光出力信号の変動に基づいて、酸化ヘモグロビン、還元ヘモグロビンおよび一酸化炭素ヘモグロビンの濃度比を演算する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パルスオキシメータ等による動脈血の酸素飽和度測定およびヘモグロビン濃度測定に係り、特に一酸化炭素ヘモグロビン濃度の測定に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来のパルスオキシメータは、生体組織に近赤外光と赤色光を入射させたときに、これらの入射光の生体組織中における減光度の脈動変動分の比を求め、この結果から動脈血酸素飽和度を非観血式に測定し得るように構成されている。
【0003】
しかるに、前記パルスオキシメータの測定原理は、本出願人の先に提案された特公昭53−26437号公報に示されるように、従来より公知である。従って、前記パルスオキシメータの測定原理を、簡単に説明すれば次の通りである。
【0004】
図9の(a)、(b)に示すように、生体組織Rを血液層R1 と血液を除いた組織(以下、純組織と称する)の層R2 との2つに模式的に分け、血液層R1 の厚みが脈動し、純組織層R2 の厚みは一定であるとする。そこで、この生体組織Rに光を照射した場合、入射光量I0 は生体組織Rにより減光し、生体組織Rを通過する透過光量はIとなる。また、脈動により血液層R1 の厚みがΔDb だけ増加した場合の透過光量は(I−ΔI)に減少する。この場合において、血液層R1 の厚みの変化分ΔDb における減光度ΔAは、次式で得られる。
【0005】
ΔA=log[I/(I−ΔI)]
【0006】
また、相異なる2つの波長λ1 、λ2 の光を生体組織Rに入射させた場合、各波長λ1 、λ2 における脈動分の減光度ΔA1 、ΔA2 の比Φは、近似的に次式で示されることが、論理および実験によって確認されている。
【0007】
【数1】

【0008】
ここで、E1,2 (Ei )はヘモグロビンの吸光係数、Fは血液における散乱係数(波長依存性が無い)、サフィックスの1,2は光波長λ1 、λ2 を示すものとする。また、血液中の光吸収物質が、酸化ヘモグロビンと還元ヘモグロビンのみであるとすると、ヘモグロビンの吸光係数Ei は、次式で示される。
【0009】
【数2】

【0010】
但し、Sは酸素飽和度、Eoi、Eriは酸化ヘモグロビンと還元ヘモグロビンのそれぞれ吸光係数である。ここで、前記式(2) を前記式(1) に代入すると、次式が得られる。
【0011】
【数3】

【0012】
前記式(3) において、Eo1、Er1、Eo2、Er2、Fはそれぞれ既知の値であるから、Φ=ΔA1 /ΔA2 を測定して、前記式(3) に代入し、Sについて解けば、酸素飽和度Sを求めることができる。
【0013】
【特許文献1】特公昭53−26437号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
前述した従来の近赤外光と赤色光の2波長を使用したパルスオキシメータにおいては、一酸化炭素ヘモグロビンCOHb の血中濃度が増加した場合において、これを検出することができず、酸素飽和度が実際の値より高く表示されてしまうという難点がある。従って、一酸化炭素中毒の患者に対し、パルスオキシメータを装着してモニタした場合、実際に酸素運搬量が低下しているにも拘らず、酸素が十分に足りているという、誤った認識を医療スタッフに与えてしまい、患者にとって著しく危険な状態となる。さらに、一酸化炭素中毒の患者の場合、単に症状からでは、一酸化炭素中毒であると診断することは困難であるため、見逃されてしまうことが多いという危険がある。
【0015】
また、麻酔手術中において、血中に濃度が10〜30%程度まで及ぶ一酸化炭素中毒の発生が報告されており、原因は吸入麻酔薬と二酸化炭素吸収剤による一酸化炭素の発生といわれている。しかしながら、従来のパルスオキシメータでは発見できず、見過ごされる危険性が高い。
【0016】
しかるに、動脈血が脈動する場合は、理論的にはn個の光波長を使用することによって、n個の血中吸光物質の濃度比を測定することが可能である。従って、酸化ヘモグロビンO2 Hb と還元ヘモグロビンRHb と一酸化炭素ヘモグロビンCOHb という、3種類のヘモグロビンの濃度測定を、2つの波長で測定することは、理論的に不可能であり、最低3つの光波長が必要となる。
【0017】
しかし、実際には血液以外の組織の影響が測定誤差となるため、n個の血中吸光物質の濃度を正確に測定するためには、n+1個の光波長を使用する方式が好適であることを突き止め、本出願人はこれらの方式による血中成分濃度測定装置を開発し、特許出願を行った(特公平5−88609号公報参照)。また、血液中には、メトヘモグロビンやビリルビン等、他の吸光物質も存在するため、これらの影響を除去しようとすると、光波長の使用数がさらに増大すると共に設備コストも増大する難点がある。
【0018】
また、従来のパルスオキシメータに一酸化炭素ヘモグロビンCOHb を測定するための第3の波長を追加することを考慮した場合(特開平5−228129号公報参照)、赤色より長い波長は、図10に示すように、一酸化炭素ヘモグロビンCOHb の光吸収係数は非常に小さいために、検出は困難である。例えば、波長700nmでは、一酸化炭素ヘモグロビンCOHb の吸光係数は、酸化ヘモグロビンO2 Hb の約10分の1であるため、一酸化炭素ヘモグロビンCOHb の変化による透過光の変化は、酸化ヘモグロビンO2 Hb の変化により発生する変化の10分の1と、非常に小さなものとなってしまう。従って、このように第3の波長を赤〜近赤外の帯域に選択すると、一酸化炭素ヘモグロビンCOHb を他のヘモグロビンHb と弁別する時の感度は小さくなり、一酸化炭素ヘモグロビンCOHb の測定は困難となる。
【0019】
一方、シャーフ(Scharf)は、緑色の波長帯域を使用することを提案しているが(米国特許第5830137号明細書参照)、全てのヘモグロビンの光吸収は、図10に示すように、黄色や緑色の波長帯域では非常に大きく、500〜590nmの波長帯域での一酸化炭素ヘモグロビンCOHb と酸化ヘモグロビンO2 Hb の光吸収は、660nmの波長帯域の場合での10倍以上となる。従って、血液を透過した光は微弱となり、前記帯域でのS/N比の良い測定は困難である。
【0020】
そこで、本発明者等は、従来の近赤外、赤色の他に、橙色または赤橙色を、第3の波長を使用することにより、一酸化炭素ヘモグロビンCOHb の変化による透過光の変化を、S/N比の良い状態で検出し、しかも一酸化炭素ヘモグロビンCOHb と還元ヘモグロビンRHb の弁別を容易にして、一酸化炭素ヘモグロビンCOHb の適正な測定を可能とすることができることを突き止めた。
【0021】
すなわち、近赤外として940nm、赤色都市手660nm、さらに第3の波長を近赤外の805nmおよび橙色の621nmとした場合に、それぞれ種々の還元ヘモグロビンRHb と一酸化炭素ヘモグロビンCOHb との濃度比において、Φ12とΦ32の場合におけるそれぞれの値について検討した。この結果、805nmの近赤外の場合においては、還元ヘモグロビンRHb と一酸化炭素ヘモグロビンCOHb のいずれの変化においても、Φ12とΦ32が変化する方向はほぼ同じであり、これでは還元ヘモグロビンRHb と一酸化炭素ヘモグロビンCOHb の弁別は困難であることが判明した(図8参照)。これに対し、621nmの橙色の場合においては、還元ヘモグロビンRHb の変化によりΦの動く方向と、一酸化炭素ヘモグロビンCOHb の動く方向との直交性が増大し、弁別が容易になることが判明した(図7参照)。
【0022】
また、従来より一酸化炭素ヘモグロビンCOHb 濃度の表示方法として、例えば急性一酸化炭素中毒病態(臨床症状)との関係において、一酸化炭素ヘモグロビンCOHb 濃度を、下記の表1に示すように、10%単位の変化として把握されている。
【0023】
【表1】

【0024】
前記表1からも明らかなように、一酸化炭素ヘモグロビンCOHb 濃度と臨床症状との関係より、前記COHb 濃度(%)を1%単位の濃度で表示しなくても、例えばCOHb 濃度20%を閾値として、急性一酸化炭素中毒病態の“有”/“無”を表示したり、あるいは“低濃度”/“中濃度”/“高濃度”といった3段階の表示を行うことによっても、臨床的には十分に有効である。
【0025】
本発明の目的は、一酸化炭素中毒の疑いがない患者に対しては少なくとも異なる2波長の光で酸素飽和度を測定し、一酸化炭素中毒の疑いがある患者に対しては少なくとも異なる3波長の光で一酸化炭素ヘモグロビンを含めて各種のヘモグロビンの濃度を測定できるようにすることである。
【課題を解決するための手段】
【0026】
前記の目的を達成するため、本発明に係るヘモグロビン濃度測定装置は、異なる複数の光波長を発する光源と、前記光源から発せられ生体組織を透過または反射した光を受光する受光手段と、血液の脈動に起因して前記受光手段からの各波長における受光出力信号の変動に基づいて、各波長間における減光度比Φを演算する減光度比演算手段と、前記減光度比演算手段からの出力に基づいて少なくとも酸化ヘモグロビン、還元ヘモグロビンおよび一酸化炭素ヘモグロビンの濃度比を演算する濃度比演算手段と、一酸化炭素ヘモグロビンの濃度比を演算することを指示する選択手段とを具備し、前記選択手段が一酸化炭素ヘモグロビンの濃度比を演算することを指示していない状態においては、前記濃度比演算手段は、前記光源により発せられた少なくとも異なる2波長の光が生体組織を透過または反射した光を前記受光手段により受光することにより出力された受光出力信号の変動に基づいて、酸化ヘモグロビンおよび還元ヘモグロビンの濃度比を演算し、前記選択手段が一酸化炭素ヘモグロビンの濃度比を演算することを指示している状態においては、前記濃度比演算手段は、前記光源により発せられた少なくとも異なる3波長の光が生体組織を透過または反射した光を前記受光手段により受光することにより出力された受光出力信号の変動に基づいて、酸化ヘモグロビン、還元ヘモグロビンおよび一酸化炭素ヘモグロビンの濃度比を演算することを特徴とする。
【0027】
そして、患者の処置に関するイベント情報の際にイベント入力するためのイベント入力手段と、
前記イベント入力手段に入力された時刻およびイベント情報と、前記濃度比演算手段の演算結果を記憶する記憶手段とを、さらに具備するように構成することができる。
【0028】
この場合、前記演算結果をトレンド表示し、前記記憶手段により記憶されたイベント情報をその前記時刻に合わせて前記トレンド表示に表示する表示手段を具備する構成とすることができる。
【0029】
しかも、前記記憶手段に記憶されたイベント情報、時刻および前記演算結果について、外部装置に送信するためのインタフェースを具備する構成とすることもできる。
【0030】
さらに、本発明に係るヘモグロビン濃度測定装置は、酸化ヘモグロビン、還元ヘモグロビンおよび一酸化炭素ヘモグロビンについて2次元座標に目盛りする方式により計測したヘモグロビン値を表示する表示手段とを、具備する構成とすることができる。
また、前記濃度比演算手段の演算結果をトレンド表示する表示手段を具備するように構成することができる。
【発明の効果】
【0031】
本発明測定装置においては、血中にCOHb が無い場合のSpO2 測定は、少なくとも異なる2波長による測定の方が、少なくとも異なる3波長による測定よりも、長年蓄積されたデータがあり、測定精度が良いこともわかっているので、一酸化炭素中毒の疑いがない患者に対しては、“COHb 測定ボタン36”をオフ操作することによって、少なくとも異なる2波長で従来通りの方式により精度の高い酸素飽和度(SpO2 )を計測することができる。一方、一酸化炭素中毒の疑いのある患者に対しては、“COHb 測定ボタン36”をオン操作することによって、少なくとも異なる3波長で一酸化炭素ヘモグロビンを含めて各種のヘモグロビンの濃度を計測することができる。
【0032】
さらに、本発明測定装置においては、各ヘモグロビン濃度の時間経過に対する変化が、患者の処置に関するイベントマーカ等と合わせて確認可能であることから、治療の指針を立てる上で重要なデータとなり、また治療効果の確認も視覚的に確認することができる等の利点が得られる。
【0033】
すなわち、本発明において、記憶機能、トレンド表示、酸素吸入の開始等のイベントマーカ機能は、急性一酸化炭素中毒で病院に搬入された患者のその後の治療を容易にする。すなわち、大気で自発呼吸により換気を行った場合、一酸化炭素ヘモグロビンCOHb の血液中の半減期は約4時間であり、酸素吸入では約80分、また酸素による陽圧換気では約14分とされており、早期に酸素吸入により血中の一酸化炭素濃度を低下させることは重要である。一酸化炭素中毒患者の発見から救急部所に搬入されるまでの血中ヘモグロビンHb 濃度の推移や酸素吸入の履歴の記憶、再生を可能にする機能は、医療スタッフが治療方針を立てる上での重要なデータを提供することができる。
また、本発明測定装置においては、一酸化炭素ヘモグロビン濃度、還元ヘモグロビン濃度、フラクショナル酸素飽和度(酸化ヘモグロビン濃度)の値を、2次元座標によって、3種の濃度を同時に視覚的に把握することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0034】
次に、本発明に係るヘモグロビン濃度測定装置の実施例につき、添付図面を参照しながら以下詳細に説明する。
【0035】
図1は、本発明に係るヘモグロビン濃度測定装置の装置構成を示す概略ブロック系統説明図である。すなわち、図1において、参照符号1、2、3は光源としての発光素子を示し、これら発光素子1、2、3は、それぞれ第1の波長λ1 として790〜1000nmであって、より好適には940±5nmの近赤外領域の光と、第2の波長λ2 として640〜675nmであって、より好適には660±5nmの赤色領域の光と、第3の波長λ3 として590〜660nmであって、より好適には621±5nmの赤橙色領域の光とを発生する素子であり、駆動回路4により駆動されるように構成されている。これらの発光素子1、2、3からの発光は、生体組織5を透過して受信手段としての受光素子6で受光され、電気信号に変換される。そして、これらの変換された信号は、増幅器7で増幅され、マルチプレクサ8によりそれぞれの光波長に対応したフィルタ9、10、11に振り分けられる。
【0036】
このようにして、前記フィルタ9、10、11にそれぞれ振り分けられた波長の信号は、フィルタ9、10、11によりノイズである高周波成分を除去した後、A/D変換器12でディジタル信号に変換され、対数計算回路14、減光度比Φを演算する減光度比較演算手段としてのΦ計算回路15およびヘモグロビンHb 濃度演算手段としてのHb 濃度計算回路16に順次入力される。なお、参照符号13は、タイミング制御回路を示し、このタイミング制御回路13は、前記駆動回路4、マルチプレクサ8、A/D変換器12の各部に対し必要なタイミング信号を送出して、それらの動作のタイミングを制御するように構成されている。
【0037】
しかるに、前記対数計算回路14においては、A/D変換器12の出力であるI1 、I2 、I3 についてのそれぞれ対数lnI1 、lnI2 、lnI3 を求める。また、前記Φ計算回路15においては、前記対数計算回路14で求めた対数lnI1 、lnI2 、lnI3 から、脈動分を抽出し、Φ12=ΔlnI1 /ΔlnI2 、Φ13=ΔlnI1 /ΔlnI3 を計算する。そして、前記ヘモグロビンHb 濃度計算回路16においては、Φを表す2つの計算式から連立方程式を解いて、酸化ヘモグロビンO2 Hb 、還元ヘモグロビンRHb 、一酸化炭素ヘモグロビンCOHb の濃度比を求める。
【0038】
しかるに、前記ヘモグロビンHb 濃度計算回路16における計算式は次式に示す通りである。
【0039】
【数4】

【0040】
前記式において、RHb は還元ヘモグロビンの濃度比、O2 Hb は酸化ヘモグロビンの濃度比、COHb は一酸化炭素ヘモグロビンの濃度比を示す。Eoi(i=1,2,3 )は酸化ヘモグロビンO2 Hb の吸光係数、Eri(i=1,2,3 )は還元ヘモグロビンRHb の吸光係数、Eci(i=1,2,3 )は一酸化炭素ヘモグロビンCOHb の吸光係数、Fは散乱係数を示し、i=1、2、3は光波長λ1 、λ2 、λ3 を示す。この場合、前記Eoi、Eri、Eci、Fはそれぞれ既知の値であるから、Φ12=ΔA1 /ΔA2 とΦ13=ΔA1 /ΔA3 を測定し、前記式に代入して連立方程式を解けば、酸化ヘモグロビンO2 Hb 、還元ヘモグロビンRHb 、一酸化炭素ヘモグロビンCOHb の濃度比を求めることができる。
【0041】
また、前記Φ12とΦ32とから、酸化ヘモグロビンO2 Hb 、還元ヘモグロビンRHb 、一酸化炭素ヘモグロビンCOHb の濃度比を求める方法は、連立方程式の計算ではなく、予め計算によりまたは実験結果に基づいて作成されたテーブルを参照する方法であってもよい。
【0042】
さらに、前記一酸化炭素ヘモグロビンCOHb の濃度比を求める方法として、以下のような計算方法により決定することもできる。
【0043】
すなわち、血液は光散乱物質であるから、実際には減光度と各種の血中吸光物質濃度の間の関係を示す方程式は、非線形となるが、実用上は線形方程式として計算することも可能である。そこで、非散乱性物質においては、一般にはランバード・ベールの法則が適用され、線形方程式で表現することができるが、その方程式は次式に示す通りである。しかし、光散乱性を持つ血液には、この式をそのまま適用させることはできない。
【0044】
【数5】

【0045】
そこで、本発明においては、ランバード・ベールの計算式など従来の計算式を使用することなく、最も単純な計算式を作成する方法を提示する。まず、母集団を設定し、その母集団において実際に採血を行い、各種のヘモグロビンHb 濃度を、例えばCO- Oximeter を使用する等の精度の高い方法で測定し、同時に脈波を測定して、各減光度比Φを計算する。測定した各種のヘモグロビンHb の値と減光度比Φを次式に代入する。
【0046】
【数6】

【0047】
このようにして、母集団において複数の測定を行うと、前記式(数6)は測定を行った数だけ作成される。ここで、前記式(数6)では未知数がA12、B12、C12、A13、B13、C13の6個であるから、式が6個あれば各未知数を求めることができる。そして、求めた未知数を前記式(数6)に代入すれば、測定した減光度比Φから各種のヘモグロビンHb の濃度比を計算することができる。
【0048】
しかし、母集団を大きくして、6個以上の計算式をたてると、全ての式を満足する計数は得られなくなる。ここで、これらの計算式の関数について最適化を行い各係数を計算することにより、その母集団における最適な係数を得ることが可能になり、母集団が大きい程、計算式の普遍性が増すことになる。なお、前記関数の最適化を行う方法としては、例えばn個の測定を行った場合、次式に示す通りとなる。すなわち2n個の式が得られる。
【0049】
【数7】

【0050】
ここで、最適化する目的関数を、例えば前記線形式(数7)の右辺により計算された値Φ12ciと、実測値Φ12miとの差の2乗和として、これを最小化するという方法が、次式により可能である。
【0051】
【数8】

【0052】
すなわち、前記式(数8)の目的関数であるfを最小にする係数A12、B12、C12、A13、B13、C13を、最急降下法等を使用して求め、計算式を決定することができる。
【0053】
図1において、前述した計算方法に基づき、前記ヘモグロビンHb 濃度計算回路16において計算された酸化ヘモグロビンO2 Hb 、還元ヘモグロビンRHb 、一酸化炭素ヘモグロビンCOHb の濃度比に関する信号は、ヘモグロビンHb 濃度表示手段としてのHb 濃度表示器17、トレンド表示手段としてのトレンド表示器18、記憶手段としての記憶回路19、アラーム表示手段としてのアラーム回路20に送出される。この場合、前記Hb 濃度表示器17においては、図2〜図5にそれぞれ示すように、動脈血酸素飽和度(SpO2 )と一酸化炭素ヘモグロビンCOHb 濃度の表示を行う。
【0054】
図2は、前記Hb 濃度表示器17の一構成例を示すものである。図2に示す構成例においては、ファンクショナル(Functional)酸素飽和度からなるSpO2 〔%〕=O2 Hb /(O2 Hb +RHb )〔%〕またはフラクショナル(Fractional)酸素飽和度からなるSpO2 〔%〕=O2 Hb /(O2 Hb +RHb +COHb )〔%〕を、Functional/Fractional表示選択切換回路23(図1参照)によって、それぞれ選択された方法で表示する。すなわち、この場合、SpO2 〔%〕の数値表示部30と、COHb 濃度〔%〕の数値表示部31とが設けられ、前記SpO2 〔%〕の数値表示部30に対しては、前記ファンクショナル(Functional)またはフラクショナル(Fractional)の選択を行うための切換え操作とその表示をそれぞれ行うFunctional選択切換スイッチ/選択状態表示部34とFractional選択切換スイッチ/選択状態表示部35とが設けられている。
【0055】
また、前記SpO2 〔%〕の数値表示部30に表示される数値は、3波長により得られた値か、または従来通りの赤と近赤外の2波長から計算した値のいずれかを、3波長/2波長計算表示選択切換回路24(図1参照)によって、それぞれ選択された方法で表示することができる。そして、この場合の選択された表示をCOHb 測定ボタン36によって行うように構成されている。なお、このCOHb 測定ボタン36は、オン操作することにより、3波長で一酸化炭素ヘモグロビンを含めて各種のヘモグロビンの濃度を計測することができると共に、オフ操作することにより、2波長で従来より行われてきた方式により酸素飽和度(SpO2 )を計測することができるように設定されている。
【0056】
図3は、前記Hb 濃度表示器17の別の構成例を示すものである。図3に示す構成例においては、フラクショナルSpO2 〔%〕を数値表示部30で表示すると共に、COHb 濃度〔%〕を3段階の危険レベルに設定した危険レベル表示部32により表示するように構成したものである。なお、前記危険レベルについては、2段階に設定しても有効である。その他の構成は、図2に示すものと同様であり、同一の構成要素には同一の参照符号を付し、その詳細な説明は省略する。
【0057】
図4は、前記Hb 濃度表示器17のさらに別の構成例を示すものである。図4に示す構成例においては、COHb 濃度〔%〕について、前記図3に示す危険レベルの設定を数値表示した危険レベル表示部33により表示するように構成したものである。その他の構成は、図2に示すものと同様であり、同一の構成要素には同一の参照符号を付し、その詳細な説明は省略する。
【0058】
図5の(a)、(b)は、前記Hb 濃度表示器17のさらに別の表示を行う構成例を示すものである。図5の(a)に示す構成例においては、横軸に一酸化炭素ヘモグロビン濃度、縦軸にフラクショナル酸素飽和度(酸化ヘモグロビン濃度)、そして傾斜軸に還元ヘモグロビン濃度を示す。この表示方式によれば、これら3種の濃度を、同時に視覚的に把握することができる。ここで、例えば図5の(a)のA点は、一酸化炭素ヘモグロビン濃度10%、フラクショナル酸素飽和度(酸化ヘモグロビン濃度)85%、還元ヘモグロビン濃度5%を示す。また、他の表示を行う構成例として、図5の(b)を示す。この場合、横軸に一酸化炭素ヘモグロビン濃度、縦軸に還元ヘモグロビン濃度、そして傾斜軸にフラクショナル酸素飽和度(酸化ヘモグロビン濃度)を示すものであるが、これによっても
2次元座標によって3種の濃度を、同時に視覚的に把握することができる。
【0059】
一方、図1において、アラーム回路20は、アラーム設定回路25により設定された値より、一酸化炭素ヘモグロビンCOHb 濃度が高くなると、光、音あるいはメッセージ等によるアラームを発生する。なお、光の表示は、アラームランプの点灯、COHb 濃度の危険レベル表示ランプの点滅、COHb 濃度〔%〕表示の点滅等により表示することができる。また、音の表示は、COHb の存在をアラーム音として表示することができる。この場合、COHb 濃度に応じて音量を変化させるとか、音程を変えるという方法で、濃度を知らせることが可能である。可変する音量や音程は、濃度に応じた連続的な表現または危険レベルに応じた離散的な表現とすることができる。その他、脈波の同期音をCOHb 濃度に応じて変えることができる。この場合、COHb の存在によって音質を変えたり、発音の持続時間を変える等の方法を採用することができる。なお、図1において、参照符号26は記憶回路19をクロック動作させるための時計回路を示す。
【0060】
図6の(a)、(b)は、SpO2 〔%〕とCOHb 濃度〔%〕を、液晶表示器等にトレンド表示するトレンド表示器18の表示構成例を示すものである。この場合、例えば、急性一酸化炭素中毒患者等に対し、患者の処置に関するイベント情報として、酸素吸入、病院到着、採血・校正、人工呼吸開始、麻酔導入開始等のイベントを生じた際には、イベント入力回路21(図1参照)によりイベント入力を行うことにより、入力されたイベント情報は、トレンド表示器18の画面上に表示されるように構成されている。そして、前述したように各減光度比ΦおよびHb 濃度計算回路16で計算された酸化ヘモグロビンO2 Hb 、還元ヘモグロビンRHb 、一酸化炭素ヘモグロビンCOHb の濃度比と前記イベント情報は、記憶回路19に送出されて記憶される。このようにして、記憶回路19に記憶されたデータは、電源を遮断されても保持され、前記トレンド表示器18に再生表示させることができる。
【0061】
なお、例えば図6の(a)に示すように、各ヘモグロビン濃度のトレンドは、ファンクショナル、フラクショナル酸素飽和度(SpO2 )のいずれの濃度もトレンド表示させることができる。また、図6の(b)に示すように、酸化ヘモグロビンO2 Hb 、還元ヘモグロビンRHb 、一酸化炭素ヘモグロビンCOHb の各濃度について、全体を100%として前記各濃度の比率を、前記イベント情報と共にトレンド表示させることができる。そして、前記記憶回路19に記憶されたデータは、外部インタフェースを介して、パソコン等の外部機器にデータを送信することもできるように構成されている(図1参照)。
【0062】
図1に示す装置構成においては、採血法により測定した血中吸光物質濃度を入力する校正値入力回路22が設けられている。この校正値入力回路22に入力されたデータは、Hb 濃度計算回路16に送出される。そして、Hb 濃度計算回路16では、入力された値に基づき、酸化ヘモグロビンO2 Hb 、還元ヘモグロビンRHb 、一酸化炭素ヘモグロビンCOHb の校正計算を行う。この校正計算は次のように行うことができる。
【0063】
まず、血液の脈動に伴って発生する生体組織の脈動による減光度変化を考慮した場合、前記減光度の比Φは次式で示される(特開平8−322822号公報参照)。
【0064】
【数9】

【0065】
ここで、EXは、生体組織の脈動により発生する減光を示す項であり、未知数である。
【0066】
このようにして、採血して測定した値を前記式に代入することにより、未知数EXを決定することが可能となる。以後、この決定した未知数EXの入った連立方程式を使用することにより、生体組織の脈動を考慮した精度の高い測定結果を得ることが可能となる。また、校正値入力以前の記憶回路19に記憶された各減光度比Φあるいは各ヘモグロビン濃度比のデータを採血して測定した血中吸光物質濃度値を用いて再計算し、遡及的に精度の高い測定各課を得ることもできる。
【0067】
また、別の校正例としては、メトヘモグロビンやビリルビン等、他の血中吸光物質による誤差を校正する場合である。すなわち、メトヘモグロビンMetHb を考慮した際の計算式は次式の通りである。
【0068】
【数10】

【0069】
ここで、測定したO2 Hb 、RHb 、COHb 、MetHb を前記式に代入すると、未知数EXを求めることができる。そして、求めた未知数EXと採血法により測定した前記MetHb を前記式に代入し、以後未知数EXとMetHb が一定であると仮定して、連立方程式を解くことによって、O2 Hb 、RHb 、COHb の濃度比を求めることができる。なお、前記式中には、ビリルビンの項を設けて、採血法により測定したビリルビン値を代入して計算することも可能であり、その他の血中吸光物質を適用することも可能である。
【0070】
以上、本発明の好適な実施例について説明したが、本発明は前記実施例に限定されることなく、本発明の精神を逸脱しない範囲内において多くの設計変更をすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】本発明に係るヘモグロビン濃度測定装置の一実施例を示す装置構成の概略ブック系統説明図である。
【図2】図1に示すヘモグロビンHb 濃度表示器の一構成例を示す説明図である。
【図3】図1に示すヘモグロビンHb 濃度表示器の別の構成例を示す説明図である。
【図4】図1に示すヘモグロビンHb 濃度表示器のさらに別の構成例を示す説明図である。
【図5】(a)、(b)は図1に示すヘモグロビンHb 濃度表示器のさらに別の表示を行うそれぞれ異なる構成例を示す説明図である。
【図6】(a)、(b)は図1に示すトレンド表示器のそれぞれ異なる表示を行う構成例を示す説明図である。
【図7】本発明に係るヘモグロビン濃度測定装置に適用する光波長における2つの減光度比Φ12とΦ13との関係を示す特性線図である。
【図8】近赤外の805nmの第3波長を設定した場合のヘモグロビン濃度測定装置における2つの減光度比Φ12とΦ13との関係を示す特性線図である。
【図9】(a)および(b)は、それぞれ血液層と共に脈動する純組織層の脈動の様子を模式的に示す説明図である。
【図10】本発明に適用する光波長の吸光係数との関係を示す特性曲線図である。
【符号の説明】
【0072】
1、2、3 発光素子
4 駆動回路
5 生体組織
6 受光素子
7 増幅器
8 マルチプレクタ
9、10、11 フィルタ
12 A/D変換器
13 タイミング制御回路
14 対数計算回路
15 Φ計算回路
16 Hb 濃度計算回路
17 Hb 濃度表示器
18 トレンド表示器
19 記憶回路
20 アラーム回路
21 イベント入力回路
22 校正値入力回路
23 Functional/Fractional表示選択切換回路
24 2波長/3波長計算表示選択切換回路
25 アラーム設定回路
26 時計回路
30 SpO2 〔%〕の数値表示部
31 COHb 濃度〔%〕の数値表示部
32、33 COHb 濃度〔%〕の危険レベル表示部
34 Functional選択切換スイッチ/選択状態表示部
35 Fractional選択切換スイッチ/選択状態表示部
36 COHb 測定ボタン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
異なる複数の光波長を発する光源と、
前記光源から発せられ生体組織を透過または反射した光を受光する受光手段と、
血液の脈動に起因して前記受光手段からの各波長における受光出力信号の変動に基づいて、各波長間における減光度比Φを演算する減光度比演算手段と、
前記減光度比演算手段からの出力に基づいて少なくとも酸化ヘモグロビン、還元ヘモグロビンおよび一酸化炭素ヘモグロビンの濃度比を演算する濃度比演算手段と、
一酸化炭素ヘモグロビンの濃度比を演算することを指示する選択手段とを具備し、
前記選択手段が一酸化炭素ヘモグロビンの濃度比を演算することを指示していない状態においては、前記濃度比演算手段は、前記光源により発せられた少なくとも異なる2波長の光が生体組織を透過または反射した光を前記受光手段により受光することにより出力された受光出力信号の変動に基づいて、酸化ヘモグロビンおよび還元ヘモグロビンの濃度比を演算し、
前記選択手段が一酸化炭素ヘモグロビンの濃度比を演算することを指示している状態においては、前記濃度比演算手段は、前記光源により発せられた少なくとも異なる3波長の光が生体組織を透過または反射した光を前記受光手段により受光することにより出力された受光出力信号の変動に基づいて、酸化ヘモグロビン、還元ヘモグロビンおよび一酸化炭素ヘモグロビンの濃度比を演算することを特徴とするヘモグロビン濃度測定装置。
【請求項2】
請求項1に記載のヘモグロビン濃度測定装置であって、
患者の処置に関するイベント情報の際にイベント入力するためのイベント入力手段と、 前記イベント入力手段に入力された時刻およびイベント情報と、前記濃度比演算手段の演算結果を記憶する記憶手段とを、
具備することを特徴とするヘモグロビン濃度測定装置。
【請求項3】
さらに、前記演算結果をトレンド表示し、前記記憶手段により記憶されたイベント情報をその前記時刻に合わせて前記トレンド表示に表示する表示手段を具備することを特徴とする請求項2記載のヘモグロビン濃度測定装置。
【請求項4】
さらに、前記記憶手段に記憶されたイベント情報、時刻および前記演算結果を外部装置に送信するためのインタフェースを具備することを特徴とする請求項2記載のヘモグロビン濃度測定装置。
【請求項5】
請求項1に記載のヘモグロビン濃度測定装置であって、
酸化ヘモグロビン、還元ヘモグロビンおよび一酸化炭素ヘモグロビンについて2次元座標に目盛りする方式により計測したヘモグロビン値を表示する表示手段を有することを特徴とするヘモグロビン濃度測定装置。
【請求項6】
請求項1記載のヘモグロビン濃度測定装置であって、
前記濃度比演算手段の演算結果をトレンド表示する表示手段を具備することを特徴とするヘモグロビン濃度測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2008−194488(P2008−194488A)
【公開日】平成20年8月28日(2008.8.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−89666(P2008−89666)
【出願日】平成20年3月31日(2008.3.31)
【分割の表示】特願2000−366152(P2000−366152)の分割
【原出願日】平成12年11月30日(2000.11.30)
【出願人】(000230962)日本光電工業株式会社 (179)
【Fターム(参考)】