説明

ヘリコバクター・ピロリ接着抑制剤

【課題】胃粘膜へのヘリコバクター・ピロリの接着を抑制し、ヘリコバクター・ピロリに起因する胃炎、胃潰瘍、胃癌、十二指腸潰瘍などを予防するためのヘリコバクター・ピロリ接着抑制剤を提供する。
【解決手段】トチノキ種皮抽出物を有効成分として含有するヘリコバクター・ピロリ接着抑制剤である。ヘリコバクター・ピロリ接着抑制剤は、製剤として製造することができる。また、飲食品の形態とすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トチノキ種皮抽出物を有効成分として含有するヘリコバクター・ピロリ接着抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori)は、らせん状のグラム陰性桿菌で、胃粘液中に浮遊するか、または、胃上皮細胞に付着して増殖する。1983年にワレン(Warren)とマーシャル(Marshall)らが胃炎患者の胃粘膜に寄生するヘリコバクター・ピロリの分離培養に成功(非特許文献1参照)して以来急速に研究が進み、ヘリコバクター・ピロリの感染が慢性萎縮性胃炎や胃潰瘍、胃癌、十二指腸潰瘍などの発症に深く関与していることが明らかになってきた。先進国では近年の衛生面の改善により保菌者は減少傾向にあるものの、高年齢層での感染率は依然として高く、日本においても40歳以上では70%以上が感染者と言われている。
【0003】
ヘリコバクター・ピロリの除菌により関連病態の多くが改善されることから、ヘリコバクター・ピロリが長期にわたり胃に感染していることが、発症のリスクファクターと考えられており、除菌が最良の治療法とされている。現在ではプロトンポンプ阻害剤と抗生物質2剤(アモキシシリン、クラリスロマイシン)による3剤併用の除菌療法が行われているものの、耐性菌の増加による除菌率の低下や副作用が懸念されている。そこで、より副作用の少ない予防および治療法として、ヘリコバクター・ピロリの胃粘膜への接着を抑制する方法が提案されている。ヘリコバクター・ピロリ接着抑制剤としては、例えばフコイダンを有効成分とするヘリコバクター・ピロリの定着阻害剤(特許文献1参照)、グルクロン酸含有フコイダンを有効成分とするヘリコバクター・ピロリの接着阻害剤(特許文献2参照)などが提案されている。
【0004】
トチノキ(Aesculus turbinata BLUME)種子、すなわちトチノミは、古くはコメの代用としてドングリなどと共に主食の一角をなしていた。また、乾燥によって長期間保存ができることから飢饉の際などの非常食として利用されていた。トチノミはエスシンと呼ばれるサポニンを多く含むことから、ヨーロッパを中心にその抽出物の生理機能に関する研究が進められており、炎症や腫脹の治療用として医薬品や化粧品に用いられている。トチノミの生理活性としては、皮剥ぎしたトチノミから単離したエスシン誘導体が、血糖値上昇抑制作用(非特許文献2参照)や、糖質分解酵素の阻害活性(非特許文献3参照)を有することが知られている。また、トチノミの皮、すなわちトチノキ種皮より得られたポリフェノールが、糖質消化酵素の阻害活性を有すること(非特許文献4参照)なども知られている。しかしながら、トチノキ種皮抽出物が、ヘリコバクター・ピロリ感染の初期段階と考えられる胃粘膜への接着を抑制する作用を有することはこれまで知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平7−138166号公報
【特許文献2】特開平10−287571号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】ワレン・ジェイ・アール(Warren J. R.),マーシャル・ビー(Marshall B.),ランセット(Lancet),1273乃至1275頁(1983年)
【非特許文献2】木村英人ら、日本食品科学工学会誌、第51巻、672乃至679頁(2004年)
【非特許文献3】木村英人ら、日本食品科学工学会誌、第53巻、31乃至38頁(2006年)
【非特許文献4】小川智史ら、日本食品科学工学会誌、第56巻、95乃至102頁(2009年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、胃粘膜へのヘリコバクター・ピロリの接着を抑制し、ヘリコバクター・ピロリに起因する胃炎、胃潰瘍、胃癌、十二指腸潰瘍などを予防するためのヘリコバクター・ピロリ接着抑制剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題に対して鋭意・検討を行った結果、トチノキ種皮の抽出物が、胃癌細胞株(MKN45細胞)に対するヘリコバクター・ピロリの接着を強く抑制することを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明のヘリコバクター・ピロリ接着抑制剤は、トチノキ種皮抽出物を有効成分として含有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明のヘリコバクター・ピロリ接着抑制剤は、ヘリコバクター・ピロリに起因する胃炎、胃潰瘍、胃癌、十二指腸潰瘍などの予防の治療に有効である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、トチノキ種皮抽出物を有効成分として含有するヘリコバクター・ピロリ接着抑制剤に関する。本発明で用いるトチノキ種皮抽出物は、トチノミ(栃の実)またはその皮から、水、水とアルコールの混合液またはアルコールにより抽出することができる。本発明において、抽出物を得るための抽出方法に特に制限はなく、浸漬による抽出、加熱抽出、連続抽出および超臨界抽出など、公知の方法を用いることができるが、通常、熱水抽出が好ましく用いられる。
【0012】
抽出操作終了後、濾過または遠心分離など公知の方法で抽出残渣を除去して抽出液を得る。抽出液は公知の方法で濃縮することができ、例えば、通風乾燥、真空乾燥、真空凍結乾燥など公知の方法で乾燥することにより、粉末または固状の乾燥された抽出物を得ることができる。さらに、抽出物を水および/またはアルコールに溶解した溶液を、例えば、限外濾過、吸着クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィーなどの方法により精製することもできる。精製方法としては、とりわけ吸着クロマトグラフィーが好ましい。このようにして得られる抽出物の精製物もまた、トチノキ種皮抽出物として本発明に用いることができる。なお、本発明におけるトチノキ種皮抽出物の主要成分はポリフェノールであり、抽出物におけるポリフェノール含量は、常法のFoline−Ciocalteu法により測定することができる。
【0013】
本発明のヘリコバクター・ピロリ接着抑制剤は、上記抽出物または精製物をそのまま、あるいは抽出物または精製物に製薬学的に許容される添加物などを必要に応じて適宜混合し、公知の方法で製剤として製造することができる。製剤としては、液剤、散剤、顆粒剤、錠剤、マイクロカプセル、ソフトカプセル、ハードカプセルなどが挙げられる。これら各種製剤は、胃炎、胃潰瘍、胃癌、十二指腸潰瘍などの予防を目的とする健康食品として有用である。
【0014】
また、本発明のヘリコバクター・ピロリ接着抑制剤は、上記抽出物または精製物を食品素材および食品添加物に配合することにより、飲食品の形態とすることができ、固形食品、クリーム状またはジャム状の半流動食品、ゲル状食品、飲料などあらゆる形態で使用することができる。このような飲食品としては、例えば、清涼飲料、コーヒー、紅茶、乳飲料、乳酸菌飲料、ドロップ、キャンディー、チューインガム、チョコレート、グミ、ヨーグルト、アイスクリーム、プリン、水羊羹、ゼリー、菓子、クッキーなどが挙げられる。これら飲食品は、胃炎、胃潰瘍、胃癌、十二指腸潰瘍などの予防を目的とする健康食品として有用である。
【0015】
上記製剤および飲食品の製造に用いられる製薬学的に許容される添加物、食品素材および食品添加物としては、例えば、賦形剤、滑沢剤、崩壊剤、結合剤、溶解補助剤、乳化剤、酸化防止剤、保存料、増粘安定剤、甘味料、酸味料、調味料、着色料などを適宜使用することができる。
【0016】
賦形剤としては、乳糖、デキストリン、コーンスターチ、結晶セルロースなどが挙げられる。滑沢剤としては、ステアリン酸マグネシウム、ショ糖脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステルなどが挙げられる。崩壊剤としては、カルボキシメチルセルロースカルシウム、無水リン酸水素カルシウム、炭酸カルシウムなどが挙げられる。結合剤としては、澱粉糊液、ヒドロキシプロピルセルロース液、アラビアガム液などが挙げられる。溶解補助剤としては、アラビアガム、ポリソルベート80などが挙げられる。乳化剤としては、グリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステルなどが挙げられる。酸化防止剤としては、BHT(ジブチルヒドロキシトルエン)、BHA(ブチルヒドロキシアニソール)、アスコルビン酸、トコフェロールなどが挙げられる。
【0017】
また、保存料としては、ソルビン酸、パラオキシ安息香酸メチル、亜硫酸ナトリウムなどが挙げられる。増粘安定剤としては、アルギン酸ナトリウム、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ポリアクリル酸ナトリウムなどが挙げられる。甘味料としては、砂糖、果糖ブドウ糖液糖、ハチミツ、アスパルテームなどが挙げられる。酸味料としては、クエン酸、乳酸、DL−リンゴ酸などが挙げられる。調味料としては、DL−アラニン、5’−イノシン酸ナトリウム、L−グルタミン酸ナトリウムなどが挙げられる。着色料としては、β−カロテン、食用タール色素、リボフラビンなどが挙げられる。香料としては、ハッカ、ストロベリー香料などが挙げられる。
【0018】
上記各種製剤および飲食品100質量%中に配合される本発明のトチノキ種皮抽出物の量は、固形分換算で、通常約0.001乃至50質量%、好ましくは約0.01乃至20質量%、より好ましくは約0.1乃至10質量%である。
【0019】
これら各種製剤および飲食品を経口的に摂取する場合、本発明のトチノキ種皮抽出物の成人一日当たりの用量は、固形分換算量で、約1〜3,000mg/kgの範囲が好ましく、この用量を、1回乃至数回に分けて摂取すればよい。ただし、実際の用量は、目的や摂取者の状況(性別、年齢、症状など)を考慮して決められる。
【実施例】
【0020】
以下、本発明を実施例に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれらにより何ら限定されない。
【0021】
〔実験1:トチノキ種皮抽出物の調製とポリフェノール含量の測定〕
<実験1−1:トチノキ種皮抽出物の調製>
トチノキの種皮10g(水分含量11.5%)を乳鉢にて粉砕し、蒸留水200mlを加えて2時間、加熱還流を行った。抽出液を濾過後、残渣に蒸留水200mlを加え、再度同様の操作を行った。抽出液をロータリーエバポレーターで減圧濃縮して、乾固物1.56gを得た。この抽出物をダイヤイオンHP−20(内径30mm、長さ300mm、日本錬水製)カラムを用いたカラムクロマトグラフィーに供し、蒸留水500ml、メタノール500mlで順次溶出した。得られたメタノール溶出画分を減圧濃縮し、乾固物0.67gを得た。これをクロマトレックスODS1024Tカラム(内径30mm、長さ300mm、富士シリシア化学製)を用いたODSカラムクロマトグラフィーに供し、5%メタノール500mlでカラムを洗浄した後、50%メタノール500mlにて溶出した。得られた50%メタノール溶出画分を減圧濃縮し、トチノキ種皮抽出物0.54gを得た。
【0022】
<実験1−2:トチノキ種皮抽出物中のポリフェノール含量>
実験1−1で得たトチノキ種皮抽出物の一部を精製水に溶解した後、適宜希釈し、標準物質として(−)−エピカテキン(試薬)を用いて常法のFoline−Ciocalteu法によりポリフェノール含量を測定した。その結果、実験1−1で得たトチノキ種皮抽出物0.54gにおける総ポリフェノール量は0.44g((−)−エピカテキン換算)であった。これは、トチノキ種皮抽出物がポリフェノールを主要成分として含有するものであることを示している。
【0023】
なお、トチノキ種皮抽出物は固形質量をベースとして10%エタノール溶液により4mg/mlとなるように溶解したものを、さらに使用溶媒で適宜希釈し、以下の実験に使用した。
【0024】
〔実験2:トチノキ種皮抽出物の抗ヘリコバクター・ピロリ作用〕
まず、実験1−1で調製したトチノキ種皮抽出物について、ヘリコバクター・ピロリに対する抗菌作用を検討した。
<実験2−1:ヘリコバクター・ピロリ菌液の調製>
ヘリコバクター・ピロリ ATCC43504株を、10%牛胎児血清(ハイクローン社製)を含むBBLブルセラ培地(ベクトン・ディッキンソン社製)に植菌し、脱酸素剤(「アネロパック微好気」、三菱ガス化学製)を用いた微好気条件下、37℃で5乃至7日間培養した。波長550nmにおける吸光度が約0.7まで達した培養液を遠心分離(7,000rpm、5分間)して菌体を回収し、リン酸緩衝食塩水(以下、「PBS」と略称する)に懸濁し、再度遠心分離する操作を2回繰り返して菌体を洗浄した。洗浄菌体はPBSに懸濁し、波長550nmにおける吸光度を測定することにより菌体量を評価し、濃度を調整してヘリコバクター・ピロリ菌液とした。因みに、波長550nmの吸光度が0.1の菌液における菌体濃度は、概ね3×10CFU/mlに相当する。
【0025】
<実験2−2:トチノキ種皮抽出物の抗ヘリコバクター・ピロリ作用評価>
抗ヘリコバクター・ピロリ作用は、トチノキ種皮抽出物がヘリコバクター・ピロリに対して示す最小生育阻止濃度(Minimum Inhibitory Concentration,以下、「MIC」と略称する)を測定することにより評価した。
【0026】
実験1−1の方法で調製したトチノキ種皮抽出物を、1.0、1.2、1.4、1.6、1.8または2.0mg/mlの濃度になるようそれぞれ調整した被験試料溶液0.5mlに対し、10%馬血清(インビトロジェン社製)および寒天1%を含むブルセラ培地(以下、「ブルセラ寒天培地」と略称する)4.5mlを添加し、寒天平板を作製した。次いで、実験2−1で調製したヘリコバクター・ピロリの菌液を波長550nmにおける吸光度がおよそ0.3となるようにPBSを用いて希釈して得た菌液50μlを寒天平板上に滴下し、平板表面に広げた。微好気条件下、37℃で7日間培養した後、菌の生育の有無を実体顕微鏡下で確認し、菌の生育が認められない最小濃度をMICとした。結果を表1に示す。
【0027】
【表1】

【0028】
トチノキ種皮抽出物を100および120μg/ml含むブルセラ寒天平板上では、ヘリコバクター・ピロリの生育が明瞭に観察された。しかしながら、これら観察されたコロニーは、トチノキ種皮抽出物を含まない培地を用いた対照のコロニーよりも小さなものであった。トチノキ種皮抽出物の濃度が140および160μg/mlの場合には、寒天平板上にコロニーは肉眼的に検出できず、実体顕微鏡による観察において、極めて小さなコロニーが検出された。一方、トチノキ種皮抽出物の濃度が180および200μg/mlの場合には、ヘリコバクター・ピロリの生育は、実体顕微鏡による観察においても確認できなかった。したがって、トチノキ種皮抽出物のヘリコバクター・ピロリに対するMICは180μg/mlであることが判明した。この結果は、トチノキ種皮抽出物がヘリコバクター・ピロリに対する抗菌作用を有することを示す。
【0029】
〔実験3:トチノキ種皮抽出物のヘリコバクター・ピロリ接着抑制作用〕
次いで、実験1−1で調製したトチノキ種皮抽出物について、トチノキ種皮抽出物のヘリコバクター・ピロリ接着抑制作用を検討した。ヘリコバクター・ピロリ接着抑制作用は、ヒト胃癌細胞株であるMKN45細胞を用い、濃度を変えたトチノキ種皮抽出物の存在下でMKN45細胞に接着したヘリコバクター・ピロリ量を、Cell−enzyme immunoassay(Cell−EIA)にて測定することによって試験した。
<実験3−1:MKN45細胞へのヘリコバクター・ピロリ接着抑制試験>
10%牛胎児血清を含むRPMI1640培地を用いて調製したMKN45細胞を96穴マイクロプレート(ベクトン・ディッキンソン社製)に1×10個/ウェルとなるように播種し、37℃、5%CO環境下で3日間培養した。次いで、実験3−1の方法で調製し、PBSにより波長550nmの吸光度がおよそ0.2となるように調整したヘリコバクター・ピロリ菌液と、PBSにより各濃度に調整した被験試料液を等量混和し、37℃で30分プレインキュベートした。次いで、96穴マイクロプレートの各ウェルから培地を除去した後、ヘリコバクター・ピロリを含む各試料液100μlをそれぞれ各ウェルに添加し、37℃、2時間インキュベートした。
【0030】
ヘリコバクター・ピロリを含む試料液を各ウェルから除去した後、4%パラホルムアルデヒド溶液を添加し、室温で1時間処理することにより固定した。0.05%Tween20を含むPBSで各ウェルを洗浄した後、3%過酸化水素溶液を添加し、室温で30分処理した。洗浄後、ビオチン標識−ウサギ抗ヘリコバクター・ピロリポリクローナル抗体(バイロスタット社製)を添加し、室温、60分反応させた。洗浄後、ホースラディッシュ・パーオキシダーゼ(HRP)標識−ストレプトアビジン(ダコ社製)を添加し、室温で60分反応させた。洗浄後、キット(商品名「QuantaBlueTM Fluorogenic Peroxidase Substrate Kit」(ピアース社製)を用いて発色させ、蛍光強度を測定して5点平均によりMKN45細胞に付着したヘリコバクター・ピロリの量を評価した。
【0031】
【表2】

【0032】
表2に示すように、トチノキ種皮抽出物は3.1μg/ml未満の濃度では、MKN45細胞に対するヘリコバクター・ピロリの接着に実質的に影響を与えなかった。しかしながら、3.1μg/ml以上の濃度では、濃度依存的にMKN45細胞に対する接着を抑制し、トチノキ種皮抽出物を含まない場合に対する相対接着量は12.5μg/mlの濃度で54.6%、50μg/mlの濃度で39.6%まで低下した。
【0033】
<実験3−2:接着抑制試験に用いたトチノキ種皮抽出物の濃度がヘリコバクター・ピロリに与える影響>
実験3−1の結果におけるトチノキ種皮抽出物の濃度に依存したヘリコバクター・ピロリの接着量の低下が、トチノキ種皮抽出物の抗菌作用によるものではないことを確認する目的で、ヘリコバクター・ピロリとトチノキ種皮抽出物の接触時間を実験3−1と同じに設定し、ヘリコバクター・ピロリの生存率(コロニー形成能)を検討した。
【0034】
実験2−1の方法で得たヘリコバクター・ピロリ菌液を、PBSを用いて550nmの吸光度がおよそ0.2となるように調整し、各濃度に調整した被験試料液と等量混和した。この混和液を、37℃で2.5時間(実験3−1におけるプレインキュベート30分間とMKN45細胞への感染時間2時間を合計した時間)インキュベートした。次いで、ヘリコバクター・ピロリを含む被験試料液を、PBSを用いて適宜希釈し、ブルセラ寒天平板上に50μl滴下し、平板表面に広げた。37℃、5日間培養した後、平板表面のコロニー数を計測した。トチノキ種皮抽出物を添加しない場合のコロニー数を100%として、各濃度のトチノキ種皮抽出物存在下で処理した液における相対コロニー数を百分率で表3に示した。
【0035】
【表3】

【0036】
表3に示すように、ヘリコバクター・ピロリとトチノキ種皮抽出物を2.5時間接触させた場合、トチノキ種皮抽出物の濃度50μg/mlでヘリコバクター・ピロリの相対コロニー数はトチノキ種皮抽出物を含まない液で処理した場合の70%程度、100μg/mlで10%程度にそれぞれ低下した。しかしながら、25μg/ml以下の濃度では、ヘリコバクター・ピロリの相対コロニー数は実質的に低下せず、ヘリコバクター・ピロリに対する抗菌作用は認められなかった。この結果は、実験3−1における、低濃度のトチノキ種皮抽出物による蛍光強度の低下、すなわち、ヘリコバクター・ピロリのMKN45細胞への接着抑制作用が、抗菌作用によるものではないことを意味している。
【0037】
実験1乃至3の結果から、ポリフェノールを主要成分として含有するトチノキ種皮抽出物は、ヘリコバクター・ピロリに対して抗菌作用を有するだけでなく、抗菌作用を示さない低濃度であっても、胃粘膜へのヘリコバクター・ピロリの接着を抑制する作用を奏することが判明した。
【0038】
〔実験4:トチノキ種皮抽出物を含む製剤および飲食品の調製〕
(調製例1)
<錠剤の調製>
L−アスコルビン酸10質量部、マルトース(登録商標『サンマルト』、株式会社林原商事販売)80質量部、実験1−1の方法で得たトチノキ種皮抽出物9質量部、およびショ糖ステアリン酸エステル1質量部をそれぞれ均一に混合した後、常法により打錠してトチノキ種皮抽出物を含有する錠剤を得た。本品は、溶解性に優れビタミンCの補給もできる摂取し易い錠剤である。また、トチノキ種皮抽出物がヘリコバクター・ピロリの胃粘膜への接着を抑制することから、胃炎、胃潰瘍、胃癌、十二指腸潰瘍などを予防するための健康食品として有利に利用できる。
【0039】
(調製例2)
<チューインガムの調製>
ガムベース3質量部を柔らかくなるまで加熱融解し、含水結晶トレハロース(登録商標『トレハ』、株式会社林原商事販売)7質量部および実験1−1の方法で得たトチノキ種皮抽出物を0.5質量部加えた。さらに、ビタミンEを0.1質量部と適量の着色料、着香料をそれぞれ混合した後、常法により練り合わせ、成型し、包装してトチノキ種皮抽出物を含有するチューインガムを得た。本品は、テクスチャー、風味ともに良好である。また、トチノキ種皮抽出物がヘリコバクター・ピロリの胃粘膜への接着を抑制することから、胃炎、胃潰瘍、胃癌、十二指腸潰瘍などを予防するための健康食品として有利に利用できる。
【0040】
(調製例3)
<健康補助飲料の調製>
異性化糖40質量部、マルチトール(商品名『粉末マビット』、株式会社林原商事販売)2質量部、米酢10質量部、リンゴ酢6質量部、クエン酸2質量部、リンゴ酸2質量部、濃縮リンゴ果汁2質量部、実験1−1の方法で得たトチノキ種皮抽出物2質量部を混合および溶解して飲料を調製した。本品は、風味、呈味ともに良好である。また、トチノキ種皮抽出物がヘリコバクター・ピロリの胃粘膜への接着を抑制することから、胃炎、胃潰瘍、胃癌、十二指腸潰瘍などを予防するための健康補助飲料として有利に利用できる。
【0041】
(調製例4)
<経管経口栄養剤の調製>
含水結晶トレハロース(登録商標『トレハ』、株式会社林原商事販売)30質量部、グルタミン酸ナトリウム3質量部、グリシン2質量部、食塩2質量部、クエン酸2質量部、炭酸マグネシウム0.3質量部、乳酸カルシウム1質量部、実験1−1の方法で調製したトチノキ種皮抽出物4質量部、チアミン0.02質量部およびリボフラビン0.02質量部からなる配合物を調製した。この配合物を30gずつラミネートアルミ袋に小分けし、ヒートシールして経管経口栄養剤を調製した。本品は、一袋約250乃至500mlの滅菌水に溶解して経管または経口的に栄養剤として利用できる。また、トチノキ種皮抽出物がヘリコバクター・ピロリの胃粘膜への接着を抑制することから、胃炎、胃潰瘍、胃癌、十二指腸潰瘍などを予防するための液剤として有利に利用できる。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明のヘリコバクター・ピロリ接着抑制剤は、人体にとって安全であり、食品の形態にて経口的に摂取することにより、ヘリコバクター・ピロリの胃粘膜への接着を効果的に抑制することができるので、ヘリコバクター・ピロリの感染によって惹起される胃炎、胃潰瘍、胃癌、十二指腸潰瘍などの予防に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トチノキ種皮抽出物を有効成分として含有することを特徴とするヘリコバクター・ピロリ接着抑制剤。
【請求項2】
トチノキ種皮抽出物がポリフェノールを主要成分とする請求項1に記載のヘリコバクター・ピロリ接着抑制剤。
【請求項3】
飲食品の形態にある請求項1または2に記載のヘリコバクター・ピロリ接着抑制剤。
【請求項4】
ヘリコバクター・ピロリに起因する胃炎、胃潰瘍、胃癌および十二指腸潰瘍の少なくともいずれかを予防するための健康食品である請求項3に記載のヘリコバクター・ピロリ接着抑制剤。

【公開番号】特開2011−195456(P2011−195456A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−60410(P2010−60410)
【出願日】平成22年3月17日(2010.3.17)
【出願人】(593006836)寿製菓株式会社 (5)
【Fターム(参考)】