説明

ペプチドアレイ

【課題】ペプチドアレイを用いる測定系において、生体分子の非特異的な影響を受けることなく、結合シグナルを増幅させることにある。特に表面プラズモン(SPR)測定に用いてプロテインキナーゼによるリン酸化を検出する際に、信頼性の高いデータを得ることのできるペプチドアレイを得ることにある。
【解決手段】酵素反応の基質となるペプチドが基板上に固定化されてなるペプチドアレイであって、基板に固定化される部位と基質となるペプチドとの間に親水性化合物、好ましくはポリエチレングリコール(PEG)からなるスペーサー配列が挿入されることを特徴とする、特にSPRによるプロテインキナーゼによるリン酸化の検出に有用なペプチドアレイ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物質相互作用の解析系に用いられるペプチドチップにおいて、非特異的な影響を受けることなく、標的とする物質間の結合シグナルを増大させることの可能なペプチドアレイに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、生体分子の相互作用解析、発現分子のプロファイリング、もしくは診断に用いるバイオチップが注目を集めている。基板上に生体分子が固定化されることで操作が容易になり、場合によっては非常に多くの物質の相互作用を解析することができる。特に比較的分子量の小さなペプチドを基板上に固定化したペプチドアレイは、蛋白質のような変性の問題が比較的少なく、またコンビナトリアルケミストリーの側面が強いことから、近年酵素の基質探索や、あるいはインヒビターの探索などに広く用いられるようになってきている。
【0003】
これら生体分子同士の相互作用を観察する際に問題になるのが非特異的吸着による影響である。非特異的吸着とは、本来であれば相互作用しない分子へ対象物質が非特異的に吸着する場合のことを言う。その結果、擬陽性の判定を与えるため好ましくない。非特異的な吸着を抑制するために、生体高分子が固定化された基板を、デキストラン、ポリエチレングリコール(PEGということもある)などの親水性高分子で表面をコートしたバイオチップが開発されている。例えば、カルボキシメチルデキストランのカルボキシル基を水溶性カルボジイミド(EDC)とN−ヒドロキシスクシンイミド(NHS)で活性化し、形成したスクシンイミド基と生体分子を固定化することに成功している(非特許文献1)。これらの親水性高分子には生体分子の非特異的吸着を抑制する効果があることが知られている。しかしながら、親水性高分子のコーティングによって、生体分子が親水性高分子中に埋没してしまい、生体高分子同士の相互作用が阻害されるという問題を生じる場合がある。
【0004】
この生体高分子同士の相互作用の阻害は、測定シグナル低下の原因となる。この相互作用の阻害は、親水性高分子のコーティングに起因するだけでなく、生体高分子を基板に直接的に結合することによって生じることも少なくない。これは、生体高分子を基板に直接的に結合すると、生体高分子の自由度が抑制されるためである。バイオチップの測定シグナル向上のためには、生体高分子同士の相互作用を容易せしめる必要がある。
【0005】
生体分子同士の相互作用をより容易に行わせるために、基板にスペーサーを介して生体分子を固定化する検討がなされている。しかしながら、特に高分子量のスペーサーを介して生体分子を固定化すると、固定化反応効率の低下や測定系への阻害などの悪影響が生じる可能性が高くこともあり、必ずしも好ましくない。
【0006】
特に、ペプチドを基板上に固定化するに際しては、高分子量のリンカーを介した固定化反応では、その収率が非常に低下し、測定シグナルの低下や非特異的なシグナルの増大を起こすことが頻繁に見られる。しかしながら、リンカーを介さない、もしくは低分子量のリンカーを介する固定化では、スペーサー効果が十分に機能しにくいため、固定化ペプチドの自由度が小さくなり、優れた測定結果が得られなくなる確率が高まるという問題がある。
【0007】
【非特許文献1】Anal.Biochem.198,268,1991
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、生体分子の非特異的吸着を抑制しながらも、なおかつ標的物質における結合シグナルを増大することのできるペプチドアレイに関する技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは鋭意検討した結果、以下に示すような手段により、上記課題を解決できることを見出し、本発明に到達した。
1.ペプチドがアルコキシル基を含む構造のスペーサーを介して基板上に固定化されていることを特徴とするペプチドアレイ。
2.アルコキシル基が、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基、ペンンチルオキシ基、ヘキシルオキシ基、ヘプチルオキシ基及びオクチルオキシ基よりなる群から選択されたいずれかであることを特徴とする1のペプチドアレイ。
3.アルコキシル基が、2回以上の繰り返し構造を有することを特徴とする1又は2のペプチドアレイ。
4.ペプチドが、チオール基を介して基板上に固定化されることを特徴とする1〜3のいずれかのペプチドアレイ。
5.基板に固定化される部位としてシステイン残基が付加されていることを特徴とする1〜4のいずれかのペプチドアレイ。
6.アレイ表面が金であることを特徴とする1〜5のいずれかのペプチドアレイ。
7.基板が透明基板であることを特徴とする1〜6のいずれかのペプチドアレイ。
8.基板がガラスであることを特徴とする1〜7のいずれかのペプチドアレイ。
9.2種類以上のペプチドが同一基板上に固定化されることを特徴とする1〜8のいずれかのペプチドアレイ。
10.固定化されるペプチドがプロテインキナーゼによりリン酸化を受ける基質として機能しうることを特徴とする1〜9のいずれかのペプチドアレイ。
11.アレイが表面プラズモン共鳴(SPR)解析に用いられることを特徴とする1〜10のいずれかのペプチドアレイ。
12.アレイがオートラジオグラフィに用いられることを特徴とする1〜11のいずれかのペプチドアレイ。
【発明の効果】
【0010】
本発明におけるペプチドアレイは、スペーサーとしてアルコキシル基を含む構造を付加したペプチドが固定化されることにより、例えばOn−chipでのリン酸化効率が増し測定シグナルを向上させ、更に非特異的吸着が抑制された精度のよいペプチドチップを用いた測定系を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明におけるペプチドの基板上への固定化方法は特に限定されるものではないが、例えばチオール基を介してペプチドを固定化する方法が挙げられる。固定化されるペプチドに関しては、1種類のみであってもよいし、2種類以上であってもよい。ここで用いられるペプチドは一般的に用いられる意味のものを指し、アミノ酸が2個以上ペプチド結合により連結されたものであって、酵素の基質として機能しうる性質を有するものをいう。その基質配列部位のアミノ酸残基の数は特に限定されないが、通常は5〜60残基程度であり、10〜25残基程度がより好ましい。分析する目的に応じて、アミノ酸残基のうち1乃至数残基において化学的な修飾を加えられたアミノ酸が含まれていてもよい。また特に限定されるものではないが、特定の酵素に対して基質としての機能を有しているペプチドを少なくとも1種は含むことが好ましい。
【0012】
ここで、基板に固定化される部位とは、具体的には例えば固定化されるペプチドのアミノ酸配列において少なくとも1箇所以上のシステイン残基が存在する状態のものをいう。システイン残基は固定化されるペプチドが本来の機能を奏するために必要なアミノ酸配列として必須な残基として存在している場合であっても、あるいはペプチドが本来の機能を奏するために必要なアミノ酸配列に対してさらに付加された場合であってもよい。固定化されるペプチドにおけるシステイン残基の存在位置は特に限定されないが、好ましくは少なくとも一方の末端に、より好ましくは一方の末端のみに付加されてなる方がよい。また、別な態様として、固定化されるペプチドに対して、チオール基を有する化合物が1箇所以上のいずれかのアミノ酸残基において化学結合されている状態のものも挙げられる。この場合に該化合物の結合箇所も特に限定はされないが、いずれかの末端のアミノ酸残基に結合されていることが好ましい。
【0013】
本発明においては、上記基板に固定化される部位と基質配列部位との間に、アルコキシル基を含む構造のスペーサーが挿入されていることを特徴とする。この構造のスペーサーは親水性であり、スペーサー効果も大きいものである。アルコキシル基を含む構造のスペーサーの分子量は特に限定されないが、100〜1000が好ましく、400〜1000がより好ましい。また、上記アルコキシル基を含む構造のスペーサーとともに、アミノ酸残基数が2〜10個、より好ましくは2〜6個からなるスペーサー配列を更に付加させてもよい。スペーサー配列を構成するアミノ酸残基の種類は特に限定されるものではないが、高次構造の形成を起こしにくいアミノ酸を含むことが好ましい。具体的には、少なくとも1つはグリシン残基を含むことが好ましい。より好ましくは、1残基のグリシン(G)、2残基のグリシン(GG)、グリシンとアラニン(GAもしくはAG)、あるいはグリシンとセリン(GSもしくはSG)残基の繰り返しを1回以上、更に好ましくは2回以上含んでなる。
【0014】
上記アルコキシル基を含む構造のスペーサーをペプチドに挿入する方法は特に限定されるものではなく、種々の化学合成に基づく手法が適用されうるものであるが、合成効率面から考えると、ペプチド合成に際した一連の流れの中に親水性化合物の結合反応を組み込むのが好ましい。ペプチド合成においては、一般的にFmoc基やtBoc基、N−CBZのような保護基の結合されたアミノ酸が用いられるが、こうした保護基で修飾されているスペーサー化合物を用いてペプチド合成を行うのが効率的で好ましい。
【0015】
上記アルコキシル基を含む構造のスペーサーの基本構造としては特に限定されるものではないが、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基、ペンンチルオキシ基、ヘキシルオキシ基、ヘプチルオキシ基及びオクチルオキシ基などが例示される。なかでもメトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基が特に好ましい。該アルコキシル基が、2回以上の繰り返し構造を有することがより好ましい。繰り返し回数は2〜10回程度が好ましい。
【0016】
上記アルコキシル基を含む構造のスペーサーをペプチドに挿入する方法は特に限定されるものではなく、種々の化学合成に基づく手法が適用されうるものであるが、合成効率面から考えると、ペプチド合成に際した一連の流れの中に親水性化合物の結合反応を組み込むのが好ましい。ペプチド合成においては、一般的にFmoc基やtBoc基のような保護基の結合されたアミノ酸が用いられるが、こうした保護基により修飾された親水性化合物をアミノ酸と同様に用いるのが好ましい。具体的には、式(I)に示されるようなFmoc基で修飾されたアルコキシル基を含む化合物、式(II)に示されるようなN−CBZで修飾されたアルコキシル基を含む化合物、式(III)に示されるようなtBoc基で修飾されたアルコキシル基を含む化合物などが例示される。式(I)、(II)、(III)においてnの値は2〜25程度が好ましく、4〜15程度がより好ましい。
【0017】
【化1】

【0018】
【化2】

【0019】
【化3】

【0020】
上述したようなチオール基を介してペプチドを固定化するに際しては、予め基板表面にアミノ基を導入させて、スクシンイミド(NHS)基とマレイミド(MAL)基を有するヘテロ二官能型架橋剤を用いてマレイミド表面を形成させて反応させる方法が推奨される。チップ上にアミノ基を導入する手段は特に限定されるものではない。基板表面に分子を整列させる自己組織化表面の手法、反応試薬を用いて導入する方法、官能基を有する物質をチップ上にコーティングする手段などが挙げられる。また、表面に導入しておいた官能基を起点として、架橋剤を用いてアミノ基を導入する手段なども含まれる。こうしたヘテロ二官能型架橋剤としては、種々市販されているものもあり、特に限定されるものではないが、例えばSuccinimidyl 4−[N−maleimidomethyl]cyclohexane−1−carboxylate(以下、SMCCと示す。)もしくはSulfosuccinimidyl 4−[N−maleimidomethyl]cyclohexane−1−carboxylate(以下、SSMCCと示す。)などを挙げることができる。またこれらの化合物と完全に同一構造のものでなくても、その機能を損なわない範囲でアナログ化された化合物も適用することが可能である。SMCC及びSSMCCのいずれも適用することが可能であるが、水に対する溶解性の点からは、緩衝液のような水系で反応させる場合においてはSSMCCを用いる方がより好ましい。また、その他にも、PEGのような高分子の末端にスクシンイミド(NHS)基とマレイミド(MAL)基を有するものも用いることができる。
【0021】
本発明におけるペプチドチップの固定化方法はさまざまな用途に応用可能である。一般にアレイにおける検出手段としてよく用いられている蛍光性物質、化学発光性物質、放射性物質等による検出系においても有効であるが、特に表面プラズモン共鳴(SPR)や和周波発生(SFG)、局在プラズモン共鳴(LPR)、エリプソメトリなどの光学的検出方法に絶大な効果を発揮する。なかでも、SPRによる解析系において特に有用である。一般的なチップ、アレイにおいては、相互作用の検出方法として蛍光物質や放射線同位体によるラベル手段による検出が用いられる。この場合、最終的にラベル物質が結合したかどうかだけを検出することができ、相互作用に関係のない物質が非特異的に吸着しても、誤って検出されることはない。従って、相互作用する対象物質がネガティブコントロールに対して非特異的に吸着してなければ、正確に測定できているものと判断することができる。
【0022】
しかし、ラベルフリーな光学的検出方法においては、どのような物質がチップ上に吸着してもシグナルとして検出される。すなわち、測定対象ではない物質が非特異的に吸着するのと、特異的な吸着を区別することが難しい。よって、よりシビアに非特異的な吸着を抑制する手段が求められるため、本発明の固定化方法は非常に効果的である。
【0023】
ELISA法やラベル物質を用いる相互作用解析方法においてはブロッキング方法として牛血清アルブミンやカゼインなどによる物理吸着が一般的に選択されている。物理吸着の方法は容易ではあるが、安定しておらず、経時的にチップ表面から脱離する場合がある。上記の光学的検出方法にはブロッキング剤の脱離さえも検出するため、共有結合によるブロッキングを行うことが好ましい。特に未反応のマレイミド基表面をブロッキングする場合は、チオール基を有する化合物を用いるのが好ましく、特にPEGの誘導体が好適に用いられる。
【0024】
SPR、SFG、LPR、エリプソメトリにおいては、金属基板が使用される。本発明において、基板の素材は、酸・アルカリ・有機溶媒などに非常に安定な金が好ましい。実際、金は上記光学的検出方法で多用される物質である。また、金を支持する物質は透明である方が好ましく、透明なガラスであるとより好ましい。透明なガラスは容易に入手できるだけでなく、SPRやLPRの測定に極めて適しているからである。
【0025】
金属基板を形成する方法としては、金属薄層をコーティングする方法が好ましい。金属をコーティングする方法は特に限定されるものではないが、一般的に蒸着法、スパッタリング法、イオンコーティング法などが選択される。光学的な検出方法に供するために、金属薄層の厚みをナノレベルでコントロールする必要がある。金属薄層の厚みも特に限定されるものではないが、一般的には30nmから80nmの範囲で選択される。金属薄層の剥離を抑制するため、0.5nmから10nmのクロム層やチタン層を予め基板にコーティングしておいてもよい。
【0026】
このSPRを応用したSPRイメージング法は、広範囲に偏光光束を照射し、その反射像を解析することで、物質間の相互作用の様子を、画像処理技術等を駆使することによりモニター化する方法であり、複数の物質を固定化したチップをスクリーニングすることや、表面に吸着する物体のモルホロジーを高感度に観察することが可能である。
【0027】
SPRイメージング法においては、反射像を解析するためにチップに広範囲で偏光光束を照射し、かつ光束の照度を十分に確保するための手段が必要である。図1においてその一例を示した。偏光光束の照度は明るいほどセンサーの感度が上昇してより好ましい。
【0028】
光源の種類は特に限定されるものではないが、SPR共鳴角の変化が特に敏感になる近赤外光を含む光を用いるのが好ましい。具体的には、メタルハライドランプ、水銀ランプ、キセノンランプ、ハロゲンランプ、蛍光灯、白熱灯などの広範囲に光を照射することのできる白色光源を用いることができるが、なかでも得られる光の強度が十分に高く、光の電源装置が簡易で安価なハロゲンランプが特に好ましい。
【0029】
通常の白色光源はフィラメント部に光の明暗ムラが生じる欠点がある。光源の光をそのまま照射すると、反射して得られる像に明暗ムラが生じ、スクリーニングやモルホロジー変化を評価するのが困難となる。したがって、チップに均一に光を照射する手段として、光をピンホールに通してから平行光にする方法が好ましい。ピンホールを通す手段は、明るさの均一な光束を得る手段としては好ましいが、そのままピンホールに光を通すと照度が低下する欠点がある。そこで、十分な照度を確保する手段として、ピンホールと光源の間に凸レンズを設置し、集光してピンホールを通す方法を用いることが好ましい。
【0030】
白色光源は放射光であるため、集光する前に凸レンズを用いて平行光にする必要がある。凸レンズの焦点距離近傍に光源を設置することで、平行光を得ることができる。もう一枚凸レンズを設置し、そのレンズの焦点距離近傍にピンホールを設置することで集光した光をピンホールに通すことが可能である。ピンホール内で交差し、通過した光はカメラ用のCCTVレンズで平行光とするが、その際に得られる平行光束の断面面積は10〜1000mmに調節するのが好ましい。この方法によって広範囲にわたるスクリーニングやモルホロジー観察が可能となる。
【0031】
相互作用をモニターする際に、上記偏光光束は物質あるいは物質の集合体が固定化されている金属薄膜の反対面に照射される。上記偏光光束は物質もしくは物質の集合体が固定化されている金属薄膜の反対面に照射され、その反射光束が得られる。金属薄膜からの反射光束は近赤外波長の光干渉フィルターを通し、ある波長付近の光のみを透過させてからCCDカメラで撮影される。
【0032】
光干渉フィルターの中心波長は、SPRの感度が高い600〜1000nmが好ましい。光干渉フィルターの透過率が極大時の半分になる波長の波長幅を半値巾と呼ぶが、半値巾は小さい方が波長の分布がシャープとなり好ましく、具体的には半値巾100nm以下が好ましい。光干渉フィルターを通してCCDカメラで撮影された像はコンピュータに取り込まれ、ある部分の明るさの変化をリアルタイムで評価することや、画像処理により全体像の評価が可能である。こうして複数の物質を固定化したチップをスクリーニングすることや、表面に吸着する物体のモルホロジーを高感度に観察することができる。
【0033】
本発明において用いるSPR用のチップは好ましくは透明な基板上に金属薄膜が形成された金属基板からなり、上記金属薄膜上に直接的もしくは間接的に、化学的もしくは物理的に、物質もしくは物質の集合体が固定化されているスライドが用いられる。基板の素材は特に限定されるものではないが、透明なものを用いるのが好ましい。具体的にはガラス、あるいはポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリカーボネート、アクリルなどのプラスチック類が挙げられる。中でもガラスが特に好ましい。
【0034】
基板の厚さは0.1〜20mm程度が好ましく1〜2mm程度がより好ましい。金属薄膜からの反射像を評価する目的を達成するために、SPR共鳴角はできるだけ小さい方が撮影される画像がひしゃげる恐れがなく解析がしやすい。したがって、透明基板あるいは透明基板とそれに接触するプリズムの屈折率nは1.5以上であることが好ましい。
【0035】
また、本発明のペプチドアレイは、ラジオアイソトープ(RI)を用いたオートラジオグラフィにも非常に有用である。この方法は、直接的にRIの取り込みをモニターすることにより、基質ペプチドのリン酸化を高感度にモニターできるという優位性がある。RIとしては、例えばγ32P−ATPもしくはγ33P−ATPが好適に用いられる。
【実施例】
【0036】
以下に実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明は実施例に特に限定されるものではない。
【0037】
[実施例1]
図2に示したスキームに基づき、ペプチドアレイの作製を行った。
(ペプチド固定化)
末端官能基がチオール基であるPEG−OHアルカンチオール(SensoPath製;以下、PEGチオールという。)を1mMの濃度で7mlのエタノール:水=6:1の混合溶液に溶解させた。PEGは親水性が非常に高い。また、PEGの末端はすべてチオール基であり、特に金に対する金属結合性を示す。18mm四方、2mm厚のSF15ガラススライドにクロムを3nm蒸着し、金を45nm蒸着した金蒸着スライドを、上記PEGチオール溶液に3時間浸漬させ、金基板全体にPEGチオールを結合させた。
【0038】
このスライドの上にフォトマスクを載せ、500W超高圧水銀ランプ(ウシオ電機製)で2時間照射し、UV照射部のPEGチオールを除去した。フォトマスクは500μm四方の正方形の穴が96個有し(8個×12個のパターンからなる。)、穴の中心間のピッチは1mmに設計されている。フォトマスクの穴があいている部分はUV光が透過し、スライドに照射されてパターン化される。照射されなかった部分はPEGが残り、チップのバックグラウンド(Background)部分としてレファレンス部として機能する。
【0039】
8−Amino−1−Octanethiol, Hydrochrolide(8−AOT,同仁化学研究所製)の1mMエタノール溶液に1時間浸漬し、UV照射部に8−AOTの自己組織化表面を形成させた。SSMCC(ピアス製)をリン酸緩衝液(20mMリン酸、150mM NaCl;pH7.2)に0.4mg/mlで溶解し、金表面の8−AOTに室温で15分間反応させた。8−AOTのアミノ基とSSMCCのNHS基が反応して、MAL基は未反応のまま残り表面に導入することができた。
【0040】
上記のようにして得られた表面に、図3に示すようなパターンで各種のcSrcキナーゼの基質ペプチドの固定化を行った。No.1,2,3,4,11に、それぞれ配列表の配列番号1,2,3,4,5のペプチドを用いた。No.1,2,3,4はスペーサーの長さを変えたものである。セリン−グリシン配列の繰り返し回数を変えたものである。また、No.11はスペーサーのない対照ペプチドである。No.1〜4に関しては、No.5〜8にチロシン残基が予めリン酸化されたポジティブコントロールも用いた。No.12はペプチドを固定化していないブランクである。
【0041】
No.9には、セリン−グリシン配列の繰り返しの代わりに、アミノエトキシエトキシを挿入したものを用いた。No.10はそのポジティブコントロールである。アミノエトキシエトキシの導入に際しては、Fmoc法によるペプチド合成に際して、式(IV)に示すようなペプチドインターナショナル製Fmoc−mini−PEG(8−(Fmoc−Amino)−3,6−Dioxanoctanoic Acid)を用いて行ったものである。
【0042】
【化4】

【0043】
いずれのペプチドにおいてもリン酸緩衝液(20mMリン酸、150mM NaCl;pH7.2)に1mg/mlで溶解して、MultiSPRinterスポッター(東洋紡績製)を用いて10nlずつスポッティングを行った。その後、ウェットな環境下で室温、16時間静置させて固定化反応を行った。チップの表面に形成させたマレイミド基と基質ペプチド末端のシステイン残基が有するチオール基とが反応し、基質ペプチドを共有結合的に表面に固定化することができる。
【0044】
(未反応マレイミド基のブロッキング)
基質ペプチドを固定化した表面をリン酸緩衝液で洗浄した後、未反応のマレイミド基をブロッキングするために、上記TEG−SHを1mM濃度になるようにリン酸緩衝液(20mMリン酸、150mM NaCl;pH7.2)に溶解して、250μlをチップ上に注出し、室温で1時間反応させた。また比較例として、片末端の官能基がチオール基、もう一方の官能基がメトキシ基であるPEGチオール(日本油脂製SUNBRIGHT MESH−50H)を1mM濃度になるようにリン酸緩衝液(20mMリン酸、150mM NaCl;pH7.2)に溶解して、250μlをチップ上に注出し、室温で30分間反応させた。ここで用いたPEGチオールの分子量は5,000である。
【0045】
[実施例2]
(オートラジオグラフィによるcSrcリン酸化の検出)
実施例1においてブロッキング処理までを行ったアレイを用いて、cSrcキナーゼによるリン酸化を行った。cSrcキナーゼ溶液300μlをアレイ上にドロップして、30℃で15分もしくは5時間の反応を行った。cSrc溶液の組成は、cSrcキナーゼ(Upstate製;5U/μl)6μl、50mM MES緩衝液(pH6.8)278μl、1M塩化マグネシウム溶液15μl、10mM γ32P−ATP(アマシャムバイオサイエンス製)1μlとした。その後、PBS及び水で3回ずつアレイの洗浄を行い、アレイ表面を乾燥した後、オートラジオグラフィによる各固定化基質におけるRIの取り込みの読み取りを、BAS−1800II(富士写真フイルム製)を用いて行った。露光は装置専用のシート(富士写真フイルム製SGイメージングプレート)を用いて30分間行った。結果を図4に示した。
【0046】
図より明らかなように、アミノエトキシエトキシを挿入したペプチドにおけるRIの取り込み量は顕著に強くなることが確認された。アミノ酸残基を数個挿入した場合よりもdrasticにその効果が現れている。アミノエトキシエトキシは親水性が強く、スペーサー効果を発揮することにより、基質ペプチドの自由度が向上され、その結果、キナーゼの接近がしやすくなったものと考えられる。
【0047】
[実施例3]
(SPR解析によるcSrcリン酸化の検出)
実施例1においてブロッキング処理までを行ったアレイを用いて、cSrcキナーゼによるリン酸化を行った。cSrc溶液の組成は、cSrcキナーゼ(Upstate製;5U/μl)6μl、50mM MES緩衝液(pH6.8)276μl、1M塩化マグネシウム溶液15μl、10mM ATP3μlとした。その後、PBS及び水で3回ずつアレイの洗浄を行い、アレイ表面を乾燥した後、SPRイメージング機器(MultiSPRinter:東洋紡績製)にセットし、ランニングバッファーとして50mMトリス−塩酸緩衝液(pH7.4)を100μl/minの速度でフローセル内に流した。SPRからのシグナルが安定したのを確認した後に、リン酸化チロシン抗体PT−66(シグマ製)をSPR装置内のセルへ注入して作用させた。抗体は上記のランニングバッファーで2000倍希釈した溶液を用いて作用させた。シグナル上昇がプラトー状態になった時点で再度ランニングバッファーを送液して洗浄を行った。その際のSPRシグナルの変化を観察した。シグナル変化の観察は、各基質のスポット部位に加え、Backgroundにおいても実施した。
【0048】
上記測定終了後、SPRイメージングによる解析も検討した。上記SPR解析に際して、CCDカメラによりアレイ表面を撮像した画像の取り込みを2秒ごとに行い、抗体反応後における時点で取り込まれた画像から、反応前の時点での画像を画像演算処理ソフトウエアScion Image(Scion Corp.製)を用いて引き算処理を行うことにより、アレイ全体においての抗体が結合している様子を示すことができる。結果を図5に示した。
【0049】
傾向としては、オートラジオグラフィとSPRイメージングとでよく一致していたが、その効果はオートラジオグラフィの場合と比較すると、あまりdrasticなものではない。しかしながら、SPRイメージングにおいても、アミノエトキシエトキシの挿入により一定の作用効果を確認することができた。この種のスペーサー挿入は、比較的低コストに行うことが出来る点も有利な一面である。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の方法により、ペプチドチップにおける結合シグナルを著しく増幅させることができつつ、非特異的吸着に関しても抑制することができ、より正確で高感度な測定が可能となる。しかも低コストで非常に容易な改良系であり、今後産業界に大きく寄与することが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】SPRイメージングの原理を示す図である。
【図2】実施例1におけるアレイ作製のスキームを示す図である。
【図3】実施例1において作製したアレイの固定化パターンを示す図である。
【図4】実施例2において、オートラジオグラフィを行った結果を示す図である。
【図5】実施例3において、SPRイメージングを行った結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ペプチドがアルコキシル基を含む構造のスペーサーを介して基板上に固定化されていることを特徴とするペプチドアレイ。
【請求項2】
アルコキシル基が、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基、ペンンチルオキシ基、ヘキシルオキシ基、ヘプチルオキシ基及びオクチルオキシ基よりなる群から選択されたいずれかであることを特徴とする請求項1に記載のペプチドアレイ。
【請求項3】
アルコキシル基が、2回以上の繰り返し構造を有することを特徴とする請求項1又は2に記載のペプチドアレイ。
【請求項4】
ペプチドが、チオール基を介して基板上に固定化されることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のペプチドアレイ。
【請求項5】
基板に固定化される部位としてシステイン残基が付加されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のペプチドアレイ。
【請求項6】
アレイ表面が金であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のペプチドアレイ。
【請求項7】
基板が透明基板であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のペプチドアレイ。
【請求項8】
基板がガラスであることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載のペプチドアレイ。
【請求項9】
2種類以上のペプチドが同一基板上に固定化されることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載のペプチドアレイ。
【請求項10】
固定化されるペプチドがプロテインキナーゼによりリン酸化を受ける基質として機能しうることを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載のペプチドアレイ。
【請求項11】
アレイが表面プラズモン共鳴(SPR)解析に用いられることを特徴とする請求項1〜10のいずれかに記載のペプチドアレイ。
【請求項12】
アレイがオートラジオグラフィに用いられることを特徴とする請求項1〜11のいずれかに記載のペプチドアレイ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−24729(P2007−24729A)
【公開日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−208906(P2005−208906)
【出願日】平成17年7月19日(2005.7.19)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成14年度新エネルギー・産業技術総合開発機構「ゲノム研究成果産業利用のための細胞内シグナル網羅的解析技術」委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】