説明

ペロブスカイト型Mn酸化物および巨大磁気抵抗素子

【課題】室温以上においても大きなCMR効果を発現するペロブスカイト型Mn酸化物および巨大磁気抵抗素子を提供する。
【解決手段】組成式R(Ba1−x)Mnで表され、Rと(Ba1−x)とが層状に交互に配列した構造を有し、Rが、Sc,Y,La,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Luの少なくとも1種類から選択される元素であって、xが、0<x≦0.1を満たす任意の数であることを特徴とするペロブスカイト型Mn酸化物は、Aサイトの規則構造が維持されつつ、強磁性金属相と電荷・軌道整列絶縁体相とが二重臨界的に競合している。よって、室温以上においても大きなCMR効果を発現することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ペロブスカイト型Mn酸化物および巨大磁気抵抗素子に関する。
【背景技術】
【0002】
ペロブスカイト型の結晶構造を有するマンガン(Mn)酸化物は、磁場や電場、光などの外場を印加されることで著しく電気抵抗が低下する巨大磁気抵抗(CMR:Colossal Magnetoresistance)効果を示すことが知られている。このペロブスカイト型Mn酸化物のCMR効果を利用することで、例えばHDD(Hard Disk Drive)の磁気ヘッド等に用いられる磁気抵抗素子の著しい機能向上が期待できる。そのため、近年、ペロブスカイト型Mn酸化物を用いた巨大磁気抵抗素子の研究開発が盛んに行われている(例えば、特許文献1〜3)。
【0003】
ペロブスカイト型Mn酸化物は、隣り合う電子スピンが同じ方向を向いて整列する強磁性金属相と、隣り合う電子スピンが反対方向を向いて整列する電荷・軌道整列絶縁体相とが競合して存在している。そして、これらペロブスカイト型Mn酸化物は、磁場等の外場を印加されると相境界近傍の電荷・軌道整列絶縁体相の電子スピンが同じ方向を向く、すなわち、相境界近傍の電荷・軌道整列絶縁体相が強磁性金属相へと相転移する。この相転移の際の電気抵抗の著しい変化がCMRとして観測される(図1参照)。
【0004】
従来、ペロブスカイト型Mn酸化物は、結晶構造中の希土類元素およびアルカリ土類金属が占有する部分(Aサイト)が化学固溶によって不規則になる(以下、無秩序型という)ために、結晶構造に乱れが生じることが知られている(図2(a)参照)。そして、この不規則なAサイトに起因する結晶構造の乱れが、電荷・軌道整列絶縁体相から強磁性金属相への相転移が実現可能な温度、すなわち、転移温度を室温(例えば300[K])未満に低下させてしまう(図3参照)。そのため、従来のAサイト無秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物では、デバイスの使用温度域(すなわち、室温近傍)において大きなCMR効果を得ることが困難であった。そこで、ペロブスカイト型Mn酸化物の不規則なAサイトを改善して(以下、秩序型という)結晶構造における局所的な格子歪の乱れを小さくする(図2(b)参照)ことで、転移温度を室温以上まで向上させることが試みられている。このようなAサイト秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物としては、例えば、希土類元素のサマリウム(Sm)およびランタン(La),アルカリ土類金属のバリウム(Ba)によってAサイトを一部秩序化したSm1−xLax+yBa1−yMnが知られている(特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平08−133894号公報
【特許文献2】特開平09−249497号公報
【特許文献3】特開平09−263495号公報
【特許文献4】特開2008−156188号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
Aサイト秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物は、その高い転移温度から、デバイスの使用温度域において大きなCMR効果を発現することが期待される。しかしながら、Aサイト秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物は、強磁性金属相と電荷・軌道整列絶縁体相との間にもう一相の反強磁性相(A型反強磁性相)が介在し、これら3相による多重臨界点を持つ、すなわち、強磁性金属相と電荷・軌道整列絶縁体相とが二重臨界的に競合しないことが確認されている(図3参照)。そのため、Aサイト秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物は、外場を印加されても相境界近傍の電荷・軌道整列絶縁体相が強磁性金属相へと相転移できない(すなわち、CMRを発現しない)ために、この点が巨大磁気抵抗素子として実用化するにあたっての障壁になっている。
【0007】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、室温以上においても大きなCMR効果を発現するペロブスカイト型Mn酸化物および巨大磁気抵抗素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、研究を重ねた結果、Aサイト秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物の規則構造を維持しつつA型反強磁性相を消失させて、強磁性金属相と電荷・軌道整列絶縁体相とを二重臨界的に競合させることに成功した。そして、それらAサイト秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物を用いることで、室温以上においても大きなCMR効果を発現する巨大磁気抵抗素子が得られることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明のペロブスカイト型Mn酸化物は、組成式R(Ba1−x)Mnで表され、前記Rと前記(Ba1−x)とが層状に交互に配列した構造を有し、前記Rが、Sc,Y,La,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Luの少なくとも1種類から選択される元素であって、前記xが、0<x≦0.1を満たす任意の数であることを特徴とする。
上記のように、Aサイトが希土類元素Rおよびアルカリ土類金属Baから構成される秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物のBaの一部をRで置換することで、Aサイトの規則構造を維持しつつ、A型反強磁性相を消失させることができる。よって、Aサイト秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物の強磁性金属相と電荷・軌道整列絶縁体相とを二重臨界的に競合させることができることから、室温以上においても大きなCMR効果を発現させることができる。
【0010】
特に、本発明のペロブスカイト型Mn酸化物は、前記Rの平均イオン半径が、0.123nm〜0.127nmの範囲にある。
上記のように、Aサイトが希土類元素Rおよびアルカリ土類金属Baから構成される秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物のRの平均イオン半径が0.123nm〜0.127nmの範囲にあるように構成することで、磁場(外場)の印加による相転移をより生じ易くさせることができる。よって、室温以上においても大きなCMR効果を発現するペロブスカイト型Mn酸化物を得ることができる。
【0011】
また、本発明のペロブスカイト型Mn酸化物は、前記xが、0.03≦x≦0.07を満たす任意の数である。
上記のように、Aサイトが希土類元素Rおよびアルカリ土類金属Baから構成される秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物のBaの一部(モル分率0.03〜0.07)をRで置換することで、より適切にAサイトの規則構造を維持しつつ、A型反強磁性相を消失させることができる。よって、Aサイト秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物の強磁性金属相と電荷・軌道整列絶縁体相とを二重臨界的に競合させることができることから、室温以上においても大きなCMR効果を発現させることができる。
【0012】
そして、本発明のペロブスカイト型Mn酸化物は、前記Rが、(Nd1−ySm)で表される構造を有し、前記yが、0≦y≦1を満たす任意の数である。
上記の構成により、秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物のAサイトを構成する希土類元素(Nd1−ySm)の平均イオン半径が0.123nm〜0.127nmの範囲にある値をとるために、磁場(外場)の印加による相転移をより生じ易くさせることができる。よって、室温以上においても大きなCMR効果を発現するペロブスカイト型Mn酸化物を得ることができる。
【0013】
更に、本発明は、請求項1から4のいずれか1項記載のペロブスカイト型Mn酸化物を用いた巨大磁気抵抗素子である。
上記のように、強磁性金属相と電荷・軌道整列絶縁体相とが二重臨界的に競合したAサイト秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物を用いることで、室温以上においても大きなCMR効果を発現する巨大磁気抵抗素子を得ることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明のペロブスカイト型Mn酸化物および巨大磁気抵抗素子によれば、Aサイトの規則構造が維持されつつ、強磁性金属相と電荷・軌道整列絶縁体相とが二重臨界的に競合していることから、室温以上においても大きなCMR効果を発現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】強磁性金属相と電荷・軌道整列絶縁体相とが競合する二重臨界点の概念、および電荷・軌道整列絶縁体相から強磁性金属相への相転移の概念を示した図である。
【図2】組成式RBaMnで表される(a)Aサイト無秩序型,(b)Aサイト秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物の結晶構造を示している。
【図3】組成式RBaMnで表されるAサイト無秩序型および秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物の電子相を示した図である。
【図4】実施例のペロブスカイト型Mn酸化物における電気抵抗値の温度変化を示している。
【図5】実施例のペロブスカイト型Mn酸化物における磁化値の温度変化を示している。
【図6】実施例のペロブスカイト型Mn酸化物を用いた巨大磁気抵抗素子の一構成例を示している。
【図7】実施例のペロブスカイト型Mn酸化物における磁化値の温度変化を示している。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を実施するための形態を図面と共に詳細に説明する。
【実施例1】
【0017】
本発明の実施例1について説明する。実施例1は、組成式R(Ba1−x)Mnにおけるx=0.05、R=(Nd1−ySm)、y=0.3の場合について、すなわち、組成式(Nd0.7Sm0.31.05Ba0.95Mnで表されるAサイト秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物について説明する。
【0018】
本実施例のペロブスカイト型Mn酸化物の作製方法の一例について説明する。本実施例におけるペロブスカイト型Mn酸化物の原料としては、酸化ネオジム(Nd)粉体,酸化サマリウム(Sm)粉体,炭酸バリウム(BaCO)粉体,および酸化マンガン(Mn)粉体(高純度化学社製,フルウチ化学社製)を用いた。これら原料粉体を、Nd:Sm:Ba:Mnのモル分率がおよそ0.184:0.079:0.237:0.500となるように秤量し、秤量した各粉体を混合したものにエタノールを加え、めのう乳鉢にて30[min]湿式混合した。つづいて、このNd−Sm−Ba−Mn混合粉体をアルゴン(Ar)雰囲気において1000[℃],12[h],昇温および降温速度8.3[℃/min]の条件で仮焼成した。そして、仮焼成後の混合粉体を一軸加圧16.5[MPa]を行うことにより、直径5.5mm,高さ約7.0mmの円柱状に成形した。つづいて、得られた成形体をAr雰囲気において1350[℃],12[h],昇温および降温速度4.1[℃/min]の条件で焼成した。そして、焼成後の成形体を酸素(O)雰囲気において700[℃],2[h],昇温速度5.8[℃/min]および降温速度0.58[℃/min]の条件でアニーリングすることにより、ペロブスカイト型Mn酸化物を得た。
なお、原料粉体および作製条件については、上記に限定されるものではない。
【0019】
本実施例のペロブスカイト型Mn酸化物の分析方法および結果について説明する。上記製法にて得られたペロブスカイト型Mn酸化物について、結晶構造の調査、電気的特性および磁気特性の確認を行った。
【0020】
上記製法にて得られたペロブスカイト型Mn酸化物の結晶構造を調査した。結晶構造の調査には、粉末X線回折装置(リガク社製;RINT 2100,BRUKER社製;D8 ADVANCE)を使用した。粉末X線回折装置による調査の結果、上記製法にて得られたペロブスカイト型Mn酸化物は、組成式(Nd0.7Sm0.31.05Ba0.95Mnで表されるペロブスカイト型Mn酸化物であることが確認された。また、上記製法にて得られたペロブスカイト型Mn酸化物は、結晶のc軸方向における格子定数がAサイト無秩序型の格子定数のおよそ2倍の値を示した。これは、Aサイト秩序型に見られる典型的な特徴であり、すなわち、本実施例のペロブスカイト型Mn酸化物は、Aサイトの規則構造が維持されていることが確認された。
【0021】
上記製法にて得られたペロブスカイト型Mn酸化物の電気的特性を確認した。電気的特性の確認は、PPMS(Quantum Design社製;Physical Property Measurement System)を使用した電気抵抗値の測定によって行った。電気抵抗値の測定は、1サンプルにつき0[T](テスラ)のゼロ磁場下、および8[T]の高磁場下にて行い、得られた測定結果を比較した。
【0022】
図4は、実施例1のペロブスカイト型Mn酸化物における電気抵抗値の温度変化を示している。本実施例のペロブスカイト型Mn酸化物は、室温(例えば300[K])を超える温度域まで、高磁場下における電気抵抗値がゼロ磁場下における電気抵抗値よりも低い値を示し、これら電気抵抗値の差分は大きなものであった。
この結果より、組成式(Nd0.7Sm0.31.05Ba0.95Mnで表されるAサイト秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物は、外場の印加によって室温以上の温度域まで相転移が生じ、大きなCMR効果を発現することが確認された。よって、本実施例のペロブスカイト型Mn酸化物は、Aサイトの規則構造が維持されつつA型反強磁性相が消失し、強磁性金属相と電荷・軌道整列絶縁体相とが二重臨界的に競合していることが確認された。
【0023】
上記製法にて得られたペロブスカイト型Mn酸化物の磁気特性を確認した。磁気特性の確認は、PPMS(Quantum Design社製;Physical Property Measurement System)を使用した磁化値の測定によって行った。磁化値の測定は、1サンプルにつき0.1[T]の低磁場下、および8[T]の高磁場下にて行い、得られた測定結果を比較した。
【0024】
図5は、実施例1のペロブスカイト型Mn酸化物における磁化値の温度変化を示している。本実施例のペロブスカイト型Mn酸化物は、いずれの温度域においても高磁場下における磁化値が低磁場下における磁化値よりも高い値を示した。特に、本実施例のペロブスカイト型Mn酸化物は、高磁場下での磁化値が室温(例えば300[K])以上においても高い値を示した。
この結果より、組成式(Nd0.7Sm0.31.05Ba0.95Mnで表されるAサイト秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物は、外場の印加によって室温以上の温度域まで相転移が生じ、大きなCMR効果を発現することが確認された。よって、本実施例のペロブスカイト型Mn酸化物は、Aサイトの規則構造が維持されつつA型反強磁性相が消失し、強磁性金属相と電荷・軌道整列絶縁体相とが二重臨界的に競合していることが確認された。
【0025】
図3は、組成式RBaMnで表されるAサイト無秩序型および秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物の電子相を示した図である。RBaMnで表されるAサイト秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物では、希土類元素Rの平均イオン半径がより小さいほど結晶構造に歪みが生じて絶縁性が向上し(電荷・軌道整列絶縁体相)、平均イオン半径がより大きいほど結晶構造が平坦になり強磁性が向上する(強磁性金属相)。そして、これら強磁性相−絶縁体相の相境界は、希土類元素Rの平均イオン半径が0.127nm付近に存在している。
【0026】
更に、RBaMnで表されるAサイト秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物では、強磁性金属相と電荷・軌道整列絶縁体相との間にA型反強磁性相が介在しており、これら3相による多重臨界点が存在している。そのため、外場を印加されても相境界近傍にある電荷・軌道整列絶縁体相が強磁性金属相へと相転移できないために、CMR効果が適切に発現されない。
【0027】
一方、本実施例の組成式(Nd0.7Sm0.31.05Ba0.95Mnで表されるAサイト秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物は、Baの一部をRで置換する、すなわち、秩序型のAサイトを一部無秩序化させることで、Aサイトの規則構造を維持しつつA型反強磁性相を消失させることができた。そのため、ペロブスカイト型Mn酸化物の強磁性金属相と電荷・軌道整列絶縁体相とを二重臨界的に競合させることができた。
また、本実施例のペロブスカイト型Mn酸化物は、希土類元素R=(Nd0.7Sm0.3)の平均イオン半径(3価のカチオン)が、強磁性相−絶縁体相の相境界(0.127nm付近)近傍のおよそ0.125nm〜0.126nmの値をとる。そのため、磁場(外場)を印加されることで電荷・軌道整列絶縁体相から強磁性金属相への相転移が容易に生じた。
【0028】
以上のように、本実施例の組成式(Nd0.7Sm0.31.05Ba0.95Mnで表される構造を有するペロブスカイト型Mn酸化物は、Aサイトの規則構造が維持されつつ、A型反強磁性相が消失して強磁性金属相と電荷・軌道整列絶縁体相とが二重臨界的に競合していた。そのため、室温以上においても大きなCMR効果を発現することができた。
【0029】
この場合、組成式R(Ba1−x)Mnにおける希土類元素Rとアルカリ土類金属Baとのモル比率、すなわちxの数値は本実施例の比率に限られない。例えば、組成式R(Ba1−x)Mnにおけるxの数値が0<x≦0.1を満たす組成を有することで、Aサイト秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物のA型反強磁性相を適切に消失させることができる。一方、組成式R(Ba1−x)Mnにおけるxの数値が0.1を超える(0.1<x)組成の場合、Aサイトの規則構造が維持できずに結晶構造に歪が発生し、それによって転移温度が低下してしまうために好ましくない。
特に、xの値は0.03〜0.07の範囲にある(0.03≦x≦0.07)ことが望ましく、更には、xの値は0.04〜0.06の範囲にある(0.04≦x≦0.06)ことがより望ましい。
【0030】
また、希土類元素Rの平均イオン半径は、Rの組成に応じて変化する(図3参照)が、本実施例の値に限られない。例えば、Rの平均イオン半径(3価のカチオン)が0.123nm〜0.127nmの範囲にある組成を有する場合、外場の印加によって容易に相転移を生じることができる。つまり、希土類元素R=(Nd1−ySm)におけるNdとSmとのモル比率、すなわちyの数値が0≦y≦1を満たす組成を有する場合に、大きなCMR効果を発現することができる。この場合、yの値は0.1〜0.5の範囲にある(0.1≦y≦0.5)ことが望ましく、特に、yの値は0.2〜0.4の範囲にある(0.2≦y≦0.4)ことがより望ましい。
【0031】
更に、本実施例の組成式(Nd0.7Sm0.31.05Ba0.95Mnで表される構造を有するペロブスカイト型Mn酸化物を用いることで、室温以上においても大きなCMR効果を発現する巨大磁気抵抗素子が得られた。
図6は、実施例のペロブスカイト型Mn酸化物101を用いた巨大磁気抵抗素子100の一構成例を示している。巨大磁気抵抗素子100は、組成式(Nd0.7Sm0.31.05Ba0.95Mnで表される構造を有するAサイト秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物101と、上部電極102(例えばチタン合金)、および下部電極103(例えば白金および金属材)とを含む構成である。
【実施例2】
【0032】
つづいて、本発明の実施例2について説明する。実施例2は、組成式R(Ba1−x)Mnにおけるx=0.05、R=Ndの場合について、すなわち、組成式Nd1.05Ba0.95Mnで表されるAサイト秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物について説明する。
【0033】
本実施例のペロブスカイト型Mn酸化物の作製方法の一例について説明する。本実施例におけるペロブスカイト型Mn酸化物の原料としては、酸化ネオジム(Nd)粉体,炭酸バリウム(BaCO)粉体,および酸化マンガン(Mn)粉体(高純度化学社製,フルウチ化学社製)を用いた。これら原料粉体を、Nd:Ba:Mnのモル分率がおよそ0.263:0.237:0.500となるように秤量し、秤量した各粉体を実施例1と同様の方法で混合・成形・熱処理することにより、ペロブスカイト型Mn酸化物を得た。
なお、原料粉体および作製条件については、上記に限定されるものではない。
【0034】
本実施例のペロブスカイト型Mn酸化物の分析方法および結果について説明する。上記製法にて得られたペロブスカイト型Mn酸化物について、結晶構造の調査および磁気特性の確認を行った。
【0035】
上記製法にて得られたペロブスカイト型Mn酸化物の結晶構造を調査した。結晶構造の調査には、実施例1と同様の粉末X線回折装置を使用した。粉末X線回折装置による調査の結果、上記製法にて得られたペロブスカイト型Mn酸化物は、組成式Nd1.05Ba0.95Mnで表されるペロブスカイト型Mn酸化物であることが確認された。また、上記製法にて得られたペロブスカイト型Mn酸化物は、結晶のc軸方向における格子定数がAサイト無秩序型の格子定数のおよそ2倍の値を示した。これは、Aサイト秩序型に見られる典型的な特徴であり、すなわち、本実施例のペロブスカイト型Mn酸化物は、Aサイトの規則構造が維持されていることが確認された。
【0036】
上記製法にて得られた組成式Nd1.05Ba0.95Mnで表されるAサイト秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物の磁気特性を確認した。磁気特性の確認は、実施例1と同様のPPMSを使用した磁化値の測定によって行った。磁化値の測定は、1サンプルにつき8[T]の高磁場下にて行い、得られた測定結果を組成式NdBaMnで表されるAサイト秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物(すなわち、A型反強磁性相が存在するサンプル)の磁化値と比較した。
【0037】
図7は、実施例2のペロブスカイト型Mn酸化物における磁化値の温度変化を示している。本実施例のペロブスカイト型Mn酸化物は、高磁場下における磁化値が、室温(例えば300[K])を超える温度域まで、A型反強磁性相が存在するサンプルの高磁場下における磁化値よりも高い値を示した。
この結果より、組成式Nd1.05Ba0.95Mnで表されるAサイト秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物は、外場の印加によって室温以上の温度域まで相転移が生じ、大きなCMR効果を発現することが確認された。よって、本実施例のペロブスカイト型Mn酸化物は、Aサイトの規則構造が維持されつつA型反強磁性相が消失し、強磁性金属相と電荷・軌道整列絶縁体相とが二重臨界的に競合していることが確認された。
【0038】
このように、本実施例の組成式Nd1.05Ba0.95Mnで表されるAサイト秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物は、Baの一部をR=Ndで置換する、すなわち、秩序型のAサイトを一部無秩序化させることで、Aサイトの規則構造を維持しつつA型反強磁性相を消失させることができた。そのため、ペロブスカイト型Mn酸化物の強磁性金属相と電荷・軌道整列絶縁体相とを二重臨界的に競合させることができた。
更に、本実施例のペロブスカイト型Mn酸化物は、希土類元素R=Ndのイオン半径(3価のカチオン)が、強磁性相−絶縁体相の相境界(0.127nm付近)近傍のおよそ0.127nmの値をとる。そのため、磁場(外場)を印加されることで電荷・軌道整列絶縁体相から強磁性金属相への相転移が容易に生じた。
【0039】
以上のように、本実施例の組成式Nd1.05Ba0.95Mnで表される構造を有するペロブスカイト型Mn酸化物は、Aサイトの規則構造が維持されつつ、A型反強磁性相が消失して強磁性金属相と電荷・軌道整列絶縁体相とが二重臨界的に競合していた。そのため、室温以上においても大きなCMR効果を発現することができた。
【0040】
この場合、実施例1と同様に、組成式Nd(Ba1−xNd)Mnにおける希土類元素Ndとアルカリ土類金属Baとのモル比率、すなわちxの数値は本実施例の値に限られない。すなわち、組成式Nd(Ba1−xNd)Mnにおけるxの数値が0<x≦0.1を満たす組成を有することで、Aサイト秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物のA型反強磁性相を適切に消失させることができる。一方、組成式Nd(Ba1−xNd)Mnにおけるxの数値が0.1を超える(0.1<x)組成の場合、Aサイトの規則構造が維持できずに結晶構造に歪が発生し、それによって転移温度が低下してしまうために好ましくない。
特に、xの値は0.03〜0.07の範囲にある(0.03≦x≦0.07)ことが望ましく、更には、xの値は0.04〜0.06の範囲にある(0.04≦x≦0.06)ことがより望ましい。
【0041】
更に、本実施例の組成式Nd1.05Ba0.95Mnで表される構造を有するペロブスカイト型Mn酸化物を用いることで、室温以上においても大きなCMR効果を発現する巨大磁気抵抗素子が得られた。
【実施例3】
【0042】
本発明の実施例3について説明する。実施例3は、組成式R(Ba1−x)Mnにおけるx=0.05、R=(Sm1−yPr)、y=0.2の場合について、すなわち、組成式(Sm0.8Pr0.21.05Ba0.95Mnで表されるAサイト秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物である。
【0043】
実施例1および2と同様に、本実施例におけるペロブスカイト型Mn酸化物も、Baの一部をR=(Sm0.8Pr0.2)で置換する、すなわち、秩序型のAサイトを一部無秩序化させることで、Aサイトの規則構造を維持しつつ、A型反強磁性相を消失させることができた。また、希土類元素R=(Sm0.8Pr0.2)の平均イオン半径(3価のカチオン)が、強磁性相−絶縁体相の相境界(0.127nm付近)近傍の値をとるため、磁場(外場)を印加されることで電荷・軌道整列絶縁体相から強磁性金属相への相転移が容易に生じた。
そのため、室温以上においても大きなCMR効果を発現することができた。
【0044】
なお、実施例1および2と同様に、本実施例におけるペロブスカイト型Mn酸化物においても、組成式R(Ba1−x)Mnにおけるxの数値、およびR=(Sm1−yPr)におけるyの数値は上記の値に限られない。すなわち、組成式のxおよびyが、0<x≦0.1および0≦y≦1を満たす組成を有することで、Aサイト秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物のA型反強磁性相を適切に消失させて、室温近傍において大きなCMR効果を発現させることができる。
【実施例4】
【0045】
本発明の実施例4について説明する。実施例4は、組成式R(Ba1−x)Mnにおけるx=0.05、R=(Sm1−yLa)、y=0.1の場合について、すなわち、組成式(Sm0.9La0.11.05Ba0.95Mnで表されるAサイト秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物である。
【0046】
実施例1〜3と同様に、本実施例におけるペロブスカイト型Mn酸化物も、Baの一部をR=(Sm0.9La0.1)で置換する、すなわち、秩序型のAサイトを一部無秩序化させることで、Aサイトの規則構造を維持しつつ、A型反強磁性相を消失させることができた。また、希土類元素R=(Sm0.9La0.1)の平均イオン半径(3価のカチオン)が、強磁性相−絶縁体相の相境界(0.127nm付近)近傍の値をとるため、磁場(外場)を印加されることで電荷・軌道整列絶縁体相から強磁性金属相への相転移が容易に生じた。
そのため、室温以上においても大きなCMR効果を発現することができた。
【0047】
なお、実施例1〜3と同様に、本実施例におけるペロブスカイト型Mn酸化物においても、組成式R(Ba1−x)Mnにおけるxの数値、およびR=(Sm1−yLa)におけるyの数値は上記の値に限られない。すなわち、組成式のxおよびyが、0<x≦0.1および0≦y≦1を満たす組成を有することで、Aサイト秩序型のペロブスカイト型Mn酸化物のA型反強磁性相を適切に消失させて、室温近傍において大きなCMR効果を発現させることができる。
【0048】
上記実施例は本発明を実施するための一例にすぎない。よって本発明はこれらに限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の要旨の範囲内において、種々の変形・変更が可能である。
【0049】
例えば、組成式R(Ba1−x)Mnで表されるペロブスカイト型Mn酸化物に用いる希土類元素Rは、上記の種類に限られずに、Sc,Y,La,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Luの少なくとも1種類から選択することができる。この場合、希土類元素Rの平均イオン半径(3価のカチオン)が0.123nm〜0.127nmの範囲になるようにRを構成することで、磁場(外場)の印加による相転移をより生じ易くさせることができる。
【0050】
また、一般的に、ペロブスカイト型Mn酸化物には数モル%程度の不定比性がある(すなわち、MnやOが数モル%欠損している)ことが周知である。そのため、本発明のペロブスカイト型Mn酸化物も、R(Ba1−x)Mnの組成で表されるものに限られずに、MnやOに数モル%程度の不定比性があるものも当然に含んでいる。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明のペロブスカイト型Mn酸化物は、室温以上においても大きなCMR効果を発現することから、HDDの磁気ヘッド等の磁性材料への応用が期待される。また、本発明のペロブスカイト型Mn酸化物は、外場(磁場,電場,光など)により容易に相転移(強磁性金属−電荷・軌道整列絶縁体転移)が誘起されることから、スイッチング素子への応用が可能である。更に、本発明のペロブスカイト型Mn酸化物は、磁気センサや磁気メモリ等への応用も期待される。なお、本発明のペロブスカイト型Mn酸化物の適用・応用可能性はこれらに限られるものではない。
【符号の説明】
【0052】
100 巨大磁気抵抗素子
101 ペロブスカイト型Mn酸化物
102 上部電極
103 下部電極



【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成式R(Ba1−x)Mnで表され、前記Rと前記(Ba1−x)とが層状に交互に配列した構造を有し、
前記Rは、Sc,Y,La,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Luの少なくとも1種類から選択される元素であって、
前記xは、0<x≦0.1を満たす任意の数であることを特徴とするペロブスカイト型Mn酸化物。
【請求項2】
前記Rの平均イオン半径は、0.123nm〜0.127nmの範囲にあることを特徴とする請求項1項記載のペロブスカイト型Mn酸化物。
【請求項3】
前記xは、0.03≦x≦0.07を満たす任意の数であることを特徴とする請求項1または2記載のペロブスカイト型Mn酸化物。
【請求項4】
前記Rは、(Nd1−ySm)で表される構造を有し、
前記yは、0≦y≦1を満たす任意の数であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項記載のペロブスカイト型Mn酸化物。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1項記載のペロブスカイト型Mn酸化物を用いた巨大磁気抵抗素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−17226(P2012−17226A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−156113(P2010−156113)
【出願日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【出願人】(502350504)学校法人上智学院 (50)
【Fターム(参考)】