説明

ポリアセン化合物及びその製造方法並びに有機半導体素子

【課題】高い移動度を発現し且つ溶媒に対する溶解性及び耐酸化性に優れる有機半導体材料を提供する。
【解決手段】分子の長軸方向端部のアセン環に合計で1個以上4個以下の縮合環が備えられたポリアセン化合物であって、下記の化学式(I)で表されるような構造を有する。前記縮合環は、化学式(I)中のR,R,R,R,R,R,R,Rが結合したアセン環の炭素原子のうち隣接する2つが、化学式(II)のような連結基で連結されて形成されたものである。また、化学式(II)中のAは脂肪族炭化水素基であり、EはOであり、nは1以上5以下の整数である。
【化1】


【化2】

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機半導体材料及びその製造方法に関する。また、該有機半導体材料を用いた有機半導体薄膜及び有機半導体素子に関する。
【背景技術】
【0002】
有機半導体を用いたデバイスは、従来の無機半導体デバイスに比べて成膜条件がマイルドであり、各種基板上に半導体薄膜を形成したり、常温で成膜したりすることが可能であるため、低コスト化や、ポリマーフィルム等に薄膜を形成することによるフレキシブル化が期待されている。
有機半導体材料としては、ポリフェニレンビニレン,ポリピロール,ポリチオフェン等の共役系高分子化合物やそのオリゴマーとともに、アントラセン,テトラセン,ペンタセン等のポリアセン化合物を中心とする芳香族化合物が研究されている。特に、ポリアセン化合物は分子間凝集力が強いため高い結晶性を有していて、これによって高いキャリア移動度と、それによる優れた半導体デバイス特性とを発現することが報告されている。
【0003】
そして、ポリアセン化合物のデバイスへの利用形態としては蒸着膜又は単結晶があげられ、トランジスタ,太陽電池,レーザー等への応用が検討されている(非特許文献1〜3を参照)。
また、蒸着法以外の方法でポリアセン化合物の薄膜を形成する方法として、ポリアセン化合物の一種であるペンタセンの前駆体の溶液を基板上に塗布し、加熱処理してペンタセン薄膜を形成する方法が報告されている(非特許文献4を参照)。この方法は、ポリアセン化合物は溶媒に対する溶解性が低いため、溶解性の高い前駆体の溶液を用いて薄膜を形成し、熱により前駆体をポリアセン化合物に変換するというものである。
【0004】
一方、置換基を有するポリアセン化合物は、高橋らの報告(非特許文献5),グラハムらの報告(非特許文献6),アンソニーらの報告(非特許文献7)及び,ミラーらの報告(非特許文献8)などに記載されており、さらに非特許文献9には2,3,9,10−テトラメチルペンタセンの合成例が、非特許文献10には2,3,9,10−テトラクロロペンタセンの合成例が、非特許文献11にはパーフルオロペンタセンの合成例がそれぞれ記載されている。
なお、ペンタセンを超える移動度を有する有機半導体材料は、現在のところ知られていない。
【0005】
【非特許文献1】「アドバンスド・マテリアルズ」,2002年,第14巻,p.99
【非特許文献2】ジミトラコポウラスら,「ジャーナル・オブ・アプライド・フィジクス」,1996年,第80巻,p.2501
【非特許文献3】クロークら,「IEEE・トランザクション・オン・エレクトロン・デバイシス」,1999年,第46巻,p.1258
【非特許文献4】ブラウンら,「ジャーナル・オブ・アプライド・フィジクス」,1996年,第79巻,p.2136
【非特許文献5】高橋ら,「ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサエティー」,2000年,第122巻,p.12876
【非特許文献6】グラハムら,「ジャーナル・オブ・オーガニック・ケミストリー」,1995年,第60巻,p.5770
【非特許文献7】アンソニーら,「オーガニック・レターズ」,2000年,第2巻,p.85
【非特許文献8】ミラーら,「オーガニック・レターズ」,2000年,第2巻,p.3979
【非特許文献9】「アドバンスド・マテリアルズ」,2003年,第15巻,p.1090
【非特許文献10】「ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサエティー」,2003年,第125巻,p.10190
【非特許文献11】「ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサエティー」,2004年,第126巻,p.8138
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前述のような前駆体を利用してポリアセン化合物の薄膜を形成する方法は、前記前駆体をポリアセン化合物に変換するために高温処理が必要であるという問題点を有していた(例えば、ペンタセンの場合であれば150℃程度)。また、ポリアセン化合物への変換反応を完全に行うことが難しいため未反応部分が欠陥として残ったり、高温により変性が生じて欠陥となったりするという問題点も併せて有していた。
【0007】
一方、前述の高橋らの報告等には、各種のポリアセン化合物に置換基を導入した誘導体が記載されているが、有機半導体材料としての特性や薄膜化に関しては記載されていない。また、2,3,9,10−テトラメチルペンタセンや2,3,9,10−テトラクロロペンタセンやパーフルオロペンタセンが合成されているが、それぞれの薄膜の移動度はペンタセンよりも劣っている。これらのペンタセン誘導体は一般の有機溶媒に対する溶解性が乏しく、特に2,3,9,10−テトラクロロペンタセンは高温下での薄膜形成過程において変性が生じるため、半導体としての性質を示さない。
【0008】
そこで、本発明は、前述のような従来技術が有する問題点を解決し、高い移動度を発現し且つ耐酸化性及び溶媒に対する溶解性に優れる有機半導体材料及びその製造方法を提供することを課題とする。また、高い移動度を有する有機半導体薄膜、及び、電子特性の優れた有機半導体素子を提供することを併せて課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するため、本発明は次のような構成からなる。すなわち、本発明に係る請求項1のポリアセン化合物は、分子の長軸方向端部のアセン環に合計で1個以上4個以下の縮合環が備えられたポリアセン化合物であって、下記の化学式(I)で表されるような構造を有することを特徴とする。
【0010】
【化1】

【0011】
【化2】

【0012】
【化3】

【0013】
【化4】

【0014】
ただし、化学式(I)中のXはハロゲン基又は水素原子であり、mは1以上6以下の整数である。また、前記縮合環は、化学式(I)中のR,R,R,R,R,R,R,Rが結合したアセン環の炭素原子のうち隣接する2つが、化学式(II),(III ),又は(IV)のような連結基で連結されて形成されたものである。
【0015】
さらに、化学式(II)及び(IV)中のAは、アルキル基,アルケニル基,アルキニル基等の脂肪族炭化水素基、アリール基、アルコキシ基、アリールオキシ基、アシル基、エステル基、アルキルオキシカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、カルボキシル基、ホルミル基、水酸基、ハロゲン基、アミノ基、イミノ基、アミド基、シアノ基、シリル基、メルカプト基、スルフィド基、ジスルフィド基、スルホニル基、水素原子、又はこれらのうちの2以上の基を含む官能基である。さらに、化学式(II)中のEは、CH,C=O,O,NH,又はSであり、nは1以上5以下の整数である。さらに、化学式(III )中のE’はO又はSである。
【0016】
また、本発明に係る請求項2のポリアセン化合物は、請求項1に記載のポリアセン化合物において、分子の長軸方向片端部のアセン環のみに前記縮合環が備えられていることを特徴とする。
さらに、本発明に係る請求項3のポリアセン化合物は、請求項1に記載のポリアセン化合物において、R,Rが結合したアセン環の炭素原子と、R,Rが結合したアセン環の炭素原子と、の少なくとも一方は、前記連結基で連結され前記縮合環を形成していることを特徴とする。
【0017】
さらに、本発明に係る請求項4のポリアセン化合物は、請求項1に記載のポリアセン化合物において、R,Rが結合したアセン環の炭素原子と、R,Rが結合したアセン環の炭素原子と、の少なくとも一方は、前記連結基で連結され前記縮合環を形成していることを特徴とする。
さらに、本発明に係る請求項5のポリアセン化合物は、請求項1〜4のいずれか一項に記載のポリアセン化合物において、複数のXのうち偶数個がハロゲン基であり、そのうち少なくとも2個のハロゲン基が同一のアセン環に結合していることを特徴とする。
【0018】
さらに、本発明に係る請求項6のポリアセン化合物は、請求項1〜4のいずれか一項に記載のポリアセン化合物において、複数のXのうち2個がハロゲン基であり、これら2個のハロゲン基が同一のアセン環に結合していることを特徴とする。
さらに、本発明に係る請求項7のポリアセン化合物は、請求項1〜4のいずれか一項に記載のポリアセン化合物において、mが2又は3であることを特徴とする。
【0019】
さらに、本発明に係る請求項8のポリアセン化合物は、請求項1〜4のいずれか一項に記載のポリアセン化合物において、mが1であることを特徴とする。
さらに、本発明に係る請求項9のポリアセン化合物の製造方法は、請求項1〜8のいずれか一項に記載のポリアセン化合物を製造する方法であって、下記の化学式(V)で表されるような構造を有するポリアセンキノン誘導体を還元して、下記の化学式(VI)で表されるような構造を有するヒドロキシポリアセン誘導体とし、さらにこのヒドロキシポリアセン誘導体をハロゲン化及び芳香化することを特徴とする。
【0020】
【化5】

【0021】
【化6】

【0022】
【化7】

【0023】
【化8】

【0024】
【化9】

【0025】
ただし、化学式(V)及び化学式(VI)中のXはハロゲン基又は水素原子であり、kは1以上の整数であり、k+lは1以上6以下の整数である。また、前記縮合環は、化学式(V)及び化学式(VI)中のR,R,R,R,R,R,R,Rが結合したアセン環の炭素原子のうち隣接する2つが、化学式(VII ),(VIII),又は(IX)のような連結基で連結されて形成されたものである。
【0026】
さらに、化学式(VII )及び(IX)中のAは、アルキル基,アルケニル基,アルキニル基等の脂肪族炭化水素基、アリール基、アルコキシ基、アリールオキシ基、アシル基、エステル基、アルキルオキシカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、カルボキシル基、ホルミル基、水酸基、ハロゲン基、アミノ基、イミノ基、アミド基、シアノ基、シリル基、メルカプト基、スルフィド基、ジスルフィド基、スルホニル基、水素原子、又はこれらのうちの2以上の基を含む官能基である。さらに、化学式(VII )中のEは、CH,C=O,O,NH,又はSであり、nは1以上5以下の整数である。さらに、化学式(VIII)中のE’はO又はSである。
【0027】
さらに、本発明に係る請求項10の溶液は、請求項1〜8のいずれか一項に記載のポリアセン化合物を含有することを特徴とする。
さらに、本発明に係る請求項11のインクは、請求項1〜8のいずれか一項に記載のポリアセン化合物を含有することを特徴とする。
さらに、本発明に係る請求項12の有機半導体薄膜は、請求項1〜8のいずれか一項に記載のポリアセン化合物で構成され、結晶性を有することを特徴とする。
【0028】
さらに、本発明に係る請求項13の有機半導体薄膜は、請求項12に記載の有機半導体薄膜において、基板上に形成された結晶性の有機半導体薄膜であって、前記ポリアセン化合物の分子の長軸が前記基板の表面に対して垂直方向に配向していることを特徴とする。 さらに、本発明に係る請求項14の有機半導体素子は、請求項12又は請求項13に記載の有機半導体薄膜で少なくとも一部を構成したことを特徴とする。
【0029】
さらに、本発明に係る請求項15のトランジスタは、ゲート電極,誘電体層,ソース電極,ドレイン電極,及び半導体層を備えるトランジスタにおいて、前記半導体層を請求項12又は請求項13に記載の有機半導体薄膜で構成したことを特徴とする。
さらに、本発明に係る請求項16のディスプレイ装置は、多数の画素からなる画素面を備えるディスプレイ装置において、前記各画素は、請求項14に記載の有機半導体素子又は請求項15に記載のトランジスタを備えることを特徴とする。
さらに、本発明に係る請求項17のディスプレイ装置は、請求項16に記載のディスプレイ装置において、前記有機半導体素子又は前記トランジスタが備える電極,誘電体層,及び半導体層を、請求項10に記載の溶液又は請求項11に記載のインクの印刷又は塗布によって形成したことを特徴とする。
【0030】
本発明のポリアセン化合物は、細長い形のポリアセン骨格の長軸方向の端部(一方又は両方の端部)のアセン環に合計で1個以上4個以下の縮合環を有し、且つ、側面部分にハロゲン基又は水素原子を有する構造である。本発明者らは、ポリアセン化合物の長軸方向の端部に縮合環(環状の官能基)を導入することによって、有機溶剤に対する溶解性が向上し、側面部分にハロゲン基を導入することによって、耐酸化性が向上すると考え、前記化学式(I)で表されるような構造を有する新規なポリアセン化合物を発明するに至った。
【0031】
そして、本発明のポリアセン化合物及びその薄膜は、従来の有機材料中で最も高い移動度を有するペンタセンと同程度又はそれを超える高い移動度を発現することを見出した。また、常温において溶媒に対する溶解性が乏しいペンタセンと比べて、本発明のポリアセン化合物は溶解性が優れていること、及び、耐酸化性が優れていることを見出した。さらに、本発明のポリアセン化合物の薄膜を用いた有機半導体素子は、優れた電子特性を示すことを見出した。
【発明の効果】
【0032】
本発明のポリアセン化合物は、高い移動度を発現するとともに、溶媒に対する溶解性及び耐酸化性に優れる。また、本発明の有機半導体薄膜は高い移動度を有している。さらに、本発明の有機半導体素子は優れた電子特性を有している。
さらに、本発明のポリアセン化合物の製造方法は、前述のようなポリアセン化合物を容易に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
本発明のポリアセン化合物は、前述の化学式(I)に示すような構造の化合物であり、分子の長軸方向端部のアセン環に合計で1個以上4個以下の縮合環が備えられたポリアセン化合物である。縮合環の数が複数である場合は、それらは同種の縮合環であってもよいし、一部又は全部が異種の縮合環であってもよい。
このようなポリアセン化合物は、長軸方向の端部に縮合環(環状の官能基)を備えているので、有機溶剤に対する溶解性が優れている。環状の官能基は、鎖状の官能基に比べて立体的な影響が少ないという点で好ましく、特に化学式(II)中のnが1又は2(すなわち縮合環が5員環又は6員環)である場合は、縮合環の形成する平面がアセン環の形成する平面とほぼ同一平面となるという点で好ましい。
【0034】
なお、R,R,R,R,R,R,R,Rが結合したアセン環の炭素原子のうち、縮合環を形成していないもの(すなわち、前記連結基が連結されていないもの)には、水素原子が結合していてもよいし、化学式(II)中のAと同様の官能基が結合していてもよい。つまり、R,R,R,R,R,R,R,Rのうち環状の官能基以外のものは、水素原子又は化学式(II)中のAと同様の官能基である。
【0035】
以下に、本発明のポリアセン化合物について、さらに詳細に説明する。化学式(II)中のEは、CH,C=O,O,NH,又はSであるが、アセン環に結合しており、Eの非共有電子対がアセン環のπ共役系を拡張して分子間の軌道重なりを大きくすることが見込まれる。したがって、Eは、基底状態で非共有電子対を2組有するO又はSがより好ましい。
【0036】
また、化学式(II)中のAは、アルキル基,アルケニル基,アルキニル基等の脂肪族炭化水素基、アリール基、アルコキシ基、アリールオキシ基、アシル基、エステル基、アルキルオキシカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、カルボキシル基、ホルミル基、水酸基、ハロゲン基、アミノ基、イミノ基、アミド基、シアノ基、シリル基、メルカプト基、スルフィド基、ジスルフィド基、スルホニル基、水素原子、又はこれらのうちの2以上の基を含む官能基である。
【0037】
これらの中では、アルキル基,アルケニル基,アルキニル基等の脂肪族炭化水素基が好ましく、溶媒への溶解性及び結晶性を勘案すると、その炭素数は1〜15個が好ましい。そして、溶媒に対する高溶解性を有するためには、炭素数は2〜15個がより好ましく、高溶解性と高結晶性の両方を有するためには、炭素数は2〜6個であることが特に好ましい。また、脂肪族炭化水素基は直鎖状や分岐状でもよいし、環状構造でもよい。
【0038】
アルキル基の例としては、メチル基,エチル基,n−プロピル基,n−ブチル基,t−ブチル基,n−ヘキシル基,ドデカニル基,トリフルオロメチル基,ベンジル基等があげられる。また、アルケニル基の例としてはメタクリル基やアクリル基があげられ、アルキニル基の例としてはエチニル基やプロパギル基があげられる。なお、アルケニル基及びアルキニル基においては、二重結合及び三重結合は官能基中のどの位置にあっても差し支えない。二重結合及び三重結合は、官能基の構造を強固とする目的、不飽和結合基を用いてさらに他の分子と反応させる目的、あるいは不飽和結合基同士を反応(結合)又は重合させる目的で利用することができる。
【0039】
脂肪族炭化水素基以外の官能基においても、その炭素数は前述した脂肪族炭化水素基の場合と同様に、1以上15以下であることが好ましく、2以上15以下であることがより好ましく、2以上6以下であることが特に好ましい。アリールオキシ基の例としては、フェノキシ基,ナフトキシ基,フェニルフェノキシ基,4−メチルフェノキシ基があげられ、アルコキシ基の例としては、メトキシ基,エトキシ基,2−メトキシエトキシ基,t−ブトキシ基があげられる。アシル基の例としては、ホルミル基,アセチル基,2−メチルプロパノイル基,シクロヘキシルカルボニル基,オクタノイル基,2−ヘキシルデカノイル基,ドデカノイル基,クロロアセチル基,トリフルオロアセチル基,ベンゾイル基があげられる。アリールオキシカルボニル基の例としては、フェノキシカルボニル基,4−オクチルオキシフェノキシカルボニル基,2−ヒドロキシメチルフェノキシカルボニル基,4−ドデシルオキシフェノキシカルボニル基があげられる。
【0040】
また、アミノ基の例としては、アミノ基,ジメチルアミノ基,メチルアミノ基,メチルフェニルアミノ基,フェニルアミノ基があげられる。スルフィド基,ジスルフィド基の例としては、“−S−”や“−S−S−”の部分構造を有する基のすべてがあげられるが、環状構造を有していてもよく、その具体例としてはチオラン環、1,3−ジチオラン環、1,2−ジチオラン環、チアン環、ジチアン環、チオモルホリン環等を含む基があげられる。このような環状構造は、鎖状構造に比べて立体的な影響が少ないという点で好ましい。
【0041】
さらに、シリル基の例としては、トリメチルシリル基,ジメチルフェニルシロキシ基,ジフェニルメチルシロキシ基があげられる。スルホニル基の例としては、メチルスルホニル基,n−ブチルスルホニル基,n−オクチルスルホニル基,n−ブチルスルホニル基,フェニルスルホニル基があげられる。
また、化学式(III) の酸無水物構造や化学式(IV)のイミド構造も、ポリアセン化合物の耐酸化性の向上や、n型半導体の特性を示すことが見込める点で好ましい。
【0042】
ポリアセン骨格の長軸方向の端部及び側面部分の両方に官能基を有するペンタセン化合物は、分子同士のスタッキング時に官能基が障害(立体障害)となる場合があるため、分子間の共役面の重なりが阻害されることがある。したがって、端部の官能基(縮合環)の数は少ない方が好ましく、特に片側の端部のみに官能基(縮合環)を有する場合は、分子同士がスタッキングする際に官能基を有する端部が交互に反対向きになるように配列できるという点で好ましい。また、片側の端部のみに官能基(縮合環)を有する場合には、分子の長軸方向に極性が生じるため、溶媒への溶解性が向上するという点でも好ましい。
【0043】
また、ポリアセン骨格の長軸方向の側面部分に結合した複数のXは、ハロゲン基又は水素原子である。複数のXのうち一部がハロゲン基で、他の全てが水素原子でもよいし、一部が水素原子で、他の全てがハロゲン基でもよい。また、複数のXの全てがハロゲン基でもよいし、全てが水素原子でもよい。
なお、複数のXのうち偶数個がハロゲン基であり、これらのうち2個のハロゲン基が同一のアセン環に結合しているポリアセン化合物は、同一アセン環内にカルボニル基を2つ有するポリアセンキノン(ポリアセン化合物を合成する場合の前駆体となる)の合成が容易であること、及び、分子同士がスタッキングする際にハロゲン基同士の立体障害が少ないという点から好ましい。さらに、側面部分のハロゲン基は、ポリアセン化合物の耐酸化性向上に寄与するが、ハロゲン基の中でもファンデルワールス半径の最も小さいフッ素原子がより好ましい。
【0044】
また、ポリアセン骨格の縮環数に関しては、前述の化学式(I)中のmが2又は3であることが好ましい。一般に、縮環数が増えていくと有機溶剤への溶解性は低下し、酸素への反応性の向上、つまり耐酸化性が低下する。一方で、縮環数が増加するに従い、HOMO−LUMOギャップが減少することから高い移動度の発現が見込まれる。これら溶解性,安定性,及び半導体特性を勘案すると、mが2(すなわち縮環数が5)のペンタセンと、mが3(すなわち縮環数が6)のヘキサセンが好ましい。また、有機溶剤への溶解性及び酸素に対する高い安定性から、mが1(すなわち縮環数が4)のテトラセンも好ましい。
【0045】
次に、本発明のポリアセン化合物の合成方法について説明する。本発明におけるポリアセン化合物の合成方法は、おおよそ2つに分類することができる。
(1)ヒドロキシポリアセン誘導体のヒドロキシル基をハロゲン基に変換する方法
(2)ポリアセンキノン誘導体のカルボニル基を還元して、直接的にポリアセン化合物に変換する方法
【0046】
この(1)の方法で得られるハロゲン置換ポリアセン化合物は、ポリアセン化合物に対応する化学構造を有するポリアセンキノン化合物を原料として、2段階で合成することができる。なお、ポリアセンキノン化合物は、ポリアセン化合物に対応する化学構造を有しているので、六員環の数や備えている官能基の種類、数、置換位置はポリアセン化合物と同一であるが、ポリアセンキノン化合物はカルボニル基を有しているから、環構造はポリアセン構造となっていない。
【0047】
まず1段目は、ポリアセンキノン化合物のカルボニル基を水素化リチウムアルミニウム等の水素化金属塩(還元剤)でヒドロキシル基に還元する。得られた還元体(ヒドロキシポリアセン誘導体)をジメチルスルフィド存在下においてN−クロロスクシンイミド等のハロゲン化剤と反応させると、ハロゲン置換と芳香化が連続して進行し、ハロゲン置換ポリアセン誘導体を得ることができる。
【0048】
つまり、ポリアセンキノン化合物のカルボニル炭素にハロゲン基が導入されて、ハロゲン置換ポリアセン誘導体になる。キノン部位は1つでも複数でもよく、複数のキノン部位を有するポリアセンキノン化合物から多ハロゲン置換ポリアセン誘導体を得ることができる。なお、ヒドロキシポリアセン誘導体は、ポリアセン化合物に対応する化学構造を有していて、六員環の数や備えている官能基の種類、数、置換位置はポリアセン化合物と同一であるが、ヒドロキシポリアセン誘導体は水酸基及び水素原子と結合している炭素原子を有しているから、環構造はポリアセン構造とはなっていない。
【0049】
例えば6,13−ジハロゲン化ペンタセン誘導体は、6,13−ペンタセンキノン誘導体から2段階で合成することができる。長軸方向両端部のアセン環に官能基を有する6,13−ペンタセンキノン誘導体は、フタルアルデヒド誘導体とシクロヘキサン−1,4−ジオンとの環化縮合反応によって容易に得られる。一方、長軸方向片端部のアセン環のみに官能基を有する6,13−ペンタセンキノン誘導体は、フタルアルデヒド誘導体と1,4−ジヒドロキシアントラセンとの環化縮合反応によって容易に得られる。フタルアルデヒド誘導体に関しても、例えば4,5−(メチレンジオキシ)−1,2−ベンズジアルデヒドや3,4−(メチレンジオキシ)−1,2−ベンズジアルデヒドは、既知法又はその類似法により容易に合成可能である。
【0050】
長軸方向両端部のアセン環又は長軸方向片端部のアセン環が環状の官能基で置換された6,13−ペンタセンキノン誘導体は、上記の還元反応とハロゲン化−芳香化反応とにより、両端部又は片端部に官能基を有する6,13−ジハロゲン化ペンタセン誘導体に変換することができる。本発明のポリアセン化合物は、上記のような合成方法と同様の方法で合成することが可能であり、所望の多ハロゲン化ポリアセン化合物を効率良く得ることができる。
【0051】
また、前述の(2)の方法のように、ポリアセンキノン化合物のキノン部位に対してアルミニウムトリアルコキシド等を用いる還元反応を行うと、直接的にポリアセン誘導体へ変換することもできる。
本発明のポリアセン化合物は、上記のような方法で合成した後に、昇華,再結晶等の通常の精製法により精製し、高純度化することができる。
【0052】
本発明のポリアセン化合物は結晶性を有し、この結晶構造はヘリンボン型で、分子が配列した構造を示す。このヘリンボン構造の結晶構造においては、細長い分子が矢筈状にスタックされた格子構造をとる。これら結晶構造は、前述のように精製し、高純度化した結晶を用いて、X線回折により構造決定することができる。
また、本発明のポリアセン化合物は、無置換のポリアセン化合物と同様に斜方晶系構造又は立方晶系構造を示す。ここで、結晶の格子定数a,b,cが決定でき、このc軸格子定数は細長い分子の分子長が配列した格子ユニット長さに対応し、a軸及びb軸格子定数は分子の共役面がスタックした分子カラム面内の格子ユニットの大きさに対応する。
【0053】
さらに、本発明のポリアセン化合物は、分子の共役面がスタックした面の分子間距離(a軸及びb軸格子定数に対応する)が、無置換のポリアセン化合物と比較して同等又は縮小した構造を示す。このことは分子間のπ電子の重なりが大きく、キャリアが容易に分子間を移動できることにつながり、高い移動度を示す原因と考えられる。また。c軸格子定数はポリアセン化合物の長軸方向の分子長に対応して変化し、ほぼ分子長と同等又は若干小さい値を示す。
【0054】
さらに、本発明のポリアセン化合物は、分子構造中にハロゲン元素を有しているため、ハロゲン元素を有していないものと比べて耐酸化性が優れている。これは、ハロゲン元素の導入により分子のイオン化ポテンシャルが増加し、酸素等の酸化剤に対する反応性が低下したためである。また、ハロゲン元素の導入により電子受容性分子との電荷移動も抑制されるので、半導体のキャリア濃度変動安定性にもつながる。さらに、本発明のポリアセン化合物で電界効果トランジスタを製造した場合には、ゲート電圧に対してドレイン電流の変化が大きくなり、高いon/off電流比が得られる。
【0055】
次に、本発明の有機半導体薄膜について説明する。
本発明の有機半導体薄膜の形成方法としては、公知の方法を採用することが可能であり、例えば、真空蒸着,MBE法(Molecular Beam Epitaxy),スパッタリング法,レーザー蒸着法,気相輸送成長法等があげられる。そして、このような方法により、基板表面に薄膜を形成することができる。
【0056】
本発明で用いるポリアセン化合物は昇華性を示すので、前述の方法で薄膜を形成することが可能である。MBE法,真空蒸着法,及び気相輸送成長法は、ポリアセン化合物を加熱して昇華した蒸気を、高真空,真空,低真空又は常圧で基板表面に輸送して薄膜を形成するものである。また、スパッタリング法は、ポリアセン化合物をプラズマ中でイオン化させて、ポリアセン化合物の分子を基板上に堆積して薄膜を形成する方法である。また、レーザー蒸着法は、レーザー照射によりポリアセン化合物を加熱して蒸気を生成させ、ポリアセン化合物の分子を基板上に堆積して薄膜を形成する方法である。前述の製法のうちMBE法,真空蒸着法,及び気相輸送成長法は、生成する薄膜の平坦性及び結晶性に優れるので好ましい。
【0057】
MBE法や真空蒸着法における薄膜作製条件としては、例えば、基板温度は室温以上100℃以下とすることが好ましい。基板温度が低温であるとアモルファス状の薄膜が形成されやすく、また、100℃を超えると薄膜の表面平滑性が低下する。また、気相輸送成長法の場合は、基板温度は室温以上200℃以下とすることが好ましい。
また、本発明のポリアセン化合物は、薄膜成長速度が高い場合でも結晶性の良好な薄膜を形成しやすく、高速成膜が可能である。成長速度は、0.1nm/min以上1μm/sec以下の範囲とすることが好ましい。0.1nm/min未満では結晶性が低下しやすく、1μm/secを超えると薄膜の表面平滑性が低下する。
【0058】
また、本発明の有機半導体薄膜は、ウェットプロセスで形成することも可能である。従来公知の無置換ポリアセン化合物は一般の溶媒に室温では難溶であり、溶液化と溶液の塗布による薄膜形成とが困難であったが、本発明のポリアセン化合物は、官能基の導入により溶媒に対する溶解性が無置換ポリアセン化合物と比べて同等又は高いので、溶液化と溶液の塗布による薄膜形成とが可能である。
【0059】
本発明の有機半導体薄膜は、本発明のポリアセン化合物の溶液を基板等のベース上に被覆した上、加熱等の方法により前記溶媒を気化させることにより得ることができる。前記溶液をベース上に被覆する方法としては、塗布,噴霧の他、ベースを前記溶液に接触させる方法等があげられる。具体的には、スピンコート,ディップコート,スクリーン印刷,インクジェット印刷,ブレード塗布,印刷(平版印刷,凹版印刷,凸版印刷等)等の公知の方法があげられる。これらの印刷方法には、本発明のポリアセン化合物の溶液に粘度等を調節するための添加物を加えたインクを用いることができる。
このような操作は、通常の大気下又は窒素,アルゴン等の不活性ガス雰囲気下で行うことができる。ただし、一部のポリアセン化合物の溶液は酸化されやすい場合もあるため、溶液の作製,保存及び有機半導体薄膜の作製は、不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましい。
【0060】
また、溶媒を気化させる際には、ベース付近の温度や雰囲気の溶媒蒸気圧により気液界面の溶媒気化速度を調節することによって、結晶成長を制御することができる。さらに、ポリアセン化合物の溶液にベースを接触させて、過飽和状態でベースの表面に有機半導体薄膜を形成させることも可能である。さらに、所望により、ポリアセン化合物の溶液とベースとの界面に、温度勾配,電場,磁場の少なくとも1つを印加して、結晶成長を制御することができる。これらの方法により高結晶性の有機半導体薄膜を製造することが可能であり、得られた有機半導体薄膜は高結晶性であることから半導体特性が優れている。
【0061】
さらに、有機半導体薄膜の安定性,半導体特性の点から、有機半導体薄膜中に残存する溶媒の量は低いことが好ましい。よって、通常は、有機半導体薄膜を形成した後に再度加熱処理及び/又は減圧処理を施して、有機半導体薄膜中に残存する溶媒をほぼ完全に除去することが好ましい。
このように、ドライプロセス又はウェットプロセスによりポリアセン化合物からなる有機半導体薄膜が形成できる。
【0062】
前述したように、本発明のポリアセン化合物は、結晶性及び半導体特性に優れた薄膜を形成することができる。また、本発明の有機半導体薄膜においては、ポリアセン化合物は、分子の長軸をベース面に対して垂直にして配向している。このことは、ポリアセン化合物の分子の分子凝集力が強く、分子面同士でスタックした分子カラムを形成しやすいためであると考えられる。したがって、有機半導体薄膜のX線回折パターンは、結晶の(00n)面強度が強く現れやすい。この面間距離は、結晶のc軸格子定数にあたる。
【0063】
また、本発明のポリアセン化合物は、その結晶の結晶軸のa軸方向及び/又はb軸方向の分子間距離が縮小する場合があり、この分子間距離の縮小によってキャリア移動が起こりやすく、その結果、高い移動度を示す。このような有機半導体薄膜で構成された有機半導体素子は、層状に形成された分子カラムに沿ってキャリアが流れやすい性質を持つものと思われる。そして、このa軸及びb軸の格子定数は、斜め入射X線回折,透過型電子線回折,薄膜のエッジ部にX線を入射させ回折を測定する方法などによって観測することができる。
【0064】
さらに、通常の無機半導体薄膜は、その結晶性がベースの材料の結晶性,面方位の影響を受けるが、本発明の有機半導体薄膜は、ベースの材料の結晶性,面方位に関係なく高結晶性の薄膜となる。よって、ベースの材料には、結晶性,非晶性に関係なく種々の材料を用いることが可能である。
例えば、ガラス,石英,酸化アルミニウム,サファイア,チッ化珪素,炭化珪素等のセラミック、シリコン,ゲルマニウム,ガリウム砒素,ガリウム燐,ガリウム窒素等の半導体、ポリエステル(ポリエチレンテレフタレート,ポリエチレンナフタレート等),ポリエチレン,ポリプロピレン,ポリビニルアルコール,エチレンビニルアルコール共重合体,環状ポリオレフィン,ポリイミド,ポリアミド,ポリスチレン,ポリカーボネート,ポリエーテルスルフォン,ポリスルフォン,ポリメチルメタクリレート等の樹脂、紙、不織布などがあげられる。
【0065】
また、ベースの形状は特に限定されるものではないが、通常はシート状のベースや板状のベース(基板)が用いられる。
本発明の有機半導体薄膜はキャリア移動度が高いことが特徴であり、1×10-4cm2 /V・s以上であることが好ましい。より好ましくは1×10-3cm2 /V・s以上であり、最も好ましくは1×10-2cm2 /V・s以上である。
このような有機半導体薄膜を用いることにより、エレクトロニクス,フォトニクス,バイオエレクトロニクス等の分野において有益な半導体素子を製造することができる。このような半導体素子の例としては、ダイオード,トランジスタ,薄膜トランジスタ,メモリ,フォトダイオード,発光ダイオード,発光トランジスタ,センサ等があげられる。
【0066】
トランジスタ及び薄膜トランジスタは、液晶ディスプレイ,分散型液晶ディスプレイ,電気泳動型ディスプレイ,粒子回転型表示素子,エレクトロクロミックディスプレイ,有機発光ディスプレイ,電子ペーパー等の種々の表示素子に利用可能であり、これらの表示素子を用いて様々なディスプレイ装置を製造することができる。トランジスタ及び薄膜トランジスタは、これらの表示素子において表示画素のスイッチング用トランジスタ,信号ドライバ回路素子,メモリ回路素子,信号処理回路素子等に利用される。
【0067】
半導体素子がトランジスタである場合には、その素子構造としては、例えば、基板/ゲート電極/絶縁体層(誘電体層)/ソース電極・ドレイン電極/半導体層という構造、基板/半導体層/ソース電極・ドレイン電極/絶縁体層(誘電体層)/ゲート電極という構造、基板/ソース電極(又はドレイン電極)/半導体層+絶縁体層(誘電体層)+ゲート電極/ドレイン電極(又はソース電極)という構造等があげられる。このとき、ソース電極,ドレイン電極,ゲート電極は、それぞれ複数設けてもよい。また、複数の半導体層を同一平面内に設けてもよいし、積層して設けてもよい。
【0068】
トランジスタの構成としては、MOS(メタル−酸化物(絶縁体層)−半導体)型及びバイポーラ型のいずれでも採用可能である。ポリアセン化合物は、通常はp型半導体であるので、ドナードーピングしてn型半導体としたポリアセン化合物と組み合わせたり、ポリアセン化合物以外のn型半導体と組み合わせたりすることにより、素子を構成することができる。
【0069】
また、半導体素子がダイオードである場合には、その素子構造としては、例えば、電極/n型半導体層/p型半導体層/電極という構造があげられる。そして、p型半導体層に本発明の有機半導体薄膜が使用され、n型半導体層に前述のn型半導体が使用される。
半導体素子における有機半導体薄膜内部又は有機半導体薄膜表面と電極との接合面の少なくとも一部は、ショットキー接合及び/又はトンネル接合とすることができる。このような接合構造を有する半導体素子は、単純な構成でダイオードやトランジスタを作製することができるので好ましい。さらに、このような接合構造を有する有機半導体素子を複数接合して、インバータ,オシレータ,メモリ,センサ等の素子を形成することもできる。
【0070】
さらに、本発明の半導体素子を表示素子として用いる場合は、表示素子の各画素に配置され各画素の表示をスイッチングするトランジスタ素子(ディスプレイTFT)として利用できる。このようなアクティブ駆動表示素子は、対向する導電性基板のパターニングが不要なため、回路構成によっては、画素をスイッチングするトランジスタを持たないパッシブ駆動表示素子と比べて画素配線を簡略化できる。通常は、1画素当たり1個から数個のスイッチング用トランジスタが配置される。このような表示素子は、基板面に二次元的に形成したデータラインとゲートラインとを交差した構造を有し、データラインやゲートラインがトランジスタのゲート電極,ソース電極,ドレイン電極にそれぞれ接合されている。なお、データラインとゲートラインとを分割することや、電流供給ライン,信号ラインを追加することも可能である。
【0071】
また、表示素子の画素に、画素配線,トランジスタに加えてキャパシタを併設して、信号を記録する機能を付与することもできる。さらに、表示素子が形成された基板に、データライン及びゲートラインのドライバ,画素信号のメモリ,パルスジェネレータ,信号分割器,コントローラ等を搭載してディスプレイ装置とすることもできる。
また、本発明の有機半導体素子は、ICカード,スマートカード,及び電子タグにおける演算素子,記憶素子としても利用することができる。その場合、これらが接触型であっても非接触型であっても、問題なく適用可能である。このICカード,スマートカード,及び電子タグは、メモリ,パルスジェネレータ,信号分割器,コントローラ,キャパシタ等で構成されており、さらにアンテナ,バッテリを備えていてもよい。
【0072】
さらに、本発明の有機半導体素子でダイオード,ショットキー接合構造を有する素子,トンネル接合構造を有する素子を構成すれば、その素子は光電変換素子,太陽電池,赤外線センサ等の受光素子,フォトダイオードとして利用することもできるし、発光素子として利用することもできる。また、本発明の有機半導体素子でトランジスタを構成すれば、そのトランジスタは発光トランジスタとして利用することができる。これらの発光素子の発光層には、公知の有機材料や無機材料を使用することができる。
【0073】
さらに、本発明の有機半導体素子はセンサとして利用することができ、ガスセンサ,バイオセンサ,血液センサ,免疫センサ,人工網膜,味覚センサ等、種々のセンサに応用することができる。通常は、有機半導体素子を構成する有機半導体薄膜に測定対象物を接触又は隣接させた際に生じる有機半導体薄膜の抵抗値の変化によって、測定対象物の分析を行うことができる。
【0074】
以下に、実施例を示して、本発明をさらに具体的に説明する。
〔実施例1:6,13−ジクロロ−1,2−(メチレンジオキシ)ペンタセンの合成〕
〔中間体の合成方法について〕
1,2−(メチレンジオキシ)−6,13−ペンタセンキノン350mgをテトラヒドロフラン(THF)40mlに溶解させた溶液に、水素化リチウムトリエチルボレートのTHF溶液(濃度は1mol/1000ml)を15ml加え、窒素雰囲気下、室温で1時間反応させた。得られた溶液に希塩酸を加えて中和した後に、有機相を分離,濃縮,及び真空乾燥することにより、6,13−ジヒドロ−6,13−ジヒドロキシ−1,2−(メチレンジオキシ)ペンタセンをほぼ定量的に得た。
【0075】
〔ポリアセン化合物の製造方法について〕
窒素雰囲気下において、N−クロロスクシンイミド681mgをジクロロメタン10mlに溶解させ、−20℃に冷却した。そして、ジメチルスルフィド0.67mlを滴下した後、10分間撹拌した。得られた溶液に、6,13−ジヒドロ−6,13−ジヒドロキシ−1,2−(メチレンジオキシ)ペンタセン182mgをTHF15mlに溶解させた溶液を滴下し、滴下終了後ゆっくりと室温まで昇温して18時間反応させた。
【0076】
水を加えて反応を終了させたら、クロロホルムで反応生成物等を抽出し、有機相を飽和食塩水で洗浄した後、硫酸マグネシウムで乾燥した。有機相中の有機溶媒を減圧留去し、得られた残渣をアセトニトリルで再沈殿を行うと、純粋な6,13−ジクロロ−1,2,−(メチレンジオキシ)ペンタセン(下記の化学式(X)を参照)8mgが得られた。この反応における収率は4%であった。
【0077】
【化10】

【0078】
得られた6,13−ジクロロ−1,2−(メチレンジオキシ)ペンタセンについて、質量分析を行った。結果は以下の通りである。
FAB−MS(NBA):m/z=392、390
また、重水素化クロロホルムを溶媒として用いて、室温にて核磁気共鳴(NMR)スペクトル測定を行った。結果を以下に示す。
1H−NMR(ppm):δ6.30(s,2H)、7.33(d,1H)、7.41(dd,2H)、7.75(d,1H)、8.00(d,2H)、9.06(s,1H)、9.12(s,2H)、9.24(s,1H)
【0079】
〔実施例2:2,3−(メチレンジオキシ)ペンタセンの合成〕
〔ポリアセン化合物の製造方法について〕
2,3−メチレンジオキシ−6,13−ペンタセンキノン354mgとアルミニウムトリイソプロポキシド6.3gとの混合物を、窒素雰囲気下においてアルミニウムトリイソプロポキシドが溶融状態となるように加熱し、その状態で18時間反応させた。冷却後、混合物を希塩酸で処理し、水溶液に不溶の生成物を濾取した。そして、生成物を真空乾燥して、青藍色の固体を得た。この固体を1.33×10-3Pa以下の高真空下で昇華させ、高純度の2,3−(メチレンジオキシ)ペンタセン(下記の化学式(XI)を参照)39mgを得た。この反応における収率は12%であった。
【0080】
【化11】

【0081】
得られた2,3−(メチレンジオキシ)ペンタセンについて、質量分析を行った。結果は以下の通りである。
FAB−MS(NBA):m/z=322
また、重水素化クロロホルムを溶媒として用いて、室温にて核磁気共鳴(NMR)スペクトル測定を行った。結果を以下に示す。
1H−NMR(ppm):δ6.15(s,2H)、7.33(dd,2H)、7.72(s,2H)、7.94(dd,2H)、8.53(s,2H)、8.64(s,2H)、8.89(s,2H)
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明は、エレクトロニクス,フォトニクス,バイオエレクトロニクス等において好適である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分子の長軸方向端部のアセン環に合計で1個以上4個以下の縮合環が備えられたポリアセン化合物であって、下記の化学式(I)で表されるような構造を有することを特徴とするポリアセン化合物。
【化1】

【化2】

【化3】

【化4】

ただし、化学式(I)中のXはハロゲン基又は水素原子であり、mは1以上6以下の整数である。また、前記縮合環は、化学式(I)中のR,R,R,R,R,R,R,Rが結合したアセン環の炭素原子のうち隣接する2つが、化学式(II),(III ),又は(IV)のような連結基で連結されて形成されたものである。
さらに、化学式(II)及び(IV)中のAは、アルキル基,アルケニル基,アルキニル基等の脂肪族炭化水素基、アリール基、アルコキシ基、アリールオキシ基、アシル基、エステル基、アルキルオキシカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、カルボキシル基、ホルミル基、水酸基、ハロゲン基、アミノ基、イミノ基、アミド基、シアノ基、シリル基、メルカプト基、スルフィド基、ジスルフィド基、スルホニル基、水素原子、又はこれらのうちの2以上の基を含む官能基である。さらに、化学式(II)中のEは、CH,C=O,O,NH,又はSであり、nは1以上5以下の整数である。さらに、化学式(III )中のE’はO又はSである。
【請求項2】
分子の長軸方向片端部のアセン環のみに前記縮合環が備えられていることを特徴とする請求項1に記載のポリアセン化合物。
【請求項3】
,Rが結合したアセン環の炭素原子と、R,Rが結合したアセン環の炭素原子と、の少なくとも一方は、前記連結基で連結され前記縮合環を形成していることを特徴とする請求項1に記載のポリアセン化合物。
【請求項4】
,Rが結合したアセン環の炭素原子と、R,Rが結合したアセン環の炭素原子と、の少なくとも一方は、前記連結基で連結され前記縮合環を形成していることを特徴とする請求項1に記載のポリアセン化合物。
【請求項5】
複数のXのうち偶数個がハロゲン基であり、そのうち少なくとも2個のハロゲン基が同一のアセン環に結合していることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載のポリアセン化合物。
【請求項6】
複数のXのうち2個がハロゲン基であり、これら2個のハロゲン基が同一のアセン環に結合していることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載のポリアセン化合物。
【請求項7】
mが2又は3であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載のポリアセン化合物。
【請求項8】
mが1であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載のポリアセン化合物。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか一項に記載のポリアセン化合物を製造する方法であって、下記の化学式(V)で表されるような構造を有するポリアセンキノン誘導体を還元して、下記の化学式(VI)で表されるような構造を有するヒドロキシポリアセン誘導体とし、さらにこのヒドロキシポリアセン誘導体をハロゲン化及び芳香化することを特徴とするポリアセン化合物の製造方法。
【化5】

【化6】

【化7】

【化8】

【化9】

ただし、化学式(V)及び化学式(VI)中のXはハロゲン基又は水素原子であり、kは1以上の整数であり、k+lは1以上6以下の整数である。また、前記縮合環は、化学式(V)及び化学式(VI)中のR,R,R,R,R,R,R,Rが結合したアセン環の炭素原子のうち隣接する2つが、化学式(VII ),(VIII),又は(IX)のような連結基で連結されて形成されたものである。
さらに、化学式(VII )及び(IX)中のAは、アルキル基,アルケニル基,アルキニル基等の脂肪族炭化水素基、アリール基、アルコキシ基、アリールオキシ基、アシル基、エステル基、アルキルオキシカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、カルボキシル基、ホルミル基、水酸基、ハロゲン基、アミノ基、イミノ基、アミド基、シアノ基、シリル基、メルカプト基、スルフィド基、ジスルフィド基、スルホニル基、水素原子、又はこれらのうちの2以上の基を含む官能基である。さらに、化学式(VII )中のEは、CH,C=O,O,NH,又はSであり、nは1以上5以下の整数である。さらに、化学式(VIII)中のE’はO又はSである。
【請求項10】
請求項1〜8のいずれか一項に記載のポリアセン化合物を含有することを特徴とする溶液。
【請求項11】
請求項1〜8のいずれか一項に記載のポリアセン化合物を含有することを特徴とするインク。
【請求項12】
請求項1〜8のいずれか一項に記載のポリアセン化合物で構成され、結晶性を有することを特徴とする有機半導体薄膜。
【請求項13】
基板上に形成された結晶性の有機半導体薄膜であって、前記ポリアセン化合物の分子の長軸が前記基板の表面に対して垂直方向に配向していることを特徴とする請求項12に記載の有機半導体薄膜。
【請求項14】
請求項12又は請求項13に記載の有機半導体薄膜で少なくとも一部を構成したことを特徴とする有機半導体素子。
【請求項15】
ゲート電極,誘電体層,ソース電極,ドレイン電極,及び半導体層を備えるトランジスタにおいて、前記半導体層を請求項12又は請求項13に記載の有機半導体薄膜で構成したことを特徴とするトランジスタ。
【請求項16】
多数の画素からなる画素面を備えるディスプレイ装置において、前記各画素は、請求項14に記載の有機半導体素子又は請求項15に記載のトランジスタを備えることを特徴とするディスプレイ装置。
【請求項17】
前記有機半導体素子又は前記トランジスタが備える電極,誘電体層,及び半導体層を、請求項10に記載の溶液又は請求項11に記載のインクの印刷又は塗布によって形成したことを特徴とする請求項16に記載のディスプレイ装置。

【公開番号】特開2007−55939(P2007−55939A)
【公開日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−243072(P2005−243072)
【出願日】平成17年8月24日(2005.8.24)
【出願人】(000000033)旭化成株式会社 (901)
【Fターム(参考)】