説明

ポリアミノ酸誘導体から成る核酸関連物質反応試薬

【課題】 核酸や核酸関連物質と相互作用してそれらの挙動や構造解析などに用いられる試薬を提供する。
【解決手段】 ポリペプチド結合を形成するアミノ基とカルボキシル基以外に側鎖に水酸基、カルボキシル基またはアミノ基から成る反応性官能基を有するアミノ酸を構成単位とし、前記アミノ酸側鎖の反応性官能基を介して、下記の式(I)で表わされるフェニルボロン酸基が結合されているポリアミノ酸誘導体から成る核酸関連物質反応試薬。式(I)中、Rは、アミノ酸側鎖の反応性官能基である水酸基、カルボキシル基またはアミノ基と反応して形成された原子団を表す。
【化1】

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、新規な試薬に関し、特に、核酸関連物質と反応するポリアミノ酸誘導体から成る核酸関連物質反応試薬に関する。
【0002】
【従来の技術とその課題】ポリアミノ酸(ポリペプチド)およびその誘導体は、タンパク質のモデル物質としてタンパク質の構造や特性の研究に用いられるとともに、新しい機能性高分子としての応用の可能性も探究されている。例えば、ポリアミノ酸に酵素を結合させた酵素樹脂(固定化酵素)、あるいは抗菌性や薬剤誘導能をもつ高分子医薬としてのポリアミノ酸誘導体の利用可能性などについて研究、開発が進められている。
【0003】本発明は、今までに試みられなかったポリアミノ酸の新しい用途に向けられたものであり、ヌクレオシド等の核酸関連物質と反応(相互作用)してそれらと結合し、この性質に基づき核酸や核酸関連物質の挙動や構造解析などに用いられ得るような試薬を提供することにある。
【0004】
【課題を解決するための手段】本発明に従えば、上述のごとき目的を達成するものとして、ポリペプチド結合を形成するアミノ基とカルボキシル基以外に側鎖に、水酸基、カルボキシル基またはアミノ基から成る反応性官能基を有するアミノ酸を構成単位とし、前記アミノ酸側鎖の反応性官能基を介して、下記の式(I)で表わされるフェニルボロン酸基が結合されているポリアミノ酸誘導体から成る核酸関連物質反応試薬が提供される。
【0005】
【化6】


【0006】本発明の核酸関連物質反応試薬の特に好ましい1態様においては、ポリアミノ酸が下記の式(II)で表わされるフェニルボロン酸を有するリジンを構成単位として含む。
【0007】
【化7】


【0008】
【発明の実施の形態】ボロン酸基B(OH)が水性液(水溶液)中で水酸基(OH)と共有結合的に反応し結合することは知られている。本発明の試薬は、ポリアミノ酸の基本骨格にボロン酸基を有する側鎖が導入されたポリアミノ酸から成り、このボロン酸基が各種の核酸関連物質の糖部位の水酸基と反応することによって該核酸関連物質を結合させることができる。
【0009】ここで、本発明において用いられる「核酸関連物質」とは、ヌクレオシド、ヌクレオチドおよびこれらに類似の化学構造を有し核酸塩基(プリン塩基またはピリミジン塩基)にジオールを有する糖が結合した構造の化合物を指称する。すなわち、本発明の試薬が対象とする核酸関連物質としては、アデノシン、グアノシン、イノシン、キサントシンなどのプリンヌクレオシド;シチジン、ウリジン、リボチミジンなどのピリミジンヌクレオシド;ならびにこれらのヌクレオシドのリン酸エステルである各種のヌクレオチドが挙げられる。さらに、これらの天然(生体)に存在するヌクレオシドまたはヌクレオチドに類似の化学構造を有し核酸塩基とジオールを有する糖とが結合した構造の合成化合物も、ポリアミノ酸誘導体から本発明の試薬が対象とする核酸関連物質として含まれる。後述するようにポリアミノ酸誘導体から成る本発明の試薬の好ましい使用態様として核酸様ポリマー(擬似DNAまたは擬似RNA)として機能させる場合には、核酸関連物質として一般にヌクレオシドを用いることが好ましい。
【0010】本発明の試薬のポリアミノ酸(ポリペプチド)誘導体を構成するアミノ酸は、側鎖に反応性官能基を有するものであれば特に制限はない。すなわち、主鎖となるポリペプチド結合を形成するためのアミノ基とカルボキシル基以外に、側鎖にアミノ基、水酸基またはカルボキシル基を有するアミノ酸から構成されるものであれば、いずれも本発明試薬を構成するポリアミノ酸に包含される。具体的には、側鎖にアミノ基を有するポリリジン、ポリアスパラギン、ポリグルタミンおよびポリアルギニン、水酸基を有するポリセリン、ポリトレオニンおよびポリチロシン、ならびに、カルボキシル基を有するポリアスパラギン酸およびポリグルタミン酸などが挙げられる。そして、本発明試薬のポリアミノ酸誘導体は、それらのアミノ酸側鎖の反応性官能基を介して、上述の式(I)で表わされるフェニルボロン酸基が結合されている構造から成る。ここで、式(I)のRは、アミノ酸側鎖の反応性官能基である水酸基、カルボキシル基またはアミノ基に応じて、それぞれ、上述の(A)、(B)または(C)で示されるような原子団から成る。なお、(I)で表わされるフェニルボロン酸基を構成するベンゼン環には、ボロン酸基の他、水酸基(OH)、アミノ基(NH)、ニトロ基(NO)、アルキル基、ハロゲン原子、−RNH(R:アルキル)などが置換されていてもよい。
【0011】本発明の核酸関連物質反応試薬を構成するポリアミノ酸誘導体の分子量は、特に制限されるものではなく任意に選択することができるが、分子量が小さいと、導入される(結合される)ヌクレオシド等の核酸関連物質の量が少なくそれらを分析する手段として不充分であり、また、後述するような擬似核酸として使用する場合の他のDNAやRNAとの相互作用が弱くなり、一方、分子量が大きいと合成が困難となるので、一般に、重量平均分子量(Mw)として1,000〜300,000の間のものを選択することが好ましい。
【0012】本発明試薬を構成するポリアミノ酸誘導体は、基本骨格となるポリアミノ酸に、フェニルボロン酸化合物を反応させることにより、簡単に合成することができる。反応は室温下において実施される。原料となるポリアミノ酸は、市販のものを使用すればよいが、新たに調製する場合には、一般に、N−カルボキシアミノ酸無水物の脱炭酸重縮合による。
【0013】このようにして得られ本発明の試薬を構成するポリアミノ酸誘導体(ポリペプチド誘導体)は、水溶液(水性液)中で、その側鎖に存在するボロン酸基が核酸関連物質の糖部位の水酸基と反応して該核酸関連物質と結合する。そして、このポリアミノ酸誘導体は、ポリペプチドによく見られるように、pH、温度、溶液の組成などの環境条件によりコンフォメーション(立体構造)が変化する。
【0014】例えば、前述の式(II)で表わされるボロン酸基を有するポリリジンから成るポリアミノ酸誘導体は、中性から弱塩基性のpH下でα−ヘリックス構造を呈し、これよりも低pHでβ−シート構造、高pHでランダムコイル構造を呈することが見出されている。そして、このようなポリアミノ酸誘導体のコンフォメーション変化に応じて、これに結合されるヌクレオシド等の核酸関連物質の量や形態も変化する。
【0015】かくして、ボロン酸基を側鎖に有するポリアミノ酸誘導体から成る本発明の試薬は、ヌクレオシドなどの核酸関連物質を分析したりその挙動を調べる研究試薬として用いることができる。ここで、本発明の試薬の特筆すべき用途は、天然の核酸(DNA、RNA)に類似する核酸様ポリマーとして機能させることができることである。すなわち、ヘリックス構造を呈するような条件下で、本発明の試薬を構成するポリアミノ酸誘導体に各種の核酸関連物質を反応させることにより、ヘリックス構造のポリアミノ酸誘導体に核酸塩基を有する核酸関連物質が結合してスタッキングされた、DNAまたはRNAに類似のポリマー(擬似DNAまたは擬似RNA)が形成される(図1参照)。
【0016】このような擬似DNAまたは擬似RNAは、その核酸関連物質の種類を変えることにより、様々なDNAやRNAと相互作用することができるので、その相互作用を調べてDNAやRNAの性質や構造等を解析することにより遺伝子の研究ツールとして資することができる。さらに、本発明の試薬から形成される擬似DNAまたは擬似RNAは、pHなどの環境条件の変化に応じて核酸関連物質が脱着し、その結果、DNAやRNAとの相互作用も変化するので、例えば、適当な薬効成分等を結合させることによりDDS(ドラックデリバリーシステム)として応用展開することも期待される。しかも、このような擬似DNAまたは擬似RNAは、ポリアミノ酸誘導体と核酸関連物質を適当な条件下で混合することにより簡単に形成する。
【0017】
【実施例】次に、本発明の特徴をさらに具体的に説明するため実施例を示すが、本発明はこれらの実施例によって制限されるものではない。なお、本明細書および図面に示す化学構造式においては、慣用的な表現法に従い炭素原子や水素原子を省略していることがある。
実施例1:ポリアミノ酸誘導体の合成前述の式(II)で表わされるフェニルボロン酸基含有ポリリジンから成るポリアミノ酸誘導体(以下、PLBと略記することがある)を次のように合成した。
【0018】窒素気流下で4−カルボキシフェニルボロン酸300mg(1.81mmol)を塩化チオニル6.6ml(90.5mmol)に溶解し、DMFを数滴加え、2時間還流した。溶媒を減圧濃縮し、得られた固体を15mlTHFに溶解した。ポリ−L−リジン(HBr塩、Mw=15000−30000:和光純薬製)100mg(0.48unitmmol)、トリエチルアミン0.75ml(5.43mmol)を乾燥メタノール15mlに溶解し、0℃で先の溶液をゆっくり滴下し、その後、室温で12時間攪拌した。その後、反応溶液を減圧留去し、得られた固体を少量のメタノールに溶解した。アセトンから再沈殿を行い、淡黄色粉末状固体67mg(収率51%)を得た。1H−NMRより目的物であることを確認した。
1H−NMR(CD3OD):1.02−2.09(m, 6H, CH2), 3.16(bs, 2H, CH2), 3.86(bs, 1H, CH), 7.29(bs, 4H, ArH)
【0019】また、得られた生成物2.5mg(9.05×10−6mol/unit)を0.1N NaOH水溶液0.18ml(2eq)に溶かし、水1mlピクリルスルホン酸ナトリウム6.36mg(2eq)を加えて30℃で5時間攪拌した。限外ろ過により得られた残渣を、水で洗浄後0.1N NaOH水溶液に溶かして紫外可視スペクトルの測定(日本分光V−570)を行い、TNP法により側鎖のフェニルボロン酸基の修飾率(導入率)を求めたところ99.8%であった。
【0020】実施例2:擬似RNAの形成この実施例は、実施例1で調製したポリアミノ酸誘導体(PLB)が核酸関連物質(アデノシン)と結合して、RNAに類似するポリマー(擬似RNA)を形成することを示すものである。それらの相互作用や構造解析には円二色性(CD)スペクトル測定装置(日本分光J−720WI)を用いた。なお、以下に示すpH値は測定値である。
【0021】図2に、20℃水溶液(1.4−エリストール50mmol/dm3含有)中でのPLB(0.17mM)のCDスペクトルの極小値(−[θ]208)をpHに対してプロットしたものを示す。−[θ]208は、α−ヘリックス構造を呈するPLBの量の目安となる。図に示されるように、PLBは中性から弱塩基性の領域でα−ヘリックスを形成していることが理解される。
【0022】次に、水溶液(水/DMSO=1/1)中、20℃で、PLBの存在下(0.17mM)および非存在下におけるアデノシンのCDスペクトルを測定した。図3にCDスペクトルの極小値(−[θ]252)をpHに対してプロットしたものを示す。アデノシン(Ad)はスタッキングすると250−260nmの負のバンドの強度が増加することが知られている。アデノシン単独の場合には、測定pH領域においては、CDスペクトル値は、ほぼ一定の値を示すが、PLB存在下(Ad+PLB)では、中性から弱塩基性のpHにかけてピークが存在し、それより低pH領域および高pH領域で低下している。このように、図3のプロットは図2のプロットと形状がよく似ており、アデノシンはPLBがα−ヘリックス構造を呈するpH域において、PLBに結合してスタッキングし、ヘリックス状の主鎖にアデノシンが結合した、RNAに類似のポリマーが形成されるものと考えられる。
【0023】実施例3:核酸との相互作用この実施例は、実施例2で示したように、PLBとアデノシンは特定のpH域で結合し擬似RNAとして、核酸と相互作用することを示すものである。HClとNaOHでpHを5.0(PLBとアデノシンが結合しないpH域)および8.0(PLBがα−ヘリックス構造を呈しアデノシンがPLBに結合してスタッキングするpH域)に調整した水溶液(DMSO20%)中でのアデノシン(5mM)、PLB(2.5mM)およびpolyU(2.5mM:モデル核酸)の挙動をCDスペクトル測定により観察した。その結果を図4に示す。
【0024】図に示されるように、PLBとアデノシンが結合するpH8においては、Ad(アデノシン)+polyU系にPLBが存在するとCDスペクトルの顕著な変化が見られ、お互いに相互作用していることが理解される。これに対して、PLBとアデノシンが結合しないpH5においては、このような相互作用は認められない。
【図面の簡単な説明】
【図1】ボロン酸基を側鎖に有するポリアミノ酸誘導体から成る本発明の試薬が核酸関連物質と結合して形成される擬似核酸を模式的に示す。
【図2】本発明の試薬を構成するポリアミノ酸誘導体の1例のpHに応じたコンフォメーション変化を調べるために、208nmにおけるCDスペクトルの極小値をpHに対してプロットしたものである。
【図3】本発明の試薬が対象とする核酸関連物質の1例であるアデノシンの(本発明試薬の存在下および非存在下における)コンフォメーション変化を調べるために、252nmにおけるCDスペクトルの極小値をpHに対してプロットしたものである。
【図4】ポリアミノ酸誘導体から成る本発明の試薬が核酸関連物質と結合して、核酸と相互作用することを示すCDスペクトル図の1例である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 ポリペプチド結合を形成するアミノ基とカルボキシル基以外に側鎖に水酸基、カルボキシル基またはアミノ基から成る反応性官能基を有するアミノ酸を構成単位とし、前記アミノ酸側鎖の反応性官能基を介して、下記の式(I)で表わされるフェニルボロン酸基が結合されているポリアミノ酸誘導体から成ることを特徴とする核酸関連物質反応試薬。
【化1】


〔式(I)において、nは0から5の整数を表わし、Rは、前記アミノ酸側鎖の反応性官能基が水酸基のときは下記(A)に示される原子団のうちの1つ、カルボキシル基のときは下記(B)に示される原子団のうちの1つ、アミノ基のときは下記(C)に示される原子団の1つを表す。〕
【化2】


【化3】


【化4】


【請求項2】 下記の式(II)で表わされるフェニルボロン酸基を有するリジンを構成単位として含むポリアミノ酸誘導体から成ることを特徴とする請求項1の核酸関連物質反応試薬。
【化5】


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2002−179683(P2002−179683A)
【公開日】平成14年6月26日(2002.6.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2000−378478(P2000−378478)
【出願日】平成12年12月13日(2000.12.13)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成12年9月8日 社団法人高分子学会発行の「高分子学会予稿集 49巻 13号」に発表
【出願人】(396020800)科学技術振興事業団 (35)
【出願人】(599159244)
【Fターム(参考)】