説明

マイクロシステムにおける流れの制御方法

【課題】 複雑なバルブ構造を用いることなく、マイクロシステムにおける流体の流れを簡便に制御する方法を提供する。
【解決手段】 マイクロシステムの微小流路を流れる流体に、刺激によりゾル−ゲル転移する物質を添加し、微小流路上の所望の箇所に刺激を与え、流体をゲル化させて流れを制御する。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】この出願の発明は、マイクロシステムにおける流れの制御方法に関するものである。さらに詳しくは、この出願の発明は、マイクロシステムの流路を流れる流体の流れをON−OFF的に制御する方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術とその課題】半導体産業における微細加工技術の発展により、シリコンやガラス基板上に作製されたマイクロ電極が、液体クロマトグラフィーの電気化学検出器や医療現場における小型の電気化学センサーなどの分析機器において広く用いられるようになった。また、ゲノム分析の分野においては、DNA塩基配列を決定するために、ガラス基板上に作製した微小なマイクロチャンネルでの電気泳動分析が一般的に行われており、このような観点からも、基板上へのマイクロ電極の作製が極めて重要とされている。
【0003】このようなマイクロシステムへの関心は、マイクロ電極に留まらず、近年では、小型分析機器の開発を念頭においたmicro-total-analysis system(μ−TAS)やマイクロリアクターの作製・開発などが注目され、世界的に活発な研究が進められている。μ−TASやマイクロリアクターは、少量の試料で測定、分析が可能なこと、持ち運びが可能となること、低コストが実現されることなど、従来のデバイスに比べて、優れている面が多々ある。したがって、従来にも増して、様々な構造体を基板上に導入する方法が重要と考えられ、検討されている。
【0004】つまり、このようなμ−TASやマイクロリアクターでは、通常の分析機器や化学反応器において、チューブやバルブの役割を果たす微細な構造体を基板上に作製する必要がある。微小流路の成形加工については、従来のフォトリソグラフィーやエッチング技術の応用により実現されている。しかし、微小バルブについては、その機構の複雑さから、実用的なものを得るのが困難とされている。
【0005】微小バルブは稼動する部位であり、かつ試料等の流れを制御する部位であるため、高い耐久性や精度が求められる。しかし、μ−TASやマイクロリアクターで要求されるような耐久性と精度を有する微細なバルブをマイクロシステム上に加工する方法は、これまで確立されていないのが実情である。また、通常の分析機器や化学反応器に使用されるような複数の部品からなるバルブは、必然的に漏れや詰まりなどの原因となりうる箇所が多いことになるため、初期の性能を持続させることが困難であるという問題があった。
【0006】そこで、この出願の発明は、以上のとおりの事情に鑑みてなされたものであり、従来技術の問題点を解消し、複雑なバルブ構造を用いることなく、マイクロシステムにおける流体の流れを簡便に制御する方法を提供することを課題としている。
【0007】
【課題を解決するための手段】この出願の発明は、上記の課題を解決するものとして、まず第1には、マイクロシステムにおける流体の流れを制御する方法であって、マイクロシステムの微小流路を流れる流体に、刺激によりゾル−ゲル転移する物質を添加し、微小流路上の所望の箇所に刺激を与え、流体をゲル化させて流れを制御するマイクロシステムにおける流れの制御方法を提供する。
【0008】また、この出願の発明は、前記第1の発明において、第2には、刺激が温度変化であるマイクロシステムにおける流れの制御方法を、第3には、刺激が電圧であるマイクロシステムにおける流れの制御方法を提供する。
【0009】この出願の発明は、さらに、第4には、前記第2の発明において、温度変化が赤外線の局所的照射によって起こるものであるマイクロシステムにおける流れの制御方法を提供する。
【0010】第5には、この出願の発明は、上記第1から第4のいずれかの発明において、刺激によりゾル−ゲル転移を起こす物質が、メチルセルロースである請求項1ないし4のいずれかのマイクロシステムにおける流れの制御方法を提供する。
【0011】さらに、この出願の発明は、第6には、前記第1から第5のいずれかの発明の流れの制御方法によって流体の流れを制御するマイクロシステムを提供する。
【0012】そして、第7には、この出願の発明は、前記第6の発明のマイクロシステムを含有する装置をも提供する。
【0013】
【発明の実施の形態】この出願の発明のマイクロシステムにおける流れの制御方法は、マイクロシステムの微小流路を流れる流体に、刺激によりゾル−ゲル転移する物質を添加し、流れを制御したい箇所で局所的に刺激を与えることにより、該流体中の物質がゲル化し、流路を塞いだり流路に新たな壁を形成したりし、流れが停止したり流れの方向や流速が変わったりするという原理に基づくものである。また、この刺激を除去することによりゲル化した物質が再びゾルとなり、流れは元どおりに戻される。
【0014】このようなマイクロシステムにおける流れの制御方法では、例えば図1に示すように、マイクロシステム(1)の基板(2)上に作製された微小流路(3)上に、Y字型等の分岐点(4)を設け、試料(5)とゾル−ゲル転移する物質(6)を含有する流体(7)を流し、下流側で赤外レーザー(8)等により刺激を与えれば、刺激を受けた箇所で物質(6)がゲル化し(6’)、流体が複数の微小流路(3)の中の1本または複数本を選択的に流れるように制御することが可能となる。また、赤外レーザー(8)等の刺激を付与する位置や範囲を調節すれば、物質(6)がゲル化(6’)して微小流路(3)上に壁を形成し、微小流路(3)の幅を狭め、流体(7)の流速を制御することも可能となる。したがって、この出願の発明のマイクロシステムにおける流れの制御方法では、流体(7)中に添加されたゾル−ゲル転移する物質(6)が、流体(7)の流れを停止、あるいは流量や流速を調整する微小バルブの働きをすることになる。そして、このような微小バルブは、刺激の負荷や除去に対応してON−OFF的に作用するものであるといえる。
【0015】この出願の発明のマイクロシステムにおける流れの制御方法では、以上のとおりの原理と機構に基いて流体の流れを制御できるものであれば、刺激を与える方法は、流体中の刺激によりゾル−ゲル転移する物質に応じて選択でき、どのようなものであってもよい。例えば温度変化によってゾル−ゲル転移を起こす物質を用いた場合には温度、電圧の印加によってゾル−ゲル転移を起こす物質を用いた場合には電気とすることができる。他にもpH、濃度変化、光等が例示されるが、流体全体に渡って刺激が付与されてしまうものは、流れを部分的に制御することが不可能となり、ON−OFF的な制御ができなくなるため、好ましくない。すなわち、マイクロシステムの微小流路上に局所的に負荷できるような刺激であることが好ましい。このような刺激としては、温度や電気が好ましく例示される。例えば、温度変化を与えるためには、赤外レーザーを照射すれば、局所的な加熱が可能となり、集光により細かな範囲を急速に加熱したり、走査して広い範囲を加熱したりでき、好ましい。電気的刺激を局所的に与える方法としては、微小流路上の所望の箇所に電極等を設ければよい。
【0016】さらに、この出願の発明のマイクロシステムにおける流れの制御方法では、刺激によりゾル−ゲル転移をする物質は、どのようなものであってもよい。種々の高分子化合物から、微小流路に流す試料や溶媒等の他の物質と反応したり、影響を与えたりしないものを選択できる。
【0017】ゾル−ゲル転移は、一般に高分子化合物において見られる現象である。高分子は、溶液中でコロイド状に存在し、この状態をゾルという。高分子間の架橋形成を徐々に進行させると、高分子溶液は、液体状のゾルから柔らかい固体状のゲルに変化する。このようなゾル−ゲル転移を刺激により起こす物質としては、約55℃で可逆的なゾル−ゲル転移を起こすメチルセルロースやゼラチン、約10V/cmの電場を与えることによりゾル−ゲル転移を起こすN−イソプロピルアクリルアミドが好ましく例示される。とくに好ましくは、無害で室温において安定なゾル状態となるメチルセルロースである。
【0018】この出願の発明のマイクロシステムにおける流れの制御方法において、以上のとおりの刺激でゾル−ゲル転移をする物質の濃度、分子量、架橋度等は、流体の粘度を著しく上昇させることなく、流体中に含まれる試料や流体等の他の物質に影響を与えない程度であれば、とくに限定されない。発明者らの鋭意研究によれば、濃度が0.1〜1wt%で粘度が水の10〜100程度のものとすることが好ましい。もちろん、高粘度の流体の挙動を分析する場合など、状況に応じてこの範囲外の濃度や粘度としてもよい。
【0019】この出願の発明のマイクロシステムにおける流れの制御方法において、対象となるマイクロシステムは、微小流路を有し、流体の流れを部分的に停止あるいは流量や流速を調整できるバルブを有することが望ましいものであれば、その形状、材質、サイズ等はとくに限定されない。この出願の発明のマイクロシステムにおける流れの制御方法は、とくに微小な流路における流れを温度等の刺激により精度高く制御できるものである。流体中の物質のゾル−ゲル転移を応用するものであることから、流路の径が、1〜500μm程度と微細であるほど切り替え速度が短縮されるといえる。例えば、流路の径を10μm程度とすれば、ミリ秒単位の速度での切り替えも可能となる。もちろん、この出願の発明のマイクロシステムにおける流れの制御方法においては、マイクロシステム上の流路の径は、これらに限定されない。
【0020】この出願の発明は、また、以上のとおりの方法によって流体の流れを制御するマイクロシステムをも提供する。このようなマイクロシステムは、以上のとおりに、ゾル−ゲル転移する物質を添加した流体に刺激を与えることにより流れを停止したり流量や流速を調整したりできるものであれば、その形状、材質、サイズ、用途等はとくに限定されない。
【0021】さらに、この出願の発明は、このようなマイクロシステムを含有する装置をも提供する。例えば、微量の試料で分析が可能な電気化学センサーや電気泳動装置などの分析機器や、微量の出発物質を用いての合成を可能とする化学反応器などが挙げられる。もちろん、この出願の発明の装置は、これらに限定されず、その用途、構成、サイズ、材質等は種々のものが考慮される。
【0022】以下、添付した図面に沿って実施例を示し、この発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、この発明は以下の例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることは言うまでもない。
【0023】
【実施例】<実施例1>シリコン基板上に、図1に示されるようなY字型の分岐点を有する微小流路(入り口:幅150μm、深さ50μm、出口:幅75μm、深さ50μm)を作成した。
【0024】この微小流路に、直径1μmの蛍光ラテックスビーズを含む1重量%メチルセルロース溶液を流速1.5μL/minで流した。
【0025】この流路における流体の流れをCCDカメラにより撮影し(Dage−MTI社製CCD−300−RC)、その1フレーム(33ミリ秒露光)を図2(a)および(b)に示した。図2(a)および(b)より、Y字型の微小流路中を流体が流れる様子が観察された。
【0026】次に、分岐点の下流にある一方の微小流路の入り口付近に、波長1480nm、出力0.8Wの赤外レーザーを照射した。赤外レーザーを照射している際の微小流路における流体の流れを撮影したところ、赤外レーザーを照射した方の微小流路においてメチルセルロースがゲル化し、流路が塞がれたことが確認された(図2R>2(c))。
【0027】さらに、赤外レーザーの照射を停止したところ、メチルセルロースのゲルは直ちにゾルとなり、再びY字型の流路全体を流体が流れる様子が観察された(図2(d))。
【0028】以上より、流体中のメチルセルロースが赤外レーザーの照射にすばやく応答し、繰り返し使用できる高性能の微小バルブとして作用することが確認された。
【0029】
【発明の効果】以上詳しく説明したとおり、この発明によって複雑なバルブ構造を用いることなく、マイクロシステムにおける流体の流れを停止したり、流量や流速を調整する簡便な方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【図1】この発明のマイクロシステムにおける流れの制御方法を例示した概念図である。
【図2】この発明の実施例において、Y字型の流路を有するマイクロシステムにおける流れを撮影した画像を示す図である。(a:赤外レーザー照射前、b:赤外レーザー照射前、c:赤外レーザー照射、d:赤外レーザー照射停止、矢印:流れ方向)
【符号の説明】
1 マイクロシステム
2 基板
3 微小流路
4 分岐点
5 試料
6 ゾル−ゲル転移する物質(ゾル)
6’ ゾル−ゲル転移する物質(ゲル)
7 流体
8 赤外レーザー
9 流れ

【特許請求の範囲】
【請求項1】 マイクロシステムにおける流体の流れを制御する方法であって、マイクロシステムの微小流路を流れる流体に、刺激によりゾル−ゲル転移する物質を添加し、微小流路上の所望の箇所に刺激を与え、流体をゲル化させて流れを制御することを特徴とするマイクロシステムにおける流れの制御方法。
【請求項2】 刺激が温度変化である請求項1のマイクロシステムにおける流れの制御方法。
【請求項3】 刺激が電圧である請求項1のマイクロシステムにおける流れの制御方法。
【請求項4】 温度変化が赤外線の局所的照射によって起こるものである請求項2のマイクロシステムにおける流れの制御方法。
【請求項5】 刺激によりゾル−ゲル転移を起こす物質が、メチルセルロースである請求項1ないし4のいずれかのマイクロシステムにおける流れの制御方法。
【請求項6】 請求項1ないし5のいずれかの流れの制御方法によって流体の流れを制御するマイクロシステム。
【請求項7】 請求項6のマイクロシステムを含有する装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2002−163022(P2002−163022A)
【公開日】平成14年6月7日(2002.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2000−362915(P2000−362915)
【出願日】平成12年11月29日(2000.11.29)
【出願人】(396020800)科学技術振興事業団 (35)
【Fターム(参考)】