説明

マイクロ波発振器、磁気記録ヘッドおよび磁気記録装置

【課題】安定かつ大きなマイクロ波磁界を発生するマイクロ波発振器、磁気記録ヘッドおよび磁気記録装置を提供する。
【解決手段】マイクロ波発振器10は、外部磁界に応じてマイクロ波磁界を発生する発振素子11と、発振素子11の一の面に配置された第1電極13と、発振素子11の一の面と対向する他の面に配置された第2電極14とを備え、発振素子11は、ボルテックス状態の磁区構造を有する磁性層を有し、ボルテックスの中心が移動することなく、第1電極13および第2電極14の一方から他方の方向へ注入されたスピン偏極した電子によってマイクロ波磁界を発生する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、HDDの高記録密度化に向けた磁気記録ヘッドおよび磁気記録装置に関わり、具体的には、記録時にマイクロ波磁界を記録媒体に印加しながら記録を行うマイクロ波アシスト(高周波アシスト)記録用のマイクロ波発振器を有する磁気記録ヘッドおよび磁気記録装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ハードディスクドライブ(HDD)は大容量でかつ安価な記憶装置としてパソコン等に広く使われている。しかしながら、HDDにおいてさらなる高記録密度化を実現するためには、記録媒体の磁性粒子の結晶粒径を小さくして記録媒体から発生するノイズを減らす必要がある。しかしながら、結晶粒径を小さくすると磁性粒子の熱的なゆらぎによって記録された情報が消えていくという問題が発生する。この熱ゆらぎ現象を抑えるためは記録媒体の磁性粒子の結晶磁気異方性を大きくしなければならないが、そうすると記録媒体に記録するための記録ヘッドの磁界強度が不足して記録できないという問題が発生する。したがって、HDDの高記録密度化に向けては、この記録媒体の熱ゆらぎ、媒体ノイズ、記録ヘッド磁界の三者間にあるトリレンマ(Trilemma)を解決することが重要となる。トリレンマを解決する方法として、ビットパターンドメディア、熱アシスト磁気記録、マイクロ波アシスト磁気記録等いくつかの手法が提案されている。
【0003】
マイクロ波アシスト記録は、磁気ヘッドおよび記録媒体の材料や形状に大きな変更を加える必要がないため、比較的早い時期の実用化が期待されている(例えば、非特許文献1、2、特許文献1)。この記録方式は、磁気ヘッドから発生する記録磁界に直交する方向にマイクロ波磁界を印加して記録媒体の磁化に歳差運動を誘起させて記録を行う。マイクロ波のエネルギーが記録媒体に吸収されるため、記録媒体のスイッチング磁界以下の記録磁界強度で記録媒体への記録が可能となる。結果として、大きな磁気異方性磁界を持つ記録媒体を用いることができるため、記録ヘッドの磁界強度限界と記録媒体の熱ゆらぎの問題を解決することができる。
【0004】
マイクロ波の印加方法は、いくつかの手法が提案されているが、磁性体のスピントルク効果を利用した発振器を利用する方法が有望である(非特許文献1参照)。この手法は、J.Zhuによって提案されたもので、主磁極とトレーリングシールド間に発振素子(スピントルク発振素子)をマウントし、発振素子内の磁性層の磁化回転による磁界を記録媒体に印加する方法である。
【0005】
また、特許文献1には、記録ヘッドの動作時の磁界によって発振素子内の磁性層(スピン注入層)の磁化が反転するようにスピン注入層の保磁力を小さくするマイクロ波発振器が述べられている。
【0006】
また、磁性体を利用してマイクロ波を発生させるもう1つの手法として、ボルテックスオシレータが知られている(非特許文献2参照)。この発振器は、非特許文献2にあるように、磁性層の磁区構造を渦巻き状のボルテックス状態とすることによって高周波を発振させる手法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009−70541号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Jian−Gang Zhu,IEEE Trans.Magn.,vol.44,no.1,pp.125−131,Jan.2008.
【非特許文献2】Finocchio,Appl.Phys.Lett.,96,102508(2010).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
非特許文献1による磁気記録装置では、図11(a)に示すように、磁気記録ヘッド100は、マイクロ波発生素子111と、主磁極113と、トレーリングシールド114とを備え、媒体基板118a上に磁気記録層118bが形成された記録媒体118に対向するように配置されている。また、マイクロ波発生素子111は、図11(b)に示すように、垂直異方性を持つスピン注入層(Perpendicularly magnetized layer)111aと、マイクロ波発生層(Field generation layer)111cと、垂直異方性層(Layer with perpendicular anisotropy)111dの3層の磁性層を有する磁性層と、スピン注入層111aおよびマイクロ波発生層111cの間を隔てる金属層111bとを備えている。なお、図11(b)に示す電極112a、112bは、主磁極113、トレーリングシールド114を兼ねている。そして、主磁極113からトレーリングシールド114の方向の磁界と、トレーリングシールド114から主磁極113の方向への電流による磁化の歳差運動により発生したマイクロ波磁界を磁気記録層118bに印加する。マイクロ波発生層の磁化は、層内のどの部分においてもほぼ同じ向きを向いており、ボルテックス(渦)構造とはなっていない。マイクロ波発生層は、図11(a)および(b)に示すように、層内でほぼ同じ方向を向いたまま同じ位相でコーン状の歳差運動を行う。
【0010】
マイクロ波磁界を記録媒体に印加するためには、マイクロ波発生素子111を主磁極113とトレーリングシールド114との間に配置するのが最も効率がよい。しかしながら、主磁極113とトレーリングシールド114との間には、記録ヘッドの動作時には数kOeから10kOeに達する磁界が加わる。そのため、垂直異方性を持ったスピン注入層111aをマイクロ波発生素子の一部として用いることは、上記したような磁界が加わってもマイクロ波を安定して発生し、安定した記録動作を行うには適していなかった。
【0011】
また、マイクロ波アシスト記録を実現するためには、マイクロ波発振器としては記録媒体のスイッチング磁界を数10%の割合で低減できる磁界強度が必要である。特許文献1には、非特許文献1における不安定性の問題を解決するため、記録ヘッドの動作時の磁界によってスピン注入層の磁化が反転するようにスピン注入層の保磁力を小さくすることが述べられている。しかしながら、特許文献1に示すような手法を用いても、マイクロ波を発生させるためにはマイクロ波発生層の膜厚を5−10nmと非常に薄くする必要があり、結果として発生するマイクロ波磁界の強度には限界があった。特許文献1におけるマイクロ波発生層の磁化は非特許文献1と同様、ほぼ同一の方向を向いており、コーン状の歳差運動を起こす。
【0012】
また、非特許文献2に示す方法によるマイクロ波の発振は、ボルテックス(渦)状態の磁性層のボルテックスの中心(コア)が、マイクロ波の周波数で回転運動をすることによって生じる。このような磁性層においては、磁極が発生しないような磁区構造となっているため、磁性層の外部に漏洩する磁界は小さい。このため、この方法ではマイクロ波アシスト記録に必要なマイクロ波磁界強度を得ることは難しかった。
【0013】
上記課題を鑑み、本発明は、安定かつ大きなマイクロ波磁界を発生するマイクロ波発振器、磁気記録ヘッドおよび磁気記録装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記の課題を達成するため、本発明の一形態におけるマイクロ波発振器は、外部磁界に応じてマイクロ波磁界を発生する発振素子と、前記発振素子の一の面に配置された第1電極と、前記発振素子の前記一の面と対向する他の面に配置された第2電極とを備え、前記発振素子は、ボルテックス状態の磁区構造を有する磁性層を有し、ボルテックスの中心が移動することなく、前記第1電極および前記第2電極の一方から他方の方向へ注入されたスピン偏極した電子によってボルテックス状態を保ったまま磁化が歳差運動を行いマイクロ波磁界を発生する。
【0015】
この構成によれば、従来の非常に薄いマイクロ波発生層を歳差運動させることでマイクロ波磁界を発生させる方法と比較して、ボルテックス状態の磁性層を用いてボルテックスの中心(コア)が移動しない歳差運動を誘起するので、安定したマイクロ波磁界を発生させることが可能である。このため、従来のマイクロ波発生層よりも厚い磁性層が歳差運動を起こすことによって、大きなマイクロ波磁界を得ることが可能となる。
【0016】
ここで、前記磁性層は、前記第1電極および前記第2電極のうちの一方から他方へ流入される電流または外部磁界によって発生する前記ボルテックス状態の磁区構造を有することが好ましい。
【0017】
この構成によれば、安定なマイクロ波磁界を発生することができる。
ここで、前記外部磁界の向きは、前記電流の方向に対して同方向でも反対方向でも構わない。
【0018】
出願人らの実験では、外部磁界の印加方向が、電流の注入方向と同一方向へ印加される場合であっても、電流の注入方向と反対方向へ印加される場合であっても、ボルテックス状態の磁区構造が形成されることが確認されている。このとき、ボルテックスのコアが移動しないで磁化の歳差運動が生じる状態であれば、この磁性層において大きな、かつ、安定したマイクロ波磁界が発生することが確認されている。したがって、この構成によれば、外部磁界の印加方向によらず、安定したマイクロ波磁界を発生することができる。
【0019】
ここで、前記磁性層は、前記外部磁界と同一方向の磁化成分の大きさが前記外部磁界と垂直方向の磁化成分の大きさよりも大きいことが好ましい。
【0020】
この構成によれば、第1電極および第2電極の間の磁界によって磁化の向きが磁界方向に回転するので、記録磁界の極性によらず、大きな、かつ、安定なマイクロ波磁界を発生することができる。
【0021】
ここで、前記磁性層は、前記一の面および前記他の面の大きさが、20nm×20nm以上80nm×80nm以下であることが好ましい。
【0022】
この構成によれば、磁性層の一の面および他の面における大きさが、磁性層がボルテックス状態の磁区構造を有する20nm×20nm以上であるので、磁性層内の磁区が単磁区状態ではなくボルテックス状態となる。また、磁性層の一の面および他の面における大きさが80nm×80nm以下であるので、ボルテックスのコアが移動することなく、磁磁化の歳差運動を誘起することが可能となる。したがって、磁性層の磁化の歳差運動に伴い、磁化の電流方向成分が大きく歳差運動を行うので、大きなマイクロ波磁界を発生することができる。
【0023】
ここで、前記磁性層は、第1磁性層と、前記第1磁性層よりも薄い第2磁性層とを有し、前記第2磁性層によりスピン偏極された電子が、前記第1磁性層に注入されることが好ましい。
【0024】
この構成によれば、第2磁性層よりも厚い第1磁性層のスピンを歳差運動させることができるため、効率よくマイクロ波磁界を発生することができるマイクロ波発振器を提供することができる。
【0025】
ここで、前記磁性層は、立方体の形状であることが好ましい。
ここで、前記磁性層は、前記一の面および他の面の形状が円形形状を有する円柱状の形状であることが好ましい。
【0026】
この構成によれば、ボルテックス状態の磁区構造を有し、大きな、かつ、安定したマイクロ波磁界を発生することができるマイクロ波発振器を提供することができる。
【0027】
また、本発明の一形態における磁気記録ヘッドは、上記したマイクロ波発振器を備えている。
【0028】
この構成によれば、上記した効果を有するマイクロ波発振器を備えた磁気記録ヘッドにおいて、安定したマイクロ波磁界を発生させることが可能である。さらに、この構成では、安定かつ大きなマイクロ波磁界を記録媒体に吸収させることができるので、より多くの磁磁化を反転させることができる磁気記録ヘッドを提供することが可能となる。
【0029】
ここで、前記第1電極は主磁極であり、前記第2電極はトレーリングシールドであることが好ましい。
【0030】
この構成によれば、第1電極を磁気記録ヘッドの主磁極、第2電極をトレーリングシールドとすることにより、発振素子に直接外部磁界を印加することができる。また、磁気記録ヘッドを小型化することができる。
【0031】
また、本発明の一形態における磁気記録装置は、上記した磁気記録ヘッドを備えている。
【0032】
この構成によれば、上記した効果を有する磁気記録ヘッドを備えた磁気記録装置により、安定かつ大きなマイクロ波磁界を記録媒体に吸収させることができるので、より多くの磁磁化を反転させることができる磁気記録装置を提供することが可能となる。
【発明の効果】
【0033】
本発明によると、安定かつ大きなマイクロ波磁界を発生するマイクロ波発振器、磁気記録ヘッドおよび磁気記録装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の一実施の形態に係る磁気記録ヘッドの概略図である。
【図2】図1に示す磁気記録ヘッドのマイクロ波発振器の概略図である。
【図3】図2に示すマイクロ波発振器の発振素子の概略図である。
【図4】発振素子の大きさと磁区構造を示す図である。
【図5】発振素子の磁区構造を示す図である。
【図6】本発明の一実施の形態に係る書き込みヘッドの概略図である。
【図7】図6に示す書き込みヘッドの発振素子のマイクロ波発振スペクトルを示す図である。
【図8】図6に示す書き込みヘッドの発振素子の磁区構造を示す図である。
【図9】図6に示す書き込みヘッドの発振素子の磁化の時間変化を示す図である。
【図10】本発明の一実施の形態に係る磁気記録装置の概略図である。
【図11】従来技術におけるスピントルク発振器を備えた磁気記録ヘッドの概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。なお、本発明について、以下の実施の形態および添付の図面を用いて説明を行うが、これは例示を目的としており、本発明がこれらに限定されることを意図しない。
【0036】
(実施の形態)
図1は、本発明の一実施の形態に係るマイクロ波発振器を備えた磁気記録ヘッドの概略図である。図1に示すように、磁気記録ヘッド1は、書き込みヘッド部10と、再生ヘッド部15とを備え、記録媒体18の記録面に対向するように配置されている。
【0037】
書き込みヘッド部10は、発振素子11と、主磁極13と、トレーリングシールド14とを有している。また、再生ヘッド部15は、磁気再生素子16と、磁気シールド17とを有している。
【0038】
記録媒体18は、媒体基板とその上に設けられた磁気記録層(図示せず)とを有している。書き込みヘッド部10から印加される磁界により、磁気記録層の磁化が所定の方向に制御され、書き込みがなされる。そして、再生ヘッド部15により、磁気記録層の磁化の方向が読み取られる。
【0039】
ここで、書き込み時には、マイクロ波アシスト方式により、発振素子11から発生したマイクロ波を書き込みヘッド部10の下方の記録媒体18に印加して磁化の方向を反転し易くしながら、主磁極13により磁界を印加して書き込みがなされる。
【0040】
図2は、書き込みヘッド部10の基本的な構成を示す概略図である。
図2に示す書き込みヘッド部10は、発振素子11と、主磁極13と、トレーリングシールド14とを有するマイクロ波発振器を、書き込みヘッド部10として使用するものである。なお、主磁極13、トレーリングシールド14がそれぞれ本発明における第1電極、第2電極に相当する。また、第1電極、第2電極は、主磁極13、トレーリングシールド14を兼ねていなくてもよく、別に配置される構成であってもよい。
【0041】
図2に示すように、発振素子11は、例えば、強磁性体であるCoFeAlSiからなる磁性層によって形成されている。この磁性層は、ボルテックス状態の磁区構造、詳細には、主磁極13とトレーリングシールド14との間に電流を流し、発振素子11と主磁極13、トレーリングシールド14との接触面において、発振素子11の磁区構造が電流磁界によりボルテックス(渦)状態を形成する構造を有している。
【0042】
主磁極13およびトレーリングシールド14は、例えばFeCo、NiFeのような軟磁性材料により形成され、発振素子11の対向する面にそれぞれ形成されて、発振素子11に対して主磁極13からトレーリングシールド14の方向へ電流を流す構成となっている。また、主磁極13からトレーリングシールド14の方向へ外部磁界が印加される。また、主磁極13およびトレーリングシールド14は、記録媒体18の記録部分以外の磁気をシールドするための磁気シールドを兼ねている。
【0043】
ここで、発振素子11のマイクロ波磁界の発生原理について説明する。図3は、発振素子11の磁区構造を示す概略図である。
【0044】
まず、マイクロ波を発生する発振素子11として、例えば、CoFeAlSi膜からなる磁性層に、図3に示す矢印Jの方向に電流を流す。同時に、磁性層に対して、電流方向(または電流と逆方向)に外部磁界を印加する。磁性層内の磁化は、電流磁界および外部磁界によりボルテックス状態を形成する。これによって、磁性層の磁化が電流方向(あるいは電流の反対方向)の磁化成分を持つ。なお、電流、外部磁界の印加は、両方同時でなくてもいずれかのみの印加であってもよい。
【0045】
このとき、磁性層の大きさ、形状は、磁性層の磁化が外部磁界と同一方向の磁化成分の大きさが外部磁界と垂直方向の磁化成分の大きさよりも大きくなる構成とする。一例として、磁性層の大きさは、一辺が40nmの立方体とする。
【0046】
ここで、磁性層の大きさと磁区構造について説明する。図4(a)、(b)は、発振素子の大きさと磁区構造を示す図であり、図3に示した発振素子11のx方向に垂直な面の上面図である。
【0047】
磁性層の大きさが小さくなると、磁区構造は、図4(a)に示すように、ボルテックス状態を形成するよりもエネルギーの低い単磁区状態をとる。つまり、磁性層の大きさが小さくなると、磁性層内の磁化が磁性層に流入された電流の方向と垂直な面において、磁性層内の磁化が同一の方向に向いた状態となる。一例として、上記した磁性層に流入された電流の方向と垂直な面の大きさが20nm×20nm以下のとき、磁区構造は単磁区状態となる。
【0048】
一方、磁性層の大きさが大きくなると、図4(b)に示すように、磁区構造は、単磁区状態よりも安定となるボルテックス状態を形成する。つまり、磁性層に流入された電流の方向と垂直な面において、磁性層内の磁化がボルテックス状態を構成することとなる。このとき、例えば、磁性層に流入された電流の方向と垂直な面の大きさが200nm×200nm程度の磁性層においては、磁性層の磁化の歳差運動(スピントルク)に伴い、ボルテックスの中心(コア)は移動しやすくなる。そのため、図4(b)に示すように、ボルテックスのコアが、上記した磁性層に流入された電流の方向と垂直な面の中心からずれて運動する。このような状態により、磁界の発振(ボルテックス・オシレータ)が生じる。
【0049】
また、上記した単磁区状態を形成する磁性層の大きさとボルテックス状態を形成する磁性層の大きさの間の大きさの磁性層においては、図5に示すように、磁区構造はボルテックス状態であるが、ボルテックスのコアが移動しにくい状態となる。このときの磁性層の大きさは、例えば、磁性層に流入された電流の方向と垂直な面の大きさが20nm×20nm以上80nm×80nm以下である。このような状態の磁性層に、スピン偏極した電子を注入することにより、ボルテックスのコアが移動することなく、磁化の歳差運動を誘起することが可能となる。
【0050】
したがって、このような構成の磁性層を発振素子11とすると、磁性層の磁化の歳差運動に伴い、電流方向の磁化成分が大きく歳差運動を行うので、大きなマイクロ波磁界を発生することができる。なお、このような発振素子においては、外部磁界の印加方向は電流方向でも電流と逆方向でも同様のマイクロ波を発生することが可能である。
【0051】
上記した書き込みヘッド部10では、発振素子11は単層の磁性層により形成されているが、発振素子11は複数の層により形成されたものであってもよい。
【0052】
図6に、発振素子が複数の層により形成された書き込みヘッド部の一例を示す。図6に示す書き込みヘッド部20において、発振素子21は、書き込みヘッド部20の主磁極23とトレーリングシールド24の間に配置されている。発振素子21は、第1磁性層21aと、非磁性層である中間層21bと、第1磁性層21aよりも薄い第2磁性層21cとを有している。第1磁性層21aは、膜厚30nmのCoFeAlSi膜により形成されている。第2磁性層21cは、膜厚2.5nmのFeCo膜により形成されている。また、第1磁性層21aおよび第2磁性層21cを隔てる中間層21bは、膜厚2nmのCuにより形成されている。発振素子21の主磁極23、トレーリングシールド24との接触面の大きさは、一例として40nm×40nmである。発振素子21のトータルの膜厚は、34.5nmである。
【0053】
この発振素子21に、第2磁性層21c側から第1磁性層21a側に2×105A/mの外部磁界を印加した状態で、同じ方向に3×1012A/m2の電流を流すシミュレーションを行った。
【0054】
第1磁性層21aにスピン偏極した電子を注入して磁化に歳差運動を生じさせる方法としてはいくつかの方法が考えられるが、ここでは、第2磁性層21cを非磁性材料であるCuからなる中間層21bを介して第1磁性層21aに積層させ、第2磁性層21cから中間層21bを介して第1磁性層21aにスピン偏極した電子を注入することで実現している。
【0055】
図6に示す書き込みヘッド部20においては、図6における矢印Jに示すように、電流は第2磁性層21cから第1磁性層21aの方向に流入されるため、電子は第1磁性層21aから第2磁性層21cの方向に移動する。第1磁性層21aと第2磁性層21cとを積層した上記構造の発振素子21においては、上記した2つの第1磁性層21aおよび第2磁性層21cの磁区状態は、いずれの層においてもボルテックス状態となる。このような構成の発振素子21に、第1磁性層21a側から第2磁性層21c側へと電子を注入すると、第2磁性層21cと中間層21bの界面で電子が反射し、反射した電子は、第1磁性層21aに第1磁性層21aの磁化と反対方向のモーメントを持って入ってくる。これにより、第1磁性層21aにはスピントルクが働き、第1磁性層の磁化が歳差運動を行うことによってマイクロ波の発振が発生する。
【0056】
図7は、このような構成の発振素子21の発振スペクトルのシミュレーション結果を示す図である。シミュレーションには、マイクロマグネティクスの手法を用いた。発振素子21は、図7に示すように、12.5GHz付近で大きく発振して、強度の強いマイクロ波磁界を発生している。
【0057】
また、図8は、このシミュレーションにおけるある時刻における発振素子21の第1磁性層21aの磁区構造のシミュレーション結果を示している。図8に示すように、第1磁性層21aの磁区構造は、第1磁性層21aに流入された電流の方向と垂直な面のほぼ中心をボルテックスのコアとして、ボルテックス状態となっている。また、図4(b)に示したボルテックスオシレータのような、ボルテックスのコアが第1磁性層21aにおいて移動する磁区構造にはなっていないことがわかる。
【0058】
図9は、このときの第1磁性層21aの磁化挙動の時間変化の計算結果である。磁化の各成分は第1磁性層21aの磁化の平均値を表している。図9に示すように、第1磁性層21aは磁化のx成分(膜厚方向成分、電流方向成分)の磁化が大きく時間変化しており、上記した発振素子21では、磁化のx成分の歳差運動によるマイクロ波発振が生じていることがわかる。従来から知られているボルテックスオシレータのような、ボルテックスのコアの移動を伴う発振では、磁化のボルテックス面内の成分であるy成分およびz成分が変化するが、図9では磁化のy成分、z成分はほとんど時間変化していない。このことは、この発振素子21におけるマイクロ波の発振がボルテックスのコアの運動による発振ではないことを裏付けている。
【0059】
発振素子21においては、従来のマイクロ波発生層を用いる場合と比較して、膜厚の厚い第1磁性層21aを用いることができるために、従来技術と比較して強度の大きなマイクロ波磁界を得ることができる。
【0060】
シミュレーションによる検討の結果より、発振素子21は、主磁極23およびトレーリングシールド24との接触面の大きさが80nm×80nm以上の大きさになると、ボルテックスオシレータとしての発振を生ずる。また、発振素子21の上記した接触面の大きさが20nm×20nm以下になると、ボルテックス状の磁区状態をとるよりも磁化が一方向にそろうほうがエネルギー的に安定となるため、上記したような発振は生じない。したがって、発振素子21の、主磁極23およびトレーリングシールド24との接触面の形状の最適値は、一辺の大きさが20nmから80nmの正方形形状であることが望ましい。
【0061】
また、上記した接触面は、円形や楕円形状でも同様の発振をさせることが可能である。円形の場合の発振素子21の大きさの最適値は、正方形形状の場合と同様に、直径が20nmから80nmが最適である。楕円形状においては、長径と短径の平均値が20nmから80nmの領域において同様の発振が生ずる。
【0062】
本実施の形態では、発振素子21に2×105A/mの外部磁界を印加している。発振素子21においては、第1磁性層21aに歳差運動を生じさせるために、外部磁界の印加によって、第1磁性層21aの磁化を磁界方向に傾ける必要がある。つまり、第1磁性層21aは、外部磁界により、外部磁界と同一方向の磁化成分の大きさが外部磁界と垂直方向の磁化成分の大きさよりも大きくなるような傾きの磁化を有することが好ましい。シミュレーションによって第1磁性層21aの磁化の傾きを検討した結果、具体的には、磁化の大きさを1とすると、磁化の磁界方向成分の大きさが0.5以上となる傾きであることが望ましい。
【0063】
なお、上記した磁気記録ヘッドは、記録媒体とともに磁気記録装置に搭載された構成であってもよい。図10は、上記した磁気記録ヘッドを備えた磁気記録装置の概略図である。
【0064】
図10に示す磁気記録装置30は、記録媒体32と、記録媒体32に対向するように配置された磁気記録ヘッド31とを備えている。磁気記録ヘッド31は、ヘッドスライダー34に搭載され、記録媒体32の上を浮上または接触しながら相対的に運動できるように設計・加工されている。
【0065】
磁気記録ヘッド31は、図1に示した磁気記録ヘッド1と同様の構成であるので詳細な説明は省略する。書き込み時には、マイクロ波アシスト方式により、マイクロ波を書き込みヘッド部の下方の記録媒体32に印加して磁化の方向を反転し易くしながら書き込み用の磁界を印加して、記録媒体32に記録の書き込みがなされる。書き込みヘッド部として、上記したマイクロ波発振器を使用することにより、効率よく記録媒体32に記録の書き込みを行うことができる。
【0066】
なお、本発明は、上記した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改良、変形を行ってもよい。
【0067】
例えば、上記した実施の形態では、単層の磁性層からなる発振素子を有するマイクロ波発振器、または、第1磁性層と中間層と第2磁性層とを備える発振素子を有するマイクロ波発振器について説明したが、これに限らず、発振素子はさらに多くの磁性層により形成されるものであってもよい。また、磁性層の形状、大きさは、上記した例に限らず変更してもよい。
【0068】
また、第1磁性層、第2磁性層は、上記したCoFeAlSiに限らず、その他の材料により形成されてもよい。また、中間層は、上記した銅に限らず、その他の材料により形成されてもよい。
【0069】
また、本実施例では第2磁性層を利用して、スピン偏極した電子を注入したが、トレーリングシールド、あるいは主磁極の磁性体の一部を利用して、スピン偏極した電子を作り出すことも可能である。
【0070】
また、本発明に係るマイクロ波発振器、磁気記録ヘッド、磁気記録装置には、上記実施の形態における任意の構成要素を組み合わせて実現される別の実施の形態や、実施の形態に対して本発明の主旨を逸脱しない範囲で当業者が思いつく各種変形を施して得られる変形例や、本発明に係るマイクロ波発振器、磁気記録ヘッド、磁気記録装置を備えた各種デバイス、記憶装置なども本発明に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明は、スイッチング磁界以下の記録磁界強度で記録媒体への記録が可能な磁気記録装置、特に、高密度磁気記録装置に有用である。
【符号の説明】
【0072】
1、31、100 磁気記録ヘッド
10、20 書き込みヘッド部
11、21 発振素子(磁性層)
13、23、113 主磁極(第1電極)
14、24、114 トレーリングシールド(第2電極)
21a 第1磁性層
21b 中間層
21c 第2磁性層
30 磁気記録装置
111 マイクロ波発生素子(発振素子)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外部磁界に応じてマイクロ波磁界を発生する発振素子と、
前記発振素子の一の面に配置された第1電極と、
前記発振素子の前記一の面と対向する他の面に配置された第2電極とを備え、
前記発振素子は、
ボルテックス状態の磁区構造を有する磁性層を有し、
ボルテックスの中心が移動することなく、前記第1電極および前記第2電極の一方から他方の方向へ注入されたスピン偏極した電子によってマイクロ波磁界を発生する
ことを特徴とするマイクロ波発振器。
【請求項2】
前記磁性層は、前記第1電極および前記第2電極のうちの一方から他方へ流入される電流または外部磁界によって発生する前記ボルテックス状態の磁区構造を有する
ことを特徴とする請求項1に記載のマイクロ波発振器。
【請求項3】
前記外部磁界の向きは、前記電流の方向に対して、同方向もしくは反対方向である
ことを特徴とする請求項1または2に記載のマイクロ波発振器。
【請求項4】
前記磁性層は、前記外部磁界と同一方向の磁化成分の大きさが前記外部磁界と垂直方向の磁化成分の大きさよりも大きい
ことを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載のマイクロ波発振器。
【請求項5】
前記磁性層は、前記一の面および前記他の面の大きさが、20nm×20nm以上80nm×80nm以下である
ことを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載のマイクロ波発振器。
【請求項6】
前記磁性層は、第1磁性層と、前記第1磁性層よりも薄い第2磁性層とを有し、
前記第2磁性層によりスピン偏極された電子が、前記第1磁性層に注入される
ことを特徴とする請求項1ないし5のいずれかに記載のマイクロ波発振器。
【請求項7】
前記磁性層は、立方体の形状である
ことを特徴とする請求項1ないし6のいずれかに記載のマイクロ波発振器。
【請求項8】
前記磁性層は、前記一の面および前記他の面が円形形状を有する円柱状の形状である
ことを特徴とする請求項1ないし6のいずれかに記載のマイクロ波発振器。
【請求項9】
請求項1ないし8のいずれかに記載のマイクロ波発振器を備えている
ことを特徴とする磁気記録ヘッド。
【請求項10】
前記第1電極は主磁極であり、前記第2電極はトレーリングシールドである
ことを特徴とする請求項9に記載の磁気記録ヘッド。
【請求項11】
請求項9または10に記載の磁気記録ヘッドを備えている
ことを特徴とする磁気記録装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2011−249487(P2011−249487A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−119923(P2010−119923)
【出願日】平成22年5月25日(2010.5.25)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】