説明

メタクリル酸合成用触媒の製造方法

【課題】メタクリル酸選択率の高いメタクリル酸合成用触媒を製造できる方法を提供する。
【解決手段】特定の組成を有するメタクリル酸合成用触媒であって、
少なくともモリブデン、リン及びバナジウムを含む溶液又はスラリー(A液)とZ元素を含む溶液又はスラリー(CI液)とを混合しA−CI混合液を調製する工程と、
A−CI混合液とアンモニウムを含む溶液又はスラリー(B液)とを混合しA−CI−B混合液を調製する工程と、
A−CI−B混合液とZ元素を含む溶液又はスラリー(CII液)とを混合しD液を調製する工程と、
D液を乾燥し熱処理する工程とを含み、
D液のアンモニウム量をモリブデン12モルに対し0.5〜5モルとし、D液のpHを2.0以下とするメタクリル酸合成用触媒の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メタクリル酸合成用触媒の製造方法、該製造方法により得られた触媒、及び該触媒を用いてメタクリル酸を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
メタクリル酸は、例えば、モリブデン及びリンを含むヘテロポリ酸系触媒の存在下で、メタクロレインを気相接触酸化することにより合成できる。前記触媒の調製法として、特許文献1などに示されているように、モリブデン原料として三酸化モリブデンを用いる、所謂酸化物法調製法が知られている。
【0003】
また、調製時の各成分の投入順序に関する方法として、特許文献2では、Z元素(カリウム、ルビジウム及びセシウムからなる群より選ばれた少なくとも1種類の元素)を含む溶液又はスラリーと、少なくともモリブデン、リン及びバナジウムを含み、Z元素を含まない溶液又はスラリーとを混合し、この混合溶液にアンモニウムを含み、Z元素を含まない溶液又はスラリーを混合し、さらにZ元素を含む溶液又はスラリーを追加混合して触媒前駆体を含む溶液又はスラリーを調製し、これを乾燥・熱処理する方法が提案されている。特許文献2においては、触媒調製時のpHについては述べられておらず、特許文献2の製造方法の効果としては、長寿命の触媒が得られることが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平4−16242号公報
【特許文献2】特開2003−190798号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、これらのモリブデン原料として三酸化モリブデンを用いる方法、調製時の各成分の投入順序が特徴的である方法で製造されたメタクリル酸製造用触媒では、メタクリル酸の収率が充分とはいえず、工業的には更なる収率の向上が望まれている。
【0006】
特に、従来のメタクリル酸製造用触媒はメタクロレイン転化率の低い反応領域では比較的高いメタクリル酸選択率が得られるものの、メタクロレイン転化率の高い反応領域でメタクリル酸選択率が低い傾向があり、メタクロレイン転化率とメタクリル酸選択率はトレードオフの関係にある。このような状況から、メタクロレイン転化率の高い領域で高いメタクリル酸選択率を有するメタクリル酸合成用触媒の開発が望まれている。
【0007】
本発明は、メタクリル酸選択率の高いメタクリル酸合成用触媒を製造できる、メタクリル酸合成用触媒の製造方法、メタクリル酸合成用触媒及びメタクリル酸の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、メタクリル酸を高い選択率で合成できるメタクリル酸合成用触媒の製造方法について検討した。
【0009】
本発明に係るメタクリル酸合成用触媒の製造方法は、メタクロレインを分子状酸素により気相接触酸化してメタクリル酸を製造する際に用いる下記式(a)
aMobcCudefgh (a)
(式中、P、Mo、V、Cu及びOは、それぞれリン、モリブデン、バナジウム、銅及び酸素を示し、Xはアンチモン、ビスマス、砒素、ゲルマニウム、ジルコニウム、テルル、銀、セレン、ケイ素、タングステン及びホウ素からなる群より選ばれた少なくとも1種類の元素を示し、Yは鉄、亜鉛、クロム、マグネシウム、タンタル、コバルト、マンガン、バリウム、ガリウム、セリウム及びランタンからなる群より選ばれた少なくとも1種類の元素を示し、Zはカリウム、ルビジウム、セシウム及びタリウムからなる群より選ばれた少なくとも1種類の元素を示す。a、b、c、d、e、f、g及びhは各元素の原子比率を示しb=12の時a=0.5〜3、c=0.01〜3、d=0〜2、e=0〜3、f=0〜3、g=0.01〜3であり、hは前記各成分の原子価を満足するのに必要な酸素の原子比率である。)
で表される組成を有する触媒の製造方法であって、
i)少なくともモリブデン、リン及びバナジウムを含む溶液又はスラリー(A液)を調製する工程と、
ii)アンモニウムを含む溶液又はスラリー(B液)を調製する工程と、
iii)Z元素を含む溶液又はスラリー(CI液及びCII液)を調製する工程と、
iv)A液とZ元素を含む溶液又はスラリー(CI液)とを混合して、A−CI混合液を調製する工程と、
v)A−CI混合液とB液とを混合して、A−CI−B混合液を調製する工程と、
vi)A−CI−B混合液とZ元素を含む溶液又はスラリー(CII液)とを混合して、触媒前駆体を含む溶液又はスラリー(D液)を調製する工程と、
vii)D液を乾燥し、触媒前駆体乾燥粉とする工程と、
viii)触媒前駆体乾燥粉を熱処理する工程と、
を含み、
工程vi)において、D液のアンモニウム量をモリブデン12モルに対し0.5モル以上、5モル以下とし、
かつ、D液のpHを2.0以下となるように調整することを特徴とする。
【0010】
また、前記CI液及びCII液中に含まれるZ元素の割合が、CI液:CII液=60:40〜80:20であることを特徴とする。
【0011】
本発明に係るメタクリル酸合成用触媒は、前記方法により製造されることを特徴とする。
【0012】
本発明に係るメタクリル酸の製造方法は、前記メタクリル酸合成用触媒の存在下で、メタクロレインを分子状酸素により気相接触酸化することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明の製造方法によれば、メタクリル酸選択率の高いメタクリル酸合成用触媒を製造することができる。また、該触媒を用いたメタクリル酸の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】各実施例及び比較例におけるメタクロレイン転化率に対するメタクリル酸選択性をプロットした図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明のメタクリル酸合成用触媒(以下、触媒と示す場合あり)の製造方法は、メタクロレインを分子状酸素により気相接触酸化してメタクリル酸を合成する際に用いられる触媒を製造する方法である。以下に、用語、触媒の組成及び使用する原料について説明し、引き続き本発明の製造方法を、順を追って説明する。
【0016】
本発明で述べる「アンモニウム」とは、アンモニウムイオン(NH4+)及びアンモニア(NH3)の総称として用い、アンモニウム含有化合物とはアンモニウムを含む化合物を意味する。
【0017】
(メタクリル酸合成用触媒の組成)
本発明の方法で製造する触媒は、メタクロレインを分子状酸素により気相接触酸化してメタクリル酸を製造する際に用いられるメタクリル酸合成用触媒であって、下記式(a)で表される。
【0018】
aMobcCudefgh (a)
ここで、前記式(a)中、P、Mo、V、Cu及びOは、それぞれリン、モリブデン、バナジウム、銅及び酸素を表している。Xは、アンチモン、ビスマス、砒素、ゲルマニウム、ジルコニウム、テルル、銀、セレン、ケイ素、タングステン及びホウ素からなる群より選ばれた少なくとも1種類の元素を示している。Yは、鉄、亜鉛、クロム、マグネシウム、タンタル、コバルト、マンガン、バリウム、ガリウム、セリウム及びランタンからなる群より選ばれた少なくとも1種類の元素を示している。Zは、カリウム、ルビジウム、セシウム及びタリウムからなる群より選ばれた少なくとも1種類の元素を示している。a、b、c、d、e、f、g及びhは各元素の原子比率を表し、例えば、b=12のときa=0.5〜3、c=0.01〜3、d=0〜2、e=0〜3、f=0〜3、g=0.01〜3であり、hは前記各成分の原子価を満足するのに必要な酸素の原子比率である。
【0019】
(使用する触媒原料)
前記式(a)において、リン原料としては、例えば、正リン酸、五酸化リン、又は、リン酸アンモニウム、リン酸セシウム等のリン酸塩が使用できる。モリブデン原料としては、パラモリブデン酸アンモニウム、三酸化モリブデン、モリブデン酸、塩化モリブデン等が使用できる。バナジウム原料としては、バナジン酸アンモニウム、メタバナジン酸アンモニウム、五酸化バナジウム、塩化バナジウム等が使用できる。銅原料としては、硫酸銅、硝酸銅、酢酸銅、塩化第一銅、塩化第二銅等が使用できる。これらは1種でもよく、また2種以上を併用しても良い。
【0020】
また、リン、モリブデン、バナジウムの原料としては、リン、モリブデン及びバナジウムのうち少なくとも一つの元素を含むヘテロポリ酸を原料として用いてもよい。ヘテロポリ酸としては、リンモリブデン酸、リンバナドモリブデン酸、ケイモリブデン酸等が挙げられる。これらは1種でもよく、また2種以上を併用しても良い。
【0021】
前記式(a)におけるX、Y、Z元素の原料としては、特に限定されず各元素の硝酸塩、炭酸塩、酢酸塩、アンモニウム塩、酸化物、ハロゲン化物等を使用することができる。X元素の原料としては、例えば、砒酸、亜砒酸、酢酸アンチモン、塩化アンチモン、テルル化銅、テルル酸等が使用できる。Y元素の原料としては、例えば、Y元素の硝酸塩、炭酸塩、硫酸塩、アンモニウム塩、ハロゲン化物、水酸化物等が使用できる。Z元素の原料としては、例えば、Z元素の硝酸塩、炭酸塩、重炭酸塩、水酸化物等が使用できる。これらは1種でもよく、また2種以上を併用しても良い。
【0022】
(少なくともモリブデン、リン及びバナジウムを含む溶液又はスラリー(A液)を調製する工程(工程(i)))
A液は、少なくともモリブデン、リン及びバナジウムの化合物(触媒原料)を溶媒に溶解あるいは懸濁させて調製する。
【0023】
A液の溶媒としては、水、アルコール等を用いることができる。
【0024】
A液は、モリブデン、リン及びバナジウムの他に、製造される触媒に含まれる元素の化合物を含んでいてもよい。なお、本発明の製造方法において用いるZ元素全量に対して10モル%以下であれば、A液中にZ元素が含まれてもよい。また、A液中に含まれるアンモニウムの量は少ない方が好ましく、モリブデン12モルに対して、1.5モル以下であることが好ましい。また、本発明の製造方法において用いるアンモニウム全量に対して、A液中に含まれるアンモニウムが20モル%以下であればよい。これは、A液中に含まれるアンモニウムの量が多量となると、触媒活性が低下するためである。
【0025】
モリブデン、リン及びバナジウムの原料を溶媒に混合する際の温度としては、溶媒の種類にもよるが、例えば溶媒に水を用いた場合には、20〜80℃で混合することが好ましい。
【0026】
(アンモニウムを含む溶液又はスラリー(B液)を調製する工程(工程(ii)))
B液は、アンモニウム含有化合物を溶媒に溶解あるいは懸濁させて調製する。
【0027】
B液は二種類以上の異なるアンモニウム含有化合物を用いて調製してもよく、その場合BI液、BII液のように別々に調製してもよい。
【0028】
アンモニウム含有化合物としては、例えば、アンモニア水、硝酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウム、炭酸アンモニウム等が使用できる。しかし、アンモニア水は溶液のpHを上昇させるため、後述するようにD液のpHを2.0以下とするためには、アンモニア水よりも硝酸アンモニウム等のアンモニウム塩を用いる方が好ましい。
【0029】
B液の溶媒としては、水、アルコール等を用いることができる。
【0030】
B液は、アンモニウム含有化合物の他に、製造される触媒に含まれる元素の化合物を含んでいてもよい。なお、本発明の製造方法において用いるモリブデン、リン及びバナジウムの全量に対して、それぞれ10モル%以下であれば、B液中にモリブデン、リン及びバナジウムが含まれてもよい。また、本発明の製造方法において用いるZ元素全量に対して10モル%以下であれば、B液中にZ元素が含まれてもよい。
【0031】
アンモニウム含有化合物を溶媒に混合する際の温度としては、溶媒の種類にもよるが、例えば溶媒に水を用いた場合には、20〜80℃で混合することが好ましい。
【0032】
(Z元素を含む溶液又はスラリー(CI液及びCII液)を調製する工程(工程(iii)))
Z元素を含む溶液又はスラリー(CI液及びCII液)は、少なくともZ元素を含む化合物を溶媒に溶解あるいは懸濁させて調製する。ここでZ元素は、カリウム、ルビジウム、セシウム及びタリウムからなる群より選ばれた少なくとも1種類の元素である。この中でも、Z元素としてセシウムを用いることが好ましい。
【0033】
CI液とCII液中のZ元素の総量は、A液中のモリブデン12モルに対して0.5モル以上、2.5モル以下であることが好ましい。
【0034】
CI液中に含まれるZ元素の量とCII液中に含まれるZ元素の量の比(モル比)は、60:40〜80:20であることが好ましい。
【0035】
CI液及びCII液の溶媒としては、水、アルコール等を用いることができる。
【0036】
CI液及びCII液にはZ元素の他に、製造される触媒に含まれる元素の化合物を含んでいても構わない。なお、本発明の製造方法において用いるモリブデン、リン及びバナジウムの全量に対してそれぞれ10モル%以下であれば、CI液及びCII液中にモリブデン、リン及びバナジウムが含まれてもよい。また、本発明の製造方法において用いるアンモニウム全量に対して20モル%以下であれば、CI液及びCII液中にアンモニウムが含まれてもよい。
【0037】
Z元素を含む化合物を溶媒に混合する際の温度としては、溶媒の種類にもよるが、例えば溶媒に水を用いた場合には、20〜80℃で混合することが好ましい。
【0038】
(A液とZ元素を含む溶液又はスラリー(CI液)とを混合して、A−CI混合液を調製する工程(工程(iv)))
A−CI混合液は、A液とCI液を混合することにより調製する。A液とCI液の混合方法は特に限定されず、A液にCI液を加えても、CI液にA液を加えても、A液とCI液を同時に別の容器に滴下し混合してもよい。A液とCI液を混合する時には、溶液を撹拌しながら行うことが好ましい。
【0039】
A液とCI液を混合する際の温度としては、溶媒の種類にもよるが、例えば溶媒に水を用いた場合には、20〜80℃で混合することが好ましい。
【0040】
(A−CI混合液とB液とを混合して、A−CI−B混合液を調製する工程(工程(v)))
A−CI−B混合液は、A−CI混合液とB液を混合することにより調製する。A−CI液とB液の混合方法は特に限定されず、A−CI液にB液を加えても、B液にA−CI液を加えても、A−CI液とB液を同時に別の容器に滴下し混合してもよい。A−CI液とB液を混合する時には、溶液を撹拌しながら行うことが好ましい。B液をBI液とBII液に分けて調製している場合には、BI液とBII液を同時にA−CI混合液に加えてもよいし、BI液を加えた後にBII液を加えてもよいし、BII液を加えた後にBI液を加えてもよい。
【0041】
A−CI液とB液を混合する際の温度としては、溶媒の種類にもよるが、例えば溶媒に水を用いた場合には、20〜80℃で混合することが好ましい。
【0042】
(A−CI−B混合液とZ元素を含む溶液又はスラリー(CII液)とを混合して、触媒前駆体を含む溶液又はスラリー(D液)を調製する工程(工程(vi)))
次いで、A−CI−B混合液とZ元素を含む溶液又はスラリー(CII液)とを混合して、触媒前駆体を含む溶液又はスラリー(D液)を調製する。A−CI−B液とCII液の混合方法は特に限定されず、A−CI−B液にCII液を加えても、CII液にA−CI−B液を加えても、A−CI−B液とCII液を同時に別の容器に滴下し混合しても良い。A−CI−B液とCII液を混合する時には、溶液を撹拌しながら行うことが好ましい。
【0043】
A−CI−B液とCII液を混合する際の温度としては、溶媒の種類にもよるが、例えば溶媒に水を用いた場合には、20〜80℃で混合することが好ましい。
【0044】
(D液中のアンモニウム量)
工程(vi)において、D液に含まれるアンモニウムの総量は、熱処理後の触媒の活性を適当なものとする観点から、D液中のモリブデン12モルに対して、0.5モル以上、5モル以下となるようにする。また、D液に含まれるアンモニウムの総量は3モル以上、4.5モル以下であることが好ましい。D液に含まれるアンモニウムの総量は、B液に溶解又は懸濁させるアンモニウム含有化合物の量によって調節することができる。なお、D液中のモリブデン、アンモニウムの量は、原料の仕込み量から算出した値である。
【0045】
(D液のpH調整)
工程(vi)において、D液のpHが2.0以下となるようにD液のpHを調整する。D液のpHが2.0以上であると、触媒前駆体の構造がケギン構造とはならず、そのようにして得られた触媒は活性、選択性が低い。D液のpH調整法としては、B液に溶解あるいは懸濁させるアンモニウム含有化合物の種類と量を適切に調整する、各元素の水酸化物を原料として用いる、酸を添加する、などの方法がある。これらの中から1つの方法を使用してもこれらの方法を組み合わせて使用しても構わない。この中でも、B液に溶解あるいは懸濁させるアンモニウム含有化合物の種類と量を適切に調整する方法を用いることが好ましい。なお、D液のpHは市販のpHメーターを用いて確認することができ、pHの測定条件としてはしゅう酸塩、フタル酸塩および中性リン酸塩の各標準溶液でpH校正した後測定すれば良い。
【0046】
(D液を乾燥し、触媒前駆体乾燥粉とする工程(工程(vii)))
この様にして得た触媒前駆体を含む溶液又はスラリー(D液)を乾燥し、触媒前駆体乾燥粉とする。D液の乾燥方法としては、蒸発乾固、噴霧乾燥法、ドラム乾燥法、気流乾燥法等を用いることができる。乾燥に使用する乾燥機の機種や乾燥時の温度、時間等は特に限定されず、乾燥条件を適宜変えることによって目的に応じた触媒前駆体乾燥粉とすることができる。
【0047】
(触媒前駆体乾燥粉を熱処理する工程(工程(viii)))
こうして得られた触媒前駆体乾燥粉を熱処理することにより、本発明のメタクリル酸合成用触媒を得ることができる。熱処理は、触媒前駆体乾燥粉を打錠成形法やプレス成形法等の圧縮成形法、押し出し成形などの成形法により成形して、触媒前駆体の成形体を得た後に行ってもよい。熱処理する方法や熱処理条件は特に制限されず、公知の処理方法及び条件を適用することができる。このような熱処理の方法としては、例えば、空気流通下及び/又は不活性ガス流通下で200〜500℃、好ましくは300〜450℃で処理する方法が挙げられる。
【0048】
本発明に係る触媒調製工程において、Z元素をアンモニウム含有化合物の添加前後で分割して添加し、かつ、触媒前駆体を含む溶液又はスラリーのpHを2.0以下に調整し、調製を行うことで、触媒性能が向上する理由については現段階では明らかではない。しかし、触媒前駆体としてケギン構造のヘテロポリ酸を主成分に含み、かつZ元素が特定の分布状態をとることにより、最終的な触媒の構造において、メタクロレインの気相接触酸化反応により有利な活性点構造が形成されると考える。
【0049】
(メタクリル酸の合成方法)
次に、本発明のメタクリル酸の製造方法について説明する。本発明のメタクリル酸の製造方法は、上記のようにして得られる本発明に係る触媒の存在下でメタクロレインを分子状酸素により気相接触酸化して、メタクリル酸を製造するものである。以下に、その方法の一例を示す。反応条件としては、従来から知られている通常の条件が適用できる。
【0050】
反応は、通常、固定床で行う。また、触媒層は1層でも2層以上でもよく、担体に担持させたものであっても、その他の添加成分を混合したものであってもよい。本発明の触媒を用いてメタクリル酸を製造する際には、メタクロレインと分子状酸素とを含む原料ガスを触媒と接触させる。原料ガス中のメタクロレインの濃度は1〜20容量%が好ましく、3〜10容量%がより好ましい。分子状酸素源としては空気を用いるのが経済的であるが、必要ならば、純酸素で富化した空気も用いうる。また、原料ガス中のメタクロレインと分子状酸素のモル比は1:0.3〜4が好ましく、1:0.4〜3がより好ましい。原料ガスは窒素、水蒸気、炭酸ガス等の不活性ガスにより希釈してもよい。反応圧力は常圧から数気圧までが好ましい。反応温度は230〜450℃の範囲で選ぶことができるが、特に250〜400℃が好ましい。
【実施例】
【0051】
以下、本発明を実施例及び比較例により示すが、本発明はこれらに限定されるものではない。実施例及び比較例において、「部」は質量部を意味する。D液のpHはpHメーター(商品名:「カスタニーACT pHメーター D−21」、HORIBA製)を用いて、しゅう酸塩、フタル酸塩及び中性リン酸塩の各標準溶液でpH校正した後、オートホールド測定の条件で測定した。触媒の各元素組成及びD液中におけるアンモニウムのモリブデン12モルに対する割合は、触媒成分の原料仕込み量から求めた。反応原料ガス及び反応生成物の分析はガスクロマトグラフィーにより行った。
【0052】
本実施例及び比較例では、触媒存在下、メタクロレインを分子状酸素により気相接触酸化してメタクリル酸の合成を行った。メタクロレインの転化率、生成するメタクリル酸の選択率は以下のように定義される。
メタクロレイン(MAL)の転化率(%)=B/A×100
メタクリル酸(MAA)の選択率(%)=C/B×100。
【0053】
ここでAは供給したメタクロレインのモル数、Bは反応したメタクロレインのモル数、Cは生成したメタクリル酸のモル数を示す。
【0054】
[実施例1]
三酸化モリブデン100部、バナジン酸アンモニウム4.1部、85質量%リン酸8.7部、硝酸銅1.4部を純水100部と混合し、還流冷却下で、2時間加熱撹拌した後、30℃に冷却し、これをA液とした。また、30℃において、炭酸アンモニウム2.2部を純水10部と混合し、これをBI液とした。また、硝酸アンモニウム11.59部を純水20部と混合し、これをBII液とした。また、30℃において、重炭酸セシウム8.42部を純水20部と混合し、これをCI液とした。同じく、重炭酸セシウム2.81部を純水20部と混合し、これをCII液とした。
【0055】
次に、30℃において、A液にCI液を滴下し、15分間撹拌することにより、A−CI混合液を調製した。次に、30℃において、A−CI混合液にBI液を滴下し、15分間撹拌した後、さらにBII液を滴下し、15分間撹拌し、これをA−CI−B混合液とした。その後、30℃において、A−CI−B混合液にCII液を滴下して、15分間撹拌し、D液を調製した。D液のpHは、0.91であった。また、D液中のアンモニウム量は、モリブデン12モルに対し3.7モルであった。
【0056】
こうして得られた触媒前駆体を含むスラリーを蒸発乾固し、得られた固形物を130℃で16時間乾燥し、得られた乾燥物を150kgf/cm2(0.15MPa)で圧縮破砕して破砕品として触媒前駆体を得た。この触媒前駆体を空気雰囲気下(流速20L/h)、380℃で5時間熱処理して、メタクリル酸合成用触媒を得た。
【0057】
この触媒を固定床反応器に充填し、温度を285℃とした。この固定床反応器に、メタクロレイン5体積%、酸素10体積%、水蒸気30体積%、窒素55体積%の混合ガスを接触時間3.6秒で通じてメタクリル酸合成反応を行った。この反応の生成物を捕集してガスクロマトグラフィーで分析したところ、メタクロレインの転化率は83.4%、メタクリル酸の選択率は89.0%であった。
【0058】
[実施例2]
実施例1において、重炭酸セシウム7.02部を純水20部と混合し、これをCI液とし、重炭酸セシウム4.21部を純水20部と混合し、これをCII液としたこと以外は、実施例1と同様にして触媒を得た。D液のpHは0.93であった。この触媒を用いて実施例1と同様にして反応を行ったところ、メタクロレインの転化率は78.6%、メタクリル酸の選択率は89.5%であった。
【0059】
[実施例3]
実施例1において、重炭酸セシウム5.62部を純水20部と混合し、これをCI液とし、重炭酸セシウム5.62部を純水20部と混合し、CII液としたこと以外は、実施例1と同様にして触媒を得た。D液のpHは0.90であった。この触媒を用いて実施例1と同様にして反応を行ったところ、メタクロレインの転化率は79.4%、メタクリル酸の選択率は88.6%であった。
【0060】
[比較例1]
実施例1において、重炭酸セシウム11.23部を純水20部と混合し、これをCI液とし、純水20部をCII液としたこと以外は、実施例1と同様にして触媒を得た。D液のpHは0.90であった。この触媒を用いて実施例1と同様にして反応を行ったところ、メタクロレインの転化率は82.6%、メタクリル酸の選択率は87.1%であった。
【0061】
[比較例2]
実施例1において、BI液とBII液の代わりに28%アンモニア水13.0部を純水20部と混合し、これをB液としたこと以外は、実施例と同様にして触媒を得た。D液のpHは2.57であった。この触媒を用いて実施例と同様にして反応を行ったところ、メタクロレイン転化率は83.4%、メタクリル酸選択率は87.9%であった。
【0062】
[比較例3]
実施例1において、BI液とBII液の代わりに28%アンモニア水21.1部を純水20部と混合し、これをB液としたこと以外は、実施例と同様にして触媒を得た。D液のpHは5.85であった。この触媒を用いて実施例と同様にして反応を行ったところ、メタクロレイン転化率は72.0%、メタクリル酸選択率は87.3%であった。
【0063】
以上の結果を表1にまとめる。表1から明らかなように、Z元素(セシウム)をCI液とCII液に分割して触媒スラリー調製時に混合したものは、そうでないものに比べて高いメタクリル酸選択率を示す触媒が得られた。また、D液のpHが2.0以下の場合には、D液のpHが2.0より大きい場合に比べて高いメタクリル酸選択率を示す触媒が得られた。
【0064】
【表1】

【0065】
表1についてメタクロレイン転化率に対してメタクリル酸選択率をプロットしたグラフを図1に示す。実施例1〜3と比較例1の結果から、Z元素をCI液とCII液に分割して触媒スラリー調製時に混合した実施例1〜3は一度にZ元素を加えた比較例1よりもメタクリル酸選択率が高いことが確認された。また、実施例1、比較例2及び3から、D液のpHが2.0以下の場合に、よりメタクリル酸選択率の高い触媒が得られ、pHが2.0より高くなると、メタクリル酸選択率の高い触媒は得られないことが確認された。
【0066】
以上から明らかであるように、本発明の製造方法により得られた触媒は、高いメタクリル酸選択率を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
メタクロレインを分子状酸素により気相接触酸化してメタクリル酸を製造する際に用いる下記式(a)
aMobcCudefgh (a)
(式中、P、Mo、V、Cu及びOは、それぞれリン、モリブデン、バナジウム、銅及び酸素を示し、Xはアンチモン、ビスマス、砒素、ゲルマニウム、ジルコニウム、テルル、銀、セレン、ケイ素、タングステン及びホウ素からなる群より選ばれた少なくとも1種類の元素を示し、Yは鉄、亜鉛、クロム、マグネシウム、タンタル、コバルト、マンガン、バリウム、ガリウム、セリウム及びランタンからなる群より選ばれた少なくとも1種類の元素を示し、Zはカリウム、ルビジウム、セシウム及びタリウムからなる群より選ばれた少なくとも1種類の元素を示す。a、b、c、d、e、f、g及びhは各元素の原子比率を示しb=12の時a=0.5〜3、c=0.01〜3、d=0〜2、e=0〜3、f=0〜3、g=0.01〜3であり、hは前記各成分の原子価を満足するのに必要な酸素の原子比率である。)
で表される組成を有する触媒の製造方法であって、
i)少なくともモリブデン、リン及びバナジウムを含む溶液又はスラリー(A液)を調製する工程と、
ii)アンモニウムを含む溶液又はスラリー(B液)を調製する工程と、
iii)Z元素を含む溶液又はスラリー(CI液及びCII液)を調製する工程と、
iv)A液とZ元素を含む溶液又はスラリー(CI液)とを混合して、A−CI混合液を調製する工程と、
v)A−CI混合液とB液とを混合して、A−CI−B混合液を調製する工程と、
vi)A−CI−B混合液とZ元素を含む溶液又はスラリー(CII液)とを混合して、触媒前駆体を含む溶液又はスラリー(D液)を調製する工程と、
vii)D液を乾燥し、触媒前駆体乾燥粉とする工程と、
viii)触媒前駆体乾燥粉を熱処理する工程と、
を含み、
工程vi)において、D液のアンモニウム量をモリブデン12モルに対し0.5モル以上、5モル以下とし、
かつ、D液のpHを2.0以下となるように調整することを特徴とするメタクリル酸合成用触媒の製造方法。
【請求項2】
前記CI液及びCII液中に含まれるZ元素の割合が、CI液:CII液=60:40〜80:20である請求項1に記載のメタクリル酸合成用触媒の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の方法により製造されるメタクリル酸合成用触媒。
【請求項4】
請求項3に記載のメタクリル酸合成用触媒の存在下で、メタクロレインを分子状酸素により気相接触酸化するメタクリル酸の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−162460(P2010−162460A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−5739(P2009−5739)
【出願日】平成21年1月14日(2009.1.14)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】