説明

モータの固定子

【課題】コイル量を低減させ、コイル抵抗や銅損を抑制してモータ効率を向上させると共に、モータ重量の低減及びモータ体格の小型化を図り、更に、レーシング処理やワニス処理などのコイル固定化処理を廃止または簡素化するモータの固定子を提供する。
【解決手段】ワイヤ線20が、張力が付与された状態で、絶縁部材12を介してスロット16に分布巻きされることで、U相コイル13u、V相コイル13v、及びW相コイル13wがそれぞれ形成される。この各相のコイル13u、13v、13wは、コイルエンド部17u、17v、17wが、各相の巻き回数単位でステータコア11に交互に配置される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に電気自動車やハイブリッド自動車などの駆動源として用いられる、ワイヤ線が分布巻きされたモータの固定子に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、分布巻きモータの固定子は、ステータコアに対してワイヤ線を直巻してコイルを形成する直巻方式や、予めワイヤ線を巻回して成形したコイルをステータコアのスロット内に挿入するインサータ方式などによって製造されている。
【0003】
直巻方式としては、フォーマ脱着・交換部、巻線アーム駆動部、検査部、および相間絶縁体組み付け部を、ホルダに保持されたステータコアの周囲に順に配置し、ステータコアを所定角度ずつ回動させながら、ワイヤノズルをステータ軸方向、及び軸周りに移動させて、単一設備によりワイヤ作業を実施するようにしたステータコアの巻線方法および巻線装置が開示されている(例えば、特許文献1参照)。このステータコアの巻線方法および巻線装置により、図12に示すように、ステータコア110の各スロット111にU,V,W相の各コイル112,113,114が巻回される。
【0004】
また、図13に示すように、ステータコア110に対して三次元方向に相対移動すると共に線材115を繰り出すノズル121と、ステータコア110に対して径方向に相対移動可能なガイド122,123と、を備え、このガイド122,123を相対移動させることにより、スロット111に挿入された線材115を巻回し、コイル112,113,114の線材占積率を高めるようにした巻線方法及び巻線装置が知られている(例えば、特許文献2参照)。
【0005】
インサータ方式としては、図14に示すように、例えば、ステータコア110に挿入されるブレード125と、ブレード125に掛けられたコイル112をステータコア110に押込むコイル挿入治具126と、ウェッジ127をガイドするウェッジガイド128と、このウェッジ127をスロットに向けて押込むウェッジ挿入治具129と、ウェッジ挿入力を測定するロードセル131とを備え、ステータコア組立工程においてウェッジ127の挿入異常を検出可能としたアウターコア組立装置130が提案されている(例えば、特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007‐6677号公報
【特許文献2】特許第3669966号公報
【特許文献3】特開2006‐166675号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載のステータコアの巻線方法および巻線装置によって製作されるモータの固定子の場合、同相スロット(例えばU相スロット)の間に他相スロット(例えばV相スロット、W相スロット)があるため、U相スロットから次のU相スロットに線材を挿入すると、そのコイルエンド部が他相スロットを跨ぎ、U相スロットに線材を直線的に挿入した場合には、他相スロット(V相スロット、W相スロット)をコイルエンド部で覆ってしまう。この場合、他相スロットには多くの線材を挿入することができず、線材占積率が低下する。このため、図12に示すように、線材占積率を低下させることなくV相コイル113をスロット111内に挿入するためには、先に挿入したU相コイル112のコイルエンド部112aを予めステータコア110の外周側に大きく逃がしてV相コイル112の挿入空間を確保しておく必要があり、更に、W相コイル114をスロット111内に挿入するためには、先に挿入したV相コイル113のコイルエンド部113aも予めステータコア110の外周側に大きく逃がしてW相コイル114の挿入空間を確保しておく必要がある。
【0008】
その結果、モータ性能向上には直接寄与しないコイルエンド部112a,113a,114aが大きくなり、モータの体格が大きくなってしまう。また、コイル量も多くなるためモータ重量が増加すると共にコイル抵抗が大きくなり、その結果、銅損が大きくなってモータの効率が低下する問題があった。また、各相のコイル112,113,114を固定するためには、線材115を巻回した後、レーシング処理やワニス処理などが必要となる。
【0009】
また、特許文献2の巻線方法及び巻線装置によれば、ガイド122,123によって線材115をスロット111の径方向外側に寄せて線材115を一時的に位置決めしながら巻回するので、コイル112,113,114の線材占積率をある程度は高めることができる。しかしながら、コイル112,113,114がステータコア110に固定化されるものではなく、線材115を巻回した後、レーシング処理やワニス処理などが必要であり、固定子作製に多くの工数を要し、コストが増大する問題があった。
【0010】
また、特許文献3のアウターコア組立装置130によると、線材115を予めコイル112に成形し、このコイル112をステータコア110に対して斜めにしながらコイル挿入治具126でステータコア110のスロットに押込むため、製品として必要な長さ以上の線材115の長さが必要となる。この結果、無駄なコイル量が多くなって、モータ重量やコイル抵抗が大きくなると共に、銅損の増大に伴ってモータ効率が低下する問題があった。また、モータの体格が大きくなる問題もあり、改善の余地があった。更に、特許文献3によっても、コイル112をスロットに押し込んだ後、レーシング処理やワニス処理などが必要となる問題があった。
【0011】
本発明は、前述した課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、コイル量を低減させ、コイル抵抗や銅損を抑制してモータ効率を向上させると共に、モータ重量の低減及びモータ体格の小型化を図り、更に、レーシング処理やワニス処理などのコイル固定化処理を廃止または簡素化できるモータの固定子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するために、請求項1に係る発明は、複数のスロット(例えば、後述の実施形態におけるスロット16)を有するステータコア(例えば、後述の実施形態におけるステータコア11)と、
前記複数のスロット内に配置される絶縁部材(例えば、後述の実施形態における絶縁部材12)と、
複数の素線(例えば、後述の実施形態における素線20´)からなるワイヤ線(例えば、後述の実施形態におけるワイヤ線20)が前記複数のスロット内に前記絶縁部材を介して所定のスロット数を空けて分布巻きされることでそれぞれ形成される複数相のコイル(例えば、後述の実施形態におけるU相コイル13u,V相コイル13v,W相コイル13w)と、
を備えるモータの固定子(例えば、後述の実施形態におけるモータの固定子10)であって、
前記ワイヤ線は張力を付与された状態で前記絶縁部材内に配置されることで、前記ステータコア、前記絶縁部材、及び前記コイルがそれぞれ物理的に固定されることを特徴とする。
【0013】
請求項2に係る発明は、請求項1の構成に加えて、前記複数相のコイルのコイルエンド部(例えば、後述の実施形態におけるU相コイルエンド部17u,V相コイルエンド部17v,W相コイルエンド部17w)は、各相の巻き回数単位で前記ステータコアに交互に配置されることを特徴とする。
【0014】
請求項3に係る発明は、請求項1または請求項2の構成に加えて、前記絶縁部材は、弾性を有する樹脂部材(例えば、後述の実施形態における絶縁部材12)であることを特徴とする。
【0015】
請求項4に係る発明は、請求項1〜請求項3のいずれかの構成に加えて、前記ワイヤ線の張力は、前記ワイヤ線の弾性許容応力以下、および/または前記絶縁部材の許容圧縮強度以下であることを特徴とする。
【0016】
請求項5に係る発明は、請求項1〜請求項4のいずれかの構成に加えて、前記スロットは、開口部(例えば、後述の実施形態における開口部18)が前記ステータコアの内周面(例えば、後述の実施形態における内周面19)に開口することを特徴とする。
【0017】
請求項6に係る発明は、請求項1〜請求項5のいずれかの構成に加えて、前記スロット内に配置された前記コイルの占積率(例えば、後述の実施形態におけるコイルの占積率S)は、40%以上であることを特徴とする。
【0018】
請求項7に係る発明は、請求項1〜請求項6のいずれかの構成に加えて、前記複数相のコイルは、U相、V相、W相の3相のコイルからなり、
前記3相のコイルは、2相のコイルのコイルエンド部が径方向に並ぶように、前記ワイヤ線を前記複数のスロットに波巻きして形成されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
請求項1の発明によれば、レーシング処理やワニス処理などのコイル固定化処理を廃止または簡素化でき、製造工程を簡略化することが可能となり、モータの固定子の製造コストが抑制される。
【0020】
請求項2の発明によれば、コイル量が低減し、コイル抵抗や銅損を抑制してモータ効率を向上させることができる。また、モータ重量の低減及びモータ体格の小型化が図られる。
【0021】
請求項3の発明によれば、複数相のコイルを形成する際、張力を付与した状態でワイヤ線を絶縁部材に分布巻きしても、ワイヤ線を傷付ける虞がなく、所定のモータ性能が維持される。
【0022】
請求項4の発明によれば、複数相のコイルを形成する際、張力を付与した状態でワイヤ線を絶縁部材に分布巻きしても、ワイヤ線や絶縁部材が塑性変形することがなく、所定のモータ性能が維持される。
【0023】
請求項5の発明によれば、インナーロータタイプのモータの固定子として好適に使用することができる。
【0024】
請求項6の発明によれば、モータ効率が向上する。
【0025】
請求項7の発明によれば、コイル量の低減が可能となり、コイル抵抗や銅損を抑制してモータ効率を向上させることができる。また、モータ重量の低減及びモータ体格の小型化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明に係るモータの固定子にワイヤ線が分布巻きされた状態を示す要部拡大斜視図である。
【図2】図1に示すワイヤ線の巻回状態を示す模式図である。
【図3】内径側から見た固定子の部分拡大図である。
【図4】1相分のワイヤ線の巻回状態を示す要部拡大斜視図である。
【図5】スロットに挿入されたワイヤ線の状態を示す断面図である。
【図6】(a)及び(b)は、占積率を説明するための図である。
【図7】(a)は、本発明に係るモータの固定子の製造工程図、(b)は、従来の製造工程図である。
【図8】モータの固定子の製造装置の要部拡大図である。
【図9】図8に示す製造装置の平面概念図である。
【図10】図8に示す製造装置によって、ワイヤ線がステータコアに巻回される手順を段階的に示す要部拡大図である。
【図11】製造装置のフックによりワイヤ線に張力が付与される状態を示す側面図である。
【図12】従来のモータの固定子の要部拡大図である。
【図13】他の従来のモータの固定子にワイヤ線が直巻きされる状態を示す要部拡大斜視図である。
【図14】ワイヤ線により形成されたコイルを、ステータコアのスロットに挿入する更に他の従来の製造装置の概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の一実施の形態を、添付図面に基づいて説明する。なお、図面は符号の向きに見るものとする。
【0028】
図1に示すように、本実施形態のモータの固定子10は、3相8極の分布巻き固定子であり、ステータコア11と、絶縁部材12と、コイル13(U相コイル13u、V相コイル13v、及びW相コイル13w)と、を備えて形成される。ステータコア11は、例えば、プレス抜きされた複数枚の珪素鋼板が積層されて構成され、48個のティース15と、隣接するティース15,15間に形成される48個のスロット16とを備える。また、モータは、インナーロータタイプであり、スロット16の開口部18は、ステータコア11の内周面19に開口している。
【0029】
各スロット16には、樹脂材料を射出成型して形成され、電気的絶縁特性、及び適度の弾性を有する複数の絶縁部材12が、スロット16の内面を覆うようにステータコア11の軸方向両側から挿入されている。絶縁部材12は、ステータコア11と各相コイル13u、13v、13w間を電気的に絶縁するものである。射出成型される樹脂材料としては、例えば、ポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエーテルエーテルケトン、ポリフェニレンサルファイドなどが例示される。
【0030】
絶縁部材12は、ワイヤ線20に張力を付与しながらワイヤ線20を巻回する際、各ワイヤ線20を傷付ける虞がなく、絶縁性能が確保可能なものであればよく、樹脂の成型品に限定されず、例えば、適度な厚さや弾性を有するアラミッド紙なども使用することができる。また、ステータコア11に樹脂をアウトサート成型して絶縁部材12としてもよい。更に、コイル13に印加される電圧が高い場合(例えば、650V以上)には、電圧に応じて各相間に相間絶縁紙などが配置されてもよい。
【0031】
U相コイル13u、V相コイル13v、及びW相コイル13wは、複数(本実施形態では、11本)の細径のポリアミドイミドエナメル銅線などの素線20´(図5参照。)を束ねたワイヤ線20を、所定のスロット16に挿入し、波巻きによってステータコア11に巻き付けてそれぞれ形成される。
【0032】
各相コイル13u、13v、13wのコイルエンド部17u、17v、17wは、3相のコイル13u、13v、13wの内、2相のコイル(13uと13v、13vと13w、または13wと13u)のコイルエンド部(17uと17v、17vと17w、または17wと17u)が径方向に並ぶように、各相コイル13u、13v、13wの巻き回数単位でステータコア11の径方向に交互に配置されている。
【0033】
図2から図4に示すように、本実施形態の固定子10は、ダブルスロット方式の固定子であり、各相2組ずつのワイヤ線20が、ステータコア11の隣接するスロット16(U相スロット16u、V相スロット16v、W相スロット16w)に波巻きにより分布巻きされている。スロット16は、ステータコア11の周方向に、U相スロット16u、V相スロット16v、W相スロット16wの順で繰り返されて配置されている。
【0034】
具体的には、先ずU相コイル13uを構成する2組のワイヤ線20が、それぞれ2つのU相スロット16uに固定子10の軸方向一端側(図2の下端)から他端側(図2の上端)に向けて絶縁部材12を介して挿入され、各2つのV相スロット16v及びW相スロット16wを飛び越して次の2つのU相スロット16uに軸方向他端側から一端側に絶縁部材12を介して挿入される。以後同様に、ステータコア11を一周するように、ワイヤ線20が波巻きによってU相スロット16uに挿入されてU相コイル13uの第1ターン13u1が形成される。
【0035】
次いで、V相コイル13vを構成する2組のワイヤ線20が、上記2つずつのU相スロット16u間のそれぞれ2つのV相スロット16vに固定子10の軸方向他端側から一端側に向けて絶縁部材12を介して挿入され、各2つのW相スロット16w及びU相スロット16uを飛び越して次の2つのV相スロット16vに軸方向一端側から他端側に絶縁部材12を介して挿入され、以後同様に、ステータコア11を一周するようにV相スロット16vに波巻きされてV相コイル13vの第1ターン13v1が形成される。
【0036】
同様に、W相コイル13wを構成する2組のワイヤ線20が、上記2つずつのU相スロット16u間のそれぞれ2つのW相スロット16wに固定子10の軸方向一端側から他端側に向けて絶縁部材12を介して挿入され、各2つU相スロット16u及びV相スロット16vを飛び越して次の2つのW相スロット16wに軸方向他端側から一端側に絶縁部材12を介して挿入される。これによりU相コイル13uとW相コイル13wのコイルエンド部17u,17wが交差する軸方向一端側又は軸方向他端側と反対側の軸方向他端側又は軸方向一端側をV相コイル13vのコイルエンド部17vが通過する。以後同様に、ステータコア11を一周するようにW相スロット16wに波巻きされてW相コイル13wの第1ターン13w1が形成される。
【0037】
同様にして、U相コイル13uの第2ターン13u2、V相コイル13vの第2ターン13v2、W相コイル13wの第2ターン13w2、U相コイル13uの第3ターン13u3、・・・・が、この順でステータコア11に巻回される。
【0038】
このように、U相コイル13u、V相コイル13v、及びW相コイル13wを、1ターンごとに交互に配置することにより、図1に示すように、U相コイル13u、V相コイル13v、及びW相コイル13wの内、2相のコイル(13u及び13w、13v及び13w)のコイルエンド部(17u及び17w、17v及び17w、)が、径方向に並ぶように配置されて、ワイヤ線20が複数のスロット16に波巻きされる。U相コイル13u、V相コイル13v、及びW相コイル13wを、各相の巻き回数単位で交互に配置することにより、従来のコイルと比較して、コイルエンド部17u、17v、17wの体積が小さくなり、これによりコイル量が低減する。
【0039】
図4は、理解を容易にするため、U相コイル13uのみを示した図であり、各相のコイルエンド部17u、17v、17wは、第1ターン13u1と第2ターン13u2の間に設けられた半径方向隙間に、W相コイル13wの第1ターン13w1及びV相コイル13vの第1ターン13v1が挿入されることになる。このため、コイルエンド部17uは、1ターンごとに少しずつ径方向外方に変位して形成される。その変位量は、ステータコア11の外径側から内径側に向かうに従って次第に小さくなっている。また、コイルエンド部17uの変位量は、ステータコア11の半径方向厚さの略中心部から径方向外側に配置されるコイルエンド部17uを径方向外方に向けて変位させ、略中心部から径方向内側に配置されるコイルエンド部17uを径方向内方に向けて変位させるようにしてもよい。V相コイルエンド部17v、及びW相コイルエンド部17wについても同様である。
【0040】
各相コイル13u、13v、及び13wを構成するワイヤ線20は、図3に示すように、絶縁部材12の形状に沿って曲げられ、張力が付与された状態で各相スロット16u、16v、及び16wに上記したように波巻きされる。これにより、ステータコア11、絶縁部材12、及び各相コイル13u、13v、13wは、ワイヤ線20の張力によって物理的に固定されることになる。従って、従来の固定子で実施されていたレーシング処理や、ワニス処理などのコイル固定化処理を廃止または簡素化できる。
【0041】
ワイヤ線20の張力は、ワイヤ線20の弾性許容応力以下、或いは、ワイヤ線20の張力によって絶縁部材12に作用する応力が許容圧縮強度以下とするのが好ましく、両方を満たすのがより好ましい。これにより、巻回されたワイヤ線20の塑性変形や破断、絶縁部材12の塑性変形など、ワイヤ線20の張力による不具合が生じることがない。
【0042】
図5に示すように、ワイヤ線20は、絶縁部材12を介して各スロット16内に配置され、U、V、W相のコイルエンド部17u、17v、17wが、巻き回数単位でステータコア11の径方向に交互に配置されるので、他の相のコイルが巻回される際、既に巻回されている相のコイルが邪魔になることがなく、コイル13の占積率Sを高めた状態で巻回することが可能であり、本実施形態の固定子10の占積率Sは、40%以上とすることができる。ここで、占積率Sとは、図6に示すように、絶縁被膜20aを除いた電気的導体部分20bの断面積S1をスロット16内を通過する素線20´の部分の数で積算したものと、スロット16の断面積S2との比として定義される。
【0043】
次に、図7から図11に基づいて、モータの固定子10の製造方法について説明する。図7(a)は、本発明に係るモータの固定子の製造工程図、図7(b)は、従来の製造工程図である。図7(b)に示すように、従来の製造方法によると、ステータコアの各スロットに絶縁部材を組み付けた後(ステップS1)、絶縁部材を介してワイヤ線をステータコアに巻き付け(ステップS2)、ステータコアから軸方向外方に突出するコイルエンド部を径方向外方に曲げる中間成形を行い(ステップS3)、次いでコイルエンド部の形を整える仕上げ成形を行う(ステップS4)。そして、コイルをレーシング紐で結束するレーシング処理(ステップS5)、及びワニスを含侵・硬化させるワニス処理を施してステータコア、絶縁部材、及びコイルを固定する(ステップS6)。このように、従来の製造方法によると、6ステップの工程を経てモータの固定子が製造される。
【0044】
これに対して、本発明に係るモータの固定子の製造方法は、図7(a)に示すように、ステータコア11の各スロット16に絶縁部材12を組み付ける工程(ステップS11)と、絶縁部材12を介してワイヤ線20をステータコア11に巻き付ける工程(ステップS12)との、2ステップの工程に短縮することができ、材料の削減と共に、製作時間を大幅に短縮することができ、製作コストを抑制することができる。なお、ワイヤ線20が、熱処理によって接着できるような樹脂が表面に塗布される自己融着線などである場合には、熱処理工程(ステップS13)によってワイヤ線20を簡易的に固定することで、コイルの固定化を簡素化できる。
【0045】
図8及び図9に示すように、水平に配置されたステータコア11に対して、それぞれ2組のワイヤ線20を吐出するU、V、W相の3つのノズル31と、所定の位置でワイヤ線20を保持する複数のフック32によって、ステータコア11にワイヤ線20が波巻きされる。
【0046】
ノズル31は、U相コイル13uを構成する2組のワイヤ線20を吐出するU相ノズル31uと、V相コイルを構成する2組のワイヤ線20を吐出するV相ノズル31vと、W相コイル13wを構成する2組のワイヤ線20を吐出するW相ノズル31wとを備え、ステータコア11の内径側に配置される。各相ノズル31u、31v、31wは、それぞれ2組のワイヤ線20を吐出しながらノズルガイドレール30に案内されてステータコア11の上下方向、及び径方向に移動可能である。
【0047】
フック32は、ステータコア11の軸方向両端部側にそれぞれ12個ずつ、合計24個配置されており、各相ノズル31u、31v、31wから吐出されたワイヤ線20を所定の位置で係止して、ステータコア11の径方向外方で保持する。
【0048】
ワイヤ線20をステータコア11に分布巻き(波巻き)する具体的な工程は、図10(a)に示すように、2組のワイヤ線20をステータコア11の軸方向一端側(図中下端)から他端側(図中上端)に向けて絶縁部材12を介して一対の第1のスロット16aに挿通する。そして、第1のスロット16aから引き出されたワイヤ線20を径方向内側に移動したフック32で係止し(図10(b))、フック32を径方向外側に逃がすことでワイヤ線20に張力を付与した状態で第1のスロット16aの径方向外方で保持する(図10(c))。
【0049】
ワイヤ線20に張力を付与する際、ワイヤ線20をフック32に係止して径方向外方に引っ張ると、スロット16に挿通したワイヤ線20が、径方向内方に膨らんでしまい占積率が低下する虞がある。この場合、ワイヤ線押圧機構を設けて、径方向内方に膨らんだスロット16内のワイヤ線20を、径方向外方に押圧して膨らみを補正しながらワイヤ線20を巻回するようにしてもよい。
【0050】
次いで、ワイヤ線20をフック32に係止したまま、ワイヤ線20を次に挿通する予定の第2のスロット16bの位置まで、ステータコア11をフック32と共に所定の角度だけ回動させる。これにより、ノズル31から吐出されたワイヤ線20は、ステータコア11の外周側に沿って配置される(図10(d))。ここで、ワイヤ線20を隣接する他のフック32によって第2のスロット16bの径方向外方で保持したまま(図10(e))、ワイヤ線20をステータコア11の軸方向他端側(上側)から一端側(下側)に向けて絶縁部材12を介して第2のスロット16bに挿通する(図10(f))。
【0051】
以後同様に、図11に示すように、ステータコア11の軸方向一端側(下端側)において、第2のスロット16bから引き出されたワイヤ線20を、フック32に係止してワイヤ線20に張力を付与した状態で第2のスロット16bの径方向外方で保持し、ワイヤ線20を次に挿通させる第3のスロット16位置まで、ステータコア11をフック32と共に所定の角度だけ回動させる。これにより、ノズル31から吐出されてステータコア11の外周側に沿って配置されたワイヤ線20を、第3のスロット16の径方向外方で保持する。上記した工程を繰り返し行うことにより、1相のコイル13(例えば、U相コイル13u)がステータコア11に波巻きされる。
【0052】
上記した動作を、U相ノズル31u、V相ノズル31v、W相ノズル31wの3つのノズル31で同時に行わせることで、ステータコア11にU相コイル13u、V相コイル13v、及びW相コイル13wの3つのコイル13が、巻き回数単位で交互に配置されて形成される。
【0053】
以上説明したように、本実施形態に係るモータの固定子10によれば、複数の素線からなるワイヤ線20は、張力が付与された状態で、スロット16内の絶縁部材12に分布巻きされることで複数相のコイル13u、13v、及び13wをそれぞれ形成する。これにより、ステータコア11、絶縁部材12、及びコイル13は、ワイヤ線20に付与された張力によってそれぞれ物理的に固定されるので、レーシング処理やワニス処理などを廃止または簡素化でき、製造工程を簡略化することが可能となり、モータの固定子10の製造コストが抑制される。ここで、ステータコア11、絶縁部材12、及びコイル13が物理的に固定されるとは、ワイヤ線20の張力によってステータコア11、絶縁部材12、及びコイル13の相対的位置関係が殆ど変化しない状態のことを言う。
【0054】
また、複数相のコイル13u、13v、及び13wのコイルエンド部17u、17v、17wは、各相の巻き回数単位でステータコア11に交互に配置されるので、コイル量が低減し、コイル抵抗や銅損を抑制してモータ効率を向上させることができる。また、モータ重量の低減及びモータ体格の小型化が図られる。
【0055】
さらに、絶縁部材12が、弾性を有する樹脂部材であるので、複数相のコイル13u、13v、及び13wを形成する際、張力を付与した状態でワイヤ線20を絶縁部材12に分布巻きしても、ワイヤ線20を傷付ける虞がなく、所定のモータ性能が維持される。
【0056】
また、ワイヤ線20に付与される張力は、ワイヤ線20の弾性許容応力以下、および/または絶縁部材12の許容圧縮強度以下であるので、複数相のコイル13u、13v、及び13wを形成する際、張力を付与した状態でワイヤ線20を絶縁部材12に分布巻きしても、ワイヤ線20や絶縁部材12が塑性変形することがなく、所定のモータ性能が維持される。
【0057】
更にまた、スロット16は、開口部18がステータコア11の内周面19に開口するので、インナーロータタイプのモータの固定子10として好適に使用することができる。
【0058】
また、スロット16内に配置されたコイル13の占積率Sが、40%以上であるので、モータ効率が向上する。
【0059】
更に、U相、V相、W相の3相からなるコイル13は、2相のコイル13のコイルエンド部17が径方向に並ぶように、ワイヤ線20が複数のスロット16に波巻きして形成されるので、コイル量の低減が可能となり、コイル抵抗や銅損を抑制してモータ効率を向上させることができる。また、モータ重量の低減及びモータ体格の小型化を図ることができる。
【実施例】
【0060】
図7(a)に示す方法で製作された本発明に係るモータの固定子と、図7(b)に示す従来方法で製作されたモータの固定子との比較を表1に示す。尚、各項目は、従来の固定子の値を100としたときの比で表す。
【0061】
【表1】

【0062】
表1に示すように、本発明に係るモータの固定子は、従来の固定子と比較して、ワイヤ重量が87%に減少し、銅損が94%に低下している。これにより、モータの総重量が小さくなると共に、モータ効率が向上している。また、コイルエンド部の断面積が85%となってコイルエンド部の高さが低くなっているので、モータ体格も小さくなり、且つ占積率は45%であった。更に、ワイヤ線は、張力が付与された状態で樹脂製の絶縁部材内に配置されているため、レーシング処理やワニス処理などを施すことなく、十分にコイルが固定される。
【0063】
尚、本発明は、前述した実施形態に限定されるものではなく、適宜、変形、改良、等が可能である。
例えば、上記実施形態では、ワイヤ線が、波巻きにより分布巻きされるモータの固定子について説明したが、本発明はこれに限定されるものでなく、例えば、重ね巻きされるモータの固定子にも適用することができる。
また、上記実施形態では、4つのスロットを跨いで周方向に並ぶ2つずつの各スロットを同相コイル用のスロットとしてワイヤ線を巻回しているが、他相用のスロットを跨いで周方向に並ぶ所定数の各スロットを同相コイル用のスロットとしてワイヤ線を巻回するものであればよく、例えば、2つのスロットを跨いで1つずつの各スロットを同相コイル用のスロットとしてワイヤ線を巻回してもよい。
【符号の説明】
【0064】
10 モータの固定子
11 ステータコア
12 絶縁部材(樹脂部材)
13 コイル
13u U相コイル
13v V相コイル
13w W相コイル
16 スロット
16u U相スロット
16v V相スロット
16w W相スロット
17 コイルエンド部
17u U相コイルエンド部
17v V相コイルエンド部
17w W相コイルエンド部
18 開口部
19 ステータコアの内周面
20 ワイヤ線
S 占積率

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のスロットを有するステータコアと、
前記複数のスロット内に配置される絶縁部材と、
複数の素線からなるワイヤ線が前記複数のスロット内に前記絶縁部材を介して所定のスロット数を空けて分布巻きされることでてそれぞれ形成される複数相のコイルと、
を備えるモータの固定子であって、
前記ワイヤ線は張力を付与された状態で前記絶縁部材内に配置されることで、前記ステータコア、前記絶縁部材、及び前記コイルがそれぞれ物理的に固定されることを特徴とするモータの固定子。
【請求項2】
前記複数相のコイルのコイルエンド部は、各相の巻き回数単位で前記ステータコアに交互に配置されることを特徴とする請求項1に記載のモータの固定子。
【請求項3】
前記絶縁部材は、弾性を有する樹脂部材であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のモータの固定子。
【請求項4】
前記ワイヤ線の張力は、前記ワイヤ線の弾性許容応力以下、および/または前記絶縁部材の許容圧縮強度以下であることを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載のモータの固定子。
【請求項5】
前記スロットは、開口部が前記ステータコアの内周面に開口することを特徴とする請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載のモータの固定子。
【請求項6】
前記スロット内に配置された前記コイルの占積率は、40%以上であることを特徴とする請求項1〜請求項5のいずれか1項に記載のモータの固定子。
【請求項7】
前記複数相のコイルは、U相、V相、W相の3相のコイルからなり、
前記3相のコイルは、2相のコイルのコイルエンド部が径方向に並ぶように、前記ワイヤ線を前記複数のスロットに波巻きして形成されることを特徴とする請求項1〜請求項6のいずれか1項に記載のモータの固定子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2011−234501(P2011−234501A)
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−102501(P2010−102501)
【出願日】平成22年4月27日(2010.4.27)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】