説明

モータ駆動装置

【課題】モータの印加電圧値と実測電圧値とに基づいて異常の有無を判定する場合に、正常にもかかわらず異常と誤判定してしまうことのないモータ駆動装置を提供する。
【解決手段】異常を検出する異常検出手段6に、印加電圧値記憶部7と、補正電圧値生成部8とを設ける。印加電圧値記憶部7は、電流検出部3での電流検出タイミングごとの各相の印加電圧値を記憶する。補正電圧値生成部8は、印加電圧値記憶部7に記憶されている印加電圧値と、電流検出部3における電流検出周期と、電流検出が行われてからモータ1に電圧が印加されるまでに要する時間とを用いて、印加電圧値を補正した補正電圧値を求める。異常判定部10は、補正電圧値生成部8で得られた補正電圧値と、電流−電圧変換部9で得られた実測電圧値とを比較して異常を判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、PWM(Pulse Width
Modulation:パルス幅変調)制御方式を用いたモータ駆動装置に関し、特に、モータの印加電圧値と実測電圧値とに基づいて異常判定を行うモータ駆動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両の電動パワーステアリング装置においては、ハンドルの操舵トルクに応じた操舵補助力をステアリング機構に与えるために、3相ブラシレスモータなどの電動式モータが設けられる。このモータを駆動する装置として、PWM制御方式によるモータ駆動装置が知られている(例えば特許文献1)。
【0003】
PWM制御方式のモータ駆動装置は、上アームと下アームにそれぞれスイッチング素子を有する上下一対のアームが3組設けられたインバータ回路を備えている。インバータ回路には、各スイッチング素子をON・OFFさせるためのPWM信号が与えられる。このPWM信号は、トルクセンサで検出された操舵トルクに応じたモータ電流の指令値(目標値)と、モータに実際に流れる電流の実測値との偏差に基づいて生成される。そして、所定のデューティを持った6種類のPWM信号を、インバータ回路の6個のスイッチング素子に個別に供給し、各素子をON・OFFさせることによって、モータを駆動する。
【0004】
このようなモータ駆動装置において、回路やモータに故障が発生すると、モータの出力トルクが異常となって、所望の操舵補助力が得られなくなる。そこで、モータの印加電圧値と実測電圧値とを比較し、その差が所定値以上である場合に異常であると判定する故障検出機能を備えたモータ駆動装置が提案されている(例えば特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−244133号公報
【特許文献2】特許第3812739号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、モータの印加電圧値と実測電圧値との差に基づいて異常検出を行う場合、実際には異常でないのに、異常と誤判定してしまうことがある。詳細は以下のとおりである。
【0007】
PWM制御方式のモータ駆動装置では、モータの印加電圧に応じた階段状の波形の信号が印加電圧生成部で生成され、PWM信号生成部に入力される。PWM信号生成部は、この信号に基づいてPWM信号を生成しインバータ回路へ出力する。インバータ回路からモータへ与えられる電圧はsin波形の信号であり、この信号は、階段状波形信号の平均値をとった信号である。また、インバータ回路の電流を検出する電流検出器においても、sin波形の信号が検出される。一方、異常判定部では、印加電圧生成部で得られた印加電圧値と、電流検出器で検出された電流値から演算により求めた実測電圧値とを比較し、その差が一定値以上か否かにより、異常の有無を判定する。
【0008】
しかるに、図10に示すように、印加電圧は階段状の波形であり、実測電圧はsin波形であるため、回路が正常状態の場合でも、印加電圧値と実測電圧値との間には常に誤差が存在する。特に、(a)のように印加電圧の周期が短い場合(モータの回転が速い場合)は、(b)のように周期が長い場合(モータの回転が遅い場合)に比べて、誤差が大きくなる。したがって、単純に印加電圧値と実測電圧値との差を閾値と比較するだけでは、回路の状態が正常であるにもかかわらず、誤差が閾値以上となって異常と誤判定することが起こりうる。この対策として、閾値を大きくすることが考えられるが、そうすると異常を高精度に検出することができなくなる。
【0009】
そこで、本発明の目的は、モータの印加電圧値と実測電圧値とに基づいて異常の有無を判定する場合に、正常にもかかわらず異常と誤判定してしまうことのないモータ駆動装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明では、モータ電流の検出タイミングごとに算出された各相の印加電圧値を記憶し、この印加電圧値と、モータ電流の検出周期と、電流が検出されてからモータに電圧が印加されるまでに要する時間とに基づいて、印加電圧値を補正した補正電圧値を求める。そして、この補正電圧値と、モータ電流の実測電流値から得られる実測電圧値とを比較することによって、異常の判定を行う。
【0011】
この結果、印加電圧値が補正されて実測電圧値との間の誤差が小さくなるので、正常なのに異常と誤判定してしまうことがなくなり、異常の有無を正確に判定することができる。また、閾値を大きくしなくても正確な判定ができるので、高精度な異常検出が可能となる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、モータ駆動装置の異常の検出にあたって、異常と誤判定することを防止できるとともに、高精度な異常検出が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施形態を示したブロック図である。
【図2】本発明の他の実施形態を示したブロック図である。
【図3】本発明の更に他の実施形態を示したブロック図である。
【図4】本発明に係るモータ駆動装置の実施例を示した図である。
【図5】駆動部(インバータ回路)の一例を示す回路図である。
【図6】1相のある期間における電流・電圧の様子を示した図である。
【図7】印加電圧値の補正を説明するための図である。
【図8】印加電圧値の補正を行わない場合の問題点を説明するための図である。
【図9】印加電圧値の補正を行わない場合の問題点を説明するための図である。
【図10】印加電圧値と実測電圧値との誤差を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態につき、図面を参照しながら説明する。
【0015】
本発明に係るモータ駆動装置は、図1に示すように、PWM信号によるスイッチング素子(図示省略)のON・OFF動作に基づいてモータ1を駆動する駆動部2と、駆動部2に流れる電流の電流値を検出して、モータ1の各相に流れる電流の実測電流値を求める電流検出部3と、電流検出部3で得られた実測電流値と電流指令値とに基づいて、モータ1の印加電圧値を求める印加電圧生成部4と、印加電圧生成部4で得られた印加電圧値に基づいて、PWM信号を生成し駆動部2へ出力するPWM信号生成部5と、各相の印加電圧値と各相の実測電流値とから異常を検出する異常検出手段6とを備える。
【0016】
異常検出手段6は、印加電圧値記憶部7と、補正電圧値生成部8と、電流−電圧変換部9と、異常判定部10とを有する。印加電圧値記憶部7は、電流検出部3での電流検出タイミングごとの各相の印加電圧値を記憶する。補正電圧値生成部8は、印加電圧値記憶部7に記憶されている印加電圧値と、電流検出部3における電流検出の周期と、電流検出が行われてからモータ1に電圧が印加されるまでに要する時間とに基づいて、印加電圧値を補正した補正電圧値を求める(補正の詳細については後述)。電流−電圧変換部9は、電流検出部3で得られた実測電流値を実測電圧値に変換する。異常判定部10は、補正電圧値生成部8で得られた補正電圧値と電流−電圧変換部9で得られた実測電圧値とを比較して異常を判定する。
【0017】
このように構成したことにより、補正電圧値生成部8において、電流検出周期および電流検出から電圧印加までの時間に基づいて、印加電圧値が補正されるので、補正後の印加電圧値(補正電圧値)と実測電圧値との間の誤差が小さくなる。このため、異常判定部10では、実測電圧値を補正電圧値と比較することによって、正常なのに異常と誤判定してしまうことがなくなり、異常の有無を正確に判定することができる。また、閾値を大きくしなくても正確な判定ができるので、高精度な異常検出が可能となる。
【0018】
本発明では、2軸変換された補正電圧値と、2軸変換された実測電圧値とを比較するようにしてもよい。この場合は、図2に示すように、異常検出手段6aは、第1の3軸−2軸変換部11と、第2の3軸−2軸変換部12とを有する。第1の3軸−2軸変換部11は、補正電圧値生成部8で得られた各相の補正電圧値を3軸−2軸変換し、d軸補正電圧値およびq軸補正電圧値を求める。第2の3軸−2軸変換部12は、電流検出部3で得られた各相の実測電流値を3軸−2軸変換して、d軸実測電流値およびq軸実測電流値を求める。また、異常判定部は、d軸異常判定部10dと、q軸異常判定部10qとから構成される。d軸異常判定部10dは、第1の3軸−2軸変換部11で得られたd軸補正電圧値と、第2の3軸−2軸変換部12で得られたd軸の実測電流値に基づき電流−電圧変換部9で得られたd軸実測電圧値とを比較して異常を判定する。q軸異常判定部10qは、第1の3軸−2軸変換部11で得られたq軸補正電圧値と、第2の3軸−2軸変換部12で得られたq軸の実測電流値に基づき電流−電圧変換部9で得られたq軸実測電圧値とを比較して異常を判定する。
【0019】
これによると、補正電圧値と実測電圧値が3軸−2軸変換されて、振幅と位相のみの情報を持ったデータとなるため、異常判定部10d、10qでの判定処理を簡略化できる利点がある。
【0020】
また、本発明では、補正電圧値と実測電圧値を2軸変換せずに、各相の補正電圧値と各相の実測電圧値とを直接比較するようにしてもよい。この場合は、図3に示すように、異常判定部は、U相異常判定部10uと、V相異常判定部10vと、W相異常判定部10wとから構成される。U相異常判定部10uは、補正電圧値生成部8で得られたU相の補正電圧値と、電流−電圧変換部9で得られたU相の実測電圧値とを比較して、U相の異常を判定する。V相異常判定部10vは、補正電圧値生成部8で得られたV相の補正電圧値と、電流−電圧変換部9で得られたV相の実測電圧値とを比較して、V相の異常を判定する。W相異常判定部10wは、補正電圧値生成部8で得られたW相の補正電圧値と、電流−電圧変換部9で得られたW相の実測電圧値とを比較して、W相の異常を判定する。
【0021】
これによると、3軸−2軸変換部を設ける必要がないので、全体の構成が簡単になるという利点がある。
【実施例】
【0022】
図4は、本発明に係るモータ駆動装置の実施例を示した図である。図4は、図2と対応しており、図2の構成をさらに具体的に表したものである。したがって、図4では、図2と同一の部分または対応する部分には、図2と同一の符号を付してある。
【0023】
モータ1は、例えば車両の電動パワーステアリング装置に用いられる3相ブラシレスモータである。モータ1に駆動電圧を供給する駆動部2は、インバータ回路から構成される。図5は、駆動部2を構成するインバータ回路の一例を示す回路図である。インバータ回路は、上下一対のアームがU相、V相、W相に対応して3組設けられた3相ブリッジから構成されている。U相の上アームA1はスイッチング素子Q1を有し、U相の下アームA2はスイッチング素子Q2を有している。V相の上アームA3はスイッチング素子Q3を有し、V相の下アームA4はスイッチング素子Q4を有している。W相の上アームA5はスイッチング素子Q5を有し、W相の下アームA6はスイッチング素子Q6を有している。これらのスイッチング素子Q1〜Q6は、例えばFET(Field Effect Transistor:電界効果トランジスタ)からなる。
【0024】
駆動部2には、後述するPWM信号生成部5から、各スイッチング素子Q1〜Q6を個別にON・OFFさせるための6種類のPWM信号(図5)が与えられる。駆動部2に流れる電流、すなわちスイッチング素子Q1〜Q6のON・OFFに基づいてモータ1に流れる電流は、電流検出抵抗31により検出される。電流検出抵抗31は、図4に示すように、電流検出回路32とともに電流検出部3を構成している。電流検出回路32は、電流検出抵抗31の両端に生じる電圧に基づいて、モータ1に流れる各相の電流の実測電流値Iu,Iv,Iwを演算により求める。
【0025】
なお、実際には、3相の電流のうちの2相の電流を電流検出抵抗31で検出し、それらの電流の実測値から残りの1相の電流の実測値を計算により求める。この場合、各相の実測電流値Iu,Iv,Iwの間には、
Iu+Iv+Iw=0
の関係が成立するので、例えば、V相の実測電流値Ivは、次式から求めることができる。
Iv=−(Iu+Iw)
【0026】
電流検出部3で検出された各相の実測電流値Iu,Iv,Iwは、3軸−2軸変換部12において、d軸実測電流値Ifb_dとq軸実測電流値Ifb_qに変換される。この変換は、次式に従って行われる。
【数1】

ここでθは、モータ1の回転位置(回転角度)を検出する角度センサ50の出力に基づいて得られる電気角である(以下の式においても同様)。このようにして変換されたd軸実測電流値Ifb_dおよびq軸実測電流値Ifb_qは、印加電圧生成部4に与えられるとともに、電流−電圧変換部9に与えられる。
【0027】
印加電圧生成部4には、図示しない外部の制御部(指令部)から、モータ1に流すべき電流の目標値を示す電流指令値が入力される。印加電圧生成部4は、その電流指令値と電流検出部3で検出される実測電流値の情報とを用いて、印加電圧値(モータ1へ印加する電圧の値)Vu,Vv,Vwを生成する。
【0028】
印加電圧生成部4について更に詳しく説明する。印加電圧生成部4は、D軸制御部41と、演算器42,43と、PI(比例積分)制御部44,45と、2軸−3軸変換部46とから構成される。演算器42は、トルクセンサ(図示省略)で検出された操舵トルクに応じたq軸電流指令値Iref_qと、3軸−2軸変換部12からのq軸実測電流値Ifb_qとの偏差を演算する。演算器43は、D軸制御部41により位相が調整されたd軸電流指令値Iref_dと、3軸−2軸変換部12からのd軸実測電流値Ifb_d(実測値)との偏差を演算する。
【0029】
演算器42の出力であるq軸電流指令値Iref_qとq軸実測電流値Ifb_qとの偏差は、PI制御部44へ与えられ、PI制御部44からは、この偏差に応じたq軸電圧V_qが出力される。また、演算器43の出力であるd軸電流指令値Iref_dとd軸実測電流値Ifb_dとの偏差は、PI制御部45へ与えられ、PI制御部45からは、この偏差に応じたd軸電圧V_dが出力される。
【0030】
2軸−3軸変換部46は、PI制御部44から入力されるq軸電圧V_qと、PI制御部45から入力されるd軸電圧V_dを、2軸−3軸変換により3相電圧に変換する。この変換により得られた3相の印加電圧値Vu,Vv,Vwは、PWM信号生成部5へ与えられるとともに、後述する異常検出手段6aへ与えられる。2軸−3軸変換部46での2軸−3軸変換は、次式に従って行われる。
【数2】

【0031】
PWM信号生成部5は、上記印加電圧値Vu,Vv,Vwに基づいて、駆動部2のスイッチング素子Q1〜Q6(図5)をON・OFF制御するための所定のデューティを持った各相のPWM信号を生成し、駆動部2へ出力する。図4では、U相のスイッチング素子Q1,Q2の各PWM信号をPWMu、V相のスイッチング素子Q3,Q4の各PWM信号をPWMv、W相のスイッチング素子Q5,Q6の各PWM信号をPWMwで表してある。
【0032】
駆動部2は、PWM信号生成部5から与えられるPWM信号に基づくスイッチング素子Q1〜Q6のON・OFF動作により、3相の駆動電圧を生成してこれをモータ1へ出力し、モータ1を駆動する。
【0033】
異常検出手段6aにおいて、印加電圧値記憶部7と補正電圧値生成部8は、印加電圧生成部4で生成された印加電圧値Vu,Vv,Vwに対して補正処理を行い、補正された各相の補正電圧値を生成する。この補正の詳細については後述する。
【0034】
補正電圧値生成部8で生成された各相の補正電圧値は、3軸−2軸変換部11へ与えられ、ここで3相から2相の補正電圧値Vd1,Vq1に変換される(詳細は後述)。また、3軸−2軸変換部12から出力されるd軸実測電流値Ifb_dおよびq軸実測電流値Ifb_qは、電流−電圧変換部9でd軸実測電圧値Vd2およびq軸実測電圧値Vq2に変換される(詳細は後述)。そして、d軸異常判定部10dは、3軸−2軸変換部11からのd軸補正電圧値Vd1と、電流−電圧変換部9からのd軸実測電圧値Vd2との差を求め、その差があらかじめ設定された閾値以上であれば異常と判定し、閾値未満であれば正常と判定する。また、q軸異常判定部10qは、3軸−2軸変換部11からのq軸補正電圧値Vq1と、電流−電圧変換部9からのq軸実測電圧値Vq2との差を求め、その差があらかじめ設定された閾値以上であれば異常と判定し、閾値未満であれば正常と判定する。
【0035】
次に、印加電圧値の補正について説明する。図6は、3相のうちの1相のある期間における電流・電圧の様子を示した図である。実線のカーブは、電流検出部3で検出されたある相の実測電流値(図4のIu,Iv,Iwのいずれか)を表している。なお、電流検出は後述する電流検出タイミングt1,t2,t3,…毎に行われ、各タイミング(サンプリング点)での電流値が離散的な値として検出される。図6の実線のカーブは、電流検出タイミング毎に検出された点としての電流値同士を結び、連続的な線としたものである。破線のカーブは、実測電流値から演算により求められるある相の実測電圧値を表している。つまり、破線のカーブは、実線のカーブで表されている電流値を電流−電圧変換して求めたものである。階段状の実線は、印加電圧生成部4からPWM信号生成部5へ与えられるある相の印加電圧値(図4のVu,Vv,Vwのいずれか)を表している。
【0036】
t1,t2,t3,…は、電流検出部3で電流が検出されるタイミングを表している。τは、各タイミングt1,t2,t3,…で電流が検出されてから、印加電圧生成部4が印加電圧値を算出するまでに要する処理時間を表している。Tは、前回の電流検出タイミングから今回の電流検出タイミングまでに要した時間、すなわち電流検出周期を表している。Tは、電流が検出されてから、モータに実際に印加電圧が印加されるまでの時間を表している。
【0037】
タイミングt1で電流が検出されると、処理時間τを経て印加電圧値V1が決定され、この時点からさらに一定時間遅れて、印加電圧Vm1(=V1)が実際にモータに印加される。この間、タイミングt2において新たに電流が検出され、処理時間τを経て、印加電圧値V2が決定される。そして、この時点からさらに一定時間遅れて、印加電圧Vm2(=V2)が実際にモータに印加される。以下のタイミングにおいても、同様の動作が行われる。
【0038】
図6からわかるように、モータに与えられる印加電圧は階段状の波形であるのに対し、モータの実測電流から求められる実測電圧(破線)は連続的な波形となる。この実測電圧の波形は、実測電流値(実線のカーブ)から演算により求められたものであるが、これは印加電圧の階段状波形を平均化したsin波形と合致するものである。このように、波形だけで見ると両者の波形は一致しないので、印加電圧値と実測電圧値との間には誤差が存在することになってしまう。例えば、タイミングt3においては、実測電圧値はVであるのに、印加電圧値はVm1となり、両者の間に誤差γが生じることになってしまう。したがって、印加電圧値を補正せずに単純にVとVm1とを比較すると、もし誤差γが閾値以上であれば、回路状態が正常であるにもかかわらず、誤って異常と判定してしまう結果となる。
【0039】
そこで、本発明では、上記のような誤判定を防止するために、印加電圧値の補正を行う。その詳細を図7を参照して説明する。図7の各波形は、図6のそれらと同じである。実測電圧(破線)は、上述したようにsin波形であるが、短い区間では直線で近似することができる。これにより、演算を簡略化する。図7において、Pは実測電圧波形と印加電圧波形との交点であり、線分x−yの中点である。タイミングt2から交点Pまでの距離(時間)をa、交点Pから次のタイミングt3までの距離(時間)をbとする。Voは、直線近似した実測電圧の曲線上に想定される補正電圧値である。タイミングt3における補正電圧値Voと印加電圧値Vm1との差をB、補正電圧値Voと印加電圧値Vm2との差をAとしたとき、A:B=a:bの関係が成立する。また、補正電圧値Voは次式により算出される。
【数3】

ここで、図7より
【数4】

の関係が成立する。そして、Tは電流検出周期であって通常は一定値である。もし何らかの理由により、電流検出タイミングが周期的とならなかった場合には、前回の電流検出タイミングから今回の電流検出タイミングまでに要した時間を求めることで、Tを求めることができる。また、Tは電流検出から電圧印加までに要する時間であって一定値である。したがって、TおよびTがともに一定値である通常の場合は、(1)式におけるa/(a+b)、b/(a+b)は定数である。また、(1)式と(2)式から、補正電圧値Voは次のように表すことができる。
【数5】

【0040】
こうして幾何学的に求められた補正電圧値Voは、前述したように、実測電圧の曲線上にあると想定される電圧値である。したがって、この補正電圧値Voは、本来、電流検出部3で検出された電流から求めた実測電圧値V(図6)と一致するはずである。そこで、実測電圧値Vと補正電圧値Voとを比較して両者の差を求めれば、その差は実質的に0となって閾値以上になることがないので、装置が正常な場合に異常と誤判定するのを回避することができる。また、装置に異常が発生した場合には、実測電圧値Vが変動して補正電圧値Voとの間に差が生じるので、その差が閾値以上となることで異常を検出することができる。
【0041】
上記のような演算を行うにあたって、電流検出部3での電流検出タイミングt1,t2,t3,…ごとに、印加電圧生成部4で算出した印加電圧値V1(Vm1),V2(Vm2),V3(Vm3),…が印加電圧値記憶部7に記憶される。そして、補正電圧生成部8は、現在のタイミングを例えばt2とした場合、当該タイミングt2から印加電圧生成部4が生成した印加電圧値V2(Vm2)と、1つ前のタイミングt1から印加電圧生成部4が生成して印加電圧値記憶部7に記憶されている印加電圧値V1(Vm1)と、電流検出周期Tと、タイミングt2で電流が検出されてからモータにV2(Vm2)の電圧が印加されるまでに要する時間Tとに基づき、前記(3)式により、印加電圧値を補正した補正電圧値Voを各相について求める。
【0042】
なお、電流検出周期Tと電流が検出されてからモータ1に電圧が印加されるまでに要する時間Tとは、印加電圧記憶部7に記憶させておいてもよく、別に設けた記憶部に記憶させておいてもよい。また、何らかの理由により、電流検出タイミングが周期的とならなかった場合は、電流検出タイミングの時刻を記憶するようにしてもよい。その場合、前回の電流検出タイミングから今回の電流検出タイミングまでに要した時間を、補正電圧値生成部8で求めるようにしてもよい。電流検出タイミングの時刻を記憶する場合も、印加電圧記憶部7に記憶させておいてもよく、別に設けた記憶部に記憶させておいてもよい。
【0043】
こうして求められた各相の補正電圧値Voは、図4の3軸−2軸変換部11へ与えられる。3軸−2軸変換部11では、次式の演算処理により、3相の補正電圧値を2相の補正電圧値に変換する。
【数6】

ここで、Vd1はd軸補正電圧値、Vq1はq軸補正電圧値、Vo[u]はU相補正電圧値、Vo[v]はV相補正電圧値、Vo[w]はW相補正電圧値である。なお、d軸補正電圧値Vd1とq軸補正電圧値Vq1の信号は、いずれも直流電圧である。
【0044】
一方、電流−電圧変換部9では、3軸−2軸変換部12から与えられるd軸実測電流値Ifb_dおよびq軸実測電流値Ifb_qを、次式の演算処理により、d軸実測電圧値Vd2およびq軸実測電圧値Vq2に変換する。これらのd軸実測電圧値Vd2とq軸実測電圧値Vq2の信号も、直流電圧である。
【数7】

ここで、Rはモータ抵抗[Ω]、Ldはd軸インダクタンス[H]、Lqはq軸インダクタンス[H]、ωはモータ電気角速度[rad/s]、Keは誘起電圧定数[V/(rad/s)]である。
【0045】
3軸−2軸変換部11で得られたd軸補正電圧値Vd1と、電流−電圧変換部9で得られたd軸実測電圧値Vd2は、d軸異常判定部10dへ入力される。d軸異常判定部10dは、前記の通りd軸補正電圧値Vd1とd軸実測電圧値Vd2との差を演算し、その差が閾値以上であれば異常と判定し、閾値未満であれば正常と判定する。
【0046】
また、3軸−2軸変換部11で得られたq軸補正電圧値Vq1と、電流−電圧変換部9で得られたq軸実測電圧値Vq2は、q軸異常判定部10qへ入力される。q軸異常判定部10qは、前記の通りq軸補正電圧値Vq1とq軸実測電圧値Vq2との差を演算し、その差が閾値以上であれば異常と判定し、閾値未満であれば正常と判定する。
【0047】
ところで、前述したように、印加電圧値と実測電圧値との間には、波形の相違に起因する誤差が存在する。このため、印加電圧値Vu,Vv,Vwを補正せずにそのまま3軸−2軸変換部11で2軸変換すると、図8(c)に示すように、d軸印加電圧値Vd1’とd軸実測電圧値Vd2との間に誤差δdが生じる。ここで、d軸印加電圧値Vd1’は、図8(a)の印加電圧値(実線)に基づくものであり、d軸実測電圧値Vd2は、(b)の検出電流値から算出される(a)の実測電圧値(破線)に基づくものである。先にも述べたが、上記誤差δdは、図9(c)に示すように、印加電圧の周期が短くなる(モータの回転が速くなる)ほど大きくなる。
【0048】
同様に、q軸印加電圧値Vq1’とq軸実測電圧値Vq2との間にも誤差δqが生じる。ここで、q軸印加電圧値Vq1’は、図8(a)の印加電圧値(実線)に基づくものであり、q軸実測電圧値Vq2は、(b)の検出電流値から算出される(a)の実測電圧値(破線)に基づくものである。上記誤差δqも、図9(c)に示すように、印加電圧の周期が短くなる(モータの回転が速くなる)ほど大きくなる。
【0049】
したがって、印加電圧値Vu,Vv,Vwを補正しない場合、d軸異常判定部10dは、d軸印加電圧値Vd1’とd軸実測電圧値Vd2との差δdが閾値を超えておれば、異常と誤判定してしまう。同様に、q軸異常判定部10qも、q軸印加電圧値Vq1’とq軸実測電圧値Vq2との差δqが閾値を超えておれば、異常と誤判定してしまう。
【0050】
これに対し、本実施例の場合は、式(3)により各相の印加電圧値を補正した補正電圧値Voを算出し、この補正電圧値Voを用いて式(4)の3軸−2軸変換を行うことにより、d軸補正電圧値Vd1およびq軸補正電圧値Vq1を求める。そして、d軸異常判定部10dにおいて、d軸補正電圧値Vd1とd軸実測電圧値Vd2とを比較すると、正常状態では両者の差はほぼ0であるから、差が閾値を超えて異常と誤判定されるおそれはない。同様に、q軸異常判定部10qにおいて、q軸補正電圧値Vq1とq軸実測電圧値Vq2とを比較すると、正常状態では両者の差はほぼ0であるから、差が閾値を超えて異常と誤判定されるおそれはない。
【0051】
以上のように、本実施例によれば、補正電圧値生成部8において、電流検出周期Tおよび電流検出から電圧印加までの時間Tに基づいて、(3)式のように印加電圧値が補正されるので、補正電圧値と実測電圧値との間の誤差が小さくなる。このため、実測電圧値を補正電圧値と比較することによって、正常なのに異常と誤判定してしまうことがなくなり、異常の有無を正確に判定することができる。また、閾値を大きくしなくても正確な判定ができるので、高精度な異常検出が可能となる。
【0052】
また、本実施例では、2軸変換された補正電圧値Vd1、Vq1と、2軸変換された実測電圧値Vd2、Vq2とを比較している。このため、それぞれの電圧値が振幅と位相のみの情報を持ったデータとなり、d軸異常判定部10dおよびq軸異常判定部10qにおける判定処理を簡略化することができる。
【0053】
本発明では、以上述べた以外にも種々の実施例を採用することができる。例えば、上記実施例では、d軸異常判定部10dとq軸異常判定部10qにおいて2軸変換した電圧同士を比較したが、前述した図3のように、異常判定部を、U相異常判定部10u、V相異常判定部10v、W相異常判定部10wから構成し、各相の補正電圧値と各相の実測電圧値とを直接比較するようにしてもよい。
【0054】
また、上記実施例では、前記(3)式により補正電圧値Voを求めるにあたって、現在のタイミングt2での印加電圧値V2(Vm2)は、印加電圧生成部4から取得し、1つ前のタイミングt1での印加電圧値V1(Vm1)は、これを記憶している印加電圧値記憶部7から取得した。しかし、本発明はこれのみに限定されるものではなく、印加電圧値記憶部7に各タイミングでの印加電圧値を順次記憶し、隣接する2つのタイミングでの印加電圧値を印加電圧値記憶部7から取得して、補正電圧値Voを求めてもよい。
【0055】
また、上記実施例では、スイッチング素子Q1〜Q6としてFETを使用したが、IGBT(絶縁ゲート型バイポーラモードトランジスタ)のような他のスイッチング素子を使用してもよい。
【0056】
また、上記実施例では、モータ1として3相モータを例に挙げたが、本発明は、4相以上の多相モータを駆動する場合にも適用することができる。
【0057】
さらに、上記実施例では、モータ1としてブラシレスモータを例に挙げたが、本発明は、ブラシレスモータ以外のモータを駆動する装置にも適用することができる。
【符号の説明】
【0058】
1 モータ
2 駆動部
3 電流検出部
4 印加電圧生成部
5 PWM信号生成部
6,6a,6b 異常検出手段
7 印加電圧値記憶部
8 補正電圧値生成部
9 電流−電圧変換部
10 異常判定部
10d d軸異常判定部
10q q軸異常判定部
10u U相異常判定部
10v W相異常判定部
10w W相異常判定部
11,12 3軸−2軸変換部
31 電流検出抵抗
32 電流検出回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
PWM(Pulse Width Modulation)信号によるスイッチング素子のON・OFF動作に基づいてモータを駆動する駆動部と、
前記駆動部に流れる電流の電流値を所定の電流検出タイミングで検出して、モータの各相に流れる電流の実測電流値を求める電流検出部と、
前記電流検出部で得られた実測電流値と、外部から入力されるモータに流すべき電流の目標値を示す電流指令値とに基づいて、モータの印加電圧値を求める印加電圧生成部と、
前記印加電圧生成部で得られた印加電圧値に基づいて、前記PWM信号を生成し前記駆動部へ出力するPWM信号生成部と、
各相の前記印加電圧値と各相の前記実測電流値とから異常を検出する異常検出手段と、を備え、
前記異常検出手段は、
前記電流検出部での電流検出タイミングごとに前記印加電圧生成部が求めた各相の印加電圧値を記憶する印加電圧値記憶部と、
前記印加電圧値記憶部に記憶されている印加電圧値と、前記電流検出部における前回の電流検出タイミングから今回の電流検出タイミングまでに要した時間である電流検出周期と、ある電流検出タイミングにおいて電流検出が行われてから、前記印加電圧生成部が求めた印加電圧値の電圧が前記モータに印加されるまでに要する時間とに基づいて、前記印加電圧値を補正した補正電圧値を求める補正電圧値生成部と、
前記電流検出部で得られた実測電流値を実測電圧値に変換する電流−電圧変換部と、
前記補正電圧値生成部で得られた補正電圧値と前記電流−電圧変換部で得られた実測電圧値とを比較して異常を判定する異常判定部と、
を有することを特徴とするモータ駆動装置。
【請求項2】
請求項1に記載のモータ駆動装置において、
前記異常検出手段は、さらに、
前記補正電圧値生成部で得られた各相の補正電圧値を3軸−2軸変換して、d軸補正電圧値およびq軸補正電圧値を求める第1の3軸−2軸変換部と、
前記電流検出部で得られた各相の実測電流値を3軸−2軸変換して、d軸実測電流値およびq軸実測電流値を求める第2の3軸−2軸変換部と、を有し、
前記異常判定部は、
前記第1の3軸−2軸変換部で得られたd軸補正電圧値と、前記第2の3軸−2軸変換部で得られたd軸の実測電流値に基づき前記電流−電圧変換部で得られたd軸実測電圧値とを比較して異常を判定するd軸異常判定部と、
前記第1の3軸−2軸変換部で得られたq軸補正電圧値と、前記第2の3軸−2軸変換部で得られたq軸の実測電流値に基づき前記電流−電圧変換部で得られたq軸実測電圧値とを比較して異常を判定するq軸異常判定部と、
から構成されることを特徴とするモータ駆動装置。
【請求項3】
請求項1に記載のモータ駆動装置において、
前記異常判定部は、
前記補正電圧値生成部で得られたU相の補正電圧値と、前記電流−電圧変換部で得られたU相の実測電圧値とを比較して、U相の異常を判定するU相異常判定部と、
前記補正電圧値生成部で得られたV相の補正電圧値と、前記電流−電圧変換部で得られたV相の実測電圧値とを比較して、V相の異常を判定するV相異常判定部と、
前記補正電圧値生成部で得られたW相の補正電圧値と、前記電流−電圧変換部で得られたW相の実測電圧値とを比較して、W相の異常を判定するW相異常判定部と、
から構成されることを特徴とするモータ駆動装置。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれかに記載のモータ駆動装置において、
前記補正電圧値生成部は、ある電流検出タイミングから前記印加電圧生成部が生成した印加電圧値をVm2、当該タイミングの1つ前の電流検出タイミングから前記印加電圧生成部が生成して前記印加電圧値記憶部に記憶されている印加電圧値をVm1、前記電流検出部における電流検出周期をT、前記ある電流検出タイミングで電流検出が行われてから、モータに印加電圧値Vm2の電圧が印加されるまでに要する時間をTとしたとき、補正電圧値Voを次式により算出することを特徴とするモータ駆動装置。
【数8】


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−78291(P2011−78291A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−230396(P2009−230396)
【出願日】平成21年10月2日(2009.10.2)
【出願人】(510123839)オムロンオートモーティブエレクトロニクス株式会社 (110)
【Fターム(参考)】