説明

リング類を軸に固定するための固定リング

【課題】軸受などのリング類を軸に固定するのに、引張応力が集中し、締付作業に個人差のある締付ねじを使用せず、あるいは、回転バランス低下させる幅広カット部すきまを必要とする保管面倒な楔も使用しない固定リングを提供する。
【解決手段】固定リング5は、リング本体6の一部が径方向にカットされており、リング本体6の内径が軸1の外径より小さく、カット部の一方のカット面11を貫通し、先端が他方のカット面12に接触可能なすきま調整ねじ25を備えている。すきま調整ねじ25の前進によりリング本体6が軸1に嵌め合い可能となるまでリング本体6の内径が拡大され、すきま調整ねじ25の後退によりリング本体6の内径が軸1の外径よりも縮小しようとして、リング本体6で軸1を抱き締め、固定リング5を軸1に、軸方向の所定位置に固定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はリング類を軸に抱き締めて固定する固定リングに関する。
【背景技術】
【0002】
まず、本発明の実用が最も期待され、本発明の動機となったラジアル玉軸受を軸に固定する場合について記述する。
【0003】
ラジアル玉軸受の内輪を軸に固定するのに、従来、最も多くの場合に採用されている方法は圧入である。圧入では、軸を傷付けることなく、軸と軸受との同心性が確実で回転バランスが良いので稼動時の振動が小さく、工場での作業が容易で多量生産にも適しているからである。また、場合によっては焼嵌めも採用され圧入と同様の長所が認められている。
【0004】
しかし、軸受箱内の軸受内輪を軸に固定する場合のような個々の軸受設置現場での圧入や焼嵌めは至難または不可能である。
【0005】
ここにまず、従来より採用されてきた軸受箱内の軸受内輪の軸への固定方法について記述する。
【0006】
従来より最も広く採用されている内輪の軸への固定方法は止めねじ法である。この方法は、内輪を軸方向に延長して、それにねじ穴を設け、このねじ穴に貫通してねじ込んだねじの先端を軸に強く押し付けることによってこの内輪延長部を軸に固定する方法である。この方法は、作業は簡単であるが、ねじ先で軸を傷付け、内輪と軸との同心性が得られず、ねじ締めの作業不十分で固定がルーズになる場合も少なくなく、逆に締め過ぎて内輪延長部に亀裂を招くことも稀ではない。
【0007】
止めねじ法でのねじによる軸の傷付けと、内輪と軸との偏心固定とを避けるために考えられた方法にアダプター法がある。この方法は、内輪の内側に軸方向のテーパーをつけ、このテーパーと同じテーパーを外側につけ軸方向全長に一筋のスリットを切ったアダプターと称するリングを、内輪と軸との間に差し込み、内輪とアダプターの小径側の端部に互いに噛み合うように平行に切ったねじを締めることによってアダプターを引っ張り、そのスリット幅を狭ませることにより、アダプターの外面を内輪に圧着させると同時に、アダプター内面を軸に圧着させ、結果として軸受を軸に固定する方法である。この方法は、軸を傷付けず、軸受と軸との同心性が得られるという長所があるが、構造複雑、製作費も高価なため、高速回転や振動の激しくなる恐れのある場合のように軸受と軸との同心性がとくに求められる場合に採用されてきたにとどまる。
【0008】
アダプター法のような複雑な構造、高価な製作費としないで、軸を傷付けず、軸受と軸との同心性が保たれ、しかも作業が簡単確実、製作費廉価な方法が要望されていた。
【0009】
この要望に応えて、今日、主として米国で好まれて採用され出している方法に下記のものがある。
【0010】
この方法は、内輪を軸方向にその外径を小さく薄肉として延長し、この内輪延長部(Inner Ring Extension)に根元より先端に至る複数個のスリットを切り、このスリットで分断されている内輪薄肉延長部分を何らかの方法によって抱き締めて内方へ押し込み、結果として、内輪薄肉延長部をして軸を抱き締めさすことによって、軸受を軸に固定する方法である。本発明者は、この方法をスリットエキステンション法(Slit Extension Method)と呼称している。スリットエキステンション法は軸受のみならず、他のリング類にも適用可能である。この方法は、軸を傷付けず、軸受を軸に同心状態で固定する(例えば、特許文献1、第3欄、第26行〜第42行、および図1〜4参照)。
【0011】
この方法は、最初、米国で特許文献1で紹介されたが、その後、この方法に若干の改良(特許文献2および特許文献3参照)がなされて今日に至っている。これらいずれの方法でも、内輪薄肉延長部を抱き締める方法としては、一箇所がカットされたリングをこれに嵌め込み、このカット部すきまを、それを貫通するねじで締めて狭める方法によっている。ただし、上記ねじを嵌め込むカット部の両側のリング材には、両側共に螺合ねじ穴を穿鑿している場合(特許文献2、第3頁、左上欄、第20行〜同頁、右下欄、第7行、または特許文献3、段落[0028]〜[0032]、図1および図2参照)と、ねじ先端部分が差し込まれる片側のみに螺合ねじ穴を穿鑿している場合(特許文献1、第3欄、第34行〜第38行および図4参照)とがある。本願明細書では以下、いずれの場合も、単にねじ穴と称する。いずれにしても、アダプター法に比べ、作業簡単、製作費廉価である。
【0012】
しかし、これらの方法でも、ねじ締めに当たって、比較的大きな労力が必要で、リング断面よりかなり小さなねじ断面に引張応力が集中し、さらに、ねじの締付け不足で十分に内輪が軸に固定されない場合や、ねじを締め過ぎてねじ自体を破損する場合があるという欠点があり、また、カット部の両側のリング材にわたるねじ穴を穿鑿する手間は煩わしく、費用も嵩み、これらのことが、これらの方法の普及を遅らせている。
【0013】
つぎに、上記の欠点が除かれた方法として、環状のリング本体および楔からなり、前記リング本体の一部が径方向にカットされ、カット部すきまを縮小することによって軸を抱き込み、リング類を所定位置に固定する固定リングがある(例えば、特許文献4、段落[0027]〜[0031]、図1および図2参照)。すなわち、特許文献4に記載された発明では、本願明細書に添付の図10に示すように一箇所がカットされたリング70を用いるが、このリング70の内径が内輪薄肉延長部72の外径より小さい。リング材質の降伏点付近を越えない範囲で、リング70のカット部すきまに楔75を挿し込んでリング内径を大きくしてから内輪薄肉延長部72に嵌め込み、次に楔75を取り外すと、リング70が内輪薄肉延長部の外周に妨げられて十分に縮小できないために、リング材質に応力が残留する。この残留応力でリング70が内輪薄肉延長部72を介して軸1を抱き締め、図10の状態となって軸受(図示しない)を軸1に固定する。
【0014】
この特許文献4に記載された発明では、現場での楔の取り外しが極めて容易であり、ねじ締めのような作業員の個人差がなく、さらに、リングにねじ穴を穿鑿する必要もないので製作費はさらに廉価となる。
【0015】
しかし、特許文献4に記載された発明では、あらかじめ圧入器具で楔を挿し込むため、あるいは現場で打ち込むこともあるので、折損しない大きさの楔を使用する見地より、前記図10に示すように固定リングのカット部すきまを広い目にする要があり、幅広カット部すきまは軸受稼動時の回転バランス低下による振動増大や周辺の空気乱流の原因となり、とくに高速回転の場合には好ましくない。さらに、現場での、軸受と軸との位置関係の見直しや、軸受の移転などにあたって、再び必要となる取り外した楔の保管が面倒である。
【0016】
軸受などのリング類を軸に固定するにあたって、両者の同心性が保たれ、軸を傷付けることもないスリットエキステンション法(本願明細書、段落[0010]参照)で、リングのカット部すきまを狭めるのにリング材の残留応力による現在知られている上述の方法は、あらかじめカット部すきまを拡げておくのに楔を挿入するため、従来のねじ締めによる方法での小さなねじ断面への引張応力の集中、作業の個人差の影響、ならびにリングにねじ穴穿鑿の面倒さを取り除いているが、カット部すきまが大きいことが、稼動中の軸受の回転バランスを低下させて振動を増大し、また周辺の空気乱流を惹起し、とくに高速回転の場合に好ましくなく、さらに回転中は楔を取り外しているためにその保管に留意しなければならず、使用前のリング保管時に楔がリングに挟まっている格好もスマートでない。上記リング材で、引張応力の集中や締付作業に個人差のあるねじを使用することなく、また、幅広カット部すきまや面倒な保管を必要とする楔を使用しないことが望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】米国特許3,276,828号公報
【特許文献2】特開昭61−074913号公報
【特許文献3】登録実用新案3055655号公報
【特許文献4】特許4681974号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
そこで、本発明は、過大な引張応力が集中し、締付作業に個人差のある締付ねじを使用せず、また、稼動時の回転バランスを低下させて振動や周辺空気乱流を惹起する幅広カット部すきまを必要とする楔も使用しないリング類を軸に固定する固定リングを提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記課題を解決するため、軸を一箇所がカットされた固定リングで抱き締める機構で、従来の方法のようにねじで締付けるのではなく、ねじを緩め除いて抱き締め、楔を使用することもないのでカット部すきまを僅小にした下記の固定リングを発明した。
【0020】
(1)環状のリング本体の一部が径方向にカットされ、カット部すきまの縮小により前記リング本体で軸を抱き締め、リング類を軸方向の所定位置に固定する固定リングにおいて、
前記リング本体の内径が前記軸の外径より小さく、
前記カット部の一方のカット面を貫通し、先端が他方のカット面に接触可能なすきま調整ねじを備え、
前記すきま調整ねじの前進により前記リング本体が前記軸に嵌め合い可能となるまでリング本体の内径が拡大され、前記すきま調整ねじの後退により前記リング本体の内径が前記軸の外径より縮小しようとしてリング本体が軸を抱き締める、
ことを特徴とするリング類を軸に固定するための固定リング。
【0021】
(2)環状のリング本体の一部が径方向にカットされ、カット部すきまの縮小により前記リング本体で軸受とともに軸を抱き締め、ラジアル転がり軸受を軸方向の所定位置に固定する軸受固定リングにおいて、
前記軸受は、軸受の内輪よりも外径が小さく薄肉として、内輪端部から軸方向に延び、かつ周方向に間隔をおいて軸方向に内輪端部から先端まで延びる複数のスリットが切られた内輪延長部を備え、
前記軸受固定リングは、前記カット部の一方のカット面を貫通し、先端が他方のカット面に接触可能なすきま調整ねじを備え、かつリング本体の内径が前記内輪延長部の肉厚の2倍と前記軸の外径との和よりも小さく、
前記すきま調整ねじの前進により、前記リング本体の内径が前記内輪延長部の肉厚の2倍、前記軸の外径、および軸と内輪延長部との嵌合い代の和よりも大きく、前記内輪延長部に嵌め合い可能となるまでリング本体の内径が拡大され、前記すきま調整ねじの後退により、前記リング本体の内径が前記内輪延長部の肉厚の2倍と前記軸の外径との和よりも縮小しようとしてリング本体が内輪延長部を介して前記軸を抱き締める、
ことを特徴とする軸受固定リング。
【0022】
(3)環状のリング本体の一部が径方向にカットされ、カット部のすきまの縮小により前記リング本体で伝動体とともに伝動軸を抱き締め、伝動体を軸方向の所定位置に固定する伝動体固定リングにおいて、
前記伝動体は、伝動体のハブよりも外径が小さく薄肉として、ハブ端部から軸方向に延び、かつ周方向に間隔をおいて軸方向にハブ端部から先端まで延びる複数のスリットが切られたハブ延長部を備え、
前記伝動体固定リングは、前記カット部の一方のカット面を貫通し、先端が他方のカット面に接触可能なすきま調整ねじを備え、かつリング本体の内径が前記ハブ延長部の肉厚の2倍と前記伝動軸の外径との和よりも小さく、
前記すきま調整ねじの前進により、前記リング本体の内径が前記ハブ延長部の肉厚の2倍、前記伝動軸の外径、および伝動軸とハブ延長部との嵌合い代の和よりも大きく、前記ハブ延長部に嵌め合い可能となるまでリング本体の内径が拡大され、前記すきま調整ねじの後退により、前記リング本体の内径が前記ハブ延長部の肉厚の2倍と前記伝動軸の外径の和よりも縮小しようとしてリング本体がハブ延長部を介して前記伝動軸を抱き締める、
ことを特徴とする伝動体固定リング。
【0023】
(4)軸を貫通する物体を軸方向の所定位置に固定する(1)記載の固定リング。軸を貫通する物体として、例えば、軸方向に力のかかるスプロケット、カム、歯車、軸受などがある。
【0024】
(5)前記固定リング自体を前記軸に軸方向の所定位置に固定する(1)記載の固定リング。
【0025】
(6)2本の軸をこれらの軸の端部で連結する(1)記載の固定リング。
【発明の効果】
【0026】
(1)本発明による固定リングの採用で、引張応力が集中する比較的長いねじを必要とせず、さらにカット部の両側のリング部分にわたる長いねじ穴を穿鑿することもなく、ねじ回し作業に個人差もなくなった。また、楔挿入用の幅広カット部すきまも必要とせず(図1・図10の比較参照)、さらに楔保管の要もなくなった。ちなみに、例えば軸径35mm用の固定リングの場合、従来の楔挿入式の固定リングでは10mm程度のすきまを要していたが、本発明の固定リングでは1mmもあればよい。
【0027】
また、従来の、カット部の両側のリング部分にねじ穴を穿鑿し長いねじを必要とした軸受の軸への固定リング(特許文献1、2,3参照)と比較して製作費が廉価である。
【0028】
(2)軸受を軸に固定するスリットエキステンション法で内輪薄肉延長部を抱き締めるのに本発明による固定リングを用いた場合は、(1)に記した効果に加えて、軸受の稼働時には上記ねじは全く無負荷であり、その上、ねじ回し作業に個人差がなかったので極めて安全であり、また、リングのカット部すきまが極めて小さいので、軸受の回転バランスが向上して回転時の振動が抑制され、周辺の空気乱流も発生し難く、とくに高速回転の場合の効果は大きいと言う効果がある。さらに、前記(1)と同様に製作費が、廉価である。
【0029】
(3)伝動体を伝動軸に固定するスリットエキステンション法でハブ薄肉延長部を抱き締めるのに本発明による固定リングを用いた場合にも、(1)に記した効果に加えて、(2)に追記したのと同様の効果がある。
【0030】
(4)軸を貫通する物体を軸方向の所定位置に固定する本発明の固定リングを用いた場合も、上記(1)に記した効果がある。
【0031】
(5)軸の連結リングとして上記(1)に記した本発明による固定リングを用いた場合も、上記(1)に記した効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の実施形態を示す、固定リングの縦断正面図である。
【図2】図1に示す固定リングの縦断側面図である。
【図3】本発明の固定リングのカット部すきまを拡大し、軸に嵌め込んだ状態を示す正面図である。
【図4】本発明の固定リングのカット部すきまを縮小し、軸を抱き締めた状態を示す正面図である。
【図5】本発明の固定リングで軸受を軸に固定した状態を示す縦断正面図である。
【図6】本発明の固定リングで軸受を軸に固定した状態を示す縦断側面図である。
【図7】本発明の固定リングで歯車を伝動軸に固定した縦断側面図である。
【図8】本発明の固定リングを軸に位置決めリングとして固定した縦断側面図である。
【図9】本発明の、2軸を繋ぐ固定リングの縦断側面図である。
【図10】楔を用いた従来の固定リングの正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
図1および図2は本発明による無負荷状態の固定リングを示しており、図1は図2の1−1線断面図、および図2は図1の2−2線断面図である。これらの図において、固定リング5に嵌め込まれて、それを固定させようとする軸1の外周面2が鎖線で描かれている。本発明を分かりやすくするために、軸1の外周面2の直径、したがって抱締め代αは誇張して大きく示している。図3、図4も図1、2と同様に、軸外周面と固定リング内周面とのすきまなどを誇張して大きく描いてある。
【0034】
固定リング5は環状のリング本体6とすきま調整ねじ25とからなり、リング本体6の一部が一箇所で径方向にカットされ、カット部すきま10が形成されている。カット部すきま10の一方の面11から後方に向かう部分は肩部15となっている。図1、図2に示すように、肩部15の後面17の両側面から後方にサイドフレーム18が延びている。図2に示すように、両側のサイドフレーム18とスペース22の底部とで、上向きのコ字形の形状を形成している。肩部15には、次に述べるすきま調整ねじ25のねじ穴20が設けられている。サイドフレーム18は、すきま調整ねじ25の前進によって肩部15に加わる後方に向かう力を支え、肩部15を補強する。肩部15の直後のスペース22は、上記すきま調整ねじ25を操作する空間となっている。
【0035】
すきま調整ねじ25は、上記肩部15のねじ穴20にねじ込まれている。すきま調整ねじ25の頭部26には六角穴27が設けられており、先端部28は球面状となっている。先端部28は、カット部すきま10の一方の面11(肩部15の先端面)を貫通し、他方の面12(面11に対向する面)に接触可能である。gは、リング本体6が無負荷の状態でのカット部すきまを表している。gは、出来るだけ小さくする。例えば切断バイトや金鋸の厚さでよい。また、これらの図には描かれていないが固定リング5の内周の角面は軸1に嵌め込み易いように面取り加工をしておくのが普通である。
【0036】
ここで、上記のように構成された固定リングを軸に固定する方法について、図3および図4を参照して説明する。
【0037】
図3に示すように、すきま調整ねじ25を回転・前進させ、ねじ先端部28でカット部すきま10の他方の面12を押す。この結果、固定リング5の下端部を基点としてカット部すきま10が拡大し、固定リング5を軸1に嵌め込む。この状態では、カット部すきま10の大きさはgであり、軸1の外周面2と固定リング5の内周面8との間にすきまβが生じる。なお、固定リング5と軸1との嵌め合いの位置関係や固定リング5に発生する歪(僅かに横長の楕円になる)の影響で、すきまβの形は変わる。
【0038】
このカット部すきま10の拡大幅は、固定リング5に発生する最大応力が固定リング5の直径と断面係数に支配されるリング材の降伏点付近を超えない範囲に留める。このために、ねじ先端部28がカット部すきまの面12に接した状態(カット部すきま10拡大開始位置)からねじ頭部26が肩部後面17に当たった状態(カット部すきま10拡大規制限度位置)までにねじの回転角度を規制する。回転角度の規制値は、あらかじめ実験結果に基づき設定している。これにより、ねじ先端部28の前進距離が確実に規制される。
【0039】
次に、図4に示すように、すきま調整ねじ25を逆転・後退させ、ねじ先端部28をカット部すきま10の他方の面12から引き離す。固定リング5はこれの下端部を基点としてカット部すきま10が縮小し、カット部すきま10の大きさはgとなり、カット部すきま10の大きさgより小さくなる。この状態では、軸1の外周面2と固定リング5の内周面9との間の上部と下部とに抱き締めが生じる。この結果、固定リング5が軸1を同心状態で抱き締め、固定リング5は軸1に固定される。
【0040】
図4では、軸1の外周面2と固定リング5の内周面9との左右のすきまγ、γは大きく誇張されているが、これは前述(段落[0033]参照)のように図1の軸半径と固定リング半径との差αを誇張して大きく描かれていることによるもので、実際にはあたかも全周で圧着しているかのように見える程度のすきまである。
【0041】
図5および図6は、本発明の動機となったスリットエキステンション法でラジアル玉軸受30を軸1に固定した軸受固定リング40を示している。図5は図6の5−5線断面図であり、図6は図5の6−6線断面図である。
【0042】
ラジアル玉軸受30には、ラジアル玉軸受30の内輪32より外径が小さく薄肉として、内輪端部から軸方向に延びる内輪延長部34が設けられている。内輪延長部34は、周方向に間隔をおいて軸方向に内輪端部から先端まで延びる複数のスリット36が切られている。軸受固定リング40は、後記カット部の一方のカット面(肩部46の先端面)を貫通するすきま調整ねじ25を備えている。リング本体41は、一部が径方向にカットされ、かつ自由な状態では内径が前記内輪延長部34の肉厚の2倍と軸1の外径との和より小さい。なお、固定リング40の内輪延長部34への挿入を容易にするために、図6に示すように固定リング40の、軸受内輪32に向い合う面に、面取り44を施している。
【0043】
上記のように構成された軸受固定リング40は、すきま調整ねじ25の前進によりリング本体41の内径が内輪延長部34の肉厚の2倍、軸1の外径、および軸1と内輪延長部34との嵌合い代の和より大きく広がり、拡大する。この拡大した状態で、軸受固定リング40を内輪延長部34に嵌め込む。ついで、すきま調整ねじ25の後退によりリング本体41の内径が内輪延長部34の肉厚の2倍と軸1の外径との和より狭まろうと縮小して、リング本体41が内輪延長部34を介して軸1を抱き締める。この結果、ラジアル玉軸受30は軸1に、軸方向の所定位置に固定される。なお、軸受はラジアル玉軸受30の代わりにころ軸受であってもよい。
【0044】
ラジアル玉軸受30と軸1とは、軸1が傷付けられることもなく、両者の偏心もなく、軸受稼動中の軸受固定リング40のカット部すきま10(図1参照)は最小に抑えられているので、軸受回転バランスが優れているので稼動時の振動が抑制され、周辺の空気乱流も極めて少なく、特に高速回転に有効である。すきま調整ねじ25のねじ回し作業の過不足による失策がないので作業確実で、すきま調整ねじ25は常にねじ穴20に保管されている。また、構造簡単なため製作費も廉価である。
【0045】
図7は、スリットエキステンション法で本発明の固定リングにより伝動体の一つである平歯車を伝動軸に固定する例を示す縦断面図である。
【0046】
図7に示すように、平歯車58には、平歯車ハブ59(以下、伝動体ハブと同様に、単にハブと称す)よりも外径が小さく薄肉として、ハブ端部から軸方向に延びるハブ延長部60が設けられている。ハブ延長部60は、周方向に間隔をおいて軸方向にハブ端部から先端まで延びる複数のスリット(図示しない)が切られている。歯車固定リング52は、後記カット部の一方のカット面を貫通するすきま調整ねじ25を備えている。リング本体53は、一部が径方向にカットされ、かつ自由な状態では内径が前記ハブ延長部60の肉厚の2倍と伝動軸50の外径との和よりも小さい。なお、歯車固定リング52の伝動軸50への挿入を容易にするために、図7に示すように歯車固定リング52の、ハブ59に向い合う面に、面取り55を施している。
【0047】
上記のように構成された歯車固定リング52は、すきま調整ねじ25の前進によりリング本体53の内径がハブ延長部60の肉厚の2倍、前記伝動軸50の外径、および伝動軸50とハブ延長部60との嵌合い代の和よりも大きく広がり拡大する。この拡大した状態で、歯車固定リング52をハブ延長部60に嵌め込む。ついで、すきま調整ねじ25の後退によりリング本体53の内径がハブ延長部60の肉厚の2倍と伝動軸50の外径との和より狭まろうと縮小してリング本体53がハブ延長部60を介して伝動軸50を抱き締める。この結果、平歯車58は伝動軸50に、軸方向の所定位置に固定される。
【0048】
以上、平歯車について説明したが、伝動体として平歯車のほかにベルト車およびスプロケットがある。本発明では、これら伝動体の伝達トルクの大きさは、伝動体固定リングの構造上、キーまたは圧入を必要としない比較的低いトルクに規制される。
【0049】
歯車、ベルト車、スプロケットなど伝動体を伝動軸に固定する場合、従来の方法では必須とされていた伝動軸にキー溝を加工する要がなく、固定リングと伝動軸との偏心もないので、回転が円滑で、取り付け、取り外し共に作業簡単で確実である。
【0050】
軸受、または伝動体の内輪もしくはハブの延長部34、60は、図6や図7に示すように内輪またはハブの片側のみ延長されて固定リングで抱き締めるのが普通であるが、特に稼働時の安定や特に強い固定強さが要望される場合などに、両側へ延長して、両延長部を同様に固定リングで抱き締めることもできる。
【0051】
なお、図5、6、7の場合のように、スリットエキステンション法を適用する場合は、軸受内輪やハブの薄肉延長部の複数のスリットによる複数個の分割片が別々に押さえ付けられて、軸を抱き締めるので、図4の軸の左右に認められるようなすきまγ、γが認められないのが普通である。
【0052】
図8は、固定リング40自体を軸1に軸方向の所定位置に固定する位置決めリング(セットカラー)を示している。軸1上へのセット作業、セット位置変更作業が簡単確実である。
【0053】
図9は、2本の軸64、65をこれらの軸の端部で連結する幅広の固定リングを示している。軸連結リング本体67は、図1に示すコ字形のサイドフレーム18と同様のサイドフレーム68およびすきま調整ねじ25を備えている。軸64、65の繋ぎ作業も取り外し作業も簡単確実で、軸連結のためのねじなどを2本の軸64、65の端部に加工する必要はない。また、これらの隣り合う軸の両端部付近にすきま調整ねじを別々に設けてもよいが、一般にその必要はない。なお。軸連結リング66の軸64、65への挿入を容易にするために、軸連結リング本体67の内周面両端側に、面取り69をそれぞれ施している。
【0054】
固定リング転用などで、抱き締めている固定リングを外す場合は、すきま調整ねじを前進させて固定リング内径を大きくすればよい。すきま調整ねじは常にねじ穴に格納されているので、特に保管に留意する必要はない。
【0055】
多くの機械構造では、ねじを前進させる締付作業で相対する面を近づけ、ねじを後進させる戻し作業で相対する面を遠ざけるが、本発明では逆である。したがって、本発明では、作業感覚上、すきま調整ねじとして逆ねじ(左ねじ)を採用するのも良かろう。
【0056】
さらに、軸受をはじめ、本発明による固定リングを用いる分野では、同種大量生産するのが普通なので、経済的考慮をしないで、下記の実験によって段落[0038]に記した規制値を設定できる。
【0057】
望ましい寸法の固定リングを試作し、非拘束状態で、ねじの前進(段落[0038]参照)で拡大したカット部すきまがねじの後退でほぼ元の幅に戻る範囲、すなわち、リング材に降伏点付近以上の応力が発生しない範囲でのカット部すきま拡大で、軸に嵌め込まれるような寸法と、固定後に必要に応じた固定強さが得られることを確認することである。
【0058】
また、前記特許文献4の固定リングは、楔を利用するので本発明の固定リングのようなねじ孔穿鑿費用は不要であるが、楔の製作費が必要である。したがって、本発明の固定リングと特許文献4の固定リングとの製作費は大差なかろう。しかし、本発明の固定リングは、前述の通り、軸受に利用の場合、稼動時の回転バランス向上や周囲の空気抵抗低減の効果、ねじ保管が楔保管より容易確実なこと、さらにねじ穴内のねじ具備の方が楔の突出具備より外観スマート性があるなどの長所を持っている。
【0059】
ただ、作業確実のための注意として、ねじを後退させて固定リングによる抱き締めを終えた時に、ねじ先端がリング本体のカット部の側面と離れていることを目視または薄板通しなどで確認することが極めて望ましい。
【0060】
上述の本発明の固定リングの諸長所により、とくに軸受業界において、普及が遅れているスリットエキステンション法(本願明細書、段落[0010]参照)の採用が促進されると期待できよう。
【符号の説明】
【0061】
1 軸
5 固定リング
6 固定リング本体
7 無負荷状態の固定リングの内周面
8 拡大された状態の固定リングの内周面
9 軸を抱き締めた状態の固定リングの内周面
10 カット部すきま
11 カット部すきまの一方の面
12 カット部すきまの他方の面
15 肩部
18 サイドフレーム
20 ねじ穴
22 スペース
25 すきま調整ねじ
26 すきま調整ねじの頭部
27 六角穴
28 すきま調整ねじの先端部
30 ラジアル玉軸受
32 軸受内輪
34 内輪延長部
36 スリット
40 軸受固定リング
41 軸受固定リング本体
46 軸受固定リングの肩部
48 サイドフレーム
50 伝動軸
52 歯車固定リング
53 歯車固定リング本体
56 歯車固定リングの肩部
57 サイドフレーム
58 平歯車
59 平歯車ハブ
60 平歯車ハブ延長部
64、65 軸
66 軸連結リング
67 軸連結リング本体
68 サイドフレーム
70 従来の固定リング
72 内輪薄肉延長部
75 楔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
環状のリング本体の一部が径方向にカットされ、カット部すきまの縮小により前記リング本体で軸を抱き締め、リング類を軸方向の所定位置に固定する固定リングにおいて、
前記リング本体の内径が前記軸の外径よりも小さく、
前記カット部の一方のカット面を貫通し、先端が他方のカット面に接触可能なすきま調整ねじを備え、
前記すきま調整ねじの前進により前記リング本体が前記軸に嵌め合い可能となるまでリング本体の内径が拡大され、前記すきま調整ねじの後退により、前記リング本体の内径が前記軸の外径よりも縮小しようとしてリング本体が軸を抱き締める、
ことを特徴とするリング類を軸に固定するための固定リング。
【請求項2】
環状のリング本体の一部が径方向にカットされ、カット部すきまの縮小により前記リング本体で軸受とともに軸を抱き締め、ラジアル転がり軸受を軸方向の所定位置に固定する軸受固定リングにおいて、
前記軸受は、軸受の内輪よりも外径が小さく薄肉として、内輪端部から軸方向に延び、かつ周方向に間隔をおいて軸方向に内輪端部から先端まで延びる複数のスリットが切られた内輪延長部を備え、
前記軸受固定リング本体は、前記カット部の一方のカット面を貫通し、先端が他方のカット面に接触可能なすきま調整ねじを備え、かつリング本体の内径が前記内輪延長部の肉厚の2倍と前記軸の外径との和よりも小さく、
前記すきま調整ねじの前進により、前記リング本体の内径が前記内輪延長部の肉厚の2倍、前記軸の外径、及び軸と内輪延長部との嵌合い代の和よりも大きく、前記内輪延長部に嵌め合い可能となるまでリング本体の内径が拡大され、前記すきま調整ねじの後退により、前記リング本体の内径が前記内輪延長部の肉厚の2倍と前記軸の外径との和よりも縮小しようとしてリング本体が内輪延長部を介して前記軸を抱き締める、
ことを特徴とする軸受固定リング。
【請求項3】
環状のリング本体の一部が径方向にカットされ、カット部すきまの縮小により前記リング本体で伝動体とともに伝動軸を抱き締め、伝動体を軸方向の所定位置に固定する伝動体固定リングにおいて、
前記伝動体は、伝動体のハブよりも外径が小さく薄肉として、ハブ端部から軸方向に延び、かつ周方向に間隔をおいて軸方向にハブ端部から先端まで延びる複数のスリットが切られたハブ延長部を備え、
前記伝動体固定リング本体は、前記カット部の一方のカット面を貫通し、先端が他方のカット面に接触可能なすきま調整ねじを備え、かつリング本体の内径が前記ハブ延長部の肉厚の2倍と前記伝動軸の外径との和よりも小さく、
前記すきま調整ねじの前進により、前記リング本体の内径が前記ハブ延長部の肉厚の2倍、前記伝動軸の外径、及び伝動軸とハブ延長部との嵌合い代の和よりも大きく、前記ハブ延長部に嵌め合い可能となるまでリング本体の内径が拡大され、前記すきま調整ねじの後退により、前記リング本体の内径が前記ハブ延長部の肉厚の2倍と前記伝動軸の外径との和よりも縮小しようとしてリング本体がハブ延長部を介して前記伝動軸を抱き締める、
ことを特徴とする伝動体固定リング。
【請求項4】
軸を貫通する物体を軸方向の所定位置に固定する請求項1記載の固定リング。
【請求項5】
前記固定リング自体を前記軸に軸方向の所定位置に固定する請求項1記載の固定リング。
【請求項6】
2本の軸をこれらの軸の端部で連結する請求項1記載の固定リング。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2013−79679(P2013−79679A)
【公開日】平成25年5月2日(2013.5.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−220012(P2011−220012)
【出願日】平成23年10月4日(2011.10.4)
【出願人】(505293347)
【出願人】(511240184)
【Fターム(参考)】