説明

リン回収資材およびリン回収方法

【課題】排水等からリンを回収する際に、大型の装置を必要とせず、回収物を副産りん酸肥料として利用することができるリン回収資材およびリン回収方法を提供する。
【解決手段】凝集沈殿用のリン回収資材であって、平均粒子径(メジアン径)150μm以下の微粉末であり、細孔容積0.3cm3/g以上である多孔質の珪酸カルシウム水和物からなることを特徴とし、好ましくは、平均粒子径10μm以上〜150μm以下、嵩密度0.1g/cm3以上〜0.7g/cm3以下、Ca/Siモル比0.4以上〜1.5以下である珪酸カルシウム水和物からなり、酸を添加し、珪酸カルシウム水和物の逐次的な分解でカルシウムを溶出させ、珪酸カルシウム水和物粒子表面にヒドロキシアパタイトを生成せしめ、凝集沈殿物を分離してリンを回収するリン回収方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、排水等からリンを回収する際に、大型の装置を必要とせず、回収物をリン酸肥料として利用することができるリン回収資材およびリン回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リンは生物にとって必須の元素であり、食料の生産および生命活動を営むためには、欠くことができない貴重な資源である。従来、リンはリン鉱石から得られているが、リン鉱石資源は次第に乏しくなっており、現在の採掘コストでまかなえる品質の良い鉱石の埋蔵量は世界規模で今後約40年〜50年に過ぎないと言われており、また採掘コストが数倍かかる地下資源を含めても100年ほどで枯渇すると予測されている。主要なリン鉱石産出国では、リン鉱石の輸出を規制する動きも実質始まっており、リン資源を全量輸入に頼っているわが国では、リンの再資源化は国家的課題である。
【0003】
リン資源はリン鉱石以外にもリン安等の化成品、食料、家畜飼料の形で国内に持ち込まれ、様々な形で利用されているが、リン鉱石の枯渇が懸念される中、リンを回収・再利用することは殆ど行われておらず、使用されたリンの一部は下水、工場排水を通じて排出され、内湾や湖沼など閉鎖性水域に流入して富栄養化の問題を引き起こしている。
【0004】
排水からリンを回収し再利用するシステムを確立することができれば、地球的規模でのリン資源枯渇の問題解決に貢献でき、かつ内湾や湖沼などの富栄養化による環境破壊の防止にも大きな効果が期待できる。
【0005】
従来、排水中からリンを除去する方法としては、凝集沈殿法、吸着法、晶析法等が知られている。(イ)凝集沈殿法は、カルシウム、アルミニウム、鉄など、リンと不溶性沈殿を生成する無機凝集剤を排水に添加し、沈殿を分離除去する方法である。(ロ)吸着法は、活性アルミナや水酸化ジルコニウム等のリンを吸着する充填層を設け、そこに処理水を通水してリンを除去する方法である。(ハ) 晶析法は、リン鉱石などリン酸カルシウム系の種結晶を充填させた充填層に、カルシウムイオンを添加した処理水を通水し、種晶表面にリン酸カルシウム(ヒドロキシアパタイト)を晶析させ、リンを除去する方法である。
【0006】
凝集沈殿法において、凝集剤としてアルミニウム塩や鉄塩を用いる方法では、生成したリン酸アルミニウム、リン酸鉄が植物に利用されないため、肥料等に再利用するのは困難である。また、凝集剤として消石灰、塩化カルシウム等のカルシウム化合物を用いる方法では、生成するリン酸カルシウムは植物に利用されやすい形態であり、肥料等に再利用するためには好適である。しかし、生成したリン酸カルシウムは微細粒子であるため、濾過や沈降分離などの固液分離操作が面倒であり、生成したケーキの含水率が高くハンドリングが困難であるという問題がある。また、下水など有機物を多く含む排水からリンを回収する場合、有機物がリン酸カルシウムの沈殿とともに共沈するため生成物の純度が低く、回収物を肥料取締法で定められた副産りん酸肥料(ク溶性りん酸15%以上、全窒素1%未満)として一般的な肥料の流通ルートにのせて販売することはきわめて難しい。
【0007】
吸着法は、吸着剤が高価であると云う難点があるばかりでなく、リンを再利用するためには、吸着剤からリンを脱離し、それを他の手段で回収するという手間がかかるため、リンの再利用という観点からは不向きである。
【0008】
晶析法は、純度の高いリン酸カルシウムを得ることができるが、新たな核を発生することなく結晶成長させるための過飽和領域がヒドロキシアパタイトの場合はごく狭いため、カルシウム濃度とpH条件のコントロールが非常に難しい。さらに、晶析法の場合は凝集沈殿法に比べて結晶成長速度を緩やかにする必要があるので多量の種晶を充填槽にホールドアップしなければならず、装置設備に多大なコストを要するばかりでなく、循環水量の増大によるランニングコストも高くなり、排水の処理方法としては好ましい方法とはいえない。
【0009】
これら従来の方法を解決する手段として、珪酸カルシウムを主成分とする脱リン剤を使う方法が種々提案されている。例えば、特開昭61−263636号公報(特許文献1)にはCaO/SiO2モル比が1.5〜5の範囲内にある珪酸カルシウム水和物を主成分とする水処理剤が記載されている。また、特公平2−20315号公報(特許文献2)には空隙率50〜90%の独立気泡を有する珪酸カルシウム水和物からなる脱リン材が記載されている。特開平10−235344号公報(特許文献3)には珪酸カルシウム水和物を主成分とした直径数ミリ程度の球状または中空状に成形した脱リン材が記載されている。さらに、特開2000−135493号公報(特許文献4)には珪灰石を用いた脱リン方法が提案されている。
【特許文献1】特開昭61−263636号公報
【特許文献2】特公平02−020315号公報
【特許文献3】特開平10−235344号公報
【特許文献4】特開2000−135493号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従来の珪酸カルシウムを主成分とする脱リン材を用いる処理方法は、回収物の脱水性や有機物混入の問題はある程度回避できるものの、リンとの反応速度が遅いため、回収物のリン濃度を上げるためには長い反応時間を必要とする。また、回収されるリン含有物はク溶性リン酸の含有量が15%に満たないため、肥料取締法で定める副産りん酸肥料に該当せず、リン酸肥料として利用することができない。ク溶性リン酸の含有量を15%以上に高めるには処理装置の容積を大きくする必要があり、コストアップを招くため実用的ではない。
【0011】
本発明は、従来のリン回収資材およびリン回収方法における上記問題を解決したものであり、排水等からリンを回収する際に、大型の装置を必要とせず、回収物を副産りん酸肥料として利用することができるリン回収資材およびリン回収方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、以下に示す構成によって上記課題を解決したリン回収資材に関する。
〔1〕凝集沈殿用のリン回収資材であって、平均粒子径(メジアン径)150μm以下の微粉末であり、細孔容積0.3cm3/g以上である多孔質の珪酸カルシウム水和物からなることを特徴とするリン回収資材。
〔2〕平均粒子径10μm以上〜150μm以下である上記[1]のリン回収資材。
〔3〕嵩密度0.1g/cm3以上〜0.7g/cm3以下である上記[1]または上記[2]のリン回収資材。
〔4〕Ca/Siモル比0.4以上〜1.5以下である珪酸カルシウム水和物からなる上記[1]〜上記[3]の何れかに記載するリン回収資材。
〔5〕該リン回収資材を用いてリン含有排液から回収した回収物がク溶性リン酸15%以上、および全窒素1%未満である上記[1]〜上記[4]のリン回収資材。
【0013】
また、本発明は以下に示す構成からなるリン回収方法に関する。
〔6〕リン含有排水に珪酸カルシウム水和物を添加してリンを凝集沈殿させて回収する方法において、酸を添加して該排水のpHを酸性側にし、珪酸カルシウム水和物の逐次的な分解でカルシウムを溶出させ、該排水中のリンと反応させて珪酸カルシウム水和物粒子表面にヒドロキシアパタイトを生成せしめ、凝集沈殿物を分離してリンを回収することを特徴とするリン回収方法。
〔7〕平均粒子径(メジアン径)150μm以下の微粉末であり、細孔容積0.3cm3/g以上である多孔質の珪酸カルシウム水和物からなるリン回収資材を用いる上記[6]に記載するリン回収方法。
〔8〕上記[6]または上記[7]のリン回収方法において、反応終了時のpHが5.0以上〜9.0未満になるように酸を添加するリン回収方法。
〔9〕排水中のリン含有量に対して、Ca/Pモル比が1.5以上〜2.5以下になるようにリン回収資材を添加する上記[6]〜[8]の何れかに記載するリン回収方法。
〔10〕処理温度が10℃以上〜100℃未満である上記[6]〜上記[9]の何れかに記載するリン回収方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明のリン回収資材は、従来の資材とは異なり、極めて多孔性の高い珪酸カルシウム水和物の微粉末であるため、リンとの反応性が高く、珪酸カルシウム水和物から供給されるカルシウムと反応して速やかにヒドロキシアパタイトを生成し、排水中のリン濃度を急激に低減することができる。
【0015】
本発明のリン回収資材はリンとの反応性が高いので、ヒドロキシアパタイト(リン酸カルシウム)が多く、また沈殿物は排水中の有機物の巻き込み少ないため、ク溶性リン酸量15%以上、全窒素量1%未満のリン含有沈澱物を回収することができ、これは副産りん酸肥料の条件を満たすので、有効に利用することができる。
【0016】
本発明のリン回収資材を用いて回収した沈殿物は含水率が低いので取扱性がよい。さらに、本発明のリン回収資材はリンとの反応性が高いので、短時間に処理することができ、処理槽の容量も小型化することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明を実施形態に基づいて具体的に説明する。なお、%は単位固有の場合を除き質量%である。
【0018】
〔リン回収資材〕
本発明のリン回収資材は、凝集沈殿用のリン回収資材であって、平均粒子径(メジアン径)150μm以下の微粉末であり、細孔容積0.3cm3/g以上である多孔質の珪酸カルシウム水和物からなることを特徴とするリン回収資材である。
【0019】
本発明のリン回収資材は、好ましくは、平均粒子径10μm以上〜150μm以下、嵩密度0.1g/cm3以上〜0.7g/cm3以下、Ca/Siモル比0.4以上〜1.5以下であり、ク溶性リン酸15%以上および全窒素1%未満の沈殿物を回収することができるリン回収資材である。
【0020】
本発明において、リン回収資材の珪酸カルシウム水和物は水中のリンと反応して一般式〔Ca10(PO4)6(OH)2〕によって表される難溶性のリン酸カルシウム(ヒドロキシアパタイト)を生成するので、この沈殿物を排水から分離することによってリンを排水から回収することができる。
【0021】
本発明のリン回収資材の粒径は、リンの回収効率を高め、濾過性および沈降性の良い回収物を得るためには、平均粒径(メジアン径)が150μm以下の微粉末が好ましい。平均粒径が150μmより大きいと、液との接触面積が低下し、リンとの反応性が低下する。なお、平均粒径が10μmより小さいと濾過性および沈降性が低下し、リン回収後の固液分離が難しくなる傾向があるので、反応性と共に濾過性のよいリン回収資材を得るには平均粒径10μm以上が好ましい。
【0022】
さらに、本発明のリン回収資材は細孔容積0.3cm3/g以上の高多孔質性の珪酸カルシウム水和物である。細孔容積が0.3cm3/g未満ではリンとの反応性が十分ではない。この細孔容積に関連して、本発明のリン回収資材は、好ましくは、嵩密度0.1g/cm3以上〜0.7g/cm3以下のものがよい。嵩密度は多孔質度が高いほど低く、嵩密度が0.7g/cm3より大きいと多孔性が不十分であり、リンとの反応性が低くなる。一方、嵩密度が0.7g/cm3より小さいものはリンとの十分な反応速度を有する。ただし、嵩密度が0.1g/cm3より小さいと濾過性(脱水性)が劣るので、濾過性のよいリン回収資材を得るには嵩密度は0.1g/cm3以上〜0.7g/cm3以下が好ましい。
【0023】
本発明のリン回収資材は、平均粒子径150μm以下の微粉末であって、細孔容積0.3cm3/g以上、好ましくは嵩密度0.1g/cm3以上〜0.7g/cm3以下であり、従来の軽量気泡コンクリートや造粒成形した珪酸カルシウム水和物よりも多孔質であるので、液中のリンとの反応速度が速く、珪酸カルシウム水和物から供給されたカルシウムと排水中のリンが速やかに反応してヒドロキシアパタイトが生成し、短時間で排水中のリンを沈澱化することができる。
【0024】
また、本発明のリン回収資材は、珪酸カルシウム水和物のカルシウムとケイ素のモル比(Ca/Si)が0.4〜1.5であるものが好ましく、0.8〜1.2のモル比がより好ましい。Ca/Siモル比が1.5より大きいとリンの回収率が低下する。Ca/Siモル比が0.4未満では回収物のヒドロキシアパタイトの含量が低下し、ク溶性リン酸量を15%以上に高めるのが難しくなる。
【0025】
本発明のリン回収資材によれば、リンとの反応速度が速いため、排水に投入後1〜2時間という短時間で回収物のリン酸含有量を15%以上に高めることができる。さらに、下水など有機性排水を対象とした場合でも、回収物は有機物の巻き込みが少ないため、全窒素を1%未満とすることができ、副産りん酸肥料の条件に適する回収物を得ることができる。
【0026】
本発明のリン回収資材において、ヒドロキシアパタイトの生成に必要なカルシウムは、他からカルシウムを添加することなく、珪酸カルシウム水和物のリン酸による逐次的な分解によって供給されるので、液中のカルシウムの初期濃度は低く、ヒドロキシアパタイトの過飽和度も液全体としては低い状態が維持される。
【0027】
さらに、珪酸カルシウム水和物の分解にともなって、カルシウムイオンが多孔質の細孔を通じて粒子表面に供給されるため、ヒドロキシアパタイトの結晶化は珪酸カルシウム水和物粒子の表面のみで起こる。そのため、凝集沈殿法のカルシウム源として本発明の珪酸カルシウム水和物を用いると、該水和物表面にヒドロキシアパタイトが堆積し、微細なヒドロキシアパタイト粒子が液中に遊離することなく、従って、濾過性および沈降性の良いケーキを得ることができる。
【0028】
一方、従来の凝集沈殿法において、消石灰や塩化カルシウムなどのカルシウム溶解度の高い化合物を用いた場合は、これらを投入した直後に液中のカルシウム濃度は非常に高いレベルに達するため、リン酸イオンと瞬時に反応してヒドロキシアパタイトの過飽和度は非常に高まり、液中にヒドロキシアパタイトの微細結晶が遊離して多数生成する。そのため、生成したケーキは濾過性に劣り、固液分離が困難になる。また、含水率が高いだけでなく、下水処理場の処理水のように有機物を多量に含有している場合は、有機物と共沈するため回収物の純度が低くなる。
【0029】
また、本発明の珪酸カルシウム水和物と異なる軽量気泡コンクリート、珪灰石、造粒成形した珪酸カルシウム水和物などを用いた場合にも、排水中のリンをヒドロキシアパタイトとして回収することができるが、これらの珪酸カルシウム水和物は多孔性に劣り、排水中のリンと反応する表面積が小さいため、反応速度が遅い。
【0030】
例えば、軽量気泡コンクリートはトバモライトを主体とした珪酸カルシウム化合物中に独立気泡を多く含む性状であって連続気泡を持たないため、生成した多孔質体の多孔性が劣り、全細孔容積は0.2cm3/g程度である。また、造粒成形した珪酸カルシウム水和物は連続気泡を持つが、全細孔容積は0.2cm3/g程度である。従って、これらの珪酸カルシウム水和物はリンとの反応速度が遅く、リンを回収するための時間が長くかかるため、これらの珪酸カルシウム水和物を用いて凝集沈殿法を行なうことは実際的ではない。
【0031】
本発明のリン回収資材として用いる珪酸カルシウム水和物は結晶質でもよく、非晶質でもよい。例えば、珪酸原料と石灰原料とを水性スラリーとしたものをオートクレーブ中において水熱反応を行なって合成した一般的によく知られている珪酸カルシウム水和物を好適に用いることができる。珪酸原料が非晶質の形態であれば、100℃未満の温度で合成することも可能である。その種類としては、珪酸カルシウム水和物であれば特に限定されず、例えば、トバモライトなどの結晶質珪酸カルシウム、あるいは非晶質珪酸カルシウムなど何れの珪酸カルシウムを用いることができる。これらは単独で用いても良いし、2種以上を組み合わせて用いても良い。
【0032】
本発明のリン回収資材として用いる平均粒径150μm以下、および細孔容積0.3cm3/g以上、好ましくは嵩密度0.1g/cm3以上〜0.7g/cm3以下の珪酸カルシウム水和物を得るためには、珪酸原料の性質に応じ、Ca/Siモル比、反応温度、時間などの反応条件を適宜制御して製造すればよい。特に多孔質度の高い珪酸カルシウム水和物を得るためには、珪酸とカルシウムの反応を進めることが肝要で、珪酸原料の性質に応じて反応温度と時間を適宜制御する必要がある。
【0033】
〔リン回収方法〕
本発明のリン回収資材を用いたリン回収方法において、リン回収資材を添加するリン含有排水のpHがアルカリ性であると、ヒドロキシアパタイトの生成が遅くなる。本発明のリン回収資材は、他からカルシウムを添加することなく、該排水に含まれるリン酸による珪酸カルシウム水和物の逐次的な分解によってカルシウムを溶出させ、このカルシウムと排水に含まれるリンの反応によって珪酸カルシウム水和物の表面にヒドロキシアパタイトを生成させる。従って、処理液のpHがアルカリ性側である場合には、他の酸、例えば塩酸、硫酸、硝酸等の無機酸、酢酸などの有機酸を添加してpHを酸性側にすることにより、珪酸カルシウム水和物の逐次的な分解を促進させるのが良い。
【0034】
酸を添加する場合には、反応終了時のpHが5.0以上〜9.0以下になる添加量が好ましい。酸を過剰に添加してpHが5.0より低くなると、ヒドロキシアパタイトよりも溶解度の高いCaHPO4・2H2Oの安定域に入るため、リンの回収率が低下する。酸の添加量が不足してpHが9.0を上回ると、珪酸カルシウム水和物からのカルシウムの溶出が不十分となり、この場合もリンの回収率が十分に向上しない。排水の種類によっては、含有される塩類の影響により、同量の酸を添加しても反応開始前のpHは大きく変動する。反応終了時のpHが5.0以上〜9.0以下になるように、添加する酸の量を適宜加減することが肝要である。
【0035】
排水に対して添加する本発明のリン回収資材の量は、排水中に含まれるリンに対するリン回収資材中のカルシウムのモル比(添加モル比、Ca/P)が1.5以上〜2.5以下の範囲に入るように定めることが望ましい。この添加モル比が2.5を上回ると未反応の珪酸カルシウム化合物が残留し、アパタイトの生成量が不十分となるため、回収物中のリン含有量が低下する。一方、添加モル比が1.5より低いとリンの溶解度が高くなり、十分な回収率が得られなくなる。
【0036】
リン含有排水の処理において、処理温度は高いほうが効率的にリンを回収することができる。処理温度の上限は特に定めるものではないが、加熱コスト等を勘案すれば工業的にみて10℃以上〜100℃以下、より好ましくは25℃以上〜70℃以下が適当である。また、液を攪拌して反応を促進することができる。処理時間は、珪酸カルシウム水和物の種類などによって異なり、一概に定めることはできないが、通常は0.5〜4時間程度で十分である。
【0037】
本発明のリン回収方法において、リン含有排水にあらかじめ酸を添加した後、珪酸カルシウム水和物を添加するバッチ反応方式が望ましいが、酸を添加した処理水と珪酸カルシウム水和物とを連続的に供給して反応させる連続反応方式、あるいは処理水と酸と珪酸カルシウム水和物の三者を連続的に供給して反応させる連続反応方式によっても十分なリン回収率が得られる。
【実施例】
【0038】
以下に本発明の実施例を比較例と共に示す。なお、製造したリン回収資材ならびにリン回収品の物性は下記測定方法によって求めた。
【0039】
〔細孔容積〕150℃で1時間真空脱気を行なった試料につき、日本BEL社装置(BELSORP-mini)を用い、窒素吸着法(BJH法)により測定した。
〔嵩密度〕タップデンサー(セイシン企業製:KYT−2000)にて500回タップして嵩密度を求めた。
〔平均粒子径〕レーザー回折式粒度分布測定装置(堀場製作所製品:LA-300)を用いて測定した。
【0040】
〔X線回折像〕ミニフレックスX線回折装置(理学社製)を用い、Cu管球、管電圧30kV、管電流15mA、サンプリング幅0.02°、スキャンスピード4°/分の条件で測定した。
〔ク溶性リン酸〕肥料分析法に基づき、1gのサンプルを2%クエン酸で30℃、1時間振盪し、溶解したリン酸をバナドモリブデン酸アンモニウム法で定量した。
〔全炭素、全窒素〕JISM8819に準拠し元素分析計で分析を行なった。
【0041】
〔実施例1〕
珪酸原料(平均粒径20μmの非晶質シリカ粉)と消石灰をCa/Siモル比1.0の設定で調合し、水−固形分比10相当分の水を加え、オートクレーブ中で攪拌しながら180℃、4時間、水熱反応を行なった。生成した珪酸カルシウム水和物スラリーを濾過し、乾燥して、珪酸カルシウム水和物からなるリン回収資材を得た。この物性値を表1に示す。試薬リン酸を水に溶かしてリン濃度300mg/lのリン含有液を調製した。このリン含有液1800mlに対し、資材の添加モル比(Ca/P)=2.00に相当する量の上記リン回収資材を添加し、30℃に加温した恒温槽中で一定時間攪拌した。この試料液を濾過後、モリブデンブルー法により濾液のリン濃度を求めた。リン回収試験結果を図1に示す。
【0042】
〔実施例2〕
珪酸原料(平均粒径20μmの非晶質シリカ粉)と消石灰をCa/Siモル比1.0の設定で調合し、水−固形分比8相当分の水を加え、温浴中で攪拌しながら95℃、12時間、反応を行なった。生成した珪酸カルシウム水和物スラリーを濾過し、乾燥して、珪酸カルシウム水和物からなるリン回収資材を得た。この物性値を表1に示す。実施例1と同様な条件でリン含有溶液の処理を行なった、その結果を図1に示す。
【0043】
〔実施例3〕
珪酸原料(平均粒径10μmの珪石粉末)と消石灰をCa/Siモル比0.8の設定で調合し、水−固形分比15相当分の水を加え、オートクレーブ中で攪拌しながら180℃、8時間水熱反応を行なった。生成した珪酸カルシウム水和物スラリーを濾過、乾燥して、結晶質の珪酸カルシウム水和物からなるリン回収資材を得た。この物性値を表1に示す。
【0044】
〔比較例1〕
珪酸原料(平均粒径10μmの珪石粉末)43gと普通セメント57gを十分混合した後、水を添加して造粒し、室温で24時間養生を行なった。その後、この造粒物をオートクレーブに入れ、水に浸した状態で180℃、8時間、水熱反応を行なわせ、珪酸カルシウム水和物の粒状物を得た。乾燥後、粒状物を149μm全通に粉砕した。この物性値を表1に示す。実施例1と同様な条件でリン含有溶液の処理を行なった。その結果を図1に示す。
【0045】
〔比較例2〕
軽量気泡コンクリート粉末(物性値を表1に示す)を用い、実施例1と同様な条件でリン含有溶液の処理を行なった。その結果を図1に示す。
【0046】
〔比較例3〕
珪灰石粉末(物性値を表1に示す)を用い、実施例1と同様な条件でリン含有溶液の処理を行なった。その結果を図1に示す。
【0047】
図1に示すように、120分後の処理液中のリン濃度についてみると、比較例1〜比較例3は何れもは30mg/l以上であるが、実施例1〜2は何れも5mg/l以下であり、比較例1〜3に対して実施例1〜2のリン回収資材の優位性は明らかである。また、実施例1〜2では反応時間30分後で処理液中のリン濃度は11mg/l以下に低減されているが、比較例1〜3の反応30分後における処理液中のリン濃度は100mg/l以上であり、短時間内の処理効果が格段に異なる。
【0048】
【表1】

【0049】
〔実施例11〕
珪酸原料(平均粒径20μmの非晶質シリカ粉)と消石灰をCa/Siモル比1.5の設定で調合し、水−固形分比8相当分の水を加え、温浴中で攪拌しながら95℃、12時間反応を行なった。生成した珪酸カルシウム水和物スラリーを濾過、乾燥して、珪酸カルシウム水和物からなるリン回収資材を得た。実施例1と同様な条件でリン含有溶液の処理を行なった。その結果を表2に示す。
【0050】
〔比較例5〕
珪酸原料(平均粒径20μmの非晶質シリカ粉)と消石灰をCa/Siモル比2.0の設定で調合し、水−固形分比8相当分の水を加え、温浴中で攪拌しながら95℃、12時間反応を行なった。生成した珪酸カルシウム水和物スラリーを濾過、乾燥して、珪酸カルシウム水和物からなるリン回収資材を得た。実施例1と同様な条件でリン含有溶液の処理を行なった。その結果を表2に示す。
【0051】
表2に示すように、リン回収資材のCa/Siモル比が、1.0の実施例2、0.8の実施例3、1.5の実施例11は何れも高いリン回収率が得られる。一方、比較例5のように、Ca/Siモル比が2.0と高い比較例5は大幅にリン回収率が低下する。従って、リン回収資材のCa/Siモル比は1.5以下が好ましい。
【0052】
【表2】

【0053】
〔実施例4〕
下水処理場由来の活性汚泥を70℃、1時間加熱し、汚泥中のリンを液中に放出させた。この汚泥を放冷後、カチオン性界面活性剤を200mg/lの割合で添加し、3500rpmで20分間遠心分離して、リン含有液を得た。このリン含有液の分析値を表3に示す。このリン含有液1500mlに硫酸を添加してpHを2.5に下げた後、実施例1のリン回収資材を、添加モル比(Ca/P)=1.85になる量を投入し、30℃に加温した恒温槽中で2時間攪拌して沈澱を生成させ、リンを回収した。この結果を図2に示す。終了後スラリーを自然沈降濃縮し、沈殿を濾過・乾燥してリン回収物を得た。回収品の物性ならびに分析値を表4に示す。
【0054】
〔実施例5〕
実施例2のリン回収資材を用い、実施例4と同様な条件でリン含有液の処理を行なった。この結果を図2および表4に示す。
【0055】
〔実施例6〕
実施例3のリン回収資材を用い、実施例4と同様な条件でリン含有液の処理を行なった。この結果を図2および表4に示す。
【0056】
〔比較例6〕
比較例2の珪酸カルシウム水和物粉末を用い、実施例4と同様な条件でリン含有液の処理を行なった。この結果を図2および表4に示す。
【0057】
〔比較例7〕
比較例3の珪酸カルシウム水和物粉末を用い、実施例4と同様な条件でリン含有液の処理を行なった。この結果を図2および表4に示す。
【0058】
〔比較例8〕
消石灰粉末を用い、実施例4と同様な条件でリン含有排水の処理を行なった。この結果を図2および表4に示す。
【0059】
図2および表4に示すように、本発明のリン回収資材を用いた実施例4、実施例5、実施例6のリン回収率は何れも95%程度であり高い。この回収物の濾過時間は41秒以下であり、濾過性が良好で、含水率も200%以下であり低いレベルにある。さらに、回収物のク溶性リン酸量は20%前後であって、窒素含有量は少なく1%以下であり、副産りん酸肥料の条件(ク溶性リン酸15.0%以上、全窒素1.0%未満)を満足している。
【0060】
一方、従来の珪酸カルシウム水和物をリン回収資材として用いた比較例6、比較例7では、排水中のリンとの反応性に劣るため、回収物のリン酸濃度は15%未満であり、副産りん酸肥料の条件を満足することができない。また、消石灰を用いた比較例8は、リンの回収率は高いものの、回収物の濾過時間は190秒であり、濾過性が著しく低く、さらに含水率も高い。また、有機物が共沈するため回収物中の有機物含量が高く、全窒素は1%を超えるので副産りん酸肥料の条件に適合しない。
【0061】
【表3】

【0062】
【表4】

【0063】
〔実施例7〕
実施例4と同様な条件で下水処理場由来の活性汚泥を処理し、リン含有液を得た。このリン含有液に硫酸を添加してpHを3.3に下げた後、実施例1のリン回収資材を、添加モル比(Ca/P)=1.85になる量を投入し、30℃に加温した恒温槽中で2時間攪拌してリンの回収を行なった。その結果を表5に示す。
【0064】
〔実施例8〕
実施例7と同様に、リン含有液に硫酸を添加してpHを2.3に下げた後、実施例1のリン回収資材を用い、実施例7と同様な条件でリンの回収を行なった。その結果を表5に示す。
【0065】
〔比較例9〕
実施例7と同様に、リン含有液に硫酸を添加してpHを1.8に下げた後、実施例1のリン回収資材を用い、実施例7と同様な条件でリンの回収を行なった。その結果を表5に示す。
【0066】
〔比較例10〕
実施例4と同様な条件で下水処理場由来の活性汚泥を処理してリン含有液を得た。酸は添加せずに、実施例1のリン回収資材を用い、実施例7と同様な条件でリンの回収を行なった。その結果を表5に示す。
【0067】
実施例7、実施例8はリン回収後の濾液のpHが7〜9の範囲に入るように予め酸を処理液に添加してリン回収試験を行なったものである。実施例7および実施例8のリン回収率は90%以上であり高いが、酸を過剰に添加して最終pHが5未満の比較例9、酸無添加で最終pHが9を上回る比較例10ではリンの回収率は低下する。
【0068】
【表5】

【0069】
〔実施例9〕
実施例4と同様な条件で下水処理場由来の活性汚泥を処理し、リン含有液を得た。このリン含有液に硫酸を添加してpHを2.7に下げた後、実施例1のリン回収資材を用い、このリン回収資材と上記リン含有液を連続的に反応容器に供給し、反応温度30℃、平均滞留時間1時間の設定でリン回収実験を行なった。反応終了後のスラリーは自然沈降して濃縮した沈殿を濾過し、乾燥してリン回収物を得た。その結果を表6に示す。
【0070】
リン回収を連続反応で行なった実施例9においても、表6に示すように、リンの回収率が高く、回収物は良好な濾過性を有し、含水率も低い。また副産りん酸肥料の登録要件であるク溶性リン酸15.0%以上、全窒素1.0%未満という条件を満足できる。
【0071】
【表6】

【0072】
〔実施例10〕
実施例4と同様な条件で下水処理場由来の活性汚泥を処理し、リン含有液を得た。このリン含有液に硫酸を添加してpHを2.5に下げた後、実施例1のリン回収資材を、添加モル比(Ca/P)=1.40、1.67、1.85、2.50の設定でそれぞれ添加し、実施例4と同様な条件でリン回収実験を行なった。この時の添加モル比(Ca/P)に対するリン回収率と、回収品のリン含有率の変化を図3に示す。
【0073】
図3によれば、リン回収資材の添加モル比(Ca/P)が低くなると回収率が急速に低下し、逆に添加モル比が高い場合は、回収率は頭打ちとなって回収品のリン酸含有量が低下する。このことから、リン回収資材の添加モル比(Ca/P)は、1.5以上〜2.5以下であることが望ましい。
【0074】
本発明のリン回収資材は多孔質な珪酸カルシウム水和物を用いているので、リンとの反応速度が高く、コンパクトな装置で固液分離が容易な回収品を得ることができる。また回収品の有機物含量が低いため、回収品は副産りん酸肥料の登録要件を満足することができる。また、リン回収の際に、リン含有排水に酸を添加することによって、珪酸カルシウム水和物との反応をスムーズに進めることができ、短時間でリンを回収できる。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】実施例1〜2、比較例1〜3の結果を示すグラフ
【図2】実施例4〜6、比較例6〜8の結果を示すグラフ
【図3】実施例10の結果を示すグラフ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
凝集沈殿用のリン回収資材であって、平均粒子径(メジアン径)150μm以下の微粉末であり、細孔容積0.3cm3/g以上である多孔質の珪酸カルシウム水和物からなることを特徴とするリン回収資材。
【請求項2】
平均粒子径10μm以上〜150μm以下である請求項1のリン回収資材。
【請求項3】
嵩密度0.1g/cm3以上〜0.7g/cm3以下である請求項1または請求項2のリン回収資材。
【請求項4】
Ca/Siモル比0.4以上〜1.5以下である珪酸カルシウム水和物からなる請求項1〜請求項3の何れかに記載するリン回収資材。
【請求項5】
該リン回収資材を用いてリン含有排液から回収した回収物がク溶性リン酸15%以上、および全窒素1%未満である請求項1〜請求項4の何れかに記載するリン回収資材。
【請求項6】
リン含有排水に珪酸カルシウム水和物を添加してリンを凝集沈殿させて回収する方法において、酸を添加して該排水のpHを酸性側にし、珪酸カルシウム水和物の逐次的な分解でカルシウムを溶出させ、該排水中のリンと反応させて珪酸カルシウム水和物粒子表面にヒドロキシアパタイトを生成せしめ、凝集沈殿物を分離してリンを回収することを特徴とするリン回収方法。
【請求項7】
平均粒子径(メジアン径)150μm以下の微粉末であり、細孔容積0.3cm3/g以上である多孔質の珪酸カルシウム水和物からなるリン回収資材を用いる請求項6に記載するリン回収方法。
【請求項8】
請求項6または請求項7のリン回収方法において、反応終了時のpHが5.0以上〜9.0未満になるように酸を添加するリン回収方法。
【請求項9】
排水中のリン含有量に対して、Ca/Pモル比が1.5以上〜2.5以下になるようにリン回収資材を添加する請求項6〜請求項8の何れかに記載するリン回収方法。
【請求項10】
処理温度が10℃以上〜100℃未満である請求項6〜請求項9の何れかに記載するリン回収方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−285635(P2009−285635A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−143895(P2008−143895)
【出願日】平成20年5月30日(2008.5.30)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、生物系特定産業技術研究支援センター「生物系産業創出のための異分野融合研究支援事業」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(592012384)小野田化学工業株式会社 (20)
【Fターム(参考)】