説明

ルテニウムヒドリド錯体

【課題】塩基に敏感なカルボニル化合物を効率よく還元可能なルテニウムヒドリド錯体を提供すること。
【解決手段】一般式(1)
【化1】


(R12P−W−PR34につき、Wは2位及び2’位にてリン原子と結合し他の位置のいずれかに置換基を有していてもよいビナフチル基であり、R1〜R4は、同じであっても異なっていてもよく、置換基を有していてもよい炭化水素基であり、R1とR2とが一緒になって置換基を有していてもよい炭素鎖環を形成してもよく、R3とR4とが一緒になって置換基を有していてもよい炭素鎖環を形成してもよく、R5〜R8は同じであっても異なってもよく、水素原子又は置換基を有していてもよい炭化水素基であり、Zは置換基を有していてもよい炭化水素基であり、Ruの各配位子はどのように配置されていてもよい)で表されるルテニウムヒドリド錯体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規ルテニウムヒドリド錯体と、この錯体を用いたアルコール化合物の製造方法と、この錯体を用いたラセミ体カルボニル化合物の分割方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、均一系触媒としてのルテニウム錯体を使用して、カルボニル化合物を還元してアルコール化合物を製造する種々の方法が知られている。例えば、特開平11−189600号公報には、C2対称軸を有し高度な化学的安定性を有する2,2’−ビス−(ジフェニルホスフィノ)−1,1’−ビナフチルをホスフィン配位子とするルテニウムジクロライド錯体を不斉触媒として、強塩基の存在下でアセトフェノンを還元することにより、それに対応するアルコールを高鏡像体過剰率で高収率に得た例が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平11−189600号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上述のルテニウムジクロライド錯体を不斉触媒とした還元反応は強塩基存在下で行われることから、エステル基やβ−アミノ基などを備えた塩基に敏感なカルボニル化合物を還元しようとすると、副反応が起きてしまい、効率よくアルコール化合物が得られないという問題があった。
【0005】
本発明は、塩基に敏感なカルボニル化合物を効率よく還元可能なルテニウムヒドリド錯体を提供することを目的とする。また、このルテニウムヒドリド錯体を用いたアルコール化合物の製造方法やラセミ体カルボニル化合物の分割方法を提供することを他の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは鋭意研究した結果、強塩基の不存在下でカルボニル化合物を還元する触媒として機能するルテニウムヒドリド錯体として、一般式(1)の化合物を見出した。なお、本明細書中、一般式(1)は一つのジアステレオマーに限るものではなく、cis体、trans体のいずれであってもよい。
【0007】
【化2】

【0008】
(R12P−W−PR34につき、Wは2位及び2’位にてリン原子と結合し他の位置のいずれかに置換基を有していてもよいビナフチル基であり、R1〜R4は、同じであっても異なっていてもよく、置換基を有していてもよい炭化水素基であり、R1とR2とが一緒になって置換基を有していてもよい炭素鎖環を形成してもよく、R3とR4とが一緒になって置換基を有していてもよい炭素鎖環を形成してもよく、R5〜R8は同じであっても異なってもよく、水素原子又は置換基を有していてもよい炭化水素基であり、Zは置換基を有していてもよい炭化水素基であり、Ruの各配位子はどのように配置されていてもよい)
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】ルテニウムヒドリド錯体の構造式である。
【図2】アセトフェノンの不斉水素化の反応式である。
【図3】アセトフェノンの不斉水素化の反応式である。
【図4】アセトフェノンの不斉水素化の反応式である。
【図5】4−アセチル安息香酸エチルの不斉水素化の反応式である。
【図6】4−アセチル安息香酸(R)−アセトングリセリルの不斉水素化の反応式である。
【図7】7−オキソ−7−フェニルヘプタン酸メチルの不斉水素化の反応式である。
【図8】(R)−グリシジル 3−アセチルフェニルエーテルの不斉水素化の反応式である。
【図9】3−(ジメチルアミノ)プロピオフェノンの不斉水素化の反応式である。
【図10】(E)−3−ノネン−2−オンの不斉水素化の反応式である。
【図11】ラセミ体2−イソプロピルシクロヘキサノンの速度論的光学分割の反応式である。
【図12】ラセミ体2−メトキシシクロヘキサノンの速度論的光学分割の反応式である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
一般式(1)のルテニウムヒドリド錯体によれば、従来のルテニウムジハライド錯体に比べて、強塩基が存在しなくてもカルボニル化合物を還元できるため、塩基に敏感なカルボニル化合物を効率よく還元してアルコール化合物を製造することができる。
【0011】
一般式(1)のR1〜R4における置換基を有してもよい炭化水素基は、脂肪族、脂環族の飽和又は不飽和の炭化水素基、単環又は多環の芳香族もしくは芳香脂肪族の炭化水素、あるいは置換基をもつこれら炭化水素基の各種のものであってよい。たとえばアルキル、アルケニル、シクロアルキル、シクロアルケニル、フェニル、トリル、キシリル、ナフチル、フェニルアルキル等の炭化水素基と、これら炭化水素基に、さらにアルキル、アルケニル、シクロアルキル、アリール、アルコキシ、エステル、アシルオキシ、ハロゲン原子、ニトロ、シアノ基等の許容される各種の置換基を有するもののうちから選択してもよい。そして、R1とR2、R3とR4が環を形成する場合には、R1とR2、R3とR4は、結合して炭素鎖を形成し、この炭素鎖上にアルキル、アルケニル、シクロアルキル、アリール、アルコキシ、エステル、アシルオキシ、ハロゲン原子、ニトロ、シアノ基等の許容される各種の置換基をもつものを選択してもよい。
【0012】
一般式(1)におけるアミン配位子(一般式(2)参照)は、エチレンジアミン、1,2−ジアミノプロパン、1,3−ジアミノプロパン、1,4−ジアミノブタン、2,3−ジアミノブタン、1,2−シクロペンタンジアミン、1,2−シクロヘキサンジアミン、N−メチルエチレンジアミン、N,N′−ジメチルエチレンジアミン、N,N,N′−トリメチルエチレンジアミン、N,N,N′,N′−テトラメチルエチレンジアミン、o−フェニレンジアミン、p−フェニレンジアミンなどが例示される。また、光学活性ジアミン化合物も用いることもできる。例えば光学活性1,2−ジフェニルエチレンジアミン、1,2−シクロヘキサンジアミン、1,2−シクロヘプタンジアミン、2,3−ジメチルブタンジアミン、1−メチル−2,2−ジフェニルエチレンジアミン、1−イソブチル−2,2−ジフェニルエチレンジアミン、1−イソプロピル−2,2−ジフェニルエチレンジアミン、1−メチル−2,2−ジ(p−メトキシフェニル)エチレンジアミン、1−イソブチル−2,2−ジ(p−メトキシフェニル)エチレンジアミン、1−イソプロピル−2,2−ジ(p−メトキシフェニル)エチレンジアミン、1−ベンジル−2,2−ジ(p−メトキシフェニル)エチレンジアミン、1−メチル−2,2−ジナフチルエチレンジアミン、1−イソブチル−2,2−ジナフチルエチレンジアミン、1−イソプロピル−2,2−ジナフチルエチレンジアミン、などの光学活性ジアミン化合物を例示することができる。さらに用いることのできる光学活性ジアミン化合物は例示した光学活性エチレンジアミン誘導体に限るものでなく光学活性なプロパンジアミン誘導体、ブタンジアミン誘導体等を用いることができる。
【0013】
【化3】

【0014】
錯体合成のための出発原料であるルテニウム錯体には、0価、1価、2価、3価及び、さらに高原子価の錯体を用いることができる。0価、及び1価のルテニウム錯体を用いた場合には、最終段階までにルテニウムの酸化が必要である。2価の錯体を用いた場合には、ルテニウム錯体とホスフィン配位子、及び、アミン配位子を順次もしくは逆の順で、又は、同時に反応することにより合成できる。3価、及び4価以上のルテニウム錯体を出発原料に用いた場合には、最終段階までに、ルテニウム原子の還元が必要である。出発原料となるルテニウム錯体としては、例えば特開平11−189600号公報に記載されているものを用いることができるが、具体例をいくつか示せば、塩化ルテニウム(III)水和物、臭化ルテニウム(III)水和物、沃化ルテニウム(III)水和物等の無機ルテニウム化合物、〔2塩化ルテニウム(ノルボルナジエン)〕多核体、〔2塩化ルテニウム(シクロオクタジエン)〕多核体等のジエンが配位したルテニウム化合物、〔2塩化ルテニウム(ベンゼン)〕二核体、〔2塩化ルテニウム(p−シメン)〕二核体、〔2塩化ルテニウム(トリメチルベンゼン)〕二核体、〔2塩化ルテニウム(ヘキサメチルベンゼン)〕二核体等の芳香族化合物が配位したルテニウム錯体、また、ジクロロトリス(トリフェニルホスフィン)ルテニウム等のホスフィンが配位した錯体等が挙げられる。
【0015】
出発原料であるルテニウム錯体とホスフィン配位子との反応は、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素溶媒、ペンタン、ヘキサンなどの脂肪族炭化水素溶媒、塩化メチレンなどのハロゲン含有炭化水素溶媒、エーテル、テトラヒドロフランなどのエーテル系溶媒、メタノール、エタノール、2−プロパノール、ブタノール、ベンジルアルコールなどのアルコール系溶媒、アセトニトリル、N,N−ジメチルアセトアミド(DMA)、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、N−メチルピロリドン、ジメチルスルホキサイド(DMSO)などヘテロ原子を含む有機溶媒中、反応温度−100℃から200℃の間で行われ、ホスフィン−ルテニウムハライド錯体を得ることができる。
【0016】
得られたホスフィン−ルテニウムハライド錯体とアミン配位子との反応は、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素溶媒、ペンタン、ヘキサンなどの脂肪族炭化水素溶媒、塩化メチレンなどのハロゲン含有炭化水素溶媒、エーテル、テトラヒドロフランなどのエーテル系溶媒、メタノール、エタノール、2−プロパノール、ブタノール、ベンジルアルコールなどのアルコール系溶媒、アセトニトリル、DMA、DMF、N−メチルピロリドン、DMSOなどヘテロ原子を含む有機溶媒中、反応温度−100℃から200℃の間で行われジアミン−ホスフィン−ルテニウムハライド錯体を得ることができる。
【0017】
さらに、得られたジアミン−ホスフィン−ルテニウムハライド錯体を、水素化ホウ素金属塩にて水素化することにより、一般式(1)で表されるルテニウムヒドリド錯体を得ることができる。たとえば、ジアミン−ホスフィン−ルテニウムハライド錯体を、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素溶媒、ペンタン、ヘキサンなどの脂肪族炭化水素溶媒、塩化メチレンなどのハロゲン含有炭化水素溶媒、エーテル、テトラヒドロフランなどのエーテル系溶媒、メタノール、エタノール、2−プロパノール、ブタノール、ベンジルアルコールなどのアルコール系溶媒、アセトニトリル、DMA、DMF、N−メチルピロリドン、DMSOなどヘテロ原子を含む有機溶媒中、反応温度−100℃から200℃の間で、水素化ホウ素ナトリウムや水素化ホウ素カリウム等の水素化ホウ素金属塩と反応することで、一般式(1)で表されるルテニウムヒドリド錯体を得ることができる。また、最初に、ホスフィン−ルテニウムハライド錯体を、ホスフィン−ルテニウムヒドリド錯体に変換した後、ジアミンと反応させて一般式(1)で表されるルテニウムヒドリド錯体を得ることもできる。
【0018】
一般式(1)で表されるルテニウムヒドリド錯体を還元触媒として用いる場合、その使用量は反応容器や経済性によって異なるが、反応基質であるカルボニル化合物とのモル比S/C(Sは基質、Cは触媒)が10〜5000000で用いることができ、500〜10000の範囲で用いることが好ましい。一般式(1)で表されるルテニウムヒドリド錯体は、カルボニル化合物の還元時に塩基を添加する必要はなく、塩基不存在下、カルボニル化合物と混合後、水素圧をかけるか、又は、水素供与体の存在下に攪拌することにより、カルボニル化合物を還元してアルコール化合物を製造することができる。また、このルテニウムヒドリド錯体は単離したものを還元触媒として用いてもよいが、このルテニウムヒドリド錯体を調製したあと単離せずにそのまま用いてもよく、例えば調製した反応系内で還元反応を行ってもよい。
【0019】
一般式(1)で表されるルテニウムヒドリド錯体を用いてカルボニル化合物を還元してアルコール化合物を製造する際の溶媒としては、適宜なものを用いることができる。例としてトルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素溶媒、ペンタン、ヘキサンなどの脂肪族炭化水素溶媒、塩化メチレンなどのハロゲン含有炭化水素溶媒、エーテル、テトラヒドロフランなどのエーテル系溶媒、メタノール、エタノール、2−プロパノール、ブタノール、ベンジルアルコールなどのアルコール系溶媒、アセトニトリル、DMA、DMF、N−メチルピロリドン、DMSOなどヘテロ原子を含む有機溶媒、又はこれらの混合溶媒を用いることができる。ここで、反応生成物がアルコール化合物であることから、反応溶媒としてはアルコール系溶媒が好ましく、このうち2−プロパノールのような第2級アルコールが特に好ましい。なお、無溶媒条件で還元反応を行うことも可能である。
【0020】
この還元反応における水素の圧力は、本触媒系が極めて高活性であることから0.5気圧で十分でもあるが、経済性を考慮すると1〜200気圧の範囲で、好ましくは3〜100気圧の範囲が望ましいが、プロセス全体の経済性を考慮して50気圧以下でも高い活性を維持することも可能である。反応温度は経済性を考慮して15℃から100℃で行うことが好ましいが、20〜45℃の室温付近で反応を実施することもできる。ただ、この還元反応においては、−30〜0℃の低温でも反応が進行する。反応時間は反応基質濃度、温度、圧力等の反応条件によって異なるが数分から数日で反応は完結する。この還元反応は反応形式がバッチ式においても連続式においても実施することができる。
【0021】
一般式(1)で表されるルテニウムヒドリド錯体のうちホスフィン配位子がR体のものを用いれば、強塩基の不存在下で水素又は水素を供与する化合物の存在下、反応溶媒中、非対称カルボニル化合物を不斉還元して光学活性なアルコール化合物を製造することができる。ここで、アミン配位子は光学活性なジアミンであることが好ましい。このとき、アミン配位子のキラル中心炭素はR,R体であってもよいし、S,S体であってもよいし、両者が混在していてもよい(例えばラセミ体)が、R,R体かS,S体のいずれかであることが好ましい。アミン配位子がR,R体のものを用いるかS,S体のものを用いるかは、反応基質である非対称カルボニル化合物の種類に応じて決めるのが好ましい。すなわち、非対称カルボニル化合物の種類に応じて、アミン配位子がR,R体のときの方が好結果が得られたりアミン配位子がS,S体のときの方が好結果が得られたりするため、反応基質に応じてアミン配位子の立体構造を決めるのが好ましい。また、一般式(1)で表されるルテニウムヒドリド錯体のうちホスフィン配位子がS体のものを用いても、強塩基の不存在下で水素又は水素を供与する化合物の存在下、反応溶媒中、非対称カルボニル化合物を不斉還元して光学活性なアルコール化合物を製造することができる。ここで、アミン配位子は光学活性なジアミンであることが好ましい。このとき、アミン配位子のキラル中心炭素はR,R体であってもよいし、S,S体であってもよいし、両者が混在していてもよい(例えばラセミ体)が、R,R体かS,S体のいずれかであることが好ましい。アミン配位子がR,R体のものを用いるかS,S体のものを用いるかは、反応基質である非対称カルボニル化合物の種類に応じて決めるのが好ましい。すなわち、非対称カルボニル化合物の種類に応じて、アミン配位子がR,R体のときの方が好結果が得られたりアミン配位子がS,S体のときの方が好結果が得られたりするため、反応基質に応じてアミン配位子の立体構造を決めるのが好ましい。
【0022】
一般式(1)で表されるルテニウムヒドリド錯体のうちアミン配位子がR,R体のものを用いれば、強塩基の不存在下で水素又は水素を供与する化合物の存在下、反応溶媒中、非対称カルボニル化合物を不斉還元して光学活性なアルコール化合物を製造することができる。ここで、ホスフィン配位子はR体であってもよいし、S体であってもよいし、両者が混在していてもよい(例えばラセミ体)が、R体かS体のいずれかであることが好ましい。ホスフィン配位子がR体のものを用いるかS体のものを用いるかは、反応基質である非対称カルボニル化合物の種類に応じて決めるのが好ましい。すなわち、非対称カルボニル化合物の種類に応じて、ホスフィン配位子がR体のときの方が好結果が得られたりホスフィン配位子がS体のときの方が好結果が得られたりするため、反応基質に応じてホスフィン配位子の立体構造を決めるのが好ましい。また、一般式(1)で表されるルテニウムヒドリド錯体のうちアミン配位子がS,S体のものを用いても、強塩基の不存在下で水素又は水素を供与する化合物の存在下、反応溶媒中、非対称カルボニル化合物を不斉還元して光学活性なアルコール化合物を製造することができる。ここで、ホスフィン配位子はR体であってもよいし、S体であってもよいし、両者が混在していてもよい(例えばラセミ体)が、R体かS体のいずれかであることが好ましい。ホスフィン配位子がR体のものを用いるかS体のものを用いるかは、反応基質である非対称カルボニル化合物の種類に応じて決めるのが好ましい。すなわち、非対称カルボニル化合物の種類に応じて、ホスフィン配位子がR体のときの方が好結果が得られたりホスフィン配位子がS体のときの方が好結果が得られたりするため、反応基質に応じてホスフィン配位子の立体構造を決めるのが好ましい。
【0023】
一般式(1)で表されるルテニウムヒドリド錯体を用いて、強塩基の不存在下で水素又は水素を供与する化合物の存在下、反応溶媒中、非対称カルボニル化合物を還元してアルコール化合物を製造する場合、非対称カルボニル化合物は塩基に敏感なものであってもよい。この還元反応では強塩基を存在させないため、塩基に敏感な非対称カルボニル化合物であってもカルボニルの還元反応以外の副反応が起こりにくい。このような塩基に敏感な非対称カルボニル化合物としては、エステル基、エポキシ基又はβ−アミノ基を備えた非対称カルボニル化合物およびα,β−不飽和ケトンなどが挙げられる。例えば、非対称カルボニル化合物がエステル基を有している場合には、従来のようにアルコール溶媒中で強塩基の存在下で反応を行うと、エステル基のアルコキシ部分が溶媒であるアルコールに置き換わるエステル交換反応が副次的に進むという不具合があったが、本発明ではそのような不具合は生じない。また、非対称カルボニル化合物がエポキシ基を有している場合には、従来のように強塩基の存在下ではエポキシ開環反応が副次的に進むという不具合があったが、本発明ではそのような不具合は生じない。更に、非対称カルボニル化合物がβ−アミノ基を有している場合には、従来のように強塩基の存在下ではβ−アミノ基が脱離するという不具合が生じたが、本発明ではそのような不具合は生じない。更にまた、3−ノネン−2−オンのようなα、β−不飽和ケトンでは、塩基の存在下で高分子化合物を副生するという不具合があったが、本発明ではそのような不具合は生じない。
【0024】
一般式(1)で表されるルテニウムヒドリド錯体を用いれば、強塩基の不存在下で水素又は水素を供与する化合物の存在下、反応溶媒中、異なる鏡像異性体が混在するカルボニル化合物のうち一方の鏡像異性体を選択的に還元することにより他方の鏡像異性体、つまりラセミ体カルボニル化合物を分割することができる。例えば、反応基質としてα位に置換基を有しそのα位の炭素が不斉炭素であるカルボニル化合物を用いると、α位がRかSのうちの一方が速く還元されてアルコールになり、もう一方がカルボニル化合物のまま残るため、結果的に光学分割が可能となる。α位に置換基を有しそのα位の炭素が不斉炭素であるカルボニル化合物としては、例えば、2−イソプロピルシクロヘキサノン、2−メチルシクロヘキサノン、2−イソプロピルシクロペンタノン、2−イソプロピルシクロヘプタノン、2−エチルシクロヘキサノン、2−ベンジルシクロヘキサノン、2−アリルシクロヘキサノン、2−フェニルプロピオフェノンなどのα位に炭化水素基を有するケトン、2−メトキシシクロヘキサノン、2−エトキシシクロヘキサノン、2−イソプロピルオキシシクロヘキサノン、2−t−ブチルオキシシクロヘキサノン、2−フェノキシシクロヘキサノン、2−メトキシシクロペンタノン、2−メトキシシクロヘプタノン、2−メトキシプロピオフェノンなどのα−アルコキシケトン、2−(ジメチルアミノ)シクロヘキサノン、2−(メチルアミノ)シクロヘキサノン、2−(ベンゾイルメチル)アミノシクロヘキサノン、2−(ジメチルアミノ)シクロペンタノン、2−(ジメチルアミノ)シクロヘプタノンなどのα−アミノケトンが挙げられる。
【実施例】
【0025】
[測定機器および装置]核磁気共鳴(NMR)装置は日本電子社製JNM−A400(1HNMR、400MHz;13CNMR、100MHz;31PNMR、166MHz)型装置を用いて測定した。化学シフトはδ値をppmで表し、1HNMRおよび13CNMRはテトラメチルシラン(TMS)を内部標準物質に、31PNMRは10%リン酸重水溶液を外部標準に用い、それらの信号をδ=0とした。結合定数(J)はHzで表し、信号の分裂の様式は一重線をs、二重線をd、三重線をt、四重線をq、多重線をm、広幅線をbrと略表記した。比施光度([α]D)は記載した溶媒と濃度で5mmφ×5cmのセルを用いて、日本分光社製P−1010−GT型装置にて測定した。ガスクロマトグラフ分析はヒューレット・パッカード(HEWLETT PACKARD)社製6890型装置を用いて記載したキャピラリーカラム、ヘリウム圧でFIDにて検出した。高速液体クロマトグラフ分析はポンプに日本分光社製PU−980型、UV検出器に日本分光社製UV−975を用いて、記載したカラム、溶媒、UV検出波長、流量にて測定した。分析用および分取用シリカゲル薄層クロマトグラフィー(TLC)にはメルク(Merk)社製キーゼルゲル(Kieselgel)60F254Art.5715(厚さ0.25mm)を使用した。分取用カラムクロマトグラフィーには関東化学社製シリカゲル(SilicaGel)60N(40−50μm)を用いた。
【0026】
[実施例1]
trans−RuH(η1−BH4)[(R)−tolbinap][(R,R)−dpen]の合成を行った。まず、trans−RuCl2[(R)−tolbinap][(R,R)−dpen]を合成した。すなわち、ポリテトラフルオロエチレンでコートした撹拌子を備えた50mLのシュレンク型反応管に[RuCl2(benzene)]2(129mg,0.258mmol)(アルドリッチ(Aldrich)社製)と(R)−TolBINAP(373mg,0.55mmol)(アヅマックス(AZmax)社製)を量り取り、容器内を減圧にして空気を除いた後にアルゴンを導入した。DMF(9mL)を注射器で加えたあと、アルゴン雰囲気下、100℃の油浴中で10分間加熱した。反応溶液を室温まで冷却した後、この赤褐色のRuCl2[(R)−tolbinap](dmf)n溶液に、アルゴン気流下、(R、R)−DPEN(117mg,0.55mmol)(環境科学センター製)を加え、25℃で3時間撹拌した。減圧下(1mmHg)でDMFを留去して得られた緑色の粗精製物に塩化メチレン(10mL)を加え、黄色の生成物をできるだけ溶かした後、ろ過により緑色の不純物を除去した。ろ過して得られた黄色の溶液を約1mLまで濃縮したところに、ジエチルエーテル(5mL)を加えて固形物を析出させた。得られた固形物をろ別し、減圧下(1mmHg)で乾燥してtrans−RuCl2[(R)−tolbinap][(R,R)−dpen](340mg,0.32mmol,収率58%)を黄色の粉体として得た。なお、「TolBINAP」及び「tolbinap」は2,2’−ビス(ジ−4−トリルホスフィノ)−1,1’−ビナフチルの略であり、「DMF」及び「dmf」はN,N−ジメチルホルムアミドの略であり、「DPEN」及び「dpen」は1,2−ジフェニルエチレンジアミンの略である。
【0027】
次に、ポリテトラフルオロエチレンでコートした撹拌子を備えた50mLのシュレンク型反応管に、前出のtrans−RuCl2[(R)−tolbinap][(R,R)−dpen](106.3mg,0.1mmol)と水素化ホウ素ナトリウム(94.6mg,2.5mmol)(ナカライ社製)を量り取り、容器内を減圧にして空気を除いた後にアルゴンを導入した。体積比1:1のベンゼン−エタノール混合溶媒(4mL)を注射器で加えた後、アルゴン雰囲気下、65℃の油浴中で5分間加熱した後、反応溶液を室温で30分間撹拌した。減圧下(1mmHg)で溶媒を留去して粗精製物を乾固させた後、アルゴン気流下でベンゼン(6mL)を加え、黄色の生成物をできるだけ溶かした後,セライト(0.5g)ろ過により過剰の水素化ホウ素ナトリウムを除去した。得られた黄色のろ液を減圧下(1mmHg)で約1mLまで濃縮したところに、アルゴン気流下でヘキサン(6mL)を加えて析出させた黄色の固体をグラスフィルタでろ別し、減圧下(1mmHg)で乾燥することによりtrans−RuH(η1−BH4)[(R)−tolbinap][(R,R)−dpen](76.0mg,収率70%,図1(a)参照)を黄色の粉体として得た。:分解点164℃;1HNMR(400MHz,C66)δ−13.60(t,1,J=22.4Hz,RuH),−0.40(brs,4,BH4),1.45(s,3,CH3),1.55(s,3,CH3),1.62(s,3,CH3),1.63(s,3,CH3),1.95(dd,1,J=7.2and8.4Hz,NHH),2.38(d,1,J=8.2Hz,NHH),3.65(dd,1,J=7.9and11.2Hz,CHNH2),3.82−3.88(m,2,2NHH),4.00(ddd,1,J=7.9,8.4and11.6Hz,CHNH2),6.13−8.12(m,38,aromatics);31PNMR(161.7MHz,C66)δ71.2(d,J=41.4Hz),75.2(d,J=41.4Hz);IR(toluene)2316(s),1862(s),1092(s),1080(s)cm-1;ESI−MS m/z1007.26([M−H]+),理論値(C6260BN22Ru)1007.34。得られた粉体を体積比約1:5のTHF−ヘキサン混合溶媒から再結晶することで黄色のプリズム晶が得られ、このものをX線結晶構造解析に用いた。
【0028】
[実施例2]
trans−RuH(η1−BH4)[(S)−xylbinap][(S,S)−dpen]の合成を行った。まず、trans−RuCl2[(S)−xylbinap][(S,S)−dpen]を合成した。すなわち、ポリテトラフルオロエチレンでコートした撹拌子を備えた75mLのシュレンク型反応管に[RuCl2(benzene)]2(62.5mg,0.125mmol)(アルドリッチ(Aldrich)社製)と(R)−XylBINAP(183.5mg,0.25mmol)を量り取り、容器内を減圧にして空気を除いた後にアルゴンを導入した。DMF(3mL)を注射器で加えたあと、アルゴン雰囲気下、100℃の油浴中で10分間加熱した。反応溶液を室温まで冷却した後、減圧下(1mmHg)でDMFを留去した。このようにして得られた赤褐色のRuCl2[(S)−xylbinap](dmf)n溶液に、アルゴン気流下、(S,S)−DPEN(53.0mg,0.25mmol)(環境科学センター製)と塩化メチレン(3mL)を加え、25℃で1時間撹拌した。減圧下(1mmHg)で塩化メチレンを留去して得られた緑色の粗精製物を体積比1:1の塩化メチレン−ジエチルエーテル(2mL)に溶かした後、このものを、シリカゲル(5g)を充填した体積比1:1のジエチルエーテル−ヘキサン溶液を溶離液とするカラムに通して不純物を除去した。先行物として得られた黄色の溶液を錯体が析出するまで濃縮して固形物をろ別し、減圧下(1mmHg)で乾燥してtrans−RuCl2[(S)−xylbinap][(S,S)−dpen](214.8mg,0.192mmol,収率77%)を黄色の粉体として得た。なお、「XylBINAP」及び「xylbinap」は2,2’−ビス(ジ−3,5−キシリルホスフィノ)−1,1’−ビナフチルの略である。
【0029】
ポリテトラフルオロエチレンでコートした撹拌子を備えた20mLのシュレンク型反応管に、前出のtrans−RuCl2[(S)−xylbinap][(S,S)−dpen](89.5mg,0.08mmol)と水素化ホウ素ナトリウム(75.6mg,2.0mmol)(ナカライ社製)を量り取り、容器内を減圧にして空気を除いた後にアルゴンを導入した。体積比1:1のベンゼン−エタノール混合溶媒(6mL)を注射器で加えた後、アルゴン雰囲気下、65℃の油浴中で5分間加熱した後、反応溶液を室温で30分間撹拌した。減圧下(1mmHg)で溶媒を留去して粗精製物を乾固させた後、アルゴン気流下でヘキサン(5mL)を加え、黄色の生成物をできるだけ溶かした後,セライト(0.5g)ろ過により過剰の水素化ホウ素ナトリウムを除去した。得られた黄色のろ液を減圧下(1mmHg)で約1mLまで濃縮して析出させた黄色の固体をグラスフィルタでろ別し、減圧下(1mmHg)で乾燥することによりtrans−RuH(η1−BH4)[(S)−xylbinap][(S,S)−dpen](38.3mg,収率45%,図1(b)参照)を黄色の粉体として得た。:分解点220℃;1HNMR(400MHz,C66)δ−13.67(t,1,J=23.2Hz,RuH),−0.48(brs,4,BH4),1.59(brs,12,4CH3),1.78(s,6,2CH3),2.00(s,6,2CH3),2.28−2.35(m,2,2NHH),3.62−3.67(m,1,CHNH2),3.76−3.81(m,2,2CHNH2),4.09(dd,1,J=9.6and18.2Hz,CHNH2),5.77−8.38(m,34,aromatics);31PNMR(161.7MHz,C66)δ73.1(d,J=41.4Hz),76.8(d,J=41.4Hz);IR(toluene)2319(s),1850(s),1125(s)cm-1;ESI−MS m/z1063.33([M−H]+),理論値(C6668BN22Ru)1063.40。
【0030】
[実施例3]
trans−RuH(η1−BH4)[(S)−xylbinap][(R,R)−dpen]の合成を行った。まず、trans−RuCl2[(S)−xylbinap][(R,R)−dpen]の合成を行った。すなわち、ポリテトラフルオロエチレンでコートした撹拌子を備えた75mLのシュレンク型反応管に[RuCl2(benzene)]2(25.0mg,0.05mmol)(アルドリッチ(Aldrich)社製)と(R)−XylBINAP(73.4mg,0.1mmol)を量り取り、容器内を減圧にして空気を除いた後にアルゴンを導入した。DMF(2mL)を注射器で加えたあと、アルゴン雰囲気下、100℃の油浴中で10分間加熱した。反応溶液を室温まで冷却した後、減圧下(1mmHg)でDMFを留去した。このようにして得られた赤褐色のRuCl2[(S)−xylbinap](dmf)n溶液に、アルゴン気流下、(R,R)−DPEN(53.0mg,0.25mmol)と塩化メチレン(1.5mL)を加え、25℃で1時間撹拌した。減圧下(1mmHg)で塩化メチレンを留去して得られた緑色の粗精製物を体積比1:1の塩化メチレン−ジエチルエーテル(2mL)に溶かした後、このものを、シリカゲル(5g)を充填した体積比1:1のジエチルエーテル−ヘキサン溶液を溶離液とするカラムに通して不純物を除去した。先行物として得られた黄色の溶液を錯体が析出するまで濃縮して固形物をろ別し、減圧下(1mmHg)で乾燥してtrans−RuCl2[(S)−xylbinap][(R,R)−dpen](74.9mg,0.067mmol,収率67%)を黄色の粉体として得た。
【0031】
ポリテトラフルオロエチレンでコートした撹拌子を備えた20mLのシュレンク型反応管に、前出のtrans−RuCl2[(S)−xylbinap][(R,R)−dpen](67.1mg,0.06mmol)と水素化ホウ素ナトリウム(56.7mg,1.5mmol)を量り取り、容器内を減圧にして空気を除いた後にアルゴンを導入した。体積比1:1のベンゼン−エタノール混合溶媒(4mL)を注射器で加えた後、アルゴン雰囲気下、65℃の油浴中で5分間加熱した後、反応溶液を室温で30分間撹拌した。減圧下(1mmHg)で溶媒を留去して粗精製物を乾固させた後、アルゴン気流下でヘキサン(5mL)を加え、黄色の生成物をできるだけ溶かした後,セライト(0.5g)ろ過により過剰の水素化ホウ素ナトリウムを除去した。得られた黄色のろ液を減圧下(1mmHg)で約1mLまで濃縮して析出させた黄色の固体をグラスフィルタでろ別し、減圧下(1mmHg)で乾燥することによりtrans−RuH(η1−BH4)[(S)−xylbinap][(R,R)−dpen](40.5mg,収率63%,図1(c)参照)を黄色の粉体として得た。:分解点218℃;1HNMR(400MHz,C66)δ−13.60(dd,1,J=22.0and24.6Hz,RuH),−0.48(brs,4,BH4),1.58(brs,12,4CH3),1.71(s,6,2CH3),1.96(s,6,2CH3),2.08(d,1,J=9.2Hz,NHH),2.66−2.70(m,1,NHH),3.11(dd,1,J=9.2and9.2Hz,NHH),3.93−3.99(m,1,CHNH2),4.24−4.31(m,1,CHNH2),4.88(dd,1,J=10.4and10.4Hz,NHH),5.78−8.39(m,34,aromatics);31PNMR(161.7MHz,C66)δ73.2(d,J=41.6Hz),76.0(d,J=41.6Hz);IR(toluene)2322(s),1850(s),1125(s)cm-1;ESI−MS m/z1063.35([M−H]+),理論値(C6668BN22Ru)1063.40。
【0032】
[実施例4]
アセトフェノンの不斉水素化を行った(一般的操作方法、図2参照)。まず、ポリテトラフルオロエチレンでコートした撹拌子を備えた100mLのガラス製オートクレーブに、実施例2で合成した(S,SS)−ルテニウムヒドリド錯体(1.5mg,0.00125mmol)を量り取り、容器内を減圧にして空気を除いた後に、アルゴンを導入した。ここにあらかじめアルゴンバブリングにより脱気したアセトフェノン(600mg,5.0mmol)(ナカライ社製)および2−プロパノール(2.5mL)をアルゴン気流下、注射器を用いて加えた。得られた溶液を撹拌しながら減圧−アルゴン注入の操作を5回繰り返して脱気した。水素導入管を用いてオートクレーブに水素ボンベを接続し、導入管内の空気を2気圧の水素で5回置換した。続いてオートクレーブ内の圧力を5気圧とし、注意深く1気圧になるまで水素を開放した。この操作を10回繰り返した後、水素圧を8気圧とし、25℃で12時間激しく撹拌した。反応終了後、得られた溶液を減圧濃縮した。この粗精製物を減圧下(1mmHg)、簡易蒸留することにより、99%eeの(R)−1−フェニルエタノール(582mg,4.75mmol,収率95%)を無色の油状物として得た。ガスクロマトグラフ分析による変換率および鏡像体過剰率はともに99%であった:GC(カラム、Chirasil−DEX CB:内径(df)、0.25mm,サイズ、0.32mmx25m,CHROMPACK社製;カラム温度、105℃;インジェクションおよびディテクションの温度、200℃;ヘリウム圧、41kPa;(R)−1−フェニルエタノールの保持時間(tR)、21.7分(99.56%);(S)−1−フェニルエタノールのtR、23.5分(0.43%);アセトフェノンのtR、9.5分(0.01%));1HNMR(400MHz,CDCl3)δ1.50(d,3,J=6.6Hz,CH3),4.90(dq,1,J=3.3and6.6Hz,CHOH),7.21−7.41(m,5,aromatics);[α]28D+51.8°(c0.984,CH2Cl2);絶対構造、R;文献値、[α]23D+48.6°(c0.9−1.1,CH2Cl2),96%ee(R)。
【0033】
[実施例5]
アセトフェノンの不斉水素化を行った(図3参照)。すなわち、実施例2で合成した(S,SS)−ルテニウムヒドリド錯体(1.5mg,0.00125mmol)、基質としてアセトフェノン(150mg,1.25mmol)、溶媒として2−プロパノール(1.5mL)を用いて、実施例4に準じて反応を行った。但し、水素圧を1気圧とし、反応温度を25℃とし、反応時間を12時間とした。その結果、(R)−1−フェニルエタノールが変換率99%、単離収率95%(293mg,1.19mmol)、鏡像体過剰率97%で得られた。
【0034】
[実施例6]
アセトフェノンの不斉水素化を行った(図4参照)。すなわち、実施例1で合成した(R,RR)−ルテニウムヒドリド錯体(45.3mg,0.0425mmol)、基質としてアセトフェノン(102.1g,0.85mol)、溶媒として2−プロパノール(100mL)を用いて、実施例4に準じて反応を行った。但し、水素圧を10気圧とし、反応温度を22〜41℃とし、反応時間を14時間とした。その結果、(S)−1−フェニルエタノールが変換率99.8%、単離収率97%(100.7g,0.82mol)、鏡像体過剰率81%で得られた。
【0035】
[実施例7]
4−アセチル安息香酸エチルの不斉水素化を行った(図5参照)。すなわち、実施例2で合成した(S,SS)−ルテニウムヒドリド錯体(1.5mg,0.00125mmol)、基質として4−アセチル安息香酸エチル(961mg,5.0mmol)(和光社製)、溶媒として2−プロパノール(5mL)を用いて、実施例4に準じて反応を行った。但し、水素圧を8気圧とし、反応温度を25℃とし、反応時間を15時間とした。その結果、(R)−4−(1−ヒドロキシエチル)安息香酸エチルが変換率100%、単離収率98%(951mg,4.9mmol)、鏡像体過剰率99%で得られた。GC(カラム、Chirasil−DEX CB;カラム温度、150℃;インジェクションおよびディテクションの温度、250℃;ヘリウム圧、49kPa;(R)−4−(1−ヒドロキシエチル)安息香酸エチルのtR、32.2分(99.4%);(S)−4−(1−ヒドロキシエチル)安息香酸エチルのtR、35.1分(0.6%);4−アセチル安息香酸エチルのtR、35.5分(0%);[α]26D+32.0°(c0.912,CH3OH);絶対構造、R;文献値、[α]21D+32.6°(c0.873,CH3OH),98.6%ee,(R)。
【0036】
[実施例8]
4−アセチル安息香酸(R)−アセトングリセリルの不斉水素化を行った(図6参照)。すなわち、実施例2で合成した(S,SS)−ルテニウムヒドリド錯体(1.5mg,0.00125mmol)、基質として4−アセチル安息香酸(R)−アセトングリセリル(696mg,2.5mmol)、溶媒として2−プロパノール(2.5mL)を用いて、実施例4に準じて反応を行った。但し、水素圧を8気圧とし、反応温度を25℃とし、反応時間を16時間とした。その結果、(R)−4−(1−ヒドロキシエチル)安息香酸(R)−アセトングリセリルが変換率100%、単離収率98%(686mg,2.45mmol)、鏡像体過剰率99%で得られた。HPLC(カラム、CHIRALCEL OB−H:サイズ、4.6mm×250mm,ダイセル化学社製;溶媒、9:1ヘキサン/2−プロパノール;温度、30℃;UV波長、254nm;流量、0.5mL/分;(R)−4−(1−ヒドロキシエチル)安息香酸(R)−アセトングリセリルのtR、24.6分(98.3%);S,RアルコールのtR、18.9分(1.7%));[α]29D+34.2°(c1.085,CHCl3);絶対構造、R。絶対構造は対応するエチルエステルへ変換した後、GC分析により決定した。
【0037】
[実施例9]
7−オキソ−7−フェニルヘプタン酸メチルの不斉水素化を行った(図7参照)。すなわち、実施例2で合成した(S,SS)−ルテニウムヒドリド錯体(1.5mg,0.00125mmol)、基質として7−オキソ−7−フェニルヘプタン酸メチル(587mg,2.5mmol)、溶媒として2−プロパノール(2.5mL)を用いて、実施例4に準じて反応を行った。但し、水素圧を8気圧とし、反応温度を25℃とし、反応時間を12時間とした。その結果、(R)−7−ヒドロキシ−7−フェニルヘプタン酸メチルが変換率100%、単離収率98%(588mg,2.48mmol)、鏡像体過剰率95%で得られた。なお、鏡像体過剰率は対応する安息香酸エステルのHPLC分析により決定した。HPLC(カラム、CHIRALPAC AD:サイズ、4.6mm×250mm,ダイセル化学社製;溶媒、ヘキサン:2−プロパノール=19:1;温度、30℃;UV波長、254nm;流量、0.5mL/分;(R)−7−ベンゾイロキシ−7−フェニルヘプタン酸メチルのtR、20.8分(97.6%);S異性体のtR、25.9分(2.4%));[α]28D+29.1°(c1.09,CHCl3);絶対構造、R。絶対構造は1−フェニルヘプタノールへ変換したものの旋光度の値により決定した。
【0038】
[実施例10]
(R)−グリシジル 3−アセチルフェニルエーテルの不斉水素化を行った(図8参照)。すなわち、実施例2で合成した(S,SS)−ルテニウムヒドリド錯体(1.5mg,0.00125mmol)、基質として(R)−グリシジル3−アセチルフェニルエーテル(481mg,2.5mmol)、溶媒として2−プロパノール(2.5mL)を用いて、実施例4に準じて反応を行った。但し、水素圧を8気圧、反応温度を25℃、反応時間を14時間とした。その結果、(R)−グリシジル 3−(1−ヒドロキシエチル)フェニルエーテルの一方の立体異性体が変換率99%、単離収率98%(475mg,2.45mmol)、鏡像体過剰率99%で得られた。GC(カラム、Chirasil−DEXCB;カラム温度、135℃;インジェクションおよびディテクションの温度、250℃;ヘリウム圧、60kPa;(R)−グリシジル (R)あるいは(S)−3−(1−ヒドロキシエチル)フェニルエーテルのtR、94.9分(98.6%);立体異性体のtR、109.6分(0.5%);(R)−グリシジル 3−アセチルフェニルエーテルのtR、46.5分(0.9%);[α]29D+32.0°(c1.36,CHCl3);絶対構造は未決定である。
【0039】
[実施例11]
3−(ジメチルアミノ)プロピオフェノンの不斉水素化を行った(図9参照)。すなわち、実施例2で合成した(S,SS)−ルテニウムヒドリド錯体、基質として3−(ジメチルアミノ)プロピオフェノン(886mg,5.0mmol)、溶媒として2−プロパノール(5mL)を用いて、実施例4に準じて反応を行った。但し、水素圧を8気圧、反応温度を25℃、反応時間を12時間とした。その結果、(R)−1−フェニル−3−(ジメチルアミノ)プロパン−1−オールが変換率100%、単離収率89%(796mg,4.45mmol)、鏡像体過剰率97%で得られた。HPLC(カラム、CHIRALCEL OD:サイズ、4.6mm×250mm,ダイセル化学社製;溶媒、9:1ヘキサン−2−プロパノール;温度、30℃;UV波長、254nm;流量、0.5mL/分;(R)−1−フェニル−3−(ジメチルアミノ)プロパン−1−オールのtR、14.4分(98.4%);SアルコールのtR、20.4分(1.6%));[α]26D+31.8°(c1.67,CH3OH);絶対構造、R;文献値、[α]D+27.6°(c1.61,CH3OH),(R)。
【0040】
[実施例12]
(E)−3−ノネン−2−オンの不斉水素化を行った(図10参照)。すなわち、実施例2で合成した(S,SS)−ルテニウムヒドリド錯体(1.5mg,0.00125mmol)、基質として(E)−3−ノネン−2−オン(701mg,5.0mmol)(東京化成社製)、溶媒として2−プロパノール(2.5mL)を用いて、実施例4に準じて反応を行った。但し、水素圧を8気圧とし、反応温度を25℃とし、反応時間を16時間とした。その結果、(E)−3−ノネン−2−オールがGC収率95%、単離収率93%(668mg,4.65mmol)、鏡像体過剰率99%で得られた。GC(カラム、Chirasil−DEX CB;カラム温度、65℃;インジェクションおよびディテクションの温度、200℃;ヘリウム圧、41kPa;(R)−(E)−3−ノネン−2−オールのtR、70.5分(99.6%);(S)−(E)−3−ノネン−2−オールのtR、80.7分(0.4%));[α]26D+21.16°(c1.042,CHCl3);絶対構造、R;文献値、[α]25D+10.68°(c1.03,CHCl3),97%ee(R)。
【0041】
[実施例13]
ラセミ体2−イソプロピルシクロヘキサノンの速度論的光学分割を行った(一般的操作法、図11参照)。まず、ポリテトラフルオロエチレンでコートした撹拌子を備えた100mLのガラス製オートクレーブに、実施例3で合成した(S,RR)−ルテニウム錯体(1.5mg,0.00125mmol)を量り取り、容器内を減圧にして空気を除いた後に、アルゴンを導入した。ここにあらかじめアルゴンバブリングにより脱気した2−イソプロピルシクロヘキサノン(351mg,2.5mmol)および2−プロパノール(2.5mL)をアルゴン気流下、注射器を用いて加えた。得られた溶液を撹拌しながら減圧−アルゴン注入の操作を5回繰り返して脱気した。水素導入管を用いてオートクレーブに水素ボンベを接続し、導入管内の空気を2気圧の水素で5回置換した。続いてオートクレーブ内の圧力を5気圧とし、注意深く1気圧になるまで水素を開放した。この操作を10回繰り返した後、水素圧を8気圧とし、25℃で、水素が圧力計で約0.4気圧減少するまで(2時間)激しく撹拌した。注意深く水素を開放した後、得られた溶液を減圧濃縮した。この粗精製物をシリカゲルクロマトグラフィ(シリカゲル、18g;溶媒、1:8酢酸エチル−ヘキサン)に供することにより第一分画として(S)−2−イソプロピルシクロヘキサノン(154mg,1.10mmol,収率44%,鏡像体過剰率91%)、第二分画として(1R,2R)−2−イソプロピルシクロヘキサノール(168mg,1.20mmol,収率48%,鏡像体過剰率85%)を得た。GC(カラム、Chirasil−DEX CB;カラム温度、70℃で70minの後5℃/minで100℃まで昇温;インジェクションおよびディテクションの温度、200℃;ヘリウム圧、41kPa;(R)−2−イソプロピルシクロヘキサノンのtR、64.3分(2.0%);SケトンのtR、65.8分(44.9%);(1R,2R)−2−イソプロピルシクロヘキサノールのtR、90.7分(49.1%);1S,2SアルコールのtR、89.4分(4.0%)。ケトンの比旋光度、[α]27D−71.1°(c0.93,CHCl3);絶対構造は、(S)−2−イソプロピルシクロヘキサノンをK−Selectride還元して得られたものの比旋光度により決定した:[α]25D+18.9°(c0.35,CHCl3);絶対構造、1S,2S。アルコールの比旋光度、[α]26D−19.2°(c1.085,CHCl3);絶対構造、1R,2R;文献値、[α]25D−18.0°(c1.0,CHCl3),93%ee(1R,2R)。
【0042】
[実施例14]
ラセミ体2−メトキシシクロヘキサノンの速度論的光学分割を行った(図12参照)。すなわち、実施例2で合成した(S,SS)−ルテニウムヒドリド錯体(1.5mg,0.00125mmol)、基質として2−メトキシシクロヘキサノン(320mg,2.5mmol)(東京化成社製)、溶媒として2−プロパノール(2.5mL)を用いて、実施例13に準じて反応を行った。但し、水素圧を8気圧とし、反応温度を25℃とし、反応時間を1時間とした。その結果、(R)−2−メトキシシクロヘキサノンが単離収率42%(134mg,1.05mmol)、(1R,2S)−2−メトキシシクロヘキサノールが単離収率50%(164mg,1.25mmol,鏡像体過剰率91%)で得られた。GC(カラム、Chirasil−DEX CB;カラム温度、90℃;インジェクションおよびディテクションの温度、200℃;ヘリウム圧、25kPa;(1R,2S)−2−メトキシシクロヘキサノールのtR、37.6分(50.8%);1S,2RアルコールのtR、36.5分(2.5%);2−メトキシシクロヘキサノンのtR、27.0分(46.7%))。(R)−2−メトキシシクロヘキサノンの鏡像体過剰率94%:HPLC(カラム、CHIRALCELOB−H;溶媒、200:1ヘキサン−2−プロパノール;温度、30℃;UV波長、290nm;流量、1.0mL/分;(R)−2−メトキシシクロヘキサノンのtR、20.9分(97.2%);SケトンのtR、17.0分(2.8%))。ケトンの比旋光度、[α]29D+98.8°(c2.61,CH2Cl2);絶対構造、R;文献値、[α]22D−112.4°(c2.08,CH2Cl2),>99%ee(S)。アルコールの比旋光度、[α]29D+14.9°(c1.026,CH2Cl2);絶対構造、1R,2S:絶対構造は、(1R,2S)−2−メトキシシクロヘキサノールを酸化して得られたもののHPLC分析により決定した。
【0043】
[実施例15]
まず、塩化ルテニウム錯体を調製した。すなわち、ポリテトラフルオロエチレンでコートした撹拌子を備えた50mLのシュレンク型反応管に、[RuCl2(benzene)]2(407mg,0.814mmol)と(S)−XylBINAP(1.20g,1.63mmol)を量り取り、容器内を減圧にして空気を除いた後にアルゴンを導入した。DMF(12mL)を注射器で加えた後、アルゴン雰囲気下、100℃の油浴中で10分間加熱した。反応溶液を室温まで冷却した後、この赤褐色のRuCl2[(S)−xylbinap](dmf)n溶液に、アルゴン気流下、(S)−1,1−ジ(4−アニシル)−2−イソプロピルエチレンジアミン[(S)−DAIPEN](512mg,1.63mmol)(関東化学社製)を加え、25℃で6時間撹拌した。減圧下(1mmHg)でDMFを留去して得られた黒色の粗精製物にジエチルエーテル(40mL)を加え、黄色の生成物をできるだけ溶かした後、シリカゲル(3.5g)を充填したカラムに通して不純物を除去した。先行物として得られた黄色の溶液を約2mLまで濃縮したところにヘキサン(2mL)を加えて固形物を析出させた。得られた固形物をろ別し、減圧下(1mmHg)で乾燥してtrans−RuCl2[(S)−xylbinap][(S)−daipen](1.25g,1.023mmol,収率53%)を黄色の粉体として得た。
【0044】
このようにして得た塩化ルテニウムを用いてルテニウムヒドリド錯体を調製し、単離することなくアセトフェノンの不斉水素化を行った。すなわち、ポリテトラフルオロエチレンでコートした撹拌子を備えた100mLのガラス製オートクレーブにtrans−RuCl2[(S)−xylbinap][(S)−daipen](1.5mg,0.00125mmol)と水素化ホウ素ナトリウム(0.9mg,0.025mmol)を量り取り、容器内を減圧にして空気を除いた後に、アルゴンを導入した。ここにあらかじめアルゴンバブリングにより脱気した2−プロパノール(1mL)をアルゴン気流下、注射器を用いて加えた。得られた溶液を撹拌しながら減圧−アルゴン注入の操作を5回繰り返して脱気した後、油浴に浸して65℃で5分間、次いで室温下で30分間激しく撹拌した。アセトフェノン(600mg,5.0mmol)および2−プロパノール(1.5mL)をアルゴン気流下、注射器を用いて加え、得られた溶液を撹拌しながら減圧−アルゴン注入の操作を5回繰り返して脱気した。水素導入管を用いてオートクレーブに水素ボンベを接続し、導入管内の空気を2気圧の水素で5回置換した。続いてオートクレーブ内の圧力を5気圧とし、注意深く1気圧になるまで水素を開放した。この操作を10回繰り返した後、水素圧を8気圧とし、25℃で12時間激しく撹拌した。反応終了後、得られた溶液を減圧濃縮し、減圧下(1mmHg)で簡易蒸留することにより、(R)−1−フェニルエタノール(579mg,4.75mmol,収率95%,鏡像体過剰率98%)を得た。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)
【化1】

(R12P−W−PR34につき、Wは2位及び2’位にてリン原子と結合し他の位置のいずれかに置換基を有していてもよいビナフチル基であり、R1〜R4は、同じであっても異なっていてもよく、置換基を有していてもよい炭化水素基であり、R1とR2とが一緒になって置換基を有していてもよい炭素鎖環を形成してもよく、R3とR4とが一緒になって置換基を有していてもよい炭素鎖環を形成してもよく、R5〜R8は同じであっても異なってもよく、水素原子又は置換基を有していてもよい炭化水素基であり、Zは置換基を有していてもよい炭化水素基であり、Ruの各配位子はどのように配置されていてもよい)で表されるルテニウムヒドリド錯体。
【請求項2】
アミン配位子は、光学活性なジアミンである請求項1記載のルテニウムヒドリド錯体。
【請求項3】
ホスフィン配位子はR体であり、アミン配位子は光学活性なジアミンであってキラル中心炭素がR,R体である請求項1又は2記載のルテニウムヒドリド錯体。
【請求項4】
ホスフィン配位子はR体であり、アミン配位子は光学活性なジアミンであってキラル中心炭素がS,S体である請求項1又は2記載のルテニウムヒドリド錯体。
【請求項5】
ホスフィン配位子はS体であり、アミン配位子は光学活性なジアミンであってキラル中心炭素がS,S体である請求項1又は2記載のルテニウムヒドリド錯体。
【請求項6】
ホスフィン配位子はS体であり、アミン配位子は光学活性なジアミンであってキラル中心炭素がR,R体である請求項1又は2記載のルテニウムヒドリド錯体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2012−56969(P2012−56969A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−281984(P2011−281984)
【出願日】平成23年12月22日(2011.12.22)
【分割の表示】特願2001−301852(P2001−301852)の分割
【原出願日】平成13年9月28日(2001.9.28)
【出願人】(000004307)日本曹達株式会社 (434)
【Fターム(参考)】