レーザアーク複合溶接の制御方法
【課題】レーザ・アーク複合溶接の安定化を図るため、複合溶接特有のパラメータであるLA距離を適正値に制御することができるレーザ・アーク複合溶接の制御方法を提供する。
【解決手段】レーザ照射ヘッドおよびアーク溶接トーチを溶接線上に直列に配置し、溶接線上のレーザ照射点とアーク発生点間の距離を制御するレーザ・アーク複合溶接の制御方法において、アーク溶接の電流値と、アーク溶接の電圧波形から求められる単位時間当たりの短絡回数をそれぞれ測定し、前記電流値が目標とする電流値よりも小さい場合は前記距離を拡大し、前記電流値が目標とする電流値よりも高い場合で、かつ、前記短絡回数が目標とする短絡回数よりも小さい場合は前記距離を短縮し、レーザ照射点とアーク発生点間の距離が適正範囲内となるように制御する。
【解決手段】レーザ照射ヘッドおよびアーク溶接トーチを溶接線上に直列に配置し、溶接線上のレーザ照射点とアーク発生点間の距離を制御するレーザ・アーク複合溶接の制御方法において、アーク溶接の電流値と、アーク溶接の電圧波形から求められる単位時間当たりの短絡回数をそれぞれ測定し、前記電流値が目標とする電流値よりも小さい場合は前記距離を拡大し、前記電流値が目標とする電流値よりも高い場合で、かつ、前記短絡回数が目標とする短絡回数よりも小さい場合は前記距離を短縮し、レーザ照射点とアーク発生点間の距離が適正範囲内となるように制御する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に、造船やパイプライン等を対象とする比較的厚鋼板のレーザアーク複合溶接、並びに、自動車等を対象とする比較的薄鋼板のレーザアーク複合溶接を高品質に実施するためのレーザアーク複合溶接の制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
溶接施工能率の向上に対するニーズから、様々な分野でレーザアーク複合溶接(以下では、ハイブリッド溶接と呼ぶ)の検討が行われている。ハイブリッド溶接は、レーザ溶接の特徴である深溶込み、高速溶接とアーク溶接の特徴である開先精度に対する余裕度を両立する技術として、様々な分野から実用化が期待されている。しかしながら、ハイブリッド溶接は複合のプロセスであるが故に、各々単独のプロセスに比較して溶接条件の設定が困難となる。
【0003】
図1にハイブリッド溶接の例を示す。溶接線方向6にレーザ1およびアーク電極ワイヤ4を配置し、この図の例ではアークプラズマ5を先行として溶接ビード16を形成する溶接を行う。一般的にアークトーチ9はレーザ照射ヘッド2との接触を避けるため、レーザ光軸3とアーク電極の軸8を傾斜させて溶接ヘッド7に配置するとともに、所定のレーザアーク間距離LA(以下では、LA距離と呼ぶ)を確保する。
【0004】
LA距離はハイブリッド溶接を安定して達成するための極めて重要なパラメータとなる。LA距離が短い場合はレーザとアークの干渉のためスパッタの増加などの溶接不安定性が増す一方、LA距離が長い場合はレーザとアークが分離しハイブリッド溶接としてのメリットが得られない問題がある。
【0005】
例えば、深い溶け込み深さを得るためには、レーザとアークの干渉を避ける必要があり、レーザとアーク間の距離を干渉の起こらない所定の値に設定する必要があることが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0006】
しかしながら、実構造物の溶接を行う場合、鋼板部材の組立精度や溶接変形のため溶接機と鋼板部材の相対的な位置が変動する場合がある。図1に示すように、ハイブリッド溶接では、レーザヘッドとアークトーチを傾斜させて配置することが多く、鋼板部材に対する溶接機の高さが変動するとそれに比例してLA間距離も変化してしまう恐れがある。また溶接機の高さ変動により、鋼板部材に対するレーザ光の焦点位置が、溶接過程で変動するので溶け込み深さの変動要因となる。
【0007】
さらに、ハイブリッド溶接は溶接能率向上の観点から、通常のアーク溶接に比べて開先幅の狭い狭開先が適用される傾向にあり、開先内での溶接狙い位置ずれに対する余裕度が極めて狭くなる問題がある。このため、ハイブリッド溶接を実施工にて安定して適用するためには、開先中心倣い等の極めて高精度な倣い制御技術が不可欠となる。
【0008】
また、従来からアーク溶接単独時の溶接位置の制御技術としてアークセンサが知られている。アークセンサとはアーク溶接時の溶接電流や溶接電圧の変化を利用して溶接トーチ高さや開先位置の倣い制御を行う技術である。
例えば、溶接トーチを開先幅方向に揺動させるアーク溶接において、揺動両端での溶接電流を比較することによって揺動中心を溶接線に追従させる制御が行われている(例えば、特許文献2参照)。
【0009】
しかし、これらのアークセンサ技術は、アーク溶接単独時のように溶接位置に対する精度の要求が比較的緩やかな場合は適正に機能するが、ハイブリッド溶接のように高精度を要求するプロセスでは適正に機能できず溶接が不安定となる場合があった。
【0010】
【特許文献1】特開2002−346777号公報
【特許文献2】特開昭59−156577号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、ハイブリッド溶接の溶接現象安定化を図るため、ハイブリッド溶接特有のパラメータであるLA距離を適正値に制御するとともに、溶接ヘッド高さの制御や開先中心位置の倣い制御を高精度に行うことができるレーザアーク複合溶接の制御方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
その要旨とするところは以下の通りである。
【0013】
(1) レーザ照射ヘッドおよびアーク溶接トーチを溶接線上に直列に配置し、溶接線上のレーザ照射点とアーク発生点間の距離を制御するレーザアーク複合溶接の制御方法において、アーク溶接の電流値と、アーク溶接の電圧波形から求められる単位時間当たりの短絡回数をそれぞれ測定し、前記電流値が目標とする電流値よりも小さい場合は前記距離を拡大し、前記電流値が目標とする電流値よりも高い場合で、かつ、前記短絡回数が目標とする短絡回数よりも小さい場合は前記距離を短縮し、レーザ照射点とアーク発生点間の距離が適正範囲内となるように制御することを特徴とするレーザアーク複合溶接の制御方法。
【0014】
(2) 前記レーザ照射ヘッドの光軸に対して前記アーク溶接トーチを傾斜させるとともに、該アーク溶接トーチと該レーザ照射ヘッドとが一体で上下に移動する溶接ヘッド高さ制御機構を設け、前記電流値が目標とする電流値よりも小さい場合は前記溶接ヘッド高さを下降させることにより前記距離を拡大し、前記電流値が目標とする電流値よりも高い場合で、かつ、前記短絡回数が目標とする短絡回数よりも小さい場合は前記溶接ヘッド高さを上昇させることにより前記距離を短縮し、レーザ照射点とアーク発生点間の距離が適正範囲内となるように制御することを特徴とする前記(1)記載のレーザアーク複合溶接の制御方法。
【0015】
(3) 前記レーザアーク複合溶接の制御方法において、さらに、アーク溶接トーチから開先内に送給されるワイヤを開先幅方向に揺動させるとともに、前記電流値が目標とする電流値よりも高い場合のみ、前記ワイヤの揺動左右端位置でそれぞれ測定された電流値の差または電圧値の差が零となるように前記ワイヤの揺動中心位置を制御することを特徴とする前記(1)または(2)記載のレーザアーク複合溶接の制御方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、施工能率の優れたハイブリッド溶接において、組み立て精度の悪い部材に対しても溶接位置をリアルタイムで補正制御しつつ溶接することが可能となるため溶接位置ずれに起因する溶接欠陥の発生を抑制することが可能となる。このためハイブリッド溶接を安定して適用することが可能となり、自動車部材の組立、造船、パイプラインの敷設等における溶接工程の生産性向上という顕著な効果が得られ、これにより産業上にもたらす貢献は多大なものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明者等はハイブリッド溶接における溶接不安定現象を詳細に検討した結果、以下に示すように、LA距離に関するハイブリッド溶接特有の現象を見出した。
【0018】
図2はLA距離と溶接現象の関係を模式図で示している。LA距離が長い場合(a)はレーザ1とアークプラズマ5が分離し、各々単独の溶接現象となるため、高速溶接時はアーク溶接現象が不安定となり溶接ビードが不連続となる結果、溶接欠陥が発生する。また、LA距離が短い場合(c)はレーザ1が直接アーク電極ワイヤ4に照射されレーザが散乱される結果、溶融不足になると共にスパッタが増加する。一方、LA距離が適正の場合(b)はレーザ照射位置にアークプラズマ5が拘束され、かつアーク電極ワイヤの溶融がレーザによって促進されるため、高速溶接時も安定した溶接が可能となる。
【0019】
このようにLA距離は、溶接安定性に大きな影響をおよぼすと共に、アーク溶接現象にも影響を与える。言い換えると、アーク溶接現象をモニタリングすることによってLA距離を推定することが可能となる。
【0020】
そこで実際にハイブリッド溶接を行い、LA距離とアーク溶接現象の関係について検討した。板厚12mmのSM490鋼上に図1に示す構成でハイブリッド溶接を行った。なお、アーク溶接電源には一般的な定電圧型のインバータ電源を、溶接ワイヤは1.2mmφの通常の軟鋼用ワイヤを使用し、溶接設定電圧21V、ワイヤ送給速度6m/minで送給した。レーザ条件はYAGレーザの4.5kWとし、鋼板表面を焦点位置(集光スポット径0.6mmφ)として照射しつつ、速度2m/minで溶接した。また、レーザ光軸と溶接ワイヤの傾斜角αは30°とした。
【0021】
図3に、LA距離の変化に対するアーク電圧の短絡回数および溶接電流の関係を示す。なお短絡回数は、図4に示すように、所定時間測定したアーク溶接電圧波形から、所定の閾値Vt(ここでは、5Vとした。)を下回る回数を求め、それを1秒当たりの短絡回数に変換して記録した。通常の溶接条件ではアーク発生中の電圧は10V〜20Vであるのに対し、短絡時は0.5〜3Vに低下するため5Vを下回る回数を求めることによって短絡回数を求めることが可能となる。ただし、溶接機周辺の電源等によるノイズにより誤検出する可能性があるため、電圧の測定に際しては5kHz程度のローパスフィルタを介して測定することが望ましい。
【0022】
図3において、LA距離が適正範囲(領域II)より長い場合(領域III:2.5mm以上)は、アーク電極ワイヤの溶融が不安定となり大粒の溶滴が溶融池に接触し移行するため、短絡回数は小さくなり、LA距離の短縮に伴いレーザによるアーク電極ワイヤの溶融が促進されるため小粒の溶滴が短い周期で安定して溶融池に移行するようになり、短絡回数は増加する。一方、LA距離が適正範囲(領域II)より短い場合(領域I:0.5mm未満)は、レーザによる電極ワイヤの溶融促進のため平均的なアーク長が長くなり、短絡回数が再び減少すると共に、アークによる抵抗値の増加のため溶接電流の平均値が低下する。本発明の検討結果から、LA距離の適正範囲(領域II)は、0.5mmから2.5mm程度の範囲であった。なお、適正LA距離の下限は一般的に0〜0.5mm程度である。一方、適正LA距離の上限は溶接速度やレーザ出力、シールドガス等の溶接条件の違いによって異なり、一般的には適正LA距離の上限は1.5mm〜3mm程度の範囲である。しかし、溶接速度の増加やレーザ出力の低下によりその上限値は短縮する傾向があるため、事前にLA距離を変化させる溶接テストを行い、適正な溶接ビードおよびスパッタ低減が可能となるLA距離を求めることが好ましい。
【0023】
本発明は、上記レーザアーク複合溶接における溶接現象に着目し、アーク溶接の電流値と、アーク溶接の電圧波形から求められる単位時間当たりの短絡回数をそれぞれ測定し、該電流値および短絡回数に基づいて溶接線上のレーザ照射点とアーク発生点間の距離(LA距離)を適正範囲内に制御することにより、安定した溶接状態を維持するものである。また、上記LA距離の制御は、レーザ照射ヘッドとこの光軸に対して傾斜して配置したアーク溶接トーチを一体として上下移動可能な溶接ヘッド高さ制御により、適正範囲内に制御することもできる。さらに、アーク溶接トーチから開先内に送給されるワイヤを開先幅方向に揺動させる際に、開先中心位置の倣い制御を行うこともできる。
以下に本発明の実施形態を詳細に説明する。
【0024】
LA間距離の制御
図5に示すフローチャートを用いてLA距離を適正範囲に保つための制御方法を詳しく説明する。
【0025】
(A)ハイブリッド溶接開始後、(B)溶接電流値および電圧値を計測し、(C)データ記憶装置(パーソナルコンピュータ)に前記溶接電流値および電圧値の測定データを保管する。なお、データの保管時間を長くすると制御データの平均化が図られ、ばらつきが小さくなる一方で、応答性が遅くなる。ここでは5Hz程度の制御周期を確保するため、保管時間を0.2秒とした。次に、記憶した電流値・電圧値を基に(D)と平均電流値Ia、(E)短絡回数(Ns)を求める。
【0026】
LA距離が短くなった場合(図3の領域I)は、(F)で求める、平均電流値Iaと電流基準値Iao(適正LA距離の下限値における電流値とし、ここでは200A)との差Icが、(H)でIc>0となるため、(K)のようにIcに比例係数(ここではα=0.04)を積算した値αIcを制御量とし、(M)のLA距離制御用モータドライバに出力し、LA距離を増加させ、LA距離の適正領域(図3の領域II)に向かわせる。
一方、LA距離が長くなった場合(図3の領域III)は、(H)でIc≦0となり、また、(G)で求める、短絡回数Nsと短絡回数基準値Nso(適正LA距離の下限値における短絡回数としここではNso=55回)との差Ncが、(J)でNc>0となるため、(L)のようにNcに比例係数(ここではβ=0.1)を積算した値βNcを制御量とし、(M)のLA距離制御用モータドライバに出力することによって、LA距離を短縮し、LA距離の適正領域(図3の領域II)に向かわせる。なお、(J)でNc≦0の場合はLA距離が適正領域(図3の領域II)にあると見なされるため制御を行わない。
【0027】
以上の制御を繰り返すことによってLA距離を適正領域に維持することが可能となる。溶接終了位置に到達すると(N)の溶接終了を認識しLA距離の制御を終了する。
なお、基準とする電流基準値Iaoおよび基準とする短絡回数基準値Nsoは、各々適正LA距離の下限値における電流値および適正LA距離の下限値における短絡回数から求めることができる。しかし前述のように、適正LA距離の下限値は溶接条件に依存せず0mm〜0.5mm程度であるのに対し、適正LA距離の上限値は溶接条件に依存し変化する可能性がある。そこで、LA距離の最適値を0.5mmと見なし、そこでの電流値および短絡回数を各々の基準値(ここではIao=200A、Nso=65回)に設定することも可能である。
【0028】
また、本制御におけるアーク溶接条件は短絡移行条件を基本とするため、溶接電流は100Aから250A程度の条件が望ましい。300A程度の高電流を使用する場合は溶接電圧を通常よりも低めに設定することが望ましい。
【0029】
トーチ高さの制御
図1に示すように、レーザ光軸3とアークトーチ9は傾斜角αを20°から50°の範囲で傾斜させて配置するため、母材表面に対する溶接ヘッド7の高さが変化すると、それに比例してLA距離も変化する。すなわち、溶接ヘッド高さが低下するとLA距離は拡大し、溶接ヘッド高さが上昇するとLA距離は短縮する。
【0030】
図6にレーザ光軸とアークトーチの傾斜角αを30°とした場合の溶接ヘッド高さと溶接電流および短絡回数の関係を示す。溶接ヘッド高さはレーザの焦点位置が鋼板表面の場合を基準とし、そこからのずれ量ΔHで表現した。なお、ΔH=0mmの場合の基準LA距離は1mmとした。
【0031】
溶接ヘッド高さとLA距離は、LA=基準LA−ΔH×tan(α)、で表されるため、図5のフローチャートと同様に、短絡回数および溶接電流値が所定の値となるように溶接ヘッド高さを補正制御することによって適正なトーチ高さを維持することが可能となる。
【0032】
(3)開先中心位置の倣い制御
開先内での溶接における開先中心倣い制御としては、アーク単独での溶接において揺動左右端の電流差を比較する方法が知られている。しかし、ハイブリッド溶接ではアーク電極ワイヤがレーザを横切る瞬間に、レーザとアークの干渉により溶接電流波形が乱される問題がある。この問題を回避するにはLA距離を適正に保ちレーザアークの干渉状態を適正に維持する必要がある。
【0033】
そこで、開先内でのハイブリッド溶接における開先中心倣いについて検討した。開先形状はルート間隔4mm、ベベル角3°の狭開先とし、図7に示すように、レーザ照射位置1を固定した状態で、アーク電極ワイヤ4をトーチの揺動周波数40Hz、揺動振幅1.5mmで揺動させた。その他のハイブリッド溶接条件は図3での検討と同様に設定した。
【0034】
図8に開先中心位置に対する揺動中心位置のずれΔCと揺動端での左端電流値I(L)と右端電流値I(R)の電流値差I(L)−I(R)の関係を示す。LA距離が−1mmの場合、すなわちLA距離が適正範囲より短い場合(図3の領域I)は、I(R)−I(L)の変化量は小さく、揺動中心ずれΔCの推定が不可能となる。一方、LA距離が1mmの適正範囲の場合(図3の領域II)、および、LA距離が3mmの適正範囲より長い場合(図3の領域III)は、I(R)−I(L)とΔCが比例関係を示しており、良好な開先中心倣い制御が可能となる。
【0035】
すなわち、ハイブリッド溶接における開先倣い制御では、LA距離が適正長さ以上の状態で、揺動左右端の電流差または電圧差を比較し、その差が零となるように揺動中心位置を補正することによって良好な開先倣いが可能となる。当然ながら、開先中心倣いが不適正な状態では、溶接電流や短絡回数も不安定となるため、LA距離の制御の適正化においても揺動中心倣いが必要となる。
以下に、図9に示すフローチャートを用いて開先中心倣い制御方法を詳しく説明する。(A)ハイブリッド溶接開始後、(B)溶接電流値および電圧値をトーチ揺動10周期分計測し、(C)データ記憶装置(パーソナルコンピュータ)に前記溶接電流値および電圧値の測定データを保管する。なお、データの保管期間は揺動10周期分に固定する必要はないが、保管期間を長くすると制御データの平均化が図られ、ばらつきが小さくなる一方で、応答性が遅くなる。
【0036】
次に、記憶した電流値・電圧値を基に(D)平均電流値(Ia)、(P)揺動左右位置での電流差(I(L)-I(R))を求める。図8に示すようにLA距離が短い状態(図8の△:LA=−1mm、参照)では、I(R)−I(L)で中心倣いずれΔCを検出することが困難となる。このためLA距離の短い状態での制御を除外する必要がある。すなわち、(F)で求める、平均電流値Iaと電流基準値Iao(適正LA距離の下限値における電流値とし、ここでは200A)との差Icが、(H)でIc≦0の条件においてのみ、(Q)のように(I(L)-I(R))に比例係数(ここではγ=0.02)を積算した値γ(I(L)-I(R))を制御量とし、(M)の制御ドライバに出力し、溶接ヘッドの左右位置を補正する。以上の制御を繰り返すことによって揺動中心位置を開先中心に維持することが可能となる。溶接終了位置に到達すると(N)で溶接終了を認識し制御を終了する。
【実施例】
【0037】
本発明による効果について以下の実施例に基づいて具体的に説明する。
【0038】
まず、使用した溶接装置を図10に示す。アーク溶接装置は、溶接電源11、溶接トーチ9、アーク溶接電極ワイヤ4のワイヤ送給機10、高速揺動が可能なトーチ揺動装置17等で構成される。レーザ溶接装置は、YAGレーザ発振器13、ビーム伝送ファイバ14、レーザヘッド2等で構成される。アーク溶接トーチとレーザヘッドは、一体に構成されており、上下方向(溶接ヘッド高さ制御方向)および開先幅方向(揺動中心位置制御方向)の移動軸15で各々を制御する。
【0039】
溶接位置の制御装置は、検出器12でアーク溶接電流およびアーク電圧の検出し、制御量演算装置18で図5および図9に示されるフローを演算する。演算された結果をもとに、開先幅方向の移動軸および高さ方向の移動軸15に組込まれたサーボモータを駆動し各々の軸を移動させる。レーザ光軸に対してアーク電極ワイヤを30°傾斜させているため、高さ方向1mmの変化に対してLA距離は約0.6mm移動する。使用した試験体の形状を図11に示す。(a)は溶接ビード16で溶接した板厚1.6mmの重ね継手、(b)は溶接ビード16で溶接した板厚12mm、ルート間隔4mm、ベベル角5°の狭開先継手とした。
【0040】
本発明の実施結果を表1にまとめる。
【0041】
【表1】
【0042】
まず、図11(a)の継手を用いた高さ制御の実施例について説明する。溶接ワイヤはYGW12の1.2mmφを使用し、アーク溶接電流200A、アーク電圧20V、レーザ出力3kW、溶接速度4m/minに設定した。次に、レーザ焦点位置が鋼板表面となる溶接ヘッド高さ(これを、溶接ヘッド高さの基準値ΔH=0mmとする)でのLA距離を0.5mmに設定し、溶接ヘッド高さを変化させる条件でテストを行った。溶接ヘッド高さ変化に対する許容範囲は下方に0〜2.5mmの範囲(LA距離は0.5mm〜1.5mmに相当)であり、また図3と同様にLA距離が短縮する領域(溶接ヘッド高さが上方に変化)では溶接電流の平均値が低下し、LA距離が増加する領域(溶接ヘッド高さが下方に変化)ではアーク電圧の短絡回数が低下することを確認している。なお、制御の目標値となる溶接電流値および短絡回数は、LA距離0.5mmでの溶接電流値(Iao=200A)および短絡回数(Nso=65回)とした。
【0043】
以下に、制御効果の確認テストについて説明する。溶接長300mmの試験片に対して、溶接開始位置での溶接ヘッド高さがΔH=−3mm、溶接終了位置での溶接ヘッド高さがΔH=+3mmなるように試験片を固定し、溶接を行った。高さ制御を行わない場合(比較例3)は、概ねΔH<0mmの領域でスパッタが多発し、また概ねΔH>2.5の領域で不連続な溶接ビードとなった。一方、図5のフローチャートに示す高さ制御を行った場合(発明例1)は溶接開始位置でスパッタが多発したものの、ΔHは概ね±0.5mmの範囲に制御されており良好な溶接継手を得ることが可能となった。
【0044】
次に、図11(b)の継手を用いた高さ制御と揺動中心位置制御の実施例について説明する。溶接ワイヤはYGW12の1.2mmφを使用し、アーク溶接電流250A、アーク電圧24V、トーチ揺動周波数40Hz、揺動振幅1mm、レーザ出力4.5kW、溶接速度2m/minに設定した。先ず、トーチの揺動中心が開先中心に一致するようセッティングした状態で、レーザ焦点位置が鋼板表面となる溶接ヘッド高さ(これを、溶接ヘッド高さの基準値ΔH=0mmとする)でのLA距離を0.5mmに設定し、そこでの溶接電流値および短絡回数を各々の基準値(Iao=250A、Nso=70回)とした。以下に、制御効果の確認テストについて説明する。溶接長500mmの試験片に対して、溶接開始位置での溶接ヘッド高さがΔH=0mm、揺動中心位置ずれΔC=0mm、溶接終了位置での溶接ヘッド高さがΔH=+3mm、揺動中心位置ずれΔC=1mmになるように試験片を固定し、溶接を行った。制御を行わない場合(比較例4)は概ねΔC>0.3mmの領域で開先の片側にアークが這い上がり溶接不可能となったが、図5および図9のフローチャートに示す制御を行った場合(発明例2)は良好な溶接が可能であった。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】ハイブリッド溶接の装置構成を示す図である。
【図2】ハイブリッド溶接におけるLA距離と溶接現象の関係を示す図で、(a)はLA距離が長い場合、(b)はLA距離が適性の場合、(a)はLA距離が短い場合を示す図である。
【図3】ハイブリッド溶接における、短絡回数と平均電流値のLA距離依存性の例を示す図である。
【図4】短絡回数の測定方法を示す図である。
【図5】本発明のハイブリッド溶接における、LA距離制御方法を示す図である。
【図6】溶接ヘッド高さとLA距離の関係を示す図である。
【図7】開先内でのワイヤ揺動状況を示す図である。
【図8】ハイブリッド溶接部おける揺動中心位置ずれと揺動左右端の電流差の関係を示す図である。
【図9】本発明のハイブリッド溶接における、揺動中心位置制御方法を示す図である。
【図10】本発明のハイブリッド溶接の装置構成を示す図である。
【図11】実施例で用いた継手形状を示す図で、(a)は薄鋼板の重ね溶接継手、(b)は狭開先突合せ溶接継手を示す図である。
【符号の説明】
【0046】
1:レーザ光
2:レーザヘッド
3:レーザ光軸
4:アーク溶接電極ワイヤ
5:アークプラズマ
6:溶接線方向
7:溶接ヘッド
8:アーク溶接電極ワイヤの送給軸
9:アーク溶接トーチ
10:ワイヤ送給機
11:アーク溶接電源
12:アーク溶接電流、アーク溶接電圧測定器
13:レーザ発振器
14:光ファイバ
15:上下、左右移動軸
16:溶接ビード
17:アーク溶接トーチ揺動装置
18:制御量演算装置
LA:レーザアーク間距離
α:レーザ光軸とアーク溶接電極ワイヤの傾斜角
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に、造船やパイプライン等を対象とする比較的厚鋼板のレーザアーク複合溶接、並びに、自動車等を対象とする比較的薄鋼板のレーザアーク複合溶接を高品質に実施するためのレーザアーク複合溶接の制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
溶接施工能率の向上に対するニーズから、様々な分野でレーザアーク複合溶接(以下では、ハイブリッド溶接と呼ぶ)の検討が行われている。ハイブリッド溶接は、レーザ溶接の特徴である深溶込み、高速溶接とアーク溶接の特徴である開先精度に対する余裕度を両立する技術として、様々な分野から実用化が期待されている。しかしながら、ハイブリッド溶接は複合のプロセスであるが故に、各々単独のプロセスに比較して溶接条件の設定が困難となる。
【0003】
図1にハイブリッド溶接の例を示す。溶接線方向6にレーザ1およびアーク電極ワイヤ4を配置し、この図の例ではアークプラズマ5を先行として溶接ビード16を形成する溶接を行う。一般的にアークトーチ9はレーザ照射ヘッド2との接触を避けるため、レーザ光軸3とアーク電極の軸8を傾斜させて溶接ヘッド7に配置するとともに、所定のレーザアーク間距離LA(以下では、LA距離と呼ぶ)を確保する。
【0004】
LA距離はハイブリッド溶接を安定して達成するための極めて重要なパラメータとなる。LA距離が短い場合はレーザとアークの干渉のためスパッタの増加などの溶接不安定性が増す一方、LA距離が長い場合はレーザとアークが分離しハイブリッド溶接としてのメリットが得られない問題がある。
【0005】
例えば、深い溶け込み深さを得るためには、レーザとアークの干渉を避ける必要があり、レーザとアーク間の距離を干渉の起こらない所定の値に設定する必要があることが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0006】
しかしながら、実構造物の溶接を行う場合、鋼板部材の組立精度や溶接変形のため溶接機と鋼板部材の相対的な位置が変動する場合がある。図1に示すように、ハイブリッド溶接では、レーザヘッドとアークトーチを傾斜させて配置することが多く、鋼板部材に対する溶接機の高さが変動するとそれに比例してLA間距離も変化してしまう恐れがある。また溶接機の高さ変動により、鋼板部材に対するレーザ光の焦点位置が、溶接過程で変動するので溶け込み深さの変動要因となる。
【0007】
さらに、ハイブリッド溶接は溶接能率向上の観点から、通常のアーク溶接に比べて開先幅の狭い狭開先が適用される傾向にあり、開先内での溶接狙い位置ずれに対する余裕度が極めて狭くなる問題がある。このため、ハイブリッド溶接を実施工にて安定して適用するためには、開先中心倣い等の極めて高精度な倣い制御技術が不可欠となる。
【0008】
また、従来からアーク溶接単独時の溶接位置の制御技術としてアークセンサが知られている。アークセンサとはアーク溶接時の溶接電流や溶接電圧の変化を利用して溶接トーチ高さや開先位置の倣い制御を行う技術である。
例えば、溶接トーチを開先幅方向に揺動させるアーク溶接において、揺動両端での溶接電流を比較することによって揺動中心を溶接線に追従させる制御が行われている(例えば、特許文献2参照)。
【0009】
しかし、これらのアークセンサ技術は、アーク溶接単独時のように溶接位置に対する精度の要求が比較的緩やかな場合は適正に機能するが、ハイブリッド溶接のように高精度を要求するプロセスでは適正に機能できず溶接が不安定となる場合があった。
【0010】
【特許文献1】特開2002−346777号公報
【特許文献2】特開昭59−156577号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、ハイブリッド溶接の溶接現象安定化を図るため、ハイブリッド溶接特有のパラメータであるLA距離を適正値に制御するとともに、溶接ヘッド高さの制御や開先中心位置の倣い制御を高精度に行うことができるレーザアーク複合溶接の制御方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
その要旨とするところは以下の通りである。
【0013】
(1) レーザ照射ヘッドおよびアーク溶接トーチを溶接線上に直列に配置し、溶接線上のレーザ照射点とアーク発生点間の距離を制御するレーザアーク複合溶接の制御方法において、アーク溶接の電流値と、アーク溶接の電圧波形から求められる単位時間当たりの短絡回数をそれぞれ測定し、前記電流値が目標とする電流値よりも小さい場合は前記距離を拡大し、前記電流値が目標とする電流値よりも高い場合で、かつ、前記短絡回数が目標とする短絡回数よりも小さい場合は前記距離を短縮し、レーザ照射点とアーク発生点間の距離が適正範囲内となるように制御することを特徴とするレーザアーク複合溶接の制御方法。
【0014】
(2) 前記レーザ照射ヘッドの光軸に対して前記アーク溶接トーチを傾斜させるとともに、該アーク溶接トーチと該レーザ照射ヘッドとが一体で上下に移動する溶接ヘッド高さ制御機構を設け、前記電流値が目標とする電流値よりも小さい場合は前記溶接ヘッド高さを下降させることにより前記距離を拡大し、前記電流値が目標とする電流値よりも高い場合で、かつ、前記短絡回数が目標とする短絡回数よりも小さい場合は前記溶接ヘッド高さを上昇させることにより前記距離を短縮し、レーザ照射点とアーク発生点間の距離が適正範囲内となるように制御することを特徴とする前記(1)記載のレーザアーク複合溶接の制御方法。
【0015】
(3) 前記レーザアーク複合溶接の制御方法において、さらに、アーク溶接トーチから開先内に送給されるワイヤを開先幅方向に揺動させるとともに、前記電流値が目標とする電流値よりも高い場合のみ、前記ワイヤの揺動左右端位置でそれぞれ測定された電流値の差または電圧値の差が零となるように前記ワイヤの揺動中心位置を制御することを特徴とする前記(1)または(2)記載のレーザアーク複合溶接の制御方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、施工能率の優れたハイブリッド溶接において、組み立て精度の悪い部材に対しても溶接位置をリアルタイムで補正制御しつつ溶接することが可能となるため溶接位置ずれに起因する溶接欠陥の発生を抑制することが可能となる。このためハイブリッド溶接を安定して適用することが可能となり、自動車部材の組立、造船、パイプラインの敷設等における溶接工程の生産性向上という顕著な効果が得られ、これにより産業上にもたらす貢献は多大なものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明者等はハイブリッド溶接における溶接不安定現象を詳細に検討した結果、以下に示すように、LA距離に関するハイブリッド溶接特有の現象を見出した。
【0018】
図2はLA距離と溶接現象の関係を模式図で示している。LA距離が長い場合(a)はレーザ1とアークプラズマ5が分離し、各々単独の溶接現象となるため、高速溶接時はアーク溶接現象が不安定となり溶接ビードが不連続となる結果、溶接欠陥が発生する。また、LA距離が短い場合(c)はレーザ1が直接アーク電極ワイヤ4に照射されレーザが散乱される結果、溶融不足になると共にスパッタが増加する。一方、LA距離が適正の場合(b)はレーザ照射位置にアークプラズマ5が拘束され、かつアーク電極ワイヤの溶融がレーザによって促進されるため、高速溶接時も安定した溶接が可能となる。
【0019】
このようにLA距離は、溶接安定性に大きな影響をおよぼすと共に、アーク溶接現象にも影響を与える。言い換えると、アーク溶接現象をモニタリングすることによってLA距離を推定することが可能となる。
【0020】
そこで実際にハイブリッド溶接を行い、LA距離とアーク溶接現象の関係について検討した。板厚12mmのSM490鋼上に図1に示す構成でハイブリッド溶接を行った。なお、アーク溶接電源には一般的な定電圧型のインバータ電源を、溶接ワイヤは1.2mmφの通常の軟鋼用ワイヤを使用し、溶接設定電圧21V、ワイヤ送給速度6m/minで送給した。レーザ条件はYAGレーザの4.5kWとし、鋼板表面を焦点位置(集光スポット径0.6mmφ)として照射しつつ、速度2m/minで溶接した。また、レーザ光軸と溶接ワイヤの傾斜角αは30°とした。
【0021】
図3に、LA距離の変化に対するアーク電圧の短絡回数および溶接電流の関係を示す。なお短絡回数は、図4に示すように、所定時間測定したアーク溶接電圧波形から、所定の閾値Vt(ここでは、5Vとした。)を下回る回数を求め、それを1秒当たりの短絡回数に変換して記録した。通常の溶接条件ではアーク発生中の電圧は10V〜20Vであるのに対し、短絡時は0.5〜3Vに低下するため5Vを下回る回数を求めることによって短絡回数を求めることが可能となる。ただし、溶接機周辺の電源等によるノイズにより誤検出する可能性があるため、電圧の測定に際しては5kHz程度のローパスフィルタを介して測定することが望ましい。
【0022】
図3において、LA距離が適正範囲(領域II)より長い場合(領域III:2.5mm以上)は、アーク電極ワイヤの溶融が不安定となり大粒の溶滴が溶融池に接触し移行するため、短絡回数は小さくなり、LA距離の短縮に伴いレーザによるアーク電極ワイヤの溶融が促進されるため小粒の溶滴が短い周期で安定して溶融池に移行するようになり、短絡回数は増加する。一方、LA距離が適正範囲(領域II)より短い場合(領域I:0.5mm未満)は、レーザによる電極ワイヤの溶融促進のため平均的なアーク長が長くなり、短絡回数が再び減少すると共に、アークによる抵抗値の増加のため溶接電流の平均値が低下する。本発明の検討結果から、LA距離の適正範囲(領域II)は、0.5mmから2.5mm程度の範囲であった。なお、適正LA距離の下限は一般的に0〜0.5mm程度である。一方、適正LA距離の上限は溶接速度やレーザ出力、シールドガス等の溶接条件の違いによって異なり、一般的には適正LA距離の上限は1.5mm〜3mm程度の範囲である。しかし、溶接速度の増加やレーザ出力の低下によりその上限値は短縮する傾向があるため、事前にLA距離を変化させる溶接テストを行い、適正な溶接ビードおよびスパッタ低減が可能となるLA距離を求めることが好ましい。
【0023】
本発明は、上記レーザアーク複合溶接における溶接現象に着目し、アーク溶接の電流値と、アーク溶接の電圧波形から求められる単位時間当たりの短絡回数をそれぞれ測定し、該電流値および短絡回数に基づいて溶接線上のレーザ照射点とアーク発生点間の距離(LA距離)を適正範囲内に制御することにより、安定した溶接状態を維持するものである。また、上記LA距離の制御は、レーザ照射ヘッドとこの光軸に対して傾斜して配置したアーク溶接トーチを一体として上下移動可能な溶接ヘッド高さ制御により、適正範囲内に制御することもできる。さらに、アーク溶接トーチから開先内に送給されるワイヤを開先幅方向に揺動させる際に、開先中心位置の倣い制御を行うこともできる。
以下に本発明の実施形態を詳細に説明する。
【0024】
LA間距離の制御
図5に示すフローチャートを用いてLA距離を適正範囲に保つための制御方法を詳しく説明する。
【0025】
(A)ハイブリッド溶接開始後、(B)溶接電流値および電圧値を計測し、(C)データ記憶装置(パーソナルコンピュータ)に前記溶接電流値および電圧値の測定データを保管する。なお、データの保管時間を長くすると制御データの平均化が図られ、ばらつきが小さくなる一方で、応答性が遅くなる。ここでは5Hz程度の制御周期を確保するため、保管時間を0.2秒とした。次に、記憶した電流値・電圧値を基に(D)と平均電流値Ia、(E)短絡回数(Ns)を求める。
【0026】
LA距離が短くなった場合(図3の領域I)は、(F)で求める、平均電流値Iaと電流基準値Iao(適正LA距離の下限値における電流値とし、ここでは200A)との差Icが、(H)でIc>0となるため、(K)のようにIcに比例係数(ここではα=0.04)を積算した値αIcを制御量とし、(M)のLA距離制御用モータドライバに出力し、LA距離を増加させ、LA距離の適正領域(図3の領域II)に向かわせる。
一方、LA距離が長くなった場合(図3の領域III)は、(H)でIc≦0となり、また、(G)で求める、短絡回数Nsと短絡回数基準値Nso(適正LA距離の下限値における短絡回数としここではNso=55回)との差Ncが、(J)でNc>0となるため、(L)のようにNcに比例係数(ここではβ=0.1)を積算した値βNcを制御量とし、(M)のLA距離制御用モータドライバに出力することによって、LA距離を短縮し、LA距離の適正領域(図3の領域II)に向かわせる。なお、(J)でNc≦0の場合はLA距離が適正領域(図3の領域II)にあると見なされるため制御を行わない。
【0027】
以上の制御を繰り返すことによってLA距離を適正領域に維持することが可能となる。溶接終了位置に到達すると(N)の溶接終了を認識しLA距離の制御を終了する。
なお、基準とする電流基準値Iaoおよび基準とする短絡回数基準値Nsoは、各々適正LA距離の下限値における電流値および適正LA距離の下限値における短絡回数から求めることができる。しかし前述のように、適正LA距離の下限値は溶接条件に依存せず0mm〜0.5mm程度であるのに対し、適正LA距離の上限値は溶接条件に依存し変化する可能性がある。そこで、LA距離の最適値を0.5mmと見なし、そこでの電流値および短絡回数を各々の基準値(ここではIao=200A、Nso=65回)に設定することも可能である。
【0028】
また、本制御におけるアーク溶接条件は短絡移行条件を基本とするため、溶接電流は100Aから250A程度の条件が望ましい。300A程度の高電流を使用する場合は溶接電圧を通常よりも低めに設定することが望ましい。
【0029】
トーチ高さの制御
図1に示すように、レーザ光軸3とアークトーチ9は傾斜角αを20°から50°の範囲で傾斜させて配置するため、母材表面に対する溶接ヘッド7の高さが変化すると、それに比例してLA距離も変化する。すなわち、溶接ヘッド高さが低下するとLA距離は拡大し、溶接ヘッド高さが上昇するとLA距離は短縮する。
【0030】
図6にレーザ光軸とアークトーチの傾斜角αを30°とした場合の溶接ヘッド高さと溶接電流および短絡回数の関係を示す。溶接ヘッド高さはレーザの焦点位置が鋼板表面の場合を基準とし、そこからのずれ量ΔHで表現した。なお、ΔH=0mmの場合の基準LA距離は1mmとした。
【0031】
溶接ヘッド高さとLA距離は、LA=基準LA−ΔH×tan(α)、で表されるため、図5のフローチャートと同様に、短絡回数および溶接電流値が所定の値となるように溶接ヘッド高さを補正制御することによって適正なトーチ高さを維持することが可能となる。
【0032】
(3)開先中心位置の倣い制御
開先内での溶接における開先中心倣い制御としては、アーク単独での溶接において揺動左右端の電流差を比較する方法が知られている。しかし、ハイブリッド溶接ではアーク電極ワイヤがレーザを横切る瞬間に、レーザとアークの干渉により溶接電流波形が乱される問題がある。この問題を回避するにはLA距離を適正に保ちレーザアークの干渉状態を適正に維持する必要がある。
【0033】
そこで、開先内でのハイブリッド溶接における開先中心倣いについて検討した。開先形状はルート間隔4mm、ベベル角3°の狭開先とし、図7に示すように、レーザ照射位置1を固定した状態で、アーク電極ワイヤ4をトーチの揺動周波数40Hz、揺動振幅1.5mmで揺動させた。その他のハイブリッド溶接条件は図3での検討と同様に設定した。
【0034】
図8に開先中心位置に対する揺動中心位置のずれΔCと揺動端での左端電流値I(L)と右端電流値I(R)の電流値差I(L)−I(R)の関係を示す。LA距離が−1mmの場合、すなわちLA距離が適正範囲より短い場合(図3の領域I)は、I(R)−I(L)の変化量は小さく、揺動中心ずれΔCの推定が不可能となる。一方、LA距離が1mmの適正範囲の場合(図3の領域II)、および、LA距離が3mmの適正範囲より長い場合(図3の領域III)は、I(R)−I(L)とΔCが比例関係を示しており、良好な開先中心倣い制御が可能となる。
【0035】
すなわち、ハイブリッド溶接における開先倣い制御では、LA距離が適正長さ以上の状態で、揺動左右端の電流差または電圧差を比較し、その差が零となるように揺動中心位置を補正することによって良好な開先倣いが可能となる。当然ながら、開先中心倣いが不適正な状態では、溶接電流や短絡回数も不安定となるため、LA距離の制御の適正化においても揺動中心倣いが必要となる。
以下に、図9に示すフローチャートを用いて開先中心倣い制御方法を詳しく説明する。(A)ハイブリッド溶接開始後、(B)溶接電流値および電圧値をトーチ揺動10周期分計測し、(C)データ記憶装置(パーソナルコンピュータ)に前記溶接電流値および電圧値の測定データを保管する。なお、データの保管期間は揺動10周期分に固定する必要はないが、保管期間を長くすると制御データの平均化が図られ、ばらつきが小さくなる一方で、応答性が遅くなる。
【0036】
次に、記憶した電流値・電圧値を基に(D)平均電流値(Ia)、(P)揺動左右位置での電流差(I(L)-I(R))を求める。図8に示すようにLA距離が短い状態(図8の△:LA=−1mm、参照)では、I(R)−I(L)で中心倣いずれΔCを検出することが困難となる。このためLA距離の短い状態での制御を除外する必要がある。すなわち、(F)で求める、平均電流値Iaと電流基準値Iao(適正LA距離の下限値における電流値とし、ここでは200A)との差Icが、(H)でIc≦0の条件においてのみ、(Q)のように(I(L)-I(R))に比例係数(ここではγ=0.02)を積算した値γ(I(L)-I(R))を制御量とし、(M)の制御ドライバに出力し、溶接ヘッドの左右位置を補正する。以上の制御を繰り返すことによって揺動中心位置を開先中心に維持することが可能となる。溶接終了位置に到達すると(N)で溶接終了を認識し制御を終了する。
【実施例】
【0037】
本発明による効果について以下の実施例に基づいて具体的に説明する。
【0038】
まず、使用した溶接装置を図10に示す。アーク溶接装置は、溶接電源11、溶接トーチ9、アーク溶接電極ワイヤ4のワイヤ送給機10、高速揺動が可能なトーチ揺動装置17等で構成される。レーザ溶接装置は、YAGレーザ発振器13、ビーム伝送ファイバ14、レーザヘッド2等で構成される。アーク溶接トーチとレーザヘッドは、一体に構成されており、上下方向(溶接ヘッド高さ制御方向)および開先幅方向(揺動中心位置制御方向)の移動軸15で各々を制御する。
【0039】
溶接位置の制御装置は、検出器12でアーク溶接電流およびアーク電圧の検出し、制御量演算装置18で図5および図9に示されるフローを演算する。演算された結果をもとに、開先幅方向の移動軸および高さ方向の移動軸15に組込まれたサーボモータを駆動し各々の軸を移動させる。レーザ光軸に対してアーク電極ワイヤを30°傾斜させているため、高さ方向1mmの変化に対してLA距離は約0.6mm移動する。使用した試験体の形状を図11に示す。(a)は溶接ビード16で溶接した板厚1.6mmの重ね継手、(b)は溶接ビード16で溶接した板厚12mm、ルート間隔4mm、ベベル角5°の狭開先継手とした。
【0040】
本発明の実施結果を表1にまとめる。
【0041】
【表1】
【0042】
まず、図11(a)の継手を用いた高さ制御の実施例について説明する。溶接ワイヤはYGW12の1.2mmφを使用し、アーク溶接電流200A、アーク電圧20V、レーザ出力3kW、溶接速度4m/minに設定した。次に、レーザ焦点位置が鋼板表面となる溶接ヘッド高さ(これを、溶接ヘッド高さの基準値ΔH=0mmとする)でのLA距離を0.5mmに設定し、溶接ヘッド高さを変化させる条件でテストを行った。溶接ヘッド高さ変化に対する許容範囲は下方に0〜2.5mmの範囲(LA距離は0.5mm〜1.5mmに相当)であり、また図3と同様にLA距離が短縮する領域(溶接ヘッド高さが上方に変化)では溶接電流の平均値が低下し、LA距離が増加する領域(溶接ヘッド高さが下方に変化)ではアーク電圧の短絡回数が低下することを確認している。なお、制御の目標値となる溶接電流値および短絡回数は、LA距離0.5mmでの溶接電流値(Iao=200A)および短絡回数(Nso=65回)とした。
【0043】
以下に、制御効果の確認テストについて説明する。溶接長300mmの試験片に対して、溶接開始位置での溶接ヘッド高さがΔH=−3mm、溶接終了位置での溶接ヘッド高さがΔH=+3mmなるように試験片を固定し、溶接を行った。高さ制御を行わない場合(比較例3)は、概ねΔH<0mmの領域でスパッタが多発し、また概ねΔH>2.5の領域で不連続な溶接ビードとなった。一方、図5のフローチャートに示す高さ制御を行った場合(発明例1)は溶接開始位置でスパッタが多発したものの、ΔHは概ね±0.5mmの範囲に制御されており良好な溶接継手を得ることが可能となった。
【0044】
次に、図11(b)の継手を用いた高さ制御と揺動中心位置制御の実施例について説明する。溶接ワイヤはYGW12の1.2mmφを使用し、アーク溶接電流250A、アーク電圧24V、トーチ揺動周波数40Hz、揺動振幅1mm、レーザ出力4.5kW、溶接速度2m/minに設定した。先ず、トーチの揺動中心が開先中心に一致するようセッティングした状態で、レーザ焦点位置が鋼板表面となる溶接ヘッド高さ(これを、溶接ヘッド高さの基準値ΔH=0mmとする)でのLA距離を0.5mmに設定し、そこでの溶接電流値および短絡回数を各々の基準値(Iao=250A、Nso=70回)とした。以下に、制御効果の確認テストについて説明する。溶接長500mmの試験片に対して、溶接開始位置での溶接ヘッド高さがΔH=0mm、揺動中心位置ずれΔC=0mm、溶接終了位置での溶接ヘッド高さがΔH=+3mm、揺動中心位置ずれΔC=1mmになるように試験片を固定し、溶接を行った。制御を行わない場合(比較例4)は概ねΔC>0.3mmの領域で開先の片側にアークが這い上がり溶接不可能となったが、図5および図9のフローチャートに示す制御を行った場合(発明例2)は良好な溶接が可能であった。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】ハイブリッド溶接の装置構成を示す図である。
【図2】ハイブリッド溶接におけるLA距離と溶接現象の関係を示す図で、(a)はLA距離が長い場合、(b)はLA距離が適性の場合、(a)はLA距離が短い場合を示す図である。
【図3】ハイブリッド溶接における、短絡回数と平均電流値のLA距離依存性の例を示す図である。
【図4】短絡回数の測定方法を示す図である。
【図5】本発明のハイブリッド溶接における、LA距離制御方法を示す図である。
【図6】溶接ヘッド高さとLA距離の関係を示す図である。
【図7】開先内でのワイヤ揺動状況を示す図である。
【図8】ハイブリッド溶接部おける揺動中心位置ずれと揺動左右端の電流差の関係を示す図である。
【図9】本発明のハイブリッド溶接における、揺動中心位置制御方法を示す図である。
【図10】本発明のハイブリッド溶接の装置構成を示す図である。
【図11】実施例で用いた継手形状を示す図で、(a)は薄鋼板の重ね溶接継手、(b)は狭開先突合せ溶接継手を示す図である。
【符号の説明】
【0046】
1:レーザ光
2:レーザヘッド
3:レーザ光軸
4:アーク溶接電極ワイヤ
5:アークプラズマ
6:溶接線方向
7:溶接ヘッド
8:アーク溶接電極ワイヤの送給軸
9:アーク溶接トーチ
10:ワイヤ送給機
11:アーク溶接電源
12:アーク溶接電流、アーク溶接電圧測定器
13:レーザ発振器
14:光ファイバ
15:上下、左右移動軸
16:溶接ビード
17:アーク溶接トーチ揺動装置
18:制御量演算装置
LA:レーザアーク間距離
α:レーザ光軸とアーク溶接電極ワイヤの傾斜角
【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザ照射ヘッドおよびアーク溶接トーチを溶接線上に直列に配置し、溶接線上のレーザ照射点とアーク発生点間の距離を制御するレーザアーク複合溶接の制御方法において、アーク溶接の電流値と、アーク溶接の電圧波形から求められる単位時間当たりの短絡回数をそれぞれ測定し、前記電流値が目標とする電流値よりも小さい場合は前記距離を拡大し、前記電流値が目標とする電流値よりも高い場合で、かつ、前記短絡回数が目標とする短絡回数よりも小さい場合は前記距離を短縮し、レーザ照射点とアーク発生点間の距離が適正範囲内となるように制御することを特徴とするレーザアーク複合溶接の制御方法。
【請求項2】
前記レーザ照射ヘッドの光軸に対して前記アーク溶接トーチを傾斜させるとともに、該アーク溶接トーチと該レーザ照射ヘッドとが一体で上下に移動する溶接ヘッド高さ制御機構を設け、前記電流値が目標とする電流値よりも小さい場合は前記溶接ヘッド高さを下降させることにより前記距離を拡大し、前記電流値が目標とする電流値よりも高い場合で、かつ、前記短絡回数が目標とする短絡回数よりも小さい場合は前記溶接ヘッド高さを上昇させることにより前記距離を短縮し、レーザ照射点とアーク発生点間の距離が適正範囲内となるように制御することを特徴とする請求項1記載のレーザアーク複合溶接の制御方法。
【請求項3】
前記レーザアーク複合溶接の制御方法において、さらに、アーク溶接トーチから開先内に送給されるワイヤを開先幅方向に揺動させるとともに、前記電流値が目標とする電流値よりも高い場合のみ、前記ワイヤの揺動左右端位置でそれぞれ測定された電流値の差または電圧値の差が零となるように前記ワイヤの揺動中心位置を制御することを特徴とする請求項1または請求項2記載のレーザアーク複合溶接の制御方法。
【請求項1】
レーザ照射ヘッドおよびアーク溶接トーチを溶接線上に直列に配置し、溶接線上のレーザ照射点とアーク発生点間の距離を制御するレーザアーク複合溶接の制御方法において、アーク溶接の電流値と、アーク溶接の電圧波形から求められる単位時間当たりの短絡回数をそれぞれ測定し、前記電流値が目標とする電流値よりも小さい場合は前記距離を拡大し、前記電流値が目標とする電流値よりも高い場合で、かつ、前記短絡回数が目標とする短絡回数よりも小さい場合は前記距離を短縮し、レーザ照射点とアーク発生点間の距離が適正範囲内となるように制御することを特徴とするレーザアーク複合溶接の制御方法。
【請求項2】
前記レーザ照射ヘッドの光軸に対して前記アーク溶接トーチを傾斜させるとともに、該アーク溶接トーチと該レーザ照射ヘッドとが一体で上下に移動する溶接ヘッド高さ制御機構を設け、前記電流値が目標とする電流値よりも小さい場合は前記溶接ヘッド高さを下降させることにより前記距離を拡大し、前記電流値が目標とする電流値よりも高い場合で、かつ、前記短絡回数が目標とする短絡回数よりも小さい場合は前記溶接ヘッド高さを上昇させることにより前記距離を短縮し、レーザ照射点とアーク発生点間の距離が適正範囲内となるように制御することを特徴とする請求項1記載のレーザアーク複合溶接の制御方法。
【請求項3】
前記レーザアーク複合溶接の制御方法において、さらに、アーク溶接トーチから開先内に送給されるワイヤを開先幅方向に揺動させるとともに、前記電流値が目標とする電流値よりも高い場合のみ、前記ワイヤの揺動左右端位置でそれぞれ測定された電流値の差または電圧値の差が零となるように前記ワイヤの揺動中心位置を制御することを特徴とする請求項1または請求項2記載のレーザアーク複合溶接の制御方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2007−920(P2007−920A)
【公開日】平成19年1月11日(2007.1.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−186792(P2005−186792)
【出願日】平成17年6月27日(2005.6.27)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年1月11日(2007.1.11)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年6月27日(2005.6.27)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]