説明

レーザ損傷抑制膜を有する光学素子

【課題】ハイパワーの青色レーザに耐えうるレーザ損傷抑制膜を、プラスチックの基板上に備えた光学素子を提供する。
【解決手段】低屈折率材料(105)から成る層および高屈折材料(107)から成る層を、交互に少なくとも一層ずつ、酸化防止機能を有する熱可塑性透明樹脂シクロオレフィンポリマーから成る基板(101)上に損傷抑制膜として形成した光学素子であって、少なくとも高屈折率材料から成る層がプラズマ状態を発生させた条件で成膜されたものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、青色レーザ対応プラスチック材料から成る基板上に損傷抑制膜を備えた光学素子に関する。特に、短波長、パイパワー(30mW/mm以上)の青色レーザに使用される、レーザ損傷抑制膜を備えた光学素子に関する。
【背景技術】
【0002】
短波長、ハイパワーの青色レーザは、光ピックアップなどにおいて、ますます広く使用されることが予想される。プラスチックは、一般的にレーザによる損傷を受けやすい。したがって、短波長、ハイパワーの青色レーザを使用するデバイスの光学部品の一部は、レーザによる損傷を避けるため、プラスチックを使用せずにガラスを使用している。このため、デバイスの価額が相対的に高くなり、市場を拡大させる上での障害となっている。
【0003】
現在のところ、比較的低パワーの青色レーザに対応可能なプラスチック材料は各材料メーカーから供給されているが、ハイパワーの青色レーザに耐えうるプラスチック材料は存在しない。
【0004】
一方、ビデオカメラ、スチールカメラ、眼鏡などに使用されるプラスチックレンズの表面には、反射防止膜が形成されることが多い(特許文献1乃至5)。このような反射防止膜は、低屈折率の層と高屈折率の層とを交互に積層した多層膜から形成される。しかし、従来の反射防止膜は、ハイパワーの青色レーザによる損傷を防止することはできない。
【0005】
ハイパワーの青色レーザに耐えうるプラスチック材料は存在しないので、ハイパワーの青色レーザに耐えうる光学素子をプラスチック材料で実現しようとすれば、反射防止膜のようなレーザ損傷抑制膜をプラスチック材料からなる基板の表面に形成する方法が考えられる。
【0006】
【特許文献1】特開平11−30703号公報
【特許文献2】特開平11−171596号公報
【特許文献3】特開2002−71903号公報
【特許文献4】特開2003−98308号公報
【特許文献5】特開2003−248102号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の背景技術の下で、ハイパワーの青色レーザに耐えうるレーザ損傷抑制膜を、プラスチックの基板上に備えた光学素子に対するニーズがある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明による光学素子は、 低屈折率材料から成る層および高屈折材料から成る層を、交互に少なくとも一層ずつ、酸化防止機能を有する熱可塑性透明樹脂シクロオレフィンポリマーから成る基板上に損傷抑制膜として形成した光学素子である。少なくとも高屈折率材料から成る層がプラズマ状態を発生させた条件で成膜されたものである。
【0009】
熱可塑性透明樹脂シクロオレフィンポリマーから成る基板上に、高屈折率材料から成る層を、プラズマ状態を発生させた条件で成膜しているので、酸化分解が抑制され、青色レーザによる光学素子の損傷が抑制できる。
【0010】
本発明の一実施形態による光学素子は、少なくとも高屈折率材料から成る層がイオンプレーティング法で成膜されたものである。
【0011】
本実施形態によれば、プラズマ状態を発生させた条件で成膜することができる。
【0012】
本発明の他の実施形態による光学素子は、少なくとも高屈折率材料から成る層がプラズマCVD法で成膜されたものである。
【0013】
本実施形態によれば、プラズマ状態を発生させた条件で成膜することができる。
【0014】
本発明の他の実施形態による光学素子は、成膜時の酸素分圧値が3.0×10-3〜5.0×10-2Paの範囲内である。
【0015】
酸素分圧値を上記の範囲で調整することにより、光学素子の光強度変化率を適切な値とすることができる。
【0016】
本発明の他の実施形態による光学素子は、高屈折材料が酸化タンタル系材料である。
【0017】
本発明の他の実施形態による光学素子は、低屈折材料が二酸化珪素である。
【0018】
本発明の他の実施形態による光学素子は、基板と低屈折材料から成る層との間に一酸化珪素から成る層を設けている。
【0019】
したがって、基板と、その上に形成される層との密着性が向上する。
【0020】
本発明の他の実施形態による光学素子は、損傷抑制膜が、反射防止の機能を兼ねている。
【0021】
したがって、反射防止膜を備えた光学素子を製造するプロセスを調整することにより、損傷抑制機能を付与することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
図1は、本発明の1実施形態によるレーザ損傷抑制膜を備えた光学素子の構成を示す図である。図1において、青色レーザ対応プラスチック材料から成る基板101上に、一酸化ケイ素(SiO)からなる層103が形成される。一酸化ケイ素からなる層103は、プラスチック材料からなる基板101と、その上に形成される層との密着性を向上させる機能を果たす。一酸化ケイ素からなる層103の上には、低屈折材料から成る層105と高屈折材料から成る層107とが交互に積層される。本実施形態においては、低屈折材料から成る層105は3層、高屈折材料から成る層107は2層形成される。
【0023】
ここで、青色レーザ対応プラスチック材料は、オレフィン系材料である。より具体的には、酸化防止機能を有する熱可塑性透明樹脂シクロオレフィンポリマーである。
【0024】
一酸化ケイ素からなる層103は、基板101上に真空蒸着法によって形成する。真空蒸着法は、薄膜にしたい材料(この場合は、一酸化ケイ素)を抵抗線で加熱するか、または当該材料に電子ビームを照射し、加熱蒸発させる。この蒸発させた材料を基板上に付着(堆積)させて、薄膜を形成する。一酸化ケイ素からなる層103の厚みは、数百ナノメータ程度である。
【0025】
低屈折率材料は、本実施形態では二酸化ケイ素(SiO)である。二酸化ケイ素から成る層105の屈折率は、1.4−1.5である。二酸化ケイ素から成る層105は、真空蒸着法によって形成する。二酸化ケイ素からなる層105の厚みは、数十ナノメータから数百ナノメータである。
【0026】
高屈折率材料は、本実施形態では五酸化タンタル(Ta)に二酸化チタン(TiO)を微量加えたものである。主に五酸化タンタルから成る層107の屈折率は、2.0−2.3である。主に五酸化タンタルから成る層107は、イオンプレーティング法によって形成する。イオンプレーティング法は、ガスプラズマを利用して、蒸発粒子の一部をイオン化し、負の高電圧にバイアスした基板に蒸着する方法である。蒸着物質は、電界で加速されて基板に付着するので、付着力の強い膜が得られる。主に五酸化タンタルから成る層107の厚みは、数十ナノメータから数百ナノメータである。
【0027】
層107の材料として、Taのxとyの値を適切に定めたものも使用することができる。
【0028】
屈折率の異なる層を交互に積層することにより、多数の反射面を構成し、多数の反射面で反射された外光が互いに干渉して相殺し合い、反射防止効果が得られるようにしてもよい。また、それぞれの層の光路長(= 層厚・屈折率)を異ならせ、広い波長範囲で干渉が生じるようにして、外光の広い波長範囲で反射防止効果が得られるようにしてもよい。このようにして、多層膜がレーザ損傷抑制機能の他に反射防止機能を備えるようにしてもよい。
【0029】
図4は、イオンプレーティング法を実施するためのイオンプレーティング装置の構成を示す図である。イオンプレーティング装置は、たとえば、特公平1-48347号に開示されている。真空チャンバ412内に、基材408を支持する導電性部材からなる基材ホルダ407と、絶縁部材を介して基材ホルダを支持する導電性部材からなる支持部材とによりコンデンサ406が構成される。
【0030】
真空チャンバ412と基材ホルダ407との間には、ブロッキングコンデンサ403およびマッチングボックス402を介して高周波電源401が接続され、高周波電圧が供給されている。真空チャンバ412と基材ホルダ407との間には、基材ホルダ407側が陰極となるように、チョークコイル405を介して直流電源404が接続され、直流バイアス電圧が供給されている。高周波電源401の出力は、500W、直流電源404の電圧は、100Vである。
【0031】
高周波電源401の出力は、300−900Wであるのが好ましい。この範囲で、出力の値を調整することにより、膜の緻密性を高めることができる。
【0032】
コンデンサ406が、チャンバ412内に高周波電圧を供給する高周波電源401に接続されたマッチングボックス402とともに動作してマッチングを行うようにすることにより、抵抗加熱ボード410上の蒸発材料409と基材408との間に安定した電界を形成し維持することができる。この結果、基材408の表面に、高純度・高密度・高密着な薄膜を成膜することができる。
【0033】
抵抗加熱ボード410を含むるつぼの下部には、電子ビーム加熱のための電子銃4101が設置されている。
【0034】
成膜方法の概要を以下の表に示す。

【表1】

【0035】
プラズマ発生無しとは、高周波電源401および直流電源404を使用しない場合をいう。この場合は、真空蒸着法により成膜することになる。
【0036】
ここで、RHとは、抵抗加熱、EBとは、電子ビーム加熱である。
【0037】
また、成膜の際、真空チャンバ412内に、図示しないバルブにより酸素を導入する。酸素導入圧力設定とは、チャンバの酸素圧力の設定である。酸素分圧値は3.0×10-3〜5.0×10-2Paの範囲内であるのが好ましい。酸素分圧値を上記の範囲で調整することにより、後に説明する光学素子の光強度変化率を適切な値とすることができる。真空チャンバ412内のガスは、排気口411から排気される。
【0038】
図1に示した実施形態の光学素子と比較するために、以下の表2に示す2種類の光学素子(比較例1および2)を準備した。

【表2】

【0039】
さらに、比較例3として、表面にコートを全く行っていない青色レーザ対応プラスチックから成る光学素子も準備した。
【0040】
図2は、光学素子に青色レーザを1000時間照射した後の、光学素子の光強度変化率を測定した結果を示す図である。青色レーザ照射のエネルギー密度は、約120mW/mmである。ここで、光学素子の光強度変化率は、以下の式で表せる。
【0041】

光強度変化率 = ((照射後透過率/照射前透過率)−1)・100 %

一例として、照射前の透過率が90%であり、照射後の透過率が80%であれば、光強度変化率は、

((0.80/0.90)−1)・100 = −11.1 %

となる。
【0042】
図2のBは、本実施形態の光学素子の光強度変化率の測定結果を示す。図2のAは、比較例1の光強度変化率の測定結果を示す。図2のCは、比較例2の光強度変化率の測定結果を示す。図2のDは、比較例3の光学素子の光強度変化率の測定結果を示す。比較例3の光学素子は、窒素雰囲気中において、青色レーザを照射した。
【0043】
図3は、光学素子に青色レーザを1000時間照射する前後の、光学素子のトータル波面収差(RMS)を測定した結果を示す図である。青色レーザ照射のエネルギー密度は、約120mW/mmである。
【0044】
トータル波面収差は、参照球面からの波面のズレを標準偏差で表したものである。ここで、参照球面とは、主光線を中心に考え、入射および射出瞳の中心で光軸と交わる球面をいう。トータル波面収差の測定は、干渉計で干渉縞を発生させてその干渉縞のマップから波面収差を算出する。
【0045】
図3のB1・B2は、本実施形態の光学素子のトータル波面収差の測定結果を示す。図3のA1・A2は、比較例1のトータル波面収差の測定結果を示す。図3のC1・C2は、比較例2のトータル波面収差の測定結果を示す。図3のD1・D2は、比較例3の光学素子のトータル波面収差の測定結果を示す。比較例3の光学素子は、窒素雰囲気中において、青色レーザを照射した。A1、B1、C1、D1は、青色レーザ照射前のトータル波面収差の測定結果を示し、A2、B2、C2、D2は、青色レーザ照射後のトータル波面収差の測定結果を示す。
【0046】
図2および図3の測定結果から以下の点が明らかとなる。本実施形態の場合には、ハイパワーの青色レーザを1000時間照射しても、光強度はほとんど変化しない。また、トータル波面収差も、照射の前後でほとんど変化しない。
【0047】
光強度変化率は、比較例1の場合(図2のA)約10%、比較例2の場合(図2のC)約20%、比較例3の場合(図2のD)約5%減少する。高屈折率材料層の成膜にイオンプレーティング法を使用しない比較例2の場合(図2のC)に光強度変化が大きい。すなわち、光学素子の光透過強度が大きく減少する。光学素子の光透過強度が減少する理由は、ハイパワーの青色レーザを長時間照射した場合に、高分子であるプラスチックの化学結合が破壊(損傷)されて結合状態が変化するためであると考えられる。高屈折率材料層の成膜にイオンプレーティング法を使用すれば、上記の損傷が抑制される。
【0048】
比較例3のコート無しの光学素子を窒素雰囲気中においた場合には、光透過強度の減少は比較的小さい。このことから、空気中に存在する窒素以外の物質が、光学素子の損傷を加速していることが推察される。したがって、高屈折率材料層の成膜にイオンプレーティング法を使用することにより、光学素子の損傷を加速する空気中の物質が光学素子に混入する割合を低下させることができると考えられる。
【0049】
ハイパワーの青色レーザを照射した後のトータル波面収差は、基板にPMMA系プラスチックを使用した比較例1の場合(図3のA1・A2)に、約2.5倍となる。ハイパワーの青色レーザを照射した後のトータル波面収差は、比較例2および3の場合には、ほとんど変化しない。このことから、青色レーザ対応プラスチックを使用した光学素子の場合には、光学素子表面の形状は、ほとんど変化しないと考えられる。他方、PMMA系プラスチックを使用した光学素子の場合には、光学素子表面の形状が変化するため、トータル波面収差が大きくなると考えられる。
【0050】
上記の実施形態においては、イオンプレーティング法によって成膜が行われているが、プラズマCVD法によりプラズマ状態を発生させて成膜を行ってもよい。
【0051】
本発明は、青色レーザ対応プラスチック材料の基板上に、イオンプレーティング法などのプラズマを発生させる方法で膜を形成する点に特徴がある。
【0052】
この特徴により、光学素子のレーザによる損傷の抑制について、上記の著しい効果が生じる。この効果を生じるメカニズムは以下のように考えられる。
【0053】
水分や酸素から酸化分解力を持つ働きを作りだす作用をする触媒作用が、酸化防止機能を有する熱可塑性透明樹脂シクロオレフィンポリマーである基板を用い、かつ、イオンプレーティング法による成膜により膜緻密度を向上させること(酸素不透過膜の形成)により、抑制されていると考えられる。よって青色レーザ光による基板損傷が抑制されると推定できる。この推定原因となる根拠は窒素雰囲気中でレーザ照射実験を行った時の光強度変化率の測定結果(図2のD)からも予想される。また、酸化タンタル系材料を使用することにより、イオンプレーティング法による成膜において膜の緻密性が更に向上すると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本発明の1実施形態によるレーザ損傷抑制膜を備えた光学素子の構成を示す図である。
【図2】光学素子に青色レーザを1000時間照射した後の、光学素子の光強度変化率を測定した結果を示す図である。
【図3】光学素子に青色レーザを1000時間照射する前後の、光学素子のトータル波面収差(RMS)を測定した結果を示す図である。
【図4】イオンプレーティング法を実施するためのイオンプレーティング装置の構成を示す図である。
【符号の説明】
【0055】
101…基板、105…高屈折率材料の層、107…低屈折率材料の層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
低屈折率材料から成る層および高屈折材料から成る層を、交互に少なくとも一層ずつ、酸化防止機能を有する熱可塑性透明樹脂シクロオレフィンポリマーから成る基板上に損傷抑制膜として形成した光学素子であって、少なくとも高屈折率材料から成る層がプラズマ状態を発生させた条件で成膜されたものである光学素子。
【請求項2】
少なくとも高屈折率材料から成る層がイオンプレーティング法で成膜されたものである請求項1に記載の光学素子。
【請求項3】
少なくとも高屈折率材料から成る層がプラズマCVD法で成膜されたものである請求項1に記載の光学素子。
【請求項4】
成膜時の酸素分圧値が3.0×10-3〜5.0×10-2Paの範囲内である請求項2または3に記載の光学素子。
【請求項5】
高屈折材料が酸化タンタル系材料である請求項1から4のいずれかに記載の光学素子。
【請求項6】
低屈折材料が二酸化珪素である請求項1から5のいずれかに記載の光学素子。
【請求項7】
基板と低屈折材料から成る層との間に一酸化珪素から成る層を設けた請求項1から6のいずれかに記載の光学素子。
【請求項8】
損傷抑制膜が、反射防止の機能を兼ねた請求項1から7のいずれかに記載の光学素子。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−32757(P2008−32757A)
【公開日】平成20年2月14日(2008.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−54023(P2005−54023)
【出願日】平成17年2月28日(2005.2.28)
【出願人】(597073645)ナルックス株式会社 (38)
【Fターム(参考)】