レーダ装置及び該レーダ装置における受信電力の算出方法
【課題】高分解機能処理を用いて電波の到来方向を推定する電子スキャン式レーダ装置において、複数物標に対して受信した各到来波の電力を正確に算出する。
【解決手段】所定の角度推定方式を用いて反射波の到来方向の推定を行う電子スキャンを利用した車載レーダ装置において、各アンテナの受信信号から算出した各角度に対するモードベクトルMV1,MV2を求め、受信信号RSのベクトルを当該モードベクトルMV1,MV2の方向に分解し、分解したベクトルPV1,PV2の長さを各物標から到来した反射波の受信電力とする方法である。この方法により、複数の物標があっても、複数の到来波の各電力を正確に算出でき、ペアリングが正確に行えて物標の検出精度が向上し、電子スキャンを利用した車載レーダ装置の誤動作が防止される。
【解決手段】所定の角度推定方式を用いて反射波の到来方向の推定を行う電子スキャンを利用した車載レーダ装置において、各アンテナの受信信号から算出した各角度に対するモードベクトルMV1,MV2を求め、受信信号RSのベクトルを当該モードベクトルMV1,MV2の方向に分解し、分解したベクトルPV1,PV2の長さを各物標から到来した反射波の受信電力とする方法である。この方法により、複数の物標があっても、複数の到来波の各電力を正確に算出でき、ペアリングが正確に行えて物標の検出精度が向上し、電子スキャンを利用した車載レーダ装置の誤動作が防止される。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はレーダ装置及び該レーダ装置における受信電力の算出方法に関し、特に、車両から送信した電波の、物標からの反射電波を複数の受信アンテナで受信して物標の位置を検出するレーダ装置及び該レーダ装置における受信電力の算出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、先行する車両や前方にある障害物(物標)、或いは後方からの接近車両等の物標と自分が運転する車両(自車)との間の距離と方向を常時測定し、衝突を防止したり自動走行を行うレーダ装置がある。このようなレーダ装置では、自車に設置したアンテナから送信電波を送信し、物標に当たって反射した反射波をアンテナで受信し、受信した信号に対して信号処理を行い、反射波の到来方向を推定して物標を検出していた。反射波の到来方向を推定する方法には、DBF法、Capon法、線形予測(LP)法、最小ノルム法、MUSIC法、ESPRIT法、及びPRISM法が知られている。
DBF:Digital Beam Forming
LP: Linear Prediction
MUSIC:Multiple Signal Classification
ESPRIT:Estimation of Signal Parameters via Rotational Invariance Techniques
PRISM:Propagator method based on an Improved Spatial-smoothing Matrix
【0003】
反射波の到来方向の推定方法では、送信電波としてアップ/ダウンに周波数変調された電波を送信し、複数の受信アンテナを用いた電子スキャンレーダで物標からの反射波を受信し、周波数のアップ時とダウン時のピーク周波数信号から各ピークにおける物標の到来方向を推定し、その後電力に基づきペアリングを行って距離及び相対速度を算出する。特許文献1に記載の電子スキャンレーダでは、2つの周波数のアップ区間で各アンテナ毎に検出した周波数スペクトラムのベクトルを求め、各周波数のスペクトラムのベクトルを同一角度とした時の合成値を求め、ベクトルの合成値からターゲット(物標)の距離等を求めていた。高分解能処理において、スペクトラム値が電力に比例する方式として、代表的なものにDBF法とCapon法がある。そのため、到来方向の電力を求めるときには、DBF法かCapon法が用いられることが多かった。
【0004】
また、物標の電力の算出方法として、これまではCapon法が多く用いられていた。その理由は、DBF法では、サイドローブで他の到来波を受けるので反射波の電力が正確に算出できない場合があるからである。これに対して、Capon法では、ある方向にメインローブを向けると同時に他の方向からの出力への寄与を最小化することにより、DBF法よりも正確に反射波の電力が求められる。即ち、DBF法に比べてCapon法ではスペクトラム値が受信波の電力により比例して出力されるので、反射波の電力が正確に算出される。なお、反射波の到来方向の推定を行う場合は、角度推定の前処理で相互相関成分を除去するために通常は空間平均法が使用される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許4415040号公報(図7)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところが、Capon法を用いて反射波の電力算出を行う場合、物標が複数あると、複数の物標からの反射波がアンテナで受信されてしまい、空間平均法を用いた角度推定の前処理の際に各物標の相互相関成分が除去されないため、各受信電力が正確に算出できないという問題点がある。これは、受信アンテナ数が少ないとき、又はスナップショット数が少ない時に顕著になる。
【0007】
そして、複数の受信アンテナを用いた電子スキャンレーダ装置においては、周波数のアップ区間で得られた物標と周波数のダウン区間で得られた物標をペアリングする条件に、到来波の受信電力値を用いるため、正確な受信電力の算出ができないと以下のような問題が生じる。
【0008】
(1)前述のペアリングの条件に「角度の電力値が近い」という条件があり、これが満足されなくなってミスペアリングを起こす可能性が高くなり、電子スキャンレーダ装置が誤動作する原因となってしまう。
(2)高分解能処理と振幅モノパルスのような電力の精度を必要とする方式との複合処理において、振幅モノパルスの精度を上げることができない。
【0009】
そこで本発明は、前記従来の問題点を解消し、反射波の到来方向の推定を行う電子スキャンを利用したレーダ装置において、複数の物標があり、複数の物標からの反射波がアンテナで受信されてしまい、空間平均法を用いた角度推定の前処理の際に各物標の相互相関成分が除去されなくても、複数の反射波の各受信電力を正確に算出することができ、例えばミスペアリングの発生を防止することができるレーダ装置及び該レーダ装置における受信電力の算出方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記目的を達成する本発明のレーダ装置は、電波を送信し、少なくとも1つの物標からの反射波を複数のアンテナで受信し、信号処理部において受信信号を所定の角度推定方式を用いて信号処理し、反射波の到来方向を推定すると共に各反射波の受信電力を算出して物標を検出するレーダ装置において、信号処理部に、各アンテナの受信信号に基づいて角度を検出する角度検出手段と、検出した角度に対するモードベクトルを求めるモードベクトル算出手段と、このモードベクトルに基づいて各受信信号を合成したベクトルを当該モードベクトルの方向のベクトルに分解する受信信号の分解手段と、分解した受信信号のモードベクトル方向のベクトルの大きさを検出した角度のそれぞれの電力値とする電力値算出手段とを設けたことを特徴としている。
また、前記目的を達成する本発明のレーダ装置における受信電力の算出方法は、電波を送信し、少なくとも1つの物標からの反射波を複数のアンテナで受信し、受信信号を所定の角度推定方式を用いて信号処理し、反射波の到来方向を推定して、各反射波の受信電力を算出して物標を検出するレーダ装置における受信電力の算出方法であって、各アンテナの受信信号から角度を検出し、検出した角度に対するモードベクトルを求め、このモードベクトルに基づいて各受信信号のベクトルを当該モードベクトルの方向のベクトルに分解し、分解した受信信号のモードベクトル方向のベクトルの大きさを検出した角度のそれぞれの電力値とすることを特徴としている。
【発明の効果】
【0011】
本出願の車載レーダ装置及び該レーダ装置における受信電力の算出方法によれば、複数の物標があっても、複数のアンテナの各受信電力を正確に算出でき、例えばペアリングを正確に行うことができる。この結果、物標の検出精度が向上し、電子スキャンを利用した車載レーダ装置の誤動作が防止されるという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の一実施形態に係るFMCW方式のレーダ装置の構成を示す構成図である。
【図2】(a)は図1に示したレーダ装置の送信部から放射される送信信号の波形図、(b)は物標で反射された反射信号の時間に対する周波数変化及びミキサにおけるビート信号を示す波形図、(c)は図1に示した1つの受信アンテナの個別受信部から出力されたUPビートとDOWNビートをFFT処理した結果を示す周波数スペクトラムの波形図である。
【図3】物標から反射された反射波を等間隔に設置された複数のアンテナで受信し、これを従来の角度推定方式で処理した場合の角度に対するスペクトラムの大きさを示す特性図である。
【図4】図1の方位演算部において、UPビート側のピーク情報とDOWNビート側のピーク情報がペアリングされる状況を説明する図である。
【図5】物標から反射された反射波を、等間隔に設置された複数のアンテナで受信した場合の各アンテナの位相差およびモードベクトルを示す図である。
【図6】図1の方位演算部の内部に設けられた受信電力算出部の構成の一例を示すブロック図である。
【図7】図3の特性図から求めた角度に対するモードベクトルに基づき、受信信号をモードベクトル方向に分解した図である。
【図8】(a)はレーダ装置の0[deg]方向の所定距離に物標としてコーナリフレクタを配置した評価装置の構成図、(b)は(a)の評価装置から100回電波を送信した時の受信信号から従来の方式であるCapon法で求めた電力値における角度パワーの値の分布を示す分布図、(c)はレーダ装置の−15[deg]方向の所定距離に物標としてコーナリフレクタを配置した評価装置の構成図、(d)は(c)の評価装置から100回電波を送信した時の受信信号から従来の方式であるCapon法で求めた電力値における角度パワーの値の分布を示す分布図である。
【図9】(a)は図8(a)の評価装置から100回電波を送信した時の受信信号から本発明の方式で求めた電力値における角度パワーの値の分布を示す分布図、(b)は図8(c)の評価装置から100回電波を送信した時の受信信号から本発明の方式で算出した方位の、モードベクトル方向の電力値における角度パワーの値の分布を示す分布図である。
【図10】(a)は1個の物標が置かれた評価装置を示す図、(b)は2個の物標が置かれた評価装置を示す図、(c)は3個の物標が置かれた評価装置を示す図、(d)は4個の物標が置かれた評価装置を示す図、(e)は5個の物標が置かれた評価装置を示す図である。
【図11】図10(a)から(e)に示すように、評価装置の前に置く物標の数を1個から5個まで1つずつ増やし、それぞれの評価装置において100回電波を送信した時の受信信号から本発明の方式で求めた電力値における角度パワーの値の分布を示す分布図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、添付図面を用いて本出願の実施の形態を、具体的な実施例に基づいて詳細に説明する。
図1に本発明の一実施形態のレーダ装置100の構成を示す。この実施形態のレーダ装置100は、送信部S、受信部R及び信号処理装置Pから構成されている。信号処理装置Pは、詳細な構成の図示は省略するが、マイクロコンピュータを備えて構成されており、フーリエ変換部9、距離・相対速度処理部10及び送受信制御部20がある。
【0014】
送信部Sは発振器5と信号生成部15とを備えており、信号生成部15は信号処理装置Pにある送受信制御部20によって制御される。信号生成部15は三角波状の変調信号(三角波)を送信信号として発振器5に供給して周波数変調を行い、送信アンテナ1から電波(送信波)Wが送信される。この実施形態では、FMCW方式が用いられており、発振器5は、信号生成部15の三角波により一定の繰り返し周期で変化する送信波Wを発生する。したがって、送信波Wは発振器5の無変調時の発信周波数を中心として所定の繰り返し周期で周波数が上下するFMCW波である。この送信波Wは、図示しない送信機で電力増幅された後に送信アンテナ1から目標に向けられて送信(放射)されることもある。
【0015】
この実施形態のレーダ装置100は、車両に搭載されたものであり、送信波Wはレーダ装置100を搭載した車両の前方又は後方に向けて送信される。送信アンテナ1から前方に送信された送信波Wは、図示せぬ物標、例えば先行車両や静止物等で反射され、反射波RWが車両に向かって戻り、レーダ装置100の受信部Rで受信される。
【0016】
受信部Rは、n個の受信アンテナA1〜Anを備えたアレーアンテナ3とこれに接続する個別受信部R1〜Rnとから構成される。個別受信部R1〜Rnの各個には、ミキサM1〜Mn及びA/D変換器(図にはA/Dと記載)C1〜Cnがある。アレーアンテナ3によって受信された反射波RW1〜RWnから得られた受信信号は、図示しないローノイズアンプで増幅された後にミキサM1〜Mnに送られる。ミキサM1〜Mnには送信部Sの発振器5からの送信信号が入力されており、ミキサM1〜Mnにおいて送信信号と受信信号とがそれぞれミキシングされ、送信信号の周波数と受信信号の周波数との差を周波数として持つビート信号が得られる。ミキサM1〜Mnからのビート信号はA/D変換器C1〜Cnでデジタル受信信号X1〜Xnに変換された後に、フーリエ変換部9の高速フーリエ変換器に供給され、ここでデジタル受信信号X1〜Xn毎に高速フーリエ変換による周波数分析(FFT処理)が行われる。
【0017】
この実施形態のレーダ装置100では、前方の物標が共に移動している場合、反射波RWの周波数には、各物標と自車との相対速度に比例するドップラー周波数成分が含まれる。また、本実施形態では変調方式としてFMCWを採用しているので、この周波数推移がリニアチャープである場合、反射波RWの周波数にはドップラー成分に加え、送信波が各物標と自車との相対距離を伝搬する事によって付加される遅延時間を反映した周波数成分も含まれる。前述した如く、送信信号はリニアチャープ信号であるから、送信波Wの周波数は、図2(a)の波形図に実線で示されるように、周波数が直線的に上昇する期間(上昇区間)と、下降する期間(下降区間)とを繰り返す。そして、反射波RWは、図2(a)の波形図に破線で示されるように、送信波Wに比べ、相対速度によるドップラー周波数推移とともに相対距離による時間遅延との双方の影響を同時に受けるので、送信波Wと反射波RWとの間の周波数の差は、一般に上昇区間と下降区間で異なる値を取る。
【0018】
即ち、送信波Wと反射波RWの周波数の差の周波数は、上昇区間はfup、下降区間はfdownとなる。従って、各ミキサM1〜Mnにおいては、遅延時間に基づく周波数にドップラー周波数が重畳された図2(b)の波形図に示されるビート信号が得られる。上昇区間におけるビート信号はUPビート、下降区間におけるビート信号はDOWNビートと呼ばれる。なお、図2(a)、(b)の場合には、UPビートの周波数fupよりもDOWNビートの周波数fdownの方が大きくなっており、物標との相対距離が小さくなる方向(接近方向)の相対速度を示している。
【0019】
各ミキサM1〜Mnにおいて得られたUPビートとDOWNビートのビート信号は、前述のようにA/D変換器C1〜Cnでデジタル受信信号X1〜Xnに変換された後に、フーリエ変換部9に供給される。フーリエ変換部9では、各ミキサM1〜MnからのUPビート周波数fup成分とDOWNビート周波数fdown成分がそれぞれ高速フーリエ変換器に供給され、ここで高速フーリエ変換による周波数分析(FFT処理)が行われる。ここで、受信アンテナA1のFFT処理の結果を図2(c)に示す。図2(c)の上側の波形図は、UPビート周波数fup成分から得られる周波数スペクトラムを示しており、図2(c)の下側の波形図は、DOWNビート周波数fdown成分から得られる周波数スペクトラムを示している。
【0020】
図2(c)に示すように、アンテナA1のUPビートのFFT結果の周波数スペクトラムには、UP周波数fu1、fu2、fu3にそれぞれピークPu11,Pu12,Pu13がある。受信アンテナA2〜Anについても同じピーク周波数を持つ同様なFFT結果が得られる。例えば、アンテナA2ではUP周波数fu1、fu2、fu3にそれぞれピークPu21,Pu22,Pu23があるFFT結果が得られる。また、アンテナA1のDOWNビートのFFT結果の周波数スペクトラムには、DOWN周波数fd1、fd2にそれぞれピークPd11,Pd12がある。受信アンテナA2〜Anについても同じピーク周波数を持つ同様なFFT結果が得られる。例えば、アンテナA2ではDOWN周波数fd1、fd2にそれぞれピークPd21,Pd22があるFFT結果が得られる。
【0021】
すなわち、各受信アンテナA1〜Anは同じ物標からの反射波RWを受信するため、FFT処理では同じピーク周波数を有する同じ形状の周波数スペクトラムが得られる。ただし、受信アンテナに応じて反射波の位相が異なるため、同じ周波数のピークを持つ位相情報は受信アンテナ毎に異なる。
【0022】
図1に戻って、フーリエ変換部9の出力は、距離・相対速度処理部10のピーク抽出部13に供給される。ピーク抽出部13では、受信アンテナA1〜An毎に、FFT処理で得られた周波数スペクトラムにおいて、UPビート、DOWNビートのそれぞれで所定パワー以上のピークを抽出し、抽出したピークの周波数、パワー、位相情報(以下、ピーク周波数情報という)を抽出する。ピーク抽出部13において抽出されたピーク周波数情報は、方位演算部15に供給される。
【0023】
周波数スペクトラムにおける1つのピークには通常複数の物標の情報が含まれるため、1つのピークから物標を分離し、分離した物標の角度を推定する必要がある。そのため、方位演算部15では、全受信アンテナA1〜AnでUP側、DOWN側それぞれで同じ周波数を有するピークのピーク周波数情報(例えば、UPビートの場合は、Pu11,Pu21,・・・Pun1、DOWNビートの場合は、Pd11,Pd21、・・・Pdn1)を基に、図3に示すような角度スペクトラムが演算により求められる。角度スペクトラムの求め方としては、Capon法、DBF法等の方式を用いることができる。図3における実線がUPピーク周波数fu1(Pu11,Pu21,・・・Pun1)の角度スペクトラムを示し、破線がDOWNピーク周波数fd1(Pd11,Pd21、・・・Pdn1)の角度スペクトラムを示している。
【0024】
方位演算部15では、図3に示される角度スペクトラムにおいて、閾値以上のパワーを持つピーク、ここではピークP1,P2を物標と判断し、その角度、パワーを抽出する。更に詳しく述べると、角度スペクトラムはFFT処理のピーク周波数毎に求める。図2(c)に示した例では、5つの周波数fu1、fu2、fu3、fd1、fd2における5つの角度スペクトラムを算出する。図3はUPピーク周波数fu1のピークから求めた角度スペクトラムとDOWNピーク周波数fd1のピークから求めた角度スペクトラムを併記したものであり、UPピーク周波数fu1とDOWNピーク周波数fd1には共に2つの物標P1(角度0[Deg])とP2(角度約3[Deg])が存在していることを示している。方位演算部15で得られた結果は、図4に示すようになる。
【0025】
距離・相対速度演算部30では、図4に示されるデータを基に、UPビート側の物標情報とDOWNビート側の物標情報とで近い角度、パワーを持つもの同士のペアリングを行う。図4では、UPビート側の周波数fu1の角度θu1の物標U1と、DOWNビート側の周波数fd1の角度θd2の物標D2とがペアリングされたことを示し、5つの物標が検出されたことを示す。ペアリングして得られたUP周波数とDOWN周波数とで距離、相対速度を演算する。その物標の角度はUPビート側とDOWNビート側の角度の平均値が取られる。距離・相対速度はUPピーク周波数fu1とDOWNピーク周波数fd1とから求め、角度は(θu1+θd2)/2で求める。
【0026】
ここで、図5に示すように、受信アンテナA1〜Anが6つのアンテナA1〜A6であり、アンテナA1〜A6には1つの電波のみが到来すると仮定した場合の方位演算部15の動作について説明する。なお、隣接するアンテナ間の間隔をd、6つのアンテナA1〜A6を結ぶ線に垂直な方向に対する到来波の到来方向をθ、到来波の波長をλとする。この場合、隣接するアンテナ間の位相差φは、φ=(2π/λ)dsin(θ)となる。従って、第1のアンテナA1における或る時点の到来波の振幅がA(t)であるとすると、同時点の第2のアンテナA2における到来波の振幅は、A(t)exp[j(2π/λ)dsin(θ)]となる。
【0027】
説明を分かりやすくするために、方向θから来た振幅1の信号の各アンテナの理想的な信号を並べたものをモードベクトルa(θ)とする。そして、時刻t1における等移動面の基準がアンテナA1にあると考えると、同時刻でのアンテナA1に対するアンテナA2〜A6における位相は以下のようになる。
アンテナA2:exp[−j(2π/λ)dsin(θ)]
アンテナA3:exp[−j(2π/λ)2dsin(θ)]
アンテナA4:exp[−j(2π/λ)3dsin(θ)]
アンテナA5:exp[−j(2π/λ)4dsin(θ)]
アンテナA6:exp[−j(2π/λ)5dsin(θ)]
【0028】
よって、このときのモードベクトルa(θ)は、a(θ)=(1,exp[−j(2π/λ)dsin(θ)],exp[−j(2π/λ)2dsin(θ)],exp[−j(2π/λ)3dsin(θ)],exp[−j(2π/λ)4dsin(θ)],exp[−j(2π/λ)5dsin(θ)])tとなる。
【0029】
方位演算部15では、角度推定方式のCapon法と空間平均法を用いて到来波の到来方向の電力を算出していた。しかしながら、前述のように、従来の電力算出方法であるCapon法では、空間平均を行った後に電力を算出する方法をとっていたために、物標が複数あると空間平均法での処理の際に各物標の相互相関成分が除去されず、各到来波の受信電力が正確に算出できなかった。
【0030】
そこで、本発明では、空間平均を行う前の段階である受信信号そのものを用いて受信電力を算出する。この装置及び方法について図6及び図7を用いて説明する。図6は、図1の方位演算部15の内部に設けられた受信電力算出部50Pの構成の一例を示すものである。ピーク抽出部13によって抽出されたピーク周波数情報(ピークの周波数、パワー、及び位相情報)が入力される受信電力算出部50Pには、角度検出部51、モードベクトル算出部52、受信信号の分解部53及び電力値算出部54がある。
【0031】
角度検出部51は、図3、図4を用いて説明したように、ピーク抽出部13から入力された各受信アンテナにおける受信信号のピークの存在する角度を検出する。この際、物標が複数である場合は、受信信号からは複数の角度が検出される。モードベクトル算出部52は、検出した角度に対するモードベクトルを求める。尚、モードベクトルは予め所定角度(例えば1[Deg]毎)に理論値或いは実測値として求められ、図示せぬメモリに記憶されており、角度検出部51で検出した角度に対応するモードベクトルをメモリから読み出すことで、検出した角度に対するモードベクトルが求められる。そして、受信信号の分解部53は、このモードベクトルに基づいて上記角度の検出に使用した各受信信号をFFT処理した後のピーク電力を合成したベクトルを、当該モードベクトルの方向とその直交成分の方向のベクトルに分解する。なお、この際、受信信号をFFT処理した後のピークが複数ある場合は、各ピークの電力を合成したベクトルについて行う。また、係るベクトルの分解は三角波のUP区間及びDOWN区間それぞれについて行う。電力値算出部54は、分解された受信信号のモードベクトル方向のベクトルの大きさを、受信信号の電力値として出力する。
【0032】
所定の角度推定方式、例えば、従来のPRISM法により受信信号の角度に対するスペクトラムの大きさを求めると、図3に示すようになる。前述のように、図3における実線がUPピーク周波数fu1(Pu11,Pu21,・・・Pun1)の角度スペクトラムを示し、破線がDOWNピーク周波数fd1(Pd11,Pd21、・・・Pdn1)の角度スペクトラムを示している。また、図3の横軸はレーダ装置の正面を0[deg]とした時の送信電波の左右の振れ角度[deg]を示すものである。この実施形態では、0[deg]の位置と3[deg]の位置に物標としてコーナリフレクタ(後述)が置かれているものとする。本発明では図3において電力値を示すスペクトラムの大きさは無視し、図3に丸印を付したスペクトラムの大きさのピーク部分P1,P2,P3に対応する角度のみを算出して求める。ただし、ピークP3は物標によるピークではないが、電力算出には用いられる。
【0033】
次に、求めた角度に対応するモードベクトルを求めて、受信信号を複素数のベクトルとみなして、モードベクトル方向に角度演算に使用したFFT処理後のピーク電力を分解し、そのときの係数を電力値とする。この受信電力の具体的な計算方法について、受信アンテナが4本の場合を説明する。この計算方法は、受信信号の基底変換行列(標準基底がモードベクトル基底)を掛けて、モードベクトル基底の係数を求め、そのノルムを求める計算方法である。ここでは、直交成分の求め方も含めて記載する。
【0034】
まず、θ1〜θ3を角度推定方式で求めた角度として、モードベクトルを以下のように記号化しておく。
a(θ1)=(a11,a12,a13,a14)
a(θ2)=(a21,a22,a23,a24)
a(θ3)=(a31,a32,a33,a34)
【0035】
ここでAを以下のようにおく。
【数1】
【0036】
次に、3つのモードベクトルに直交するベクトルPを、プロパゲータ(Propagator)法を用いて、A1とA2とを以下のようにおいて計算する。
【数2】
【0037】
ここで、モードベクトルに直交成分を加えた行列を以下のように定める。
【数3】
【0038】
ここで、1ch〜4chの受信信号をY1〜Y4と定めて受信信号を以下のようにベクトル化する
【数4】
【0039】
そして、BとYを用いて以下の計算を行うと、モードベクトル・直交成分の基底のそれぞれの係数が求められる。
【数5】
ここで求めたbn1〜bn4のノルムが、それぞれ対応する到来波の方位の電力値と、直交成分の電力値となる。
【0040】
一方、受信電力の直交成分がない場合の具体的な計算方法は以下のようになる。但し、受信アンテナが4chの場合である。
直交成分がある場合は、BNが求めたい値であるとして、以下の式が成立する。
Y=B*BN
ここで、Bは正則行列であるため、以下の式を計算すれば良い。
BN=B-1*Y
【0041】
ところが、直交成分が含まれない場合は、下記の式が成立するが、
Y=A*BN
Aは正方行列でないため逆行列を持ち得ない。そのため、最小二乗近似でBNを求めることになる。その方法は、まず、以下のような評価関数を定義する。
Q(BN)=||Y−A*BN||(但し、||・||はベクトルノルム)
【0042】
ここで、Q(BN)が0になるようにBNを求めれば良い。ここで、Q(BN)を展開していくと、trを行列のトレース、Hを随伴行列として以下のようになる。
Q(BN)=||Y−A*BN||
=tr((Y−A*BN)H*(Y−A*BN)
=tr(YH*Y)−tr(YH*A*BN)−tr(BNH*AH*Y)
+tr(BNH*AH*A*BN)
従って、これをYHで微分した値(−AH*Y+AH*A*BN)が0になれば良いことになる。以上から、以下の式によってBNを計算することができる。
BN=(AH*A)-1*AH*Y
【0043】
図7は、図3に示した「角度‐スペクトラムの大きさ」特性から求めたピーク部分P1,P2の角度に対応するモードベクトルMV1,MV2を求めて、各アンテナの受信信号をFFT処理した後のピーク電力を合成したベクトルRSを複素数のベクトルとみなして、モードベクトルMV1,MV2の方向にベクトルRSを分解し、そのときのベクトルの大きさを電力値とする本発明を図で示すものである。図7から、図3に示したピーク部分P1に対応する電力値がベクトルPV1で示され、ピーク部分P2に対応する電力値がベクトルPV2で示されることが分かる。
【0044】
このときに、モードベクトルMV1,MV2だけでなく、これらのモードベクトルMV1,MV2に直交する方向のベクトルRVと直交成分REも算出することにより、一層精度を上げることができ、更に、直交成分REの大きさを見ることにより、分離限界数以上の到来波を受信しているかどうかの判定も可能である。これに加えて、付加効果として、電力に与える受信信号に含まれているノイズの影響を抑制することができる。
【0045】
以上説明したように、従来は受信信号をFFT処理した後に、何らかの方式で受信波の方位演算を行って、スペクトラム値をそのまま電力値としており、特に電力値の精度が必要な場合には、スペクトラム値からDBF法、Capon法等を用いて電力を出し直していた。これに対して、本発明では、方位演算は従来通り行って角度を出しているが、電力の算出に「受信信号のベクトル分解」を採用したことに最大の特徴がある。以下にこのような本発明の電力算出方法による効果を説明する。
【0046】
ここで、レーダ装置100に対して、図8(a)に示すような0[deg]の位置と、図8(c)に示すような−15[deg]の位置に、レーダ装置100から所定距離だけ離してコーナリフレクタCRを物標として設置した2つの評価装置を準備した。そして、このレーダ装置100から電波を100回送信し、アンテナで反射波を受信して得られた受信信号の電力値における角度パワーの値を示すデータを,従来のCapon法を用いて算出した。
【0047】
図8(b)が図8(a)に示した評価装置を用いた場合の、100個のデータを示すものであり、図8(d)が図8(c)に示した評価装置を用いた場合の、100個のデータを示すものである。図8(b)と図8(d)では、縦軸に受信信号の電力値における角度パワーの値[dB]を示し、横軸に100個の受信信号を「データ数」として示す。図8(b)と図8(d)に示すデータにおける二本の点線で示す直線部分が、角度パワーの真の値を示している。図8(b)と図8(d)に示すデータから分かるように、従来方式では、角度パワーのばらつきが非常に大きいことが分かる。
【0048】
一方、図9(a)に示す角度パワーを示すデータは、図8(a)に示した評価装置を用いた場合の、100個の受信信号に対して本発明のベクトル分解法を用いて測定した電力値における角度パワーを示すものである。また、図9(b)に示す角度パワーを示すデータは、図8(c)に示した評価装置を用いた場合の、100個の受信信号に対して本発明のベクトル分解法を用いて測定した受信信号の電力値における角度パワーを示すものである。図9(a)と図9(b)においても二本の点線で示す直線部分が、単一の物標からの反射波による角度パワーの真の値を示している。本発明の電力算出方法を用いることにより、かなり安定して受信信号の電力値における角度パワーが検出できており、検出値が二本の点線で示す直線部分と同等の値となっていることが分かる。
【0049】
ここで、図10(a)〜(e)に示すような、1個の物標(図10(a))、2個の物標(図10(b))、3個の物標(図10(c))、4個の物標(図10(d))及び5個の物標(図10(e))を置いた評価装置を用意する。そして各評価装置に対して、レーダ装置100から電波を100回送信する。図11は、各評価装置においてアンテナで反射波を受信して得られた受信信号に対して、本発明の電力算出方法を用いることにより得られた直交成分の電力値における角度パワーをまとめて示すものである。図中に太線で示す水平線は分離可能数を判定する閾値Rであり、FFTの閾値と同様の値である。
【0050】
図11から分かるように、分離可能数以下(図11の実施形態では3以下)の物標からの反射波が到来波としてアンテナで受信されて角度推定が正確にできている場合は、直交成分の電力値における角度パワーが閾値Rより小さい。一方、分離可能数以上(図11の実施形態では4以上)の物標からの反射波が到来波としてアンテナで受信されて角度推定が正確にできていない場合は、直交成分の電力値置ける角度パワーが閾値Rより大きいことが分かる。
【0051】
このような直交成分の電力値における角度パワーを見ることにより、受信電波の分離可能数以上の到来波が来ているかどうかの判定が可能である。なお、分離可能数以上の物標からの反射波が到来波としてアンテナで受信された場合は、本発明の方法においても角度が正確に出ない。このような判定は、受信電波の分離可能数のより高い分離手段に変更させるための判断に用いることができる。
【符号の説明】
【0052】
1 送信アンテナ
3 アレーアンテナ
9 高速フーリエ変換機(FFT)
10 信号処理部
13 ピーク抽出部
15 方位演算部
30 距離・相対速度演算部
51 角度検出部
52 モードベクトル算出部
53 受信信号の分解部
54 電力値算出部
100 レーダ装置
A1〜An アンテナ
CR コーナリフレクタ
P 信号処理装置
R 受信部
RW 反射波
S 送信部
T1,T2 目標物
W 電波(送信波)
θ 電波の到来方向
λ 受信波の波長
【技術分野】
【0001】
本発明はレーダ装置及び該レーダ装置における受信電力の算出方法に関し、特に、車両から送信した電波の、物標からの反射電波を複数の受信アンテナで受信して物標の位置を検出するレーダ装置及び該レーダ装置における受信電力の算出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、先行する車両や前方にある障害物(物標)、或いは後方からの接近車両等の物標と自分が運転する車両(自車)との間の距離と方向を常時測定し、衝突を防止したり自動走行を行うレーダ装置がある。このようなレーダ装置では、自車に設置したアンテナから送信電波を送信し、物標に当たって反射した反射波をアンテナで受信し、受信した信号に対して信号処理を行い、反射波の到来方向を推定して物標を検出していた。反射波の到来方向を推定する方法には、DBF法、Capon法、線形予測(LP)法、最小ノルム法、MUSIC法、ESPRIT法、及びPRISM法が知られている。
DBF:Digital Beam Forming
LP: Linear Prediction
MUSIC:Multiple Signal Classification
ESPRIT:Estimation of Signal Parameters via Rotational Invariance Techniques
PRISM:Propagator method based on an Improved Spatial-smoothing Matrix
【0003】
反射波の到来方向の推定方法では、送信電波としてアップ/ダウンに周波数変調された電波を送信し、複数の受信アンテナを用いた電子スキャンレーダで物標からの反射波を受信し、周波数のアップ時とダウン時のピーク周波数信号から各ピークにおける物標の到来方向を推定し、その後電力に基づきペアリングを行って距離及び相対速度を算出する。特許文献1に記載の電子スキャンレーダでは、2つの周波数のアップ区間で各アンテナ毎に検出した周波数スペクトラムのベクトルを求め、各周波数のスペクトラムのベクトルを同一角度とした時の合成値を求め、ベクトルの合成値からターゲット(物標)の距離等を求めていた。高分解能処理において、スペクトラム値が電力に比例する方式として、代表的なものにDBF法とCapon法がある。そのため、到来方向の電力を求めるときには、DBF法かCapon法が用いられることが多かった。
【0004】
また、物標の電力の算出方法として、これまではCapon法が多く用いられていた。その理由は、DBF法では、サイドローブで他の到来波を受けるので反射波の電力が正確に算出できない場合があるからである。これに対して、Capon法では、ある方向にメインローブを向けると同時に他の方向からの出力への寄与を最小化することにより、DBF法よりも正確に反射波の電力が求められる。即ち、DBF法に比べてCapon法ではスペクトラム値が受信波の電力により比例して出力されるので、反射波の電力が正確に算出される。なお、反射波の到来方向の推定を行う場合は、角度推定の前処理で相互相関成分を除去するために通常は空間平均法が使用される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許4415040号公報(図7)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところが、Capon法を用いて反射波の電力算出を行う場合、物標が複数あると、複数の物標からの反射波がアンテナで受信されてしまい、空間平均法を用いた角度推定の前処理の際に各物標の相互相関成分が除去されないため、各受信電力が正確に算出できないという問題点がある。これは、受信アンテナ数が少ないとき、又はスナップショット数が少ない時に顕著になる。
【0007】
そして、複数の受信アンテナを用いた電子スキャンレーダ装置においては、周波数のアップ区間で得られた物標と周波数のダウン区間で得られた物標をペアリングする条件に、到来波の受信電力値を用いるため、正確な受信電力の算出ができないと以下のような問題が生じる。
【0008】
(1)前述のペアリングの条件に「角度の電力値が近い」という条件があり、これが満足されなくなってミスペアリングを起こす可能性が高くなり、電子スキャンレーダ装置が誤動作する原因となってしまう。
(2)高分解能処理と振幅モノパルスのような電力の精度を必要とする方式との複合処理において、振幅モノパルスの精度を上げることができない。
【0009】
そこで本発明は、前記従来の問題点を解消し、反射波の到来方向の推定を行う電子スキャンを利用したレーダ装置において、複数の物標があり、複数の物標からの反射波がアンテナで受信されてしまい、空間平均法を用いた角度推定の前処理の際に各物標の相互相関成分が除去されなくても、複数の反射波の各受信電力を正確に算出することができ、例えばミスペアリングの発生を防止することができるレーダ装置及び該レーダ装置における受信電力の算出方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記目的を達成する本発明のレーダ装置は、電波を送信し、少なくとも1つの物標からの反射波を複数のアンテナで受信し、信号処理部において受信信号を所定の角度推定方式を用いて信号処理し、反射波の到来方向を推定すると共に各反射波の受信電力を算出して物標を検出するレーダ装置において、信号処理部に、各アンテナの受信信号に基づいて角度を検出する角度検出手段と、検出した角度に対するモードベクトルを求めるモードベクトル算出手段と、このモードベクトルに基づいて各受信信号を合成したベクトルを当該モードベクトルの方向のベクトルに分解する受信信号の分解手段と、分解した受信信号のモードベクトル方向のベクトルの大きさを検出した角度のそれぞれの電力値とする電力値算出手段とを設けたことを特徴としている。
また、前記目的を達成する本発明のレーダ装置における受信電力の算出方法は、電波を送信し、少なくとも1つの物標からの反射波を複数のアンテナで受信し、受信信号を所定の角度推定方式を用いて信号処理し、反射波の到来方向を推定して、各反射波の受信電力を算出して物標を検出するレーダ装置における受信電力の算出方法であって、各アンテナの受信信号から角度を検出し、検出した角度に対するモードベクトルを求め、このモードベクトルに基づいて各受信信号のベクトルを当該モードベクトルの方向のベクトルに分解し、分解した受信信号のモードベクトル方向のベクトルの大きさを検出した角度のそれぞれの電力値とすることを特徴としている。
【発明の効果】
【0011】
本出願の車載レーダ装置及び該レーダ装置における受信電力の算出方法によれば、複数の物標があっても、複数のアンテナの各受信電力を正確に算出でき、例えばペアリングを正確に行うことができる。この結果、物標の検出精度が向上し、電子スキャンを利用した車載レーダ装置の誤動作が防止されるという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の一実施形態に係るFMCW方式のレーダ装置の構成を示す構成図である。
【図2】(a)は図1に示したレーダ装置の送信部から放射される送信信号の波形図、(b)は物標で反射された反射信号の時間に対する周波数変化及びミキサにおけるビート信号を示す波形図、(c)は図1に示した1つの受信アンテナの個別受信部から出力されたUPビートとDOWNビートをFFT処理した結果を示す周波数スペクトラムの波形図である。
【図3】物標から反射された反射波を等間隔に設置された複数のアンテナで受信し、これを従来の角度推定方式で処理した場合の角度に対するスペクトラムの大きさを示す特性図である。
【図4】図1の方位演算部において、UPビート側のピーク情報とDOWNビート側のピーク情報がペアリングされる状況を説明する図である。
【図5】物標から反射された反射波を、等間隔に設置された複数のアンテナで受信した場合の各アンテナの位相差およびモードベクトルを示す図である。
【図6】図1の方位演算部の内部に設けられた受信電力算出部の構成の一例を示すブロック図である。
【図7】図3の特性図から求めた角度に対するモードベクトルに基づき、受信信号をモードベクトル方向に分解した図である。
【図8】(a)はレーダ装置の0[deg]方向の所定距離に物標としてコーナリフレクタを配置した評価装置の構成図、(b)は(a)の評価装置から100回電波を送信した時の受信信号から従来の方式であるCapon法で求めた電力値における角度パワーの値の分布を示す分布図、(c)はレーダ装置の−15[deg]方向の所定距離に物標としてコーナリフレクタを配置した評価装置の構成図、(d)は(c)の評価装置から100回電波を送信した時の受信信号から従来の方式であるCapon法で求めた電力値における角度パワーの値の分布を示す分布図である。
【図9】(a)は図8(a)の評価装置から100回電波を送信した時の受信信号から本発明の方式で求めた電力値における角度パワーの値の分布を示す分布図、(b)は図8(c)の評価装置から100回電波を送信した時の受信信号から本発明の方式で算出した方位の、モードベクトル方向の電力値における角度パワーの値の分布を示す分布図である。
【図10】(a)は1個の物標が置かれた評価装置を示す図、(b)は2個の物標が置かれた評価装置を示す図、(c)は3個の物標が置かれた評価装置を示す図、(d)は4個の物標が置かれた評価装置を示す図、(e)は5個の物標が置かれた評価装置を示す図である。
【図11】図10(a)から(e)に示すように、評価装置の前に置く物標の数を1個から5個まで1つずつ増やし、それぞれの評価装置において100回電波を送信した時の受信信号から本発明の方式で求めた電力値における角度パワーの値の分布を示す分布図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、添付図面を用いて本出願の実施の形態を、具体的な実施例に基づいて詳細に説明する。
図1に本発明の一実施形態のレーダ装置100の構成を示す。この実施形態のレーダ装置100は、送信部S、受信部R及び信号処理装置Pから構成されている。信号処理装置Pは、詳細な構成の図示は省略するが、マイクロコンピュータを備えて構成されており、フーリエ変換部9、距離・相対速度処理部10及び送受信制御部20がある。
【0014】
送信部Sは発振器5と信号生成部15とを備えており、信号生成部15は信号処理装置Pにある送受信制御部20によって制御される。信号生成部15は三角波状の変調信号(三角波)を送信信号として発振器5に供給して周波数変調を行い、送信アンテナ1から電波(送信波)Wが送信される。この実施形態では、FMCW方式が用いられており、発振器5は、信号生成部15の三角波により一定の繰り返し周期で変化する送信波Wを発生する。したがって、送信波Wは発振器5の無変調時の発信周波数を中心として所定の繰り返し周期で周波数が上下するFMCW波である。この送信波Wは、図示しない送信機で電力増幅された後に送信アンテナ1から目標に向けられて送信(放射)されることもある。
【0015】
この実施形態のレーダ装置100は、車両に搭載されたものであり、送信波Wはレーダ装置100を搭載した車両の前方又は後方に向けて送信される。送信アンテナ1から前方に送信された送信波Wは、図示せぬ物標、例えば先行車両や静止物等で反射され、反射波RWが車両に向かって戻り、レーダ装置100の受信部Rで受信される。
【0016】
受信部Rは、n個の受信アンテナA1〜Anを備えたアレーアンテナ3とこれに接続する個別受信部R1〜Rnとから構成される。個別受信部R1〜Rnの各個には、ミキサM1〜Mn及びA/D変換器(図にはA/Dと記載)C1〜Cnがある。アレーアンテナ3によって受信された反射波RW1〜RWnから得られた受信信号は、図示しないローノイズアンプで増幅された後にミキサM1〜Mnに送られる。ミキサM1〜Mnには送信部Sの発振器5からの送信信号が入力されており、ミキサM1〜Mnにおいて送信信号と受信信号とがそれぞれミキシングされ、送信信号の周波数と受信信号の周波数との差を周波数として持つビート信号が得られる。ミキサM1〜Mnからのビート信号はA/D変換器C1〜Cnでデジタル受信信号X1〜Xnに変換された後に、フーリエ変換部9の高速フーリエ変換器に供給され、ここでデジタル受信信号X1〜Xn毎に高速フーリエ変換による周波数分析(FFT処理)が行われる。
【0017】
この実施形態のレーダ装置100では、前方の物標が共に移動している場合、反射波RWの周波数には、各物標と自車との相対速度に比例するドップラー周波数成分が含まれる。また、本実施形態では変調方式としてFMCWを採用しているので、この周波数推移がリニアチャープである場合、反射波RWの周波数にはドップラー成分に加え、送信波が各物標と自車との相対距離を伝搬する事によって付加される遅延時間を反映した周波数成分も含まれる。前述した如く、送信信号はリニアチャープ信号であるから、送信波Wの周波数は、図2(a)の波形図に実線で示されるように、周波数が直線的に上昇する期間(上昇区間)と、下降する期間(下降区間)とを繰り返す。そして、反射波RWは、図2(a)の波形図に破線で示されるように、送信波Wに比べ、相対速度によるドップラー周波数推移とともに相対距離による時間遅延との双方の影響を同時に受けるので、送信波Wと反射波RWとの間の周波数の差は、一般に上昇区間と下降区間で異なる値を取る。
【0018】
即ち、送信波Wと反射波RWの周波数の差の周波数は、上昇区間はfup、下降区間はfdownとなる。従って、各ミキサM1〜Mnにおいては、遅延時間に基づく周波数にドップラー周波数が重畳された図2(b)の波形図に示されるビート信号が得られる。上昇区間におけるビート信号はUPビート、下降区間におけるビート信号はDOWNビートと呼ばれる。なお、図2(a)、(b)の場合には、UPビートの周波数fupよりもDOWNビートの周波数fdownの方が大きくなっており、物標との相対距離が小さくなる方向(接近方向)の相対速度を示している。
【0019】
各ミキサM1〜Mnにおいて得られたUPビートとDOWNビートのビート信号は、前述のようにA/D変換器C1〜Cnでデジタル受信信号X1〜Xnに変換された後に、フーリエ変換部9に供給される。フーリエ変換部9では、各ミキサM1〜MnからのUPビート周波数fup成分とDOWNビート周波数fdown成分がそれぞれ高速フーリエ変換器に供給され、ここで高速フーリエ変換による周波数分析(FFT処理)が行われる。ここで、受信アンテナA1のFFT処理の結果を図2(c)に示す。図2(c)の上側の波形図は、UPビート周波数fup成分から得られる周波数スペクトラムを示しており、図2(c)の下側の波形図は、DOWNビート周波数fdown成分から得られる周波数スペクトラムを示している。
【0020】
図2(c)に示すように、アンテナA1のUPビートのFFT結果の周波数スペクトラムには、UP周波数fu1、fu2、fu3にそれぞれピークPu11,Pu12,Pu13がある。受信アンテナA2〜Anについても同じピーク周波数を持つ同様なFFT結果が得られる。例えば、アンテナA2ではUP周波数fu1、fu2、fu3にそれぞれピークPu21,Pu22,Pu23があるFFT結果が得られる。また、アンテナA1のDOWNビートのFFT結果の周波数スペクトラムには、DOWN周波数fd1、fd2にそれぞれピークPd11,Pd12がある。受信アンテナA2〜Anについても同じピーク周波数を持つ同様なFFT結果が得られる。例えば、アンテナA2ではDOWN周波数fd1、fd2にそれぞれピークPd21,Pd22があるFFT結果が得られる。
【0021】
すなわち、各受信アンテナA1〜Anは同じ物標からの反射波RWを受信するため、FFT処理では同じピーク周波数を有する同じ形状の周波数スペクトラムが得られる。ただし、受信アンテナに応じて反射波の位相が異なるため、同じ周波数のピークを持つ位相情報は受信アンテナ毎に異なる。
【0022】
図1に戻って、フーリエ変換部9の出力は、距離・相対速度処理部10のピーク抽出部13に供給される。ピーク抽出部13では、受信アンテナA1〜An毎に、FFT処理で得られた周波数スペクトラムにおいて、UPビート、DOWNビートのそれぞれで所定パワー以上のピークを抽出し、抽出したピークの周波数、パワー、位相情報(以下、ピーク周波数情報という)を抽出する。ピーク抽出部13において抽出されたピーク周波数情報は、方位演算部15に供給される。
【0023】
周波数スペクトラムにおける1つのピークには通常複数の物標の情報が含まれるため、1つのピークから物標を分離し、分離した物標の角度を推定する必要がある。そのため、方位演算部15では、全受信アンテナA1〜AnでUP側、DOWN側それぞれで同じ周波数を有するピークのピーク周波数情報(例えば、UPビートの場合は、Pu11,Pu21,・・・Pun1、DOWNビートの場合は、Pd11,Pd21、・・・Pdn1)を基に、図3に示すような角度スペクトラムが演算により求められる。角度スペクトラムの求め方としては、Capon法、DBF法等の方式を用いることができる。図3における実線がUPピーク周波数fu1(Pu11,Pu21,・・・Pun1)の角度スペクトラムを示し、破線がDOWNピーク周波数fd1(Pd11,Pd21、・・・Pdn1)の角度スペクトラムを示している。
【0024】
方位演算部15では、図3に示される角度スペクトラムにおいて、閾値以上のパワーを持つピーク、ここではピークP1,P2を物標と判断し、その角度、パワーを抽出する。更に詳しく述べると、角度スペクトラムはFFT処理のピーク周波数毎に求める。図2(c)に示した例では、5つの周波数fu1、fu2、fu3、fd1、fd2における5つの角度スペクトラムを算出する。図3はUPピーク周波数fu1のピークから求めた角度スペクトラムとDOWNピーク周波数fd1のピークから求めた角度スペクトラムを併記したものであり、UPピーク周波数fu1とDOWNピーク周波数fd1には共に2つの物標P1(角度0[Deg])とP2(角度約3[Deg])が存在していることを示している。方位演算部15で得られた結果は、図4に示すようになる。
【0025】
距離・相対速度演算部30では、図4に示されるデータを基に、UPビート側の物標情報とDOWNビート側の物標情報とで近い角度、パワーを持つもの同士のペアリングを行う。図4では、UPビート側の周波数fu1の角度θu1の物標U1と、DOWNビート側の周波数fd1の角度θd2の物標D2とがペアリングされたことを示し、5つの物標が検出されたことを示す。ペアリングして得られたUP周波数とDOWN周波数とで距離、相対速度を演算する。その物標の角度はUPビート側とDOWNビート側の角度の平均値が取られる。距離・相対速度はUPピーク周波数fu1とDOWNピーク周波数fd1とから求め、角度は(θu1+θd2)/2で求める。
【0026】
ここで、図5に示すように、受信アンテナA1〜Anが6つのアンテナA1〜A6であり、アンテナA1〜A6には1つの電波のみが到来すると仮定した場合の方位演算部15の動作について説明する。なお、隣接するアンテナ間の間隔をd、6つのアンテナA1〜A6を結ぶ線に垂直な方向に対する到来波の到来方向をθ、到来波の波長をλとする。この場合、隣接するアンテナ間の位相差φは、φ=(2π/λ)dsin(θ)となる。従って、第1のアンテナA1における或る時点の到来波の振幅がA(t)であるとすると、同時点の第2のアンテナA2における到来波の振幅は、A(t)exp[j(2π/λ)dsin(θ)]となる。
【0027】
説明を分かりやすくするために、方向θから来た振幅1の信号の各アンテナの理想的な信号を並べたものをモードベクトルa(θ)とする。そして、時刻t1における等移動面の基準がアンテナA1にあると考えると、同時刻でのアンテナA1に対するアンテナA2〜A6における位相は以下のようになる。
アンテナA2:exp[−j(2π/λ)dsin(θ)]
アンテナA3:exp[−j(2π/λ)2dsin(θ)]
アンテナA4:exp[−j(2π/λ)3dsin(θ)]
アンテナA5:exp[−j(2π/λ)4dsin(θ)]
アンテナA6:exp[−j(2π/λ)5dsin(θ)]
【0028】
よって、このときのモードベクトルa(θ)は、a(θ)=(1,exp[−j(2π/λ)dsin(θ)],exp[−j(2π/λ)2dsin(θ)],exp[−j(2π/λ)3dsin(θ)],exp[−j(2π/λ)4dsin(θ)],exp[−j(2π/λ)5dsin(θ)])tとなる。
【0029】
方位演算部15では、角度推定方式のCapon法と空間平均法を用いて到来波の到来方向の電力を算出していた。しかしながら、前述のように、従来の電力算出方法であるCapon法では、空間平均を行った後に電力を算出する方法をとっていたために、物標が複数あると空間平均法での処理の際に各物標の相互相関成分が除去されず、各到来波の受信電力が正確に算出できなかった。
【0030】
そこで、本発明では、空間平均を行う前の段階である受信信号そのものを用いて受信電力を算出する。この装置及び方法について図6及び図7を用いて説明する。図6は、図1の方位演算部15の内部に設けられた受信電力算出部50Pの構成の一例を示すものである。ピーク抽出部13によって抽出されたピーク周波数情報(ピークの周波数、パワー、及び位相情報)が入力される受信電力算出部50Pには、角度検出部51、モードベクトル算出部52、受信信号の分解部53及び電力値算出部54がある。
【0031】
角度検出部51は、図3、図4を用いて説明したように、ピーク抽出部13から入力された各受信アンテナにおける受信信号のピークの存在する角度を検出する。この際、物標が複数である場合は、受信信号からは複数の角度が検出される。モードベクトル算出部52は、検出した角度に対するモードベクトルを求める。尚、モードベクトルは予め所定角度(例えば1[Deg]毎)に理論値或いは実測値として求められ、図示せぬメモリに記憶されており、角度検出部51で検出した角度に対応するモードベクトルをメモリから読み出すことで、検出した角度に対するモードベクトルが求められる。そして、受信信号の分解部53は、このモードベクトルに基づいて上記角度の検出に使用した各受信信号をFFT処理した後のピーク電力を合成したベクトルを、当該モードベクトルの方向とその直交成分の方向のベクトルに分解する。なお、この際、受信信号をFFT処理した後のピークが複数ある場合は、各ピークの電力を合成したベクトルについて行う。また、係るベクトルの分解は三角波のUP区間及びDOWN区間それぞれについて行う。電力値算出部54は、分解された受信信号のモードベクトル方向のベクトルの大きさを、受信信号の電力値として出力する。
【0032】
所定の角度推定方式、例えば、従来のPRISM法により受信信号の角度に対するスペクトラムの大きさを求めると、図3に示すようになる。前述のように、図3における実線がUPピーク周波数fu1(Pu11,Pu21,・・・Pun1)の角度スペクトラムを示し、破線がDOWNピーク周波数fd1(Pd11,Pd21、・・・Pdn1)の角度スペクトラムを示している。また、図3の横軸はレーダ装置の正面を0[deg]とした時の送信電波の左右の振れ角度[deg]を示すものである。この実施形態では、0[deg]の位置と3[deg]の位置に物標としてコーナリフレクタ(後述)が置かれているものとする。本発明では図3において電力値を示すスペクトラムの大きさは無視し、図3に丸印を付したスペクトラムの大きさのピーク部分P1,P2,P3に対応する角度のみを算出して求める。ただし、ピークP3は物標によるピークではないが、電力算出には用いられる。
【0033】
次に、求めた角度に対応するモードベクトルを求めて、受信信号を複素数のベクトルとみなして、モードベクトル方向に角度演算に使用したFFT処理後のピーク電力を分解し、そのときの係数を電力値とする。この受信電力の具体的な計算方法について、受信アンテナが4本の場合を説明する。この計算方法は、受信信号の基底変換行列(標準基底がモードベクトル基底)を掛けて、モードベクトル基底の係数を求め、そのノルムを求める計算方法である。ここでは、直交成分の求め方も含めて記載する。
【0034】
まず、θ1〜θ3を角度推定方式で求めた角度として、モードベクトルを以下のように記号化しておく。
a(θ1)=(a11,a12,a13,a14)
a(θ2)=(a21,a22,a23,a24)
a(θ3)=(a31,a32,a33,a34)
【0035】
ここでAを以下のようにおく。
【数1】
【0036】
次に、3つのモードベクトルに直交するベクトルPを、プロパゲータ(Propagator)法を用いて、A1とA2とを以下のようにおいて計算する。
【数2】
【0037】
ここで、モードベクトルに直交成分を加えた行列を以下のように定める。
【数3】
【0038】
ここで、1ch〜4chの受信信号をY1〜Y4と定めて受信信号を以下のようにベクトル化する
【数4】
【0039】
そして、BとYを用いて以下の計算を行うと、モードベクトル・直交成分の基底のそれぞれの係数が求められる。
【数5】
ここで求めたbn1〜bn4のノルムが、それぞれ対応する到来波の方位の電力値と、直交成分の電力値となる。
【0040】
一方、受信電力の直交成分がない場合の具体的な計算方法は以下のようになる。但し、受信アンテナが4chの場合である。
直交成分がある場合は、BNが求めたい値であるとして、以下の式が成立する。
Y=B*BN
ここで、Bは正則行列であるため、以下の式を計算すれば良い。
BN=B-1*Y
【0041】
ところが、直交成分が含まれない場合は、下記の式が成立するが、
Y=A*BN
Aは正方行列でないため逆行列を持ち得ない。そのため、最小二乗近似でBNを求めることになる。その方法は、まず、以下のような評価関数を定義する。
Q(BN)=||Y−A*BN||(但し、||・||はベクトルノルム)
【0042】
ここで、Q(BN)が0になるようにBNを求めれば良い。ここで、Q(BN)を展開していくと、trを行列のトレース、Hを随伴行列として以下のようになる。
Q(BN)=||Y−A*BN||
=tr((Y−A*BN)H*(Y−A*BN)
=tr(YH*Y)−tr(YH*A*BN)−tr(BNH*AH*Y)
+tr(BNH*AH*A*BN)
従って、これをYHで微分した値(−AH*Y+AH*A*BN)が0になれば良いことになる。以上から、以下の式によってBNを計算することができる。
BN=(AH*A)-1*AH*Y
【0043】
図7は、図3に示した「角度‐スペクトラムの大きさ」特性から求めたピーク部分P1,P2の角度に対応するモードベクトルMV1,MV2を求めて、各アンテナの受信信号をFFT処理した後のピーク電力を合成したベクトルRSを複素数のベクトルとみなして、モードベクトルMV1,MV2の方向にベクトルRSを分解し、そのときのベクトルの大きさを電力値とする本発明を図で示すものである。図7から、図3に示したピーク部分P1に対応する電力値がベクトルPV1で示され、ピーク部分P2に対応する電力値がベクトルPV2で示されることが分かる。
【0044】
このときに、モードベクトルMV1,MV2だけでなく、これらのモードベクトルMV1,MV2に直交する方向のベクトルRVと直交成分REも算出することにより、一層精度を上げることができ、更に、直交成分REの大きさを見ることにより、分離限界数以上の到来波を受信しているかどうかの判定も可能である。これに加えて、付加効果として、電力に与える受信信号に含まれているノイズの影響を抑制することができる。
【0045】
以上説明したように、従来は受信信号をFFT処理した後に、何らかの方式で受信波の方位演算を行って、スペクトラム値をそのまま電力値としており、特に電力値の精度が必要な場合には、スペクトラム値からDBF法、Capon法等を用いて電力を出し直していた。これに対して、本発明では、方位演算は従来通り行って角度を出しているが、電力の算出に「受信信号のベクトル分解」を採用したことに最大の特徴がある。以下にこのような本発明の電力算出方法による効果を説明する。
【0046】
ここで、レーダ装置100に対して、図8(a)に示すような0[deg]の位置と、図8(c)に示すような−15[deg]の位置に、レーダ装置100から所定距離だけ離してコーナリフレクタCRを物標として設置した2つの評価装置を準備した。そして、このレーダ装置100から電波を100回送信し、アンテナで反射波を受信して得られた受信信号の電力値における角度パワーの値を示すデータを,従来のCapon法を用いて算出した。
【0047】
図8(b)が図8(a)に示した評価装置を用いた場合の、100個のデータを示すものであり、図8(d)が図8(c)に示した評価装置を用いた場合の、100個のデータを示すものである。図8(b)と図8(d)では、縦軸に受信信号の電力値における角度パワーの値[dB]を示し、横軸に100個の受信信号を「データ数」として示す。図8(b)と図8(d)に示すデータにおける二本の点線で示す直線部分が、角度パワーの真の値を示している。図8(b)と図8(d)に示すデータから分かるように、従来方式では、角度パワーのばらつきが非常に大きいことが分かる。
【0048】
一方、図9(a)に示す角度パワーを示すデータは、図8(a)に示した評価装置を用いた場合の、100個の受信信号に対して本発明のベクトル分解法を用いて測定した電力値における角度パワーを示すものである。また、図9(b)に示す角度パワーを示すデータは、図8(c)に示した評価装置を用いた場合の、100個の受信信号に対して本発明のベクトル分解法を用いて測定した受信信号の電力値における角度パワーを示すものである。図9(a)と図9(b)においても二本の点線で示す直線部分が、単一の物標からの反射波による角度パワーの真の値を示している。本発明の電力算出方法を用いることにより、かなり安定して受信信号の電力値における角度パワーが検出できており、検出値が二本の点線で示す直線部分と同等の値となっていることが分かる。
【0049】
ここで、図10(a)〜(e)に示すような、1個の物標(図10(a))、2個の物標(図10(b))、3個の物標(図10(c))、4個の物標(図10(d))及び5個の物標(図10(e))を置いた評価装置を用意する。そして各評価装置に対して、レーダ装置100から電波を100回送信する。図11は、各評価装置においてアンテナで反射波を受信して得られた受信信号に対して、本発明の電力算出方法を用いることにより得られた直交成分の電力値における角度パワーをまとめて示すものである。図中に太線で示す水平線は分離可能数を判定する閾値Rであり、FFTの閾値と同様の値である。
【0050】
図11から分かるように、分離可能数以下(図11の実施形態では3以下)の物標からの反射波が到来波としてアンテナで受信されて角度推定が正確にできている場合は、直交成分の電力値における角度パワーが閾値Rより小さい。一方、分離可能数以上(図11の実施形態では4以上)の物標からの反射波が到来波としてアンテナで受信されて角度推定が正確にできていない場合は、直交成分の電力値置ける角度パワーが閾値Rより大きいことが分かる。
【0051】
このような直交成分の電力値における角度パワーを見ることにより、受信電波の分離可能数以上の到来波が来ているかどうかの判定が可能である。なお、分離可能数以上の物標からの反射波が到来波としてアンテナで受信された場合は、本発明の方法においても角度が正確に出ない。このような判定は、受信電波の分離可能数のより高い分離手段に変更させるための判断に用いることができる。
【符号の説明】
【0052】
1 送信アンテナ
3 アレーアンテナ
9 高速フーリエ変換機(FFT)
10 信号処理部
13 ピーク抽出部
15 方位演算部
30 距離・相対速度演算部
51 角度検出部
52 モードベクトル算出部
53 受信信号の分解部
54 電力値算出部
100 レーダ装置
A1〜An アンテナ
CR コーナリフレクタ
P 信号処理装置
R 受信部
RW 反射波
S 送信部
T1,T2 目標物
W 電波(送信波)
θ 電波の到来方向
λ 受信波の波長
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電波を送信し、少なくとも1つの物標からの反射波を複数のアンテナで受信し、信号処理部において受信信号を所定の角度推定方式を用いて信号処理し、反射波の到来方向を推定すると共に各反射波の受信電力を算出して前記物標を検出するレーダ装置において、前記信号処理部に、
各アンテナの受信信号に基づいて角度を検出する角度検出手段と、
検出した角度に対するモードベクトルを求めるモードベクトル算出手段と、
このモードベクトルに基づいて前記各受信信号を合成したベクトルを当該モードベクトルの方向のベクトルに分解する受信信号の分解手段と、
分解した受信信号の前記モードベクトル方向のベクトルの大きさを検出した角度のそれぞれの電力値とする電力値算出手段と、を設けたことを特徴とするレーダ装置。
【請求項2】
前記分解手段は、受信信号をベクトル分解する際に、検出した角度に対するモードベクトルすべてに直交するベクトルを加えてベクトル分解を行い、
前記電力値算出手段は、前記ベクトル分解した受信信号の方位毎の電力を算出することを特徴とする請求項1に記載のレーダ装置。
【請求項3】
電波を送信し、少なくとも1つの物標からの反射波を複数のアンテナで受信し、受信信号を所定の角度推定方式を用いて信号処理し、反射波の到来方向を推定して、各反射波の受信電力を算出して物標を検出するレーダ装置における受信電力の算出方法であって、
各アンテナの受信信号から角度を検出し、
検出した角度に対するモードベクトルを求め、
このモードベクトルに基づいて前記各受信信号のベクトルを当該モードベクトルの方向のベクトルに分解し、
分解した受信信号の前記モードベクトル方向のベクトルの大きさを検出した角度のそれぞれの電力値とすることを特徴とするレーダ装置における受信電力の算出方法。
【請求項1】
電波を送信し、少なくとも1つの物標からの反射波を複数のアンテナで受信し、信号処理部において受信信号を所定の角度推定方式を用いて信号処理し、反射波の到来方向を推定すると共に各反射波の受信電力を算出して前記物標を検出するレーダ装置において、前記信号処理部に、
各アンテナの受信信号に基づいて角度を検出する角度検出手段と、
検出した角度に対するモードベクトルを求めるモードベクトル算出手段と、
このモードベクトルに基づいて前記各受信信号を合成したベクトルを当該モードベクトルの方向のベクトルに分解する受信信号の分解手段と、
分解した受信信号の前記モードベクトル方向のベクトルの大きさを検出した角度のそれぞれの電力値とする電力値算出手段と、を設けたことを特徴とするレーダ装置。
【請求項2】
前記分解手段は、受信信号をベクトル分解する際に、検出した角度に対するモードベクトルすべてに直交するベクトルを加えてベクトル分解を行い、
前記電力値算出手段は、前記ベクトル分解した受信信号の方位毎の電力を算出することを特徴とする請求項1に記載のレーダ装置。
【請求項3】
電波を送信し、少なくとも1つの物標からの反射波を複数のアンテナで受信し、受信信号を所定の角度推定方式を用いて信号処理し、反射波の到来方向を推定して、各反射波の受信電力を算出して物標を検出するレーダ装置における受信電力の算出方法であって、
各アンテナの受信信号から角度を検出し、
検出した角度に対するモードベクトルを求め、
このモードベクトルに基づいて前記各受信信号のベクトルを当該モードベクトルの方向のベクトルに分解し、
分解した受信信号の前記モードベクトル方向のベクトルの大きさを検出した角度のそれぞれの電力値とすることを特徴とするレーダ装置における受信電力の算出方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2012−159432(P2012−159432A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−20058(P2011−20058)
【出願日】平成23年2月1日(2011.2.1)
【出願人】(000237592)富士通テン株式会社 (3,383)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年2月1日(2011.2.1)
【出願人】(000237592)富士通テン株式会社 (3,383)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]