説明

レーダ装置

【課題】本発明は、電波送信することにより、MTIでクラッタ抑圧処理を実施した場合に発生する目標ブラインド速度領域を軽減させることができるレーダ装置を提供する。
【解決手段】送信機3は、パルス信号の送信周波数をf〜fに、時分割で順次切り換える。それぞれの送信周波数で放射された電波の反射波は、アンテナ1によって受信され、その後、受信機5によって位相検波されて受信処理信号とされる。周波数選択手段8は、送信周波数f〜fでのMTI処理手段7の出力信号のそれぞれに対して、ピーク検出又は閾値検出処理を実行して、目標検出を行う。周波数選択手段8は、複数の受信処理信号のうち目標信号が含まれている受信処理信号を計測対象信号として選択する。周波数選択手段8からの計測対象信号に基づいて、目標検出処理や、距離計測処理を実施し、目標までの距離を測定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、受信信号に含まれているクラッタ成分を抑圧する機能を有するレーダ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的なパルスレーダは、パルス状の電波を空間に放射し、目標物からの反射波を抽出して距離計測を行うものである。アンテナの受信信号には、目標からの反射波成分以外にクラッタと呼ばれる不要な物体からの反射波成分も含まれている。このようなクラッタは、目標検出処理の妨げとなる。そこで、捜索系の従来のレーダ装置では、クラッタを抑圧するためのクラッタ除去手段として、静止物体からの反射波に起因するクラッタ成分を受信処理信号から除去するMTI(Moving Target Indicators:移動目標検出装置)が用いられる(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
このMTIとは、移動する目標からの反射波にはドップラー周波数が発生するが、地面や建築物からの反射波であるクラッタにはドップラー周波数が発生しないことを利用してクラッタのみを抑圧する一種のフィルタである。具体的に、MTIは、各レンジビンの受信処理信号において、1パルス分遅延させた受信処理信号を差し引くことで、ドップラー周波数が0付近のクラッタを集中的に抑圧する。なお、一般的に、伝達関数が1−z-1で表されるMTIについては単一消去器と呼ばれ、伝達関数が(1−z−1で表されるMTIについては多重消去器と呼ばれる(但しM>1である)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公昭58−55474号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ここで、MTIの演算処理は、パルス繰り返し周期をサンプリング間隔として動作するフィルタとみなすことができる。そして、MTIのフィルタ振幅特性は、パルス繰り返し周波数PRF(Pulse Repetition Frequency)毎にフィルタの阻止領域が繰り返される特性になる。
【0006】
捜索系のレーダでは、目標までの距離を正しく計測することを目的としているので、比較的低いPRFで運用されることが多い。即ち、PRFが比較的低いということは目標のドップラー周波数を正しく計測できる範囲(−PRF/2〜PRF/2)が比較的狭くなることと等価である。しかしながら、このような設定の場合、目標が高速で移動しているとドップラー周波数が発生しているにも係らず、そのドップラー周波数がMTIの阻止領域に含まれてしまい目標信号が減衰してしまうブラインド現象が生じる確率が高くなる。
【0007】
従って、従来のレーダ装置では、MTIがクラッタ抑圧処理を行った場合、目標の移動速度によっては、ブラインド現象が生じる。この結果、目標信号がMTIによって減衰して目標検出が困難になるという課題があった。
【0008】
この発明は上記のような課題を解決するためになされたもので、クラッタ除去手段のクラッタ抑圧処理に伴う目標ブラインド速度領域を縮小させることができ、より確実に目標検出を行うことができるレーダ装置を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この発明に係るレーダ装置は、入力されたパルス信号を送信信号として外部空間へ送り、その送信信号の前記外部空間からの反射波を受信信号として受けるアンテナと、それぞれ異なる送信周波数の複数の前記パルス信号を生成し、その生成した前記複数のパルス信号を時分割で前記アンテナに入力する送信信号処理手段と、前記アンテナの前記受信信号を、その受信信号に対応する前記パルス信号の送信周波数毎に内部処理用の受信処理信号に変換し、複数の受信処理信号とする受信信号処理手段と、前記受信信号処理手段からの前記複数の受信処理信号のそれぞれに対して、静止物体からの反射波に起因するクラッタ成分を、移動目標を検出するために除去するクラッタ除去手段と、前記クラッタ除去手段によるクラッタ成分除去後の前記複数の受信処理信号に、距離測定の目標を示す目標信号が含まれているか否かについて判別し、前記複数の受信処理信号のうち前記目標信号が含まれている前記受信処理信号を計測対象信号として選択する周波数選択手段と、前記計測対象判別手段からの計測対象信号に基づいて、前記目標までの距離を計測する目標距離計測手段とを備えるものである。
【発明の効果】
【0010】
この発明のレーダ装置によれば、送信信号処理手段によってそれぞれ異なる送信周波数の複数のパルス信号が時分割でアンテナへ入力され、周波数選択手段によって目標信号が含まれている受信処理信号が計測対象信号とされるので、複数の送信周波数のうち一部の送信周波数についての受信処理信号がクラッタ除去手段のブラインド現象の影響を受ける場合であっても、複数の送信周波数のうち他の送信周波数についての受信処理信号がクラッタ除去手段のブラインド現象の影響を回避可能となることにより、MTIでクラッタ抑圧処理を実施した場合に発生する目標ブラインド速度領域を縮小させることができ、より確実に目標検出を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】この発明の実施の形態1によるレーダ装置を示すブロック図である。
【図2】パルス波の送信タイミングを説明するための説明図である。
【図3】目標信号に対するMTIの利得の変化を説明するためのグラフである。
【図4】この発明の実施の形態2によるレーダ装置を示すブロック図である。
【図5】図4の周波数最大比合成手段の内部構成を具体的に示すブロック図である。
【図6】この発明の実施の形態3によるレーダ装置を示すブロック図である。
【図7】この発明の実施の形態4によるレーダ装置を示すブロック図である。
【図8】この発明の実施の形態5によるレーダ装置を示すブロック図である。
【図9】この発明の実施の形態6によるレーダ装置を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、この発明の実施の形態について、図を用いて説明する。
実施の形態1.
図1は、この発明の実施の形態1によるレーダ装置を示すブロック図である。なお、図1では、受信機5をRXとして示し、A/D変換器6をA/Dとして示し、MTI処理手段7をMTIとして示す(他のブロック図も同様)。
図1において、レーダ装置は、アンテナ(送受信アンテナ)1、サーキュレータ2、送信機3、周波数切換手段4、受信機5、A/D変換器6、クラッタ除去手段としてのMTI処理手段7、周波数選択手段8及び目標距離計測手段9を有している。
【0013】
アンテナ1は、単数のアンテナ素子により構成されている。また、アンテナ1は、入力されたパルス信号を外部空間へ送信信号として送り、そのパルス信号の外部空間からの反射波を受信信号として受ける。サーキュレータ2(送受切換器)は、アンテナ1、送信機3及び受信機5に電気的に接続されている。また、サーキュレータ2は、電波送信(パルス送信)の際には、送信機3とアンテナ1との間を電気的に接続し、電波受信(パルス受信)の際には、受信機5とアンテナ1との間を電気的に接続する。
【0014】
送信機3は、それぞれ異なる複数の送信周波数のパルス信号(送信パルス列の信号)を生成する。周波数切換手段4は、一定時間おきに、複数の送信周波数を切り換えるための切換信号を送信機3に送る。送信機3は、周波数切換手段4からの切換信号に応じて、複数の送信周波数を時分割により切り換えて、パルス信号をアンテナ1へ送る。なお、送信機3及び周波数切換手段4は、送信信号処理手段を構成している。
【0015】
受信機5は、アンテナ1によって受信されたRF帯の受信信号の位相を検波し、受信信号に対応するパルス信号の送信周波数毎に、内部処理用のベースバンドの受信処理信号に変換する。A/D変換器6は、受信機5からの受信処理信号に対してA/D変換を行う。なお、受信機5及びA/D変換器6は、受信信号処理手段を構成している。
【0016】
MTI処理手段7は、A/D変換器6からの受信処理信号に含まれている静止物体からの反射波に起因するクラッタ成分を除去する。周波数選択手段8は、MTI処理手段7によるクラッタ成分除去後の受信処理信号に対して、ピーク検出処理又は閾値検出処理を実行し、距離測定の目標を示す目標信号が含まれているか否かについて判別(簡易検出)する。なお、周波数選択手段8は、ピーク検出処理又は閾値検出処理により抽出された信号成分が距離方向に広がっていなければ、受信処理信号に目標信号が含まれていると判別できる。そして、周波数選択手段8は、目標信号が含まれている受信処理信号を計測対象信号とする。
【0017】
目標距離計測手段9は、周波数選択手段8からの計測対象信号に基づいて、CFAR(Constant False Alarm Rate:一定誤警報確率)等の目標検出処理(詳細検出)や、距離計測処理を実施し、目標までの距離を測定する。
【0018】
ここで、レーダ装置は、演算処理部(CPU)、記憶部(ROM、RAM及びハードディスク等)及び信号入出力部を持ったコンピュータ(図示せず)により構成することができる。レーダ装置のコンピュータの記憶部には、送信機3、周波数切換手段4、受信機5、A/D変換器6、MTI処理手段7、周波数選択手段8及び目標距離計測手段9の機能を実現するためのプログラムが格納されている。
【0019】
次に、実施の形態1のレーダ装置の動作について説明する。ここでは、3つの送信周波数f〜fを切り換えて電波送信する場合について説明する。図2は、パルス電波の送信タイミングを説明するための説明図である。図2に示すように、まず、送信機3は、予め設定した時間だけ、送信周波数fのパルス信号をアンテナ1に送り、その送信周波数fのパルス信号が電波送受信される。
【0020】
次いで、送信機3は、パルス信号の送信周波数をf,fに、時分割で順次切り換える。そして、送信周波数fの場合と同様に、送信周波数f,fのパルス信号が電波送受信される。それぞれの送信周波数で放射された電波の反射波は、アンテナ1によって受信され、その後、受信機5によって位相検波されて受信処理信号とされる。そして、位相検波後の受信処理信号は、A/D変換器6によってディジタル信号に変換されて、MTI処理手段7へ送られる。
【0021】
ここで、一般的に、MTIによって静止物体からの反射波に起因するクラッタ成分が抑圧される。また、捜索系のレーダでは、目標の移動速度が一般に未知の情報であるため、目標信号のドップラー周波数も未知の情報である。従って、MTI処理を実施する限り、目標信号が減衰する現象を完全に回避することは困難である。
【0022】
また、MTIの振幅特性は、PRFが決まれば一意的に決定される。これに対して、目標信号のドップラー周波数fdは、次の式(1)で表される。即ち、送信周波数が変化すれば目標速度vが一定でもドップラー周波数は変化することがわかる。
【数1】

但し、λ:送信電波の波長 f:送信周波数 c:電波伝搬速度
【0023】
この式(1)に示すようなドップラー周波数の変化は、移動速度が極端に遅い目標に対しては、送信周波数を切り換えても、原理上、比較的小さい。このため、MTI利得の変化も比較的小さい。しかしながら、ある程度高速で移動する目標であれば、ドップラー周波数の変化が比較的大きいので、送信周波数fでは検出できなかった目標が、送信周波数fでは検出できる可能性がある。
【0024】
従って、実施の形態1のレーダ装置では、先の式(1)に示すようなドップラー周波数の変化を利用して、目標信号がMTI処理手段7により減衰される確率を低下させる。MTI処理手段7の振幅特性は、MTI処理手段7の次数(何重消去器であるか)とPRFとにより決定される。即ち、MTI処理手段7の次数とPRFとが固定であり、かつ目標の移動速度が一定でレーダ装置との位置関係が変化しない場合でも、送信周波数が異なればドップラー周波数が変化する。これにより、MTI処理手段7での目標減衰量が変化することになる。
【0025】
そこで、周波数選択手段8は、まず、送信周波数f〜fでのMTI処理手段7の出力信号のそれぞれに対して、ピーク検出又は閾値検出処理を実行して、簡易的な目標検出を行う。次に、周波数選択手段8は、抽出された信号成分が距離方向に広がっていなければ目標信号候補であると判断できる。これにより、そのような信号が抽出できた受信処理信号を選択する。
【0026】
また、図2に示す例では、送信周波数f,fでは目標検出可能であり、送信周波数fでは目標検出不可であるため、送信周波数f,fに対応する受信処理信号が、周波数選択手段8によって計測対象信号として選択される。なお、周波数選択手段8は、送信周波数f,fのそれぞれに対応する受信処理信号のうち、反射強度が大きい受信処理信号を計測対象信号として選択する。なお、周波数選択手段8は、送信周波数f,fのそれぞれに対応する受信処理信号のうち、アンテナ1が先に受信した反射波に対応する受信処理信号を計測対象信号として選択することもできる。
【0027】
ここで、MTI処理手段7の次数とPRFとが予め決まっていれば、切り換える複数の送信周波数間の周波数差を調整することによって、特定範囲の移動速度を持つ目標に対するMTI利得を常時確保することができる。
【0028】
次に、実施の形態1のレーダ装置のMTI利得の変化について、従来のレーダ装置と対比しながら説明する。図3は、図1のレーダ装置のMTI利得の変化を説明するための説明図である。図3に示す例では、切り換える複数の送信周波数をf〜fとする。ここでの計算例は、送信周波数fを基準にして、f=1.1×f、f=1.2×fと変化させ、PRF=f/10、MTI処理手段7を2重消去器とした場合の例である。
【0029】
また、図3の横軸は、目標速度を示し、図3の縦軸は、MTI利得を示す。さらに、図3では、実施の形態1のレーダ装置のMTI利得の変化を実線で示し、従来のレーダ装置(送信周波数fのみを用いたもの)のMTI利得の変化を破線で示す。また、図3では、MTI利得が0を下回る場合は目標信号が減衰することを意味する。さらに、図3は、目標の移動速度を300m/s〜700m/sまで変化させたときの目標信号に対するMTI利得のデシベル値である。
【0030】
まず、従来のレーダ装置では、図3の矢示A1〜A3のように、大きく利得が劣化する目標速度が多数あり、ブラインド現象が生じていることがわかる。これに対して、実施の形態1のレーダ装置では、常時5dB以上の利得を確保できており、想定した目標速度範囲(図3の横軸の全域)内では目標信号が減衰しないことがわかる。
【0031】
なお、図3では、目標速度範囲を300m/s〜700m/sとした例を示すが、計算では、120m/s〜1200m/sを目標速度範囲とした場合でも、0dB以上のMTI利得を確保できることを確認しており、図3に示す例よりも広範囲に渡って、0dB以上のMTI利得を確保することができる。
【0032】
上記のような実施の形態1のレーダ装置によれば、送信機3によってそれぞれ異なる送信周波数の複数のパルス信号が時分割でアンテナ1へ入力され、目標信号が含まれている受信処理信号が周波数選択手段8によって計測対象信号として選択される。そして、その計測対象信号が目標距離計測手段9に送られる。この構成により、複数の送信周波数のうち一部の送信周波数についての受信処理信号がMTI処理手段7のブラインド現象の影響を受ける場合であっても、複数の送信周波数のうち他の送信周波数についての受信処理信号がMTI処理手段7のブラインド現象の影響を回避可能となることにより、MTI処理手段7でクラッタ抑圧処理を実施した場合に発生する目標ブラインド速度領域を軽減させることができ、従来のレーダ装置に比べて正確に目標距離を算出することができる。
【0033】
なお、実施の形態1では、図2に示すように、3つの送信周波数を用いた例について説明した。しかしながら、この例に限定するものではなく、2つ又は4つ以上の送信周波数を用いてもよい。
【0034】
実施の形態2.
実施の形態1のレーダ装置では、目標信号がMTI処理手段7により減衰することを回避するために、送信周波数を時分割で切り換えて電波送信を行うので、送信周波数が固定のレーダに比べて、総パルスヒット数が減少する。これにより、実施の形態1のレーダ装置では、目標信号が存在しているのにMTI処理手段7によって消失するという可能性は低くなるが、目標を検出したときのS/N(信号対雑音比)の劣化は避けられない。これに対して、この発明の実施の形態2のレーダ装置では、実施の形態1におけるS/Nの劣化を改善するために、周波数最大比合成手段20が用いられる。
【0035】
図4は、この発明の実施の形態2によるレーダ装置を示すブロック図である。図4において、実施の形態2のレーダ装置は、実施の形態1のレーダ装置の構成に加えて、周波数最大比合成手段20をさらに有している。実施の形態2の周波数選択手段(複数周波数選択手段)8は、複数の送信周波数のそれぞれに対応する受信処理信号から必要な受信処理信号を1種類又は複数種類選択する。周波数最大比合成手段20は、周波数最大比合成処理(図5に示す各機能の処理)を行い、周波数選択手段8から受信処理信号を複数種類受けた場合に、それらの複数種類の受信処理信号を合成する。
【0036】
次に、周波数最大比合成手段20について具体的に説明する。図5は、図4の周波数最大比合成手段20の内部構成を具体的に示すブロック図である。図5において、周波数最大比合成手段20は、最大固有値に対応する荷重ベクトルを算出する合成荷重算出手段(周波数最大比合成荷重算出手段)21と、複数の乗算器22A〜22M(M個の乗算器22:Mは2以上の整数)と、加算器23とを有している。
【0037】
次に、実施の形態2のレーダ装置の動作について説明する。まず、パルスヒット数をNHとし、そのパルスヒット数NH毎に送信周波数をf〜fと切り換えてパルス信号を送信した場合において、MTI処理手段7によるクラッタ除去後の受信処理信号をxf(n,r)とする(但し、i=1〜NH)。
【0038】
周波数選択手段8は、MTI処理された受信処理信号xf(n,r)に対して閾値検出を行う。そして、周波数選択手段8は、複数の受信処理信号のうち目標信号候補が存在するレンジビンの受信処理信号を選択する。今、レンジビン番号Rにおいて、送信周波数f,f,fに対応する受信処理信号が周波数選択手段8によって計測対象信号として選択されたときに、これらの計測対象信号をベクトルXfとして次の式(2)のように定義する。
【数2】

【0039】
周波数最大比合成手段20では、このベクトルXfを用いて空間最大比合成荷重を求めるために、合成荷重算出手段21が、ベクトルXfに関する相関行列Rを次の(3)式に基づいて算出する。この相関行列Rは、複数の計測対象信号を列方向に並べて得られる行列に関する相関行列である。
【数3】

但し、添字のHは複素共役転置を表す。
【0040】
また、合成荷重算出手段21は、相関行列Rの最大固有値に対応する固有ベクトルW、即ち周波数最大比合成の荷重ベクトルWを算出して、その算出した荷重ベクトルW(W〜W)を各乗算器22(22A〜22M)に送る。乗算器22は、周波数選択手段8からの複数の計測対象信号と、荷重ベクトルWとを乗算する。
【0041】
そして、加算器23は、各乗算器22の出力を、次の式(4)に示すように加算することによって、最大S/N(最大信号対雑音比)で合成した計測対象信号である合成出力信号XFMRC(r)を算出する。
【数4】

【0042】
ここで、周波数最大比合成手段20は、周波数選択手段8からの計測対象信号を、複数のパルス信号の送受信が全て完了するまで保持する。そして、周波数最大比合成手段20は、複数のパルス信号の送受信が全て完了したことに応じて、加算器23に、その処理を実行させる。
【0043】
加算器23によって算出された合成出力信号XFMRC(r)は、目標距離計測手段9へ送られる。そして、目標距離計測手段9は、合成出力信号XFMRC(r)を用いて、距離方向(レンジビン方向)に閾値処理を行うことにより目標を検出し、目標距離を算出する。他の構成及び動作は、実施の形態1と同様である。
【0044】
上記のような実施の形態2のレーダ装置によれば、周波数最大比合成手段20は、最大固有値に対応する固有ベクトルを算出して、複数の計測対象信号を最大信号対雑音比で合成する。この構成により、実施の形態1のものに比べて、S/Nを改善することができ、より正確な距離の測定が可能となる。
【0045】
実施の形態3.
実施の形態2のレーダ装置では、周波数最大比合成手段20によってS/Nの改善を図るものであった。ここで、対象とする目標の移動速度が比較的速い場合、目標のドップラー周波数も比較的高くなり、送信周波数の切換によるMTI利得の変化が比較的大きくなる。これにより、送信周波数間の周波数差が比較的小さい場合であっても効果を得やすくなる。
【0046】
ここで、実施の形態2の最大比合成処理では、理想的には信号の位相を揃えて加算するコヒーレント積分と等価になる。しかしながら、複数の送信周波数間で信号合成する周波数最大比合成処理では、複数の送信周波数間での目標信号のドップラー周波数差が大きくなるに従ってS/N改善の効果が低下してくることが考えられる。これに対して、この発明の実施の形態3のレーダ装置では、目標信号のドップラー周波数の影響が比較的大きい場合にも対応するため、パルスドップラーフィルタ(以下、PDF:Pulse Doppler Filter)30が用いられる。
【0047】
図6は、この発明の実施の形態3によるレーダ装置を示すブロック図である。図6において、実施の形態3のレーダ装置は、実施の形態2のレーダ装置の構成に加えて、周波数成分分離手段としてのPDF30をさらに有している。PDF30は、先の式(2)で示したMTI処理手段7からの受信処理信号ベクトルXfを受けて、その受信処理信号ベクトルXfについて、パルスヒット方向に離散フーリエ変換を行う。ここで、離散フーリエ変換点数をNFとすると、PDF30の受信処理信号についての出力信号ベクトルXFは次の式(5)で表される。
【0048】
【数5】

従って、PDF30は、MTI処理手段7からの複数の受信処理信号のそれぞれに対して、離散フーリエ変換を行って周波数成分を算出し、その算出した周波数成分を複数の受信処理信号のそれぞれから分離する。
【0049】
実施の形態3の周波数選択手段8は、式(5)に示した出力信号ベクトルXFに対してピーク検出を行う。そして、周波数選択手段8は、例えば、そのピークを周波数f,f,fで検出したとすると、その周波数チャンネルの複素信号を次の式(6)のように並べ替えてベクトルXFとする。
【数6】

但し、この例では、全ての送信周波数でそれぞれ異なる周波数チャンネルにピークが検出されたものとする。
【0050】
そして、周波数最大比合成手段20は、このベクトルXFを用いて周波数最大比合成荷重を求めるために、ベクトルXFに関する相関行列Rを次の式(7)に基づいて計算する。
【数7】

【0051】
次に、周波数最大比合成手段20(先の図5の乗算器22)は、式(7)の相関行列Rの最大固有値に対応する固有ベクトルW、即ち周波数最大比合成の荷重ベクトルWと、ベクトルXFとの乗算を次の式(8)のように行う。
【数8】

他の構成及び動作は、実施の形態2と同様である。
【0052】
上記のような実施の形態3のレーダ装置によれば、PDF30がMTI処理手段7からの複数の受信処理信号のそれぞれに対して、離散フーリエ変換を行って周波数成分を算出し、その算出した周波数成分を複数の受信処理信号のそれぞれから分離する。この構成により、目標信号のドップラー周波数の影響が比較的大きい場合であっても、S/Nの改善を図ることができる。
【0053】
実施の形態4.
実施の形態2のレーダ装置では、単一のアンテナ素子によって構成されたアンテナ1が用いられた。これに対して、この発明の実施の形態4のレーダ装置では、アンテナ1に代えて、複数のアンテナ素子41A〜41M(M個のアンテナ素子:Mは2以上の整数)によって構成されたアレーアンテナ40が用いられる。また、実施の形態4では、実施の形態2における周波数最大比合成手段20に代えて、空間・周波数最大比合成手段47が用いられる。
【0054】
図7は、この発明の実施の形態4によるレーダ装置を示すブロック図である。なお、図7の左上のf,f,fは、送信周波数が時分割で切り換えられて、それぞれの送信周波数の送信信号で電波送受信されていることを表している(図8,9についても同様)。また、図7では、送信周波数fに対応する反射波を受信しているときのアレーアンテナ40を破線で示し、送信周波数fに対応する反射波を受信しているときのアレーアンテナ40を一点鎖線で示す(図8,9についても同様)。
【0055】
図7において、実施の形態4のレーダ装置は、送信機(図示せず)と、サーキュレータ(図示せず)と、周波数切換手段(図示せず)と、全体としてアレーアンテナ40を構成するM個のアンテナ素子41A〜41Mと、アンテナビームを所望の方向へ向けるためのM個の移相器42A〜42Mと、M個の受信機43A〜43Mと、M個のA/D変換処理手段44A〜44Mと、M個のMTI処理手段45A〜45Mと、周波数選択手段(複数周波数選択手段)46と、最大信号対雑音比でかつ空間的に合成する空間・周波数最大比合成手段47と、目標距離計測手段48とを有している。
【0056】
ここで、実施の形態4の送信機、サーキュレータ、周波数切換手段、受信機43A〜43M、A/D変換処理手段44A〜44M、MTI処理手段45A〜45M及び周波数選択手段46の構成及び動作については、実施の形態1,2のレーダ装置の構成及び動作と同様である。
【0057】
次に、実施の形態4のレーダ装置の動作について説明する。ここでは、送信周波数fで電波送受信を行った場合について説明する。アレーアンテナ40から送信された送信周波数fの送信信号は、目標に当たって反射されて同じくアレーアンテナ40に入射して受信信号となる。移相器42は、送信方向と同じ方向に受信ビームを指向するためのビームステアリング操作を行う。
【0058】
ここで、送信周波数fでの各アンテナ素子41A〜41Mでの受信信号をxm,1(m=1,2,・・・,M)とし、送信周波数を切り換えてfでパルス送信したときの各アンテナ素子41A〜41Mでの受信信号をxm,n(m=1,2,・・・,M)とする。この場合において、空間・周波数最大比合成手段47への受信処理信号をベクトル表記すると次の式(9)のようになる。
【数9】

【0059】
空間・周波数最大比合成手段47は、空間・周波数最大比合成荷重を算出するために、先の式(9)に示すデータ行列を用いて、Zに関する相関行列Rsfを次の式(10)により算出する。
【数10】

但し、添字のHは複素共役転置を表す。
【0060】
また、空間・周波数最大比合成手段47は、相関行列Rsfの最大固有値に対応する固有ベクトルW、即ち周波数最大比合成の荷重ベクトルWを計算する。そして、空間・周波数最大比合成手段47は、実施の形態2のレーダ装置と同様に、次の式(11)の演算を行うことにより、最大S/Nでかつ空間的に合成された出力信号XSFMRC(r)を得ることができる。
【数11】

他の動作は、実施の形態2と同様である。
【0061】
上記のような実施の形態4のレーダ装置によれば、アレーアンテナ40の複数の受信信号に基づく複数の受信処理信号が空間・周波数最大比合成手段47によって、最大S/Nでかつ空間的に合成される。この構成により、実施の形態2と同様の効果を得ることができるとともに、距離測定に用いる情報量を増大させることができ、距離測定の精度をより向上させることができる。
【0062】
実施の形態5.
図8は、この発明の実施の形態5によるレーダ装置を示すブロック図である。図8において、実施の形態5のレーダ装置の構成は、実施の形態4のレーダ装置の構成に、実施の形態3のPDF30と同等のPDF50A〜50Mを追加したものである。PDF50A〜50M以外の実施の形態5のレーダ装置の構成は、実施の形態4のレーダ装置の構成と同様である。
【0063】
次に、実施の形態5のレーダ装置の動作について説明する。MTI処理手段45A〜45MでMTI処理された受信処理信号は、それぞれのアンテナ素子41A〜41Mに対応したPDF50で、パルスドップラー処理される。PDF50の出力信号ベクトルは、次の式(12)に示すXF(m=1,2,・・・,M)となる。
【数12】

但し、mはアンテナ素子番号である。
【0064】
また、実施の形態5の周波数選択手段46は、式(12)に示したXFに対してピーク検出を行う。そして、周波数選択手段46は、例えば、各アンテナ素子41A〜41Mにおいて周波数f,fで検出された場合には、その周波数チャンネルの複素信号を次の式(13)のように並べ替えてベクトルXFとする。
【数13】

他の動作は、実施の形態3,4と同様である。
【0065】
上記のような実施の形態5のレーダ装置によれば、実施の形態のレーダ装置の構成に実施の形態3のPDF30と同等のPDF50A〜50Mを追加していることにより、実施の形態3,4と同様の効果を得ることができる。
【0066】
実施の形態6.
この発明の実施の形態6のレーダ装置では、実施の形態5のレーダ装置におけるアレーアンテナ40の複数のアンテナ素子が、複数のサブアレー60A〜60Mとしてグループ化されている。図9は、この発明の実施の形態6によるレーダ装置を示すブロック図である。図9において、複数のサブアレー60A〜60Mは、それぞれ複数のアンテナ素子61と、複数の移相器62と、合成器63とを有している。
【0067】
次に、実施の形態6のレーダ装置の動作について説明する。ここでは、送信周波数fでパルス送受信を行う場合について説明する。アレーアンテナ40で送信した周波数fの送信パルスは、目標から反射し同じくアレーアンテナ40に入射して受信信号xm,n(n=1,2,・・・,N)となる。なお、アレー素子数をMとし、サブアレー数をMSとし、サブアレー内の素子数をMMとする。
【0068】
移相器62では、送信方向と同じ方向に受信ビームを指向するためのビームステアリング操作を行う。ここで、ステアリングベクトルをB(θ)とすると、合成器63では、サブアレー60の出力信号として次の式(15)に示すYm,n(m=1,2,・・・,MS)が得られる。
【数14】

【0069】
ここで、アレーアンテナ40がリニアアレーの場合を例とすると、ステアリングベクトルB(θ)は、次の式(16)で表すことができる。
【数15】

【0070】
実施の形態6の受信機は、アレーアンテナ40の受信信号、即ち式(16)で示したサブアレー60の出力信号Ym,nを、その出力信号に対応するパルス信号の送信周波数毎、及びサブアレー60毎に、受信処理信号に変換する。そして、MTI処理後の受信処理信号を周波数選択手段46の入力信号とすることによって、以降の動作については、実施の形態5のレーダ装置と同様とすることができる。
【0071】
上記のような実施の形態6のレーダ装置によれば、複数のアンテナ素子61が、それぞれサブアレーとしてグループ化されている。この構成により、アンテナ素子数が増加した場合であっても、サブアレー単位(グループ単位)で演算処理が可能となることにより、演算量の増加を抑えることができる。これとともに、実施の形態5(実施の形態3,4)と同様の効果を得ることができる。
【0072】
なお、実施の形態6では、レーダ装置にPDF50が用いられていたが、実施の形態4のレーダ装置のように、PDF50を省略してもよい。
【符号の説明】
【0073】
1 アンテナ、3 送信機、4,46 周波数切換手段、5,43A〜43M 受信機、7,45A〜45M MTI処理手段(クラッタ除去手段)、8 周波数選択手段、9,48 目標距離計測手段、20 周波数最大比合成手段、40 アレーアンテナ、41A〜41M,61 アンテナ素子、47 空間・周波数最大比合成手段、60A〜60M サブアレー。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力されたパルス信号を送信信号として外部空間へ送り、その送信信号の前記外部空間からの反射波を受信信号として受けるアンテナと、
それぞれ異なる送信周波数の複数の前記パルス信号を生成し、その生成した前記複数のパルス信号を時分割で前記アンテナに入力する送信信号処理手段と、
前記アンテナの前記受信信号を、その受信信号に対応する前記パルス信号の送信周波数毎に内部処理用の受信処理信号に変換し、複数の受信処理信号とする受信信号処理手段と、
前記受信信号処理手段からの前記複数の受信処理信号のそれぞれに対して、静止物体からの反射波に起因するクラッタ成分を、移動目標を検出するために除去するクラッタ除去手段と、
前記クラッタ除去手段によるクラッタ成分除去後の前記複数の受信処理信号に、距離測定の目標を示す目標信号が含まれているか否かについて判別し、前記複数の受信処理信号のうち前記目標信号が含まれている前記受信処理信号を計測対象信号として選択する周波数選択手段と、
前記計測対象判別手段からの計測対象信号に基づいて、前記目標までの距離を計測する目標距離計測手段と
を備えることを特徴とするレーダ装置。
【請求項2】
前記周波数選択手段は、前記複数の受信処理信号のうち前記目標信号が含まれている前記受信処理信号が複数であることを確認した場合には、前記目標信号が含まれている前記複数の受信処理信号のそれぞれを前記計測対象信号として選択し、
前記周波数選択手段からの前記計測対象信号を、前記複数のパルス信号の送受信が全て完了するまで保持し、前記計測対象信号が複数である場合に、それらの複数の前記計測対象信号を列方向に並べて得られる行列に関する相関行列を算出し、その算出した前記相関行列の最大固有値に対応する固有ベクトルを算出して、前記複数の計測対象信号を最大信号対雑音比で合成する周波数最大比合成手段
をさらに備え、
前記目標距離計測手段は、前記計測対象判別手段からの計測対象信号に代えて、前記周波数最大比合成手段によって合成された前記複数の計測対象信号に基づいて、前記目標までの距離を計測する
ことを特徴とする請求項1記載のレーダ装置。
【請求項3】
前記クラッタ除去手段によるクラッタ成分除去後の前記複数の受信処理信号のそれぞれについて、離散フーリエ変換を行って周波数成分を算出し、その算出した周波数成分を前記複数の受信処理信号のそれぞれから分離する周波数成分分離手段
をさらに備え、
前記周波数選択手段は、前記周波数成分分離手段によって周波数成分が分離された前記複数の受信処理信号のそれぞれに、前記目標信号が含まれているか否かについて判別し、前記複数の受信処理信号のうち前記目標信号が含まれている前記受信処理信号を前記計測対象信号として選択する
ことを特徴とする請求項2記載のレーダ装置。
【請求項4】
前記アンテナは、複数のアンテナ素子からなるアレーアンテナであり、
前記周波数最大比合成手段は、前記複数の計測対象信号を最大信号対雑音比でかつ空間的に合成する
ことを特徴とする請求項2又は請求項3に記載のレーダ装置。
【請求項5】
前記複数のアンテナ素子は、複数のサブアレーとしてそれぞれグループ化されており、
前記受信信号処理手段は、前記アレーアンテナの前記受信信号を、その受信信号に対応する前記パルス信号の送信周波数毎、及び前記サブアレー毎に、前記受信処理信号に変換する
ことを特徴とする請求項4記載のレーダ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−249535(P2010−249535A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−96161(P2009−96161)
【出願日】平成21年4月10日(2009.4.10)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】