ワークの拘束焼入れ方法および拘束焼入れ装置
【課題】拘束して矯正しつつ焼き入れ温度まで冷却したワークの寸法安定性を一層向上させ得るワークの拘束焼入れ方法および装置を提供する。
【解決手段】この拘束焼入れ装置は、鋼製且つ環状のワークWをマルテンサイト変態開始温度(Ms点)よりも高い矯正開始温度まで冷却する第一冷却部1と、矯正開始温度まで冷却されたワークWに対しその少なくとも外径を径方向に拘束して矯正する第一矯正部10を有し且つ該第一矯正部10で矯正しつつ焼き入れ温度まで冷却する第二冷却部2と、焼き入れ温度まで冷却されたワークWに対しその少なくとも外径を径方向に拘束して矯正する第二矯正部20を有し且つ該第二矯正部20で矯正しつつ更に焼き入れ温度よりも低い温度まで冷却してマルテンサイト変態を進行させる第三冷却部3とを備える。
【解決手段】この拘束焼入れ装置は、鋼製且つ環状のワークWをマルテンサイト変態開始温度(Ms点)よりも高い矯正開始温度まで冷却する第一冷却部1と、矯正開始温度まで冷却されたワークWに対しその少なくとも外径を径方向に拘束して矯正する第一矯正部10を有し且つ該第一矯正部10で矯正しつつ焼き入れ温度まで冷却する第二冷却部2と、焼き入れ温度まで冷却されたワークWに対しその少なくとも外径を径方向に拘束して矯正する第二矯正部20を有し且つ該第二矯正部20で矯正しつつ更に焼き入れ温度よりも低い温度まで冷却してマルテンサイト変態を進行させる第三冷却部3とを備える。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ころがり軸受等に使用される鋼製且つ環状のワークを拘束して矯正しつつ冷却して焼入れする方法およびそのための装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ワークの矯正を行って研削工程での工数を抑制する等により、部品を安価に製造することが要求されている。そこで、ワークを矯正しつつ冷却して焼入れする方法やそのための装置が多く提案されている。
このような技術の一例として、例えば特許文献1記載の技術が提案されている。同文献には、焼き入れ時にマルテンサイト変態をともなう鋼製且つ環状のワークを加熱して所定温度に保持した後に、まず、一次冷却工程において、マルテンサイト変態開始温度よりも高い温度まで冷却し、次いで、二次冷却工程において、変形を抑制するための矯正をマルテンサイト変態開始温度よりも低い温度で開始するとともにマルテンサイト変態完了温度(Mf点)よりも高い温度まで冷却する、という熱処理矯正装置が開示されている。また、同文献での変形矯正方法は、環状のワークの外周面を一対の受けロールに接触させた状態で、一対の受けロールの対向側からワークの外周面を加圧ロールで押圧しつつワークを回転させて矯正して真円度を向上させている。同文献記載の技術のメリットは、二次冷却工程を設けることによって焼き入れ冷却時間を短縮できるとともに、変形矯正方法に汎用性があることである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−84609号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記特許文献1記載の技術では、二次冷却工程における焼き入れ温度がマルテンサイト変態完了温度(Mf点)よりも高いため、二次冷却工程後に寸法精度(寸法、真円度)が悪化するという問題があり、焼入れ後のワークの精度を一層向上させる上で未だ改良の余地がある。
つまり、ころがり軸受等に使用される鋼製且つ環状のワークは、SUJ2,3材等の炭素鋼からなるが、この種の鋼材は、マルテンサイト変態完了温度(Mf点)が常温以下である。そのため、焼き入れ完了後に次工程(例えば洗浄工程)でワークの温度が常温以下まで低下すると、マルテンサイト変態が更に進行してしまい寸法精度(寸法、真円度)が悪化するのである。
【0005】
また、特許文献1記載の技術において、二次冷却工程での変形矯正方法は、ローラを回転させながらワークを押圧して真円度を向上させるものであるが、押圧する力によって矯正後のワークの精度が異なってしまうという問題がある。つまり、押圧する力が弱ければ矯正後のワークの精度が向上しない場合があるし、また、押圧する力が強すぎればワークが座屈したり、最悪の場合には割れたりする可能性がある。そのため、押圧する力の設定には十分な経験が必要である。
【0006】
そこで、本発明は、このような問題点に着目してなされたものであって、焼入れ後のワークの精度を一層向上させつつも製造コストを抑えることができる(サイクルタイムを短縮することができる)ワークの拘束焼入れ方法および装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明の一態様に係る拘束焼入れ装置は、所定温度に加熱された鋼製且つ環状のワークを段階的に冷却して焼き入れする複数の冷却部と、該複数の冷却部で焼き入れ中のワークを必要に応じて拘束して所望の寸法に矯正する矯正部とを備える拘束焼入れ装置であって、焼き入れ時にマルテンサイト変態をともなうワークをマルテンサイト変態開始温度(Ms点)よりも高い矯正開始温度まで冷却する第一冷却部と、前記矯正開始温度まで冷却されたワークに対しその少なくとも外径を径方向に拘束して矯正する第一矯正部を有し且つ該第一矯正部で矯正しつつ所定の焼き入れ温度まで冷却する第二冷却部と、前記焼き入れ温度まで冷却されたワークに対しその少なくとも外径を径方向に拘束して矯正する第二矯正部を有し且つ該第二矯正部で矯正しつつ更に前記所定の焼き入れ温度よりも低い温度まで冷却してマルテンサイト変態を進行させる第三冷却部とを備えることを特徴とする。
【0008】
ここで、本発明の一態様に係る拘束焼入れ装置において、前記第一矯正部が、ワークの外径の拘束に加え、更に、ワークの側面を軸方向に拘束する側面矯正部を有することは好ましい。
また、本発明の一態様に係る拘束焼入れ装置において、前記第二矯正部が、ワークの外径の拘束に加え、更に、ワークのいずれか他の部分を拘束して矯正する汎用矯正部を有することは好ましい。
【0009】
また、本発明の一態様に係る拘束焼入れ装置において、前記第一冷却部が、ワークのいずれかの部分を拘束して矯正する第三矯正部を更に有することは好ましい。
さらに、上記課題を解決するために、本発明の一態様に係るワークの拘束焼入れ方法は、所定温度に加熱された鋼製且つ環状のワークを段階的に冷却して焼き入れするとともに、その焼き入れ中のワークを必要に応じて拘束して所望の寸法に矯正するワークの拘束焼入れ方法であって、焼き入れ時にマルテンサイト変態をともなうワークをマルテンサイト変態開始温度(Ms点)よりも高い矯正開始温度まで冷却する第一の冷却工程と、前記矯正開始温度まで冷却されたワークに対しその少なくとも外径を径方向に拘束して矯正しつつ所定の焼き入れ温度まで冷却する第二の冷却工程と、前記所定の焼き入れ温度まで冷却されたワークに対しその少なくとも外径を径方向に拘束しつつ更に前記焼き入れ温度よりも低い温度まで冷却してマルテンサイト変態を進行させる第三の冷却工程とを含むことを特徴とする。
【0010】
ここで、本発明の一態様に係るワークの拘束焼入れ方法において、前記第二の冷却工程が、ワークの外径の拘束に加え、更に、ワークの側面を軸方向に拘束することは好ましい。
また、本発明の一態様に係るワークの拘束焼入れ方法において、前記第三の冷却工程が、ワークの外径の拘束に加え、更に、ワークのいずれか他の部分を拘束して矯正することは好ましい。
【0011】
また、本発明の一態様に係るワークの拘束焼入れ方法において、前記第一の冷却工程が、更に、ワークのいずれかの部分を拘束して矯正することは好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、熱処理品質(熱処理特性、および真円度などの機械的精度)に必要な焼き入れ時間を3段階に細分化するとともに必要に応じた矯正を加える構成としており、特に、本発明の一態様に係る拘束焼入れ装置は、3段階目に対応する第三冷却部が、焼き入れ温度まで冷却された鋼製且つ環状のワークに対しその少なくとも外径を径方向に拘束して矯正する第二矯正部を有し且つ該第二矯正部で矯正しつつ更に第二冷却部での所定の焼き入れ温度よりも低い温度まで冷却してマルテンサイト変態を進行させるので、マルテンサイト変態を矯正金型内(第二矯正部)で進行させることができる。そのため、熱処理後の精度(寸法、真円度)、熱処理後の寸法変化を管理して精度を一層向上させることができる。
【0013】
また、本発明の一態様に係るワークの拘束焼入れ方法は、3段階目に対応する第三の冷却工程が、第二の冷却工程での焼き入れ温度まで冷却された鋼製且つ環状のワークに対しその少なくとも外径を径方向に拘束しつつ更に所定の焼き入れ温度よりも低い温度まで冷却してマルテンサイト変態を進行させるので、ワークに対しその少なくとも外径を径方向に拘束することで、上記装置の発明同様に、ワークを矯正しつつマルテンサイト変態を進行させることができる。そのため、熱処理後の精度(寸法、真円度)、熱処理後の寸法変化を管理して精度を一層向上させることができる。
【0014】
さらに、本発明によれば、第一若しくは第二矯正部または第二若しくは第三の冷却工程において、ワークに対しその少なくとも外径を径方向に拘束するので、上記例示した特許文献1に記載のような、加圧ロールでワークを押圧しつつ回転させて矯正する方法に比べて、押圧する力の設定などが不要であり、安定した矯正を行うことができる。
よって、本発明によれば、焼入れ後のワークの精度を一層向上させつつも製造コストを抑えることができる(サイクルタイムを短縮することができる)。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の一態様に係る拘束焼入れ装置の第一実施形態を説明する概略構成図であり、同図(a)はその正面図(一部を搬送方向に沿った軸線を含む面で破断して示す)、(b)は各冷却部の備える搬送部の平面図である。
【図2】図1の各冷却部が備えるワーク載置台(冷却機構部)を説明する概略構成図である。
【図3】芯出し治具を説明する断面図である。
【図4】外径矯正治具を説明する断面図である。
【図5】ワークを矯正している状態を説明する要部拡大図である。
【図6】汎用矯正用治具を説明する斜視図(下方(ワーク載置台側)より見る)である。
【図7】本発明の一態様に係るワークの拘束焼入れ方法を説明する工程フロー図である。
【図8】冷却時間に対するワークの寸法変化の関係を示すグラフであり、同図には、本発明の一態様に係るワークの拘束焼入れ方法で採用する3つの冷却工程の期間を併せて図示している。
【図9】外径寸法の精度に対し、本発明例と比較例(従来)とを比較して示す図である。
【図10】前工程の旋削寸法のバラツキに対して、本発明例と比較例(従来)とを比較して示す図である。
【図11】本発明の一態様に係る拘束焼入れ装置の他の例(第二実施形態)を説明する工程フロー図である。
【図12】本発明の一態様に係る拘束焼入れ装置の他の例(第三実施形態)を説明する工程フロー図である。
【図13】第三実施形態で採用する芯出し治具(鍔付き)を説明する断面図である。
【図14】第三実施形態での、ワークを矯正している状態を説明する要部拡大図である。
【図15】本発明の一態様に係る拘束焼入れ装置の他の例(第四実施形態)を説明する工程フロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の一態様に係る拘束焼入れ装置およびこれを用いたワークの拘束焼入れ方法の実施形態について、図面を適宜参照しつつ説明する。
まず、本発明の一態様に係る拘束焼入れ装置の第一実施形態について説明する。
図1に示すように、この拘束焼入れ装置5は、搬送方向に離隔する複数の搬送路60を有し、隣接する搬送路60同士の間には、3つの冷却部1,2,3がそれぞれ配置されている。この例では、搬送方向の上流側から順に、第一冷却部1、第二冷却部2および第三冷却部3となっている。
【0017】
各冷却部1,2,3は、ワークWを搬送するための搬送部40と、ワークWの搬送路60の上面よりも下方に配置された載置台50とをそれぞれ有する。ここで、本実施形態のワークWは、焼き入れ時にマルテンサイト変態をともなう鋼製且つ環状のものであり、特に、この第一実施形態では、ワークの形状が単純な円筒状の外形を有するものを想定した例である。
【0018】
搬送部40は、ワークWを当接させる略V字状の凹部40vを有する搬送腕40aを備え(同図(b)参照)、この搬送腕40aが、不図示のスライド移動機構によって、ワークWを、搬送方向に沿ったスライド移動により載置台50の中央まで移動させるように構成されている。また、この搬送部40は、不図示の回転機構を更に備え、この回転機構によって、搬送腕を90度回動させることで、搬送腕を、搬送路60の上面に対して水平な搬送姿勢Hと、搬送路60の上面に対して垂直な待避姿勢Vとにそれぞれ位置させるようになっている。
【0019】
載置台50は、図2に示すように、平面視が円形の座面51を有し、この座面51上に搬送部40によって搬送されたワークWが載置される。座面51の中央にはノズル52が配置されている。また、座面51の全周は、円環状の側壁53によって囲まれており、座面51と側壁53との間によって形成された隙間が冷却媒体の排出孔54になっている。
側壁53は、その上部にスライド部53sを有する。このスライド部53sは、上下方向(同図に示す矢印の方向)に摺動可能であり、スライド部53sが下方に移動したときには上端部53tが座面51の表面及び搬送路60の表面と面一になる位置まで下降する。また、スライド部が上方に移動したときには座面の表面51s(ワークWが載置される面)及び側壁53の内面53nによって座面51の周囲を取り囲む焼入れ槽(冷却手段)が形成される。このとき、側壁53のスライド部53sが上方に摺動したときのスライド部53sの上端部53tの高さは、少なくとも座面51に載置されたワークWの上部よりも高く設定されている。なお、座面51の表面51sには、載置されたワークWの中心軸CLにほぼ同軸となる位置から放射状に溝55が形成されている。この溝55は、焼入れ槽に充填された冷却媒体をワークWの下面に接触させるために設けられる。
【0020】
そして、上記ノズル52は、冷却媒体を貯留した不図示の貯留槽などに連結されており、このノズル52から、座面51に対して側壁53が上方に摺動したことで形成される焼入れ槽に冷却媒体を充填するようになっている。そして、焼入れ槽から排出孔54を通って排出された冷却媒体は、ポンプなどによって前述の貯留槽に循環される構成になっている。冷却媒体としては、焼入れ油や、水溶性冷却剤が挙げられる。
【0021】
更に、この第一実施形態の例では、図1に示すように、第一冷却部1は、自身の載置台50上方に、上下方向にスライド移動可能に配置され、ワークWの芯出しおよびノックアウトを行う(また、更に平面矯正を行うことも可能)ための芯出し治具6を有する。また、第二冷却部2は、自身の載置台50上方に、上下方向にスライド移動可能に配置された芯出し治具6およびこの芯出し治具6と同軸に設けられた第一矯正部10を有する。さらに、第三冷却部3は、自身の載置台50上方に、上下方向にスライド移動可能に配置された第二矯正部20を有する。
【0022】
詳しくは、芯出し治具6は、図3に示すように、載置台50上の中心軸線CLと同軸に設けられた下方に凸のテーパ面6tを有する円錐台部6dを先端部に備えている。この円錐台部6dには、中心軸線CLから放射状に複数のスリット6sが形成されており、この複数のスリット6sに、上記冷却媒体を通すことができるようになっている。
なお、この芯出し治具6は、ワークWが、例えば円すいころ軸受の外輪である場合には(後述する第三実施形態参照)、凸のテーパ面6tのテーパ角度を、円すいころ軸受の外輪の内周面のテーパ角度と同じ角度とすることが好ましい。このように、芯出し治具6は、ワークWの形状に応じて芯出し治具6の形状を適宜に変更することができる。但し、芯出し治具6の形状を適宜に変更する場合であっても、ワークWの円滑な芯出しを行うために、先端部を下方に凸のテーパ面6tを有する円錐台部6dを備える構成とすることは必要である。なお、テーパ面6tは直線状に限らず、円弧状等、曲線状であってもよい。
【0023】
次に、第一矯正部10は、図4に示すように、載置台50上の中心軸線CLと同軸に設けられた円筒状の部材であり、先端部の内周面がワークWの外周面の矯正部10nになっている。この矯正部10nの先端側の内端は、下方に向けて拡径するテーパ面10tが形成されており、第一矯正部10を上方から下降させてワークWの外周面と嵌合させる際に、第一矯正部10を円滑にワークWの外周面に挿入可能になっている。
図5に、円筒状のワークWを、第一矯正部10により拘束した状態におけるワークW、第一矯正部10および芯出し治具6の様子を要部拡大図で示す。
【0024】
次に、第二矯正部20は、図6に斜視図を示すように、上部の円盤状部20eと、この円盤状部20eの下方の面に対して設けられた複数の矯正板20kを有している。複数(この例では12枚)の矯正板20kは、上記芯出し治具6および第一矯正部10と同様に、載置台50上の中心軸線CLを中心として放射状に等配されている。各矯正板20kは同一形状であり、それぞれの内周側の面に下方に向けて拡径する斜面20sを有することで、複数の矯正板全体として凹のテーパ部からなる汎用矯正部20hを内周側に形成している。なお、汎用矯正とは、ワークの外径の拘束に加え、更に、ワークのいずれか他の部分を拘束して矯正可能なものであり、特に、ワークWの外径および端面(平面)を同時に矯正可能なことをいう。これにより、種々のワークサイズに対応可能となり、その分、矯正部のセット替えが楽になる。特に、後述するワークの拘束焼入れ方法において、第三の冷却工程ではワークWを矯正しない場合の寸法の変化も少ないため、汎用矯正で十分な場合がある。第三の冷却工程で、より厳格な矯正が必要な場合には、専用の外径矯正型とした第二矯正部20を使用すればよい。
【0025】
ここで、上記芯出し治具6、第一矯正部10および第二矯正部20の矯正部分の寸法を決定するに際しては、ワークWの経時的な寸法変化の情報に基づいて決定する。つまり、ワークWの経時的な寸法変化の情報は、ワークWの材質、径、肉厚、幅、形状などで変化するので、図8に示す、ワークWを拘束しない場合における冷却に伴うワークWの寸法変化の様子を示すグラフのように、特定のワーク毎にこれを測定する。そして、上記の第一矯正部10や第二矯正部20などの矯正金型をワークWに対して挿抜する時間やタイミング、およびワークWに対する矯正金型の寸法などを、予めサンプリングした寸法変化情報に基づいて決定する。
【0026】
より詳しくは、本実施形態においては、図8に示す寸法変化の情報から、同図でワーク寸法が極小点laを示すときの寸法を「最適金型寸法」として第一矯正部10や第二矯正部20などの各部寸法を設定する。この極小点laのときの時間taを「最適金型挿入タイミング」とし、ワーク寸法が所定時間安定したときの時間tbを「最適冷却時間」としている。ここで、この「ワーク寸法が所定時間安定」とは、マルテンサイト変態が停止したとみなせる状態を指す。例えば、10秒間のサンプリング期間でのサンプリング平均変化率が寸法マスターの0.01%以下になった状態を指す。これは、焼き入れ油の温度制御の精度が±5℃であり、ワークと焼き入れ油との温度差が10℃のとき、ワークの寸法変化がワークの直径の0.01%程度となることが知られていることから、マルテンサイト変態による寸法変化の測定限界以下となるワークの直径の0.01%でマルテンサイト変態が停止したとみなすことができるからである。
【0027】
次に、上記拘束焼入れ装置5を用いたワークの拘束焼入れ方法について、図7および図8等を適宜参照しつつ説明する。このワークの拘束焼入れ方法は、焼き入れ時にマルテンサイト変態をともなう鋼製で環状に形成されているワークWを、段階的に冷却して焼き入れするとともに、その焼き入れ中に必要に応じて拘束して所望の寸法に矯正するものである。
【0028】
詳しくは、まず、図7(a)に示すように、ワークWが、上流工程の加熱炉において所定温度に加熱され、その後に、同図(b)に示すように、第一冷却部1において第一の冷却工程が行われる。
この第一の冷却工程では、ワークWが、第一冷却部1用の搬送部40(図1参照)により搬送路60を搬送され、第一冷却部1の載置台50上に載置される。次いで、側壁53のスライド部53sが下方から上方に移動して焼入れ槽が画成されるとともに、上方から芯出し治具6が降下され、ワークWの芯出しがなされる。次いで、ノズル52から冷却媒体が供給されると焼入れ槽内に冷却媒体が満たされる。この際の冷却媒体としては例えば焼き入れ油が好ましく、また、焼き入れ油の温度としては60℃が好適である。
【0029】
ここで、この第一冷却部1での第一の冷却工程では、ワークをマルテンサイト変態開始温度(Ms点)よりも高い矯正開始温度まで冷却する(図8の符号A参照)。そして、ワークWが、マルテンサイト変態開始温度(Ms点)よりも高い矯正開始温度まで冷却されると、ノズル52からの冷却媒体の供給が中止され、芯出し治具6が上方に離隔するとともに、側壁53のスライド部が上方から下方に移動する。なお、この第一冷却部1での第一の冷却工程において、上記芯出し治具6を矯正部を兼ねて使用し、ワークWのいずれかの部分を拘束して矯正するようにしてもよい。
その後に、搬送方向下流側の、第二冷却部2において第二の冷却工程が行われる。この第二の冷却工程では、ワークWが、第二冷却部2用の搬送部40(図1参照)により搬送路60を搬送され、図7(c)に示すように、第二冷却部2の載置台50上に載置される。
【0030】
次いで、側壁53のスライド部53sが下方から上方に移動して焼入れ槽が画成されるとともに、上方から芯出し治具6およびこれと同軸の第一矯正部10がこの順に降下され、ワークWの芯出しおよびワークWの外径の拘束がなされる。次いで、ノズル52から冷却媒体が供給されると焼入れ槽内に冷却媒体が満たされる。この際の冷却媒体としては例えば焼き入れ油が好ましく、また、焼き入れ油の温度としては60℃が好適である。
【0031】
ここで、この第二冷却部2での第二の冷却工程では、矯正開始温度まで冷却されたワークWに対しその外径を径方向に拘束して矯正しつつ焼き入れ温度まで冷却する(図8の符号B参照)。そして、ワークWが、焼き入れ温度において所定の時間だけ保持されると、ノズル52からの冷却媒体の供給が中止され、芯出し治具6および第一矯正部10が上方に離隔するとともに、側壁53のスライド部が上方から下方に移動する。
その後に、搬送方向下流側の、第三冷却部3において第三の冷却工程が行われる。この第三の冷却工程では、ワークWが、第三冷却部3用の搬送部40(図1参照)により搬送路60を搬送され、図7(d)に示すように、第三冷却部3の載置台50上に載置される。
【0032】
次いで、側壁53のスライド部が下方から上方に移動して焼入れ槽が画成されるとともに、上方から第二矯正部20が降下され、ワークWの芯出しおよびワークの外径および端部の拘束が同時になされる。次いで、ノズル52から冷却媒体が供給されると焼入れ槽内に冷却媒体が満たされる。この際の冷却媒体としては例えば水溶性冷却剤が好ましく、また、この水溶性冷却剤の温度としては30℃が好適である。
【0033】
ここで、この第三冷却部3での第三の冷却工程では、上記第二の冷却工程で焼き入れ温度まで冷却されたワークWに対しその少なくとも外径を径方向に拘束しつつ更に上記の焼き入れ温度よりも低い温度まで冷却してマルテンサイト変態を進行させる(図8の符号C参照)。
そして、ワークWが、上記の焼き入れ温度よりも低い温度まで冷却されてマルテンサイト変態が十分に進行するのに必要な所定の時間(図8の符号Tbに至るまでの時間)だけ保持されると、ノズル52からの冷却媒体の供給が中止され、第二矯正部20が上方に離隔するとともに、側壁53のスライド部53sが上方から下方に移動する。そして、図7(e)に示すように、不図示の搬送装置によってワークWが次工程(例えば洗浄工程)に搬送される。
【0034】
次に、上述した拘束焼入れ装置5およびこれを用いた上記拘束焼入れ方法の作用効果について説明する。
この拘束焼入れ装置5およびこれを用いた上記拘束焼入れ方法によれば、熱処理品質(熱処理特性、および真円度などの機械的精度)に必要な焼き入れ時間を3段階に細分化するとともに必要に応じた矯正を加える構成としており、特に、拘束焼入れ装置5は、3段階目に対応する第三冷却部3が、焼き入れ温度まで冷却されたワークWに対しその外径を径方向に拘束して矯正する第二矯正部20を有し、且つこの第二矯正部20で矯正しつつ更に第二冷却部2での焼き入れ温度よりも低い温度までワークWを冷却してマルテンサイト変態を進行させるので、マルテンサイト変態を矯正金型内(第二矯正部20)で更に進行させることができる。そのため、熱処理後の精度(寸法、真円度)、熱処理後の寸法変化を管理して精度を一層向上させることができる。
【0035】
また、この拘束焼入れ装置5を用いた拘束焼入れ方法は、3段階目に対応する第三の冷却工程(図8の符号C参照)が、第二の冷却工程(図8の符号B参照)での焼き入れ温度まで冷却されたワークWに対しその少なくとも外径を径方向に拘束しつつ更に上記焼き入れ温度よりも低い温度まで冷却してマルテンサイト変態を進行させるので、ワークWに対しその少なくとも外径を径方向に拘束することで、ワークWを矯正しつつマルテンサイト変態を進行させることができる。そのため、熱処理後の精度(寸法、真円度)、熱処理後の寸法変化を管理して精度を一層向上させることができる。
【0036】
さらに、上述した拘束焼入れ装置5およびこれを用いた上記拘束焼入れ方法によれば、第一矯正部10若しくは第二矯正部20(または第二若しくは第三の冷却工程)において、ワークWに対しその少なくとも外径を径方向に拘束するので、上記例示した特許文献1に記載のような、加圧ロールでワークを押圧しつつ回転させて矯正する方法に比べて、押圧する力の設定などが不要であり、安定した矯正を行うことができる。
【0037】
真円度の精度について、上述した拘束焼入れ装置5を用いた上記拘束焼入れ方法(本発明の例)を採用したワークと、比較のため、第三冷却部3での変形矯正を省略した場合の二段階の冷却工程による焼き入れ方法(比較例)を採用したワークとを比較した結果を表1並びに図9および図10に示す。
【0038】
【表1】
【0039】
表1に示すように、本発明の例においては、第三冷却部3での矯正が完了したときの真円度(φ54.21μm)に対してその後の真円度(φ55.30μm)がφ1.09μmと、真円度の崩れが少なかった。これに対し、比較例おいては、第二冷却工程での矯正が完了したときの真円度(φ53.33μm)に対してその後の真円度(φ77.14μm)が大きく、その差がφ23.81μmと真円度が大きく崩れた。このように、本発明の例と比較例とでは、矯正完了時のワーク外径の真円度の精度については同等であるものの、その後の冷却完了時では、比較例において大きく崩れており、一方の本発明の例では、ほとんど崩れていないことがわかる。また、サイクルタイムについても、本発明の例では、冷却工程を3段階に細分化することで、比較例比で39.4%と大きく短縮することができた。
【0040】
さらに、図9に示すように、本発明の例と比較例とでは、寸法のばらつきが、比較例(約φ45μm)に対し、本発明例(約φ15μm)と、33.3%少ないことがわかる。また、図10に示すように、比較例での矯正方法は、前工程の旋削寸法のばらつきの影響を強く受けしまうのに対し(同図(a)参照)、本発明の例では、前工程の旋削寸法のばらつきの影響を受けにくいことが判る(同図(b)参照)。
【0041】
以上説明したように、上述した拘束焼入れ装置5およびこれを用いた上記拘束焼入れ方法によれば、焼入れ後のワークWの精度を一層向上させつつも製造コストを抑えることができる(サイクルタイムを短縮することができる)。なお、本発明に係るワークの拘束焼入れ方法およびワークの拘束焼入れ装置は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しなければ種々の変形が可能であることは勿論である。
【0042】
例えば、上記第一実施形態では、第三冷却部3における矯正が、複数の矯正板全体として凹のテーパ部からなる汎用矯正部20hを内周側に形成してなる、汎用矯正用の第二矯正部20を用いた例で説明したが、これに限定されず、第二矯正部20での矯正は、ワークWに対しその少なくとも外径を径方向に拘束して矯正するものであればよい。例えば図11に示す第二実施形態のように、第二矯正部20に替えて、上記第一実施形態での第一矯正部10と同様の構成の外径専用の矯正型を採用してもよい。なお、この第二実施形態においては、第三冷却部3における冷却媒体として、上記水溶性冷却剤に替えて焼き入れ油を使用し、また、その焼き入れ油の温度としては40℃(以下)にて供給した。このように、各冷却過程において使用する冷却媒体についても、適宜の変更が可能であり、また、その温度についても、所望する焼き入れ特性に悪影響を及ぼさない範囲であるならば適宜の温度に設定することができる。
【0043】
また、例えば上記第一実施形態では、専らワークWの外径の拘束を行う矯正型を第一矯正部10にて用いた例で説明したが、これに限らず、図12に示す第三実施形態のように、更に、ワークWの端面を軸方向に拘束する端面矯正部を(この例では芯出し治具6に)有する構成とすることができる。詳しくは、図13に示すように、第一矯正部10と協働する芯出し治具6に対し、その芯出し部となる凸のテーパ面6tの基端部に、水平方向に張り出す円環状の鍔部6mを形成してもよい。このとき、確実にワークWの端面に鍔部6mが当接するように、凸のテーパ面6tの外径は、ワークWの内径よりも僅かに小さい寸法とすることが好ましい。このような構成によれば、図14に要部を拡大して示すように、この鍔部6mの水平面によって、ワークWの上側の端面を軸方向から拘束する機能を更に付与することができる。つまり、上記第一実施形態では、ワークWの形状が単純な円筒状の外形を有するものを想定した例で説明したが、本発明に適用可能なワークWの形態もこれに限らず、この第三実施形態のように、他の種々の断面形状をもつ環状のワークWに適用することができる。特に、この第三実施形態の構成は、ワークWが、薄肉や、円すいころ軸受用の外輪などのように反りが発生し易いものである場合に有効なものである。
【0044】
また、第三実施形態では、第一冷却部1においても第二冷却部2と同様の鍔部6mを備えた端面矯正機能を有する芯出し治具6を用いている。これにより、円すいころ軸受用外輪や薄肉の円筒状ワークなどでも反りの発生を、より効果的に抑制することができる。
ここで、この第三実施形態の構成を採用した本発明の例と、上記と同様の比較例とを比較した結果の一例を表2に示す。
【0045】
【表2】
【0046】
本発明の例と比較例との違いは、上記表1にて説明した例と同様に、本発明の例と比較例とでは矯正完了時のワーク外径の真円度の精度については同等であるものの、その後の冷却完了時では、比較例において大きく崩れている。一方、本発明の例では、ほとんど崩れていないことがわかる。また、この第三実施形態の例で新たに比較した項目である「そり量」についても、比較例においてはφ60.21μmであるのに対し、本発明の例では、φ20.67μmであり、本発明の例の方が優位であることがわかる。この違いは、この第三実施形態の構成で採用した、第一矯正部10と協働する矯正部となる芯出し治具6の形状を、その凸のテーパ面6tの基端部に、端面矯正部として、水平方向に張り出す円環状の鍔部6mを形成した点が大きく寄与していると考えられる。
【0047】
また、更に他の構成例として、例えば図15に示す第四実施形態のように、上記第二実施形態の構成に対して、更に上記第三実施形態の構成を盛り込んだ構成とすることもできる。つまり、この例では、ワークWが円すいころ軸受用の外輪などのように反りが発生し易いものであり、芯出し治具6には水平方向に張り出す円環状の鍔部6mを形成したものを使用しており、さらに、第三冷却部3の汎用矯正に替えて、第一矯正部10の外径矯正治具を採用している例である。
【符号の説明】
【0048】
1 第一冷却部
2 第二冷却部
3 第三冷却部
5 拘束焼入れ装置
6 芯出し治具
10 第一矯正部
20 第二矯正部
40 搬送部
50 載置台
60 搬送路
W ワーク
【技術分野】
【0001】
本発明は、ころがり軸受等に使用される鋼製且つ環状のワークを拘束して矯正しつつ冷却して焼入れする方法およびそのための装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ワークの矯正を行って研削工程での工数を抑制する等により、部品を安価に製造することが要求されている。そこで、ワークを矯正しつつ冷却して焼入れする方法やそのための装置が多く提案されている。
このような技術の一例として、例えば特許文献1記載の技術が提案されている。同文献には、焼き入れ時にマルテンサイト変態をともなう鋼製且つ環状のワークを加熱して所定温度に保持した後に、まず、一次冷却工程において、マルテンサイト変態開始温度よりも高い温度まで冷却し、次いで、二次冷却工程において、変形を抑制するための矯正をマルテンサイト変態開始温度よりも低い温度で開始するとともにマルテンサイト変態完了温度(Mf点)よりも高い温度まで冷却する、という熱処理矯正装置が開示されている。また、同文献での変形矯正方法は、環状のワークの外周面を一対の受けロールに接触させた状態で、一対の受けロールの対向側からワークの外周面を加圧ロールで押圧しつつワークを回転させて矯正して真円度を向上させている。同文献記載の技術のメリットは、二次冷却工程を設けることによって焼き入れ冷却時間を短縮できるとともに、変形矯正方法に汎用性があることである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−84609号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記特許文献1記載の技術では、二次冷却工程における焼き入れ温度がマルテンサイト変態完了温度(Mf点)よりも高いため、二次冷却工程後に寸法精度(寸法、真円度)が悪化するという問題があり、焼入れ後のワークの精度を一層向上させる上で未だ改良の余地がある。
つまり、ころがり軸受等に使用される鋼製且つ環状のワークは、SUJ2,3材等の炭素鋼からなるが、この種の鋼材は、マルテンサイト変態完了温度(Mf点)が常温以下である。そのため、焼き入れ完了後に次工程(例えば洗浄工程)でワークの温度が常温以下まで低下すると、マルテンサイト変態が更に進行してしまい寸法精度(寸法、真円度)が悪化するのである。
【0005】
また、特許文献1記載の技術において、二次冷却工程での変形矯正方法は、ローラを回転させながらワークを押圧して真円度を向上させるものであるが、押圧する力によって矯正後のワークの精度が異なってしまうという問題がある。つまり、押圧する力が弱ければ矯正後のワークの精度が向上しない場合があるし、また、押圧する力が強すぎればワークが座屈したり、最悪の場合には割れたりする可能性がある。そのため、押圧する力の設定には十分な経験が必要である。
【0006】
そこで、本発明は、このような問題点に着目してなされたものであって、焼入れ後のワークの精度を一層向上させつつも製造コストを抑えることができる(サイクルタイムを短縮することができる)ワークの拘束焼入れ方法および装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明の一態様に係る拘束焼入れ装置は、所定温度に加熱された鋼製且つ環状のワークを段階的に冷却して焼き入れする複数の冷却部と、該複数の冷却部で焼き入れ中のワークを必要に応じて拘束して所望の寸法に矯正する矯正部とを備える拘束焼入れ装置であって、焼き入れ時にマルテンサイト変態をともなうワークをマルテンサイト変態開始温度(Ms点)よりも高い矯正開始温度まで冷却する第一冷却部と、前記矯正開始温度まで冷却されたワークに対しその少なくとも外径を径方向に拘束して矯正する第一矯正部を有し且つ該第一矯正部で矯正しつつ所定の焼き入れ温度まで冷却する第二冷却部と、前記焼き入れ温度まで冷却されたワークに対しその少なくとも外径を径方向に拘束して矯正する第二矯正部を有し且つ該第二矯正部で矯正しつつ更に前記所定の焼き入れ温度よりも低い温度まで冷却してマルテンサイト変態を進行させる第三冷却部とを備えることを特徴とする。
【0008】
ここで、本発明の一態様に係る拘束焼入れ装置において、前記第一矯正部が、ワークの外径の拘束に加え、更に、ワークの側面を軸方向に拘束する側面矯正部を有することは好ましい。
また、本発明の一態様に係る拘束焼入れ装置において、前記第二矯正部が、ワークの外径の拘束に加え、更に、ワークのいずれか他の部分を拘束して矯正する汎用矯正部を有することは好ましい。
【0009】
また、本発明の一態様に係る拘束焼入れ装置において、前記第一冷却部が、ワークのいずれかの部分を拘束して矯正する第三矯正部を更に有することは好ましい。
さらに、上記課題を解決するために、本発明の一態様に係るワークの拘束焼入れ方法は、所定温度に加熱された鋼製且つ環状のワークを段階的に冷却して焼き入れするとともに、その焼き入れ中のワークを必要に応じて拘束して所望の寸法に矯正するワークの拘束焼入れ方法であって、焼き入れ時にマルテンサイト変態をともなうワークをマルテンサイト変態開始温度(Ms点)よりも高い矯正開始温度まで冷却する第一の冷却工程と、前記矯正開始温度まで冷却されたワークに対しその少なくとも外径を径方向に拘束して矯正しつつ所定の焼き入れ温度まで冷却する第二の冷却工程と、前記所定の焼き入れ温度まで冷却されたワークに対しその少なくとも外径を径方向に拘束しつつ更に前記焼き入れ温度よりも低い温度まで冷却してマルテンサイト変態を進行させる第三の冷却工程とを含むことを特徴とする。
【0010】
ここで、本発明の一態様に係るワークの拘束焼入れ方法において、前記第二の冷却工程が、ワークの外径の拘束に加え、更に、ワークの側面を軸方向に拘束することは好ましい。
また、本発明の一態様に係るワークの拘束焼入れ方法において、前記第三の冷却工程が、ワークの外径の拘束に加え、更に、ワークのいずれか他の部分を拘束して矯正することは好ましい。
【0011】
また、本発明の一態様に係るワークの拘束焼入れ方法において、前記第一の冷却工程が、更に、ワークのいずれかの部分を拘束して矯正することは好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、熱処理品質(熱処理特性、および真円度などの機械的精度)に必要な焼き入れ時間を3段階に細分化するとともに必要に応じた矯正を加える構成としており、特に、本発明の一態様に係る拘束焼入れ装置は、3段階目に対応する第三冷却部が、焼き入れ温度まで冷却された鋼製且つ環状のワークに対しその少なくとも外径を径方向に拘束して矯正する第二矯正部を有し且つ該第二矯正部で矯正しつつ更に第二冷却部での所定の焼き入れ温度よりも低い温度まで冷却してマルテンサイト変態を進行させるので、マルテンサイト変態を矯正金型内(第二矯正部)で進行させることができる。そのため、熱処理後の精度(寸法、真円度)、熱処理後の寸法変化を管理して精度を一層向上させることができる。
【0013】
また、本発明の一態様に係るワークの拘束焼入れ方法は、3段階目に対応する第三の冷却工程が、第二の冷却工程での焼き入れ温度まで冷却された鋼製且つ環状のワークに対しその少なくとも外径を径方向に拘束しつつ更に所定の焼き入れ温度よりも低い温度まで冷却してマルテンサイト変態を進行させるので、ワークに対しその少なくとも外径を径方向に拘束することで、上記装置の発明同様に、ワークを矯正しつつマルテンサイト変態を進行させることができる。そのため、熱処理後の精度(寸法、真円度)、熱処理後の寸法変化を管理して精度を一層向上させることができる。
【0014】
さらに、本発明によれば、第一若しくは第二矯正部または第二若しくは第三の冷却工程において、ワークに対しその少なくとも外径を径方向に拘束するので、上記例示した特許文献1に記載のような、加圧ロールでワークを押圧しつつ回転させて矯正する方法に比べて、押圧する力の設定などが不要であり、安定した矯正を行うことができる。
よって、本発明によれば、焼入れ後のワークの精度を一層向上させつつも製造コストを抑えることができる(サイクルタイムを短縮することができる)。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の一態様に係る拘束焼入れ装置の第一実施形態を説明する概略構成図であり、同図(a)はその正面図(一部を搬送方向に沿った軸線を含む面で破断して示す)、(b)は各冷却部の備える搬送部の平面図である。
【図2】図1の各冷却部が備えるワーク載置台(冷却機構部)を説明する概略構成図である。
【図3】芯出し治具を説明する断面図である。
【図4】外径矯正治具を説明する断面図である。
【図5】ワークを矯正している状態を説明する要部拡大図である。
【図6】汎用矯正用治具を説明する斜視図(下方(ワーク載置台側)より見る)である。
【図7】本発明の一態様に係るワークの拘束焼入れ方法を説明する工程フロー図である。
【図8】冷却時間に対するワークの寸法変化の関係を示すグラフであり、同図には、本発明の一態様に係るワークの拘束焼入れ方法で採用する3つの冷却工程の期間を併せて図示している。
【図9】外径寸法の精度に対し、本発明例と比較例(従来)とを比較して示す図である。
【図10】前工程の旋削寸法のバラツキに対して、本発明例と比較例(従来)とを比較して示す図である。
【図11】本発明の一態様に係る拘束焼入れ装置の他の例(第二実施形態)を説明する工程フロー図である。
【図12】本発明の一態様に係る拘束焼入れ装置の他の例(第三実施形態)を説明する工程フロー図である。
【図13】第三実施形態で採用する芯出し治具(鍔付き)を説明する断面図である。
【図14】第三実施形態での、ワークを矯正している状態を説明する要部拡大図である。
【図15】本発明の一態様に係る拘束焼入れ装置の他の例(第四実施形態)を説明する工程フロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の一態様に係る拘束焼入れ装置およびこれを用いたワークの拘束焼入れ方法の実施形態について、図面を適宜参照しつつ説明する。
まず、本発明の一態様に係る拘束焼入れ装置の第一実施形態について説明する。
図1に示すように、この拘束焼入れ装置5は、搬送方向に離隔する複数の搬送路60を有し、隣接する搬送路60同士の間には、3つの冷却部1,2,3がそれぞれ配置されている。この例では、搬送方向の上流側から順に、第一冷却部1、第二冷却部2および第三冷却部3となっている。
【0017】
各冷却部1,2,3は、ワークWを搬送するための搬送部40と、ワークWの搬送路60の上面よりも下方に配置された載置台50とをそれぞれ有する。ここで、本実施形態のワークWは、焼き入れ時にマルテンサイト変態をともなう鋼製且つ環状のものであり、特に、この第一実施形態では、ワークの形状が単純な円筒状の外形を有するものを想定した例である。
【0018】
搬送部40は、ワークWを当接させる略V字状の凹部40vを有する搬送腕40aを備え(同図(b)参照)、この搬送腕40aが、不図示のスライド移動機構によって、ワークWを、搬送方向に沿ったスライド移動により載置台50の中央まで移動させるように構成されている。また、この搬送部40は、不図示の回転機構を更に備え、この回転機構によって、搬送腕を90度回動させることで、搬送腕を、搬送路60の上面に対して水平な搬送姿勢Hと、搬送路60の上面に対して垂直な待避姿勢Vとにそれぞれ位置させるようになっている。
【0019】
載置台50は、図2に示すように、平面視が円形の座面51を有し、この座面51上に搬送部40によって搬送されたワークWが載置される。座面51の中央にはノズル52が配置されている。また、座面51の全周は、円環状の側壁53によって囲まれており、座面51と側壁53との間によって形成された隙間が冷却媒体の排出孔54になっている。
側壁53は、その上部にスライド部53sを有する。このスライド部53sは、上下方向(同図に示す矢印の方向)に摺動可能であり、スライド部53sが下方に移動したときには上端部53tが座面51の表面及び搬送路60の表面と面一になる位置まで下降する。また、スライド部が上方に移動したときには座面の表面51s(ワークWが載置される面)及び側壁53の内面53nによって座面51の周囲を取り囲む焼入れ槽(冷却手段)が形成される。このとき、側壁53のスライド部53sが上方に摺動したときのスライド部53sの上端部53tの高さは、少なくとも座面51に載置されたワークWの上部よりも高く設定されている。なお、座面51の表面51sには、載置されたワークWの中心軸CLにほぼ同軸となる位置から放射状に溝55が形成されている。この溝55は、焼入れ槽に充填された冷却媒体をワークWの下面に接触させるために設けられる。
【0020】
そして、上記ノズル52は、冷却媒体を貯留した不図示の貯留槽などに連結されており、このノズル52から、座面51に対して側壁53が上方に摺動したことで形成される焼入れ槽に冷却媒体を充填するようになっている。そして、焼入れ槽から排出孔54を通って排出された冷却媒体は、ポンプなどによって前述の貯留槽に循環される構成になっている。冷却媒体としては、焼入れ油や、水溶性冷却剤が挙げられる。
【0021】
更に、この第一実施形態の例では、図1に示すように、第一冷却部1は、自身の載置台50上方に、上下方向にスライド移動可能に配置され、ワークWの芯出しおよびノックアウトを行う(また、更に平面矯正を行うことも可能)ための芯出し治具6を有する。また、第二冷却部2は、自身の載置台50上方に、上下方向にスライド移動可能に配置された芯出し治具6およびこの芯出し治具6と同軸に設けられた第一矯正部10を有する。さらに、第三冷却部3は、自身の載置台50上方に、上下方向にスライド移動可能に配置された第二矯正部20を有する。
【0022】
詳しくは、芯出し治具6は、図3に示すように、載置台50上の中心軸線CLと同軸に設けられた下方に凸のテーパ面6tを有する円錐台部6dを先端部に備えている。この円錐台部6dには、中心軸線CLから放射状に複数のスリット6sが形成されており、この複数のスリット6sに、上記冷却媒体を通すことができるようになっている。
なお、この芯出し治具6は、ワークWが、例えば円すいころ軸受の外輪である場合には(後述する第三実施形態参照)、凸のテーパ面6tのテーパ角度を、円すいころ軸受の外輪の内周面のテーパ角度と同じ角度とすることが好ましい。このように、芯出し治具6は、ワークWの形状に応じて芯出し治具6の形状を適宜に変更することができる。但し、芯出し治具6の形状を適宜に変更する場合であっても、ワークWの円滑な芯出しを行うために、先端部を下方に凸のテーパ面6tを有する円錐台部6dを備える構成とすることは必要である。なお、テーパ面6tは直線状に限らず、円弧状等、曲線状であってもよい。
【0023】
次に、第一矯正部10は、図4に示すように、載置台50上の中心軸線CLと同軸に設けられた円筒状の部材であり、先端部の内周面がワークWの外周面の矯正部10nになっている。この矯正部10nの先端側の内端は、下方に向けて拡径するテーパ面10tが形成されており、第一矯正部10を上方から下降させてワークWの外周面と嵌合させる際に、第一矯正部10を円滑にワークWの外周面に挿入可能になっている。
図5に、円筒状のワークWを、第一矯正部10により拘束した状態におけるワークW、第一矯正部10および芯出し治具6の様子を要部拡大図で示す。
【0024】
次に、第二矯正部20は、図6に斜視図を示すように、上部の円盤状部20eと、この円盤状部20eの下方の面に対して設けられた複数の矯正板20kを有している。複数(この例では12枚)の矯正板20kは、上記芯出し治具6および第一矯正部10と同様に、載置台50上の中心軸線CLを中心として放射状に等配されている。各矯正板20kは同一形状であり、それぞれの内周側の面に下方に向けて拡径する斜面20sを有することで、複数の矯正板全体として凹のテーパ部からなる汎用矯正部20hを内周側に形成している。なお、汎用矯正とは、ワークの外径の拘束に加え、更に、ワークのいずれか他の部分を拘束して矯正可能なものであり、特に、ワークWの外径および端面(平面)を同時に矯正可能なことをいう。これにより、種々のワークサイズに対応可能となり、その分、矯正部のセット替えが楽になる。特に、後述するワークの拘束焼入れ方法において、第三の冷却工程ではワークWを矯正しない場合の寸法の変化も少ないため、汎用矯正で十分な場合がある。第三の冷却工程で、より厳格な矯正が必要な場合には、専用の外径矯正型とした第二矯正部20を使用すればよい。
【0025】
ここで、上記芯出し治具6、第一矯正部10および第二矯正部20の矯正部分の寸法を決定するに際しては、ワークWの経時的な寸法変化の情報に基づいて決定する。つまり、ワークWの経時的な寸法変化の情報は、ワークWの材質、径、肉厚、幅、形状などで変化するので、図8に示す、ワークWを拘束しない場合における冷却に伴うワークWの寸法変化の様子を示すグラフのように、特定のワーク毎にこれを測定する。そして、上記の第一矯正部10や第二矯正部20などの矯正金型をワークWに対して挿抜する時間やタイミング、およびワークWに対する矯正金型の寸法などを、予めサンプリングした寸法変化情報に基づいて決定する。
【0026】
より詳しくは、本実施形態においては、図8に示す寸法変化の情報から、同図でワーク寸法が極小点laを示すときの寸法を「最適金型寸法」として第一矯正部10や第二矯正部20などの各部寸法を設定する。この極小点laのときの時間taを「最適金型挿入タイミング」とし、ワーク寸法が所定時間安定したときの時間tbを「最適冷却時間」としている。ここで、この「ワーク寸法が所定時間安定」とは、マルテンサイト変態が停止したとみなせる状態を指す。例えば、10秒間のサンプリング期間でのサンプリング平均変化率が寸法マスターの0.01%以下になった状態を指す。これは、焼き入れ油の温度制御の精度が±5℃であり、ワークと焼き入れ油との温度差が10℃のとき、ワークの寸法変化がワークの直径の0.01%程度となることが知られていることから、マルテンサイト変態による寸法変化の測定限界以下となるワークの直径の0.01%でマルテンサイト変態が停止したとみなすことができるからである。
【0027】
次に、上記拘束焼入れ装置5を用いたワークの拘束焼入れ方法について、図7および図8等を適宜参照しつつ説明する。このワークの拘束焼入れ方法は、焼き入れ時にマルテンサイト変態をともなう鋼製で環状に形成されているワークWを、段階的に冷却して焼き入れするとともに、その焼き入れ中に必要に応じて拘束して所望の寸法に矯正するものである。
【0028】
詳しくは、まず、図7(a)に示すように、ワークWが、上流工程の加熱炉において所定温度に加熱され、その後に、同図(b)に示すように、第一冷却部1において第一の冷却工程が行われる。
この第一の冷却工程では、ワークWが、第一冷却部1用の搬送部40(図1参照)により搬送路60を搬送され、第一冷却部1の載置台50上に載置される。次いで、側壁53のスライド部53sが下方から上方に移動して焼入れ槽が画成されるとともに、上方から芯出し治具6が降下され、ワークWの芯出しがなされる。次いで、ノズル52から冷却媒体が供給されると焼入れ槽内に冷却媒体が満たされる。この際の冷却媒体としては例えば焼き入れ油が好ましく、また、焼き入れ油の温度としては60℃が好適である。
【0029】
ここで、この第一冷却部1での第一の冷却工程では、ワークをマルテンサイト変態開始温度(Ms点)よりも高い矯正開始温度まで冷却する(図8の符号A参照)。そして、ワークWが、マルテンサイト変態開始温度(Ms点)よりも高い矯正開始温度まで冷却されると、ノズル52からの冷却媒体の供給が中止され、芯出し治具6が上方に離隔するとともに、側壁53のスライド部が上方から下方に移動する。なお、この第一冷却部1での第一の冷却工程において、上記芯出し治具6を矯正部を兼ねて使用し、ワークWのいずれかの部分を拘束して矯正するようにしてもよい。
その後に、搬送方向下流側の、第二冷却部2において第二の冷却工程が行われる。この第二の冷却工程では、ワークWが、第二冷却部2用の搬送部40(図1参照)により搬送路60を搬送され、図7(c)に示すように、第二冷却部2の載置台50上に載置される。
【0030】
次いで、側壁53のスライド部53sが下方から上方に移動して焼入れ槽が画成されるとともに、上方から芯出し治具6およびこれと同軸の第一矯正部10がこの順に降下され、ワークWの芯出しおよびワークWの外径の拘束がなされる。次いで、ノズル52から冷却媒体が供給されると焼入れ槽内に冷却媒体が満たされる。この際の冷却媒体としては例えば焼き入れ油が好ましく、また、焼き入れ油の温度としては60℃が好適である。
【0031】
ここで、この第二冷却部2での第二の冷却工程では、矯正開始温度まで冷却されたワークWに対しその外径を径方向に拘束して矯正しつつ焼き入れ温度まで冷却する(図8の符号B参照)。そして、ワークWが、焼き入れ温度において所定の時間だけ保持されると、ノズル52からの冷却媒体の供給が中止され、芯出し治具6および第一矯正部10が上方に離隔するとともに、側壁53のスライド部が上方から下方に移動する。
その後に、搬送方向下流側の、第三冷却部3において第三の冷却工程が行われる。この第三の冷却工程では、ワークWが、第三冷却部3用の搬送部40(図1参照)により搬送路60を搬送され、図7(d)に示すように、第三冷却部3の載置台50上に載置される。
【0032】
次いで、側壁53のスライド部が下方から上方に移動して焼入れ槽が画成されるとともに、上方から第二矯正部20が降下され、ワークWの芯出しおよびワークの外径および端部の拘束が同時になされる。次いで、ノズル52から冷却媒体が供給されると焼入れ槽内に冷却媒体が満たされる。この際の冷却媒体としては例えば水溶性冷却剤が好ましく、また、この水溶性冷却剤の温度としては30℃が好適である。
【0033】
ここで、この第三冷却部3での第三の冷却工程では、上記第二の冷却工程で焼き入れ温度まで冷却されたワークWに対しその少なくとも外径を径方向に拘束しつつ更に上記の焼き入れ温度よりも低い温度まで冷却してマルテンサイト変態を進行させる(図8の符号C参照)。
そして、ワークWが、上記の焼き入れ温度よりも低い温度まで冷却されてマルテンサイト変態が十分に進行するのに必要な所定の時間(図8の符号Tbに至るまでの時間)だけ保持されると、ノズル52からの冷却媒体の供給が中止され、第二矯正部20が上方に離隔するとともに、側壁53のスライド部53sが上方から下方に移動する。そして、図7(e)に示すように、不図示の搬送装置によってワークWが次工程(例えば洗浄工程)に搬送される。
【0034】
次に、上述した拘束焼入れ装置5およびこれを用いた上記拘束焼入れ方法の作用効果について説明する。
この拘束焼入れ装置5およびこれを用いた上記拘束焼入れ方法によれば、熱処理品質(熱処理特性、および真円度などの機械的精度)に必要な焼き入れ時間を3段階に細分化するとともに必要に応じた矯正を加える構成としており、特に、拘束焼入れ装置5は、3段階目に対応する第三冷却部3が、焼き入れ温度まで冷却されたワークWに対しその外径を径方向に拘束して矯正する第二矯正部20を有し、且つこの第二矯正部20で矯正しつつ更に第二冷却部2での焼き入れ温度よりも低い温度までワークWを冷却してマルテンサイト変態を進行させるので、マルテンサイト変態を矯正金型内(第二矯正部20)で更に進行させることができる。そのため、熱処理後の精度(寸法、真円度)、熱処理後の寸法変化を管理して精度を一層向上させることができる。
【0035】
また、この拘束焼入れ装置5を用いた拘束焼入れ方法は、3段階目に対応する第三の冷却工程(図8の符号C参照)が、第二の冷却工程(図8の符号B参照)での焼き入れ温度まで冷却されたワークWに対しその少なくとも外径を径方向に拘束しつつ更に上記焼き入れ温度よりも低い温度まで冷却してマルテンサイト変態を進行させるので、ワークWに対しその少なくとも外径を径方向に拘束することで、ワークWを矯正しつつマルテンサイト変態を進行させることができる。そのため、熱処理後の精度(寸法、真円度)、熱処理後の寸法変化を管理して精度を一層向上させることができる。
【0036】
さらに、上述した拘束焼入れ装置5およびこれを用いた上記拘束焼入れ方法によれば、第一矯正部10若しくは第二矯正部20(または第二若しくは第三の冷却工程)において、ワークWに対しその少なくとも外径を径方向に拘束するので、上記例示した特許文献1に記載のような、加圧ロールでワークを押圧しつつ回転させて矯正する方法に比べて、押圧する力の設定などが不要であり、安定した矯正を行うことができる。
【0037】
真円度の精度について、上述した拘束焼入れ装置5を用いた上記拘束焼入れ方法(本発明の例)を採用したワークと、比較のため、第三冷却部3での変形矯正を省略した場合の二段階の冷却工程による焼き入れ方法(比較例)を採用したワークとを比較した結果を表1並びに図9および図10に示す。
【0038】
【表1】
【0039】
表1に示すように、本発明の例においては、第三冷却部3での矯正が完了したときの真円度(φ54.21μm)に対してその後の真円度(φ55.30μm)がφ1.09μmと、真円度の崩れが少なかった。これに対し、比較例おいては、第二冷却工程での矯正が完了したときの真円度(φ53.33μm)に対してその後の真円度(φ77.14μm)が大きく、その差がφ23.81μmと真円度が大きく崩れた。このように、本発明の例と比較例とでは、矯正完了時のワーク外径の真円度の精度については同等であるものの、その後の冷却完了時では、比較例において大きく崩れており、一方の本発明の例では、ほとんど崩れていないことがわかる。また、サイクルタイムについても、本発明の例では、冷却工程を3段階に細分化することで、比較例比で39.4%と大きく短縮することができた。
【0040】
さらに、図9に示すように、本発明の例と比較例とでは、寸法のばらつきが、比較例(約φ45μm)に対し、本発明例(約φ15μm)と、33.3%少ないことがわかる。また、図10に示すように、比較例での矯正方法は、前工程の旋削寸法のばらつきの影響を強く受けしまうのに対し(同図(a)参照)、本発明の例では、前工程の旋削寸法のばらつきの影響を受けにくいことが判る(同図(b)参照)。
【0041】
以上説明したように、上述した拘束焼入れ装置5およびこれを用いた上記拘束焼入れ方法によれば、焼入れ後のワークWの精度を一層向上させつつも製造コストを抑えることができる(サイクルタイムを短縮することができる)。なお、本発明に係るワークの拘束焼入れ方法およびワークの拘束焼入れ装置は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しなければ種々の変形が可能であることは勿論である。
【0042】
例えば、上記第一実施形態では、第三冷却部3における矯正が、複数の矯正板全体として凹のテーパ部からなる汎用矯正部20hを内周側に形成してなる、汎用矯正用の第二矯正部20を用いた例で説明したが、これに限定されず、第二矯正部20での矯正は、ワークWに対しその少なくとも外径を径方向に拘束して矯正するものであればよい。例えば図11に示す第二実施形態のように、第二矯正部20に替えて、上記第一実施形態での第一矯正部10と同様の構成の外径専用の矯正型を採用してもよい。なお、この第二実施形態においては、第三冷却部3における冷却媒体として、上記水溶性冷却剤に替えて焼き入れ油を使用し、また、その焼き入れ油の温度としては40℃(以下)にて供給した。このように、各冷却過程において使用する冷却媒体についても、適宜の変更が可能であり、また、その温度についても、所望する焼き入れ特性に悪影響を及ぼさない範囲であるならば適宜の温度に設定することができる。
【0043】
また、例えば上記第一実施形態では、専らワークWの外径の拘束を行う矯正型を第一矯正部10にて用いた例で説明したが、これに限らず、図12に示す第三実施形態のように、更に、ワークWの端面を軸方向に拘束する端面矯正部を(この例では芯出し治具6に)有する構成とすることができる。詳しくは、図13に示すように、第一矯正部10と協働する芯出し治具6に対し、その芯出し部となる凸のテーパ面6tの基端部に、水平方向に張り出す円環状の鍔部6mを形成してもよい。このとき、確実にワークWの端面に鍔部6mが当接するように、凸のテーパ面6tの外径は、ワークWの内径よりも僅かに小さい寸法とすることが好ましい。このような構成によれば、図14に要部を拡大して示すように、この鍔部6mの水平面によって、ワークWの上側の端面を軸方向から拘束する機能を更に付与することができる。つまり、上記第一実施形態では、ワークWの形状が単純な円筒状の外形を有するものを想定した例で説明したが、本発明に適用可能なワークWの形態もこれに限らず、この第三実施形態のように、他の種々の断面形状をもつ環状のワークWに適用することができる。特に、この第三実施形態の構成は、ワークWが、薄肉や、円すいころ軸受用の外輪などのように反りが発生し易いものである場合に有効なものである。
【0044】
また、第三実施形態では、第一冷却部1においても第二冷却部2と同様の鍔部6mを備えた端面矯正機能を有する芯出し治具6を用いている。これにより、円すいころ軸受用外輪や薄肉の円筒状ワークなどでも反りの発生を、より効果的に抑制することができる。
ここで、この第三実施形態の構成を採用した本発明の例と、上記と同様の比較例とを比較した結果の一例を表2に示す。
【0045】
【表2】
【0046】
本発明の例と比較例との違いは、上記表1にて説明した例と同様に、本発明の例と比較例とでは矯正完了時のワーク外径の真円度の精度については同等であるものの、その後の冷却完了時では、比較例において大きく崩れている。一方、本発明の例では、ほとんど崩れていないことがわかる。また、この第三実施形態の例で新たに比較した項目である「そり量」についても、比較例においてはφ60.21μmであるのに対し、本発明の例では、φ20.67μmであり、本発明の例の方が優位であることがわかる。この違いは、この第三実施形態の構成で採用した、第一矯正部10と協働する矯正部となる芯出し治具6の形状を、その凸のテーパ面6tの基端部に、端面矯正部として、水平方向に張り出す円環状の鍔部6mを形成した点が大きく寄与していると考えられる。
【0047】
また、更に他の構成例として、例えば図15に示す第四実施形態のように、上記第二実施形態の構成に対して、更に上記第三実施形態の構成を盛り込んだ構成とすることもできる。つまり、この例では、ワークWが円すいころ軸受用の外輪などのように反りが発生し易いものであり、芯出し治具6には水平方向に張り出す円環状の鍔部6mを形成したものを使用しており、さらに、第三冷却部3の汎用矯正に替えて、第一矯正部10の外径矯正治具を採用している例である。
【符号の説明】
【0048】
1 第一冷却部
2 第二冷却部
3 第三冷却部
5 拘束焼入れ装置
6 芯出し治具
10 第一矯正部
20 第二矯正部
40 搬送部
50 載置台
60 搬送路
W ワーク
【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定温度に加熱された鋼製且つ環状のワークを段階的に冷却して焼き入れする複数の冷却部と、該複数の冷却部で焼き入れ中のワークを必要に応じて拘束して所望の寸法に矯正する矯正部とを備える拘束焼入れ装置であって、
焼き入れ時にマルテンサイト変態をともなうワークをマルテンサイト変態開始温度(Ms点)よりも高い矯正開始温度まで冷却する第一冷却部と、前記矯正開始温度まで冷却されたワークに対しその少なくとも外径を径方向に拘束して矯正する第一矯正部を有し且つ該第一矯正部で矯正しつつ所定の焼き入れ温度まで冷却する第二冷却部と、前記焼き入れ温度まで冷却されたワークに対しその少なくとも外径を径方向に拘束して矯正する第二矯正部を有し且つ該第二矯正部で矯正しつつ更に前記所定の焼き入れ温度よりも低い温度まで冷却してマルテンサイト変態を進行させる第三冷却部とを備えることを特徴とする拘束焼入れ装置。
【請求項2】
前記第一矯正部は、ワークの外径の拘束に加え、更に、ワークの端面を軸方向に拘束する端面矯正部を有することを特徴とする請求項1に記載の拘束焼入れ装置。
【請求項3】
前記第二矯正部は、ワークの外径の拘束に加え、更に、ワークのいずれか他の部分を拘束して矯正する汎用矯正部を有することを特徴とする請求項1または2に記載の拘束焼入れ装置。
【請求項4】
前記第一冷却部が、ワークのいずれかの部分を拘束して矯正する第三矯正部を更に有することを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の拘束焼入れ装置。
【請求項5】
所定温度に加熱された鋼製且つ環状のワークを段階的に冷却して焼き入れするとともに、その焼き入れ中のワークを必要に応じて拘束して所望の寸法に矯正するワークの拘束焼入れ方法であって、
焼き入れ時にマルテンサイト変態をともなうワークをマルテンサイト変態開始温度(Ms点)よりも高い矯正開始温度まで冷却する第一の冷却工程と、前記矯正開始温度まで冷却されたワークに対しその少なくとも外径を径方向に拘束して矯正しつつ所定の焼き入れ温度まで冷却する第二の冷却工程と、前記所定の焼き入れ温度まで冷却されたワークに対しその少なくとも外径を径方向に拘束しつつ更に前記焼き入れ温度よりも低い温度まで冷却してマルテンサイト変態を進行させる第三の冷却工程とを含むことを特徴とするワークの拘束焼入れ方法。
【請求項6】
前記第二の冷却工程が、ワークの外径の拘束に加え、更に、ワークの側面を軸方向に拘束することを特徴とする請求項5に記載のワークの拘束焼入れ方法。
【請求項7】
前記第三の冷却工程が、ワークの外径の拘束に加え、更に、ワークのいずれか他の部分を拘束して矯正することを特徴とする請求項5または6に記載のワークの拘束焼入れ方法。
【請求項8】
前記第一の冷却工程が、更に、ワークのいずれかの部分を拘束して矯正することを特徴とする請求項5〜7のいずれか一項に記載のワークの拘束焼入れ方法。
【請求項1】
所定温度に加熱された鋼製且つ環状のワークを段階的に冷却して焼き入れする複数の冷却部と、該複数の冷却部で焼き入れ中のワークを必要に応じて拘束して所望の寸法に矯正する矯正部とを備える拘束焼入れ装置であって、
焼き入れ時にマルテンサイト変態をともなうワークをマルテンサイト変態開始温度(Ms点)よりも高い矯正開始温度まで冷却する第一冷却部と、前記矯正開始温度まで冷却されたワークに対しその少なくとも外径を径方向に拘束して矯正する第一矯正部を有し且つ該第一矯正部で矯正しつつ所定の焼き入れ温度まで冷却する第二冷却部と、前記焼き入れ温度まで冷却されたワークに対しその少なくとも外径を径方向に拘束して矯正する第二矯正部を有し且つ該第二矯正部で矯正しつつ更に前記所定の焼き入れ温度よりも低い温度まで冷却してマルテンサイト変態を進行させる第三冷却部とを備えることを特徴とする拘束焼入れ装置。
【請求項2】
前記第一矯正部は、ワークの外径の拘束に加え、更に、ワークの端面を軸方向に拘束する端面矯正部を有することを特徴とする請求項1に記載の拘束焼入れ装置。
【請求項3】
前記第二矯正部は、ワークの外径の拘束に加え、更に、ワークのいずれか他の部分を拘束して矯正する汎用矯正部を有することを特徴とする請求項1または2に記載の拘束焼入れ装置。
【請求項4】
前記第一冷却部が、ワークのいずれかの部分を拘束して矯正する第三矯正部を更に有することを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の拘束焼入れ装置。
【請求項5】
所定温度に加熱された鋼製且つ環状のワークを段階的に冷却して焼き入れするとともに、その焼き入れ中のワークを必要に応じて拘束して所望の寸法に矯正するワークの拘束焼入れ方法であって、
焼き入れ時にマルテンサイト変態をともなうワークをマルテンサイト変態開始温度(Ms点)よりも高い矯正開始温度まで冷却する第一の冷却工程と、前記矯正開始温度まで冷却されたワークに対しその少なくとも外径を径方向に拘束して矯正しつつ所定の焼き入れ温度まで冷却する第二の冷却工程と、前記所定の焼き入れ温度まで冷却されたワークに対しその少なくとも外径を径方向に拘束しつつ更に前記焼き入れ温度よりも低い温度まで冷却してマルテンサイト変態を進行させる第三の冷却工程とを含むことを特徴とするワークの拘束焼入れ方法。
【請求項6】
前記第二の冷却工程が、ワークの外径の拘束に加え、更に、ワークの側面を軸方向に拘束することを特徴とする請求項5に記載のワークの拘束焼入れ方法。
【請求項7】
前記第三の冷却工程が、ワークの外径の拘束に加え、更に、ワークのいずれか他の部分を拘束して矯正することを特徴とする請求項5または6に記載のワークの拘束焼入れ方法。
【請求項8】
前記第一の冷却工程が、更に、ワークのいずれかの部分を拘束して矯正することを特徴とする請求項5〜7のいずれか一項に記載のワークの拘束焼入れ方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【公開番号】特開2013−23751(P2013−23751A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−161919(P2011−161919)
【出願日】平成23年7月25日(2011.7.25)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年7月25日(2011.7.25)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】
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