説明

不溶性電極

【解決課題】 従来の不溶性電極以上に耐久性が高く、100〜400A/dmの高電流密度での電解下でも長時間使用可能な不溶性電極を提供する。
【解決手段】 本発明は、チタニウム、ニオブ、タンタルの少なくともいずれか1つの金属を含む電極基材と、該電極基材を被覆する被覆層とからなる不溶性電極であって、被覆層は、表面酸化されたイリジウム層を2層以上積層してなるものである。このとき、被覆層の厚さは、0.5〜2.0μmとし、被覆層を構成する表面酸化されたイリジウム層の厚さは、0.05〜0.5μmとするのが好ましい。そして、被覆層と電極基材との間に白金からなる中間層を備えるものがより好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、不溶性電極に関する。特に、高電流密度での電解において耐久性に優れた不溶性電極に関する。
【背景技術】
【0002】
金属めっき処理、電解精錬等、各種電解作業で陽極として供される不溶性電極には、従来から様々なものが知られている。近年広く使用されている不溶性電極としては、チタニウム、ニオブ、タンタル等のバルブ金属を電極基材として、これに種々の電極活性材料を被覆層として形成した電極である。この被覆層は、基材であるバルブ金属が通電により表面に絶縁性の酸化物層を形成し通電をストップさせる性質があることから、基材の酸化を抑制する保護層の目的として形成されるものである。
【0003】
そして、被覆層には各種の電解液中での安定性が求められることから貴金属、特に白金族金属又はその酸化物が用いられることが多い。また、被覆層の態様も1種類の金属又は金属酸化物からなる単一の被覆層の他、複数種類の金属又は金属酸化物を積層させた複数層からなる被覆層が知られている。前者の単一被覆層としては、例えば、金属イリジウム又は酸化イリジウムよりなる被覆層を備える電極が開示されており、後者の複数層の被覆層としては、酸化イリジウムと金属白金とを積層させた被覆層を備える電極が開示されている(これらの形態の不溶性電極については、下記、特許文献1、2に記載されている)。
【特許文献1】特開平8−85893号公報
【特許文献2】特開平8−85894号公報
【0004】
また、これらの被覆層の形成方法としては、金属イリジウム、金属白金等純金属よりなる被覆層については、電気メッキ法が用いられることが多く、また、酸化イリジウム等の酸化物からなる被覆層については、材料をバインダと共に基材表面に塗布、焼成するいわゆる焼成法や電解メッキにより形成した被覆層に熱処理を施し酸化する方法により形成されている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、不溶性電極には、電解液の種類、負荷電流密度等の電解条件によって種々の特性が要求されるが、耐久性はいずれの場合においても重要な特性である。不溶性電極においては、電解の進行により被覆層の消耗が生じその厚さが減少することで、基材と電解液とが接触し基材表面の酸化により電圧値が急上昇することがある。これは高電流密度下での電解において特に生じやすい現象であり、耐久性の低い電極は短時間の電解により使用が不可能となる。
【0006】
上記した従来の電極も高電流密度下での使用は一応可能である。しかし、従来の不溶性電極は、耐久性に乏しく高電流密度下では極めて短時間で被覆層の溶解が生じ交換を要することから、より耐久性の高いものが求められているのが現実である。とりわけ、電解銅箔の製造等といった電解精錬の分野では製造効率の向上等のために高電流密度での電解が必要であり、この要求により的確に応じることのできる電極の開発が切望されている。
【0007】
本発明は、以上のような背景のもとになされたものであり、これまで知られている不溶性電極に比してより耐久性が高く高電流密度の電解の下でも長時間使用可能な不溶性電極を提供することを目的とする。尚、ここでいう高電流密度とは、具体的には、100〜400A/dmの範囲をいう。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、上記課題を解決する手段として、上記した従来の不溶性電極のうち、基材上の被覆層としてイリジウムを酸化させたものを用いる電極の改良を試みた。酸化イリジウムは化学的に極めて安定であり、また導電性も良好であることから、電極の被覆剤として好適だからである。そして、この従来の不溶性電極が耐食性に乏しい理由を検討し、その結果から本発明に想到した。
【0009】
本発明は、チタニウム、ニオブ、タンタルの少なくともいずれか1つの金属を含む電極基材と、該電極基材を被覆する被覆層とからなる不溶性電極であって、被覆層は、表面酸化されたイリジウム層を2以上積層してなる不溶性電極である。
【0010】
従来の不溶性電極においては、イリジウムを基材の保護層として必要な厚さとなるまで被覆した後に熱処理をして表面酸化させているが、イリジウム層の表面酸化を十分行うためには高温での熱処理が必要となる。しかし、従来の電極では、イリジウム層が厚いために、酸化イリジウムと電極基材との熱膨張係数の違いから被覆層中にクラックが生じやすくなる。従って、従来の電極では、クラックの発生を防止するために熱処理を低温で行わざるを得ないが、これではイリジウム層の表面酸化が不十分となる。従って、従来の電極ではイリジウム層表面の酸化イリジウムによる効果が低く、これが耐久性に劣る要因となっている。
【0011】
本発明は、上記従来の不溶性電極における問題点を解消すべく、表面酸化された薄いイリジウム層を複数積層させるものである。このように、薄いイリジウム層を形成しこれを表面酸化することでクラックを生じさせることなく、完全に表面酸化をさせることができる。そして、この表面酸化されたイリジウム層を基材の保護層として十分な厚さとなるまで複数積層させることで、高電流密度下でも長期間基材を保護することができる電極とすることができる。
【0012】
ここで、被覆層全体の厚さは、基材の保護層としての機能を考慮すれば、0.5〜2.0μmとするのが好ましい。そして、被覆層を構成する表面酸化されたイリジウム層の厚さは、0.05〜0.5μmとするのが好ましい。0.05μm未満とすると被覆層を形成するために積層させる層の数が多くなり工程数が多くなりすぎるからである。また、0.5μmを超えるイリジウム層は高温での表面酸化の際にクラックを生じさせるおそれがあるからである。
【0013】
また、本発明においては、被覆層と電極基材との間に白金からなる中間層を備えたものが好ましい。本発明では基材に直接被覆層を形成することも可能ではあるが、両者の密着性が乏しい場合がある。そこで、白金を中間層として形成することで、基材と被覆層との密着性を確保し被覆層の剥離を防止するものである。また、中間層を備えることで、使用後の電極のリサイクルに有効となる。即ち、白金を中間層として設けた場合、電極を王水に浸漬することで、白金が溶解し被覆層(イリジウム)を容易に剥離させることができるため、イリジウムの回収を容易とすることができる。
【0014】
ところで、電解時における電極の消耗の要因としては、主に電解液による電気化学的な溶解であるが、高電流密度下ではこれに加えて電極表面で発生するガスによる機械的な摩耗が生じ、これも電極の消耗の要因となっている。従って、機械的な摩耗に対して耐久性の高い電極とするためには、被覆層表面が緻密な酸化イリジウムにより覆われていることが好ましい。そこで、本発明において被覆層を構成する表面酸化されたイリジウム層としては、めっきにより形成されたイリジウム膜を熱処理することにより形成されたものが好ましい。めっきにより形成されるイリジウム膜は緻密な構造を有し、これを酸化することで表面を緻密な酸化イリジウムとすることができ、機械的な摩耗に対しても耐久性を確保することができる。
【0015】
このめっきによるイリジウム膜の形成方法は、めっき液としては、ヘキサブロモイリジウム(III)酸ナトリウム等のイリジウム塩を含有するめっき液が適用できる。また、めっき条件としては、液温70〜90℃、pH3〜7とし、通電条件は、電流密度0.1〜0.2A/dmとするのが好ましい。また、被覆層の厚さはめっき時間により制御することができ、0.5〜2時間とするのが好ましい。
【0016】
そして、形成したイリジウム膜を酸化する際の熱処理条件としては、温度は450〜650℃が好ましく、特に、600〜650℃が好ましい。また、処理時間は0.5〜2時間が好ましい。尚、熱処理雰囲気は、大気中又は酸化雰囲気が好ましい。
【0017】
尚、白金からなる中間層を設ける場合において、白金層の形成方法は、特に限定されるものではなく、めっき法、スパッタリング法、真空蒸着法いずれによっても良いが、効率の面からめっき法が好ましい。
【0018】
本発明では、被覆層を、イリジウム化合物を含有する溶液を塗布した後に熱処理することにより形成される酸化イリジウム層で被覆したものも有用である。かかる焼成法により形成される酸化イリジウム層は、機械的な摩耗に対する耐久性はさほど高くはないが、電気化学的溶解に対する耐久性が高い。特に、塩酸系の電解液、塩素を含有する電解液等、電解液の種類によってはめっき及び熱処理により形成される酸化イリジウム層よりも耐久性が高い。従って、本発明では、対象となる電解液の種類に応じて焼成法による酸化イリジウム層を設けることで、用途に応じて電極の耐久性を確保することができる。
【0019】
この焼成法による酸化イリジウム層の厚さとしては、0.5〜10μmの範囲とするのが好ましい。厚すぎると酸化イリジウム層が脆くなり密着性が低下する。また、この酸化イリジウム層の形成方法としては、塩化イリジウム酸、塩化イリジウム酸ナトリウム等のイリジウム化合物をメタノール、イソプロピルアルコール、ブタノール、希塩酸等の溶媒に溶解させたものを塗布し、400〜800℃で加熱することで溶媒を蒸発させると共にイリジウム化合物を酸化イリジウムとすることができる。そして、この処理を複数繰り返すことで所定の膜厚の酸化イリジウム層を形成することができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る電極は、高電流密度電解条件下での耐久性が従来の不溶性電極よりも著しく高い。従って、本発明は、電解精錬等における効率化のための高電流密度での電解に好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の好適な実施形態を比較例と共に説明する。
【0022】
第1実施形態:40mm×50mm×1mmのチタン板を電極基材とし、この電極基材を酸性、アルカリ性脱脂液に浸漬して脱脂後、酸洗して酸化皮膜を除去した後に、中間層として白金をめっきした。白金めっきは、めっき液としてジニトロジアンミン白金塩の硫酸浴を用い、液温60℃、電流密度0.5A/dm、攪拌条件下で1時間めっきし、2μmの白金層を形成した。
【0023】
そして、この中間層を形成した電極基材にイリジウムめっきを行った。イリジウムめっきは、めっき液としてヘキサブロモイリジウム(III)酸ナトリウムとシュウ酸との混合溶液を用いた。そして、液温80℃、電流密度0.15A/dm、攪拌条件下で5分間めっきし、0.1μmのイリジウム層を形成した。イリジウム層を形成後、650℃で0.5時間熱処理し、イリジウム層の表面を酸化した。以上のイリジウムめっき、酸化処理を20回繰り返し2μmの被覆層を形成した。
【0024】
第2実施形態:第1実施形態と同じ電極基材に、白金めっきをした後、イリジウムめっき層を0.05μm形成して酸化処理を行い、これを10回繰り返して0.5μmの被覆層を形成した。白金めっき、イリジウムめっき、熱処理の工程は、基本的に第1実施形態と同様とした。
【0025】
第3実施形態:第1実施形態と同じ電極基材に、白金めっきをした後、イリジウムめっき層を0.2μm形成し、酸化処理を行い、これを10回繰り返して2μmの被覆層を形成した。白金めっき、イリジウムめっき、熱処理の工程は、基本的に第1実施形態と同様とした。
【0026】
第4実施形態:第1実施形態と同じ電極基材に、白金めっきをした後、イリジウムめっき層を0.4μm形成し、酸化処理を行い、これを5回繰り返して2μmの被覆層を形成した。白金めっき、イリジウムめっき、熱処理の工程は、基本的に第1実施形態と同様とした。
【0027】
第5実施形態:本実施形態では、表面酸化イリジウム層の表面に更に焼成法により酸化イリジウム層を形成した電極を製造した。まず、第1実施形態と同様の工程にて電極基材に白金めっき、被覆層の形成を行なった。このときの被覆層としては、0.1μmの酸化イリジウムを5層形成した。そして、被覆層の表面に塩化イリジウム酸ナトリウムをブタノールに溶解させた溶液を塗布し、これを450℃で0.5時間加熱して酸化イリジウム層を形成した。この焼成工程を3回繰り返し、厚さ5μmの焼成酸化イリジウム層を形成して電極とした。
【0028】
以上の製造した各電極について、硫酸銅溶液中で電解を行い、電極の寿命を試験した。寿命試験は、硫酸銅溶液中に、本実施形態に係る電極を陽極とし、陰極としてSUS310板を用い、両者を溶液中に浸漬し電解を行い皮膜の厚さの変化を測定することにより陽極の寿命を評価した。試験条件は以下のとおりである。また、本実施形態に対する比較例として、従来から使用されている不溶性電極である、白金被覆チタン電極(比較例1)、イリジウム/白金被覆チタン電極(比較例2)についても試験を行った。
【0029】
電解液:硫酸銅溶液(硫酸濃度100g/L、硫酸銅15g/L)
液量:2L
陰極寸法:130mm×400mm×1mm
陽極電流密度:400A/dm2
【0030】
この耐久性試験の結果を、表1に示す。
【0031】
【表1】

【0032】
表1から明らかなように、各実施形態に係る電極は、いずれも1000時間以上の推定寿命を有し、従来の不溶性電極に比べて極めて優れた耐久性を有することが確認できた。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタニウム、ニオブ、タンタルの少なくともいずれか1つの金属を含む電極基材と、該電極基材を被覆する被覆層とからなる不溶性電極であって、
前記被覆層は、表面酸化されたイリジウム層を2層以上積層してなる不溶性電極。
【請求項2】
被覆層の厚さは、0.5〜2.0μmである請求項1に記載の不溶性電極。
【請求項3】
表面酸化されたイリジウム層の厚さは、0.05〜0.5μmである請求項1又は請求項2のいずれか1項に記載の不溶性電極。
【請求項4】
被覆層と電極基材との間に白金からなる中間層を備える請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の不溶性電極。
【請求項5】
表面酸化されたイリジウム層は、めっきにより形成されたイリジウム膜を熱処理することにより形成されるものである請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の不溶性電極。
【請求項6】
被覆層の表面に、更に、イリジウム化合物を含有する溶液を塗布した後に熱処理することにより形成される酸化イリジウム層を備える請求項1〜請求項5のいずれか1項に記載の不溶性電極。
【請求項7】
熱処理により形成される酸化イリジウム層の厚さは、0.5〜10μmである請求項6記載の不溶性電極。


【公開番号】特開2006−57174(P2006−57174A)
【公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−243397(P2004−243397)
【出願日】平成16年8月24日(2004.8.24)
【出願人】(000217228)田中貴金属工業株式会社 (146)
【Fターム(参考)】