説明

亜鉛表面を有する金属部材用の非クロム水性防錆表面処理剤

【課題】亜鉛表面を有する金属部材の表面に、非クロム防錆表面処理剤を塗布して薄い皮膜を形成し、良好な防錆性能を付与すること。
【解決手段】酸性側のpHで安定化されている水性コロイダルシリカと、乳酸、リンゴ酸、酒石酸などの有機酸を配位させた水溶性のチタンキレート化合物と、水に可溶でアルカリ性を呈さないシランカップリング剤と、アルコール及び水の混合溶媒とで構成する水性溶液の非クロム防錆表面処理剤を調製し、亜鉛表面を有する金属部材の表面に塗布してチタン成分を含む0.4〜3μmの薄いシリカ質皮膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気亜鉛めっきや溶融亜鉛めっきが施された鋼製のボルトやナット、鋼板、線
材及び亜鉛合金のダイカスト部材などの亜鉛表面を有する金属部材の表面にシリカ質の薄
い皮膜を形成することによって、白錆と赤錆の発生を長時間防止できる非クロム水性防錆
表面処理剤と、この非クロム防錆表面処理剤で防錆処理された亜鉛表面を有する金属部材
に関する。
【背景技術】
【0002】
欧州発のELV指令(廃自動車指令)やRoHS指令(電気・電子機器に含まれる特定化
学物質使用制限指令)において、六価クロムがその毒性や発ガン性のために特定化学物質
に指定され、亜鉛表面の六価クロムを使うクロメート処理が規制されるようになった。こ
のため、現在は三価クロムを用いる亜鉛表面の表面処理が普及している。しかし、三価ク
ロムの一部が平衡反応によって六価クロムに変化するのを防ぐことは困難であり、三価ク
ロムを含む処理液を用いて防錆表面処理された皮膜中には必ず六価クロムが含まれ、現在
の規制値に近い濃度の六価クロムが皮膜中から検出されることもある。
【0003】
このため、現在普及している三価クロム成分を用いる表面処理剤も、クロム成分を排除し
た非クロム表面処理剤に移行すると考えている識者は多い。クロム成分を含まない非クロ
ム防錆表面処理剤を使用すれば、排水処理コストを大幅に減らせるというメリットがあり
、新規に亜鉛めっき設備を設置する場合には、設備投資額の大きな割合を占める排水処理
設備の費用を節減できるという利点がある。
【0004】
本発明者らは、亜鉛表面を有する金属部材の表面に塗布して薄いシリカ質の皮膜を形成す
ると、白錆の発生を長時間防止できる、特定の重量平均分子量を有するアルコキシシラン
オリゴマーのアルコール溶液からなる非クロム防錆表面処理剤を発明し、特許出願した(
特許文献1)。この防錆表面処理剤は2μm程度の薄い皮膜を形成することによりクロメ
ート処理に劣らない防錆性能とその皮膜が損傷したときの自己修復性とを示し、白錆を防
ぐ防錆性能にも優れている。
【0005】
この非クロム防錆表面処理剤はクロム成分を含まないことで、亜鉛めっき設備を新設する
場合には排水処理設備を簡易にでき、設備投資額を安くできる他に、廃水処理コストも安
くなる。しかし、表面処理剤はアルコール溶媒を使用しているため、日本国内においては
引火性の危険物として消防法による取扱い上の制約を受ける。このため、大型の表面処理
設備を設置する場合には消防署への届出と許可が必要になる。また、亜鉛めっき業者は水
性であるクロメート処理剤の使用に慣れているので、慣れないアルコール溶媒系の表面処
理剤の使用を躊躇するという問題がある。
【0006】
本発明者らは、亜鉛表面を有する金属部材の表面に非クロムの化成処理を施し、さらに、
その表面にアルコール単独溶媒、又は水とアルコールの混合溶媒を用いた非クロム防錆表
面処理剤を塗布して、薄いシリカ質皮膜を形成することにより金属部材の白錆発生に対す
る防錆性能を向上させ、良好な防錆性能を安定的に付与することが出来る表面処理方法を
発明し、特許出願した(特許文献2)。
【0007】
本発明者らは、当初、アルコキシシランオリゴマーのアルコール溶液中に、防錆性能を向
上させる目的で、分散処理した酸化チタンの超微粉末を配合した表面処理剤を発明し、亜
鉛表面を有する金属製品の表面処理に使用した。しかし、シリカ質皮膜を形成後に長時間
経過すると亜鉛表面に付けたシリカ質皮膜にひびが生じて剥離し、剥離した皮膜の粉によ
り白錆が発生したように見え、防錆性能が劣化するのを認めた。また、シリカ質皮膜中に
含まれる酸化チタン超微粉末が凝集状態になると皮膜が白っぽく見えるという問題もあっ
た。
【0008】
これらの問題を克服するため、本発明者らは、シリカ質皮膜の亜鉛表面への密着性が良好
であり、形成する皮膜が薄くても良好な防錆性能を示す亜鉛表面用の非クロム防錆表面処
理剤を発明し、特許出願した(特許文献3)。この非クロム防錆表面処理剤は、チタンキ
レート化合物をアルコキシシランオリゴマーに化合させてあり、チタン成分を含むアルコ
キシシランオリゴマー分子のアルコール溶液からなるものである。この非クロム防錆表面
処理剤を使って形成したシリカ質皮膜は、1μm未満の厚さであっても良好な防錆性能を
、亜鉛表面を有する金属部材に付与できる。さらに、亜鉛めっき表面とシリカ質皮膜の境
界に30nm程度の薄い相互拡散層を形成することで、亜鉛めっき表面とシリカ質皮膜との
間の密着性が顕著に向上し、皮膜の剥離を防げるようになった。
【0009】
水性非クロム防錆表面処理剤として、コロイダルシリカなどの水分散性シリカと、水溶性
又は水分散性の有機重合体樹脂よりなる無機-有機複合体に、チタニウム又はジルコニウ
ムのアルコキシド化合物に配位性化合物を結合させたキレート化合物を組み合わせた水性
の金属表面処理用組成物が、30年前に開発されている(特許文献4)。
【0010】
また、金属板又はめっき金属板に、クロメート処理を施すことなく、コロイダルシリカ及
びリチウムシリケートをSi/Li(モル比)が36〜66となるように含有する処理溶
液を直接塗布し、次いで200℃以下で乾燥して表面処理皮膜を形成した表面処理金属板
が開発されている(特許文献5)。また、カルボキシル基を有する樹脂と無機シリケート
を含み、さらにチタン化合物を含む表面処理剤を用いてチタン化合物を含む無機シリケー
トの皮膜を付けた表面処理鋼板が開発されている(特許文献6)。
【0011】
また、亜鉛表面の防錆に使える、水溶性チタン化合物、コロイダルシリカ及びコバルト化
合物を含む水性の非クロム化成処理液と、この化成処理液で処理した亜鉛表面にチタンと
コバルト化合物とシリカが結合した皮膜を形成するチタン成分、コロイダルシリカ及びコ
バルト化合物を含む防錆用処理液とが開発されている(特許文献7)。他に、シランカッ
プリング剤又はその加水分解重合物と、水性シリカゾルと、ジルコニウム化合物又はチタ
ン化合物のいずれかを含む水性の非クロム金属表面処理剤が開発されている(特許文献8
,9)。
【0012】
【特許文献1】特開2005−264170号公報
【特許文献2】特開2006−225761号公報
【特許文献3】WO2007/119812A1
【特許文献4】特開昭54−74236号公報
【特許文献5】特許第2953658号公報
【特許文献6】特開2000−282254号公報
【特許文献7】特開2000−328271号公報
【特許文献8】特開2001−240979号公報
【特許文献9】特開2001−316845号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明者らが先に発明したアルコキシシランオリゴマーのアルコール溶液の表面処理剤、
特にチタン化合物をオリゴマー分子と結合させたアルコキシシランオリゴマーのアルコー
ル溶液を主成分とする非クロム防錆表面処理剤は、1μm程度の薄いシリカ質皮膜を形成
する表面処理剤である。このシリカ質皮膜は亜鉛表面を有する金属部材に塗布されたとき
に金属部材に優れた防錆性能を付与でき、皮膜が損傷したときに良好な自己修復性を示し
、亜鉛表面への密着性も良い。
【0014】
しかし、亜鉛めっき製品の表面処理剤をクロメート処理剤から三価クロム処理剤に変更し
た後の操業期間が短い亜鉛めっき業者は、三価クロム処理製品がユーザに受け入れられて
いる現状では非クロム防錆表面処理剤を用いる表面処理の実施に移行しようと考えない。
さらに、この非クロム防錆表面処理剤は、溶媒が可燃性のアルコールであることで、工場
内への量産処理設備の導入には消防法上の制約を受ける。また、水性のクロメート処理剤
に慣れた亜鉛めっき業者らは、アルコール溶媒を用いた表面処理剤の導入を躊躇する傾向
がある。
【0015】
本発明は、これらの問題点の解消を目的としており、亜鉛表面を有する金属部材の防錆処
理に使え、六価クロムを使う従来のクロメート処理に劣らない防錆性能を付与できる非ク
ロム水性表面処理剤を提供する他に、この非クロム水性防錆表面処理剤で防錆処理を施さ
れた、実用レベルの防錆性能のある亜鉛表面を有する金属部材の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、シリカ質皮膜を形成する水を溶媒とする非クロム水性防錆表面処理剤の開
発に取り組んできた。しかし、亜鉛めっき部材を水性の非クロム防錆表面処理剤で表面処
理すると、赤錆の発生は長時間抑制できるが、白錆の発生が早いため実用的に不充分であ
るという問題があった。
【0017】
本発明者らは、その後、シリカ質皮膜中にチタン成分を導入すると亜鉛表面を有する金属
部材に対する防錆性能が向上するという知見を得た。さらに、アルコール成分を混合した
水性溶媒を用いた方が良好な防錆性能を得ることが出来るという知見に基づき、アルコー
ルと混和してもゲル化しない特性を持つ酸性側のpHで安定化された水系コロイダルシリ
カをシリカ成分として使う表面処理剤に到達した。
【0018】
また、弱酸性又は中性の水溶性チタンキレート化合物を、水系コロイダルシリカを主原料
とする水性表面処理剤溶液に配合することにより、白錆の発生に対する良好な防錆性能を
、亜鉛表面を有する金属部材に付与できる非クロム水性防錆表面処理剤が得られることを
本発明者らは見出した。
【0019】
本発明の亜鉛表面を有する金属部材用非クロム水性防錆表面処理剤(以下、「本発明の表
面処理剤」という)は、酸性側のpHで安定化されている水性コロイダルシリカと、水溶
性有機酸のチタンキレート化合物と、水に可溶でアルカリ性を呈さない水溶性シランカッ
プリング剤と、アルコール及び水の混合溶媒とを含む水性溶液であり、亜鉛表面を有する
金属部材の表面に塗布してシリカ質皮膜を形成する処理剤として用いられることを特徴と
する。
【0020】
本発明の表面処理剤は、前記水溶性有機酸が乳酸、リンゴ酸又は酒石酸であることが好ま
しい。
【0021】
本発明の表面処理剤は、アルコール成分と水との混合溶媒を含む水性溶液であり、混合溶
媒中のアルコール成分濃度が、シランカップリング剤が加水分解したときに生成するアル
コール成分を合わせて15〜40重量%であることが好ましい。
【0022】
本発明の表面処理剤は、水溶性有機酸のチタンキレート化合物のチタン成分をTiO2
換算し、亜鉛表面に形成されるシリカ質皮膜中のシリカ(SiO2)とTiO2の合量中、
2〜6重量%のTiO2を含むことが好ましい。
【0023】
本発明の表面処理剤は、水性溶液中に有機樹脂成分を0.3〜4.0重量%含むことが好
ましい。
【0024】
本発明の表面処理剤は、前記有機樹脂成分がポリアクリル酸、水溶性エポキシ樹脂、水溶
性ポリビニルブチラール樹脂又は水溶性フェノール樹脂であることが好ましい。
本発明の表面処理剤は、水性溶液中に沸点が100℃以上である高沸点のアルコールを含
み、アルコール成分中の高沸点アルコールの割合は10〜50重量%であることが好まし
い。
【0025】
本発明の亜鉛表面を有する金属部材は、上記の表面処理剤が塗布され、チタン成分を含む
厚さ0.4〜3μmのシリカ質皮膜で被覆されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0026】
本発明の表面処理剤は、非クロム防錆表面処理剤であり、この表面処理剤を亜鉛表面を有
する金属部材に塗布して薄いシリカ質皮膜を形成すれば、塩水噴霧試験において白錆の発
生を100時間以上防止する防錆性能を付与することが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
本発明の表面処理剤は、酸性側のpHで安定化されている水系コロイダルシリカと、アル
コール溶媒と、水に溶かしたときにアルカリ性を呈さないシランカップリング剤と、水溶
性有機酸のチタンキレート化合物とが混合されてなり、アルコール溶媒を含む水性溶液か
らなる。水性コロイダルシリカに種々の化合物を配合した水性溶液は、多くの場合安定性
に問題があって、少しバランスが崩れるとゲル化が起きてしまい、充分なポットライフ(
可使時間)を確保できないことが多い。本発明の表面処理剤は、構成成分の組み合わせを
種々検討した結果、実用上充分なポットライフ(例えば3月以上)を持つ組成を選んでい
る。
【0028】
本発明において、シリカ質皮膜というのは、皮膜中に占めるSiO2成分の割合が60重
量%以上、好ましくは65重量%以上であるものを言う。皮膜中のSiO2成分の割合が
60重量%未満では、薄い皮膜で所期の防錆効果を付与できない。また、シランカップリ
ング剤を配合することにより、水系コロイダルシリカのシリカ粒子と後述する有機酸のチ
タンキレート化合物との間の親和性を向上させてアルコール溶媒を含む安定な水性溶液と
してある。チタン成分はシリカ質皮膜が付与できる防錆性能を向上させるために導入して
ある。シリカ質皮膜中には、シランカップリング剤に由来する有機成分、TiO2以外の
チタン化合物が残留成分として含まれることがあるが、防錆性能には影響を及ぼさない。
これらの残留成分の種類や量は皮膜の焼き付け温度によって変化する。
【0029】
水性溶液中の水性コロイダルシリカの好ましい配合量は、皮膜中のシリカ成分に換算して
65重量%以上とするのが好ましい。水系コロイダルシリカを表面処理剤の主原料に用い
ることで、非クロム水性防錆表面処理剤を実用的な価格で調製することができる。本発明
の表面処理剤中に含まれるその他のシリカ成分はシランカップリング剤に由来する。
【0030】
水性コロイダルシリカの安定pH域は酸性側とアルカリ側の両側にあり、水性コロイダル
シリカはいずれかのpH域で安定化した状態で市販されている。水性コロイダルシリカは
この安定pH域を外れると速やかに、或いは時間が経つとゲル化する。酸性側のpHで安
定化してある市販の水性コロイダルシリカには、溶液をゲル化させないでアルコール溶媒
と混合できる特性がある。
【0031】
このような水性コロイダルシリカにアルコールを混合し、水とアルコールの混合溶媒の水
性溶液とすることにより安定な表面処理剤の組成物を調製でき、かつ表面処理した製品の
防錆性能を向上させることができることを本発明者らは見出した。市販の水性コロイダル
シリカで本発明の表面処理剤に使える製品には、例えば、日産化学工業(株)のスノーテ
ックス-Oや触媒化成工業(株)のカタロイド-SN等がある。
【0032】
表面処理剤にチタン化合物や樹脂などの他成分を配合する場合は、シランカップリング剤
の配合が必要になる。シランカップリング剤の配合は、表面処理剤の水性溶液を安定化さ
せる働きをする。シランカップリング剤の配合量が少ないと、水性溶液の安定性が損なわ
れる。本発明の表面処理剤中へのシランカップリング剤の配合量は、シリカ質皮膜中のS
iO2成分量に換算して10〜30重量%とするのが好ましい。シランカップリング剤の
配合量が少ないと、配合した効果が得られず、多過ぎると得られる効果の割に表面処理剤
のコストが嵩む。より好ましいシランカップリング剤の配合割合は皮膜中のSiO2成分
量に換算して15〜32重量%である。値段が比較的高価なシランカップリング剤を多く
配合することは表面処理のコストを押し上げるので好ましくない。
【0033】
シランカップリング剤には水性コロイダルシリカと水溶性チタンキレート化合物や樹脂と
の間の親和性を良くして、安定な水性溶液の形成を助ける働きがある。この目的に使える
シランカップリング剤としては、水に溶かすことができ、かつ水に溶かしたときに中性を
呈する、水溶性シランカップリング剤を使う。
【0034】
本発明の表面処理剤に使用できる水溶性シランカップリング剤には、エポキシ官能基を持
つシランカップリング剤があり、エポキシ官能基を持つシランカップリング剤としては、
3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリエトキシシ
ラン、2-(3,4-エポキシシクロヘキシルエチル)トリメトキシシランなどがある。
【0035】
市販されている水溶性有機酸のチタンキレート化合物は比較的高価なので、多量に配合す
ると得られる効果の割に表面処理の処理費が嵩む。このため、本発明の表面処理剤の溶液
に配合する水溶性のチタンキレート化合物の量はシリカ質皮膜中のTiO2成分に換算し
、シリカ質皮膜のシリカ(SiO2)とTiO2の合量中1〜7重量%とするのが好ましい
。1重量%未満ではシリカ質皮膜中にTiO2成分を導入する効果が小さく、7重量%よ
り多いと得られる効果の割に表面処理の費用が嵩むことになる。シリカ質皮膜中のTiO
2成分のより好ましい含有量は、2〜6重量%である。
【0036】
市販の水溶性チタンキレート化合物には、アミン化合物でキレート化されたものと、有機
酸でキレート化されたものがある。市販のトリエタノールアミンでキレート化されたマツ
モトファインケミカル(株)製のTC-400(チタンジイソプロポキシトリエタノール
アミネート)は水に溶かすとアルカリ性を呈する。このチタンキレート化合物の溶液を酸
性側で安定化してある水系コロイダルシリカと混ぜるとゲル化する。また、アルカリ側で
安定化してあるコロイダルシリカにアルカリ性を呈するTC-400を混合した溶液も、
アルコール溶媒を混ぜたときにゲル化して透明な溶液にならない。
【0037】
水に混合したときにゲル化しないで水溶液を形成できるチタン化合物には有機酸が配位し
たチタンキレート化合物(以下、「有機酸のチタンキレート化合物」という)がある。有
機酸にはキレート形成機能があるとされる。しかし、水に相当量溶けて安定なチタンキレ
ート化合物の溶液を形成できる有機酸は限られる。例えば、クエン酸や蓚酸でキレート化
しようとしてもゲル化して透明な溶液にならないが、乳酸、リンゴ酸又は酒石酸を使うと
水性溶液を形成できる有機酸のチタンキレート化合物を調製できる。
【0038】
本発明の表面処理剤に好ましく使用できる市販の水溶性チタンキレート化合物には、乳酸
でキレート化された乳酸チタンと乳酸チタンのアンモニウム塩(何れも溶液状態になって
いる)がある。これらは、例えば、マツモトファインケミカル(株)製のTC-310(
水に溶かすと酸性のpHを呈する)、TC-300(アンモニウムで中和されていて概ね
中性のpHを呈する)として入手できる。
【0039】
市販品は見当らないがリンゴ酸や酒石酸をキレート剤に使った水溶性チタンキレート化合
物を使うことも出来る。有機酸をキレート剤に使って水溶性チタンキレート化合物を調製
するには、例えば、有機酸のイソプロピルアルコール溶液にテトライソプロポキシチタン
を混合すれば調製できる。リンゴ酸はイソプロピルアルコール中に1モル濃度程度まで溶
かすことができる。他方、酒石酸はイソプロピルアルコールに対する溶解度が少し小さい

【0040】
本発明の表面処理剤を形成する混合溶媒の主成分は水であるが、副成分としてアルコール
成分を含んでいる。水は、水性コロイダルシリカ、チタンキレート化合物の溶液から導入
されるが、シリカ濃度の高い水性コロイダルシリカを使う場合には水を適宜配合する。
【0041】
理由は明確でないが、表面処理剤を水とアルコール成分を含む混合溶媒とすることにより
、亜鉛表面を有する金属部材の表面に形成する皮膜によって付与できる防錆性能を顕著に
向上させることができる。アルコール成分を含んでいると、表面処理剤の発泡が抑制され
て表面処理剤を製品に塗布するとき、塗膜中に泡が入ってシリカ質皮膜が不均一になるの
を防げる。アルコール成分は溶媒として加えるアルコールの他にシランカップリング剤が
加水分解して生じるエタノールやメタノールなどのアルコール成分を含む。有機酸のチタ
ンキレート化合物の溶液にもイソプロピルアルコールなどが含まれる。
【0042】
水性溶液の混合溶媒に含まれるアルコール成分の含有量は、本発明の表面処理剤で形成す
るシリカ質皮膜が亜鉛表面を有する金属部材に良好な防錆性能を付与できるように15〜
40重量%、さらには25〜35重量%とするのが好ましい。混合溶媒中のアルコール成
分の含有量が15重量%より少ないとシリカ皮膜によって付与できる防錆性能が低下し、
40重量%を越えて更に配合量を増やしても防錆性性能の向上効果は少ない。日本国内の
消防法では、引火点が21℃未満である混合溶液の場合、取り扱える指定数量が400リ
ットルであるが、引火点が21℃以上であれば取り扱える指定数量が2000リットルに
なる。エタノールの水溶液の場合、エタノールの濃度が60重量%未満であれば消防法に
よる指定数量が2000リットルであって、処理設備の設置が容易である。引火点の高い
水性の表面処理剤とすることで、溶媒の蒸発が少なく、引火し難いので取り扱いが容易で
ある。
【0043】
アルコール成分としては、例えば、メタノール、エタノール、n-プロパノール、イソプ
ロパノールなどの低沸点アルコールや、ブタノール、メチルセロソルブ、エチルセロソル
ブ、プロピレングリコールモノメチルエーテル(PGME)、ブチルセロソルブ、エチレ
ングリコールモノターシャルブチルエーテル(ETB)、ジホルムアルデヒドメトキシエ
タノールなどの高沸点アルコールを用いることができる。PGMEやETBなどの高沸点
アルコールを配合しておくと、塗布直後の濡れた塗膜の乾燥が徐々に進んでひびなどの欠
陥の発生が少ないシリカ質皮膜を形成できるので好ましい。表面処理剤の水性溶液に含ま
れるアルコール成分中の、沸点が100℃以上の高沸点アルコールの割合は15〜55重
量%とするのが好ましい。
【0044】
本発明の表面処理剤には、水とアルコールの混合溶媒に溶ける有機樹脂を、溶液の状態で
配合するのが好ましい。粉末状の樹脂の場合は予め溶かしておき、液体状の樹脂溶液の状
態で配合する。表面処理剤への有機樹脂の配合はシリカ質皮膜の硬度を下げる他、ボルト
やナットなどのファスナー部品の表面に防錆皮膜を形成したとき、大き過ぎるシリカ質皮
膜の摩擦係数を小さくする効果がある。
【0045】
本発明の表面処理剤への有機樹脂の配合は、多くの場合防錆性能を劣化させるので、配合
量は多過ぎないようにする。有機樹脂の本発明の表面処理剤中への配合割合は、0.3〜
4.0重量%、さらに0.6〜3.5重量%とするのが好ましい。配合割合が少ないと得
られる効果が小さく、多過ぎると皮膜が金属部材に付与できる防錆性能が損なわれる。本
発明の表面処理剤に配合できる有機樹脂としては、水溶性フェノール樹脂、ポリビニルブ
チラール樹脂、ポリアクリル酸樹脂、ポリエステル樹脂などがある。
【0046】
本発明の表面処理剤は、処理対象がボルトやナットのような小物の場合、亜鉛表面を有す
る金属部材を表面処理剤の溶液中に浸漬して取り出し、遠心分離器に取り付けた籠に入れ
て振り回し、表面に付いている余分な表面処理剤を振り落とすディップアンドスピン法で
塗装し、80℃程度で乾燥後、100〜200℃で加熱して焼き付ける塗装方法を採用す
るのが好ましい。
【0047】
このとき処理表面に形成されるシリカ質皮膜の厚さは0.6〜1.8μmとするのがさら
に好ましい。表面処理剤を亜鉛めっき鋼板に塗布する場合は、ロールコーターを用いる方
法、亜鉛めっき鋼板を表面処理剤の液中 に浸漬して引き上げるディップドレイン法、表
面処理剤をスプレー塗装する方法などを採用でき、液ダレが生じた場合にはロールや刷毛
で余分な表面処理剤の液を除去する手段を適用するのが好ましい。
【0048】
本発明の亜鉛表面を有する金属部材は、上述の本発明の表面処理剤が塗布された、チタン
成分を含む厚さ0.4〜3μmのシリカ質皮膜で被覆されていることを特徴としており、
JIS Z 2371に準じた塩水噴霧試験機に入れて金属部材の防錆性能を評価すると
、100時間から200時間の長時間にわたり白錆の発生を防ぐことができる。シリカ質
皮膜の厚さが0.4μm未満では実用性のある防錆性能を付与できず、3μmを超えて厚
くしても防錆性能をさらに向上させる効果が小さく、単位面積当りの表面処理に必要な表
面処理剤の使用量が増えるので不経済である。より好ましいシリカ質皮膜の厚さは0.6
〜1.8μmである。
【0049】
以下、本発明を、実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定さ
れるものではない。使用した薬品の仕様は下記のとおりである。
【0050】
コロイダルシリカA:(スノーテックス-O)、pH2〜4、日産化学工業(株)製、シリ
カ成分を20wt%含み、他の成分は水である。
コロイダルシリカB:(カタロイド-SN)、pH2〜4、日揮触媒化成(株) 製、シリカ
成分を20wt%含み、他の成分は水である。
コロイダルシリカC:(スノーテックス-XS)、pH9〜10、日産化学工業(株)製、シ
リカ成分を20wt%含み、他の成分は水である。
【0051】
シランカップリング剤A:(Z-6040)、東レ・ダウコーニング(株)製、3-グリシドキシ
プロピルトリメトキシシラン、SiをSiO2成分換算で21.6wt%含む。
シランカップリング剤B:)(Z-6043)、東レ・ダウコーニング(株)製、2−(3,4−
エポキシシクロヘキシルエチル)トリメトキシシラン、SiをSiO2成分換算で24.4wt
%含む。
シランカップリング剤C:(Z-6011)、東レ・ダウコーニング(株)製、アミノプロピル
トリエトキシシラン、SiをSiO2成分換算で21.6wt%含む。
【0052】
チタンキレート化合物溶液A:(TC-300)、乳酸チタンアンモニウム塩溶液、マツ
モトファインケミカル(株)製、TiをTiO2成分換算量で11.3wt%、水を20wt%、IP
Aを38wt%含む。
チタンキレート化合物溶液B:(TC-310)、乳酸チタン溶液、マツモトファインケ
ミカル(株)製、TiをTiO2成分換算量で13.5wt%、水を16wt%、IPAを40wt%含む

チタンキレート化合物溶液C:(リンゴ酸入り)、テトライソプロピルチタネート1モル
にリンゴ酸のイソプロピルアルコール溶液を2モル加えてキレート化した溶液で、Tiを
TiO2成分換算量で4.5wt%含む。
チタンキレート化合物溶液D:(酒石酸入り)、酒石酸の10wt%イソプロピルアルコール
溶液に同モル量のテトラブチルチタネート(マツモトファインケミカル(株)製、TA-25
)を混合した、TiをTiO2成分換算量で5.6wt%含む溶液。
【0053】
水溶性エポキシ樹脂溶液:(デナコールEX-821)、ナガセケムテックス(株)製、ポリエ
チレングリコールジグリシジルエーテルを99wt%以上含む。
ポリアクリル酸水溶液:(アクアリックHL)、(株)日本触媒製、ポリアクリル酸を45wt
%含む水溶液。
ポリビニルアセタール樹脂溶液:(エスレックKX-5)、積水化学工業(株)製、樹脂成分
8wt%、IPA35wt%、水57wt%を含む溶液。
水溶性フェノール樹脂液:(ショウノールBRL-120Z)、昭和高分子(株)製、樹脂成分
71.6wt%の他に水を含む溶液。
【0054】
IPA:イソプロピルアルコール
ETB:エチレングリコールモノターシャルブチルエーテル
PGME:プロピレングリコールモノメチルエーテル
【0055】
実施例1〜12及び比較例1〜9の表面処理剤の成分組成及び塗膜の膜厚、塩水噴霧試験
データ等を、それぞれ表1と表2に示す。アルコールの合量(重量部)は、シランカップ
リング剤やテトラアルコキシチタンが持つアルコキシ基が加水分解してアルコールになる
として合算した値である。皮膜中TiO2/(TiO2+SiO2)は、亜鉛めっきボルト表
面に形成されたシリカ質皮膜中のTiをTiO2成分に換算して計算で求めた割合である
。シリカ質皮膜の膜厚を、フィルメトリックス(株)製のF20 Thin-Film A
nalizerを用いて測定し、凡その平均値を表1と表2に併せて示した。
【0056】
【表1】

【0057】
【表2】

【0058】
実施例1〜12では、表1に示すとおり、シリカ質皮膜の膜厚は0.5μm〜1.8μm
の範囲にあり、顕微鏡観察では皮膜にひびは認められず、白錆の発生は最も早くて144
時間後に認められ、赤錆の発生は最も早くて396時間後に認められた。
【0059】
実施例1〜13で得られた結果から、アルコール成分を含む水性混合溶液中に、水性コロイ
ダルシリカ、シランカップリング剤及び有機酸のキレートチタン化合物を含む組成物から
なる本発明の表面処理剤を、金属部材に薄く塗布してシリカ質の皮膜を形成することによ
り、亜鉛表面を有する金属部材に良好な防錆性能を付与できることが分かる。さらに、表
面処理剤に有機樹脂溶液を配合して、シリカ質皮膜中に有機樹脂成分を導入し、シリカ質
皮膜の硬さや摩擦係数を調整することもできる。
【0060】
比較例1〜9に示された結果から、本発明の表面処理剤の組成物を安定な溶液の状態で保
てる組成の範囲が限られており、本発明の範囲を外れた組成物では、亜鉛表面を有する金
属部材に付与できる防錆性能が劣っているか、或いは不安定な組成物となってゲル化など
が起きて、ポットライフを確保し難いことが分かる。
【実施例1】
【0061】
水性コロイダルシリカとしてコロイダルシリカA(スノーテックス−O)を50重量部用
いた。コロイダルシリカAはシリカの粒子径が10〜20nmであり、酸性側のpH(2
〜4)で安定化されている。
【0062】
シランカップリング剤としては、シランカップリング剤A(Z−6040)を20重量部
用いた。有機酸のチタンキレート化合物としては、チタンキレート化合物溶液A(TC-
300)を6重量部用いた。TC-300は、アンモニアで中和された概ね中性(pH約
7)を示す乳酸チタンアンモニウム塩を42重量%と、IPA及び水を含む溶液である。
さらに、イソプロピルアルコール10重量部を用いた。
【0063】
この実施例1の水性表面処理剤中には、水性コロイダルシリカとTC-300溶液に含ま
れる水を合わせて41.2重量部の水と、アルコールを20.4重量部含むので、混合溶
媒中のアルコール成分の割合は約33.1重量%である。
【0064】
ジンケート浴(アルカリ浴とも言う)で厚さ約7μmの亜鉛めっきを施し、稀い硝酸の水
溶液を使う活性化処理を行わないで乾かした(「白あげ」と言う)M8×45mmサイズ
の鋼製半ねじボルト4本を準備した。この4本のボルトを実施例1の表面処理剤の液中に
浸して振動を与え、表面処理剤の液によく濡らした後、ボルトを液中から取り出してステ
ンレス鋼製網の茶漉し器に入れ、ボルトを入れた茶漉し器を遠心分離機に納め、回転半径
約15cm、回転数700RPMで遠心分離機を2秒間回転させ、ボルトの表面に付着し
ている余分の液を振り飛ばした(ディップアンドスピン法)。この方法で表面処理剤を塗
布したボルトを乾燥器に入れて100℃に昇温後、15分間保持し、冷却した。
【0065】
4本のボルトの内、3本のボルトをJIS Z 2371に準じた塩水噴霧試験機に入れ
て表面処理剤の防錆性能を評価した。防錆性能の評価は、24時間毎に目視で調べてボル
ト表面における錆の発生状況をチェックし、3本の内2本に白錆の発生を認めた時間と、
3本の内2本に赤錆の発生した時間を記録して防錆性能を示す時間とした。結果を表1に
併せて示す。
【実施例2】
【0066】
有機酸のチタンキレート化合物として、チタンキレート化合物溶液B(TC-310)を
6g用いた他に、アルコール成分としてIPAを4重量部とETBを6重量部配合した他
は、実施例1と同様にした。TC-310は、乳酸チタンを44重量%含むpHが約1の
溶液である。
【0067】
この実施例2の水性表面処理剤は、水性コロイダルシリカとTC-310溶液に含まれる
水を41.2重量部とアルコールを20.5重量部含むので、混合溶媒中のアルコールの
割合は約33.2重量%である。この表面処理剤の防錆性能を実施例1と同様にして評価
した。結果を表1に示す。
【実施例3】
【0068】
実施例1の表面処理剤にポリアクリル酸水溶液(アクアリックHL)をさらに6重量部配
合した以外は実施例1と同様にした。この実施例3の水性表面処理剤中には、コロイダル
シリカAとTC-300の溶液に含まれる水を44.5重量部と、アルコールが20.4
重量部含まれており、混合溶媒中のアルコールの割合は約31.4重量%である。この表
面処理剤の防錆性能を実施例1と同様にして評価した。結果を表1に示す。
【実施例4】
【0069】
シランカップリング剤Aの配合量を15重量部に減らし、TC−300に代えてチタンキレ
ート化合物溶液C(リンゴ酸入り)を10重量部加え、IPAの半分をPGMEに代えた
以外は実施例1と同様にした。この実施例4の水性表面処理剤中には、水系コロイダルシ
リカに含まれる水40重量部とアルコール成分を24.6重量部含むので、混合溶媒中の
アルコールの割合は約38.1重量%である。この表面処理剤の防錆性能を実施例1と同
様にして評価した。結果を表1に示す。
【実施例5】
【0070】
シランカップリング剤Aをシランカップリング剤B(Z-6043)に代えた以外は、実施例
1と同様にした。この実施例5の水性表面処理剤中には、水性コロイダルシリカとチタン
キレート化合物溶液に含まれる水41.2重量部とアルコール成分を21重量部含むので
、混合溶媒中のアルコールの割合は約33.7重量%である。この表面処理剤の防錆性能
を実施例1と同様にして評価した。結果を表1に示す。
【実施例6】
【0071】
コロイダルシリカAをコロイダルシリカB(カタロイド-SN)に代えた以外は、実施例
1と同様にした。この実施例6の水性表面処理剤中には、水性コロイダルシリカとチタン
キレート化合物溶液に含まれる水41.2重量部とアルコール成分を20.4重量部含む
ので、混合溶媒中のアルコールの割合は約33.1重量%である。この表面処理剤の防錆
性能を実施例1と同様にして評価した。結果を表1に示す。
【実施例7】
【0072】
シランカップリング剤Aの配合量を15重量部に減らし、樹脂成分としてポリビニルアセ
タール樹脂溶液(エスレックKX-5)を7重量部配合した以外は実施例1と同様にした
。この実施例7の表面処理剤中には、水性コロイダルシリカAとチタンキレート化合物溶
液及びポリビニルアセタール樹脂溶液に含まれる水45.2重量部とアルコール成分を2
0.8重量部含むので、混合溶媒中のアルコールの割合は約31.5重量%である。この
表面処理剤の防錆性能を実施例1と同様にして評価した。結果を表1に示す。
【実施例8】
【0073】
シランカップリング剤Aの配合量を10重量部に減らし、樹脂成分として水溶性フェノー
ル樹脂溶液(ショウノールBRL-120Z)を4重量部配合した以外は、実施例1と同
様にした。この実施例8の表面処理剤中には、水性コロイダルシリカAとチタンキレート
化合物溶液及び水溶性フェノール樹脂溶液に含まれる水42.4重量部とアルコール成分
を16.3重量部含むので、混合溶媒中のアルコールの割合は約27.8重量%である。
この表面処理剤の防錆性能を実施例1と同様にして評価した。結果を表1に示す。
【実施例9】
【0074】
チタンキレート化合物溶液(TC-300)の配合量を3重量部に減らし、樹脂成分とし
て水溶性フェノール樹脂溶液(ショウノールBRL-120Z)を4重量部配合した以外
は、実施例1と同様にした。この実施例9の表面処理剤中には、水性コロイダルシリカA
とチタンキレート化合物溶液及び水溶性フェノール樹脂溶液に含まれる水42.1重量部
とアルコール成分を19.3重量部含むので、混合溶媒中のアルコールの割合は約31.
4重量%である。この表面処理剤の防錆性能を実施例1と同様にして評価した。結果を表
1に示す。
【実施例10】
【0075】
シランカップリング剤Aの配合量を10重量部に減らし、樹脂成分としてポリビニルアセ
タール樹脂溶液(エスレックKX-5)を7重量部配合した以外は、実施例1と同様にし
た。この実施例10の表面処理剤中には、水性コロイダルシリカAとチタンキレート化合
物溶液及びポリビニルアセタール樹脂溶液に含まれる水を45.2重量部とアルコール成
分を18.8重量部含むので、混合溶媒中のアルコールの割合は約29.4重量%である
。この表面処理剤の防錆性能を実施例1と同様にして評価した。結果を表1に示す。

【実施例11】
【0076】
樹脂成分として水溶性エポキシ樹脂(テナコールEX-821)を3重量部配合した以外
は、実施例1と同様にした。この実施例11の表面処理剤中には、水性コロイダルシリカ
Aとチタンキレート化合物溶液に含まれる水を41.2重量部とアルコール成分を20.
4重量部含むので、混合溶媒中のアルコールの割合は約33.1重量%である。この表面
処理剤の防錆性能を実施例1と同様にして評価した。結果を表1に示す。
【実施例12】
【0077】
チタンキレート化合物溶液A(TC−300)に代えて酒石酸入りのチタンキレート化合
物溶液Dを10重量部加え、IPAを配合せず、樹脂成分としてポリビニルアセタール樹
脂溶液(エスレックKX-5)を7重量部加えた以外は、実施例1と同様にした。この実
施例12の表面処理剤中には、水性コロイダルシリカAと及びポリビニルアセタール樹脂
溶液に含まれる水を44重量部とアルコール成分を19.2重量部含むので、混合溶媒中
のアルコールの割合は約30.4重量%である。この表面処理剤の防錆性能を実施例1と
同様にして評価した。結果を表1に示す。
【実施例13】
【0078】
チタンキレート化合物溶液A(TC−300)に代えて酒石酸入りのチタンキレート化合
物溶液Dを10重量部加え、樹脂成分として水溶性フェノール樹脂溶液(ショウノールB
RL-120Z)を4重量部加えた以外は、実施例1と同様にした。この実施例13の組
成物中には、水性コロイダルシリカAと水溶性フェノール樹脂溶液に含まれる水を41.
1重量部とアルコール成分を26.8重量部含むので、混合溶媒中のアルコールの割合は
約39.5重量%である。この表面処理剤の防錆性能を実施例1と同様にして評価した。
結果を表1に示す。
[比較例1]
【0079】
実施例1の組成物中の、シランカップリング剤Aの配合量を10重量部に減らし、IPA
を加えずに水(イオン交換水)を15重量部と、ポリビニルアセタール樹脂溶液(エスレ
ックKX-5)を7重量部配合した以外は、実施例1と同様にした。
【0080】
比較例1の表面処理剤は、水性コロイダルシリカ、チタンキレート化合物溶液及びポリビ
ニルアセタール樹脂溶液に由来する水と、添加水分を合わせて60.2重量部の水を含み
、アルコール成分を8.8重量部含むので、混合溶媒中のアルコールの割合は12.8重
量%である。
【0081】
この比較例1の組成物は、ポットライフが短く、数日経過後に溶液の一部がゲル化し、表
面処理剤として使えない状態になったので、その後の評価を省略した。
[比較例2]
【0082】
実施例1の組成物に配合したチタンキレート化合物溶液(TC−300)を配合せず、ポリ
ビニルアセタール樹脂溶液(エスレックKX-5)7重量部を配合した以外は、実施例1
と同様にした。
【0083】
この比較例2の表面処理剤は、水性コロイダルシリカ及びポリビニルアセタール樹脂溶液
に由来する水を44重量部と、アルコール成分を20.6重量部含むので、混合溶媒中の
アルコールの割合は31.9重量%である。
【0084】
この表面処理剤の防錆性能を実施例1と同様にして評価した。顕微鏡観察では皮膜にひび
を認めなかったが、組成物中にチタンキレート化合物を配合しなかったため、亜鉛めっき
ボルトに付与できた防錆性能が低かった。
[比較例3]
【0085】
実施例1の組成物に配合したシランカップリング剤Aを配合せず、チタンキレート化合物
溶液(TC-300)の配合量を9重量部に増やし、ポリビニルアセタール樹脂溶液(エ
スレックKX-57)7重量部を配合し、イオン交換水を20重量部配合した以外は実施
例1と同様にした。
【0086】
この比較例3の表面処理剤は、水性コロイダルシリカ、チタンキレート化合物溶液及びポ
リビニルアセタール樹脂溶液に由来する水とイオン交換水を合わせた65.8重量部の水
と、アルコール成分を5.9重量部含むので、混合溶媒中のアルコールの割合は8.2重
量%である。
【0087】
この比較例3の組成物は、ポットライフが短く、数日経過後に溶液の一部がゲル化し、表
面処理剤として使えない状態になったので、その後の評価を省略した。この試験結果は、
アルコールの配合割合が少なく、かつシランカップリング剤が配合されていないため組成
物溶液の安定性が悪く、溶液の一部がゲル化したものと推定する。
[比較例4]
【0088】
実施例1の組成物に配合したコロイダルシリカAの代わりにアルカリ側で安定化してある
コロイダルシリカC(スノーテックス-XS)を配合した以外は、実施例1と同様にした

【0089】
この比較例4の表面処理剤は、水性コロイダルシリカ及びチタンキレート化合物溶液に由
来する水を合わせた41.2重量部の水と、アルコール成分を20.4重量部含むので、
混合溶媒中のアルコールの割合は33.1重量%である。
【0090】
この比較例4の組成物は、ポットライフが短く、数日経過後に溶液の一部がゲル化し、表
面処理剤として使えない状態になったので、その後の評価を省略した。この試験結果は、
コロイダルシリカとしてアルカリ側で安定化されたコロイダルシリカCを配合した組成物
であるために安定性に欠け、溶液の一部がゲル化したものと推定される。
[比較例5]
【0091】
実施例1の組成物に配合したシランカップリング剤Aに代えてアミン基を持つシランカッ
プリング剤Cの15重量部を、付属アミン基のアルカリを同モル量の酢酸(4.1重量部
に相当)で中和して配合し、ポリビニルアセタール樹脂溶液(エスレックKX-5)7重
量部を配合し、IPAの配合量を15重量部に増やして配合した以外は実施例1と同様に
した。
【0092】
この比較例5の表面処理剤は、水性コロイダルシリカ及びチタンキレート化合物溶液に由
来する水を合わせた45.2重量部の水と、アルコール成分を29.1重量部含むので、
混合溶媒中のアルコールの割合は39.2重量%である。
【0093】
この比較例5の表面処理剤には少量のゲルが残留して均一溶液でなかったが、防錆性能を
実施例1と同様にして評価した。顕微鏡観察では皮膜にひびを認めなかった。性能的には
悪くないが、良く撹拌してもゲルが消えず、表面処理剤としては好ましくない。
[比較例6]
【0094】
実施例1の組成物に配合したコロイダルシリカAの代わりにコロイダルシリカC(スノー
テックス-XS)を使用し、アミン基を持つシランカップリング剤C(Z-6011)の1
5重量部を、付属アミン基のアルカリを同モル量の酢酸(4.1重量部に相当)で中和し
て配合し、チタンキレート化合物溶液を配合せず、IPAの配合量を15重量部に増やし
た以外は、実施例1と同様にした。
【0095】
この比較例6の表面処理剤は、水性コロイダルシリカに由来する水を40重量部と、アル
コール成分を24.3重量部含むので、混合溶媒中のアルコールの割合は37.8重量%
である。
【0096】
この比較例6の組成物は、ポットライフが短く、数日経過後に溶液がゲル化し、表面処理
剤として使えない状態になったので、その後の評価を省略した。この試験結果は、コロイ
ダルシリカとしてアルカリ側で安定化されたコロイダルシリカCを配合した組成物である
他、アミン基を持つシランカップリング剤を用いたために安定性に欠け、溶液がゲル化し
たものと推定する。
[比較例7]
【0097】
実施例1の組成物に配合したコロイダルシリカAを60重量部配合し、シランカップリング
剤を使わず、チタンキレート化合物溶液C(リンゴ酸入り)を10重量部配合し、IPA
を配合せず、水溶性フェノール樹脂(ショウノールBRL−120Z)を4重量部配合し
た。
【0098】
この比較例7の表面処理剤は、水性コロイダルシリカと水溶性フェノール樹脂に由来する
水を49.1重量部と、アルコール成分を8.5重量部含むので、混合溶媒中のアルコー
ルの割合は14.8重量%である。
【0099】
この比較例7の組成物は、溶液中に沈殿が生成し、表面処理剤として使えない状態になっ
たので、その後の評価を省略した。この試験結果は、シランカップリング剤を配合してい
ないので、表面処理剤中にフェノール樹脂成分を溶液の状態で液中に収容できず、樹脂成
分が析出、沈殿したものと推定する。
[比較例8]
【0100】
実施例1の組成物に配合したコロイダルシリカAの量を60重量部に増やし、シランカップ
リング剤を配合せず、チタンキレート化合物溶液B(TC-310)を6重量部配合し、
IPAを5重量部の他、ポリビニルアセタール樹脂溶液(エスレックKX-5)7重量部
を配合した。
【0101】
この比較例8の表面処理剤は、水性コロイダルシリカ、チタンキレート化合物溶液及びポ
リビニルアセタール樹脂溶液に由来する水を52.9重量部と、アルコール成分を9.9
重量部含むので、混合溶媒中のアルコールの割合は15.7重量%である。
【0102】
この比較例8の組成物は、24時間後に溶液の一部分がゲル化し、表面処理剤として使え
ない状態になったので、その後の評価を省略した。この試験結果は、シランカップリング
剤を配合していないため、表面処理剤中にポリビニルアセタール樹脂成分を溶液の状態で
液中に収容できず、樹脂成分がゲル化したものと推定する。
[比較例9]
【0103】
実施例1の組成物に配合したコロイダルシリカAの量を60重量部に増やし、シランカップ
リング剤を配合せず、チタンキレート化合物溶液B(TC-300)を6重量部配合し、
IPAを5重量部の他、ポリビニルアセタール樹脂溶液(エスレックKX-5)7重量部
を配合した。
【0104】
この比較例9の表面処理剤は、水性コロイダルシリカ、チタンキレート化合物溶液及びポ
リビニルアセタール樹脂溶液に由来する水を53.2重量部と、アルコール成分を9.7
重量部含むので、混合溶媒中のアルコールの割合は15.4重量%である。
【0105】
この比較例9組成物は、数日後に溶液の一部分がゲル化し、表面処理剤として使えない状
態になったので、その後の評価を省略した。この試験結果は、シランカップリング剤を配
合していないため、表面処理剤中にフェノール樹脂成分を溶液の状態で液中に収容できず
、樹脂成分が析出してゲル化したものと推定する。
【産業上の利用可能性】
【0106】
本発明の表面処理剤は、水性の非クロム防錆表面処理剤である。水をアルコール成分より
多く含む本発明の水性の表面処理剤を使えば、アルコール溶液を用いた非クロム防錆表面
処理剤を使う場合と比べて消防法による制約を軽減できる。したがって、多量の処理溶液
を用いることが必要である亜鉛めっき製品を量産する工場においても、防錆表面処理を問
題なく行うことが出来る。よって、現在普及している三価クロム成分を用いる表面処理剤
に代わる新たな表面処理剤として使用されることが期待される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸性側のpHで安定化されている水性コロイダルシリカと、水溶性有機酸のチタンキレー
ト化合物と、水に可溶でアルカリ性を呈さないシランカップリング剤と、アルコール及び
水の混合溶媒とを含む水性溶液であり、亜鉛表面を有する金属部材の表面に塗布してシリ
カ質皮膜を形成する処理剤として用いられることを特徴とする金属部材用非クロム水性防
錆表面処理剤。
【請求項2】
チタンキレート化合物が、乳酸、リンゴ酸、又は酒石酸から選ばれる有機酸が配位した有
機酸のチタンキレート化合物である請求項1に記載の金属部材用非クロム水性防錆表面処
理剤。
【請求項3】
水性溶液中のアルコール成分濃度が、シランカップリング剤が加水分解したときに生成す
るアルコール成分を合わせ、混合溶媒中の15〜40重量%である請求項1又は2に記載
の金属部材用非クロム水性防錆表面処理剤。
【請求項4】
水性溶液中に含まれる有機酸のチタンキレート化合物の含有量が、水溶性有機酸のチタン
キレート化合物のチタン成分をTiO2に換算したとき、亜鉛表面に形成されるシリカ質
皮膜中のシリカ(SiO2)とTiO2の合量中、TiO2を1〜7重量%含む請求項1〜
3のいずれかに記載の金属部材用非クロム水性防錆表面処理剤。
【請求項5】
水性溶液中にさらに有機樹脂成分を0.3〜4.0重量%含む請求項1〜4のいずれかに
記載の金属部材用非クロム水性防錆表面処理剤。
【請求項6】
有機樹脂成分が、ポリアクリル酸、水溶性エポキシ樹脂、水溶性ポリビニルブチラール樹
脂又は水溶性フェノール樹脂である請求項5に記載の金属部材用非クロム水性防錆表面処
理剤。
【請求項7】
水性溶液中に、沸点が100℃以上である高沸点のアルコール溶媒を含み、アルコール溶
媒中高沸点のアルコール溶媒の割合が10〜50重量%である請求項1〜6のいずれかに
記載の金属部材用非クロム水性防錆表面処理剤。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の金属部材用非クロム水性防錆表面処理剤が塗布され、有
機酸のチタンキレート化合物に由来するチタン成分を含む厚さ0.4〜3μmのシリカ質
皮膜で被覆されていることを特徴とする亜鉛表面を有する金属部材。

【公開番号】特開2010−174367(P2010−174367A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−22011(P2009−22011)
【出願日】平成21年2月2日(2009.2.2)
【出願人】(000154794)株式会社放電精密加工研究所 (29)
【Fターム(参考)】