説明

人体埋め込み部材

【課題】本発明の課題は、抗血栓性に優れた人体埋め込み部材を提供することにある。
【解決手段】基材20の表面に抗凝固能を有する成分を含む高分子材料層30と、高分子材料層30の表面に血管内皮前駆細胞(EPC)と特異的に作用するリガンド40を備えたことにより、人体に埋め込まれた直後の初期段階から長期間の使用に至るまで、高い抗血栓性を有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は抗血栓性に優れた人体埋め込み部材に関する。
【背景技術】
【0002】
人工血管など、体内に埋め込まれ血液と接する部材においては、血栓形成による閉塞や再狭窄などを低減するために、従来から、様々な取り組みが行われてきている。
【0003】
人工血管では、例えば、ポリエステル繊維やポリテトラフルオロエチレン樹脂などの生体適合性材料により構成されたチューブが知られており、これまで、大、中口径のこのような人工血管は実用化されているが、内径が6mm以下の小口径人工血管においては、埋め込み後血栓形成による狭窄や閉塞を起こしやすく、臨床的に使用できるものは未だないため、血管を内張りしている血管内皮細胞(EC)の持つ抗血栓性と同等の抗血栓性が求められている。
【0004】
抗血栓性を獲得するために、基材表面にECを予め播種させるハイブリッド人工血管への取り組み(例えば、特許文献1参照)が行われているが、この方法では、ECの採取、培養などの工程に時間がかかることから即時的には使用できず、また、細胞の採取は患者に負担を強いることになり望ましくない。
【0005】
生体外でのEC播種におけるこれらの問題を解決する試みとして、血管内皮前駆細胞(EPC)またはECを接着する物質を基材表面に固定化して埋め込み、生体内でEC層の形成を促進させる取り組みも行われている(例えば、特許文献2参照)。
【特許文献1】特開平10−137334号公報
【特許文献2】特開2006−68387号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献2では、EPCと特異的な相互作用を有するペプチドが用いられるが、これらのペプチドのアミノ酸配列は、細胞表面受容体であるインテグリンと結合するペプチドである。インテグリンは他の接着細胞にも共通に存在する接着レセプタであるため、EPC以外の他の血液中に大量に存在する接着細胞(例えば、血小板、白血球)とも相互作用する。これら他の接着細胞が接着されることによって血栓が生成する虞がある。また、人体に埋め込まれた直後、つまり、EC層が形成されるまでの間における抗血栓性を維持する手段を具備していないために、埋め込まれた初期段階において血栓が生じる虞がある。
【0007】
このように従来技術では、血流下でEPCを接着する際に、他の細胞をも接着してしまう虞があり、これら他の細胞の接着によって血栓が生成する虞があった。また、EC層が形成されるまでの間に、血栓が生成する虞があるという問題もあった。
【0008】
本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであって、人体に埋め込まれた直後の初期段階から長期間の使用に至るまで、高い抗血栓性を有する人体埋め込み部材を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のある態様は、人体埋め込み部材である。当該人体埋め込み部材は、基材と、基材の表面に設けられた、抗凝固能を有する成分を含む高分子材料層と、高分子材料層の表面に設けられたリガンドとを備え、リガンドは、EPCのみに発現するレセプタと特異的に作用することによって、血流下でEPCを選択的に捕捉して内皮化することを特徴とする。ここで、表面とは、血流が存在する側の面をいう。また、抗凝固能とは、血液の凝血作用を阻害し、血栓生成を抑制する機能をいう。
【0010】
この態様によれば、人体に埋め込まれた初期段階において、高分子材料層に含まれる抗凝固能を有する成分が徐々に血液中に溶出する、いわゆる除放作用によって、EC層の形成が完了するまでの間における血栓生成の虞を低減させることができる。
【0011】
また、リガンドは、EPCのみに発現するレセプタと特異的に作用するリガンドであるため、血流下でEPCを選択的に捕捉することができる。捕捉・接着されたEPCは、更に、EC層へと分化してリガンド表面を覆う。一旦、リガンド表面をEC層で覆われた部材は、長期間の使用においても血栓が生じにくくなる。
【0012】
上記態様において、高分子材料層は、更に細胞非接着能を有する成分を含むことが好ましい。細胞非接着能を有する成分を含むことにより、高分子材料層表面は細胞非接着能を有し、血小板や白血球などの接着を阻止することができる。上記抗凝固能を有する成分の除放作用と併せ、EC層の形成が完了するまでの間における血栓生成の虞を低減させることができる。なお、細胞非接着能とは、血小板や白血球などの接着性細胞の接着を阻止する機能をいう。
【0013】
上記態様において、リガンドは血管内皮増殖因子(VEGF)であることが好ましい。リガンドとしてVEGFを用いることにより、EPCおよびECの増殖と、EPCのECへの分化誘導とが促進され、早期にEC層が形成される。
【0014】
上記態様において、抗凝固能を有する成分はヘパリンであることが好ましい。ヘパリンの抗凝固能作用機序は、ヘパリンがアンチトロンビンIIIを活性化し、抗凝血作用能の賦活を通して血液凝固系を抑制する、というものである。このヘパリンの除放作用によって、EC層の形成が完了するまでの間における血栓生成の虞を低減させることができる。
【0015】
上記態様において、細胞非接着能を有する成分はアルブミンまたはゼラチンであることが好ましい。高分子材料層表面にアルブミンまたはゼラチンを存在させることにより、高分子材料層表面は細胞非接着能を有し、血小板や白血球などの接着を阻止することができる。上記抗凝固能を有する成分の除放と、上記細胞非接着能を有する高分子層表面との相乗作用によって、EC層の形成が完了するまでの間における血栓生成の虞をより低減させることができる。
【0016】
上記態様において、高分子材料層はヘパリンとアルブミン、或いはヘパリンとゼラチンから成るゲル層であることが好ましい。ゲル層とすることによって、ヘパリンの除放作用と、ゲル層表面の細胞非接着能とを確保することができ、EC層の形成が完了するまでの間における血栓生成の虞を低減させることができる。
【0017】
上記態様において、抗血栓性に優れたチューブ状の人工血管を提供する。本態様によれば、人体埋め込み後の初期段階から長期間の使用に至るまで、血栓が生成する虞が低減した人工血管が提供される。特に内径6mm以下の小口径人工血管で、長期間の使用においても血栓生成の虞が低減した人工血管は、冠状動脈疾患、末梢動脈疾患等の治療において実用される。
【0018】
上記態様において、抗血栓性に優れた金属または高分子材料から成るステントを提供する。ステント基材表面に、抗凝固能成分を含む高分子層と、EPCのみに発現するレセプタに特異的に作用するリガンドとを設けることにより、埋め込み直後から長期間の使用に至るまで、血栓生成の虞が低減したステントが提供できる。
【0019】
上記態様において、抗血栓性に優れた人工弁(機械弁)を提供する。機械弁の基材表面に、抗凝固能成分を含む高分子層と、EPCのみに発現するレセプタに特異的に作用するリガンドとを設けることにより、埋め込み直後から長期間の使用に至るまで、血栓生成の虞が低減した機械弁が提供できる。
【発明の効果】
【0020】
本発明の人体埋め込み部材は、抗凝固能を有する成分を含む高分子層と、EPCと特異的に作用するリガンドを有していることから、抗血栓性に優れている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下本発明の実施の形態を、図面を参照して説明する。
【0022】
図1(A)は本発明の実施の形態に係る人工血管10の外形斜視図を示す。図1(B)は人工血管10の断面図を示す。人工血管10は、基材20と、高分子材料層30と、リガンド40とを備えている。
【0023】
基材20は、ポリエステル繊維やポリテトラフルオロエチレン樹脂などの生体適合性材料から構成されるチューブ形状をなしており、その内径によって、10mm以上の大口径人工血管、8mm程度の中口径人工血管、6mm以下の小口径人工血管などの種類がある。
【0024】
高分子材料層30は基材20の表面に設けられる。高分子材料層30は、アルブミン又はゼラチン、あるいはその混合物とヘパリンとの混合液に、水溶性カルボジイミドを添加することによって、少なくとも数十分以内で、極めてゴム状、弾性的な性質を有するゲル層を形成できる。
【0025】
高分子材料層30の機能について、図2を用いて説明する。図2(A)は、本実施の形態に基づいて、高分子材料層30が設けられた人工血管10において、抗凝固能を有する成分31が除放されている状態を示す模式図である。図2(B)は、高分子材料層30を備えない人工血管11において、血栓32が生成した状態を示す模式図である。
【0026】
抗凝固能を有する成分31としては、好適には、ヘパリンが用いられ、高分子材料層30としては、例えば、ヘパリンとアルブミン、又は、ヘパリンとゼラチンのゲル層が用いられる。ヘパリンは抗凝固能を有しており、アルブミンまたはゼラチンは細胞非接着能を有しているため、人体に埋め込まれた後の初期段階、すなわち、EC層の形成が完了するまでの間における血栓生成の虞を低減させることができる。一方、高分子材料層30を備えない人工血管11においては、図2(B)に示すように、EC層の形成が完了するまでの間に血栓32が生成する可能性が高く、臨床的に使用することが困難である。
【0027】
基材20と高分子材料層30との結合には既知の技術が用いられる。高分子材料層30が、基材20から経時的に剥がれたり、脱落することを阻止するために、基材20表面に化学的に結合する方法、あるいは、基材20がメッシュ細孔を有する場合(例えば、市販ポリエステル繊維の編み上げ人工血管など)には、アンカー(投錨)効果を利用して、物理的に結合する方法等が用いられる。
【0028】
上記化学的結合方法としては、例えば、基材20の表面をポリアクリル酸を用いてカルボキシル化し、或いはグロー放電処理によって、基材表面に生成されたカルボキシル基と、高分子材料層30中のアルブミンまたはゼラチンに存在するアミノ基との間の縮合反応によって結合する方法等が用いられる。
【0029】
当該レセプタは、好適には、EPCのみに発現するサイトカインレセプタ(Flk−1、Flt−1)であるが、これについて図3を用いて説明する。図3はEPC50のレセプタを示す模式図である。EPC50のレセプタとしては、VEGFレセプターであるサイトカインレセプタ51とインテグリンと呼ばれる接着レセプタ52との2種類が知られているが、ここで、サイトカインレセプタ51は、EPC50およびECのみに特異的に発現するレセプタであり、一方、接着レセプタ52は他の接着細胞にも共通に発現するレセプタである。
【0030】
本実施の形態では、サイトカインレセプタ51と特異的に作用するリガンド40を用いているために、EPC50を選択的に捕捉することができる。なお、リガンド40はVEGFであることが好ましい。また更には、リガンド40は、高分子材料層30の表面を隙間なく覆うように設けられていることが好ましい。また、リガンド40に代えて、サイトカインレセプタの抗体、例えば、抗Flk−1抗体などを用いてもよい。
【0031】
高分子材料層30とリガンド40との結合には既知の技術が用いられるが、例えば、高分子材料表面に存在するカルボキシル基とリガンド表面に存在するアミノ基との縮合反応によって結合する方法などが用いられる。水溶液中での縮合反応では、水溶性カルボジイミドの存在下で、常温、中性溶液で1ないし2時間以内に反応を完了させることができる。
【0032】
図4は、人体に埋め込まれた後の、人工血管10の表面の状態変化を示す模式図である。図4(A)は埋め込み直後の状態を示す。血液は矢印60の方向、すなわち、図面左から右に向かって流れている。血液中には、EPC50の他、赤血球61、白血球62、血小板63などの血球成分が含まれている。
【0033】
図4(B)は強固な接着EPC53が形成される過程を示す。図4(B)に示す通り、EPC50の内、ある細胞50aは一旦捕捉された後、血流によるせん断力を受けて脱離するが、別の細胞50bは捕捉された後も接着され続け、徐々に強固な接着EPC53へと伸展する。こうして形成された接着EPC53は徐々に内皮化されてEC層へと分化する。本実施形態では、EPC50と特異的に作用するリガンド40を用いていることから、EPC50以外の細胞が捕捉される可能性は小さい。
【0034】
図4(C)はEC層54の形成が完了した状態を示す。図4(C)に示す通り、接着EPC53が分化したEC層54は、最終的にリガンド表面全体に亘って均一な層を形成する。このように均一なEC層54がリガンド表面全体に形成された部材は、長期間使用されても血栓が生成しにくくなる。
【0035】
このように、本実施形態に基づけば、埋め込み直後から長期間の使用に至るまで、血栓生成の虞が低減した人体埋め込み部材が提供できる。
【0036】
上記実施形態では、基材として人工血管を取り上げて説明したが、基材としては、人工血管であっても良く、またステントであっても良く、また人工弁(機械弁)であってもよい。金属または高分子材料から成るステントの場合には、ステント基材表面に、抗凝固能成分を含む高分子層と、EPCのサイトカインレセプタに特異的に作用するリガンドとを設けることにより、埋め込み直後から長期間の使用に至るまで、血栓生成の虞が低減したステントが提供できる。
【0037】
ステント基材と高分子材料層との結合方法は、既知の方法が用いられるが、例えば、基材がステンレスの場合には、ステンレス鋼のメッシュ自体に直接固定する方法か、または、基材をポリマーコーティングし、人工血管の場合と同様に、その上に化学固定する方法がある。ポリマーコーティングでは、カルボキシル基を有するポリマー、例えば、アクリル酸とスチレンの共重合体を有機溶媒で塗布乾燥させ、この上に、アルブミンまたはゼラチンと、ヘパリンとの濃厚溶液(縮合剤を含む)を塗布する方法などが用いられる。
【0038】
人工弁(機械弁)の場合には、基材表面に、上述したような抗凝固能成分および/または抗凝固能成分を含む高分子層と、EPCのサイトカインレセプタに特異的に作用するリガンドとを設けることにより、埋め込み直後から長期間の使用に至るまで、血栓生成の虞を低減させることができる。
【0039】
以上、添付図面に基づいて詳細に実施の形態を説明したが、本発明は上述の各実施の形態に限定されるものではなく、当業者の知識に基づいて各種の設計変更等の変形を加えることも可能であり、そのような変形が加えられた実施の形態も本発明の範囲に含まれるものである。
【0040】
例えば、上記の実施形態では、リガンド40が高分子材料層30の表面に設けられているが、リガンド40は基材20の表面と直に結合し、リガンド40が露出するように、リガンド40と基材20との間に高分子材料層30が設けられていてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】図1(A)は、人工血管の外形を示す斜視図である。図1(B)は人工血管の断面図である。
【図2】図2(A)は、高分子材料層を備えた人工血管において、抗凝固能を有する成分が除放される状態を示す模式図である。図2(B)は高分子材料層を備えない人工血管において、血栓が生成した状態を示す模式図である。
【図3】EPCのレセプタを示す模式図である。
【図4】人体に埋め込まれた後の、人工血管表面の状態変化を示す模式図である。図4(A)は埋め込み直後の状態を示す。図4(B)は強固な接着EPCが形成される過程を示す。図4(C)はEC層の形成が完了した状態を示す。
【符号の説明】
【0042】
10 人工血管
20 基材
30 高分子材料層
31 抗凝固能を有する成分
32 血栓
40 リガンド
50 EPC
51 サイトカインレセプタ
52 接着レセプタ
53 接着EPC
54 EC層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、
前記基材の表面に設けられた、抗凝固能を有する成分を含む高分子材料層と、
前記高分子材料層の表面に設けられたリガンドとを備え、
前記リガンドは、血管内皮前駆細胞(EPC)のみに発現するレセプタと特異的に作用することによって、血流下でEPCを選択的に捕捉することを特徴とする人体埋め込み部材。
【請求項2】
前記高分子材料層は、更に、細胞非接着能を有する成分を含むことを特徴とする請求項1に記載の人体埋め込み部材。
【請求項3】
前記リガンドが、血管内皮増殖因子(VEGF)であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の人体埋め込み部材。
【請求項4】
前記抗凝固能を有する成分がヘパリンであることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の人体埋め込み部材。
【請求項5】
前記細胞非接着能を有する成分がアルブミンまたはゼラチンであることを特徴とする請求項2乃至請求項4のいずれか1項に記載の人体埋め込み部材。
【請求項6】
前記高分子材料層が、ヘパリンとアルブミンを含むゲル層であることを特徴とする請求項5に記載の人体埋め込み部材。
【請求項7】
前記高分子材料層が、ヘパリンとゼラチンを含むゲル層であることを特徴とする請求項5に記載の人体埋め込み部材。
【請求項8】
前記基材がチューブ状の人工血管であることを特徴とする請求項1乃至請求項7のいずれか1項に記載の人体埋め込み部材。
【請求項9】
前記基材が金属または高分子材料から成るステントであることを特徴とする請求項1乃至請求項7のいずれか1項に記載の人体埋め込み部材。
【請求項10】
前記基材が人工弁のうち、機械弁であることを特徴とする請求項1乃至請求項7のいずれか1項に記載の人体埋め込み部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−125682(P2008−125682A)
【公開日】平成20年6月5日(2008.6.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−312288(P2006−312288)
【出願日】平成18年11月17日(2006.11.17)
【出願人】(593165487)学校法人金沢工業大学 (202)
【Fターム(参考)】